「隊長、どうしてこんなことをしたんですか?」

 バルトフェルド隊において副官を努めるダゴスタは意を決して、この酔狂でありながら優れた知恵と見識をもつ上官に質問した。
 ハンス・ミュラー率いるアーク・エンジェル部隊との捕虜交換。
 そのことを悪い、と言う気はダゴスタにもない。
 現状強硬路線をいくザラ派を支持する者が多数を占めるザフトにあって、ダゴスタは穏健路線を唱えるクライン派を支持する人間だ。
 ナチュラルであり敵である連合軍と捕虜交換という平和的な交渉をすることは寧ろ喜ばしいことですらある。
 しかし、だ。
 どうしても解せないことがあるのだ。

「こんなこと、とは? 僕はザラ議長とかのようにナチュラルは皆殺しにすればいい、なんて言えるほど人間が出来ちゃいないからね。おまけに人殺しの癖して虐殺者呼ばわりされるのは嫌ときている。
 だから捕虜を殺すことはしない。けど捕虜を飲まず食わずで放置しておけば結局は同じ。捕虜とする以上は飯を食わせなきゃならん。……だが捕虜なんてものは無駄飯ぐらいだ。そんな無駄飯ぐらいを懐に入れているよりは、それをカードにして敵に捕らわれていた同胞を救い出す方が効果的だろう?
 このことに欠点があるとすれば、向こう側にとっても同じということだが……こればっかりは勘弁してくれ」

「そんなことは、分かってます」

 ダゴスタが聞きたいのはそんなことではないのだ。
 捕虜交換によって生まれるメリットデメリットはそれこそ百も承知である。これが本当にバルトフェルドがふと思いついたことだというのなら、ダゴスタもここまで食いつきはしなかった。
 だが――――

「貴方はもしかして、ハンス・ミュラーと話すために、これまでの戦いを行ってきたんじゃありませんか?」

 ハンス・ミュラーと話す為にはハンス・ミュラーを殺してはならない。
 故に初戦、ザフトにとっての仇敵であるハンス・ミュラーを敢えて完全に無視して敵本陣への奇襲をかけた。敵に大打撃を与えると同時に、ハンス・ミュラーという男に部隊の裁量権を与えるため邪魔な上官を消し去るために。
 実際ギルデン准将は過激思考のブルーコスモス派なのでバルトフェルドがどれだけ捕虜交換を訴えようとそれが受理されることはなかっただろう。
 そしてバルトフェルドは出撃前、降伏した兵士の虐殺を強く禁じた。降伏してきた者は殺さず捕虜としろ、と再三に渡り念押しした。
 交渉を成立させるためには敵側にも捕虜がいることが前提条件としてあるが、ミュラーの部下には不殺を信条とするジャン・キャリーという都合の良い男がいる。キャリーがその信念を貫くのであれば必然、捕虜はアーク・エンジェルに収容されることとなるだろう。事実としてそうなった。
 ダゴスタは畏怖を覚える。
 ギルデンを殺す、交渉用の捕虜を確保する、その果てにハンス・ミュラーと話す機会を得る。
 ダゴスタの考えが正しいとするのならば、この状況は全てこの男の掌の上のことだったということになる。

「考え過ぎ、というわけでもないか。確かに君の言う通りだ。僕はどこかでこうなることを期待していた節がある。ただ期待しただけだ。なればいいな、と思っただけで何が何でもそうしようと思ってはいないよ。
 ハンス・ミュラーを無視して本陣に攻め込んだのも戦略的理由あってのことさ。……ただ運よく期待は実ってくれたけどね」

 バルトフェルドは地平線の向こうから昇る太陽を眺めつつ、窓ガラスを指でなぞる。
 まるで何かを思い描くような動作だった。世界が変えられないから、せめて窓ガラスの中だけ自在に指を躍らそうとでもいうかのような仕草だった。

「……勿体ないね」

「勿体ない?」

「ああ。実に勿体ない。直接会って話して確信したよ。ハンス・ミュラーという男には情熱がない。野望がない。野心もない。あれだけ優れた能力をもっていて、世界を変えるだけの力と立場をもっているのに彼にはそんな気がまるでないんだ。
 だからこそ勿体ない。あれはもう才能の浪費だ。実に理不尽だと思わないか? 世界を変えたいという情熱をもつ多くの若者が自分の無力さに苦しんでいるというのに、彼は世界を変える力をもちながら自分の安寧だけを考えて生きているんだ」

