◇




「なんで・・・君がここに居るんだ・・・」

呆然とした声を出したのは、空中で跪くように上空の少女を見上げている黒いマントの男。
左肩を損傷し、しかしまだ倒れきっていない戦士だ。



「なんで、ルリが・・・」

呆然と呟いたのは、囚われの少女だ。
そして彼女を助けた?捉えている?? のは、見知った・・・どころではない、学友で親友で、何時も離れることなく共に生きてきた・・・自分と同じ境遇の大 切な友達。
大切な友達なのだ。



「ふふ。でも、貴方はまだ、この子を取り戻そうと戦うんでしょ?」
「・・・答えろ、なぜ君がここに居る!」



そして黒マントの男――アキトは叫んだ。

自分の戦っていた相手。
自分が銃を向けた相手。
自分を追い込んだ、相手。


「・・・でも返すわけには行かない・・・貴方の我侭もわかる。でも、私にも望みがある。」


アキトの叫びには応えない。
ただ、淡々と自分の主張を述べるのみだ。

「ルリの・・・望み?」
「そうよ、ラピス。私にも欲しいものがある。失いたくないものがあるの。」

悲しそうに笑って、ラピスを抱えなおした。
横抱きにラピスを抱えて、楽な姿勢に変える。

細い体と、腕の何処にそんな力が――と思ったけれど、中に浮いている事実を見てしまえば、それはささやかなことでしかない。

「この二日間の記憶は、私がちゃんと消してあげる。あの男もこの世界から追い出してあげる。また皆と、楽しく過ごそう、ね?」
「なっ・・・!」

ルリも、望んでいる。
アキトと同じく、ラピスを。

「そんな…記憶を消す、なんて」
「出来るよ。とっても簡単なこと。私はここの"代行管理者"だから。だから安心して・・・」
「いや!」

拒絶だ。
ラピスはアキトに手を伸ばした。助けて、と。

「アキト! 私…忘れたくない! アキトを…この気持ちも!」
「ラピス・・・!」

その声に姿勢を低くするアキトの目的は、明確だ。

「待ってろ・・・!」

ぎり、と唇をかみ締めるアキトに、ルリは小さく溜息を吐いた。
そして、ふふ、と笑う。

「判ってる。ラピスもアキトも、そう選択することくらい。」

夜空を仰ぎ見たルリの両の瞳から、零れ落ちる涙。

「だって――




"電子変換(リアクト)"






パァアアアッ





光が溢れた。
ルリの呟きの続きは聞こえることなく、闇を塗りつぶす光に飲まれる。

「きゃぁぁぁあああああ!」
「く、ラピスッ! うおあああああ!」


周囲一体を衝撃波がなぎ払い、アキトは遠くへ吹き飛ばされる。
多少回復したフィールドで全身を防護し、光の収まる森林公園山頂に目を向け――

絶句した。


「あれ、は」

巨大な白亜の戦艦。
優美なフォルムと、確固たる力を秘めた存在。




―――ユーチャリス。





そして――


"ここで戦えば修復不能なほどの損害を被る"

"決着は、宇宙(そら)で着けましょう"


「決着、だと・・・」


"貴方は何処までもラピスを求める"

"なら、ここでキッチリと打ち負かすしか術はない"

"私は、私の望みのままに行動する"



反転し、この惑星から徐々に離れていく。

追わないわけにはいかない。
ラピスは、あの中に居るに違いなのだから。



本当に追えるのか・・・?
本当に戦えるのか・・・?

