パキッと小気味いい音を鳴らし割れた割箸を手に、湯気の沸き立つそれを見る。

「ありがとうございます。付き添ってもらった上に、こんなものまで頂くなんて」
「いえ、元はと言えばこちらで対処しなければいけなかったのです。少しぐらいでも貴方のために何かしておきたい」

 そう言いつつ、彼女もまた同じように箸を手に、程よく茹で上がった麺を掬い上げた。

 ハイジャックと言う犯罪行為を犯した男を捕えたバゼットは、航空機が到着したのち、その男を共に護衛として着いていた二人に任せた。
 一人で護衛してくれるということだが、彼女はすぐ隣で一緒に行動してくれていたので、すごく行動がしやすかったし、遠目から見られているという違和感がなく、とても過ごしやすくなった。
 それが護衛してくれている人からと分かっているから良いのだが、見られているのはやはり落ち着かないものだ。

 そんな二人で目的地、麻帆良に向かっているのだが、さすがに真っ直ぐ目的地に向かうというのは、いささかもったいないような気がした。
 偶には日本食を食べたいという気持ちもあったのだが、それ以上に物珍しそうな表情を浮かべたバゼットが非常に印象的で。
 その上、年下の俺が見て回りますかと問うと、困惑しながらも嬉しそうな表情を浮かべていたのがとても可愛らしかった。
 スレンダーでいかにもクールに見える彼女だが、その実、女性としての自覚が全くないような生活を繰り広げるお方だ。
 であった男性に惚れやすいという、いかにも乙女のような感情を持っているが、その生活は半ばホームレスのようなもので……お金はあるだろうに。

「ところで」
「はい?」

 さすがの彼女も周りを気にしてか、箸を動かす手を止め……と思ったら既に麺が見えない。蓮華(レンゲ)に持ち替えているところを見るに、食べきってしまったようだ。
 3〜4分しか経っていないというのに、さすがだ。

「貴方はまだ、魔法学校を卒業したばかりの見習い魔法使いだと聞いていたんですが」

 確かに認識阻害の結界を展開してはいるが、それでもここまで真っ直ぐに質問して来れるのは彼女の性格ゆえだろう。
 まどろっこしい事が好きじゃないのだろうが、もう少し気にしてほしいところだ。

「そうですが、それが何か」
「あの男を無力化……眠っているたところからして“眠りの霧”でしょう。しかし、あの男も魔法をかじっているのなら、障壁を張っていたはず。それを、周りの乗客にも影響をださなかったのはどういうトリックを?」

 何というか、さすが……細かいところまで見ている。
 冷静に場を分析し、使用されたであろう魔法の推測をするとは。
 他の事でもそういった思慮ができるようになれば……だからダメットさんなんて呼ばれるんですよ。

「あの(ひと)は確かに障壁を張っていました。しかし、それは普通の――球体状の障壁でした。と言っても、ハイジャックをするのにそこまで考えが至ってはいないと思いましたが」
「ふむ」
「もし障壁(あれ)が僕の方に対して厚く何重にも張り巡らされていたら面倒でしたが、そんな事をする理由もないですし、そもそも子供の僕にそこまで過剰な対応をしようとも思わないでしょう」
「は、はぁ」
「ああ、一つだけ付け加えるとすれば、僕が使ったのは“眠りの霧”だけじゃないですよ?」
「はい?」

 本当はスリプルを使ったんだが、そんな事を彼女(バゼット)に伝えたところで理解してくれないだろう。いや、彼女のことだ……新しい魔法体系でも作ったのか? なんて頓珍漢なことは、さすがに考えないよな?
 だが、後で問い詰められてもボロがでないよう魔法はしっかり二つ(・・)使ったのは確かなこと。

「僕にしてみればあんな薄い障壁はそもそも障壁とも言わないんですが、念の為“障壁破壊の魔法”を使いました。“眠りの霧”なんて基本中の魔法ですし、あの男が立ち上がった時に遅延魔法として唱えておきました」
「……」

