戦闘中というが、逆に言えば戦闘がない時というのは暇なものだ。
 アジア共和国の資源衛星・新星での戦いが始まってもう十日が経つ。しかし戦闘が終わる兆しはまるで見えない。
 ザフト軍のMS部隊の攻撃力は凄まじいもので、特に強化型のジン・ハイマニューバを与えられたエースパイロットの活躍は敵ながら見事なもので数の上での優位さを感じさせない戦いぶりをみせている。
 ミュラーも何度かジン・ハイマニューバを乗りこなすエースと戦った。
 特にオレンジ色に塗装されたジン・ハイマニューバと黒く塗装された三機のジンの戦いぶりが印象に残っている。
 前者は格闘戦の技量に、後者は完成されたフォーメーションに。
 ザフトのパイロットは連携が下手……という固定観念を捨てる必要があるだろう。
 さて。戦いが進めば必然的に資源は減っていく。
 物量においてザフトを圧倒する連合軍だが、弾丸は無限ではないしどんな優秀な戦士も食べなければやっていけない。
 幸い物資に関してはまだ貯蔵があるので節約すれば二か月は戦えるだろうし、壊れた兵器などは補給すれば替えがきくが中には変えがたい資源もある。
 それが人的資源。ミュラーの艦にはミュラー自身とナインと七人のMA乗りがいたが、連日の戦いで七人が七人とも戦死またはMIA認定を受けていた。

(英雄なんてなるもんじゃないよ本当に。安息がまるでない)

 ザフト軍はハンス・ミュラーに大々的に懸賞金をかけ、倒した物にはネビュラ勲章などのザフト軍人として最大限の栄誉を約束している。
 そうなれば飢えた猛犬共が戦場でハンス・ミュラーを探すのは当然であったし、ミュラーにザフト屈指のエースが集まるのも必然であるといえた。
 特務隊のハイネ・ヴェステンフルス、黄昏の魔弾ことミゲル・アイマン、ドクターという異名で知られるミハイル・ コースト、英雄ヴェイア、仮面のクルーゼ、赤い彗星。
 我ながらよくもここまでエースパイロットと戦って生きているとは思う。
 もっとも未だ一人の敵エースも倒せていないし、生き残れたのは戦死した七人のMA乗りやナインのサポートあってこそだ。もし彼等がいなければミュラーのカスタム・ジンはジャンクの仲間入りを果たしていただろう。
 だがその代償にエースパイロット博覧会に巻き込まれた七人のMA乗りは戦死してしまった。
 艦長になってから何人か部下を喪う経験はあったが、パイロットという身近な人間が七人も死ぬというのは堪える。それでも酷く取り乱さないあたり認めたくない事だが戦場という空気に慣れてしまったのかもしれない。
 とはいえ部下の補充だ。あんなエース博覧会にミュラーとナインだけではキツいものがある。
 そこでミュラーはパイロットの補充のため上官であるハルバートン提督に会いに来た。

「部下の、補充か」

 ハルバートン提督は渋い顔をしていた。

「君の言いたいことは分かるが、他の艦のどこにも暇なパイロットはいない。幸い君に敵が集中しているお蔭で全体としての被害は他の艦隊よりも少ないが……」

 第八艦隊を率いるハルバートン提督は連合軍で最も早くMSの有用性に気付き早期の実戦配備を提言したことで、軍上層部からも一目置かれる宇宙軍きっての将官だ。
 これでブルーコスモス派であれば今頃は中将にでもなっていたかもしれないが、ハルバートン提督は所謂良識派の軍人で派閥争いやブルーコスモスのテロリズムを嫌っていた為に、ブルーコスモス派の多い上層部に嫌われ准将に留まっている。
 それでも他の艦隊が苦戦する中、見事な用兵で巧みに戦い『智将』とまで謳われているのでそう遠くないうちに少将になるだろう。戦死しなければ、だが。

「MSはMA五機に匹敵する。なので私とナインのいる我が艦は十機のMAがいるのと同じなのでしょう。ですが提督、戦いというのは数です。質がいい二機がいても、最低一機は母艦を気にしなければならない以上、残る一機は孤軍奮闘を強いられます。特に広報部が無責任に宣伝してくれたお蔭で敵さんは私を集中的に狙ってきている。とてもじゃないが私とナインだけじゃもちませんよ。私だってスーパーマンじゃないんです」

