==逃亡中==


 「ほら、逃げるなよ」

「おわっ!危ねえ!!」

識は本気だ。本気で俺を殺そうとしている。素人目で分かるほど、今の識には容赦という言葉がない。兎に角ここから逃げないと殺される。今走れば自己ベストは確実というような勢いで、階段を駆け下りる。ほっ、どうやら追って来てはいないようだ。

「残念無念また来世〜。通行止めだぜ」

「なっ!」

何時の間に回りこんでたんだ!?
全く気付かなかったぞ。しかも来世っていうのが笑えない。相変わらず殺意は隠そうともせず、ゆったりと近付いてくる。

「まぁ、サーヴァントも連れずにノコノコ学校に来るって馬鹿?おまけに魔術師としてもお粗末だし」

あんまりな言い方に少しムッとする。お粗末というのは百歩譲っていいとして、流石に馬鹿呼ばわりされては黙ってられない。

「馬鹿とはなんだよ!!だいだいセイバーは霊体化出来ないんだから仕方ないじゃないか」

「………そうかお前のサーヴァントはセイバーだったのか。凛といいどうしてこうも簡単に自分の情報を言うかな」

迂闊だった。確かにこれじゃ馬鹿と言われても仕方ない。セイバーに何て言おう。

「シローみたいなモグリの魔術師に、どうして最優のサーヴァントが召喚出来たかは置いといて………やっぱ馬鹿だろ。霊体化出来ないサーヴァントがいるのは初耳だけど、それなら学校なんて休めばいいじゃないか」

「俺が何にも知らないと思ったのか。マスターは人目のある場所じゃ戦っちゃいけないんだろ。学校で戦いになるわけないじゃないか」

そう言うと、識は溜息を付いて。

「おいおいシロー。現在の状況をその目を開いて見てみろよ。人目はある?」

そういえば、あれだけ騒いだのに人影は見当たらない。もしかして皆帰ってしまったのか。

「オレも凛も魔術師だ。なら簡単な人除けの結界くらい簡単に張れるんだよ」

つまり――――――――――この学校には“人目”がない訳で………
聖杯戦争をする上で何の障害もないということなのか。

「理解したかシロー。それじゃサヨナラだ。安心しろって殺しはしないから」

「クソッ!!」

そんな怖い目で言われて信じられるかッ!幾ら人除けの結界があるといっても、ここは放課後の学校だ。そして魔術師は人目のある場所では魔術を行使しない。なら兎も角、急いで一階に行こう。一階なら職員室もある!!
階段を下りる時間すら勿体無い。普段はしない二段抜かしをぶっつけ本番でする。

「遅いって」

マジかよ、三階から一気に飛び降りてきた。常人なら無茶な行為でも魔術師にとっては無茶ではない行為なのだろう。
識には俺と違って焦った様子はない。ゆっくりと歩み寄るのは余裕の証拠だろうか。

「―――なめるなよ」

気付いたらそう呟いていた。
識はたぶん俺なんかよりずっと凄い魔術師なんだろうけど、あんな細い腕で偉そうにするな。生身ではナイフを持った相手とは分が悪い。何か武器になるような物は………あった!掃除用具入れからモップを取り出す。それを強化の魔術で強化する―――――――成功。この前のランサーといいもしかしたら本番に強いのかもしれない。

「面白い特技あるじゃないか。いいぜ、来いよ」

あれ、デジャブだ。こんな展開をどっかで経験したような。
お互いの獲物を確認。こちらは強化されたモップ、あっちはナイフ。見た目はこっちが下だけど、強化されたモップは鉄並み……もしくはそれ以上の強度がある。リーチも上、それにパワーだって相手はサーヴァントじゃなくて人間。なら男の俺のほうが………いや識は男だった。それでもあんなか細い腕よりパワーはある筈。

ランサーの突きを思い出して、腹の辺りを突く。
槍の力は剣の三倍。ましてや相手はナイフだ。防ぐのは難しい筈。今は敵とはいえ友達を傷つけるのは忍びない。無意識に威力を抑えていた。・

