騎士団長の想いアナザー(Noah's Gate)


穏やかな風が吹いていた。
「バトルコロシアムを制し、本日付けで、騎士団長を拝命しました。」
私はシャルロラ様の墓前で、そう報告した。
シャルロラ様に憧れ、騎士団に配属されたとき、「大したもの」と評してくれたことはまるで昨日のようだ。
墓前、といっても、ここにシャルロラは眠っていない。
彼女の遺体は発見されておらず、遺品の鎧と剣と、髪の一部が納められているだけだ。殉職したとされる騎士には珍しくない話だ。
「去年の新人が、バトルコロシアムを制し、騎士団長になるとは異例のことだそうです。」
「あと、王子に剣技を教えることになりした。聡く、お優しい王子です。筋もよく、今後がとても楽しみですよ。」
私は、あたりを掃除しながら、返事のない墓標に語り掛けた。
掃除を終えると、墓標に対し、敬礼の所作を行う。
抜刀し、刃をまっすぐ下に下ろす。右手で逆手に柄を握り、左手で覆い胸元に近づける。
「不肖、私、レーチェルは…前騎士団長、シャルロラ様が築き上げた騎士団と共に、国と、善良なる国民を守ることをここに誓います。」
「大丈夫、あなたならできるわ。」
風に乗って、そう、シャルロラ様の声が聞こえた。そんな気がした。

 * * *

──野盗討伐作戦。野盗の被害が大規模なものとなり、国王の指示のもと、騎士団にて討伐隊が結成された。
私も、入団したてではあったが、討伐隊に志願した。
憧れのシャルロラ様と同じ部隊になったと知ったときは正に天にも昇る気持ちだった。
配属発表の折、シャルロラ様から「期待しているわよ」といわれたときには、己の力をシャルロラ様に見て頂けるまたとないチャンスだと思った。

しかし、野盗討伐作戦は難航していた。
平和になり、食えなくなった傭兵崩れや、横流しされた武器などにより、敵兵力は想定以上にあったからだ。
しかも、地の利はあちらにあった。森の各所に配置された罠は効率よく騎士団にダメージを与え、戦局は膠着状態にあった。
私はこれといった武勲も立てられず、ただただ時間ばかりが過ぎる現状に焦りが募っていった。
気が付けば単独で先行し、敵の罠に陥っていた。
シャルロラ様の助けにより、窮地を脱したが、それでもなお、ピンチに変わりはない。
たかが野盗と侮り、己の力に慢心してシャルロラ様をも危険にさらしている自分が腹立たしかった。

「シャルロラ様、危ない!」
私の声に反応したシャルロラ様が野盗の攻撃受け、ジャリン!と敵の剣を滑らせ、いなす。
「早くいきなさい。レーチェル!そして、待ち伏せと罠があることを後方に伝えなさい!私もすぐに向かいます。」
1対1ならば、シャルロラ様が野盗ごときに後れを取ることもない。そう判断し、
「わかりました。」
私は、踵を返して、前衛部隊に合流するべく森の中を走った。

 * * *

シャルロラはレーチェルの足音を聞きながら、目の前の野盗の男に対峙する。
「…これだけの腕がありながら、なぜ野盗に与する?」
相手は黙秘したまま、剣を脇に構える。激しい殺気が皮膚をビリビリと刺激する。
どう考えても、なにがしかの剣術訓練を受けた者だとシャルロラは理解した。
体を斜めに構えて剣を向け、相手の隙を伺いつつ、少しの沈黙の後、後頭部に激しい衝撃を受けた。
「ぐ…」
目の前の相手の殺気に気を取られ、後方から忍び寄る敵に全く気が付かなかった。
部下を逃がしたことへの安堵もあったのだろう。完全に油断していた自分を責めた。
膝を落とし、シャルロラの意識が薄れていく。

