『全艦、攻撃開始!』

 地球連合軍総旗艦ワシントン。大西洋連邦の前身、アメリカ合衆国初代大統領の名を冠した船の命令により連合軍は一斉に動き始めた。
 血のバレンタインの悲劇から始まった億の命を奪った人類史上最初にして最悪の宇宙戦争。それに最悪の結末を与える為に。
 
「始めが核なら終わりも核。……恨むぞ、オッペンハイマー」

 出撃前のパーフェクト・ストライクのコックピットでミュラーはマンハッタン計画のリーダーの名前に届かない愚痴を呟く。
 マンハッタン計画を行った国家に属するミュラーが愚痴るのも妙な話だが、その時代はまだミュラーの先祖は大西洋連邦にはいなかったのだ。愚痴る権利はあるだろう。
 核兵器、こんなものが生まれてしまったせいで人類は生と死の瀬戸際に立たされてしまった。
 単なる銃や飛行機でドンパチをしていた時代なら夢物語だった人類滅亡という四文字を現実的なものにしてしまったのは間違いなく核兵器である。
 そして連合は人類滅亡に準ずる形で戦争を終結させようとしている。即ち一つの国家の人間を皆殺しにするという最も冷徹な方法で。
 
「だが結局、それに従うわけしかないわけか。コーディネーターを憎む気持ちが理解できてしまうのが辛い。ハンス・ミュラー、出撃する」

 考えれば考える程に憂鬱になっていく。勝っても負けても楽しくもなんともない戦争がこれほどに嫌なものだとは。
 そのうち考えても精神を消耗するだけだと悟ったミュラーは思考を停止した。兎に角、今という時間を生き残る事だ。自ら立とうとせず、流されることを良しとしたミュラーが迷いなく実行できるのは『自分を生き残らせる』ことだけなのだから。

『き、来たぞ……っ! あ、悪魔だ!』

『一々狼狽するな! ここで引いては血のバレンタインの悲劇が全てのプラントに降りかかるのだぞ! 例え命を失ってもプラントをやらせるな!』

『りょ、了解!』

 ザフトのMSたちからは悲壮な決意がありありと伝わってくる。それはそうだろう。自分の国が滅亡すら通り越して消滅の瀬戸際に立たされているのだ。この戦争、ザフトが敗北すればザフトの軍人たちは帰る家を……故郷を失うことになる。
 正に背水の陣。逃げることもできず降伏も出来ないのなら、戦うしかないのだ。それこそ命を賭けてでも。

「………………」

 五機のゲイツが見事な連携で交互にビームを連射しながらストライクを落とすべく攻撃してくる。
 ニュータイプの力だろう。ミュラーには彼等の剥き出しの感情が見えていた。ある者は戦争で失った妻と子供の仇討のために、ある者は年老いた老婆を養うために、またある者は家族を守るために。
 生まれも戦う理由もまるで異なる彼等。そんな彼等にある一つの共通点は『プラントを守る』という思いで今日この場に立っているということだ。
 対してミュラーにはなにもない。
 親類は地球圏に生きているが彼等を守るために戦っているわけでもないし、かといってザフトに復讐したいわけでもない。
 思いだけならハンス・ミュラーは今まさに襲い掛かってきている彼等の足元にも及ばないだろう。

「それでも」

 一瞬のことだった。ビームの弾幕にあった僅かな隙へ滑るように入り込むと、擦れ違いざまに対艦刀で二機のゲイツを両断。
 なんのリアクションもとれないうちにビームライフルの連射で残る三機を沈めた。

「私も、死にたくはない」

 自分の生きる給料を稼ぐために軍人となった。軍人を選んだのは少しでも上等な暮らしをするためだった。
 そして戦場で人を殺すのは、自分が死にたくないからだ。自分が死ぬのが嫌だから見ず知らずの他人を殺して生き延びる。
 
「……っ!」

 流れ込んでくる先程殺した人間達の意志。彼等の思いが、彼等が愛した人々や国の風景がミュラーの中に流れ込んでくる。
 常人ならその生々しい光景に吐き気を催すか、意志に共感して涙を流したかもしれない。だがミュラーは殺した人間の命を拒絶する。真っ向から意志を跳ね返し切り捨てた。
 
「これで、いい」

 ミュラーに人間の意志を背負うことなど出来ない。だから殺した人間の命にそっぽを向いて自分だけを生かす。
 思えば皮肉だ。ニュータイプは人と繋がり分かり合うための力だ。なのによりにもよってその力が人と繋ることを拒絶する人間に宿るなど。
 嘗てジョージが夢見たニュータイプという存在、その力はミュラーの中において正しい使い方はされず、ただただ人を殺すための便利な力として研ぎ澄まされていっていた。

