「あ〜あ……思ってた通りになっちゃったなぁ」

 目の前で繰り広げられる惨劇に、ふと言葉を漏らした。その声を耳にしたのだろうルヴィアと凛の二人が俺の近くに寄ってきた。

「ねぇ、大丈夫!?」
「そうですわ!あんなに血をお流しになったのに……」

 二人ともが同じように俺の身を心配してくれている。こんなことになるだろうなぁ……とは予想していたが、実際俺の身に何も異常は無い(・・・・・)ことを考えると、少しばかり罪悪感を感じてしまう。

「ああ……大丈夫なんだけどさ、なんか、心配させちゃってごめんね?」
「何を言うんですか。私たちはそんな事を気にしあう仲ではないでしょう」

 貴女が言うそんな事と、俺が頭の中で考えてることは絶対に違うと思うぞ。ああ、もう……そんなに少女漫画に出てきそうなぐらいの慈悲深さを瞳に浮かべるんじゃない。

「いや、そうじゃなくてさ……僕、無傷なんだ」
「……はぁ?」

 呆気に取られる。その空白の時間が無言の重圧に成り代わるのは時間の問題だった。
 ……お〜お〜。どういった感情が籠められているのか、二人は顔を俯かせているから表情からは読みとれない。しかし、それでも"喜怒哀楽"で言うところの"怒"であろうことは理解していた。
 さて、いつまで俺はこの重苦しい雰囲気を味わえば良いんだろうかと疑問に思い始めたとき、二人は勢いよく顔を上にあげた。その瞳には、少しばかりの涙が溜まっていた。

「じゃあ、何でアンタは魔法を食らったときここまで吹っ飛んだのよ!」
「そうですわ!それに、無傷だと言うなら、どうしてあんなに血が流れていたんです!?」

 ……心が、重いです。
 あどけなさが残る美少女二人に泣かれるのはこれほどまでに辛いものだったとは……前世では絶対に味わうことが無かった感覚だ。

「あ〜……そのことなんだけど、俺が飛ばされて血が流れた所しっかりと確認した?あれ、俺の幻覚魔法だよ」
「……はぁ!?」

 叫ぶなり二人は周囲を確認し始めた。魔法の効力は、俺が意識して解除するか、それとも魔法に籠めた魔力が切れるまで続くように設定……とは言え、流血を見せるだけの幻覚なので消費される魔力は微量で、ここの魔力濃度で半永久的に効果が続くんだが。
 その効果を俺が解いたため、その場に残っているのはいつもより濃く感じる魔力濃度だけ……ということになる。本当に少しなので、普通の人であればここで魔法を使用した事には気付かないだろう。

「……それで、どうして幻覚魔法なのよ」
「こんな魔法が使えるんでしたら、ネギさん自身であの男を倒せたのではないですか?」
「そうなんだけどねぇ……」

 実際、あの男がいた場所は魔法を使ってくる前から知っていたし、彼女たちに放たれた魔法をさりげなく全部俺の方に向かってくるようにし向けたのも俺だから、彼女たちが言うような事を実践することはできた。
 ただ、そうするのが面倒だった。
 ただ、視界にネカネさんの姿が映らなければ前と同じように幻覚魔法を掛けてやるつもりだったよ。

「僕が幻覚魔法を使ったとき、ちょうどネカネさんが廊下を歩いてるのが見えてね。どこまで僕の魔法の効果が届くか試したくなったんだ」

 あの男……少し前にルヴィアに『魔法の射手』を使った奴だが、そいつが魔法を唱え始めた時点で俺は幻覚魔法を使っていた。
 と言っても、それを感づかれたら厄介だからストップで時間を止めてから魔法発動時の魔力漏れを感じ取られないように認識阻害結界を周囲に張り巡らせ遅延呪文(デイレイ・スペル)として幻覚魔法を待機させた。そして世界が動き出すのと同時に幻覚魔法を発動。そしてあの男は見事術中に陥ったというわけだ。さすがに12歳やそこらの子供が放った『魔法の射手』なんかで俺の対魔法障壁を破れるわけがないから、魔法を食らってぶっ飛んだのはわざとだ。
 ……ついでに、二人があの男の『魔法の射手』に気付けなかったのは認識阻害によって感じることができなかったからで、ネカネさんが駆け付けられたのは二人の叫び声を聞き取ったからだ……ろう。飽くまで推測だが。