野盗の男は、後ろからシャルロラを仕留めた男にねぎらいの声をかけた。
「よくやった。とりあえず髪を切ってここにおいておく。それで連中に意図は伝わるだろう。」
「殺さないので?」
「こいつ人質だ。アジトに連れていけ。」
「そうですか…へへっ、しかし、よく見るといい女ですねぇ。たまんねぇ体してますぜ。」
その男は舌なめずりしながら、シャルロラの体を視姦した。
野盗の男はやれやれというような顔する。まぁ、こんなところに根城を構えていれば必然的に女日照りにもなる。
捕虜にした女など、「ヤれる」か「ヤれないか」で「殺すかどうか」を決めるものも少なくはない。
「言っておくが、そいつは騎士団長だからな、拘束はしっかりしておけよ?赤髪のシャルロラの名はお前も聞いたことあるだろう?」
男はその名を聞いて目を丸くした。
「コイツがですか?もっとゴツい女かと思ってましたわ。しかし、あんな不意打ちにコロッと引っかかるようじゃ大した事ないっすね。」
それは運が良かったんだよ。俺も。お前も。と、野盗の男は思ったが、口には出さなかった。
おそらく、あの時対峙した新人らしき兵士を逃がすのが一番の目的だったのだろう。
(こういう上官がついていれば俺の人生も変わっていたかもしれない…が、この女は団長としては失格だな)
そう考えるが、この女にはこの女の考えがあるのだろう。あの新人に、多大な期待をしているのかもしれない。
「サッサとアジトへ運んでおけ。俺は報告のため数日ここを離れる。間違っても逃がしたり殺すなよ?後、はわかってるな?」
「へい、下の口は使うなってことでしょう?」
野盗の男は念を押し、それを確認して頷くと、森の中に消えていった。
もう一人の男も、シャルロラを肩に背負う。
「下がダメなら上の口ってねぇ…今晩が楽しみでならねぇや。」
男はたまらずに、シャルロラの太腿をなめあげ、妄想で股間を屹立させながらアジトへと向かっていった。

 * * *

私が、前衛部隊と合流し、シャルロラ様の居た場所へ向かった時に、すでに、シャルロラ様の姿はなかった。
戦闘していた場所には血痕と、シャルロラ様の髪の一部が残っていた。

シャルロラ様の行方は数日たっても不明だった。
そのため、髪の一部は丁重に保管された。死亡扱いになれば、これが墓に入るためだ。
私は震えていた。自分のせいなのだ。自分が取り返しのつかないミスをしたことが原因だからだ。
「団長が人質として有効であると野盗が判断しているのであれば、命は保証されているはずだ。」
そう、部隊の先輩は私を慰めてくれていた。しかし、そんな言葉は私にとって何の慰めにもなっていなかった。
より、皮肉を込めて責められているような、そういう感覚さえ覚えた。

時間だけが刻々と過ぎ、自分の無力さに歯噛みするほかなかった。

そんな折、偵察の斥候部隊より、シャルロラ様が捕らえられている可能性のあるアジトが発見されたという報告があった。
かなり警備の数が多く、数名の部隊では奪還は難しいという報告だった。
一縷の希望が見えた私は、シャルロラ奪還作戦に真っ先に志願した。

翌朝、アジトに向かう道中で何人もの野盗と思わしき人間の死体が横たわっていた。
何か別の勢力が動いている可能性を考え、シャルロラ様の奪還に不安がよぎる。
しかし、野盗らしきものとも、別勢力とも遭遇しないままアジトの前まで到着した。
ここからはまず斥候部隊が潜入する手はずとなっていた。

正直、気負った割には何事もなく拍子抜けしていた。だからといって、単独先行しては先日の二の舞だ。
同じ過ちはしない。シャルロラ様のためにも。仲間のためにも。慢心が一番の敵だ。
そう言い聞かせ、私はじっと斥候部隊の報告を待った。