いや、追うんだ。
そして、取り戻す。
そう、決めたんだ。


そう言い聞かせて、アキトもまた宇宙へ上り始めた。



全ての決着を、つけるために。








 ◇ ◇







 §






"" ふふふっ ""





 §






 ◇ ◇












martian successor Nadesico Another story


The last part of "Many-sided Distotion"

Written By サム






















閃光が散り、闇に溶ける。

色彩は一切ない。
世界は黒一色の虚無空間と、色彩の彩る地球を俯瞰できる位置。

宇宙だ。

閃光が闇に溶ける。
1つや2つではない、10や20ではきかない。
その10倍、20倍の閃光が虚無に満ちた闇の空間を彩った。

それはほんの一瞬で、すぐさまエネルギーは拡散する。

その光源では生身のアキトが縦横無尽に飛び交いながら、交差するバッタやジョロといったユーチャリスの艦載兵器を打ち落とす。
心配した呼吸や圧力の懸念は杞憂に終わった。

ここは電子世界。
ここからみて外界から侵入したアキトには、この世界の法則はあってないようなものだ。
そして、IFSシステムと同じ理屈で戦闘できる。

ブラスターはブラストに。
フィールドのイメージはディストーションフィールドに。
何より、体が思うままに動く。

だが――

(このままだと、持たない・・・)

限界は近い。
何百もの敵機を落としてはいるものの、相手の物量は無制限だ。
徐々に近づいてはいるが、しかしやはりこのままではいずれ、

(負ける)

何より、戦っている相手がルリなのだ。
なぜこの世界にルリが居るのか。真に人間なのはラピスだけのはずなのに、なぜ彼女も"意思を持っている"?
疑念から、全力を出し切ることにブレーキがかかってしまう。
このままではラピスを助け出すことどころか、負けてしまうのは目に見えている。

「くそっ・・・!」

実寸のジョロやバッタは大きい。
アキトは突撃してきたバッタの背に掴まって、その規格外の"腕力"で投げ飛ばして戦力の相殺を図る。

迫る弾丸、多弾頭ミサイル、レーザ。
カミカゼめいた特攻パターンも、戦術の一つ。

その全てが、アキトを排除するためにルリが実行していると言うことになる。
それが、無性に悲しかった。

突撃してくるバッタの一群をやり過ごし、最後尾の1匹を無造作に掴んで転回してきた先頭のバッタへと投げつけ、ブラスターを乱れ討つ。

パパパパッ

と爆光が発生し、無音の空間に熱が拡散した。
バッタの爆発は連鎖し、周囲一帯に展開していた多数のジョロをも巻き込んでいる。
思いのほか規模の大きい爆発から、これでこちらの姿は捉えにくくなった筈。

(今しかない――)

迷っていても、今がチャンス。

一瞬の判断で反転したアキトは、迷いを残したままユーチャリスへ向けて突撃した。




""――教えてあげようか? ""





 ◇ ◇





「アキト! ね、もう止めてよ!」

奇妙な空間。
部屋自体の面積は学校の教室ほどの大きさで、その中央に設えられた台座の様なものに、ルリは埋め込まれていた。
ラピスはその横に投げ出される形で気絶していて、つい先ほど目が覚めたという状況。

中央から前半分にかけて展開されたスクリーンに、アキトを攻撃する意味不明な兵器の群れが表示され、高速で何かを呟いているルリの瞳には――縦横無尽に光 が舞っていた。

生身のアキトに対して、襲い掛かる敵はその5倍以上も大きい。
スクリーンからの映像を見る限りでは、しかしアキトはその死の群れと対等に渡り合う――どころか急激にその敵の残数を減らしている。

ぱ ぱ ぱ 
と移り変わるスクリーンの情報が、何故かラピスには細かに読み取ることが出来た。

現在地点。
現在この"戦艦"の保有している戦力、残存エネルギー。
敵の予測軌道と攻撃パターン。こちらのとりうる手段。可能な戦略。

その全てが、ラピスを取り戻そうと奮闘しているアキトの、想定しうる全ての"死"を指し示していた。

「ルリ! なんで、どうしてアキトを殺さないと行けないの!?」
「彼はラピスを――貴女を求めるから。貴女が居なくなってしまえば、この世界は・・・私は、存在することが出来ないから」
「わかんない、わかんないよ!」

