==登場人物==

 英国のとある街、普通なら何の異常もない筈の世界。だがこの街は世界から切り離された異界と化していた。
夜の街に、幽鬼のように佇む男、代行者言峰綺礼には、その原因を悟っていた。一般的に言う吸血鬼のせいである。数多の吸血種の中でも吸血鬼とされるモノには、大きく分けて二種類ある。死徒と真祖だ。
真祖と呼ばれる吸血鬼は、後天的に吸血鬼へと変異したのではなく、生まれながらにして吸血鬼であったものをいう。
とはいっても能力は、殆どの死徒達と比べるべくも無い。
人間を恐れた地球という名の星が生み出した「自然の触覚」それが真祖である。
見た目は人間の姿ではあるが、実態は人間というよりは受肉した自然霊といったほうが適切だ。
また細胞の限界を持たず、ある意味では完璧なる不老不死でもあり『直死の魔眼』であっても“夜”の真祖には死の線も点も視る事は不可能。
だが真祖の大半がとある事情により死滅しており、現代に生きる真祖は、彼の白き姫君しかいない。

対して死徒とは、元々人であった者が、真祖もしくは他の死徒に噛まれ吸血されたことで変異した吸血鬼である。
だが真祖と違うのは、全部が全部強いという訳ではない(とはいっても並みの魔術師よりかは強い)
死徒の中にも能力自体が戦闘向けではない者もいれば、本物の怪物もいる。
そして死徒達の頂点に君臨するのが死徒27祖と呼ばれる者達だ。27祖に名を連ねる者達は全てが、代行者や魔術師では手の出せない程の力を持った怪物である。
ちなみに識の実家である遠坂の師父である第二魔法の使い手であるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグも死徒27祖の一角だ。何でも月の王に喧嘩を売って倒してしまったというトンでもないお方だ。

話が反れたが、死徒と呼ばれる吸血鬼が、街の住人を丸ごと手駒である“死者”にしてしまい、支配された街の事を一般的に『死都』と呼ぶ。
そして、言峰と識の立つ街は、まぎれもない死都だった。

言峰は何時もと変わらない神父としての服装。
対して識は上下を黒い衣服に包み、真っ青な蒼い外套を着込んでおり、手には軍人が使用するナイフが握られていた。

「誘っているな………この街の主は、己が実力に余程の自信があるのだろう……」

「違うんじゃないか。吸血鬼から見ればオレ達なんてたかだが人間が二人やって来た程度なんだろ。そんな事より、これだけの街を一人で相手させるなんて、教会って人手不足なのか?」

埋葬機関に所属する怪物達は兎も角、綺礼は腕利きとはいえ一代行者だ。本来ならば、これ程の死都相手ならそれなりの数を持って出向く筈なのだが、綺礼は識という連れを除けば、一人で来ている。どうも様子が変だ。

「いや今回のコレは、代行者としての仕事ではない。昔の知人からこの街を支配する死徒の、とある噂を聞いたので、訪れただけにすぎん」

「とある噂?何だよソレ…」

「直に分かる。………ただし生きていればな」

「余計なお世話だ――――――――ッと。歓迎のお出迎えのようだぜ」

この街の死徒に血を吸われた者達の末路は……死者として死徒の奴隷となる事だ。識と綺礼の前に老若男女、文字通り幼い子供もいれば屈強な若者もいる、が立ち塞がる。
その存在を認識した瞬間、識は翔けていた。

最初に殺された死者は、まだ幼さの残る少女だった。もし生きているなら可愛いという表現の似合うであろう女性は、あっさりと崩れ去る。崩れるのは彼女だけではない。今また二人目の男性が殺された。鋭く速く冷酷に、人であった者達は崩れ落ちていく。

識の指先から飛び出たガントと呼ばれる呪が点に命中する。識のソレは凛のように魔術刻印を持っている訳ではないので、大した破壊力もない。おまけに魔力もそう込めてはいない為、精々が少し痛い程度のダメージにしかならない。だがそれで十分――――――――――たったそれだけで人間はコワレル。

「相変わらずの強さだ。既に戦闘能力では、歴代の遠坂でも随一だろう」

「さっさと行くぞ。話しをしてる暇があったら親玉に会いたい」

「どうした、不機嫌そうだな。お前は人殺しが好きなのだろう?」

「そうだよ、だけどオレが好きなのは人殺しという過程じゃない。その過程で発生する殺し合いだよ。命を奪い合う殺し合いがオレの大好物なんだ。こう見えてもオレって弱いもの虐めってやつが嫌いなんだよ。自分に絶対勝てない奴を甚振って何が愉しいんだ?」