…そして、斥候部隊の悲鳴が耳をつんざいた。
「まずいことになった可能性がある。これよりアジトに突入する!いそげッ!」
部隊長が檄を飛ばし、部隊に緊張が走る。

アジトの扉をくぐり、部屋に入った瞬間、足元にぬるりとした不快な感触を覚えた。
(なんだ…これ…)
部屋の中は血に染まっていた。

足元は固まりかけた人間の血がねっとりとこびりついていた。
戦場で人の死体は見慣れているものの、その凄惨さに目を見張った。
野盗と思しき死体は、数名の首は刎ねられ、胴はわかれ、内臓が露出し、血だまりを作っていた。
一部は引きずった後もあり、大型の何かの動物の歯型がついていた。
中には、喰い散らかされたあとなのか、それがもともと何だったのかわからない肉塊すらあった。

「寝込みを襲われたのか、それとも仲間割れか…」
部隊長が思案していると、斥候部隊の一人が鎧と剣を持ってきた。
「隊長、これを…」
それを見て、隊長は唇をかみしめ、壁に拳を打ち付けた。
「間に合わなかったのか…くそっ…シャルロラ…」
ごく小声で言ったその言葉を私は聞き逃さなかった。

間に合わなかった。
その言葉が私を絶望へと突き落とした。

足元の血液が腕となって、私の足をつかんだ。
ギクリとして、足元を見ると、腕はやがて人の形をとり、苦痛に歪んだシャルロラの顔を持った上半身を形成する。
私の下半身にまとわりつき、さも「お前もこちら側に来い」とばかりに、地の底に引き入れようと縋りついた。

 * * *

「…レーチェル…レーチェル!!」
声が聞こえる…この声は聞き覚えがある…ああ、王子の声だ。
やがて、うつつの状態から覚醒する。
「う…ん…」
「よかった。相当うなされていたよ?大丈夫なの?」
王子は、しきりに私の心配をしていた。

王子とは、週に1回のペースで関係を結んでいる。というのも、性の力を定期的に補充しないと、生命にかかわるし、そもそも時空跳躍ができない。
事が終わると、私は疲れて果てて、そのまま寝てしまうのだが、よりによって王子の寝室であの絶望の夢を見てしまっていたらしい。

私は、王子とともに、我が国の滅亡を阻止するために時空剣ノアの力により、時空を旅している。
私が合流すると、古代に時空跳躍──当時は時空跳躍のためにああいう行為が必要だったとは知らなかったが──し、滅亡の元凶となった闇の巨人の素体を捕獲することに成功した。
素体…といっても、少女の形をとどめた「それ」はもとは人間だったという。
「元凶なのだから、そいつを殺せばいい。」という当時の研究者であるガーナの言葉を却下し、その少女、ファリルを仲間に引き入れ、そして、その体を元に戻そうと奔走していた。
王子は優しい。いや、優しすぎるのだろう。
だからこそ、私が望めば、王子はきっと「わかった」といって、時空跳躍を私のために使うのだろう。
でも、だからこそ私の口からはあまり言いたくはない。いや、言えないのだ。

「大丈夫です。とにかく、王子はこれから知の図書館に向けての時空跳躍のため力を蓄えなければいけない身です。私のことはいいですから…」
と、場当たり的なことをいって話を打ち切ろうとする。
王子はさすがにそれ以上は聞こうとはしなかった。聡い王子は私がこれ以上口を割らないとわかっているのだろう。

まったく不敬な騎士団長様だ、と自己嫌悪に陥る。私は、深くため息をついた。

 * * *

王子は自室に戻ると、時空剣ノアと相談していた。
「ノア、レーチェルなんだけどどうすればいい?」
「どうするも何も、別に興味はないけど」
「そんなこと言わないで、きっと何か悩み事を抱えてるんだよ。ルイズに聞ければいいんだけど、ルイズはちょっと。」
「賢明ね。『えっちの後で、レーチェルがうなされてた』なんて言ったら、『どんなプレイを強要したんだ?この変態王子』といって刺されかねないわね。」
そういってクスクスと笑うノア。
「…茶化さないで。でも、レーチェルが困っているなら助けたいじゃないか。」
少しむっとした表情で王子は言う。
「しょうがないわねぇ。一番手っ取り早いのは、自白させるために拷問するのが一番なんだけど、拷問じゃ、性的魔力は得られないのよねぇ。」
まったくとんでもないことをいうやつだ。と王子は思うが、ノアはいたってまじめなのだ。
「定番は酒ね。彼女がどのくらい強いかわからないけど、サボテンから作った蒸留酒ならかなり強いから、いい感じにつぶれると思うわ。」
「へぇ。そんなのがあるのか。ちょっと入手しよう。」
そういって王子は街へと繰り出していった。