首を振ってラピスはルリの紡ぐ言葉を拒否する。
そんなラピスにルリは悲しげに微笑んで見せた。

「しょうがないもの。ラピスは記憶を全部シールドされてるから。」
「シールド・・・されてる?」

ぽろぽろ、とルリは涙をこぼしながら笑う。
悲しく悲しく、笑いながらアキトを攻撃する指示は止まることはない。

「うん。ラピスの記憶はこの世界に来た時点で全てシールドされた・・・そして、始まった・・・」
「はじ、まった?」

泣きながら微笑むルリは、頷く。

「多面ディストーションから解き放たれた。…与えられた幸せだったけど、そこから始まった」
「ためん・・・でぃすとーしょん・・・?」

意味不明な言葉。
ルリの言っている意味が全く判らない。

「それって、どういう意味・・・」

とラピスが呟いたとき、スクリーンの9割が突然レッドコールを鳴らし始めた。

【警告】

【敵機ロスト】


バッタ・ジョロの有縛から発生した大規模なジャミング効果でアキトの現在"値"を見失ったらしい。
残りのスクリーンから詳細を読み取ったラピスは――


「アキト・・・」
「もうすぐ来る。決着もつく。・・・ならその前に・・・そうだね。ラピスにも選択肢をあげる。」

ルリは伝う涙を拭うことは出来ない。
手首から先と、腰から下を台座に埋め込まれているからだ。

ルリは がくっ と俯くと。
全く気にしない様子で涙にしゃくり上げることもないまま告げた。

()アキト(現実)。どっ ちを選びたい・・・?」



 ◇



高速化する。
フィールドは先鋭で、立ちふさがる全ての敵を貫通しながら爆炎と熱、そして無軌道な擬似電磁波を撒き散らしてこちらの居場所を悟られないようにすることが 重要だ。

目指すは前方300kmに"見える"ユーチャリス。
全ての決着をつけるために――ラピスを取り戻すために。

瞳が鋭くなるのが判る。
これは、戦っている自分の本気の状態だと。



"人間は、様々な側面を有してる"

"側面は、見る側と見られる側で食い違っていて"

"万華鏡のように"

"千変する"

"同じ形の鏡が無いように"



突き進む。
脳裏に響く声は、この世界の管理者――"エル"のものだと、最初から判っていた。
だから、聞くだけにとどめる。

何故なら――

それが、全て(世界)の答なのだろうから。



"自己の中の他人" "他人の中の自分"

"それは"

"それぞれ、自分というフィルターを通して"

"観測している" "多かれ、少なかれ"



その通りだ。
人は自分の中に他者を投影する。

時折言葉のすれ違いが起こったりするのは、おそらくそのせい。
自分の中の他人と、本当の他人の姿が食い違っているから。
恐らくそうなのだろう。



"この世界は――"



"ラピスの心象を投影した世界"

"ラピスの多くの側面を、彼女自身という歪みを通して成り立っている世界"

"そう"

"ここはラピスの"



"多面ディストーション"




「多面、ディストーション・・・」

その言葉自体に意味はないのだろう。
ただの当て字のような感があるわけでもないが、反面ひどく納得した。

「だが、ルリちゃんは。彼女とラピスの接触は1度きり・・・しかも顔すら会わせていない筈だ」

ましてや、自己の中に投影するほどラピスがルリを知っているとは考え難い。



"ふふ"

"あのルリは、ルリじゃないよ"


「・・・なに?」


最後の防衛ラインを突破した。
後はユーチャリスまでの障害は何も残っておらず、ここからは目晦ましの手段は一切ない。
アキトは振り向きざまにブラスターを構えて、最大出力でその威力を解き放った・・・!