――――――甘かった。
威力を抑えるなんてとんでもない。識は面倒くさそうにナイフを一閃。それだけで俺が強化したモップはバラバラに崩れ去った。

「っておい!!鉄並みの強度のモップをバラバラって幾ら何でも無茶苦茶だろ!!」

ランサーの槍だって何回か凌いだんだぞ。もしかして強化が不完全だったのだろうか。
いやそれは違う。自分でも巧くいった感触は間違いなくあった。

「ふぅ。お前に使っても仕方ないよな」

識の目が蒼から翠へと戻っていく。もしかしたらモップが簡単にバラバラにされたのは、あの眼の力だったのかもしれない。
そしてナイフも懐に仕舞う。

しめた!!
こんな千載一遇の機会を逃したら後は無いかもしれない。
出せる全ての力を込めて、識に殴りかかった。

「ごふっ」

最初は何をやられたか分からなかった。軽く押すような仕草をしたかと思えば、俺は吹っ飛ばされていた。

「くっ、中国拳法使う魔術師なんて聞いたことないぞ……」

「まぁ、オレのこれは、キレーから少し嗜んだ程度だしな、でも街のチンピラ相手なら丁度いい」

つまり俺は街のチンピラレベルってことか。
言い返したいが、こうも簡単にやられた身では、何も言えない。

「それじゃ死ね………じゃなかった。記憶を消してやるぞ」

殺す気はないって言っておいて、殺す気まんまんじゃないか。
どうすれば、令呪を使うしかないのか―――。

「キャアアアァァァァァァァァ」

おい、これって悲鳴か。

「なぁ識。今のって…」

「悲鳴……だな」

急いで悲鳴のあった方向へ駆け出す。

「って待てよ!!」

「待ってられるか!!今のどう考えても普通じゃなかったぞ!!」

「普通じゃないから待てって言ったんだよ…………聞いてないな、全然。キャスター結界を解いてくれ。後は近くにサーヴァントがいないか確認」

階段から識がローブ姿の女性と会話しているのが見える。あれが識のサーヴァント、キャスターという事は魔術師なのだろう。確かに魔術師のような格好だ。しかし今はそんな事を気にしている場合じゃない。

下の階に行くと案の定、倒れた女生徒がいた。どうやら気を失っているらしい。命に別状はなさそうだ。

「シロー!!」

「識か。この子は無事だ。眠ってるだけだよ」

「アホか!!魂が抜き取られてる!!このままじゃ死ぬぞ!!」

「なんだって!?」

もう一度、倒れた女生徒を見るが、眠ってるだけに見える。だが俺より優秀な魔術師だと思う識が言うのだから、間違いは無いだろう。

「どうすればいいんだ!!」

「落ち着け、こういう場合は教会に連れてくのがセオリー………なんだけどそんな時間はない。宝石があればオレでも治療出来るけど生憎、宝石は家に置いてきちまった」

「なら!!」

「OK,OK。少し冷静になれよ。キャスター。これの治療……出来るか?」

「ええ勿論。ですが魂が丸ごと持っていかれているので少々時間が掛かりますね」

「どれ位だ?」

「多く見積もっても五分ほどでしょうか」

「パーフェクトだ」

軽くやり取りを済ますと、キャスターと呼ばれた女性は女生徒を介抱する。その顔にはふざけた様子はない。良かった、少し心配だったけどキャスターのサーヴァントは、何の悪心もなく女生徒を介抱してくれている。

「マスター。そこの扉が開いていては少しだけ気が散ります。閉めてくれないでしょうか」

「あっ、それなら俺が」

見ていることしか出来ないんだ。こんな事は俺がやるべきだ。
ふと思う。そういえば俺は女生徒がどんな具合か確認するばかりで、どうして倒れていたかを確認していなかった。まるでエサのように放置された少女―――――――まさかッ!!

