「マスター、これからどうするんだニャ」

 ネギの右肩に乗ったリムが疑問を投げかける。
 あの時、ネイルに紙を渡されてから二日が経った。その間も学校に在留している魔法使いによって捜索が続いていたのだが、全く手掛かりを見つけられずに時を過ごしていくだけだった。当然、この学校の長であるネイルの顔も苦虫を噛んだままの表情である。

「いやぁ……正直、メルディアナの魔法使いたちにはあまり期待してなかったけどね……これじゃあ校長のストレスが溜まるばかりだな」

 そもそも、半数以上の魔法使い──詳しく言えば魔法先生なわけだが──があまり捜索には乗り気ではなかったのだ。さすがに一番上に立っているものの命令だから聞かないわけにはいかない……こんな感じの考えを抱いている者たちが多いのだ。
 さらにその大部分がMM元老院から派遣された者だということも大きいのだが。

 たしかに、メルディアナ魔法学校の生徒の死が、同じ魔法使いによるものだというのは多くの魔法先生に大きな衝撃となったのだろうが、記憶を覗きこんだときに出てきた"人操虫"の部分にひよったのだ。
 そして、魔法先生たちの間に一つ、大きな区切りができることになる。

『悪は滅さなければならない』派。
『詳しい内容が分かるまで慎重に事を進めなければならない』派。

 この話は、魔法で透明にして忍び込ませたファントムと意思疎通することで見聞きしたものと、それを分かっていながらも見逃していたネイル本人から聞き出したものだが、二つの党派はまるで日本の与党と野党のようだと思ったのは、ネギの胸中に留めておいてある。

 前者は単純に"正義"を盲信している愚鈍な者たち。
 後者は臆病に自己保身を考えている愚昧な者たち。

 あからさまに口に出して主張していたわけではないが、簡単に読み取ることができる浅い心胆。違うようで似通った者たちに、審議をしていた最中は表情には出ていなかったものの、話の全容を自ら語っていたネイルの顔には深い疲れが滲んでいた。
 頼りになるのは『メルディアナの三賢』とドネット君、あとはお主(ネギ)だけじゃなと、腹の奥底から絞り出したような声には同情せざるを得なかった。

「まぁ、数人しか頼りにならないことは承知してたから、校長には悪いけど、俺たちで調査を進めますか」
「わかったニャ」
「それと多分だけど、前に校外でリムが見かけた男って犯人だったんじゃないかって思うんだ。何のために魔力を高めていたのかってのは分からないけど……魔力を集めていたとすれば、どうせ碌な事をしないだろうが」

 あの記憶を見たときに、あの男性……ドゥカス・ローゼルの父親にネギ感じたものは、深い"絶望"だった。明らかにその感情は行き過ぎているが、何も映していない黒く淀んだ双眸には子を失ったという喪失感がありありと浮かんでいた。
 その淀みに気付くことができずに、この男性の息子を馬鹿にしたパイソンという生徒は、明らかに自業自得……としかネギには考えられなかった。親が子に抱いている愛情が大きければ大きいほど、子への侮辱に対して我慢できないものなのだ。
 今の時代、これをモンスター・ペアレントと呼んでいるようだが、ネギ自身、自業自得だとは思っていても、実際には相対したくない人種の一つだと考えている。……理論と感情で矛盾が生じるのはいつの時代、誰にだってあることだ。

 と、ここまで考えておきながら最終的に出てくる答えは以下のような物になる。

「それにしたって、やりすぎには変わりないんだがなぁ」



 ◇ ◇ ◇



「はぁ……」

 夕日の赤い光が窓から差し込んでくる校長室で、一人ネイルは溜息を吐いた。机に両肘を乗せ、組んだ手の上に顎を置いていることに加えて憂いを帯びたその表情からは、まさに苦労人といったものが読み取れた。
 校長という、一つの組織の長として努力してきたものを試しているのか神よ!と、ついつい叫んでしまいそうになるネイルは、目の前に放り投げるように置いた書類を眺め、またしても溜息を吐く。書類は何種類もあるが、その中の一枚はネギも関わっている事件のことであり、また、もう一枚にはメルディアナ魔法学校に在留している様々な魔法教師についての詳細な情報について記されてあった。

「はぁ……なぜ、胃が痛いんじゃろ」

 長い人生の中で、魔法を修得しているにも関わらず胃痛に悩まされることになったのは初めてのことだった。普通、魔法使いという存在は常日頃から身体中に魔力を巡らせているため、何らかの呪いなどを掛けられなければ病魔に冒されるということはまずないのだ。

