ナイン・ソキウスは死んだ。ミュラーの目の前で死んでしまった。
 まただ、とミュラーは思った。自分がMSのパイロットになる切欠となった戦い。あの時も自分は敵と味方が全滅しておきながら一人だけ生き残ったのである。
 ナインが死んだどうしようもない遣る瀬無さは胸に溢れんばかりにある。戦争が終われば普通の人間として人生を送らせようと計画していたのに、戦争が終わる直前で死んだ……いや死なせてしまったことの後悔もあった。
 だがミュラーが自分自身を許せないのはナインが死んでおきながら、同時に助かってよかったなどという厚顔無恥な思考を自分の脳味噌がしていることだった。

「……ミュラー、大佐、その」

 兵士の一人一人が恐る恐る声をかけてくる。ヤキンの悪魔と怖れられる男が泣き喚いたことに動揺しているらしい。
 ミュラーはナインから託されたハウメアの守り石を懐にしまう。そして、

「ストライクの修理は?」

 無感動な瞳で声をかけてきた兵士を射抜いた。兵士はビクッと肩を震わせると慌てて口を開く。

「は、はッ! 戦闘は出来ないまでも動作不良の問題は解決しております! 動かすだけなら問題ないでしょう!」

「そうか。なら私はもう行く」

 話はそれで終わりだ。誰の制止もきかずナインの亡骸と共にストライクに乗り込むと、ナインの愛機だった黒いロングダガーを抱えて戦艦から飛び出す。
 目指すのはアーク・エンジェルだ。あそこはミュラーの母艦であり連合軍の事実上の親玉がいる船でもある。やるとすればあそこしかない。
 この混乱した状況下でアーク・エンジェルを探すのは困難な作業だったが、ミュラーにはなんとなく直感でアーク・エンジェルがいるであろう場所が分かったので程なく見つけることができた。
 アーク・エンジェルに自分が戻ってきたことを告げるとアーク・エンジェルの格納庫へとストライクを降りたたせた。

「良かったですぜ大佐がご無事で! 大佐が戻ってこねえって聞いた時はどうしようかと…………ってナイン! どうしたんですかい!?」

「マードック曹長、ナインを頼む」

 整備班長であるマードックにナインの亡骸を預けると、ミュラーはブリッジへと向かう。
 ミュラーにはナインの死を悲しむ以上にやらねばならないことがある。
 ブリッジではアズラエルが通信機に向かってヒステリックな怒鳴り声をあげていた。

「月本部から直ぐに増援も補給も来る! 君こそ何を言っているんだ! 状況が解ってないのは君の方だろうが! あそこに! あんなもの残しておくわけにはいかなんだよ! 
 何がナチュラルの野蛮な核だ! くっ…あそこからでも地球を撃てる奴等のこのとんでもない兵器の方が遙かに野蛮じゃないか。そしてもう、いつその照準が地球に向けられるか解らないんだぞ! 
 討たれてからじゃ遅い! 奴等にあんなもの作る時間与えたのはお前達軍なんだからな! 無茶でもなんでも絶対に破壊して貰う。あれとプラント、地球が討たれる前に!」

「…………中々エキサイトした議論でしたね理事」

 通信機を叩きつけたアズラエルにミュラーはゆったりと落ち着かせるように話しかける。
 アズラエルの視線がミュラーの顔に釘づけとなった。だがその表情にあの余裕ったっぷりの厭らしさがない。それだけでも現在がどういう事態なのかを教えてくれるというものだ。

「ああミュラーくんですか。生きてたんですね……。見ての通りですよ。大損害を受けてから要救助者の救命を第一に撤退するべきだ、なんて意見があるもんですから少し、ね。
 それとも貴方も僕に反対しますか? やはり大損害を受けてから撤退するべきだ、と」

「初めて貴方の意見を全面的に肯定する日がきましたねアズラエル理事。私も同意見ですよ」

 アズラエルの言葉は真実だ。
 ジェネシス、ただの一発で地球を滅亡しかねない人類史上最悪の兵器。アレを残したまま撤退するなど出来るはずがないのだ。
 例えどれだけの大損害を受けていたとしても、今こそがジェネシスを破壊する最初で最後の絶好のチャンスなのだ。もし次の機会を待てば軍の再編をしているうちにジェネシスのレーザーが襲い掛かってくるかもしれない。再びジェネシス破壊作戦を開始しても、第三射、第四射が地球を滅亡させた後かもしれない。
 極論だがあの兵器がある限りザフトは地球連合に全面降伏を要求することも不可能ではないのだ。
 だからここで破壊するしかない。例えここにいる人間全ての命が消えることになろうと――――地球に住む全人類と全生命を守るという大義名分に勝るものではないのだから。

「そこでアズラエル理事、少し……私の我儘を許して頂きたい」

「なんです? こんな切羽詰まった時に下らないことなら――――」

「この戦いの全権を私に委ねて欲しいのです」

「…………全権を?」

「士気というのは存外馬鹿にならないものです。地球存亡の危機、全人類を守るためのラストミッションの総司令官はヤキンの悪魔ハンス・ミュラー。兵士達を鼓舞するには十分な響きだと思いますよ」