「集団の中で異端がいれば迫害する。それは何時の世であろうと変わりはしない。俗に言われる弱いもの虐めというモノは、ある意味では教会による異端者狩りと変わりは無い」

「まぁ組織って奴は厄介だからな………上手に立ち回らないと殺しすら出来なくなる」

そう言うと、一人で進んでいく。

「何処に行く気だ」

「親玉の所だよ。この妙な気配を辿れば死徒のいる場所に着くんだろ。その間、この人形の相手は任せたぞ」

恐らく街の住人の全てだろう―――――――死者となった人々は、輝きの無い表情のまま迫っていた。
それらの相手を言峰に丸投げすると、識は感覚を辿って親玉の場所へと走っていった。




「ようこそ!!待っていたよ代行者君……おや?代行者にしては妙な服装をしているね?もしかして代行者ではなく魔術師だったかな?」

街にある教会の扉を開くと、緑色の趣味の悪い服装の男がいた―――――――――間違いない死徒だ。
死徒はニタニタと気分の悪くなる笑みを浮かべたまま言った。

「いやそのような些細な事はどうでもいい。君達は我が街に足を踏み入れた勇気ある者達だ、私は君に歓迎の意を示すよ!!」

「テンション高いな……酒でも飲んでるのか?」

「酒!!それは私の大好きな物だよ!!私も酒には目が無くてね、どれ一つ六十年物でも用意しようか?」

「御託はいい。早く殺し合おうぜ。ここ最近は大した殺しがなくてさ、退屈してたんだよ」

確かに服のセンスは駄目だが、この男がかなりの強者である事は分かる。そう識の勘が告げていた。

「せっかちだね………私は君を待ち望んでいたというのに」

「待ち望んでいた?おいおいオレとお前は初対面の筈だろ」

念のため記憶を探ってみたが、その中にこんな変なファッションセンスの男は存在しない。

「いやいや、君という個人を待っていたんじゃないのだよ。君のような存在を私は待ち望んでいたのだよ!!」

「オレのような存在?意味わからない。別に来て嬉しい客じゃないだろ」

「ノンノンノン、それは君主観の考え方だ。私が違う。私はかれこれ二百年ほど生きているが、私の原点は変わらない。一つの物語さ。思えば単純なストーリーだったよ、正義の主人公が悪の魔物を倒すだけの物語、勧善懲悪の典型さ。だけど私は憧れたんだ。その物語の登場人物に!!私もあんな世界で生きてみたい!!だけど現実は残酷だ。私は物語の中の登場人物に憧れつつ小説家になった。あらゆる物語を書いたよ。勿論主人公はこの私!!だが途中で飽きてね。所詮自己投影したキャラクターでも小説として書いてしまえば、それは物語に生きる登場人物になってしまう。だけどそれが変化したのは、吸血鬼に噛まれたからさァ!!長い間をグールやリビングデットとして過ごし、私はヴァンパイアへと変異する事に成功したッ!!親である死徒も打ち殺して、私は晴れて一人前の死徒さ!!歓喜したのを覚えているよ、小説の中でしかありえない世界が、世界の裏側には当然のように存在したのだから!!だけどね私も最初は、物語の主人公のように悪を倒そうとしたんだよ。だけどさ私は人の血を吸う吸血鬼。どう考えても正義の主人公じゃないんだよ。だけど私は逆に考えたんだ。主人公としては不適格。なら倒される悪になればいいのさ!!悪役らしくなるように、他にも悪役みたいな事を沢山したよ。時には婦女を犯したこともあるし、何の罪も無い子供をバラバラにした事もあった。どうだい?中々の悪役ぶりだろ。だけど代行者というのは駄目だね。軍隊のように徒党を組んで私を討伐しに来る。あれでは主人公じゃない。だから嬉しいのさ!!君のような主人公が来るのは……」

「長い話だったな……ところで、もう殺していいか。そろそろ我慢も限界でさ」

「おっと済まない。何時に無く饒舌になっていたようだ。だが気を付けてくれよ主人公。私はハッピーエンドも好きだが、バットエンドも結構好みなんだよ」

教会の床が割れる。そこからまるで蛇のように這い出てきたのは、巨大な植物。
しかしこれを植物と呼んでいいのだろうか?禍々しい瘴気を放つものもあれば、牙のような物を持つ植物まである。