 * * *

らから(だから)わらし()なんてまらまら(まだまだ)なんれす(です)よぅ。」
と、レーチェルはくだを巻いていた。
王子がすすめてくれた酒は、香りがよく、すっと体に入っていった。日ごろの疲れやストレスもあったのかもしれない。
「でも、レーチェルは僕の剣の師匠だし、みんなの面倒もきちんと見てくれてるじゃないか。」
「剣…剣らんて(なんて)わらし()はシャルロラ様の足元にも及びませんから。」
そんなことはない。レーチェルの剣は王国一だ。だからこそ騎士団長をやっていられる。王子はそう思うも、しかし、聞きなれない名前が引っかかった。
「シャルロラ?」
「シャルロラ様ですよぉ…ああ、王子はまだ小さかったから覚えてらい(ない)れす(です)ねぇ。私の尊敬するひろ()であり、騎士らんちょー(団長)れす(です)ぅ。」
…思い出した。そういえば話だけは聞いたことがある。
赤髪のシャルロラ。
その剣技は王国随一との名も高く、閃く剣の軌跡は、「氷華」と称された。
しかし、彼女は野盗の掃討戦で野盗に拿捕されたと聞いた。ただ、遺体は発見されておらず、野盗の根城から彼女の鎧と剣が見つかっただけだった。
凄惨な現場から、何かの大型生物の餌食になったと判断されたため、死亡扱いとなったらしい。
わらし()のせいなんですぅ・・・」
レーチェルがぼそりとつぶやく。
わらし()が、あの時、シャルロラ様にいいところを見せようと、先行しら(しな)ければ!」
レーチェルの目に涙が浮かんでいた。
「シャルロラ様をらっかん(奪還)しようと、ぶらい(部隊)組んれ(組んで)やろう(野盗)どもの根城へたどり着いたときには…たどり着いたときは…っ。うわあああああ」
泣きじゃくりながら、レーチェルは王子に説明をした。
奪還部隊を指揮し、シャルロラが拿捕されたと思しき野盗の根城に入った時、すでにシャルロラの姿はなかった。
しかし、そこには一面血に染まった部屋があり、何人もの野盗が恐ろしくも無残に殺されていたらしい。
今でもその光景を夢に見ると。そして、シャルロラに冥府に引きずり込まれる悪夢を見ると。

レーチェルのうなされていた原因はわかったが、王子は少し後悔した。
失った人は取り戻せない。しかも、それが自分のせいだと分かっていればなおさらだろう。
自責の念から、そのような夢を見るのだ。
ただ、そんなレーチェルを放ってはおけない。王子はひとつの結論にたどり着いた。
レーチェルは泣きながらそのままテーブルにつっぷして寝てしまった。
王子はその髪をなでながら
「何とかしよう。レーチェルも、シャルロラも救うよ。」
そう囁く。レーチェルの寝顔は、涙で濡れながらも、穏やかな寝息を立てていた。

 * * *

「ノア、レーチェルの問題がわかった。中世に飛ぶ。」
「あら、随分やる気ね。でもいいの?寄り道なんてして。」
「寄り道なんかじゃない。これはレーチェルのためにも僕たちにも必要なことだ。」
「ふーん。まぁ、私はどうでもいいんだけど、時空跳躍の魔力はどうするの?行って帰るにはちょっと足りないわよ?」
そうだった。うかつだった。
「いいじゃない、レーチェルに『シャルロラ救ってヤるから、一発ヤらせろ』で。」
相変わらず下品だ。ノアは。でも、冷静に考えてもそれが一番マシなのかもしれない。ほかの女の子で応じそうなのはルイズくらいか?
魔力調達を思案していると、ドアがノックされた。

