魔 法先生ネギま!

〜ある兄妹の乱入〜

外伝 雪広邸にようこそ

 

 

 

 

 

 

ある日。
いいんちょこと雪広あやかは、所用にて、実家に帰省することになった。

これは幸いと、彼女は考えた。
日頃から、親愛なるネギを実家へ招待し、親睦を深めたいと考えていたからだ。
ついでというわけではないが、絶好の機会である。

「うわー、すごいおうちなんですね、いいんちょさんの家は」
「いえいえ、そんなことはありませんわ。オホホ♪」

むしろ、そちらのほうがメインなんじゃないかと思うくらい、念入りに計画を立て、
首尾よくネギを招くことには成功したのだが。

「いいんちょー、ご招待ありがとねー♪」
「大きなお屋敷〜」
「すごい、メイドさんがいる〜」

「そ、それほどでも・・・・・・オホホ・・・・・・」

なぜだか、3−A一同までが、一緒にくっついて来てしまった。
あやかは表面上こそ、笑みを浮かべているものの。

(どうしてあなたたちまでいるんですの〜〜〜〜!?)

その心中は、はらわたが煮えくり返る思いであろう。

なぜこのようなことになったのか。
ネギにしか話をしていないはずなのに、どこから漏れたのか。

(ニヒ♪)

鍵は、ネギの肩に乗っている、白いオコジョが握っている。

(こんなおもしろそーなイベント、逃す手はないぜぇ♪)

怪しく微笑んでいるカモ。
また何かを企んでいるに違いないが、推し量る術は無い。

「家の中、見せてよ〜♪」
「ねえねえ、あれで遊んでもいいかな〜?」

「・・・構いませんが、あまり騒がないでくださいね」

とにかくだ。来てしまったものは仕方が無い。
こうなった以上は開き直って、この上で上手くやるしかない。

あやかはそう考え、作戦変更。
クラスメイトの連中には適当に遊んでいてもらって、ターゲットのネギだけは、
自分で丁重にもてなそうとする。

だが、そんな目論みも・・・

「ネギせ――」

「あ、勇磨さん。ビリヤード台がありますよ! 一緒にやりませんか?」
「ええ? 俺?」

「・・・・・・」

他ならぬネギ自身によって、否定されてしまった。
他の者の提案ならば、即決で拒否するのだが、ネギ本人からだとなると、しゃしゃり出て行くわけにもいかない。
なにより、ネギの希望なのだ。

「いいけど、俺やったことないですよ?」
「教えて差し上げますから、やりましょうよ!」
「はいはい。わかったから、引っ張らない」

「は〜・・・」

周りと同様、ネギも、この広いお屋敷に来たことで浮かれているのだろうか。
普段ならば絶対に見せないような積極性で、勇磨を引っ張っていった。

子供らしい無邪気な様子に、思わず表情を緩ませるあやかだが。

「・・・はっ!?」

ハッと気付く。

「こ、こんなことじゃいけませんわ。なんとかしないと・・・」

このままでは、せっかくの機会も水の泡だ。
どうにかして、ネギと2人きりになる時間を持たなければ。

まあ、まだ時間はある。
勇磨とのビリヤードも、そんなに長い時間やり続けるというわけでもなかろう。

「ネギ先生、御門さん。お飲み物でもいかがですか?」

今はチャンスを待つことにする。
顔と声を繕って、花が舞い散りそうな勢いで、そう問いかけた。

 

 

 

 

あやかは待った。
ビリヤードが終わり、勇磨が離れるのを。

ニコニコ顔で様子を見ている振りをして、ひたすら待った。

「ぐわっちゃー、また外れた!」
「あはは、ファウルですね勇磨さん。ご愁傷様です」
「く〜・・・」

しかし、なかなか白熱しているようで。

ナインボールをやっている2人。
2、3回やって終わりだと思っていたのだが、意外と長く続いてイライラした。

(空気の読めないお方ですわね!)

