連合軍本部よりの命令を受けたミュラー率いるアーク・エンジェル部隊はL3にある辺境コロニー、ブリッツェルへと来ていた。
 どうしてブリッツェルのような戦術的価値の欠片もない場所に行くのかと疑問に思ったが、上層部が行けと命令したら行かなければならないのが宮使いというものである。
 上層部はブリッツェルにあるであろう連合にとって有利になるであろう情報を接収しろなどと言っていたが、本当にそんなものがあるかははなはだ疑問だ。

「部隊を二つに分ける。A班は私と一緒にブリッツェル内部の調査。B班はイアンと共に艦へ残り待機。……イアン、艦の方は任せる。A班は着いてきてくれ」

「りょーかい」

「はっ!」

「分かりました」

 フラガ、ナイン、クローゼなどを筆頭とした面々をつれてアーク・エンジェルより出る。キャリーは残留だ。
 何十年も前に廃棄されたコロニーであるブリッツェルだが、ここにはまだ空気が残っている。そのためノーマルスーツなしで行くことも可能ではあるが、万が一の事故が死に直結するのが宇宙というものだ。三人ともノーマルスーツは着用した。

「ぼろいところだな……」

「建造されたのが随分と前……コロニー開発最初期の頃ですし。寧ろ今もこうして形として残っているのは基礎設計がしっかりしていたからですよ」

 こういったマメ知識に詳しいクローゼが補足する。
 ミュラーの秘書官ということもあり、最近彼女はミュラーの知恵袋のようなポジションにもいた。

「だが規模はそこまで大きくはないようだな。この広さなら家探しもそう苦労しないだろう。…………んっ!?」

 自分の第六感に直接話しかけてきたような奇妙な感覚。ミュラーは足を止め、その感覚が飛んできた方向を睨んだ。

「あれは……なにかの研究施設みたいです。僕が調整を受けてきた研究所に似てます」

 ナインが進言した。戦闘用コーディネーター、ソキウスシリーズを開発した研究所に似た場所。はっきり言って嫌な予感しかしない。
 だが例えそうだとしても無視するわけにはいかない。

「行くぞ。ナイン、護衛はしっかりと頼むよ。私はMS戦ほど白兵戦は得意じゃないからね」

「了解してます」

 こういう時、ナインがいるのは非常に心強い。ナインは戦闘用に調整されたコーディネーターだけあってMSの運用だけでなく、兵士としての必須技能全てで高い成績を叩きだしている。
 白兵戦の成績もそうだ。こと白兵戦に限ってはナチュラルであるミュラーやフラガは勿論、同じコーディネーターであるキャリーすら上回るだろう。

「なぁ大佐さん」

 研究施設の廊下を歩いていると、フラガがらしくもなく神妙そうな口調で口を開いた。

「なんだ?」

「……予め申し開きしておくけど、俺は別に『隠していた』わけじゃない。単に今の今まで忘れていただけなんだが……」

「はっきりしないな。どうしたんだ?」

 一度足を止めてフラガの方へ向き直り、少し呆気に囚われる。
 ムウ・ラ・フラガ、エンデュミオンの鷹と呼ばれいつも飄々としている男が青い顔をしていた。まるでなにかに不安を抱いているかのように。

「このブリッツェルが破棄されたのはC.E.31。研究施設で発生した爆発事故が原因だ。その事故でこのコロニーを管理してた財閥の頭首が死んだってんで、次に頭首になった奴の意向もあってこのコロニーは破棄された。なぁ……大佐さん。どうして俺がこんなことを知っているか、分かります?」

「………………まさか」

 ミュラーは余り詳しくは知らないのだが、フラガの生家であるフラガ家は何十年か昔はアズラエル財閥に匹敵するほどの大財閥だったと聞いた事がある。
 今となっては前頭首が謎の火災で死を遂げて屋敷が全焼したことで、親族同士の御家騒動で財閥も分離してしまい、フラガの手元に財産など特に残っていないというが。