「やりたまえ」

緑の吸血鬼は指揮者のように手を振ると、植物達は一斉に識へと襲い掛かってきた。

「へぇ、死徒ってのは伊達じゃないようだな………やっぱり愉しめそうだよ!」

奇怪な植物達に映る線線線線線線線線線線線線線線線線線線線点点点点点点点点点点点点点点点点点点
これらは全て植物の「死」である。直死の魔眼はソレを正確に穿つ。
何もない虚空を蹴り、風に乗り、そして穿つ。
不規則な動きの中に、一定のリズムがある。

「ハッハッハッ、やはり素晴らしい!!私の植物達が次々に殺されていくじゃないか!!そうだこんな趣向はどうだい?私の自信作なんだ」

新たに地を割って、巨大な毒を纏った花が飛び出す。緑の吸血鬼は恍惚とした笑顔で怪植物を嗾けた。

「たっく、吸血気じゃなくて植物園の園長にでもなればどうだ?儲かるぞ」

視える。あの花だけじゃない。それが魔術による産物であるなら、その毒にも死が視える。軽くシミュレートしてみた。あの花自体は簡単に殺せるだろう。しかし間違ってあの毒を浴びれば、先ず間違いなく即死だ。如何に魔術で至る所を強化しようと、この身が人である事実は変わりない。だが攻略方法は単純明快だ。花を殺す前に毒を殺し、その上で花を殺せばいい―――――――――――――――算段は整った。

僅かな動作で、毒を殺し狙いを花に定める。
花の死は…………根元にあった。
それを容易く突き……地面より現れた植物に呑まれた。
植物はバリボリの中にある者だった物を噛み締め、やがて静かになった。

「やれやれ、少々拍子抜けだが……まぁ面白かったよ。今回はバットエンドだから次に期待という事かな。さてこの街も飽きたね。次の街で新しい物語を考えるとするか」

そう彼は次の予定を考えていた。
だから彼の胸に突き刺さるナイフが何なのか気付けない。
二百年を生きた吸血鬼は突如として力が抜けていき、大地に倒れた。

「馬鹿…な………これは?…」

「よぅ、元気ないな。どうした?」

不思議がる吸血鬼の前に、死んだ筈の識が姿を現した。
その身体には傷一つ無い。

「何故……生きている?君は植物に呑まれて……」

「簡単だよ。お前があんな罠を仕掛けてるとは思ったから、避けるのは簡単だった。後は勝利を確信してたお前に向かって、ナイフを投げればお仕舞いだ。そんな訳でオレの勝利だ」

「あぁ……負けたか…だけど漸く負けれたね。正直に言うと悪役でいるのも飽きてきたんだよ。やっぱり私は悪役より主人公になりたかった…………」

「馬鹿じゃないのか。主人公っていうのは一人じゃない。オレだってオレの人生の主人公だ。お前もお前の人生の主人公だ。それに悪役とかいう定義を当て嵌める時点でお前は間違ってるんだよ」

「はっはっはっ、面白い考え方だ。もしも私にそんな考え方が出来れば良かったのだが………まぁ私は満足だよ。こうして君に殺されて物語の登場人物としての役割を完遂出来たのだからね」

「たっく、お前と話してると疲れる。じゃあな…」

用は終わったとばかりに帰ろうとする識を、吸血鬼は止めた。

「待ちたまえ。君がするべき事は終わってないよ。あの絵画の裏に隠し金庫がある。その中に私が偶然手に入れた物を置いてある。私という悪を倒した報酬だよ。持っていきたまえ………」

「報酬?何だよソレ?」

それを聞きだす前に、吸血鬼は消え去ってしまった。

「仕方ねえな」

一言呟くと、絵画の裏を覗く。
そこには消え去った吸血鬼の言った通り金庫がある。
ロックは掛かっていない――――――――識は金庫を思いっきり開いた。




「噂の内容を識ったようだな」

包みに包んだ何かを、背負った識に問い掛けた。

「いいモン貰ったよ。まぁ感謝くらしはしといてやるよ」

「ふんっ、禄でもない男だ。では帰るぞ。このような場所、本命とは程遠い」

「本命?本命ってなんだ」

言峰はクックックッと気持ち悪い笑いをすると、ゆっくりと言葉を出した。

「もう直ぐ聖杯戦争が開幕するのだ」




後書き

漸く聖杯戦争が始まります。



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