世界は偶然の連続で積み重なっているようにみえて、運命という大きなうねりに流されているものだ。
 大国といえる巨大組織すら抗う事の難しい時代のうねりともいうべき奔流は、とてもではないが個人でどうこうなるものではない。
 運命……英語でいえばデスティニー。悪い運命という意味ならばフェイトともいうそれらは国家のみならず個人に牙をむくこともある。そしてどれほどの英雄だろうと個人では国家という巨大な枠組に勝てはしない。
 故に個人が運命に呑まれたならば、その殆どにおいてただ流れに身を委ねるしかないのだ。本人の意志など関係なく。

「どういうことですか! 僕がザフトのパイロットになんて!?」

 普段は物静かで声を荒げるなどしないキラはらしくもない怒声を発していた。
 珍しいキラの怒声を浴びているのはキラの滞在しているコロニーの補修を担当する企業の課長だった。キラにとっては直属の上司の上司にあたる人物である。
 いつものキラなら年上や目上の人間相手だと畏まってしまい、自分の意見すら言い出すことができない。そんなキラが怒声まであげるのだから只事ではないのは明白だった。
 部屋にキラと課長しかいなかったのは幸いだった。仮にもし誰かがいればキラたちは注目の的となっていただろう。

「……珍しいな。ザフトに異動と言われてそこまで嫌そうに……いや、明確に拒絶の意志を示すような人間は」

 少し意外そうに課長がキラの目を見て言う。
 現在プラントにおいて一番人気の就職先は他ならぬザフトである。キラくらいの年齢の若者は「自分もプラントを守る」という動機で我先にとザフトに志願していっているのだ。アスランやニコルなどもそういった若者の一人である。
 地球連合では国ごとの差異もあるが成人年齢は18歳〜20歳。よって戦争気運がどれだけ高まろうと極端に就職先が軍隊に偏るということは有り得ない。
 これはプラントの成人年齢が国民ほぼ全員がコーディネーターで成人年齢が低く、歴史というものがない新興国家だからこそといえるだろう。
 なのでキラくらいの年齢の人間が上司から『ザフトのパイロットになれ』と言われれば喜んで受け入れるものなのだ。

「…………その、僕は」

 お前は非国民だ、裏切り者だ。課長の視線がそう攻めているような気がして、キラは目を伏せてしまう。
 だがキラの懸念とは裏腹に課長は特に怒った様子もなく微笑む。

「別に脅える必要はない。私は怒ってるわけじゃないんだ。……ただ少し新鮮でね。前に同じ話を君の先輩にしたことがあったんだが、その時は二つ返事で了承したものだ。
 興味があるな。差し障りのないことなら教えてくれないか。どうして君はこの話が嫌なんだ?」

「そこまで、大した理由があるわけじゃありません。ただ戦争は、嫌です……。殺されるのも、殺すのも」

 キラはもう沢山だった。友人を守るためにストライクにのったが、キラは本来争いごとが好きな人間ではない。大義や正義を信じる人間は自分を臆病者と罵るかもしれないが、そんな侮蔑以上にもう誰かを殺すのはたまらなく嫌だった。
 ストライクでアスランと戦った時の記憶を思い出す。アーク・エンジェルにいた頃、自分は連合にいたからアスランと戦うことになってしまった。ならばザフトに所属していれば、最悪離ればなれとなったトールやサイなどの友達と争うことになるかもしれないのだ。
 考え過ぎとは思えない。そもそもアスランがザフトにいたことだって信じ難いことなのだ。なにかの切欠でトール達が本当に連合の兵士にならないとも限らないのだ。

「ふっ。私が愛国的なプラント人民なら君を『臆病者』と殴りつけるのが正しいのだろうな。だが本当は君の方が正しいのだろう。若者が誰も彼もデュランダルやクルーゼに続け、ヤキンの悪魔を倒せ、プラントを守れ、ナチュラルを殺せと戦場に赴いていく今がおかしいのだ。
 本当に、どうしてここまで戦乱は拡大してしまったのか……。連合が悪いのかプラントが悪かったのか、もしかしたら全員が悪かったのか」

「課長?」

「おっと。聞かなかった事にしてくれ。こんなことザフト諜報部に聞きつけられでもしたら私のクビがとるからな。女房と生まれたばかりの子供をもつ身の上としては無職になるのは辛い」

「言いませんよ。誰にも」

「なら助かる。……君の気持ちは分かった。どうにもオペレーション・スピットブレイクで一大攻勢をかけるというのでな。スピットブレイクに回された一部の部隊の穴を埋める為、補修作業や作業用MSでの業績優秀な人間を引き抜くという話が出てね。
 うちでは一番作業用MSを上手く操る君に話をかけたというわけだ。安心しろ、これは勧めであって強制じゃない。君に抜けられるのはこっちとしても痛い。上には私の方から断りの報告を伝えて奥」