2人をずっと眺め続けているあやか。
いや、勇磨を睨み続けているあやか。
自分が何のためにここにいて、見つめ続けているのか、少しは察してくれ。

ご立腹のあやかであるが。

「勇磨さん上手ですね。初めてとは思えませんよ」だの、
「もっとやればもっと上手くなりますよ」だの、
「その調子です! その調子でもうひとゲーム行きましょう!」だの・・・

ネギがどんどん進めてしまうので、こちらから何か言うわけにもいかず。
ただ苛立ちが募り、時間だけが過ぎて行く。

そんな感じで、また時間が過ぎることしばし。

「あー負けたー」
「初心者の勇磨さんに負けたら、立つ瀬がありませんよー」
「ぐっ。悔しいが、同意せざるを得ない・・・」

この勝負は、一息ついたらしい。
どうせまた続くのだろうと、あやかが諦めの境地に入りかけると。

「はー。ネギ先生。ちょっと休憩」
「あ、はい」

「・・・!」

どうやら、ビリヤード自体を一息つくようだ。
きましたわー、と喜ぶあやか。

勇磨は席を離れるようだが、ネギはまだ、ビリヤードをやめるつもりは無いようで。
手にしたキューを調整したりしている。

(さあ、どうしましょう・・・!)

そんなことは気にも留めずに、すでにあやかの思考は、ネギとどのように甘いひと時を過ごすか、
で占められている。歩み寄ってくる勇磨にも気付かなかった。

「あのー、雪広さん」
「っ・・・!! は、はい?」

だから、急に声をかけられた格好で、飛び上がらんばかりに驚いてしまう。

「ど、どうかした?」
「い、いいえ、なんでもありませんわ。オホホ・・・」
「そ、そう?」

さすがに、逆に驚かれてしまった。
笑ってごまかして。

「それより、どうかなさいまして?」
「環はどこに行ったのか知らない?」
「環さんでしたら・・・・・・」

真っ先に妹のことを聞いてくるとは。
上辺では取り繕いつつも、「邪魔だ、早くどこかへ行け」と思っていたあやかは、少し本当に笑ってしまった。
蔑む笑いではなく、微笑ましいなあと。本当に仲が良いのだなあと。

「先ほど、ハルナさんたちと一緒に、書庫のほうに向かわれたと思いましたが」
「そっか。まあ、あいつの読書好きは筋金入りだから」
「そのようですわね。ご用件は、それだけで?」
「おっと、もうひとつ。肝心のことが」

だがそれでも、早くネギと2人になりたいことには変わりが無い。
ついつい言葉に棘が出てしまう。

(もう、早くしてくださらないかしら)

本人は自覚していないのだろうが、視線も厳しくなっている。
それに、勇磨が気付いたのか気付いていないのか。

「たいしたことじゃないんだけど・・・」

と前置きし、すまなそうに尋ねる。

「なんでしょう?」
「そのー・・・・・・トイレはどこかなあ、と」
「・・・ああ」

たいしたことではなく、切実な問題である。
現に、力なく笑っている顔が痛々しい。

確かにこれくらいの広さになると、部外者が1人で歩くのは心許ないだろう。

「誰か。ご案内して差し上げて」
「はい」

召使いを呼ぶと、そう申し付けた。

「ごめん、ありがと」
「いいえ。ホストとして当然の務めですわ」

例え、招かねざる客だったとしても・・・
見るものが見れば、ゾッとしてしまうほどの妖しい笑みである。

「では、こちらへどうぞ」
「すいません」

召使いに先導され、勇磨は去って行く。

(ついに、ネギ先生と2人きりの時間を・・・!)

ようやく、この世の春を迎えたあやか。
パア〜ッとだらしなく表情が緩んで行くが

「ごめん雪広さん」
「・・・?」

去り際に勇磨から言われたことに、ハッと我に返る。
さらに、驚かされる内容だったから、なおさらだった。

質問に答えた礼なら、さっき言われたと思ったが?
意図を計りかねるあやかへ、勇磨は続けて言った。

「なんだかお邪魔だったみたいで。これで終わりにするから。じゃね」
「・・・・・・」

断りきれなくて。ごゆっくり〜、と言い残して、勇磨は召使いに従って部屋から出て行った。
衝撃の渦中にあるあやかを残して。

(まま、まさか、お気付きになられて・・・?)

ずっと睨み続けていたことを、気付いていたというのか。
さらに、自分の真意にまで、気付いていたというのか。

あれだけ露骨に睨んでいては、気付かれるのも当然だと言えるが・・・
あくまであやかは、ゲームに熱中していて気付いていないと思っていただけに、ショックは大きかった。
しかも、向こうから気遣わせるようなセリフを言わせてしまって・・・

(わわわ、私は、なんということを・・・)

ネギのことは確かに愛しい。愛しいが・・・
財閥の令嬢でもあり、淑女たる道を進む、歩もうとしている自分にとって、
これほど恥ずかしい、自己嫌悪に陥ることは無かった。

(・・・・・・・・・)