「プリムラ!?なんでここに??」
王子はプリムラの来訪に戸惑った。彼女がわざわざ自室を訪ねるなんてめったにないからだ。
「レーチェルに剣の話を聞こうと思って部屋にいったら、偶然レーチェルと王子の会話を聞いたのだ。立ち聞きするつもりもなかったんだが、すまない。」
「…それじゃぁ、僕がやることは理解していると思っていいんだね?」
「そのために来た。私は彼女を気に入っているし。もっとも、シャルロラという騎士にも興味がないといえば嘘になるが。」
プリムラは見につけた衣服をするりと脱ぐと、裸のまま王子のベッドへと進んでいく。
「有難う、プリムラ。すまない。」
「これから肌を重ねる相手に『すまない』なんて言うな。」
「そうだね。プリムラ。」
王子は右手でプリムラの胸を揉みながら、唇を合わせ、そして彼女の口の中に自分の舌を突き入れる。
そのまま、ベッドに押し倒し、濃厚なディープキスを続けた。

 * * *

翌朝、目が覚めた私は、着るものも着たまま、ベッドに横になっていた。
酔いつぶれた私を王子がベッドに運んでくれたのだろう。
ぐっと伸びをして、起き上がろうとしたとき、ドアをノックする音がした。
「おはよう、レーチェル。早速だけど今日、時空転移をする。朝食後準備をして広間まで来てほしい。」
「かしこまりました。王子。」

いよいよ知の図書館に向けての旅が始まるのか。そう思うと、気が引き締まる。
朝食を終えると、着慣れた騎士装束に身を包む。愛用の剣を携え、私は部屋を後にした。

「来たね。」と王子が言うと、すでに全員そろっていた。
王子がゆっくりと時空剣ノアを構え、ゲートを開く。
景色が暗転し、時空の門をくぐる独特の浮遊感が私の感覚を包んだ。

やがて視界に扉が出現し、あけ放たれる──

出現した場所は、深い森の外れ。日が傾きはじめ、どこからか鳥の鳴き声が聞こえる。静かな場所だ。
しかし、どこか見覚えのある森だった。
「ここは?」
私は想定外の場所に降り立ったところで、王子に問う。
「レーチェル、見覚えがないかい?この森を。この年代は──」

私は愕然とした。
あの日だ。
あの日なのだ。
私が絶望に染まったあの日だったのだ。

私は目を開いてガタガタと震え始めた。王子はなんてことをしたのだ。
よりによって、この日、この場所に飛ぶ必要はないではないか。
考えが巡りに巡って、口をパクパクさせるが、言葉にならない。

その時、後ろから優しく抱きしめる腕があった。ルイズだった。
彼女は私が部隊長に着任したときから、参謀として公私ともに私を支えてくれた戦友以上の存在だ。
「レーチェル様。落ち着いてください。何も、王子だって考えなしで来てわけじゃありません。」
ルイズの優しい声色で、だんだんと落ち着いてくる。
「レーチェル様がずっと悩んでおられるのを、私も知っていました。王子が私のところにきて、『レーチェルを救うためにひと肌脱いでほしい。』といわれたときは、本当にうれしかったのですよ?」
「そうだな、ルイズだけじゃない。ここにいるみんなは皆レーチェルのために集まったようなものだ。もっとも、レーチェルが心酔するシャルロラという騎士にもあってみたいしな。」
プリムラが軽くウインクをしながら、そう言う。
「どちらにせよ、ここまで来たのだから、後戻りはできないよ。レーチェル。シャルロラを助けて、元の世界に戻ろう。」
王子が優しく微笑み、私に語り掛ける。

目頭が熱くなるのがわかる。
私は涙をぐっとこらえて天を仰いだ。
抱きしめてくれたルイズの手を自分の手で覆い、王子と、理由を知ってまでついてきてくれた皆に感謝した。