僅かに追随してきていた敵機の列が、後方200kmにわたり高エネルギーの本流に飲み込まれ、爆散する。
その爆発は周囲の全てを飲み込み、大規模な破壊の連鎖を生み出した。

敵は一掃した。
余力はもうほとんど残っていないが、これで漸く決着をつけることが出来る、が。


「ルリちゃんが、ルリちゃんじゃない? 確かに、ラピスの心象世界のルリちゃんと現実の彼女は――」



"そうじゃないよ"



くすくす、というニュアンスの笑いにアキトは眉を顰めた。


"この世界の星野ルリ"

"私に代わってこの惑星を管理していた星野ルリの本当の姿"

"それは――"


 ◇ ◇


俯いたルリは、ぽた、ぽた、と最後の涙を流しつくして顔をあげ――

「え・・・あ、え。 なんで・・・うそ・・・!」

その姿――顔をみて、ラピスは言葉を失った。

失わざるを得なかった。

泣きながら笑う、悲しい少女の姿。
台座に埋め込まれ、侵入者を迎撃しなければならない"管理者"の本当の姿。


――それは。



「どっちにする・・・ ラピス(わたし)?」




青い色の髪の、ラピスラズリに他ならなかったのだから。




 ◇




「なん、だって・・・」

アキトは今の自分の状態を忘れて、呆然とその場に突っ立ったままだった。
"気配"は くすくす と楽しそうにする様子を崩さない。


"ルリというのはテクスチャ"

"だって同じ人間が二人居たらおかしいもの"

"でもこれは"

"ラピスの望む世界を作る上で" "必要な措置"

"ラピスの(コア)人格と" "膨大な処理能力を"

"同時に制限することは" "不可能"



""だから""


"ラピスの(コア)と" "処理能力を分割して"

"ラピスというフィルタを通してみた、自身という存在"
"ラピス自身の多面ディストーションに"

"記憶と能力を付与し"

"この世界を維持させるしかなかった"


「なんて、ことを・・・・」



"例え"

"能力を封じても"

"抑えきれないときも出てくる"

"そのための修正者であり"

"管理者"


"星野ルリ=ラピスラズリ"


"これは、彼女も納得済みの事だよ"




ぎりり、とアキトは唇を噛んだ。
地の味が口内に広がり、吐き気を催す。

味を感じることの出来る喜びより、はるかに勝る怒りと、悲しみと、後悔。




――何度ラピスを傷つければ良いのか、俺は!