 ……思えば、"紅き翼"が英雄と呼ばれるようになってから、魔法使いは正義だというわけのわからない風潮が高まって来た時から頭痛に悩まされるようになっていた。
 自分たちの都合のいい駒が欲しいと画策するMM元老院の役員(阿呆)どもに、その情報に流され信じて現実を見れなくなっている夢見がちな魔法使い(ぼんくら)ども。
 そんな者どもが蔓延る世界になってしまったのかと嘆いていた今、新たに発生したこの事件。一つ一つの問題を解決することができない内にどんどん事件が起きているような気がするのは、自分の気のせいでは無いはずだとネイルはぼやく。

「この者は人格は問題無くとも実力がいまいち……こやつは少々人格に難有り、か……おや?これはエドワード君の……何やら最近、彼の研究室から咽び声が聞こえてくるじゃと?何か、悩みでもあるんじゃろうか」

 ネイルが今しているのは、調査に加える人員を誰にするかの選別だった。
 どう考えても一筋縄ではいきそうもない今回の事件には、あまり実力の無いものは加えられないし、かといってただ実力があるものを選出したところで人格に難があれば、そこを付け込まれる可能性も拭えない。それほど、ドゥカス・ローゼルの父親……バルジェロ・ローゼルのことを厄介な人物だと見ているのだ。

("人操虫"を使う程の者じゃ……正義という言葉を振りかざす物を選んでも無駄じゃろうし……本当、どうしたら良いんじゃろうか?)

 そして、またしても響く溜息。

 今日、校長室から溜息が絶えることはなかったそうだ。



 ◇ ◇ ◇



「これと……あとこれもそうか……」

 魔力が満ちている場所と言うのは、例外はあるものの大概の場合植物の生育に適している環境になっている。大気に浮遊している酸素を取りこむのと同じように魔力を吸収することで、温帯に位置している場所にも関わらずまるで熱帯に存在しているようなジャングルが形成されていることがある。

 その森林の中、一人の男性がそこらに生えている雑草やらを採取していた。
 彼の名はエドワード。巷では学校一のツルピカ大王と囁かれているようだが、研究室から聞こえてくると言う咽び声に近い声の話が、この噂をさらに飛躍させていることに彼は気付いていない。

 今彼が採取しているのは、増毛薬に使われている雑草やらだった。
 今まで使っていた魔法薬だけでは足りないのかもしれない、もしくは自分の体質にあっていないだけなのかもしれない。そんな考えが彼の頭の中で閃いた瞬間、思い立ったが吉日とばかりの勢いで採取に出向いていた。
 つまり、咽び泣いていたすぐ後に彼は研究室から飛び出し、この場所までやってきたということだ。

「……ん?なんだ、これは」

 そんな彼が採取中、雑草の間を縫うようにゆったりと動いていた何かを見つけると、左手に持っていた木の棒で掻き分けるようにしてその姿を露にすると、顔を顰めた。

「なんだ、このピンク色の……虫か?これは」

 彼の目の前を動いていたその虫は、彼の方を目指してゆっくりと動いていたため、すぐではなくとも放っておけば彼の足もとへと辿り着くだろう。そんな、得体の知れないピンク色の虫を見ていた彼はというと。

「気持ち悪い!!」

 足裏で思い切り踏み抜いていた。

 "魔法使い"として生活を営んでいる彼であったが、そんな彼が物心がついた頃から大の虫嫌いだったのだ。辺りで虫を突いて楽しそうにしている子供の姿を見ると、そんな光景を理解できないとばかりに盛大な溜息を吐くほどだ。無論、彼が子供を嫌っているわけではないのだが。

 気持ちが悪いと思っていても、さすがにこれも命が宿っている生き物だと彼の理性が囁くため、本来であれば自身が得意としない大魔法を使ってでも消し飛ばしてやりたいと憎悪の念を燃やしているのだが、足で踏み潰したのは、自分の勝手で命を消しているというわだかまりが彼の中に存在していたからだ。……手じゃなくて足だというのはさて置き。

「ふぅ、ふぅぅ……気持ち悪かった」

 こんな情けないとも取れる彼の発言だが、今の行動によって死んだ"人操虫"による被害を食い止めることができた……なんて話を知るものは誰もいないとさ。

 エドワード君……君に幸あれ!



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