ジョン・タナカが死んだ。為す術もなく、あっさりと死んだ。この世の何処にもいなくなってしまった。
 奇妙なことかもしれないが、ミュラーにはザフトに対する怒りはなかった。彼等も彼等なりの信念や義務に従って戦っているだけで、自分だってそんな彼等の命を奪ってきたのである。だから怒りはない。だが怒り以上の遣る瀬無い気持ちが心臓を締め付ける。
 遂に死んでしまった。失ったのだ。掛け替えのない戦友を一人、目の前で。
 
「……もう一機、いたのか」

 ローラシア級を守るようにもう一機のMSが佇んでいる。
 灰色のジンとは違う紫がかった塗装と細長いライフルを構えたMS。情報で見た事がある。偵察と狙撃に特化したジンのモデルチェンジ、長距離強行偵察複座型ジンだ。
 パトロール部隊なら配備されていたとしてもおかしくない機体である。
 複座型ジンはミュラーの動揺などお構いなしにスナイパーライフルの狙撃攻撃を行ってきた。
 ただしミュラーにではない。

「少佐! 敵狙撃型の攻撃です、回避を!」

『うおっ』

 流石は歴戦のMS乗りというべきか。少佐はどうにか狙撃型の攻撃を回避した。
 そこをまだ健在だったジンが重斬刀で襲い掛かる。

「させるか」

 四基のガンバレルのオールレンジ攻撃で牽制しジンを下がらせる。と、その時一基のガンバレルが狙撃によって撃ち抜かれた。
 ゼロの火力が衰えたと知るやジンが狙いを少佐からこちらに移してきた。

「くそっ」

 あの複座型ジンのパイロット、世界樹で戦った赤いMSのパイロットのような凄まじいプレッシャーはない。
 だが巧い。
 計算され尽した狙撃はただの攻撃ではなく味方の援護にも直結している。個人としての技量なら赤いMSの方が上だったが、複座型ジンはコンビネーションやアシスタントが巧いのだ。
 コーディネーターでは珍しいタイプであるが、だからこそ恐ろしい。
 
(あの複座型ジンをやらないと……負ける)

 バラバラで単体の技量での力押しがザフト側の戦術だと思っていたからこそ勝機はあった。
 しかしあのジン一機のせいでバラバラの力押しは戦術へと昇華されている。あの複座型を倒さぬ限り勝ち目はない。
 
「いけ、ガンバレル!」

 三基となってしまったガンバレルを分断し、母機もまた複座型ジンへと向かう。
 だが複座型は真っ向からゼロと戦うなんて愚をとることはせず、ローラシア級の射線上から抜けると戦艦の砲火が迎撃してきた。
 点ではなく面での攻撃。戦艦の攻撃などを受けたらゼロなどは一溜まりもない。ガンバレルを戻すと、どうにか砲火を潜り抜けていく。弾幕は厚いが潜り抜けられないほどではない。かすり傷程度の被弾は気にせずローラシア級との距離を詰めていく。

「――――っ!」

 ふと感じる悪寒。雷光のように奔った自らの直感を信じて機体を傾ける。
 それは正解だった。メビウス・ゼロの機体を複座型ジンが放ったスナイパーライフルの閃光が貫いていく。けれど寸でのところで機体を傾けたお陰でタナカのように爆発することだけは防げた。

「これは不味い」

 とはいえ機体はかなりのダメージを受けた。どうにか機体を制御できているが、あちこちにスパークが奔っており今にも機能停止しそうだ。
 少佐一人にこの場を任せることになるが、一度整備兵の補給を見せなければ戦う事は出来ない。

「リンカーン、こちらミュラー機。補修のため着艦する」

 メビウス・ゼロを格納庫に降ろす。するとミュラーがコックピットから降りるよりも早く整備兵たちが殺到した。
 整備においてはミュラーは門外漢だ。MSを動かす上での知識はあるし、軽い整備の手伝いくらいはできるだろうが整備兵の戦場にパイロットが首を突っ込むことは彼等にも失礼だ。第一ミュラーが混ざっても効率を下げる結果にしかならない。
 
「ベック、俺のゼロはいつ出れる!?」

 外では少佐が一人で敵を押さえているのだ。しかしあの複座型ジンともう一機のジンを相手に一人では長くは持ちこたえられない。
 少佐を助けるためにも、自分が生き残るためにも一刻も早く出る必要があった。

「…………俺もなんとかしてえが、こりゃあ駄目だ」

 しかしベックからの返事は諦めの言葉だった。

「駄目だって!?」

「ああ。完全にエンジンがいかれてやがる。こりゃ丸ごと取り替えねえとな。少なくとも今直ぐにどうこうなんて出来ねえよ……くそっ!」

 ベックが壁を殴りつける。そのせいで手が傷ついて血が流れたがお構いなしだった。
 整備兵の矜持とは機体をパーフェクトの状態にして、パイロットを無事に帰す事だ。そんな整備兵にとって機体を送り出すことすら出来ないというのは屈辱だろう。ましてや外では少佐が一人で戦っているのだ。整備兵から補修を受けたミュラーが戻ってくることを信じて。
 ミュラーも気持ちは同じだった。壁を殴ったり辺り散らしたりしないのは、人よりもほんの少しだけ感情を表に出さない術に長けているだけだ。本当は工具箱の一つでも蹴り飛ばしてやりたい気分だった。

