アフリカの大地は茹だる様な熱気に支配されていた。太陽の光が容赦なく降り注ぎ、偶に吹きすさぶ風は人に涼しさではなく砂の応酬を喰らわす。
 気温や天気などが完全に管理されたプラント、謂わば温室育ちのコーディネーターにとってはこの砂漠の気候は最悪だろう。
 コーディネーターのため滅多なことでは病気にはかからないし熱中症になるということも余りないのだが、あくまでそれは滅多にかからないというだけで絶対的に健康体でいられるわけではない。慣れない気候に戦争という極限状態が追加されれば如何にコーディネーターとはいえ体調を崩すこともある。
 そんなこともあってザフト軍の軍人にとって『砂漠』というのは一番不人気な配属地の一つであった。
 勇猛果敢にして非常に高い練度を誇るバルトフェルド隊はザフト屈指の地上戦部隊であり、生き残っているのはこの土地の気候に慣れてしまった者達だ。故にバルトフェルドを始め今更体調を崩すなどということはない。
 しかし他の者は別だ。今度の戦いに参加するのは元々のバルトフェルド隊ではない者達も含まれるのだから。

「気前がいいねぇ。バクゥ4機にザウート五機、ジン・オーカ―も五機……。元々の僕の部隊も合わせれば、こりゃとんでもない大部隊じゃないか。下手すれば連合の大拠点の一つや二つ潰せるぞ」

 豪気な事を堂々と言ってのけるバルトフェルド。
 決して嘘ではない。
 これだけの戦力とバルトフェルドの知略と将才があれば、運次第では連合がガチガチに守っている基地でも陥落させることも不可能ではないだろう。無論、あくまでも可能性の話だが。
 
「それだけ上層部は『ヤキンの悪魔』を危険視しているということでしょう。隊長も知っているでしょう? 特にザラ国防委員長はハンス・ミュラーを倒した者はフェイスに任命するなんて仰られるほど目の仇にしているようですし」

 モラシム隊の大西洋での全滅。それを聞いたザフト上層部は焦り激怒した。ハンス・ミュラーを討ち、ザフトの士気を上げるつもりが逆にミュラーの名をより知らしめるだけの結果となったのだ。モラシムの死を聞いた時のザラ委員長などは怒りのあまり机を蹴り倒し粉々にしたという話である。
 ハンス・ミュラーの次なる行き先はアフリカ。モラシムに続き『砂漠の虎』までやられてはザフトの面目に関わる。なにせ砂漠の虎は『赤い彗星』や『仮面のクルーゼ』に並び称されるザフトに知らぬ者はいない英雄なのだから。
 絶対にミュラーを倒す為にも、アンドリュー・バルトフェルドを彼に殺された者の名前に加えないためにも。カーペンタリアは大盤振る舞いともいえる増援をバルトフェルドに寄越したのだ。

「そりゃね。ナチュラルがコーディネーターより強いとあっちゃ僕達の立場ないしね。ザラ委員長からしたら面白くない話だろう」

「隊長っ!」

「っと危険な発言だったかな。このことを君がザラ委員長に言い付けたら、僕も左遷かな」

 悪戯っぽくウィンクするバルトフェルドにはとても『砂漠の虎』と連合を震え上がらせた男には見えない茶目っ気がある。
 だがダゴスタは知っていた。この陽気に笑っている男が、いざ戦場に向かえば全身から闘気を煮えたぎらせ獰猛に戦うことを。
 英雄の二面性というのだろう。大衆に映し出されイメージされる英雄がプライベートでも同じような人間とは限らない。英雄なんてものは多くの場合において『仮面』に過ぎず、それはアンドリュー・バルトフェルドという男にとってもそうであった。
 もっともバルトフェルドの場合は戦場で垣間見せる虎の如き獰猛さも彼の一面でもあるので一概に仮面とは言えない。

「ヤキンの悪魔か。僕は一度も生で見た事はないんだが、強いのかな」

「プラント人民最大の敵とまで言われるようなエースですよ。弱いはずはないと思いますが」

「捻くれた奴と思わんでくれよ。僕は自分で見たものしか100%信用しない性質なんだ。奴さんがどれだけ強いのかは、戦場で確認させて貰おう」

 そうしてバルトフェルドは口元を釣り上げる。ゾクリと味方すら震えるような笑みだった。先程の茶目っ気などまるでない。
 バルトフェルドが睨むのはここに近付いてくる連合の部隊だ。

「連合の地上艦が三隻に足つきが一隻。クルーゼが堕とせなかった船に乗っているのは悪魔で他に……煌めく凶星Jにエンデュミオンの鷹ねぇ」

 連合軍にあって一隻でこれだけの戦力をもつ船は恐らくないだろう。ハンス・ミュラーが率いるアークエンジェルは正に連合最強の部隊といっても差し支えないかもしれない。
 それも面白い。連合最強を倒せば、バルトフェルド隊は連合最強よりも最強ということになる。
 飽くなき戦乱、終わりの見えぬ戦いを憂う心はバルトフェルドにもある。常人よりも広い視野で物を考える目をもっている分、寧ろ他の物よりも憂いているといってもいいだろう。
 ただ一方でバルトフェルドには戦士として強い敵と戦いたい、というどうしようもない欲求があるのも事実であった。
 