 呆けた表情を浮かべている。
 突発的なイベントだったら俺だって焦っただろうが、こっちとしては最初から何か起こるんじゃないかなんて事を考えてたし、武器を持っている奴が飛行機の中にいると分かっていた時から『嗚呼』と溜息も吐いていた。
 精神的に俺は大人(成人)の年齢を超えているのだが、そんな事周りは知らないわけで。
 こんな考えを持った子供なんて、薄気味悪いだけだろうが。

――ガラッ

 少しの間沈黙が続いていたが、無機質な雑音が重なり合う中、一人の見覚えのある新しい客が入ってきた。

「……タカミチ?」
「やぁ、ネギ君」

 このままずっとバゼットが護衛をしてくれるものだと思ってたんだが、途中、予想外の事が起きたから代わりとなる人物としてきたのだろうか。
 別にそんなことまでしなくとも、ほとんどの事は俺一人でも対応できるのだが。
 いや、それだと俺を受け入れる麻帆良側に不備があってとかなんとか、いわゆる大人の話が繰り広げられるからとかだろうか。
 そんなこたぁ向こう(メルディアナ)としては全く気にしないだろうけどな。向こうと言うか、校長とか一部の人間に限られるが。

「それにしても、タカミチが来るとは思ってもなかったよ」
「はは、本当は他の人来る予定だったんだけどね。無理を言って僕にしてもらったんだ」
「まぁ……あまり気にすることはなかったと思うけどね。向こう(メルディアナ)もあまり気にしないと思うし」
「は、はは……それはネギ君だからなんだけどね」

 引きつったような苦笑を浮かべるタカミチの言いたいこともわかるけどね。

「それじゃあ、ここからはタカミチと一緒に麻帆良まで行くの?」
「いや、彼女にも一緒に来てもらうよ。飛行機の中での状況の説明もしてほしいからね」
「そう。それじゃ、って……バゼットさん?」
「……」

 ふと彼女の座ってる方を見ると、両手をどんぶりに添えたままの状態でタカミチの方をじっと見つめていた。
 と言うよりは、タカミチを見て固まっていると言った方が正しいだろうか。

「た、た、高畑・T・タカミチさんですか!?」

 いきなり立ち上がり大きな声を出すバゼット。
 まぁ、確かに認識阻害の結界を張っているとは言え、どこで誰が聞いているかもわからないここ――
 こぢんまりとしたラーメン屋。だが、元日本人の俺にしてみればこの雰囲気が嫌いではない――
 で突発的な行為はしてほしくない。
 いくら自分がラーメンを食べ終えているからと言っても、まだ麺を啜っている俺の前でそれはマナー違反だと思わないでもない。

「おや、僕の事を知ってるのかい?」

 意外とばかりの表情を浮かべるタカミチだが、それは人によっては嫌味に聞こえる。
 いくら先天的に魔法の呪文ができないとしても、魔法世界的につけられたランク付けとしてAAA(トリプルエー)と評価されているタカミチの事を知らない人は少ないだろう。
 それこそ、彼の事を知らなければ魔法使いとしてはモグリと言われてしまうくらいに。

 そんな事を考えながらワーワーとまではいかないものの、常の彼女を知ってる人からすると疑問符を浮かべるほどの質問をしているバゼットを見ながらラーメンを食べ進める。
 少年のような瞳でタカミチを見ている彼女の姿を見て、そう言えばクー・フーリンにも最初そんな感情を抱いていたような気がするなぁと思い浮かんだ。
 それなりに歴史的な英雄に憧れを抱いているだろうが、そもそも聖杯戦争がないこの世界で、そんな彼女が憧れの感情を抱く相手が誰かと言えば、同じ肉体派のタカミチだろう。
 タカミチはタカミチで咸卦法を使ってるから純粋な肉体派とは言えないだろうが、それでも努力で培ってきた高等技術を習得しているタカミチに憧れを抱かないわけがない。

「ご馳走様でした」

 両手を合わせて箸を置く。
 店主が目を見開いてあからさまに驚いた表情をしているが、外国からやってきた子供が日本の流儀を知っているのに驚いたのだろう。
 海外の人は箸を使ったことが無い……箸は日本でしか使われてないのではないのかと言う固定概念を抱いている人は未だに多いと思うが、そんな中で俺みたいな子供が真面目に手のひらを合わせているのだから驚くのもまた仕様がないだろう。

