「………」

 ミュラーはストライクを見上げる。
 格納庫にじっと佇んでいるストライクは真っ直ぐに前を見ていたが、その様子は自分の足元にいるミュラーを見下ろしているようにも感じられた。

「ガンダムか。ヘリオポリスから振り回され続けだな」

 我ながら軍人人生の中でもかなり密度の濃い日々だった。
 ヘリオポリスでの四機のガンダム強奪とアークエンジェル及びストライクの脱出。この事件は恐らく後の軍の教科書にのるに違いない。一つの歴史の転換期として。

(……そもそも、このガンダムが盗まれたりしなければ)

 ガンダムのデータはとっくにザフトへ渡ったはず。
 ニュートロンジャマーなんて兵器を開発したザフトのことだ。直ぐにでもビーム兵器やビームサーベルなどの兵器を実用化してくるだろう。ザフトにはそれだけの技術力がある。
 
「あー、そうだ。マードック軍曹」

 一つ良い事を閃いたミュラーは格納庫にいるマードック軍曹を呼び出して、二言三言告げる。
 そして指示を伝え終えるとミュラーは自分の艦に戻っていった。





 第八艦隊は順調に月基地への航路を進んでいた。幸いクルーゼ隊の追撃は撒くことができたようで、このままのペースを維持していれば再追撃を受ける前に月基地と合流することができるだろう。
 月基地は連合宇宙軍の本部だ。当然ながら大軍を擁しているし、膨大な数の艦船やMAがある。
 クルーゼ隊がどれだけ優秀な人員を揃えていて、ラウ・ル・クルーゼの指揮能力が高く、四機のガンダムを擁していようと単独でこの月基地を墜とすのは現実的に不可能だ。
 つまりクルーゼ隊に大規模な援軍でも合流するか、常識外の速度で追撃してこない限りは第八艦隊は当面の危機を脱する事ができたということである。
 艦隊の乗組員たちにも取り敢えずは安心した雰囲気が漂っていた。特にヘリオポリスから戦い尽くのアークエンジェルクルーは漸く一息ついている頃だろう。
 大西洋連邦事務次官のアルスター氏も娘を救出できて、慣れない戦場から脱出できてでかなりご機嫌だ。どれだけご機嫌かというと廊下で小躍りしながら歌を口ずさむくらい……と表現しておこう。
 
「…………」

 アークエンジェルの格納庫を歩いていたキラはストライクの前で足を止める。
 ヘリオポリスからの自分の愛機はPSをダウンさせた姿でそこに佇んでいた。表面には僅かながらに傷はあるが、その言い知れぬ神秘性をまるで落としていないのはストライクというMSのもつ力強さ故だろうか。

(……僕達は、助かった)

 今はまだ軍服を着ているキラだが、月基地にいけば除隊許可証を貰い完全に軍隊とは縁を切ることになるだろう。
 元々キラは戦いを好む性格ではない。寧ろ逆に争いごとを苦手とするタイプだ。だから軍隊を止められること、そのこと自体に不満はない。
 けれどキラの脳裏には一つの事柄が焼き付いて離れないのだ。

――――彼女は必ず助け出す。絶対にだっ!

 一度だけ戦闘中にイージスと交信する機会があった。
 その時に知ったのだ。友人のアスランとラクスに――――それが友情か恋愛感情なのかは定かではないが――――個人的な面識があることを。
 別にアスラン本人にそのことを聞いたのではない。アスランの口調は他人の危機に義憤しているような曖昧とした怒りではなく、もっと直接的な怒りがあった。離ればなれとなったとはいえ友人だ。それくらいは分かる。
 その予感は正しく後になってラクス自身に問いただしてみたところ婚約者ということだった。

(もしもこのままラクスが連合の基地に連れていかれれば)

 一体どうなってしまうのか。
 ラクスはプラントの最高評議会議長の娘だ。キラの知る中で連合でかなり高い地位にあるミュラーとハルバートン提督は良い人だったが、連合軍全員がそんな良い人ばかりではないことくらいキラにだって分かる。
 もしも連合軍が良い人ばかりなら『血のバレンタイン』なんて出来事は起きなかっただろう。第一ラクスがこんなことになったのも元を正せば連合軍の仕業なのだ。
 ミュラーやハルバートンのような良識的軍人がラクスの身柄を預かるならまだいい。しかしラクスの身柄を預かるのが過激なブルーコスモス思想をもつ人間ならば。