『おい! ミュラー大尉のメビウス・ゼロはまだ出られないのか!?』

 ストレスで血管の浮き出た艦長がモニターに映し出された。スピーカー越しに響いてきた声は爆音並みであり何人かの整備兵が耳を塞ぐ。
 
「ええ、どうもエンジンがやられてましてね。あれじゃ出られませんよ」

 苛々としながらベックが艦長に説明する。ブルーコスモス強硬派の中でも過激派に属する艦長を嫌っているベックだが、軍隊である以上、上官の質問にはしっかりと答えなくてはならない。

『ええぃ! ミュラーはなにをしているのだ! 艦に戻るくらいの力が残っているなら、敵艦に特攻でもすれば良いではないか!!』

「特攻っていつの時代だ?」

「さぁ」

 ミュラーは自分の感性がおかしいのかと思い、手近にいる整備兵に声をかけてみるが肩をすくめられただけだった。
 どうやら艦長の価値観だけ石器時代らしい。

(特攻の是非はさておき、少なくともこんな艦長のために死にたいとは思わないな)

 戦闘中だというのにベックに延々と怒鳴る艦長を横目で見ながら思う。
 ふとベックを観察すると青筋がたっていた。彼も腸煮えくり返っているに違いない。目の前に艦長がいれば張り倒しているだろう。

『貴様では話にならん! ミュラー大尉を呼べ!!』

「おい、ミュラー。艦長様がお呼びだ。相手してやれ。……もしかしたら死ぬまでな」

 達観したようなベックの声に嘆息しつつもミュラーがモニターの前に立つ。

「お呼びでしょうか艦長」

『お前は世界樹での英雄だったな。この状況をどうすればいいと思うかね?』

「勝つ方法はありません。ですが生き残る方法であれば私には一つだけ提案することができます」

『ほう……なにかね?』

「降伏です」

『なにっ!?』

「ですから降伏です。私のメビウス・ゼロは動けず、予備機はありません。またジンは兎も角、複座型ジンのパイロットは強敵です。戦艦一隻とMA一機だけではどうしようもない。この上は敵艦に降伏の意志を伝えることです。敵艦の艦長が理性ある人物ならそれを認めてくれるでしょう」

『馬鹿を言うな! 我々ナチュラルがコーディネーターに膝を屈しろというのか! 軍法会議ものだぞ!』

「恐れながら艦長。軍規には十分に戦える戦力をもちながら降伏することを軍規にて禁じていますが、それは降伏を否定する文言ではありません。我々は十分に戦いました。戦って余剰戦力がなくなったのです。なら白旗をあげ降伏することは軍規違反ではありません。第一こんな戦いで戦死してなにになるのです? こんな局地での遭遇戦など勝っても負けても大局にはなんら寄与しないでしょう。ここは――――」

『もういい! ミュラー大尉、確か格納庫には貴様が鹵獲したジンがあったな』

「はぁ。ありますが」

『ならば良い。宇宙の化物の兵器など使いたくもないが致し方ない。貴様はジンで戦場に出ろ。そして敵の戦艦に攻撃をかけろ』

「……っ! 艦長、私にジンは」

『報告書で読んだ。動かすことは出来るのだろう動かすことは。いいかこれは命令だ。拒絶するならば軍法会議にかける!』

 それっきり通信が切れる。ミュラーは今度こそ近くにあった工具箱を蹴り飛ばした。
 ポンと肩に手が置かれる。ベックだ。

「艦長命令だよベック。ジンを棺桶に死んで来いだと」

「ミュラー、動作確認のためジンは補給しといてる。いつでも出られる。だがなにも死ぬこたぁない。勝ちゃいいじゃねえか」

「無茶を言うよ本当に」

 ベックの顔を見て確信してしまう。これは諦めた男の目だ。
 それはベックだけではなく整備兵の何人かも同様だった。中には十字架をもって祈る物や、家族の写真を見ながら別れを告げる者もいた。
 自分は負け戦にいる。そのことを実感した。

『メビウス・べリオ機撃沈!』

 遂に少佐の戦死を告げる報告が届く。するとリンカーンの床が揺れ始めた。
 MAを殺し尽くしたMS二機が今度はリンカーンに狙いを定めたのだろう。遂に年貢の納め時がやってきたということか。

「もっと……生きたかったな」

 死の淵にあってミュラーは冷静だった。自分がもう直ぐ死ぬということが分かっているからだろう。
 しかし死んでしまえば、もう二度と美味い酒や美味い料理を楽しむこともできないのか。

「死にたくないなぁ」

 ジンのコックピットに乗り込むとOSを立ち上げていく。
 操作方法はマニュアルで一通り見ていたが、それ以上にどうすればいいかなんとなく分かった。

「ジン、出撃する」

 当たり前だが連合の戦艦にMSを運用する設備はない。故に艦から出撃するのは見っとも無いが歩いて行かなければならないのだ。
 ジンを歩かせる。我ながら最初にしては簡単に歩かせることができた。連合のパイロットがジンに乗ってみたところ歩かせるのも難しかったという報告があったのだが。