 * * *

もう何年も前のはずなのに、まるで湯水があふれるかのごとく、アジトまでの道のりが脳裏に展開する。
「前方警戒!。敵4ッ」
ミーアの虚空鎖ヘルフェミリンスが敵の行動を縛る。
間髪入れずに、ピスティの刃打の舞が閃き、こちらの先制で相手の部隊はほぼ半壊した。
長年連れ添っているルイズとの連携も功を奏した。彼女がいれば、私は無敵だ。
瞬く間に敵を蹴散らすと、そのまま歩を進めた。

どのくらいの敵を屠っただろうか?
戦闘が思いのほか多く、少し焦りを感じていたところで後ろから声をかけられた。
「ちょっと、レーチェル。少し待ちなさい。」
息を切らせながら、少し苦しそうな声で彼女はそういった。
「焦るのもわかるけど、みんな少し疲弊している。回復しながら行かないと、追いつかないわよ?」
ああ。そうか。と部隊を見て思った。
確かに、あの時の討伐隊より今の部隊のほうが、一騎当千の猛者ぞろいもあって、機動力も兵力も比較にならない。
しかし、そんな猛者ですら肩で息をし始めている。
「いや、しかし…時間が」
「焦る気持ちはわかるけど、私たちが倒れてしまったり、急ぎすぎてアジトの敵に感づかれて逃げられるほうが困るでしょう。少し落ち着きなさい。それに…。」
ヴィーチェはちらりとルイズを見る。
大剣を杖に体を支え、肩で息をするルイズを見て、さすがに私も無理をさせすぎたと痛感した。
ヴィーチェはルイズに駆け寄ると、一片のケーキを渡した。
「疲労なんてアッというまに吹き飛ぶわ。」
「いや、私のことはいい。それより先を急がないと…。」
ルイズはいつだってそうだ。私のことを自分より優先する。シャルロラ様も大事だが、彼女ももちろん大事だ。私は小休止を取ることを決めた。
「少しここで休憩を取る。食べなさい、ルイズ。ヴィーチェ有難う。私も頂いてもよいか?」
「もちろん。」
そういってバッグから紙に包まれたケーキを取り出す。
一口かじると、程よい塩味が体に染み渡った。ああ、塩ケーキ(ケークサレ)か。
「うまいな。」
素直に言葉が出た。
「当然よ。私の手作りケーキはなんでもおいしいのよ。」
鼻高々にそういうヴィーチェを見て少し和んだ。
「お紅茶もどうぞ。」
メリスタが私にすっと紅茶を差し出す。この紅茶はどこから出すのかいつも不思議だが、彼女は未来人だ。
私の伺い知らない何か──彼女は科学の力だといっていたが──があるのだろう。
「私のご主人も一年前から帰って来ていません。レーチェルさんと同じで遺体も見つかってないんです。」
私はギクリとした。でも彼女は続ける。
「でも、最近思うんです。亡くなったから、帰ってこないのではなくて、単に帰って来れない理由があるんですよ。王子に同行してよくわかりました。」
「?」
「わかりませんか?私たちが助けるから、レーチェルさんの過去にシャルロラさんがいらっしゃらないのですよ。私たちがここにいる。それが証拠です!」
──衝撃だった。そういうことを考えたことはなかった。

希望が満ちてくるのがわかる。目の前が明るく広がるのがわかる。
「でも、油断は禁物ですよ。私たちが倒れたら元も子もないのですから、慎重に行きましょう。」
にっこりほほ笑むメリスタに礼を言うと、またアジトへの道を進んでいった。

 * * *

アジトに到着したころにはすでに日も暮れていた。
しかし、なぜか警戒の人間がいないことに気づいた私は不信に思いつつも、アジトに忍び寄った。
王子含む各員はアジト前で待機。
私とルイズのみで潜入することに決めた。いざというとき、無言でやり取りができるメリットを優先したためだ。
しかし、野盗の姿は皆無だった。
まさか。もぬけの殻なのか?とそう思った矢先に、奥の部屋から男の卑猥な喘ぎ声が聞こえてきた。

