魔 法先生ネギま!

〜ある兄妹の乱入〜

29時間目 「楽しい部活見学 運動部編」

 

 

 

 

 

 

修学旅行も終わり、舞い戻ってきた勉学の日々。
そんなある日の放課後である。

いつもながらに、クラスの面々がワイワイやっていると

「勇磨殿、環殿」
「ん?」

帰り支度を進めていた御門兄妹へ、話しかける人物がいた。
口調でお分かりだろうが、楓である。

「長瀬さん?」
「あい♪」
「僕たちもいるぞー♪」
「いますです」

楓のみでなく、鳴滝姉妹も一緒だ。
何か用だろうか?

「どうしたの?」
「何か御用でしょうか?」
「たいしたことではござらんが、お二人はもう、麻帆良での生活には慣れたでござるかな?」
「ああ、うん、だいぶね」
「2週間ほど経ちますし」
「それはそれは、重畳でござるな」

楓は普段どおりの糸目で、何を考えているのかよくわからない。
この質問の意図はなんだろう?

「お二人は、どこか、部活に入る気は無いのでござるか?」
「部活? そうだな、特には考えてなかったなぁ」
「そもそも、どのような部活があるのかということ自体、よくわかりませんしね」
「ふむ、なるほど」

納得したように頷く楓。
いや、相変わらず表情は読めないが、絶対に何かを企・・・考えているに違いない。

「な、僕の言ったとおりだっただろ?」
「はい。さすがお姉ちゃんです」

にひひ、きしし、とそれぞれ笑っている鳴滝姉妹の反応が、その良い証拠である。

「あの、それで?」
「よろしければでござるが、案内いたそうか?」
「案内って、部活を?」
「あい。環殿がよくわからないと申されたので、知ってもらおうと思うでござるよ」
「麻帆良学園は、部活が盛んだからね」
「たっくさんあるのですよ〜」

ありがたい申し出ではある。
なにやら怪しい気配もするが、せっかくの好意を無碍にするわけにもいかない。

「どうする環?」
「・・・まあ、今日は何もありませんし」

勇磨はとりあえず、妹に諮ってみた。
環は少し考えるものの。

「今のところは、部活に入るつもりはありませんけど、見学くらいなら」

と、応じる姿勢を見せる。
勇磨も頷いて。

「じゃあ、よろしくお願いするよ」
「あいあい♪」
「任せといてー!」
「大船に乗ったつもりでいてくださいです〜」

そういうわけで、今日の放課後は、部活見学とあいなった。

 

 

 

 

「ではまずは、運動系のクラブから見て回ることにいたすかな」

楓がこう言ったことで、外へと出てきた5人。
途中、勇磨は疑問に思ったことを尋ねてみた。

「そういえば、さっき、鳴滝さん・・・・・・えっと、どっちだっけ?」
「僕が風香だよ。お姉さんなのだ!」
「私が、妹の史伽です」
「ああ、ごめん」

いまだ、クラス全員の顔と名前が一致していない。
鳴滝姉妹は双子なので、特に厄介だった。

「史伽ちゃん・・・のほうだったかな。さっき、部活はたくさんあるって言ってたよね?」
「はい、言いましたけど」
「具体的には、どれぐらいあるの?」
「えっと・・・」
「かえで姉、いくつだったっけ?」

正確な数までは把握していなかったか。
困ったように、楓に救いを求める鳴滝姉妹。

「確か、運動系が21、文科系が160、だったでござるかな」
「ひゃくろくじゅ・・・・・・そんなに?」

文科系クラブの多さは、半端でない。
この数には、さすがに驚かされた。

「あい。中には少人数の、怪しいクラブとかもあったりするのでござるが。
 同好会まで含めると、その数は把握しきれんでござる」
「はあ、すごいな」

まあ、麻帆良学園自体が超巨大な学校だ。
規模が半端ではないので、それくらいあっても不思議ではないのかもしれない。

「・・・・・・」

一方で、無言の環。

(そんなに親しいわけではないのに、いきなり”ちゃん付け”ですか・・・)