浮かれていた熱が、急速に冷めていく。
もちろん、今回のことでネギとどうこうだという野望も、すべて吹き飛んだ。

あるのは、後悔と、ただただ自分を恥じる思いのみ。

「・・・いいんちょさん?」
「は、はい?」

だから、最愛のネギから話しかけられても。

「なんだか顔色が悪いですよ。どこか、お身体の具合でも?」
「い、いいえ、なんでもありません」

つい先ほどまでの自分なら、飛び上がって喜んであろうことでも。
まるでそんな気になどなれないし、自己嫌悪が増すだけだった。

「そうですか? それならいいんですけど」
「ご心配をおかけしてしまって、申し訳ありません・・・」
「いいえー、なんでもないんならいいんですよー」
「・・・・・・」

ネギの笑顔も、今の自分には、かえって毒であるようだった。
まともに顔を見ることも出来ない。

「いいんちょさん。勇磨さんが行ってしまったんで、よろしければ、一緒にビリヤードやりませんか?」
「・・・そうですね、お相手いたしますわ」

それでも奮起し、笑みを見せて頷いた。
以前ならば、確実に湧いて出てきたであろう、やましい気持ちは、微塵も無い。

 

 

ネギとひと勝負終える。
結構ないい対決だった。

「さすがいいんちょさん。強いですね〜」
「ネギ先生も、お年のわりにはなかなかでしたわ」

やっているうちに、少しは心が晴れてくれた。
ネギの笑みにも、自然と返せるように戻っている。

「あ、そういえば」
「何か? ネギ先生」
「勇磨さん遅いですね」
「言われてみれば・・・」

2人で、脇に置かれている、立派な柱時計に目を移す。

詳しい時間までは覚えていないが、彼が出て行ってから、30分以上が経っている。
ただトイレに行っただけにしては、少し遅い。

「何かあったんでしょうか?」
「私ちょっと見てまいりますわ」
「それなら僕も一緒に・・・」
「いいえ。ネギ先生はここでお待ちください」

ネギも部外者である。

もしかしたら、と思い浮かぶ可能性があるあやかにとっては。
また、お客様であるネギにそんなことはさせられないと、承知できることではなかった。
そしてなにより、今はネギと顔を合わせることが辛い。

ネギを置いて、部屋を出るあやか。

「ふぅ・・・」

自分の不甲斐なさに、少々、鬱になりつつ。

「まさか、迷子、ということはありませんわよね・・・?」

案内も付けたし、そこまでだとはとても思えないのだが。
なぜだか気になってしまい、足早に、直近のトイレへ向かった。

 

 

 

 

その、心配された勇磨であるが。

「・・・・・・ここどこ?」

ものの見事に、道に迷っていた。

大金持ちのお屋敷とは、どうしてこうなのだろうと。
前後左右、同じような内観、景色ばかりで、いま自分がどこにいるのか、
どうやって来たのか、まるでわからなくなってしまったのだ。