「あ、ありがとうございます」

 安心する。またあの戦争に巻き込まれるのかと内心気が気でなかったが、この分だと助かったようだ。

「もういい。君は仕事に戻ってくれ」

「はい」

 キラは頭を下げると仕事に戻る。その背中に課長の悲しげな声がかかってきた。

「今はまだ、断れた。……情勢もザフト有利だからな。ただ万が一となれば私ではどうしようもできないかもしれない。…………すまんな」

「――――――――」

 そう、ザフトは物量において勝る連合を開戦以来圧倒的優勢に戦い勝利を重ねてきている。
 ザフトの大衆もザフトの勝利を疑ってなく、メディアもザフト勝利の報告ばかりを流している。ヤキンの悪魔は恐ろしいが、どれだけ強くとも悪魔は一人。ザフトの勝利は疑いない。
 だが本当にそうなのだろうか?
 キラは連合がザフトに対抗して製造したMS、ストライクの性能を生で知っている。ナチュラルでもMSを扱えるOSが創られ、ストライクが量産体制になれば今の優勢などいつまで続くか分からない。
 ほんの些細な切欠で情勢は逆転しかねないのだ。そうなれば、最悪のことになるかもしれない。
 それは確かに一つの予言だった。




 ヤキンの悪魔。この名前にどれほど怒りを煮えたぎらせ、頭を悩ませたか。もはや数えるのも馬鹿らしい。
 だがシーゲル・クラインにかわりプラント最高評議会議長に就任したパトリック・ザラは久しぶりに悪魔関連で嬉しいニュースが届いた。

「ふふふ。これがコーディネーターの力だ。ニュータイプなどと思いあがったか、ナチュラルめ」

 パトリックの前のモニターでは対ミュラー部隊の隊長デュランダルより届けられた戦闘記録が映し出されていた。
 ザフトの次期量産型MS、ゲイツと戦うストライク。肩の悪魔のマークからみても搭乗者がハンス・ミュラーであるのは明白である。
 ストライクはゲイツと一歩もひかず戦うが、やがて腕を切られ遠方からのビームを喰らい中波した。
 残念ながらストライクを倒す事は出来なかったが、中破したストライクはそのまま逃げて行く。
 
「デュランダルに悪魔の相手を任せたのは正解だったな。モラシムやバルトフェルドも負けた悪魔をこうもあっさり追いつめるとは。我々の派閥にいないのが悔やまれるが些細な問題だ。
 それにストライクを中波させたのはダッドの倅か。奴もこの映像を見れば鼻が高かろう」

 勿論成果はこれだけではない。パナマ基地に奇襲を仕掛けた対ミュラー部隊は多くの施設やMSを破壊する大打撃を与えている。更にパナマ基地のデータなども収集してきていた。
 いずれパナマを攻める際、これらの情報は役立つだろう。
 パトリックの息子であるアスランも悪魔に接触することこそなかったが、連合のストライク・ダガー八機を撃墜するという戦果をあげている。

「デュランダル隊長から送られてきた戦闘データはここまでです」
 
 特務隊フェイスの一人、レイ・ユウキは映像が終わったところを見計らって口を開いた。

「ただデュランダル隊長の報告によれば、奇襲以降ハンス・ミュラーにはまるで動きがなくパナマ基地に留まっているようです。デュランダル隊長も二度目の奇襲は厳しいと」

 対ミュラー部隊は隊長であるデュランダルを含め精鋭揃いだ。だからこそ連合最大戦力が集う基地であるパナマへの奇襲などという、下手すれば自殺志願者に見られかねないほど大胆な作戦を成功させることができたのだ。
 だが奇襲とは奇を襲うからこそ効果的なのである。もうパナマも奇襲に対しての警戒はしているだろう。二度目の奇襲を行ったとしても、今度は逆に対ミュラー部隊が袋叩きにあい全滅しかねない。

「……そうか。デュランダルほどの男だ、ミュラーをパナマから引きずり出す策は思いつかんのか?」

「はっ! 挑発や流言などの手をとっているようですが、その悉くが無視されているらしく」

「まぁいい。裏を返せばそれはミュラーが我々を恐れているということだからな。もういい下がれ」

「了解」

 敬礼をしてユウキが議長室を出ていく。レイ・ユウキ、優秀なのだがパトリックの考えに全面的に賛成していないところが玉に瑕だ。
 レイ・ユウキがクルーゼよりも信任厚くない理由の一つである。もしもレイ・ユウキがパトリックに忠実であれば今頃はザフトを背負って立つ人間になっていたかもしれない。ただそれはパトリックの傀儡としてのトップにしかならないだろうが。

「作戦は最終局面だ。ヤキンの悪魔は一先ず保留にしておこう。オペレーション・スピットブレイク、あれがなれば連合の喉元に剣を刺すことができる」

 パトリックはザフトの勝利を信じて、口元を釣り上げた。



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