兄が史伽をちゃん付けで呼んだことを、快く思っていない様子。
そういう性格だとわかってはいるものの、ついつい出てしまうため息。

「さて、着いたでござるよ」
「ここは?」
「グラウンドですね」

最初に案内されたのは、何の変哲も無いグラウンドだった。
いくつかの運動系クラブが活動しているが、目に付くのは、サッカーだろうか。

「男子中等部のサッカー部には、亜子殿がマネージャーとして所属しているでござる」
「へえ」
「その肝心の和泉さんは・・・・・・おや? 姿が見えませんね」

サッカー部自体は活動中のようだが、亜子が見当たらない。
いや、いなかったからどうこうではないのだが、挨拶くらいはしておくべきだろう。

「あれぇ、おっかしーなー」
「いつも、ボード片手に練習を見ているんですけど」

鳴滝姉妹もキョロキョロ。
すると・・・

「あれ、長瀬さんに風香史伽、それに御門君たちやん」
「え?」

捜し人は、背後から現れた。

「どしたん?」
「長瀬さんたちが案内してくれるっていうからね。部活見学中」
「あ・・・・・・そ、そうなんや・・・・・」

亜子は、そう尋ねたまでは良かったものの。
勇磨が答えて視線を向けられた途端、しどろもどろになってしまう。

「それより、亜子こそどうしたんだよー」
「いつもはすぐ側にいるのに、どこに行っていたんですか?」

が、続けて鳴滝姉妹が質問したことで、パニック状態は回避する。

「あ、えと・・・・・・ちょっと顧問の先生と話してて」
「ふーん」

それならば仕方あるまい。
四六時中、近くにいるというわけでもないだろう。

「え、えと・・・」

亜子は、チラチラと勇磨と環の様子を窺いながら、こんなふうに言う。

「け、見学ならいつでもOKやから! ゆゆ、ゆっくり見ていって!」
「ああ、うん。ありがとう」
「助かります」

何か、いつも慌て気味だと思うのは気のせいだろうか。
”あわあわ”キャラ?

「おーい和泉〜、ボールとってくれー!」

そこへ転がってくるサッカーボール。
練習中の流れ玉が、ちょうど転がってきてしまったようだ。

「あ、うん。今とる〜」

サッカー部員も亜子の姿を認めたのだろう。
彼女にそうお願いするが・・・

ボールは、ちょうど勇磨の足元へ。

「・・・・・・・・・」

「あ、御門君、ボール――」

それなりの勢いで転がってきたボール。
勇磨は、亜子の言葉を聞く前に

「よっ」

ボールの勢いを見事に殺し、右足でダイレクトに、ぽーんと真上に蹴り上げる。

「と、はっ、あらよっと」

勇磨はそのまま、両足の足先と膝を使って、ボールを見事にコントロールした。
経験者顔負けのリフティングである。

「・・・・・・」

言葉も出ない亜子。
そんな中、数秒間、ボールと戯れた勇磨は満足して。

「いくぞ〜。それっ」

部員がいる方向へ向けて、大きく蹴り出した。
ボールは見事、亜子と同様に呆気に取られていた部員の胸へ。

30メートルほどの距離を、ピンポイントなパス。

「うむ」

満足そうに頷く勇磨。
一方で、亜子は・・・

「す・・・・・すごい」

ようやく、声を出せるようになった。

「御門君、サッカーやってたの!?」
「いや、やってたってほどじゃないけどね」
「サ、サッカー部に入らへん!?」
「え?」

思わず勧誘する。

その後、勇磨の足技に感心した部員たちも集まってきて、ちょっとした騒動になった。

 

 

 

 

グラウンドを後にし、次なる目的地へと向かう一行。

「それにしても意外でござったなぁ」
「うんうん!」
「御門君って、サッカー上手だったんですね〜」

口々に勇磨を褒める楓や鳴滝姉妹。
勇磨は照れまくりだ。

「それほどでも。本格的にやったわけじゃないし、休み時間に友達とやったくらいで」
「それであんだけ上手いの? うわすごすぎ〜!」
「はは、風香ちゃん、褒めすぎだって」

苦笑しつつも、うれしそうな勇磨。
褒められて悪い気はしない。

「・・・・・・」

傍らで、依然無言の環。

(またしてもちゃん付けを・・・。それに、和泉さんも・・・・・・)

亜子の反応も、なんだか怪しい。
環のセンサーは、これでもかというくらいに警鐘を鳴らしている。

(要注意です・・・)