「それじゃあ、ネギ君も食べ終えたことだし、そろそろ麻帆良に向かおうか」

 航空機で成田空港まで来てそのまま昼飯を食いに来ただけの自分達には、特に反対の意見はなかった。
 それに、俺としてもすぐに麻帆良という場所を見てみたかった。
 原作を鑑みるに、魔法の秘匿性をそこまで重大視していなかったネギによって引き起こされる事象が山ほどあった。
 だが、そのどれもが周りに迷惑をかけては周囲の大人たちにアドバイスを聞けていれば起きなかったことも多々ある。
 まぁ、それは学園長の策謀によって助けとなる大人を紹介してもらえないのだが。
 当初の問題としては木乃香と明日菜の二人だが……取りあえずは、現状を知るためにも麻帆良に向かうのが一番だ。

 まぁ、この時点で既に原作とは違うような気がするが、よしとしよう。
 流石にこれ以上変なことをして原作からの乖離が激しくなると、この世界でのアドバンテージがなくなってしまう。
 FFの魔法とFateの搭乗人物がいる時点でおかしいがその辺りは気にしない方向でいこう。


 ゾワッと来たよ。
 何にって、麻帆良にだよ。
 いや、詳しく言えばこの麻帆良全体を包み込むように張られた認識阻害の結界にだが。

 魔法使いとしての知識・見識を蓄えてきたからこそわかるこの違和感に気付いてしまう。
 そして、この異様さは元一般人だからだろうか……言葉にするのは難しいが、怖気づいてしまうような感覚に似ている気がする。

「ネギ君、ここが麻帆良だよ」

 屈託のない笑顔を浮かべ、どこあか自慢げに話すタカミチは、この異様さに気付いてないのか、それとも慣れてしまったのか。
 魔法を詠唱できないとしても、魔法使いの一員としての常識が普通の感覚を邪魔しているのか、この驚異的なほどに感じる学園都市の違和感を理解してないようだ。
 まぁ、この感覚もここにいればすぐに薄れてくるだろう。
 あまり良い兆候ではないが、この感覚はいつまで経っても慣れないだろうし、好きじゃない。
 確かにそこまで影響がある結界ではないが、それはあくまで少しの間結界の中にいた時の話だ。
 そもそもそんな長い間認識阻害の結界をこんな広範囲に長い間展開していることなんて無いし、想定もしていないだろうが。あまりに普通(・・)過ぎていじめられていた長谷川千雨以外は、ここで過ごした長い期間に感性が常識から逸してると言っても間違いじゃない。
 それが良い方向に行くか悪い方向に行くかは……なんだかんだで、犯罪者が蔓延るこの世界じゃ些細な問題なのかもしれないが。

「そう言えば」

 ふと、思ったことがある。

「ん? なんだいネギ君」

 漫画を読んでいた時にも何回も思ったことなんだが……

「学園長はどんな人?」
「学園長かい?」
「だって、他にも普通の大学とか高校とかあるのに、中央でもないのになんで女子中等部のこのエリアにある学園長室に席を置いてるのか気になって」
「……え〜と」

 困ってる困ってる。
 さすがに学園長の考えてることなんて分からないだろう。
 もしここで孫の木乃香がいるから……なんて言ったら単なる職権乱用だし、いくら子供だと言っても今のネギ()が理解できないとはさすがに考えないだろう。
 隣で聞いてるバゼットも眉をひそめている。
 麻帆良学園を統べる長が『まさかそんな』なんて考えているのだろう。まぁ、実際魔法関係で事が起きなければ普通の権力を持った爺さんだからなぁ。
 長く生きている分考えられることも多くなるが、逆に有事にならなければどうともでなるという感情が湧き上がるだろう。
 たとえ学園の中心じゃなくても問題は無いだろうというのは、この認識阻害の結界故なんだろうが。

 ちなみに、学園長室に着くまでの間、学園長の事に関する質問を受けては苦笑を浮かべることしかできなかったタカミチは本当に苦労しているのだろうと実感してしまったのは、悲しすぎて本人には言えなかった。



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