『ピースメーカー各隊、発進を開始する』

 ワシントンからの通信。遂にこの戦争に止めを刺すべく核ミサイルを携えたメビウス部隊が動き始めた。
 ミュラーたちにも新しい命令が下される。核ミサイルを護衛し、確実にプラントに命中させろというオーダーが。

『ミュラー大佐』

 申し訳なさそうなキャリーの顔がモニターに映し出される。彼がこれから何をしに行くのかミュラーには分かっていた。

「キャリー、私はザフトのMS部隊を掃討するので忙しい。はっきりいってお前一人に一々目を向けている時間はない。だから、あー、お前がこれから私の与り知らぬところで何をしようと私にはさっぱり、だ」

『大佐、私は貴方の部下として働けて幸せでした。最後にそれだけお伝えします。おさらばです。どうかご武運を』

 キャリーの白いロングダガーは別れを告げるようにミュラーのストライクに敬礼をすると、発進したピースメイカー部隊に向かっていく。

『宜しかったんですか?』

 キャリーの白と相反する黒いロングダガーがストライクの側につく。乗っているのは無論ナインだ。

「さて。私は単にこの状況で部下一人に目を向けている余裕はないと言っただけだ。他意はないよ。これっぽっちも」

『分かりました』

 ナインもこれ以上は何も言うことはなかった。遠距離防衛で映し出される白いロングダガーは刻一刻とピースメイカー部隊に近付いて行っている。
 ピースメイカー部隊が核ミサイルを発射した。一斉にミサイルが連合が総力をあげて開いた血路を通っていく。キャリーのロングダガーもそれに続くように飛んでいく。そしてキャリーのダガーがビームライフルを構えたその瞬間。

「な、なんだっ!?」

 プラントへ向かう核ミサイルが唐突にパン、と全てが弾けた。
 宇宙空間で核の光が灼熱の太陽のように輝く。しかし一年前二十万の人間を殺した灼熱の光は誰も殺すことはなかった。ミサイルが着弾する前にいきなり現れた影に全て撃ち落とされてしまったのだ。

「あ、あれは……?」

 爆風が晴れるとそこに存在したのは一機のMSだ。
 第一印象は天使=B青い翼を広げたガンダムタイプの白いMS。しかも目につくのはその正体不明のガンダムに装備された巨大な追加武装だ。ガンダムを挟みこむように装備されたそれはもはや小型の戦艦のようであった。

『地球軍は直ちに攻撃を中止して下さい』

 正体不明のガンダムに続くように現れたのは見慣れぬピンク色の塗装が施された戦艦。見た目はザフトのナスカ級と似通っているが細部が異なる。ザフトの新型戦艦かとも思ったが、それにしてはザフト軍から伝わってくるのは動揺だ。
 ザフトはピンク色の戦艦と天使のようなMS、そしてこの通信の主に対して困惑している。

『あなた方は何を討とうとしているのか本当にお解りですか?』

 ふと思い出した。この声に聞き覚えがある。確かこの声の主はラクス・クライン。
 今は亡きシーゲル・クラインの娘にしてプラントにとってはアイドルでもある少女。以前とある出来事でアーク・エンジェルに乗っていた事もある。
 小耳にはさんだ情報によればクライン派とザラ派の権力闘争でプラントを脱出したと聞き及んでいたが。

『もう一度言います。地球軍は直ちに攻撃を中止して下さい』

 攻撃を中止して下さいと、ラクス・クラインは懸命に訴える。その声が真剣であることは伝わってきたが、一人の少女に戦いを辞めろと言われて本当に剣を引込める程に連合軍は生易しくなどない。
 連合軍にも困惑はあったものの、核ミサイルを撃ち落としたのならば自分達の敵であるとシンプルに理解して、戦場に介入してきた謎の軍団にもザフトと同じように攻撃を仕掛けはじめた。
 だが事はこれだけに留まらなかった。否、真の恐怖は……そしてギルバート・デュランダルが抱くプランのオープニングは今宵これから始まったのだ。

「あれは……?」

 ヤキン・ドゥーエの後方に謎の巨大な建造物が見えた。基地のようにもみえるが、あの細長い形は寧ろ……大砲。
 灰色の巨大な建造物が徐々に薄水色の塗装に染め上っていく。最初の何もない所から突然に出現した現象といい、この灰色に色がつく現象にミュラーは心当たりがあった。
 ミラージュコロイドとフェイズシフト。あの建造物にはその二つの技術が使用されていたのだ。

「思い知るがいいナチュラル共。この一撃が我等コーディネーターの創世の光と成らんことを! 発射!」

 ザフト軍のトップの椅子に座る男がそう呟いた。その言葉がトリガーとなり……。
 瞬間、光が充満した。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.