「そうだよ。このブリッツェルを管理していたのは俺の爺さん。マロ・ル・フラガだ」

「――――じゃあ、ここに何か連合にとって……いや、連合にとってじゃなくてもいい。なにか凄い秘密があるのは本当なのか?」

 フラガはゆっくりと首を横に振った。

「俺は親父には無能扱いされてきたからな。一つ屋根の下で暮らしていたといえばそうだが、俺はおふくろと使用人の同い年と馬鹿やってきたしフラガ家のお家事情には詳しくない」

「……そうか。だったらやっぱり調べるしかないな。。ここに何があるのかを」

 更に研究施設の奥へ奥へと進む。途中、侵入者を妨害するセキュリティーのようなものはあったがナインが直ぐに黙らせた。
 そして漸く開けた場所へ辿り着く。一面にあるコンピューターと無造作に並ぶ本棚。

「この中から情報を探すのは骨だな。よし手分けして探そう」

 ミュラーは手始めに見た目的に一番立派なデスクに近付く。
 試にデスクに置いてあった本に目を通してみたが――――大した情報はない。難解な数式は論文などではあるが別に重要機密というほどのものではないだろう。
 他になにかないかと探っていると、鍵のかかった引き出しを発見した。試に強く引いてみると、古くなって脆くなっていたらしく鈍い音を鳴らしたかと思うと鍵が壊れた。
 中を見てみると無数の書類の他に――――フロッピーディスクを発見した。

「流石に研究所のコンピューターはもう使い物にならないか。そうだ、クローゼなら。……クローゼ、フロッピーを見つけたんだが、中身を見ることは出来ないか?」

「待っていて下さい」

 クローゼはテキパキとノートPCを取り出すと、フロッピーを挿入する。
 暗証番号などのセキュリティーがあったが、まるでそれらの防壁を豆腐の壁だったかのようにあっさりとクローゼは突破してみせた。
 そしてフロッピーの中身が露わになる。

「こ、これは――――!?」

 そこに記されていたのは一つの真相。パンドラの箱に残っているのは希望だけとは限らない。
 ミュラーの見つけた箱に残っていたのは、世界を引っ繰り返す禁断の果実だった。




 デュランダルが隊長を務める対ミュラー部隊はナスカ級戦艦でL3方面へ向かっていた。
 部隊員の誰もがブリッツェルにミュラーがいるという情報に懐疑の念を抱いていたのは明らかだったが、デュランダルにはある種の確信があった。
 確信といってもニュータイプの直感力といった類のものではなく、友との信頼というものである。

(ラウが上手い事やってくれていれば、ハンス・ミュラーは今頃アレを見つけている頃か)

 ブリッツェルにある真実。それはこの世の誰もが求めてやまなかった『秘密』にして、この世界を作り出した創造主に直接的に関わることだ。

(確かアーク・エンジェルにはフラガ家の生き残りであるムウ・ラ・フラガもいるのだったな。運命というものは恐いものだ。……まさかフラガ家の者があそこにいるとは)

 果たしてハンス・ミュラーは『真相』と直面してどう行動するのか。
 奮い立つか、それとも見て見ぬふりをするか。或いは真相の代弁者となるか。どれになるかでデュランダルのミュラーへの対応も変わるだろう。

(キラ・ヤマトをラクス・クラインと共に逃がしたのは少しばかり痛いが……大したことではない。キラ・ヤマトもSEEDかもしれんが、私にもSEEDを持つ者はいる)

 デュランダルはイージスにのったアスランの戦いぶりを想起する。
 新人類とも旧人類とも違う゛超越種゛だけあってSEEDの戦いぶりは凄まじいものだ。
 あの力を上手いこと引き出し操ってやれば、そうそう負けることはないだろう。
 だが同時に皮肉でもある。

(新人類、調整者、超越種……どれも旧人類の枠を超えた存在であるというのに、その殆ど全員がその力を戦争という形でしか利用できていない)

 戦争の先にあるものを目指している自分ですら結局のところ戦う時は自らの才能に頼っている。

「だから――――」

 この世界は一度終わらせなければならない。
 致命的に狂ってしまったこの世界を元の形に修正するには、相当に強引な方法をとらなければならないのだから。



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