「ここだニャ」
「ふ〜ん……まさに、って感じがする場所だな」

 ネギがリムに導かれてやってきたのは、メルディアナ魔法学校から遠く離れた山奥。木々が生い茂っている中、一カ所だけ木々が無くぽっかりと開いた広場に建てられた小屋の前だった。

「リムが見かけた不審な男がここに入っていったと」
「そうだニャ」
「ふむ……見たところ、魔法的な罠は何も見当たらないし……取り敢えず、バニシュで進むか」

 呪文を唱えると、一瞬にしてネギの姿が消えてしまう。

 ネギがここに来る前にドネットに渡された書類に目を通していたネギは、あの時見た男性は何かしら武術を修めているようには見えなかった。ネギ自身、この世界で何か武術を習っているわけではないが、前世の記憶と経験から、身のこなしは素人のそれだと思ったのだ。

(所詮、素人の考えだけどな)

 それはさて置き、何故ネギが今こうして怪しい小屋の中へと身を投じているかというと、ドネットに書類を渡されたすぐ後に、ネイルからの伝言で「今回の調査に手伝ってほしい」と言われたからだ。
 こんな子供の手を借りるほど魔法学校の人員は足りていないのかと思わないでもなかったが、前にネイルの疲れきったような表情を見ていたネギとしては、涙が零れ落ちそうになるのを我慢しながら協力することにしたのだ。

 調査を開始したのはそのすぐ後、ではなくて、"人操虫"云々の話を聞いた後からだったのだが、素材集めに専念していたファントムから聞いた「怪しい小屋が存在している」という話に、ネギ自ら調査に当たることにしたのだ。ちなみに、今は休日だから無断欠席なんてしていない。

 そしてネギが見つけたのは、明らかに怪しさを醸し出しているおんぼろな小屋だった。こんなところに怪しい小屋があるのに、何か報告は校長のもとに届かなかったのだろうかと、ついつい考えてしまうネギだった。調べるまでもなく、この小屋自体には魔法的な何かや結界が張られているわけではないため、校長室で仕事をしているネイルが気付けるはずはない。

(なんかもう、麻帆良なんかに行かないでアリアドネーに行って研究に身を投じたいなぁ……)

 それはそれで楽しそうだと思うネギだが、そんなことをしたらわんさかナギに恨みを持っている奴らが押し寄せてきそうだし、"立派な魔法使い"になるための修業内容は多分麻帆良だから無断でアリアドネーに行ったら偽名を用いて姿形を変えたとしても高畑・T・タカミチ辺りが捜索に乗り出し……いや、タカミチ以上に危険な相手が、ネカネという悪鬼がいたな。絶対、笑顔の後ろに阿修羅を携えて捜索してきそうだからやめとこ。
 MM元老院なんかの権謀術数よりも怖いと思わざるをえないネカネの存在って……

(なんだかんだ言っても麻帆良が一番安全なのか?)

 すぐ目の前に立っている小屋も危険な香りを漂わせているが。
 そんなことはお構いなしに自分の思考に埋もれるネギが考えるのは、やはりネカネの事だった。最近ではネカネの影響を受けていたアーニャの行動も段々と大胆になり始めているのだが、そんなアーニャの姿が霞むほどネカネの行動は……なんと言うか、狂愛が滲み出ている。独占欲が強すぎると言うか……なんだろ、アーニャとは共愛を許しているのだろうか?

『マスター、そろそろだニャ』
『分かった』

 真っ暗な小屋の中、外から入ってくるほんの少しの光を頼りに考えごとをしながら歩いていたが、リムから伝わってきた念話に、ネギが今一番逃避したい現実についてから意識を戻すと、目の前には地下に通じていると思われる階段があった。
 段々と暗闇に慣れてきた目で見ると、その階段は木製だった。それに、この小屋がとても古ぼけていることから、普通の感覚でこの階段を下りて行ったら階段が軋んで大きな音が出ることは間違いないだろう。

『ふぅむ……なら"レビテト"だ』

 レビテトとは対象となる相手の身体を浮かせる魔法の事で、どれだけ身体を浮かせられるかと言うと、その人の意思次第だ。……結構適当な言葉だと感じるかもしれないが、この言葉が一番しっくりくる表現だ。使用者が高所恐怖症だったら高さは限りなく低くなるし、スカイダイビング的なことをしたいと思えば何処までも高くまで身体は宙を昇っていく。
 今はそこまで高くする必要はないし、地に足が付いていないというのは思っている以上に違和感を感じるので早く階段を下りていく。浮遊高さは3cmだ。