「はぁはぁ…(くち)マンコ最高だよ。ね、また出していいかな?いいかな?」
「おい。そろそろ俺にも交代させろよ。手コキもわるかないけど、俺今朝はクチでしてもらってないんだぜ?」
「昨晩はお前が先に(くち)マンコだったじゃねぇか。それよりも外の見回りいいのかよ。」
「へーきだって。こんな奥まで誰も来ねえよ。そもそも、アジトの周りには何十人という遊撃部隊がいるんだぜ?」
「ちがいねぇ。」
「つーかよう、あの石頭が下は使うなとか言い出しやがるからよう。前も後ろも胸もクチも使えば4人同時に楽しめるじゃねえかなぁ?」
「へっははっ。お前天才じゃねぇの?」

…耳が腐る。というのはこういうことかと思った。
女性の苦しそうな嗚咽混じりの声と、下衆どもの声に吐き気を覚えながらも、その声の場所を探す。
目の前の突き当りの扉が開いておりそこから明かりが漏れていた。
多分そこだろう。

剣を鏡代わりにし、内部をうかがう。男は2名。凌辱されていると思われる女は1名。
(ルイズ。入り口警戒)
(了解)
部隊の暗号手話でやり取りをする。

「はぁはぁ、イク、イク……」
ヘコヘコとだらしなく腰を前後に動かしイラマチオする男の背後に音を立てずに忍び寄り。左から右へと水平に一閃。
ゴトリという音とともに、その男の首が床に落ちた。
もう一人の男ののど元に剣を突き付け、冷ややかに告げる。
「シャルロラ様はどこ?」
そう問いつつ、首を刎ねた男を後ろに突き倒し、下衆な男の餌食となった哀れな女を見る。

全身の血が沸騰したかと思った。
私は、剣を突きだし、そのまま払う。喉の半分を剣で切り取られ、おびただしい鮮血とともに、その者も床に倒れた。

「シャルロラ…様…」
酷い有様だった。
目には生気がなく、美しかった赤い髪は乾燥した精液でパリパリになっていた。
肌もそこかしこに乾燥した精液がへばりついており、なめらかな肌はガサガサになっていた。
こともあろうに、虚ろな目でこちらを見ると、両手を床につき、目を閉じて口を開け、舌を突き出す。

瞬時にその行動の意味を理解し、それ故に直視できず、私は目を背けた。

「レーチェル様。敵がこちらに向かってます。数4。」
「…このまま迎え撃ちます。ルイズはシャルロラ様の保護を。」

男共は部屋に入りながら、ブツブツつぶやく。
「んだよ。抜け駆けかよ。お前ら…。ったく、こっちは見回りの交代時間まで我慢してるってのによう。」
こちらをまともに見ずにしゃべっているのだろう、こちらを見た瞬間相手の顔色が変わる。
だが、次の瞬間、たった女2人だということに気づき、急にニヤつき始めた。
「なんだよ、新しいピカピカマンコが2つも来やがった。おい、お前らごちそうが来──」
男が口上を終える前に私は間合いを詰め、心臓を一突。抜きざまになぎ払い、2人目の首を刎ねる。

それだけで、残りの人間の士気を下げるには十分だった。
悲鳴とともに、我先にと逃げ惑う男たちだったが、容赦はしない。シャルロラ様をあのような目に合わせた罪は万死に値する。
私は彼らを背後から切りつけることにためらいはなかった。

残りの2人を切り伏せると、シャルロラ様を抱きかかえたルイズが部屋から出てきた。
「レーチェル様。撤収しましょう。」
私は無言で頷くと、ルイズとともに、アジトを後にした。

シャルロラ様の容態を見て、部隊の皆も絶句していた。
王子は、転移の前に少しやり残したことがある。と言って、ノアを携えてアジトに向かっていった。
「一体何を…?」というルイズの問いを私は制止する。王子は言いたくないはずだ。
それに私は王子とノアがアジトで何をするのかを知っている(・・・・・)
しばらくして王子は暗い面持で戻ってきた。
(申し訳ない。王子。)
私は、心の中でそう呟いた。

