パトリック・ザラは議長室でとてもではないが信じ難い……そして恐ろしく憎むべき報告を受けていた。
 その背後には仮面の男、ラウ・ル・クルーゼが控えている。

「ボアズが陥落しただと!?」

「はっ。……連合が使用した核ミサイルによる総攻撃で、一日と保たずに……。ボアズから撤退した部隊は少数。逃げ切れなかったものは捕虜にされたか、討たれたかしたかと……」

 報告するユウキの表情も蒼白だった。無理もないだろう。ボアズが陥落したということは、もはやプラント本国まで連合軍の大部隊を足止めできる所がないということである。
 つまりこのままいけば数日後には地球連合軍の核攻撃部隊がプラントに襲い掛かってくるということだ。
 核攻撃部隊のプラント攻撃。そのフレーズは否応なく『血のバレンタイン』の悲劇を思い起こさせる。

「奴等は手に入れたと言うのか。ニュートロンジャマーキャンセラーをっ! おのれ……っ! またしても核を……ナチュラルめっ!」

 憤怒の表情でデスクに置かれていた花瓶を叩きつけた。

「ぎ、議長」

「下がれ!」

「し、しかし」

「私は下がれと言ったのだ!! 聞こえなかったのかレイ・ユウキッ!」

「失礼します!」

 パトリックの剣幕を受け慌ててユウキが退室していく。ここにいてはフェイスの紋章まで没収されかねないと悟ったのだろう。
 
「何故だ……何故、奴等はNJCを……」

 デスクに置かれた妻、レノアの写真に視線をやる。連合の手に核兵器の力が戻ったということは、あの血のバレンタインをもう一度引き起こそうとしているということだ。永久の忘れられないあの憎むべき悲劇を。

「何故と、仰いましても我々は打倒ナチュラル……打倒地球連合のため一致団結しています」

 パトリックの激怒が僅かに収まったタイミングを見計らいクルーゼが口を開く。

「NJCのデータを連合に送ることが出来そうなのは核搭載型MSを預けられている私、アスラン、デュランダルの三人ほどでしょう。が、私は議長とプラントに忠誠を誓った身。連合に情報を渡すなどこの身が核の焔に焼かれようと有り得ません。
 また議長の御子息であるアスランに関しては言わずもがな。残るデュランダルですが、彼とて連合軍にNJCを渡すような愚かしい行為はしないでしょう」

「ならば連合が独自に開発したというのか、ニュートロンジャマーキャンセラーを?」

「可能性はゼロではありません。なにせ『煌めく凶星J』のように連合軍に参加するコーディネーターもいます。……が、もし連合の独自開発でないとすれば、やはりこちらの情報が漏れたのでしょう。
 私の権限では大それたことは言えませんが、偶然にもつい数か月ほど前に核搭載MSと新造戦艦を奪取した者達がいましたな」

「シーゲルが、シーゲルの娘やその親派が連合に情報を渡したというのか!?」

「シーゲル元議長はエイプリルフール・クライシスで十億もの人間を殺してしまったと嘆いている様子でした。これは私より議長の方がお詳しいのでは?」

 クルーゼの言う通りだ。シーゲルは何度となくエイプリルフール・クライシスの話を出して、自分達とて立派な加害者であると議会で話してきた。
 誰よりもパトリックにナチュラルとの講和を訴えてきたのもシーゲル。そしてパトリックに黙って、単独で連合との会談に向かおうとしたのもシーゲルだ。
 シーゲルならば原発を再稼働させ地球のエネルギー問題を解決するためNJCを地球に渡そうとしてもおかしくはない。
 長年の友人に裏切られたという思いが再びパトリックの心を煮えたぎらせた。

「おのれっ! シーゲルめ、死んでも私の邪魔をするかッ!! クルーゼ、ジェネシスはどうなっている!?」

「後しばらくで完成するでしょう。試射の一つもしないで実戦に使うのは些か不安ですが、来たるべき連合軍との総力戦には間に合うものと」

「……貴様のプロヴィデンスの方は?」

「問題ありません。いけます」

 プロヴィデンスは核搭載型であるフリーダム、ジャスティスの後に製造された兄弟機であり二機を超えるポテンシャルをもつMSだ。
 ただし運用には高い空間認識能力が必要不可欠となるので、実質クルーゼの専用機ともいえる。

「デュランダルのシナンジュ・リヴィジョンも良好のようです。エターナルと共に逃げたクライン派という懸念事項はありますが、これらのMSとジェネシスがあれば地球連合軍の核攻撃部隊とも十分戦えます」