「らしくないですね。貴方、本当にミュラーくんですか?」

「……私も、少し本気を出すことにしました」
 
 本来ならば大佐のミュラーが全軍の指揮をとることなどは出来ないことだ。しかしミュラーの旗艦であるアーク・エンジェルにはアズラエルがいる。
 アズラエルの無理ならば道理など簡単に引っ込ますことも可能だ。
 ハウメアの守り石を懐から取り出して見下ろす。ナインはずっとナチュラルの為にと戦ってきた。それが植え付けられたものであれ、ナインが純粋にナチュラルのことを考えてきた事実、それだけは変わらない。
 そのナインは死んだ。ミュラーが殺したのも同然だ。ならばせめてナインが望むであろうことをするだけだ。人生で一度くらい全てを投げ出すのも悪くはない。
 やがてアズラエルの命令でハンス・ミュラーは名実ともにこの戦いの全権を握ることとなった。
 これで漸くハンス・ミュラーはムルタ・アズラエルやパトリック・ザラ、そしてザラを影から支配するデュランダルと同じ立ち位置に立つことが出来た。
 ミュラーはこの戦いの指揮官として全周波通信を使い声を発した。だが全周波通信なのは連合軍全体に言葉をかけるためではない。願わくばザフトにいる誰かにも届くように。

「地球連合軍の皆に告ぐ。私は……ハンス・ミュラー大佐だ。この作戦の総指揮をとることになった。
 我々は残存する兵力と月本部からの増援を結集させジェネシスに総攻撃を仕掛ける。作戦内容は情報漏洩を気にする必要すらないほどシンプルだ。ジェネシスを守るザフト軍を掃討し核ミサイルをジェネシスに当てて破壊する。これだけだ。
 しかし作戦内容の簡単さとは裏腹に作戦成功の難しさは誰よりもこれまでザフトと戦ってきた我々全員が承知していると思う。連合主力艦隊の半数が消え、MS部隊も損害が著しい。対してザフト軍には余力があり、もたもたしていたらジェネシスの第二射が再び我々を襲うだろう。
 だが私達に退却≠キるという選択肢は有り得ない。……正直に言うと、私はメディアなどで報じられているような人間ではない。ヤキンの悪魔などと言われているが私自身は怠け者で戦争に対して情熱なんて殆どない人間だ。
 それは連合軍全体にも言える。多くの人間がいれば多くの考えがある。コーディネーターを皆殺しにしたい者、市民を守るために軍人となった者、家族を養う為、周りに流されて……ああ、数えきれないだけの事情を抱えて今日君達はここに立っている。だが今は胸に灯した全てを捨て去り、ジェネシスを破壊することのみを考えて貰いたい。
 はっきりと言おう。この作戦が失敗すれば地球は滅びる。何度でも言おう。我々の敗北は地球の死だ。100億の人間と数千億の自然が死ぬだろう。
 私は絶対的正義の戦争などないと確信している。此度の戦争も連合とザフト、双方に非がありどちらか一方が完全に正義ではないと私は考えている。
 だが敢えて断言しよう。この戦いは絶対的正義の戦争だ。地球を守る、これ以上の大義名分がどこにある?」

 自分でも大胆不敵なことをしていると思うが、ミュラーの心は穏やかだった。
 これまでしがらみというものに縛られ、自分のやりたいこともやらなければならないことも出来ない日々が続いていたが、全てを捨て去ると出来なかった事が簡単に出来てしまうものだ。

「私が君達に下す命令はたった一つだ。――――――地球を守れ」

 瞬間、連合艦隊から爆発的な雄叫びが轟いた。

『青き清浄なる世界のために!』

 誰かがそう言ったのを皮切りに「青き清浄なる世界の為に」と、ブルーコスモスのスローガンが溢れだす。
 そうだ。あの青き清浄なる世界――――地球を守るのにこれ以上相応しい言葉もないだろう。

「エターナルに通信を繋げ。……アレは確か戦争を止めろだとか言っていたな。もしかしたら味方に引き込めるかも」

「っ! ミュラーくん、いくら僕が君に全権を与えたからって流石にそれは容認できませんよ。あんな得体の知れない奴等の――――」

「アズラエル理事、黙って頂きたい。この戦いの指揮権をもっているのは私だ」

「な、なにを! 一体誰のお蔭で権力を握ったと」

「キャリー」

 命じると素早くキャリーが動き、アズラエルが隠しもっていた拳銃を奪い取り無理矢理椅子に座らせた。
 アズラエルは抵抗したがコーディネーターのキャリーの腕力に抗うことなど出来る訳がない。

「黙ってみていて下さい理事。もう止まらないんですよ……ここまできたんです。私は最後まで好き勝手やらせて貰いますよ」

 アズラエルが地球でどれほどの権力者であろうと、この戦艦にいる限りアズラエルはその権力を発揮できない。
 二人の力関係は完全に逆転していた。

「作戦開始だ」

 そして地球を守る戦いが始まった。



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