予想は正しかった。
杭の様な物が、介抱しているキャスターへと飛ぶ。
咄嗟にカバンを盾にしようとして、杭は誰かに掴れた。
そんな事をするのは、この場に一人しかいない。

「漸く本命のお出ましか。待ち侘びたぜ」

「おい、待てよ」

走っていこうとする識を慌てて止める。
だが………

「お前はここにいろ!!キャスター。シローがサーヴァントを呼ぼうとしたりしたら容赦なく殺していい」

「まっ、マスター。お待ち下さい!!ああもう、なんであの人はサーヴァント相手に突っ走ってばかりで!!」

さっきまでの口調が崩れ、少し………いやかなり怒った口調でキャスターが言う。もしかしてあれが地なのだろうか?
識はキャスターの制止すら振り切ると、一度も振り返らず走り去っていった。
残された俺は、識に信用されてないんだなと思い、少し悲しくなった。




==蛇==


「ふぅ―――――――――!!」

この辺りである事に間違いは無い。サーヴァントの隠しようもない程の魔力を感じる。生い茂る木々を掻き分け中に踏み込む。
風の音だけが場を支配していた。
ナイフを構えて出方を伺う。
少し物足りない…………剣を持ってくればよかった。
いや今更後悔しても仕方ない。

その時、心臓を鷲掴みされる感触。
咄嗟に横に避けると杭のような短剣が、さっきまで立っていた場所を通過した。

「お出ましか、三騎士には見えない………」

木々の中に立つ女性は、まるで絵画から抜け落ちたくらい美しかった。
人を惑わす妖しい美貌。
今の所、姿を見たことがあるサーヴァントは二騎。
ランサーとキャスター。
その内で、セイバーはシローのサーヴァント。
アーチャーは凛のサーヴァント。
なら彼女は消去法でアサシン、バーサーカー、ライダーになる。
狂っていないのでバーサーカーは除外、アサシンは山の翁しか召喚されないので除外。ならば残るのは。

「ライダーのサーヴァントか?」

「ご名答です、褒美です、楽に死なせてあげます」

ライダーが消えた。
いや飛んだのか、ライダーは木々の間を自由に走る。
ライダーは白兵戦において優れたサーヴァントではない。
ならばこそ己にとって有利な地で戦おうというのだろう。
そう、それは戦術的に間違ってはいない。
その動きならセイバーやランサーも翻弄されるかもだ。
だけど………

跳躍する――――――――
一本の木を蹴り、空へ飛ぶ。
ライダーは一瞬だけ驚いたような感じを見せたが、やはりサーヴァント。
直ぐに対応して短剣でナイフを防ぐ。

「悪いね、オレにとってもこの地形は有利なんだよな」

ライダーは無言で姿を消す。
追いかけたいところだが、残念ながらライダーのほうが速い。
後ろに殺気を感じて飛び退く。
先ずは敵の攻撃手段を奪うのがいい。
ナイフを一閃、線を断ち鎖を両断した。

「ッッ!!!」

まさか容易く攻撃手段を奪われるとは思っていなかったのか。
ライダーに一瞬の隙が出来た。

「視える」

 人知を超えたサーヴァントだろうと死はある。
ライダーのそれは腹と首に二つ―――――――――そこにライダーの死がある。
だが温かった。ライダーは身体を屈ませると、蹴りをいれたのだ。
たかだか蹴りと侮る無かれ。
これはサーヴァントの蹴り、人を破壊するには十分過ぎる威力がある。
成る程、確かにその一撃は間桐識を殺せただろう。
だが咄嗟に左に避けた事により直撃を免れた。
空中で方向転換するという化物染みた行動をとっておきながら識には感慨など一欠けらも無い。
素早く状態を確認―――――――――――――ギリギリで骨は折れていない。
魔術で落下時のダメージを軽減していなかったら危なかった。