「うぅ、少しの間くらい、待っててくれてもよかったのに・・・」

トイレに着いて、用を足したまでは良かった。
満足感に浸りながら出てみると、そこにはすでに、案内してくれた人がいなかったのだ。

おそらくは、用を足している間、近くで待たれているのは嫌だろうと考えたのだろうが・・・

「もっとちゃんと覚えておけばよかった・・・」

帰りもまた案内されるだろうと思い込んで、来た道を覚えようとはしなかった。
結果として、戻る道すらわからずに、見当違いの場所へと迷い込んでいる。

説明するまでも無かろうが、この勇磨という男。
方向感覚というものは身に着けていない。

「どっちに行けば戻れるんだ・・・」

普通の家ではまずお目にかかれない十字路を前にして、途方に暮れる。
どうしてこんなに広いんだと、叫びたくなる。

「ええいちくしょう! こうなったら勘で行ってやる!」

それが1番危ないというのに、選んでしまう。
適当に角を曲がり、階段を上り下りし、廊下を進んで・・・

「・・・・・・ますます迷った」

行き着く先は、ドツボである。

「だーもうっ!」

頭を掻き毟る勇磨。
こうなってはもう、恥ずかしいが、誰かに尋ねてみるしかあるまい。

ただ、視界に収まる中に、誰もいないのが欠点だ。

「・・・仕方ない」

もうなんでもこい。
失礼は承知で部屋の扉を開け、中に人がいたらめっけもの。

「すいませーん・・・?」

とりあえず手近にあった扉を開け、中を覗いてみた。
大きな部屋だが、誰もいない。次。

「もしもーし・・・?」

やはり誰もいない。
こうして、次々に扉を開けていった結果。

「誰かいませんかぁ・・・? おや?」

ある部屋へと行き着いた。
この部屋、他の部屋と、明らかに趣が違う。

なぜなら・・・

「・・・・・・子供部屋か?」

床に散乱している、幼い男児向けだと思われる玩具の数々。
壁に貼られた、昔の特撮ヒーローもののポスター。その他、諸々。

勇磨がそう思ってしまうのも、当然だという状況証拠がたくさんあった。

「ごめんお邪魔した・・・って、待てよ? 確か・・・」

そうだとすれば、ただ無断で踏み込んだに過ぎない。
さっさと退散しようとしたのだが、あることが引っかかって、考え込んでしまう。

「雪広さん、お姉さんはいるって言ってたけど、弟さんがいるなんて言ってたっけ・・・?」

あやかは、雪広財閥の次女。つまり姉がいる。
しかし、弟がいるとは聞いたことが無い。

「でも、ここは明らかに、男の子の部屋だよなあ・・・」

この矛盾はなんだろう?
親戚の子を預かっていたりするのだろうか?

「う〜ん・・・」

唸っていると。

「・・・!」

背後から迫ってくる足音に気付いた。
そのあるじは、瞬く間に迫ってきて。

「どなたですの!? ここには入るなと、あれほど・・・!」
「雪広さん?」
「!! み、御門、さん・・・」

鬼の形相をしたあやかが飛び込んできて。
勇磨の姿を認めると、途端に、表情を曇らせてしまった。

 

 

 

 

「どこに行ってしまわれたんですの?」

勇磨を捜しに出たあやかも、困っていた。

トイレに行って声をかけてみたものの、返事は無く。
彼を案内していった召使いも、別の仕事に就いてしまったのか、捕まらなかった。

「まったく、あの方は・・・」

先ほどのことを思い出しつつ。
複雑な顔で、さらに捜す。

「・・・・・・あ」

と、ここで声を上げるあやか。
勇磨を見つけたわけではなかったが、前方にて、無視できないことを発見したからである。

「あの部屋は・・・」

とある部屋の扉が開いている。
それだけなら些細なことだが、彼女にしてみれば、とても重大なことだった。

あの部屋に無断で入るとは・・・
いやそもそも、立入を禁じてあるはずなのに、いったい誰だ。

「っ・・・」

だから、いくらかの怒りを覚えて、表情を険しくさせると。

「どなたですの!? ここには入るなと、あれほど・・・!」

つかつかと足早に近づいて、勢いに任せて飛び込んだ。
だがそんな勢いも、中にいた人物によって、霧散させられてしまう。

「み、御門さん・・・」
「あ、い、いやこれは、ええとね。その、勝手に入ったのは悪かったけど、理由があってね・・・」

扉を開け、室内に入っていたのは、捜していた勇磨だった。
しかし、見つかったという喜びよりも、この部屋を見られた、との思いが強い。

不法侵入だと思われないように、勇磨がしどろもどろに弁解しようとしているのを気にも留めず。

「・・・ご覧に、なりましたか?」
「道に迷って仕方なく・・・・・・って、え? 何を?」
「この部屋を、ですわ・・・」

顔を伏せ、低い声で尋ねる。

「あ、ああ、うん。そりゃあ・・・」
「そう、ですか・・・」

室内にいるのだから、見ていないというのに無理がある。
わかりきっているこことはいえ、あやかの落ち込みようは目に余った。

「あの・・・・・・やっぱり入っちゃいけない部屋だったのかな? 子供部屋みたいだけど・・・」
「・・・・・・・・・」
「うわわ、そ、その、今さら言ってもなんだけど、ご、ごめん!」

さすがに勇磨も気付いて、苦笑しながら尋ねるも、あやかは下を向いたまま沈黙。
これを肯定だと捉えた勇磨は、すごい勢いで頭を下げた。

「す、すぐに出て行くから!」
「・・・・・・わね」
「・・・へっ?」

もう遅いとはわかりつつも、部屋を後にしようとする勇磨。
しかし、あやかがポツリと呟いたことによって、足を止めてしまう。

「見られてしまった以上は、仕方ありませんわね・・・」
「雪広さん・・・」

振り返った勇磨が見たのは、諦めた色調の濃い、物悲しげな自嘲する笑顔。

これは、なにやら裏がある。
やはり立ち入っていい場所ではなかったのだと確信するが、何もかも、すでに手遅れだ。

「ここは、私の弟の部屋だったんですわ」

あやかは二歩三歩と歩き、1番近くに落ちていた車のオモチャの前にしゃがみ込むと、
オモチャを慈しむようにして、やさしく手を触れさせた。そのままゆっくり、前後に動かして見せる。

「弟さん? でも・・・、・・・!」

弟はいないのでは?
一瞬だけそう思ったが、あやかの言葉の中に隠された意味に気付いて、ハッとした。

「”だった”・・・?」
「ええ」

弟の部屋だった。過去形である。
つまり、今は違うということなのか?