「ッ!」

 生々しいリアリティと共に想像される映像。心無い人による暴行、強姦……銃殺、脅し脅迫。
 手が震える。こんなこと現実には有り得ない、と断ずることは出来なかった。ブルーコスモスを名乗るテロリストがコーディネーターを惨殺ないしリンチしたなんて話など幾らでも溢れている。
 最高評議会議長の娘だからそういったことのターゲットにならないとは限らないのだ。

「それ、だけは」
 ラクスをザフトに……アスランに返さなければならない。
 第八艦隊は危機を脱した。もう戦う必要はないのなら、ラクスを帰してもいいはずだ。
 しかしそんな理屈以上にキラはラクスを助けたかった。
 自分が葛藤している時に話し相手になってくれた彼女を、自分の大切な友人を――――苦しませたくなどはない。
 キラは決心するとラクスの幽閉されている士官室まで走った。
 ヘリオポリスで多くの乗組員を喪った為に、アークエンジェルには他の艦より人員は少ない。お蔭で誰にも見つからずにラクスのいる部屋まで入ることができた。
 キラは部屋にかかっているロックを解除すると、ドアを開いた。

「あらあら? キラ様、どうなされたんですの?」

 ラクスはペットロボのハロを抱き抱えながら首をかしげた。
 男というのは単純なものだ。こうして彼女の顔を見ると一層やる気が出てくる。

「僕と一緒に来てください。早く……」

「ええ分かりましたわ」

 訳も訊かないでラクスは頷いてくれる。ありがたかった。はっきりいって一々説明している時間が惜しい。
 キラはラクスの手を引いてパイロット用の更衣室に行くと、ノーマルスーツをラクスに着て貰う。
 幾ら何でもノーマルスーツなしでラクスのような民間人をMSに乗せるわけにはいかない。ここは空気のある地球とは違うのだ。 
 
「もういいですわ」

 ラクスがそう言うと、キラは閉じていた目を開く。
 そこには連合軍の宇宙服をすっぽりと被ったラクスがいた。彼女のスリムな体型とずんぐりとしたノーマルスーツがどうにもミスマッチでキラは吹きだしそうになってしまった。
 格納庫につくとキラはラクスと一緒にストライクのコックピットに乗り込んだ。OSを立ち上げると『G.U.N.D.A.M』の文字が縦一列に並ぶ。

『おい坊主、どうしたんだ? いきなりストライクに乗り込んで!』

 整備主任のマードック軍曹がストライクを見上げながら言った。

「ハルバートン提督に呼ばれたんです。ストライクを持って来いって」

『なにぃ!? そんな話、艦長からは一言も聞いてねぇぞ!』

 聞いてなくて当たり前だ。真っ赤なウソなのだから。
 自分がこうも簡単に嘘を吐いていることに内心驚きながら発射シークエンスをスタートさせる。戦いに行くのではないのだ。武装が必要にないかもしれないが、万が一ということもある。キラはビームライフルを手で取った。
 パックを換装していないストライクは他のガンダムと比べ脆弱ではあるが、それでもジンなど及びもつかないだけの性能はある。ビームライフルがあれば十分だろう。
 
「ラクス、シートに捕まってて」

「はい」

 そこで漸くマードックを始めとした整備兵も事態に気付いたようだ。

『坊主。お前、プラントの姫さんを!』

「ハッチ開けて下さい! さもないと……撃ちます」

 出来るだけ本気に聞こえるように言う。ストライクが向けたビームライフルは脅しにはかなりの効果を発揮するはずだ。
 なにせストライクがここでビームライフルを発射するだけでアークエンジェルに致命的損害を与えることだって出来るのだから。

『ああもうっ! 仕方ねえ! 開けてやれ!』

『い、いいんですか軍曹!?』

『開けなけりゃ坊主がハッチ吹っ飛ばすだけだ! あと早く艦長にこのこと伝えねえと!』

 ハッチが開いていく。キラはそれを確認するとストライクで飛び出した。
 
「……やっちゃったな」

 宇宙に飛び出た途端、自分の仕出かしたことが実感となって降りかかってくる。もう後戻りはできない。
 しかし自分のしたことが軍人的にはどうだか知らないが、人間的に間違っているとは思わなかった。だから後悔はない。
 ストライクのバーニアが赤い炎を灯してストライクを押していった。



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