警戒リストに載せる名前が、またひとつ増えたようだ。

「兄さんは、体育実技だけは、ずっと”5”でしたからっ」
「うわ環!?」

つかつかと勇磨の前に歩み出た環。
何を思ったか、そのまましゃがみ込んでしまう。

「ああ、こんなに汚して」
「ちょ、ちょっと?」

ハンカチを取り出して、勇磨のズボンを払う。

「膝までお使いになるから、ズボンが汚れてしまったじゃないですか」
「す、すまん」

土のグラウンドなので、ボールが汚れていた。
膝でリフティングした際に、ズボンに移ってしまったのか。

「調子に乗って、つい」
「まったく。はい、綺麗になりました」
「あ、ありがと」

汚れを払ってくれたことには感謝だが。
道の真っ只中なので、恥ずかしいことこの上ない。

「なかなか甲斐甲斐しいでござるな、環殿」
「こうでもしないと、兄さんはだらしなさすぎますから」
「おやおや」

「も、もういいだろ。次へ行こう、次に!」

見ていた楓がこう言って、環は得意げに、満足そうに笑みを零す。
勇磨は真っ赤になり、こう言い残してさっさと先へ行ってしまった。

クスクス笑いながら、あとを追う4人だった。

 

 

 

 

次なる場所は、体育館。

「今度は何?」
「見てのお楽しみでござるよ♪」

そう言って笑う楓に案内され、入った先では。

「ぶっ・・・」

思わず吹き出す勇磨。
それもそのはずで、健全な男子にとっては、目に毒な光景が広がっていたのだ。

数人の女子が、レオタード姿で、華麗に舞っていたのだから。

「あっ、長瀬さんに、ふーちゃんふみちゃん!」

ちょうど休憩時間になって、1人がこちらに気付き、駆け寄ってくる。

「御門君と御門さんも!」
「お邪魔するでござるよ」
「ううん、全然構わないよ! なに、どうしたの?」

おわかりだろう。まき絵である。

「勇磨殿と環殿のご案内でござる」
「部活見学なのだ〜」
「あ、そうか。御門君たち、転校生だったもんね」

見学と聞いて、納得するまき絵。
視線を勇磨たちへ移す。

「御門君御門さん! 私の演技、どうだったどうだった?」
「いや、その・・・・・・よ、良かったんじゃないかな・・・?」
「詳しいことはわかりませんけど、綺麗でしたよ」
「よかったありがと〜!」

飛び跳ねて喜ぶまき絵。

(目のやり場に困る・・・)

苦笑しながら目を逸らす勇磨。
非常に、よろしくない。

なんといってもレオタード。
足は丸出しなのだ。

そのうち、練習再開の声がかかって。

「また来てね〜!」

まき絵はこう言いながら、練習に戻っていった。

(来られるか!)