勇磨の考えを補完するように頷いたあやかは、さらに淡々と語った。

「小さい頃に亡くなりました。部屋はそのままにしてありますけど」
「・・・・・・そうだったのか」

真実を聞かされて。
衝撃を受けるのと同時に、申し訳なさが込み上げてくる。

「本当に、ごめん。そんな部屋とは露知らず、勝手に入ったりして・・・」
「構いませんわ。なんにせよ、私のわがままから出た、いわば身から出たサビですから」
「・・・・・・」

どういう意味なのか。
現時点では判断がつかない。

「両親と姉は、いつまでも引きずるのは嫌だと言って、すぐに部屋を引き払おうとしたんですけど・・・
 私が強硬に、このままにしておこうと主張したんですわ」
「・・・どうしてか、訊いてもいい?」
「部屋まで綺麗にしてしまうと、本当に、弟を失ってしまうような気がして・・・」
「・・・・・・」

無理もなかろう。
当時はあやかも幼かったんだろうから、悲しみは相当のものがあったはずだ。

「私は、馬鹿な女なんですわ」

そう言って、立ち上がるあやか。
向こうを向いているので、背中しか見えない。

「死んだ弟のことを忘れられず、あろうことか、ネギ先生にその面影を重ねて見ていた、馬鹿な女ですわ」
「・・・・・・」

先ほどの勇磨とのやり取りで、あやかが気付いた、気付いてしまった思い、考え。
今となってはもう、後悔の塊でしかない。

(・・・それでか。雪広さんが妙に、ネギ先生をかわいがっているのは)

傍から見れば、異常とも思えたあやかの行動。
納得のことではあるにせよ、複雑な思いに囚われざるを得ない。

「これでは、死んだ弟に顔向けできませんし、ネギ先生にも失礼ですわよね」
「・・・・・・」
「本当に、馬鹿な女・・・」

相変わらず向こうを向いたままで、表情を窺い知ることは出来ない。
しかし、声が震えていることから察するに、泣いているのだろうか・・・

「・・・この際ですから」

が、あやかは感情をグッと堪えると、こちらに振り返りつつ言った。
その顔にはもう悲しみや寂しさは無く、代わりに、やはり諦めと無力感が滲み出ているようだ。

「弟のことは綺麗サッパリ忘れて、部屋も片してしまうのがいいかもしれませんね。
 彼も、自分のことでいつまでもくよくよしている姉の姿など、見たくはないでしょうし。
 ・・・決めましたわ。そうしましょう」

半ば、ヤケになって下したような決断。
そのような決断では、絶対に、あとから後悔することになってしまう。

「それでいいのか?」
「え・・・?」

だから勇磨は、念を押すようにして、真意を尋ねた。

「君は本当に、それでいいのか? 弟さんのことを、本当に忘れてしまっていいのか?」
「それは・・・・・・。だとしたら、どうするのがいいと仰るんですのっ!?」

痛いところを衝かれて、ヒステリックに叫び返すあやか。
勇磨はたじろぐどころか、笑顔すら浮かべて、答える。

「別にいいじゃないか、このままでも」
「え・・・」
「むしろ、忘れてしまうほうがかわいそうだよ。そう簡単に忘れられるとも思えないし」
「・・・・・・」

あやかは、お嬢様らしからぬ格好で、口をぽか〜んと開けて呆然としてしまっている。
まさか認められるとは、微塵も思っていなかったのだろう。

「いいじゃないか、それでもいいじゃないか。
 君がそう思っている限り、弟さんは君の心の中で生きていられる。
 忘れてしまっては、本当にこの世との繋がりが失われて、彼が生きていた証さえ消えてしまう。
 それじゃあ、あまりにかわいそうじゃないか。ね?」