「それで、わざと私たちに血が流れてるように見せたと?」
「魔法を習ってるんだから、いつか絶対血を見る機会があるだろうと思って、将来親しい人が重傷を負った時に何もできませんでしたじゃ遺憾が残るだけだし(……実際は、ネカネさんに全部任せれば楽できると思ったからなんだけどね)」

 生身で銃刀法を違反してるようなものだからなぁ、魔法使いってのは。初級攻撃魔法の『魔法の射手』ですら簡単に人を殺めることができる。なまじ、その魔法でどんな重傷でも治すことができるから魔法の危険性が疎かにされるんだろう……皮肉な話だ。

「今、なんと仰いました?」
「え、何も言ってないよ?」

 ネカネさん楽〜の部分は、さすがに聞かせられませんので小声でボソッと。それにしても駄目だよぉ、女の子がそんな阿修羅みたいな顔しちゃ。ルヴィアは令嬢なんだから体面は気にしないとね。

「それにしても、あれは何時まで続くんだろう」

 まさに惨劇。
 ネカネさんはどこぞの王女様ではないかと疑ってしまいそうな光景だ。王女様と言うよりも寧ろ、女王様として働いてそうだが、あのまま放っておくと何時までも惨劇(プレイ)が続くだろ。

「アンタにはもっと聞きたいことはあるんだけどねぇ……でも、その事に関しちゃ私も同じよ」
「それだけネギさんの事を大事にしてらっしゃるんでしょう」

 大事にしてもらってるのは嬉しいが、常日頃からおかしい方向に愛情が突っ走ってるから何とも微妙な気持ちだ。

 ……嗚呼、前に幻惑魔法を使って二人の夜這いを撃退した時のことを思い出してしまった。
 あの後、目を覚まさない二人を尻目にリビングで朝食をとっていた時、俺の部屋で倒れていた二人が目を覚ましたのだが……ネカネさんが暴走したのだ。丁度、今そこでひたすら男をなぶっているような感じだった。
 具体的に言えば、あれが幻惑魔法だと知らないネカネさんが、こんなにGが沸き出す場所にいさせらる訳がないと言って、俺の所持物以外の全ての物を魔法で処分してしまったのだ。
 それに加えて、寝具も処分してしまった事を理由に俺と一緒に寝ようと迫ってくる始末。ふ……さすがの俺にもネカネさんを攻撃しようなんて考えは無いから言ってやったよ。「ネカネさんなんて嫌いだ」ってね。

「……そ、そんなこと無いわよね?」
「ん?」

 いつの間にか目の前にネカネが現れた!つい心から思っていたことが口から漏れ出てしまったのを聞き取ったようだ!肩を掴まれているため逃げ出すことができない。退路は無いようだ!……そんな捨てられた子犬のような雰囲気を出すなら、妙な威圧感を感じさせたり瞳の奥に気炎を醸さないでほしい。そんな事をするから俺だって。

「ネカネさん……なんか怖いよ」
「はうっ!?」
「それに、いつまでも掴んでないで放して。痛いから」
「うぅ……ごめんなさい」

 嗚呼……この表情、胸の奥底に沈んでる何かを引き上げてくれる感じだ。ゾクゾクとまではいかないが、それでもここまで感情が胸をくすぐるのは久しぶりだが……俺ってS気でもあんのかなぁ。

「あれ?ところであの人は……」
「ああ、あれ(・・)はもう終わった(・・・・)わ」
「え……?終わったって、何が?」
「あら、まだネギには教えられないことよ」

 そう言った手を顎下に添えて薄ら寒い笑みを零すネカネさん。
 ……え?俺にはまだ早いって、何が、ナニが?もしや、男として終わらせたわけじゃぁ無いだろうな!!嗚呼、自業自得とは言え可哀想な奴だったなぁ……さすがにそこだけは同情してあげるよ。ま、二度と(・・・)この学校の中で会うことは無いだろうけどね。