「期待していいるぞクルーゼ。当日は私自らも指揮をとる。下がれ、MSの慣らしもしておいた方が良かろう」

「はっ!」

 クルーゼは忠誠心高い軍人らしく堂に入った敬礼をすると、揚々と退室していった。




 黒の軍団は白い軍団にチェックをかけられそうになっている。
 これが普通のチェスの対局であればこのまま黒の軍団は白い軍勢の圧倒的物量に押し潰されて敗北するのは必至。だがデュランダルが俯瞰し操るのはチェスではない。血の通った本物の戦争だ。
 そして黒の軍団の技術力は戦力図そのものをたった一発で崩しかねない兵器を開発している。
 真っ当な対局を望む人間からすれば罵詈雑言を浴びせられても仕方ないほどのインチキ。序盤から中盤までの戦いを全て嘲笑うかのような一撃必殺の秘密兵器。
 だがそれすら計画のうちだった。
 ザフトが優勢のままでは困る。かといって連合がプラントを無血開城なんてことになっても困る。
 連合にザフトが追い詰められ、やられる寸前のザフトが秘密兵器を解禁するというシナリオが最も都合が良いのだ。

「やぁギル。一人でチェスをうつとは寂しいものだな。天下の彗星が」

「ラウか」

 いつの間にか部屋には友人であるラウ・ル・クルーゼがいた。
 彼の寿命がもう残りわずかだからなのか、彼の気配は希薄となっている。普通ならば倒れてもおかしくはない程の状態なのだが、それでもこうして彼を動かしいるのは決して消えぬ怨念という燃料と、消える前の最期の煌めきだろう。

「議長との話はどうだった?」

「我ながら心にもないことが口から出るものだと思ったね。はっきりいって……自分でも驚いている。私は欠片も感じていないことを、よくもあそこまで心を込めて言えるものだとね。うそ発見器も騙せてしまうかもしれないな」

「そうかね」

 白いキングを黒いキングの前に置く。
 そしてその二つの駒を掴むと、そのままゴミ箱に放り投げる。ムルタ・アズラエル、パトリック・ザラ。この戦争が終われば彼等も退場だ。二人とも操り易いという意味では優秀な駒だったがもはや用済みだ。

「ラウ、次の戦いで君の悲願が叶う」

「ギル、君にとってのプランの第二段階も終了する。漸く本腰を入れられるというわけだ」

「長かったよ」

「私は短かった」

「君は世界を破壊することを望み」

「君は破壊から創造することを願った」

 故にラウ・ル・クルーゼとギルバート・デュランダルは共犯者。
 されど破壊のみで終わるクルーゼはデュランダルの隣りに立ち続けることはない。彼は世界がどう転がったとしても、この戦争の後に自らの命を見出すことはできないだろう。

「私が死んだ後、当然私は君の共犯者ではなくなるわけだが……。レイのことは任せる。私の代わりとしては丁度良いだろう?」

「君の代わりなど世界のどこにもいないさ。例え遺伝子的に完全に同一人物だろうと」

 レイ・ザ・バレル、クルーゼと同じくアル・ダ・フラガのクローンとして生み出された……クルーゼにとっては兄弟であり自分ともいえる存在である。
 だが彼はレイであってクルーゼではない。共犯者であるデュランダルだからこそ断言できる。

「遺伝子の権威とは思えないセリフだ」

「自覚はあるよ」

 デュランダルはトランプを取り出すとジョーカーとクイーン、キングとエースのカードを並べる。
 チェスの盤上にはあるはずのないイレギュラー。言ってみれば彼等こそがクルーゼとデュランダルであり、ギルバート・デュランダルにとっての真の敵だ。

「ふふふふっ。どうなるかな。クイーンにはジャックがついた。私というキングにはエースがある。となると問題はジョーカーとなるわけだが」

「ハンス・ミュラーかね」

「良いチョイスだろう? 大富豪においてジョーカーはそれ単体としても使えるが、本当に厄介なのはジョーカーはどんな数字にもなることが出来るということだ。それこそエース≠ノもキング≠ノも。
 だがジョーカーとは手札にある限りはジョーカーでしかない。本人に自らの姿を変える気がないからスペードの3(アズラエル)風情の駒となり下がるのだろう」

 世界にとって最大のイレギュラーであるハンス・ミュラー。
 或いは彼を手に入れることができれば、あらゆる障害を解決することができるだろう。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.