「・・・・・・・・・」

呆然としたまま、勇磨の声を聞いていたあやかは。

「そんな風に言われたのは、初めてですわ・・・」

と一言。

肉親には、先ほど言っていたように、いつまでも悲しむなと言われ。
密かに弟を思い続けて、弟の面影のある少年を溺愛すれば、ショタコンだと馬鹿にされる。

こうまできっぱりと肯定してもらったのは、初めてかもしれない。

「弟思いの良いお姉さんなんだね」

そんなあやかに、勇磨はにっこりと笑みを向けて。

「幼くして亡くなったのは確かに不幸だけど、亡くなってもなお、
 そこまで思われているのは、幸せだよ。きっとそう思ってるんじゃないかな、弟さんも」
「そんな・・・・・・。もっと、優しくしていれば良かったですわ。
 あんなことになるなんて、少しも思わなくて・・・」
「いいや」

ひとつふたつ、勇気付けるように、頷いて。

「優しいお姉ちゃんだったって、言ってるよ」
「そんな気休め・・・」
「気休めじゃないさ。この部屋に満ちている彼の残留思念が、そう言ってるよ」
「ざんりゅう・・・・・・しねん・・・・・・?」

言葉としての意味はなんとなくわかるが、聞き慣れない単語である。
あやかは首をかしげた。

「ああ、えっとね」

すると勇磨は、幾分かためらって、言いにくそうに説明する。

「実は俺、霊感があってね」
「れいかん、とは・・・・・・あの、幽霊が見えたりするとかの、あれ・・・?」
「そうそう。まあ、信じてもらえないかもしれないけど」
「・・・・・・」

そんなこと、いきなり言われても・・・状態である。
真偽はさて置き、勇磨の話は続く。

「さっきまでは気付かなかったんだけど、大好きなお姉ちゃんがやってきて、想いが活性化したのかな。
 優しくしてくれてありがとうって、言ってるよ」
「・・・・・・」
「あくまで残留思念。幽霊やおばけじゃないから安心して。
 このお屋敷や周囲にも気配は感じられないから、彼はきっと天に昇って、成仏したんだと思うよ」
「・・・・・・そう・・・ですか」

眉唾物のこんな話を、とりあえずは聞いていたあやか。
どのような判断を下すのかは、彼女の自由だ。

「信じられる?」
「ええ、信じます」
「本当に?」
「ウソをついているようには見えませんもの」

彼女は、信じた。

「それにあなたが、ウソをついて相手の反応を楽しむ、なんて方には見えませんから」
「ありがとう」
「お礼を言うのは私のほうですわ」

そして、笑みを見せる。

「私、なんだか吹っ切れました。ありがとうございます」
「いやいや、俺は何もしてないよ」

お互いに微笑んで、笑い合う。
と、あやかの表情が、不意に不思議そうになって。

「私、兄は本当におりませんが・・・」
「うん?」
「兄がいたら、このような感じなのでしょうか・・・。
 なんだか、優しくて頼もしいお兄様が出来たような感じですわ」
「ははは、そう。ありがと」

君よりは確実に年上だからね、とは言えない。
とはいえ、うれしいことに変わりは無い。

「じゃあ俺のこと、『お兄様』とでも呼んでみる?」

だからふざけ半分で、こんなことを言ってみたのだが。

「環もいるから、区別が付けづらいだろうしね。・・・なんて」
「そうですわね。じゃあ、構いませんか?」
「OKOK。・・・って、なんですとっ!?」

全然予想だにしない、了解の返事。
度肝を抜かれた。

「お兄様。・・・・・・なんだか恥ずかしいですけど、しっくりきますわ」
「そ、そう・・・・・・アハハハハ・・・・・・」

冗談だったのに。
自分から言った以上、引っ込みがつかない状況になってしまった。

(なんか俺、また墓穴を掘ったような気がする・・・)

彼の墓穴は、いったい何個あるのだろう?

 

 

 

 

一方その頃、1人残されたネギは・・・

「いいんちょさんも遅いなあ。何かあったのかなあ?
 よし僕も捜しに・・・・・・でもここにいるように言われたし、僕が迷っちゃうかもしれないし。
 う〜〜〜〜〜ん・・・・・・」

大いに悩んでいたという。

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

<あとがき>

なんかこんな話、アニメ版にもあったような気がするが、気にしない。
・・・すいませんウソです。参考にしたのは間違いないです。

とはいえ確認はしてませんから、おかしなところがあったとしても、笑ってスルーしてください。(マテ)
雪広邸にビリヤードがあるのか知りませんし、ネギがビリヤードできるかもわかりません。

さてさて、あやかも堕ちる!?
あはは、ハーレム街道まっしぐらですよ!!(爆)

 

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