そして――ますます判らなくなる。
ルリだからといって。ラピスだからといって。


「戦えるわけ、ないじゃないかぁっ!!!」




絶叫した。




 ◇ ◇




青い髪のラピスは、呆然とするラピスに告げる。
一筋の零れる涙と共に。

ほんとう を。


「でも、もう、苦しい。これ以上アキトを撃ちたくない・・・けど、私は元の世界に帰るのが怖い・・・私、」

区切って、続ける。

「ここなら、アキトは居ないけど――ずっと優しい気持ちで居られるの。」

ぽろぽろと、再び涙が零れ始めた。
もう、泣きっぱなしのルリ=ラピスは、それでも笑みを浮かべる。

浮かべ続ける。


「もう、どうしたら良いの? ね、ラピス(わたし)?」
「ルリ・・・」

ぎゅっと、ラピスはルリ=ラピスを抱きしめた。
抱きしめて、泣いた。


何故か?
判るからだ。
記憶は無くとも――心はわかっていた。
そして理解できた、アキトに惹かれた訳を。


「私、その"元の世界"でも、ずっとアキトを好きだったんだね――」
「うぅ、うくっ・・・」

泣き崩れるルリ=ラピスの頭を優しくラピスは撫でた。
判るから。

好きな人を撃つ苦しさ。
理由はわからないけど、好きな人の傍を離れたいほどの苦しさ。
戻りたいけど、戻れない苦しさ。

だから、ラピスは決めた。


「ルリ・・・記憶を、返してくれる・・・?」
「ラピス・・・」

涙に歪んだ視界の先で、ラピスは微笑んでいた。

「選ぶよ、これからを。ルリが私だって言うなら、ルリだけが苦しむ事なんてない・・・私も、一緒に考える。悩むよ」

だって、と笑った。

「私たち、友達だもの」「ラピス・・・」

うん、と微笑んだルリ=ラピスは静かに目を閉じた。
その体から光が溢れ出し・・・



部屋は、"クローゼット"へとその形を変え――





収まった後には、一人の少女しか残らなかった。
薄紅色の髪をした・・・しかし、左側の一房だけが蒼色の髪の、ラピスラズリ。


ゆっくりと瞳を開けたラピスは、しっかりと前を見据えた。


"台座"にすわり、両の手に光るIFSでしっかりと状況を認識する。
ルリ=ラピスに課せられていた"迎撃プログラム"は既に無効化されていて、ルリ=ラピス(わたし)の 想いと記憶が胸を焼く。
きゅっと胸を抱き、熱い吐息をそっと吐いた。


「ありがと、わたし(ルリ=ラピス)

そっと微笑んで、これからすべき事をしっかりと見据える。
そう、まだ終わっては居ないのだから。


「この想いは、私たちのもの――だものね」

そっと微笑って、顔を上げた。
しっかりと、(未来)を見つめて。




 ◇ ◇




ユーチャリスを見つめながら、しかしアキトにはどうする事も出来なかった。
辛うじて自失しては居ないものの、今攻撃を加えられても避ける事は出来ないだろう。

「なんで・・・こうなんだ?」

いつも。
気づいたときには、既に終わってしまっている。
短く嘆息して、アキトは諦めかけた。

ラピスにとって――彼女たちにとって、それが安らぎなら・・・俺にはもう何もする事は出来ないんじゃないか?

そう思ってしまう。
思えてならない・・・。

そんなときだ。


『アキト』

ウィンドウが開いた。


 ◇


そこに映っているのはラピスだ。
しかし、服装も雰囲気もさっきまでのラピスとは違う・・・?

女性パイロットが着るナノマシンコーティングの防護スーツを着ているラピス。
その顔、向かって右側の髪の一房が青く染まっているのが見て取れた。
表情は落ち着いていて、何かを強く決意している――そう感じる。

「ラピス、か?」
『うん。』

二人のラピスに分割されていた記憶が戻った、ということだろうか。
その事実、何があったかまではわからないけれど、

「良かった・・・」

心底からアキトはほっとした。
しかし、続くラピスの言葉に硬直した。

『戦おう、アキト』
「なっ!? 何でだ! 元に戻れたならもう戦いに意味なんか、」
『意味はあるよ、アキト。』

意外なほど穏やかなラピスに、アキトは一瞬だけ――ほんとにポカンとした。

『戦う意味。もう一人の私がたくさん傷ついてまでアキトと戦い続けた結末を、ここでつけなくちゃいけないの。』
「でも、これ以上お前を、俺は傷つけたくない――」

『あら。』

ラピスはにこーっと笑って、言った。

『もう、傷つくだけの私じゃないよ』

さ、と促す。

ユーチャリスはゆっくりと回頭をはじめ、その主砲であるグラビティーブラスト4門を全てアキトに向けた。

「本気か・・・」
『私は、いつでも本気だよ・・・もう自分の気持ちは誤魔化さない』
「強くなったか?」
『そんな事ない。ただ、囚われるのはもう止めにしただけ』

ウィンドウの中のラピスは、アキトにぱっちりとウィンクしてみせた。
その様子に、アキトは思わず微笑む。
そっか、と呟きながら。


『イメージして』

続くラピスの言葉は、戦いの助け。

『強く思って・・・アキトの、最強を』

それは。


言われるままに、思い浮かべる。
あそこまで言われたら、もうラピスの望むとおりにするしかない。
懸念も恐らく全て払われた・・・あとは、


(俺の、最後の覚悟だけか)


