ある日の夕暮れ、一日の講義を終えたネギはいつものように寮へと戻り、部屋の中でくつろいでいた。右手に万年筆を持ち、左手に書庫からくすねてきた魔導書を持って机に向かっている時点でくつろいでいると言うのか甚だ疑問だが。
 そんな感じで口元に笑みを浮かべながら楽しそうに魔導書の内容を写しているネギに、使い魔であるリムから声がかかる。

「マスター、最近おかしいことが起きてるニャ」
「ふ〜ん」

 それは、主人(ネギ)を思っての発言なのか、それともただの事実報告なだけなのか。それはリムの心の中だけしか分からないことだが、自分の報告にこれといった興味も示してくれない主人の姿に、リムは悪態をつく。
 といっても、可愛らしく前足で顔をかくという行為をするだけだが。

「んニャぁ、もう少し興味を持ってくれても良いと思うニャ」
「と、言われてもな……おかしなことが起きてたとしても学校の先生たちが何か対応するでしょ」
「その対応が三週間前からされてニャいらマスターに伝えたニャ」
「……え?されてないの?」

 ネギは目を見開いて驚いた。
 自分の使い魔であるリムが報告してしてくる程のものだし、何より三週間前から手が施されてないというのも大きかった。それだけ先生方が無能なのか、はたまたその"おかしなこと"を隠し通せるだけの実力を持った者なのか。

「てか、三週間も前から続いてるのか?」
「そうだニャ」

 それならその時に報告してくれてもよかったのではないだろうかと思わないでもなかったが、リムの言うところのおかしな事がどんなことなのかも分からない状態で責める事もできようはずがない。
 そう思い、ネギは事の次第を尋ねる。

「で、何が起きてるんだ」
「魔力の高まりを何回も感じてるんだニャ。だから気になって確かめてみたんだけど、誰が何をしているかは分からなかったんだニャ。何かの魔法を使ってるわけではニャいんだニャ」
「魔力の高まり、ねぇ」

 それなら、前から起こり続けていることでも仕方がない。

 学校に通ってる間、今こうして部屋でくつろいでいる間、図書に籠もっている間などを思い返してみるが、そのとき何か違和感を感じたことはない。まぁ、近くで魔法を使っている生徒がいたり、研究室で魔法を唱えている薄気味悪い魔法使いがいるぐらいだから、何をしていてもおかしくないと思ってしまう。
 そう言った意味では、学校内にいる者に魔力が高まったかどうかを認識することはできないだろう。

「魔法を使わないでただ魔力が高まっている……その周りの魔素を集めているのか。何か、儀式的な事を行うために集めているのか?何度も魔力を集めているなら既に上級魔法何発か分の魔力はあるだろうし……」
「マスター、これからどうするニャ」
「う〜ん……取り敢えず監視しとくか。もしこの学校を狙ってるとしたら俺にも被害出るかもしれないし」
「分かったニャ」

 何が起きるか分からないというのは苦痛以外の何物でもない。
 もし、自分の知人に回復不能の被害が出てしまったら?
 もし、自分の身に何かあったとしたら?
 ……もしかしたら、ただ単に考えすぎているだけなのかもしれない。だが、最悪を想定して行動することが生き延びることに繋がることが多いことをネギは理解していた。それは、ネイルと同じ考え方であると知っていないとしてもだ。

「……まぁ、後手に回るかもしれないけど、警戒だけはしておこうか」

 全く関わりの無い自分がこの事を知っているとなると、また校長の疲れたような呆けたような表情を拝むことになるかもしれない。それはそれで面白いかもしれないと考えてしまうネギは、絶対にSだと言われるだろう。

「なら、何か起こった時のために今からでも『創造』で有用な物を創っとくか……でも、もう眠いから明日からにしよう。ファントム、何か『創造』に使えそうな素材集めておいて」
「了解」

 一言だけ返事を返したファントムはその場から姿を消し、物音ひとつ立てることなく部屋から出て行った。猫のように──ケット・シーだから猫なんだが──じゃれ付いてくるリムとは違い、部屋の隅でまるで彫刻のように微動だにせず直立している。

(まぁ……俺の手足のように働いてくれるのは嬉しいんだけどね……せめて、もう少し何か喋ってほしいなぁ)

 そして備え付けられてあるベッドの上をごろごろ転がる。右に上半身を捻ってみたり、或いは左に体ごと転がってみたり。
 ……詰まる所、暇なのだ。

(『創造』かぁ……)