「これまで討たれてきた同胞たちの仇、なんてロマンチストな台詞は吐くつもりはないさ。ただ僕なりのやり方で相手させて貰うよ悪魔くん」

 双眼鏡をしまうとバルトフェルドは歩きだした。自らのMSの足元に。

「ラゴゥ、か。いい機体だな」

 バルトフェルドの前で佇むのはバクゥをオレンジ色に塗装したようなMSだった。しかし良く見れば細部が異なっており、MSの口部分にはビームサーベルを出すための筒状のものがあった。
 これがバクゥの発展機ともいえる最新鋭機ラゴゥだ。ビーム兵器をメイン武装としているのでPS装甲をもつガンダムにも有効打を与える事が出来るだろう。

「作戦開始だ」

 バルトフェルドの合図と共に部隊が動き出す。
 悪魔をこの砂漠の地で朽ち果てさせるために。



 ハンニバル級で一番偉い者がいるべき椅子に座るギルデン准将はバルトフェルド隊接近の報を聞いた。砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドの名は連合軍にも広く知れ渡っている。ザフト屈指の英雄が敵ということで、ハンニバルの乗員にはいつにない緊張が奔っている。
 しかし士気はそこまで低くはない。
 連合最強のエースが味方にいるという事実が彼等の士気を高めているのだろう。
 ギルデンにはそれが面白くない。
 戦争に勝つ為に必要なのは物量であって一人のエースパイロットではない。それがギルデンの持論である。パイロットなどは指揮官の命令通りの駒として大人しく言う事を聞いていればいい。戦争を決めるのはパイロットではなく指揮官なのだから。
 しかしMS戦が強いだけのハンス・ミュラーはアズラエル理事の覚えが良いために若造でありながら大佐まで昇進してしまった。
 ギルデンからしたら不愉快なことこの上ない。
 だからこの戦場でもギルデンはハンス・ミュラーに頼ろうとは微塵も考えていなかった。
 パイロットなどは所詮替えの幾らでも効く駒に過ぎない。駒を操る指揮官がするべきはどれだけ自分の駒を少なく殺して、より多くの相手の駒を奪うかだ。
 その哲学に従いハンス・ミュラーという駒には盛大に敵の駒を道連れにさせてしまおう。

「アーク・エンジェルを前進させろ」

 ギルデンの命令でアーク・エンジェルが前進していく。しかし前進していくのはアーク・エンジェルだけでギルデン率いる三隻の地上艦はそれに続いていくことはない。
 
「准将、アーク・エンジェルが突出し過ぎでは?」

「私の指揮に異論でも?」

「い、いえ! そんなことはありません」

「ならば君は黙って自分の仕事をやりたまえ。この戦いの指揮権はこの私にあるのだ」

 参謀の諫言を一睨みで黙らせる。ブルーコスモスとはそれなりに太いパイプをもつギルデンを怒らせれば参謀の一人や二人、幾らでも最前線送りにできる。
 この艦でギルデンに逆らえるような人間など皆無だった。

(これでいい)

 これこそが軍隊のあるべい姿だ。ナンバーワンの司令官を頂点に部下はトップの命令を唯々諾々と従う。
 駒は余計な事を考えなくていい。ただ従っていればいいのだ。自分とてそうやってここまで地道に働き、ここまでの地位についたのだ。
 そしてギルデンが作り上げたこの部隊は正にギルデンが理想とする軍隊そのものだった。

(私はここで見物させて貰おうか。ヤキンの悪魔などと持て囃された若造の盛大なる末路を)

 砂漠の虎は突出していたアーク・エンジェルを恰好の餌にするだろう。愚かな指揮官なら罠の可能性を勘ぐったかもしれないが、バルトフェルドはそこまで臆病な男ではない。確実に生贄として差し出されたアーク・エンジェルに食いつく。
 ギルデン率いる本隊と離れ突出したアーク・エンジェルは袋の鼠。砂漠の虎率いるバクゥに四方から蹂躙され恐らく全滅する。
 だがバルトフェルドとてただではすまない。
 ミュラーのことを嫌っているギルデンだが、パイロットとしてのミュラーの強さは知っている。死ぬ気で戦えば敵にも大きな損害を与えてくれるはずだ。
 アーク・エンジェルが全滅しバルトフェルドが疲弊する瞬間にこそ、ギルデンが動くめき時がある。

「アーク・エンジェル、尚も前進中。准将、このままではアーク・エンジェルを見殺しにする形となりますが……」

「構わんと言っているだろう。これも作戦だ。それとも君は最前線にいって軍に奉公したいんかね?」

 脅しを込めて睨むとたちまち静まる。自分にとっての理想の軍隊に仕上げたはずだというのに、ハンス・ミュラーなどという異物のせいで余計な不和が出ている。
 これだから英雄というのは嫌いなのだ。

(アズラエル理事もどうしてあんな男などを。まぁいい。軍にとってニュータイプなどという馬鹿げた絵空事の概念が付き纏う英雄には死んで貰った方が都合が良いだろう。生きた英雄よりも死んだ英雄だ)
 
 ここで首尾よくバルトフェルドを討ち取れば後は思うが儘だ。ザフト屈指の英雄を倒した男として、こんな前線ではなく安全なワシントンやデトロイドに栄転できるだろう。
 自分の輝かしい未来を想像しギルデンは暗い笑みを浮かべた。



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