「さ、そろそろ先生たちがやって来る頃だから、ルヴィアさんと凛さんは僕に話を合わせてください。それと、僕が倒れてたところは適当にでっち上げても構いませんから」
「わ、わかりましたわ」
「……結構あくどいことするのね」

 前者は顔を強張らせ、そして後者は呆れを滲ませていた。自分の中ではこれで普通だから、何があくどいのか理解しようとは思わない。全て理が通っているからそれでよしっ!!

「いえいえ、それほどでも」
「別に褒めてなんかないわよっ!」

「何があったのじゃ!」

 やって来たのは校長だった。その後ろにはドネットさんもいたが、二人共に少々険しい顔つきになってるため、しっかりと伝言が伝わったのだろう。……俺が召喚した使い魔、リムなんだけどね。

「校長、またこいつが『魔法の射手』を使ってきたんですよ」
「うむ……その話は先程聞いたわい。じゃが、またしてもこんな愚かな事をするとは……って、ネギ?もしや、お主がここまでやったのか?」
「僕がこんなことするわけないでしょう。やったのはネカネさんですよ。それと、僕だったら前と同じように幻覚魔法で精神的に苦しめてやりますよ」
「…………その考えも危ないんじゃが」

 ふん。俺に攻撃魔法を使ってくる方が悪いんだ。

「そうそう。今回もまた、媒体に記録してあるから送りつければ良いよ」
「……お主、前も思ったんじゃが、これをどこから調達してきたんじゃ?」
「やだなぁ、そんな金が掛かることはしませんよ。僕が創ったんですよ」
「……は?」
「え?」

 ストップで時間を止めている間に俺がしたことは魔法を唱えただけじゃなく、他にも記録媒体を設置したりもした。前は疑似空間──鞄の容量を拡張したときにできる空間など──にストックしていたが、その時の経験を生かしてビデオカメラと同じ働きをする魔法を自分で創作したのだが、これが意外と簡単に創れたのだ。
 ……自分でも可笑しい方向に経験を生かしてるとは自覚してるが、予想以上に役立つから問題ない。

「……今回もお主にはレポートを提出してもらうぞ」
「了解です。ところで、今回はどういった処置を下すんですか?」
「ぬ、さすがに二度目ともなると見過ごせんからのぅ。儂も心を鬼にして処断するしかない……退学じゃな」

 どんな鬼にも人である限り心がある。校長の顔には影が差しており、今回のように生徒を退学させなければならない事態に陥ってしまったことを悔やんでいるのだろう。どんなに悪餓鬼でも、教師を務めている人にしてみれば自分の子供のように可愛く感じるもの……それが、校長の心に圧し掛かっているに違いない。
 が、取り返しのつかない事を起こしてしまった子供に罪の重さを理解させるのもまた大人の仕事だ。

「……ドネット君は彼を保健室に連れて行って治療をしてやってくれ。もし暴れだしたりした場合は取り押さえてくれ」
「分かりました」
「でわ、儂も仕事をするかの……ネギ、この媒体を貰っていくぞい」
「うん」



『以下の男子生徒をここ、メルディアナ魔法学校から退学させる』

 校長の迅速な仕事ぶりによってその日の内に一枚の紙が全校に張り出された。前回と同じような紙に「またか」と思いながらも紙面を覗きこむ生徒が大半だったが、それ故全員が一様に驚愕を顔に張り付けた。名前こそは同じだが、その処置は最も重いものだったからである。

「…………」

 その紙の内容に驚くものが多い中に紛れ込み、何も喋らず、一切表情も変えずに立っている者がいたが、誰もその人物に注意を払うものはいない。それだけ退学の一件は大きかったのだが、この人物が後に事件に関わってくることになるとは誰も知る由も無かった。



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