そう思えば後は容易い。
全力で戦って、ラピスと帰る。何にも代えがたい、この愛しい少女と共に。


次第に収束する力は、イメージの具現。
右手から伸びるナノマシンの輝跡が、全身から空間に伸び――

"電子変換(リアクト)"



漆黒の機体――ブラックサレナが召喚された。



 ◇ ◇



始まりの合図なんていらなかった。
ユーチャリスからのグラビティ・ブラストの一斉射と同時に反転したブラックサレナは、スラスターを全開にして大回避した。
その隙にディストーションフィールドを再展開し、バッタ・ジョロの艦載機群を改めてサレナに向かわせたユーチャリスは、グラビティ・ブラストのリチャージ を始める。

高機動モードにチェンジして追いすがるバッタを置き去りにし――すぐさま反転して、速い順から一直線に並んだそれらを、フィールドアタックで根こそぎにす る。
煌く一条の光の筋――爆炎で彩るその先を、ブラックサレナが切り開きながら高速でユーチャリスに肉薄する。


その様子をつぶさに見ていたラピスは、笑みと共に呟いた。

「イメージ」

そして――



収束する光。
ジャンプの兆候にアキト=ブラックサレナは思わず高機動モードをとき、構える。
現れたのは――

「、ラピスめ」

にやり、と笑ったアキトの視線の先には、同じ機体が立ちふさがっていた。
ブラックサレナ。

そして、


同時に構えたハンドガンで牽制しながら、高速の格闘戦が始まる。



 ◇



一言で言えば、アキトは劣勢だった。
ユーチャリスとブラックサレナの連携は付け入る隙を見せず、効果的な手段を選べない。

アキトの有利な点はただ一つ、単機ゆえの身の軽さ。

アキトは何時の間にか戦う理由も忘れ、今までの経緯もわすれ。
この戦いのみに集中している自分を発見してしまった。

思わず笑みが零れる。
何時もの皮肉っぽい笑みではなく、昔のアキトを髣髴とさせる――しかし年を経た分だけ大人になった、そんな笑み。

撃ち合い、かわし合い、追撃し、追撃される。
そのどれもに必殺を籠めて放ち、そして全力でかわし、いなし、偶に掠めたりもする。


でも、これは相手を倒すための戦いじゃない。
これは必要なブレイクスルーなんだ、とアキトもラピスも判っていた。

頭で理解する必要はない、これは心の問題。

だから。


 ◇


アキトは後ろを取られて追撃されていたが――反転し、迫るブラックサレナのカウンターを取ろうと試みた。
が、ラピスはそれも判っていたのか紙一重でアキトの突撃をかわした。

しかし、その防衛線を抜けてしまえば――

(・・・!)

真正面に構えている、4門のグラビティブラスト。
チャージは終わっていて――


(それも、予想済みだ・・・!)

高機動モードにチェンジしていたアキトは急上昇。
既に発射体勢に入っていたユーチャリスは4門中3門のグラビティブラストが放たれた。

黒い奔流がギリギリでアキトを掠めた。
ラピスの呼び出したサレナはその渦に飲み込まれ――そして粒子となって消える。

ユーチャリスのすぐ真上に停止したアキトは高機動モードを解除し、ゆっくりとユーチャリスのフォルムを眺める。
最後のフィールドが、一枚。

突撃を、開始した。



 ◇




必殺のグラビティブラストをかわされた時点で、ラピスは8割方の負けを悟っていた。
ここまでの近距離、サレナに接敵されたらかわす術はこちらにはない。
そして、アキトの最後の攻撃が始まるのを見詰め――笑みの中に覚悟を深めた。

「さすが、アキト」




――ディストーションフィールドを突破した。

そのままU字型の弧を描くようにユーチャリスの前に上昇し――


アキトも決めていた。
全ての決着を、ここに。


ぐうん、と狙いあう、ハンドキャノンと残り1門のグラビティブラスト。

そして、






―――光が、交差した・・・!