 その途中、階段に罠があったが、階段を踏み締めてすらいないので、罠が発動することはなかった。どうやら、質量を感じとって発動する術式──西洋魔法ではないためあまり詳しいことはわからないが──のようだ。それに加えて、足もと……(すね)の高さぐらいに一本ピアノの線ぐらい細い糸が付けられており、気付かずに進んでいると自分の足とおさらばするところだった。

(ほんと、リムに感謝してもしきれないな……)

 ホッと一息ついたところで、ネギの鼻に鉄のような臭いが突き刺さった。それと同時に、胸糞悪くなるような気分も、胸の奥底からせり上がってきているような感じもした。

(ぐ……すげぇ、嫌な予感がする)

 想像できないわけではない。逆に鮮明にこれだと言い当てることのできるものが鼻に突き刺さっているのだろうと予測しているネギは、今までこんな事件に出会ったことすらないのに、あくまで客観的に物事を観ているような感じがした。そんな自分が、誰のものかまでは分からないが"血"の臭いだと予測できる自分が嫌になりそうだった。

(……なんてのは詭弁と言えるのか?てか、そんな高尚な気持ちは持ち合わせてない!)

 あくまで自分は自分。自分を嫌いになったら人生そこまで。
 そんな極端なものを掲げて人生を歩んできたネギにとって、"自分が嫌いだ"なんて発言をする人を、まるでおかしなものを見ているような目で観察したことがあった。

 ただ、それでも人の死を目の当たりにするのは好きにはなれないため、嘔吐感を感じても無理せずに出してしまいたいと考えていた。

 そして、階段を降り切ったネギは突き当たりの開ききった扉のすぐ横に貼り付き、自分の感覚を少しだけ広げる。広げたのは索敵用の結界を弄って創った簡易探知機で、その結界が捉えた生物はたった一つだけ……おそらく、この生物がバルジェロ・ローゼルという人物になるのだろう。
 まるでどこぞの蛇のようにゆっくりと身体を動かし、扉から中を覗き込もうとする。いくら自分の姿が透明になっていると言っても、前にネイルにばれたような事があるかもしれないという事を考慮したからだ。

『リム、先に入り込んでてくれ。ファントムは周囲の警戒』
『分かったニャ』
『了解』

 身体を動かしながらも周囲への警戒を怠らない。人道から外れた行為を行える相手だからこそ、何が起きてもすぐに対応できるようにできる限りの手は尽くしておく。

 そして、部屋に入り込んだネギの目に飛び込んできた光景は、何かを切り刻み続けながら何かを呟いている男の姿だった。



 ◇ ◇ ◇



「何故だ、何故私の研究は真理へと至らないのだ!」

 真理……彼、エドワードにとっての真理は毛を生やすことにあった。
 何もこれは間違ったことをしているわけではない。この世に蔓延っている"正義"こそ、善なる魔法使いこそが真理だと述べている奴らよりも健全な考えだし、全世界で同じような悩みを抱えている人のためになるかもしれないからだ。
 ただ、これが魔法使い的な思考からすると、正しい云々以前に馬鹿らしいと一蹴されるのが落ちだろう。その時は、「貴様はあるからそうやって言えるのだ!」と怒鳴り散らすのがエドワードだ。実際、怒鳴ったことがあるし。

 そんな研究熱心な彼ではあるが、どうしても魔法が……術式が完成しないことに悩んでいた。

「術式は間違っていないはず……ならばどこが間違っているというのだ!」

 ひと際大きな声を出すと、手に持っていた書類を投げ出した。そこには膨大な情報と術式が書かれてあった。

 ……もしこの書類をネギに見せたならば、この術式で髪は発毛すると答えるだろう。それだけ正確で精密なものが書かれてあるのだが、ではどうしてこの魔法が完成だとエドワードは認めようとしないのか。

 それは簡単なことである。
 この魔法は、対象となる者の発毛を促すものであり、そこに存在していないものを成長させることはこの魔法ではできないからである。この事実にエドワードは気付いてしまったのである。

「くそ、くそぅ!!どうして、神は私に髪を恵んでくださらなかったのだろうか!!」

 その叫びを、研究室の前を偶然通っていた者に聞かれてしまっていたが、当分の間エドワードの事を直視することができなくなった──笑いを堪えられそうにないという理由と、どうしてもエドワードの毛髪に視線が行ってしまうため不自然に思われるかもしれないし、何より残念だからという理由──のと同時に、彼の毛髪が残念なことになっているという噂が広まり始めた。

 この噂に、またしてもエドワードの叫び声が聞こえたようだった。



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