 そんな暇を持て余したネギは、机の上に置いてある魔導書を写そうとする気も湧かず、適当にほっぽり出しているのだが、その間にしばし『創造』について新たに判明したことを述べておこう。

 初めはただ、金属類に関するものを創りたいとするなら金属類を下地に、魔力を加えて創造をする……というものだった。しかし、それでは想像通りの物(・・・・・・)しか創れない。では、どうすれば想定外の物が創りだされうるのか。それは、『付加効果』だ。
 よく武器や防具などが出てくるゲームをしていると、『HP+100』であったり『攻撃力+5』と言った、何かしらの効果がついた物を目にすることがある。こう言った強力な効果を単純に創造するだけでは付加することができないのだ。
 ……もし『鉄』から武器を創りたいという時に、『創造』するための魔力だけを流し込んだところでそこから生み出されるのは、そこらの物よりも幾分か質の良いだけで何の変哲もない武器だけなのだ。だから、当初はそれで満足していた。

(あの時、ファントムが持ってきた素材が偶々なんかのモンスターの素材だったんだよな)

 いきなり、何かの鱗を渡された時は驚いたものだ。縦20cm、横幅15cm程の大きな鱗。一体この世界の何処にこんな鱗を持った奴がいるのか問いただしたくなり、恐る恐る聞いてみたところ、この学校から遠く離れた山奥、人気(ひとけ)の無い場所に落ちていたそうだ。
 その鱗を持っていたモンスターは既に息絶えており、大地の栄養分になっていたとの事だったが、その死骸には無数の切り傷と、一つ大きな裂傷痕があったそうだ。まるで、何か巨大で切れ味の良い業物で斬られたかのような。また何か、『ネギま』以外の世界が混じってるような気がしないでもない。

 まぁ、分からないことはさて置き、その渡された鱗で何かを創ってみようと思い立ち、取り敢えずナイフを創ってみた。
 すると、普通の鉄から創られるナイフとは比べ物にならないほどの切れ味を発揮したのだ。それに加え、ナイフを持った腕の方の筋肉が幾分か膨張していたことも分かった。効果を文字で表記するとすれば、恐らく『+POW(力)』辺りだろうが、この発見によって更なる自己強化に繋がることは間違いないと狂喜乱舞したのだ。
 元となったモンスターの鱗だが、これはモンスターの能力がパワーに傾いているから『力』が付与されたのだと思う。これは試してみなければ分からないが、素早さが高い種族の物は『+速』が、魔力容量が大きな種族からは『+最大魔力値』といった具合で能力が高まるのではないだろうか。
 ちなみに、前に創った世界樹の杖はいつも大事に持ち歩いているが、これは材料の基礎である木材の質を魔力で限りなく上げることでできるので、何か良い素材を使わなければならないということはないが、やはり魔力が通りやすいもの素材にすればかなり良い物を創れるのではないかと考えている。

(……今分からないことはそのままにして、もう寝よう。あの魔導書は明日でも読めるし)

 こうして、今日のネギの一日は過ぎていく。
 知らないところで情報が飛び交い、ネイルを筆頭とした教師陣が慌ただしく動き出していることを知るのは、大分後になってからである。


 ◇ ◇ ◇


「……伸びてきた」

 一枚の鏡を手に持った男性が、茫然とした表情で呟いた。
 今まで彼は、彼自身望んでいた自分の輝かしい姿を、とうの昔に捨て去っていた。……否、現実を直視してしまった彼は、その望みを過去の物として忘れ去ることしかできなかったのだ。
 それでも、それでも望みを忘却の彼方に置き去りにすることができない自分がいることも理解していた。だからこそ、表面上は取り繕い、誰に嘲笑われようとも耐え忍んできたのだ。

 しかし今、その願いが叶えられた。

「これでもう、私は、誰の目を気にすることも無く、かつら(・・・)に頼ることも無く生きていくことができるんだな!!」

 ここに、ある一人の男の咆哮が響き渡った。
 その彼の手に握られているものは、『育毛剤DX』だった。
 奇しくも、リムがネギに報告をしたのと、ネイルが重い雰囲気の中初めの一言を捻りだしたのと同じ時間帯だったのは、本当に偶然であったと流すことはできるのであろうか。

 ……これ以上、この男性──エドワード──の育毛記録にちょっかいを出すのはナレーションながらも笑えて来てしまうので、このあたりでお開きにしよう。


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