 ◇ ◇
















真っ暗な空間。
半分は暗闇で、半分は輝く星――地球。

そんな景観を背景に、ただポツン、とある二つの人影。
共に"電子変換"が解けたアキトとラピスだ。

アキトはそのマントをなびかせながら近づき、ゆっくりとラピスを抱きしめた。

「ラピス・・・」
「アキト」

左側の髪の一房が青かったことを、今更のように思い出した。
至近距離から見詰め合って、ちょっとだけ笑った。

「引き分けだなぁ」
「相打ちだったね」

くす、と照れくさそうに笑う。
アキトは青い髪に手を添えて、口付ける。
そのアキトの気障な仕草に頬を赤くしたラピスが、呟くように言葉を紡ぐ。

「私の中の私・・・ずっと苦しんでた。」
「うん・・・」
「アキトが戦うのを止めて、もう私には、アキトの傍に居られる価値がないって決め付けてた・・・」
「ラピス、それは」
「うん。ちがうって、今の私ならわかるよ」

そう言って、ラピスは情報で構築された地球を見る。

「私の記憶――例え作られたものでも、あそこに居る人たちは大切な家族と、友達。」
「そうだな・・・」

アキトはラピスを強く抱きしめる。
それは、郷愁にかられてラピスが戻ってしまうからではないか、と不意に心配になったからかもしれない。でも、

「大丈夫・・・私、アキトの傍にずっと居たいもの・・・。もう一人の私も、ずっとずっと、そう思ってた。」

へへ、と笑って上目使いにアキトを見上げる。
ちょっと悪戯っぽい様子なのは、記憶を封じられてたラピスの明るい性格が強く在るからだろうか?

・・・そんな事は、どうでも良いことだな

アキトはそう苦笑すると、バイザーを外して正面から覗くラピスの瞳を真っ向から見据えた。
もう、逸らさないと。
そう意思を籠めて。


ちょっとびっくりした様子のラピスは、微笑んで呟く。


「アキト、帰ろう」
「ああ、帰ろう」


もう一度強く抱きしめ――
光るリングのようなものが二人の頭上に出現した。
アキトはラピスを離し、手をつなぐ。
その手を強く握り返したラピスは不意に手を引っ張って、

「ね、アキト・・・ちょっと」
「ん? どうし…」

た、と続ける前に口を塞がれた。
その可憐な唇で――

さっとはなれたラピスははにかんで、

「ラピス、今のは・・・」

首を横に振って、何もきかないで、のジェスチャー。


「アキト、ありがとう」


最高の笑みで、ラピスはリングの中に消えていった。



呆然としていたアキトは、しかし浮かぶ笑みを抑える事が出来なかった。

「ばか、だな・・・」

どちらかといえば自分の方がバカには違いないだろうけど。
キスされたという事実。
強く想い合っている、求めるほどに。

もう、離したくない。

――帰ろう。



大切に思う人の所へ。



 ◇ ◇
 








全てが終わった後。


光が溢れて、収束した。



"〜〜♪"

鼻歌を歌いながら無音の電子宇宙空間を進み、"エル"は立ち止まる。


手で、水を掬うように胸の前に持ってくると・・・


淡い赤の粒子が収束し始めた。
周囲一帯から発生するそれは、大きな渦を形成しながら"エル"の胸の前でテニスボールほどの球を形成する。

淡い薄紅色の球は、その粒子の収束が終わると とん と"エル"の手のひらに落ちた。

"〜〜♪"

きらきらと光るその球。
楽しげに太陽に透かして見えるその中には――


泣き、笑い、起こり、恥ずかしがり、微笑み、

そして最後にアキトとキスを交わす、ラピスの笑顔が映し出されていた。




"よかったね、ラピス"



そして、"エル"もまた何処とも知れぬ電子の海へと、



消えていった。


















The end of "many-sided Distotion"