「驚きました。
魔術師の力量など大した事は無いと思っていましたが、どうやらその認識を改めなければならないようです」

「よくいうぜ……」

 確かにサーヴァントとは圧倒的な強さを持っている。
だが魔術師では絶対に殺せないという訳ではない。
相手にもよるが、首を両断すれば死ぬし、心臓を正確に貫けば死ぬ。
なにより………オレにはこの眼がある。
今ある手札は少ないが、勝利する可能性0ではない。
単純な接近戦での技量においてはオレが勝っている。
しかしその他の要因が、遥かに上回っているせいで、相手にならない。
ならば巧く自分の有利な状況に持ち込めば勝機はある。

―――――――――――といいたいが、ここらが潮時だろう。
今の過程は敵が今のまま戦えばというものだ。
英霊の持つ真の武器は、身体能力ではない。
サーヴァントの最終武装。彼らの奥の手であり、サーヴァントが生前に築き上げた伝説の象徴。彼らの武装を基に伝説を形にした「物質化した奇跡」、つまりは宝具。

ライダーのサーヴァントが何なのかは分からない。
恐らく学校に結界を張ったのはライダーだろう。ならば結界宝具、もしくは対軍宝具と考えるのが妥当だろう。
不確定要素はそれだけじゃない。
ライダーが目元を隠しているのは理由がある、まさかファッションという事は無いだろう。
同じように魔眼を持つオレには、簡単に分かる。あれは魔眼殺しだ。それも一級の。
抑えきれない力を、あれで抑えているのだろう。
英霊ではなく神霊なのでバロールではないのは確かだが、英霊の魔眼だ、油断大敵である。

「ッッ!!!」

ライダーが飛び退いた。
頭上から降り注ぐ魔弾。それら一つ一つがAランクの大魔術。
形成が不利になったと知るや否や、騎乗兵は霊体化して離脱した。

「遅かったなキャスター」

「遅かったな、じゃありません!!!貴方はどうして毎回毎回毎回毎回ッ突っ走るのですか」

「まぁまぁ、御蔭でライダーの力も測れたしいいじゃないか」

「よくありませんッ!!
そもそも貴方には、自制というものがありません。いいですか、相手はサーヴァントなのです。今回は良かったものの運が悪ければ死んでいました」

「問題ないって、オレだって野蛮な獣じゃないんだ。引き際は心得ているし、危なくなったら逃げるよ。
ところでシローは?」

「あの坊やなら女生徒の治療が終わって直ぐに、マスターの元へ走っていきましたので、もうそろそろ視えるでしょう」

そうやって話していると、オレの名前を呼ぶシローの声が聞こえる。
まぁ、もう再戦っている空気じゃないし、今日は見逃してやるか。
最後にもう一回だけ溜息を付いて、この場から立ち去った。




==生ける屍==



「アーチャー、怪我はない?」

「やれやれ、この程度の相手に遅れをとるようでは、英霊とは言えんよ」

そうやって皮肉な笑みを浮かべたのはアーチャー。
私が召喚したサーヴァントだ。

「だけど、これは誰の仕業かしらね…」

「決まっているだろう。このような真似が出来るのは魔術師……………いや今回の場合は道士と言ったほうが適切だろうな」

「そう、じゃあやっぱり聖杯戦争に参加してるマスターの一人という訳ね」

「そう考えるのが妥当だろう」

この世界には、魔術師にとって鬼門とされる国がある。
その国こそが中国。
四千年の歴史を持つ大国には、西遊記や水滸伝を始めとした中国四大奇書など多くの伝説がある。
その文化には日本とも共通する部分もあるが、明治維新により西洋の魔術が、進出した日本とは違い中国に根を下ろした魔術師は一人もいない。実際のところ魔術協会でも中国の内情は殆ど理解されてはいない。

「それにしても、悪趣味な」

アーチャーが眼を下ろすと、そこには死体が転がっている。
双剣によって両断された死体は、実のところ始めから死体だった。

僵尸(キョンシー)とはまた厄介な敵ね」

私はポツリと、目の前の死体の正体を呟いた。




後書き


という事でキョンシーです。
ちなみに中国に関しては、完全なるオリ設定のため、公式設定などとは思わないでください。
では次回に…………



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