 真に才能が必要な人間に才が与えられることはなく、まったくどうでもいい人間にこれ以上ないほどの才能が与えられる。
 英雄となるべき人間に英雄の力が備えられず、英雄になる気もない人間に英雄の力が授けられる。
 この不平等。この不条理もまた人間が人間たる証なのだろうか。




 キンキンと太陽が照らす昼下がり。ナインは自分のMSであるストライク・ダガーの修理に勤しんでいた。
 現代の戦争というのは大昔の槍を振り回していれば良かった時代とは大きく異なる。MSとは最新技術の塊であり、それを操るにも専門の知識が必要不可欠となる。
 そういったアクティブな頭脳が要求される戦場で活躍することを想定されて製造されたソキウスには、生まれながらにして優れた頭脳が与えられている。
 特にナインは教官のような人物でもあるキャリーから工学畑の知識も教え込まれているので、下手な整備兵よりもよっぽどMSの内部構造を知り尽くしていた。
 だからこそこうして壊れたMSの修理も出来るというものだ。

「おーい! 動きそうかー!」

 ダガーの足元でカガリが両手でラッパを作り大きな声で聞いてくる。
 ナインは首を振る。

「原因は分かったし、なんとかはなりそうなんだけど……」

「なんだけど?」

「機械を弄ってどうこうじゃない。部品が足りないんだ」

 足の電力の配置を入れ替える、配線を変える。OSをを書き換えるなどはとうに試した。
 それでもMSは動かない。
 完全に大破しているというわけではないのだ。アーク・エンジェルの優秀な整備兵たちの手にかかれば三日もあれば元の姿を取り戻すこともできるだろう。
 しかし修理するには致命的に欠けてしまったものがある。アーク・エンジェルなら欠けてしまっているパーツなど幾らでも予備があるだろうが、ここではそうもいかない。

「そうだ! 以前ガレッジの同級生から聞いた話なんだが、動かなくなった機械は斜め四十五度からチョップをすれば直るらしいぞ!」

「……無理だよ」

 ナインは首筋を掻きながら否定する。ナチュラルの言葉を否定するのは駄目だ、と心理的なプレッシャーがかかってきたのだが、そこはナチュラルのもつ知識的間違いを正すのもナチュラルの為になることだと自分を納得させる。

「MSは精密機械だし、これは本当にそういう故障じゃないんだ。大事なパーツがあって、それが転げ落ちた時に破損してしまってる。これをどうにかしないと何年たとうとダガーは動かない」

「それなら、そのパーツをもってくれば良いんだな」

「!」

 一人の大柄な男性がナインの隣に着地する。筋肉隆々のこの男性はキサカというらしい。
 詳しい事情は良く分からないのだが、カガリの補佐的立場にいる人間だ。隙のない足運びから察するに素人ではなく軍隊での訓練を受けた人間であると推測できるが、ナチュラルの為に生きることを至上目的とするナインはそれについて尋ねることはしなかった。
 ただ決して悪徳の人間でないことはカガリの態度からも分かる。

「この近くにそれなりに広い街がある。そこならその破損したパーツを入手することもできるだろう」

「しかし、高いですよ。とても個人が捻出できる額じゃ……」

 兵器には金がかかる。このダガーからして、普通の人間なら一生かけても稼げないような値段がするのだ。
 そのパーツの一つだけとはいえ、かなりの値が張るだろう。だからこそナインは遠慮したのだが、

「ゲリラ時代の伝手がある。心配しなくていい。それに遠慮することはない。私は私達の目的のために君を利用しているのだから、君も我々を利用してくれればいい。上官であるミュラー大佐のもとに帰らねばならないのだろう」

「はい」

 それだけは確かなことだ。ナイン・ソキウスの生きる場所はハンス・ミュラーの下。このことはナインの中で不変の事実として根付いている。

「分かりました。それではお願いします」

「任された。カガリ、私はこれからここを離れるが決して不用意な行動は慎むんだぞ」

「分かってるよ! 下手に動いて……虎に見つかったら、なんにもならないからな」

 余程砂漠の虎に痛い目に合わされたのか、カガリは殊勝に頷いた。

(……叩けば、直るか)

 パーツを購入するため街へ向かったキサカを見送ると、再びMSに向き直る。
 まるで理屈に合わないとは思うが、少しだけカガリの言った事が気になり思いっきりダガーを叩いてみた。
 痛い。ダガーの装甲はびくともせず、ただ殴った痛みだけが痺れとなってナインの手に奔る。

「直らないな、やっぱり」

 叩いてもMSは直らなかった。そのことが実際に叩いた事により証明されたわけだ。
 じんじんと痛む手を抑えながらナインは空を見上げる。出来ればミュラーが再び戦いに赴く前にMSを修理しておかなければ。



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