あとがき

久々に書いたー、と前回も書いた気がしましたが、今回こそ書いたorz
こんにちは、こんばんは、おはようございますもいらっしゃりますかな。サムです。
まずは拍手を入れてくださる皆様、毎度ありがとーございます。めっさうれしかったですー、感謝多謝ですまじで。
こんな駄文に共感または楽しみにしてくださる方がいらっしゃるのはちょっと嬉しいかもです。ぼちぼちがんばってますw

>解説
今回は、タイトル先行で内容をでっち上げる新スタイルで挑戦してみました。
パート1にはタイトルなしで少し不安に思った方もいらっしゃるかもしれませんが、パート2で"多面ディストーション"と出せたので良かったです。
回答編の3でその意味を出したつもりですが、実は書きたい事が余りかけなかった感がありました・・・でも、基本コンセプトが【アキラピ】なので割愛しても 問題ないかな、とおもったので
自己解釈でお願いします(笑
で、今回ちょっとノエインネタとエウレカネタをちょっと使いました。わかるか判らない程度に。気に入らない方もいるかもですが、その人たちにはゴメンナ サイ、というしかありません;;
あと、ルリスキーな方たちにもゴメンナサイ;
実は・・・というオチにしたのは、そうしたかったからなんです・・・。

というわけで、今回はこれで。
そして前回のあとがきの後と同じスタイルで行かせて貰います。ベタかも知れませんがw

・・・ではまたどこかで! 

2006/11/07 tue


























 ◇ ◇











目を覚ますと、イネスが心配そうに覗き込んでいるのが判った。
・・・無事戻ってこれたらしい。

体を起こす。
電子世界での感覚の復帰は、それが肉体のパルス伝達や神経圧迫などない電子体での情報のやり取りだったからだろう。
多少不自由でも、まぁ文句は言わない。

「ラピスは?」
「ロックは解除できたけど、何故か開かないの・・・どうしよう」

IFSグローブを外して、簡易ベッドから降りる。
技術陣もお手上げの様子で、原因はやはり不明らしい。

しかしアキトにはなんとなく判ったような気がした。

「何時間くらい寝てた?」
「大体8時間。やけに落ち着いてるわね、無事連れ戻せたんでしょ?」

ああ、任せろ と手を振ってアキトは扉に向かって歩き出した。
手元の認証パネルに右手を合わせると、

かしゅん

と意外なほどあっさりと扉が開いた。

アキトは振り返りながら肩をすくめて見せて、"クローゼット"の中に入っていく。





・・・眠っている。
涙にぬれた頬と、そこに浮かぶ笑み。

「見られたくなかったんだろ?・・・寝顔」
マントを外してラピスのを包むと、横抱きに抱え上げた。


「ん・・・」

その動作で目を覚ましたのか、薄っすらと瞳を開けて、ラピスは至近距離にあったアキトの顔をマジマジと見つめ――


「・・・アキト」
「なんだ?」
「アキトだ・・・」


ぎゅっと首筋に抱きついてきた。
そのまま ぐすぐす と泣き出すラピスを離すと、ちょっと笑って。

う、――んっ!?

そのまま唇を奪う。
余程びっくりしたのか、ラピスは動転しそうになったが――アキトに接する全ての箇所から熱が沸き起こり、その心地よさに静かに再び瞳を閉じた。

数秒か、どれくらいか。

離れたアキトも、ラピスも顔を真っ赤に染めて見詰め合って。
そして はは、ふふ と笑い――


「もう、何処にも行かないでくれよ」
「・・・うん、ずっと傍に居る・・・居たい」


それこそが、多面ディストーションの望みであり、


ラピスとアキトの、二人の始まりの物語がここに終わった。
本当の物語は――

そしてきっと、これから始まるのだろう。



人生という名の、長い長い物語が。






True End of "many-sided Distotion" Thank you

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