「それじゃぁ、元の場所に戻るよ」
王子の声が響き、景色が暗転する。ゲートをくぐり、拠点世界へと、私は戻った。

 * * *

拠点に戻り、数週間が経過した。
シャルロラ様は私と王子の──といっても、実際にはノアの力らしいが──介護によって、順調に回復していった。
王子はシャルロラ様に「元の時代に帰りたいか?」と聞いたとき、シャルロラ様はかぶりを振ってこう答えた
「私が戻ったら歴史が変わってしまう。それに、我が国の危機であれば微力ながらお手伝いしたい。ただ──」
「ただ?」
「耳を貸してくれないか?」
私はこのとき、シャルロラ様が王子に何を言ったのかわからなかったが、王子は「考えておく」と言って、その場を離れた。

 * * *

シャルロラと王子は丘の上に立ち、シャルロラの墓を遠くから眺めていた。
「本当に会わなくていいのかい?」
「ええ。会ったら、たぶん離れたくなくなってしまうわ。だから、見ているだけ。わがまま聞いてくださり感謝します。王子。」

シャルロラは、レーチェルの晴れ姿を見たい。とそういった。
レーチェルの騎士団長任命式のあと、王子はシャルロラを連れてここにやってきた。

やがて、シャルロラの墓に、一人の少女がやってくるのが見える。
かすかだが、彼女の声が聞こえる。
「バトルコロシアムを制し、本日付けで、騎士団長を拝命しました。」
少女は墓を一通り掃除し終えると、敬礼し、高らかに宣誓する。
「不肖、私、レーチェルは…前騎士団長、シャルロラ様が築き上げた騎士団と共に、国と、善良なる国民を守ることをここに誓います。」

シャルロラは目に涙を浮かべながら
「大丈夫、あなたならできるわ。」
そう呟いた。

穏やかな風が、シャルロラとレーチェルを通り過ぎていった。

〜完〜


あとがき
1/15までに展開していたイベント「騎士団長の想い」のアナザー(if)ストーリーです。
できる限りイベント開催中に公開したかったのですが、ちょっと間に合いませんでした。

実際のゲームイベントでは、シャルロラが捕らえられる前に仲間になっています。(ただし、課金した人にだけ、ですが(苦笑)

また、原作を知らない人でも1本の小説として楽しめるように書いたつもりです。
原作知ってる人はいろいろ突込みがあるかもしれませんが、遠慮なく感想で突っ込んでください。
あと、お部屋の関係で18禁カテゴリで投稿していますが、読み物としての流れを優先した結果、エロがほとんどなくなってしまいました。

プリムラとのエロをもうちっと濃厚に書こうかと思ったんですが、テンポ悪くなるし
ノアの入れ知恵でシャルロラとレーチェルの百合百合で回復とか、ネタは考えたんですが、こっちはなんかぶちこわしかなと(笑)
まぁ、シリアスな話ですし、レーチェルとシャルロラが幸せになれればそれでいいかなと。
あと、原作と違い、ルイズもちょっといいやつになってます。というか、私、基本ルイズっていいやつだと思うんですよ。
原作では扱いひどいですが。
そんなわけでいいわけです。許してください。
いいや、テンポ悪くなってもいいからその2つかけといわれたら考えますんで感想にでも入れておいて下さい。

なお、本作はアナザー(if)の都合上、原作のシャルロラの洗脳イベント1とオーバーラップしている部分があります
野盗討伐作戦の下りがそうなります。
原作からの引用はさすがにしないように留意していますし、もともとソーシャルゲームなので字数も説明も少ないので大分補完してます。
ただ、セリフとかはどうしても似通ってしまいますね。ほかに変えようもないので。
「ド」がつくマイナーなゲーム(サービス開始4か月で、公式コミュが1700人、関連wikiの総アクセス数が3000程度しか行ってないってくらいありえへんほどマイナーw)なのでクレームはきっとないでしょう…。

感想やダメ出し等があればよろしくお願いします。

1/17
一部、ルビの見直しと、誤字、おかしな部分を加筆修正をしました。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.