「ザフト屈指のエースパイロットに囲まれて尚も戦死していないだけでナチュラルとしては十分にスーパーマンだよ君は」

「…………」

 ニヤリとハルバートン提督が笑う。悪戯気ではあるが、せめて気分だけは楽観的でいたいと取り繕うような笑みだった。

「そう微妙な顔をするな。だがそうだな。もしも君が戦死することになれば全軍の士気は落ちるし、逆にザフトの士気は猛烈に上がるだろう。……ここで死なすわけにはいかん」

 当初ハルバートン提督はミュラーに好意的ではなかった。
 それはハンス・ミュラーがムルタ・アズラエルと親しくブルーコスモス派の人間だと思われたからであったが、何度か会話することでその誤解が解け、今ではそれなりに友好的な関係を気付けている。
 ミュラーとしても本当に初めての真っ当な上官なので是非とも提督には長生きして欲しいものだった。

「だが君の艦に配属するということはヤキンの悪魔が泣きだしたくなる程のエースパイロット博覧会の会場に送るということだ。そんな会場でソキウスや君と戦えるパイロットとなると……連合でもそうはいないぞ」

「エンデュミオンの鷹でも寄越してくれませんか?」

「無茶言うな」

 エンデュミオンの鷹の本名はムウ・ラ・フラガ大尉。
 月のグリマルディ戦線において、ザフト軍のジン5機を撃墜したことでエースパイロットとして名を馳せた人物だ。とはいえ彼がエースとなった背景はミュラーと同じように敗北から目を逸らすためというのが大きい。
 しかし彼が五機のジンを撃墜したのは紛れもない事実である。隠れ蓑にするための英雄でも英雄と呼ばれるだけの実力はもっているといえよう。 

「君がMAからMSに乗り換えたからムウ・ラ・フラガ大尉は唯一のメビウス・ゼロを扱えるパイロットとしてどこもかしこも引っ張りだこだ。そんな彼を君の部隊にもってくるなど、それこそ無茶をふっかけてばかりの君の上司でもなければ無理だな」

 無茶ばかりふっかけてくる上司ことアズラエルの顔を想像して嘆息した。
 連合軍准将ですら無理なことを一応民間人のアズラエルが簡単に出来そうなあたり連合軍も末期だ。

「エンデュミオンの鷹が駄目となると他にはいませんか?」

「エースか。……モーガン・シュバリエはMAではなく戦車であるし、レナ・イメリア中尉もフラガ大尉と同じように君の部隊に配属させるのは難しいだろう。ましてやイメリア中尉は大のコーディネーター嫌いで有名だ」

「あー、それは問題ですね」

 コーディネーター嫌いではナインと共に戦うと言うのに拒否感を覚えるかもしれない。その結果連携がガタガタになれば戦力増加のはずが低下してましたということになりかねない。

「コーディネーターの同僚とも上手くやれて、私の嘆願で君の部下として配属でき、なおかつエースパイロットの博覧会に耐えうるパイロットか」

「……流石に、いませんか」

 条件を並べると無茶な要求だったと分かる。
 妥協して他のMA部隊との連携を密にするという方向性でゆくしかないのかもしれない。
 ミュラーが諦めかけた時だった。ハルバートン提督が天啓のようにあることを閃いた。

「いや、一人だけいるぞ!」

「本当ですか?」

「ああ。彼ならばもしかしたらいけるかもしれない。コーディネーターへの差別意識がなく、ザフトのエースと肩を並べるだけの技量をもっていて、私でも頼めば増援として来てくれそうな男が一人いた!」

「それは、誰です?」

「君も訊いた事があるだろう。コーディネーターでありながら連合軍に参加したコーディネーター、煌めく凶星Jだ」

「……なるほど。彼ですか」

 確かに煌めく凶星――――ジャン・キャリーならばいけるかもしれない。
 自分がコーディネーターなのにコーディネーターを差別するはずがないし、エースパイロット並みの技量をもつことはこれまでの戦果が証明している上、その出自から厄介者として扱われており動かすことは容易だ。

「では彼で頼みます」

「分かった。私の方で掛け合ってみる」

 ミュラーは敬礼してその場を持する。
 ジャン・キャリー少尉が正式にミュラーの部下として配属されるのはこれから五日後のことだ。



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