「なるようになれだ」

 この調子ならどうにかやれそうだ。運が良ければ一機くらい道連れに出来るかもしれない。
 そう思い宇宙へと歩き出そうとした時、ハッチの向こうからジンが乗り込んできた。

「敵ッ!?」

 ジンには戦艦を撃ち落とすような火力はない。しかし内部からならば別だ。ハッチが開いたとみて、内部から戦艦を破壊するために乗り込んだのだろう。
 そこで同じように戦艦から降り立とうとしていたミュラーのジンと鉢合わせした。

「今だ」

 直感的に悟る。敵のジンは味方であるはずのジンが艦内にいたことで混乱している。
 倒すなら絶好の好機だ。ミュラーは無意識にマシンガンをジンに向ける。そこで敵の方も混乱から覚めたのか同じようにマシンガンを向けてきた。MSにかけてはあちらの方に一日の長がある。
 敵のジンが一足早くマシンガンを構えた。
 咄嗟にマシンガンの射線上から飛び退く。するとジンに当たることのなかったマシンガンの弾はリンカーンの格納庫を直撃した。
 
「ベック!」

 マシンガンに巻き込まれ整備兵の何人もが犠牲になる。ベックもその一人だった。

「この!」

 お返しに重斬刀をモノアイに投げつける。命中、メインカメラを失ったジンが慌てふためいたようによろめいた。
 
「狙うならコックピットだ」

 他の部位を壊せば最悪、戦艦内でジンが爆発しかねない。そうなれば終わりだ。
 ジンを蹴り飛ばしモノアイに突き刺した重斬刀を抜くと、マシンガンをコックピットに当てて発砲。ジンが動きを止めた。
 しかしジンがコックピットを破壊する前にノーマルスーツを着た男が人間用のブースターを使い脱出する。
 
「構ってられるか」

 脱出したパイロットは任せればいい。
 パイロットを無視して宇宙に飛び出す。その瞬間だった。置き去りにしていた敵のジンが爆発する。爆発はリンカーンを巻き込み、宇宙の藻屑となり消えた。
 恐らくあのパイロットは脱出前に自爆シークエンスを作動していたのだろう。パイロットに誤算があったとすれば爆風が自分を諸共に消してしまったことか。

「くそっ!」
 
 爆風に押し出される形となり難を逃れたミュラーは実質たった一人の生存者だった。
 そして最後の死者となるのだろう。敵にはまだ無傷のローラシア級一隻と複座型ジンが残っているのだ。
 
「いや、待て」

 一つの可能性にかけてミュラーはゆっくりと余裕をもってローラシア級に近付けていく。
 迎撃はない。

(……やっぱりな)

 ミュラーの乗るジンの見た目は先程倒したジンと大差ない。そして戦艦内で爆発したため、ローラシア級はその映像を見てはいない。
 要するにミュラーのジンを自爆したジンだと誤認しているのだ。

(しかし何時までもつか)

 こんなペテンは限定的なものだ。
 見た目が同じでも識別信号などから、いつかはこちらが別物であると気付かれる。
 その時は思ったよりも早かった。

『トムソン、止まれ。君のMSは識別信号を発していないがどういうことだ?』

 複座型ジンの通信が入る。もう偽装は限界だ。最大出力でジンを突進させた。複座型ジンからの報告がローラシア級に伝わるまで僅かな時間がかかる。その僅かな間に複座型ジンを倒す。
 妙な気分だった。
 初めて乗ったMSという兵器。これまで見た事も触れたこともなかったというのに、メビウス・ゼロ以上に手に馴染む。戦場を支配した巨人、その両手両足を自分のものにしているという全能感がミュラーを包み込む。
 そんな全能感を幻想だと一蹴すると現実に意識を戻した。
 複座型ジンがスナイパーライフルで攻撃してくるが、なんとなく攻撃の軌道が分かった。攻撃する場所が分かっているなら、そこに機体を置かなければいい。少し横に機体を逸らすだけでいいのだから。
 ミュラーは至極当然のようなことをしているつもりなのだろうが、複座型ジンのパイロットからすれば当たっているはずの攻撃が紙一重で擦り抜けているように見えるわけなので、不気味そのものだっただろう。
 遂にミュラーのジンが複座型ジンを捉える。偵察と狙撃に特化した複座型ジンは近接は不得手だ。重斬刀を抜くと、突進の勢いを相乗してコックピットに突き刺した。

「これで!」

 さっきの意趣返しとばかり、重斬刀を突き刺したジンを蹴りあげローラシア級に飛ばす。
 そしてフルオートでマシンガンで複座型を蜂の巣にした。ジンが爆発する。さながらMS爆弾だ。MSのエネルギーの爆発はローラシア級を巻き込み諸共に爆発する。
 
「っ!」

 ローラシア級の爆発は思った以上に強く、爆風がミュラーにまで襲い掛かってくる。それを回避しようにも間に合わず。
 ミュラーは爆風に巻き込まれていった。



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