勇磨、心の叫び。
彼らも、次の場所へと移ろうかというとき。

「お、珍しい人み〜っけ!」
「え?」

かけられた声と共に振り向くと

「明石さんだ」
「ゆーなでいい、って言ったでしょー」

裕奈が、体育館の向こうから駆けてくるところだった。
格好はジャージ姿。

「ここに来てくれたってことは、御門さん、バスケ部に入る気になってくれたの?」
「いえ、そういうわけではなくてですね」
「な〜んだ、そっか〜」

なるほど。バスケ部もここでの活動なのか。
勘違いした裕奈は、環から説明されてがっかりするものの。

「じゃ、思う存分見てってよ」

快く受け入れてくれた。

「・・・とはいうものの、弱小もいいところでね、うちのクラブは。
 退屈かもしれないけどさ。それに、私以外はまだ誰も来てないしねー」
「そうなんだ」

見回してみるが、裕奈の言うとおり、彼女以外にバスケ部員らしき人間は見当たらない。

「弱いからこそ、日頃の練習は大事だと思うのですが」
「あはは、耳が痛いな〜」

環の言葉に、裕奈は苦笑する。

「まあ、半分お遊びみたいなものだし、許してよ〜」
「はあ」
「せっかくだし、少しやってく?」

との提案に従って、御門兄妹も、少しボールを触ってみることにする。
バウンドさせると、ダンダンと音が響いた。

「バスケットボールに触るのも久しぶりだな〜」
「体育の授業でやったくらいですしね」

「では、バスケ部員たるところをお見せしましょーか!」

はりきっちゃうよー、と裕奈は言って。
足を前後にステップさせながら、その間にボールを通すという技を続けて見せる。

「もういっちょ!」

いくつか技を見せて、最後に、ボールを指先で回す。

「お〜」
「ま、これくらいはね。御門君たちも、好きにしちゃっていいよ。
 どーせ誰もいないんだから」
「じゃ、お言葉に甘えて」

裕奈がそう言うので、勇磨はゴールの前に歩いていって。
スリーポイントラインからのフリースローを試みる。

「てい。・・・ありゃ、はずれ」

一応、それらしい格好で投げてはみたものの。
ガコッ、という音がして、ボールはリングに弾かれて転がっていってしまった。

「私もやってみましょう」

そんな兄の姿に触発されて、珍しく、環も追随する。
環はラインに立つと、2度3度とボールをバウンドさせて。

「・・・・・・」

ポーズを取って、無言のまま、ボールを放った。
綺麗な放物線を描くボール・・・

スパンっ

ボールは小気味いい音を立てて、リングに接触することなく、直接ゴールインした。

「お〜」
「すごいです!」
「お見事」

「・・・偶然ですよ」

見ていたギャラリー、鳴滝姉妹や楓から、感嘆の声が上がる。
拍手までされてしまい、照れくさそうにそう言う環だ。

「うわちゃ〜、そう来るかぁ」

そして、もちろん裕奈も。

「御門さん! あなたやっぱり、バスケやるべきだよっ!」
「そ、そうは言われましても・・・」

再燃する勧誘熱。
これを振り払うのに、けっこう時間がかかった。

 

 

 

 

「お次は、ここでござる♪」

楓に案内されて入る、とある建物。

(なんかまた、嫌な予感がするんだけどな・・・)

直感的に何かを悟る勇磨。
雰囲気というか、匂いというか・・・

そして、予感は見事に的中する。

「プールじゃないか!」

多くの水をたたえた、長方形の水溜り。
麻帆良学園ご自慢の、温水プールである。

「何か気に障ることでも?」
「気に障るって・・・・・・プールといったら・・・・・・」

「・・・あれ? 長瀬さん?」
「おお、アキラ殿」

「・・・!」

彼女の声にドキッとする勇磨。
プールといえば水着である。

「鳴滝さんに、御門さんに・・・・・・、っ!」

現れた水着姿のアキラは、訪問者の姿を順に確かめて。
最後に勇磨を見たところで、それまでとは明らかに違う反応。

「あー・・・」

そんな反応をされると、勇磨のほうも対応に困る。
かくして、両者は視線を合わせることが無い。

「アキラ殿、そんなに恥ずかしがることも」
「そうだよー。今さらじゃんかー」
「男子部員もいますし、大会とかじゃ、いろいろな人に見られるはずですー」

「そ、そうだけど・・・・・・」

楓たちからこう言われても、アキラは顔を赤くするばかりで。

「あの・・・・・・迷惑みたいだし、ここは早く・・・・・・」

空気を読んだ勇磨が申し出る。
確かに、改まって男に水着姿を見られるというのは恥ずかしいだろうし、練習の邪魔だろう。

「ご、ごめん、邪魔したね。じゃあ俺たちはこれで・・・」
「ま、待って」
「え・・・」

早々に立ち去ろうとするのだが、意外にも、引き止められた。

「今、長瀬さんから聞いた・・・部活見学だって。見学なら・・・・・・自由だから」
「い、いいの?」
「・・・・・・」

無言でコクリと頷くアキラ。
顔は赤いものの、許してくれた、との解釈でいいのだろうか。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えまして・・・」
「・・・・・・」

引き続き、両者の空気はぎこちないものの。
そう言われて帰るのもなんなので、見学させてもらうことにする。

「せっかくだし、ゆーまも泳いだら?」
「えっ」
「わー、勇磨さん泳ぐんですか?」
「い、いや・・・」

唐突に風香が言い出したこと。
史伽も乗ってしまい、困惑する勇磨。

「今日のところは見学でしょ? それに、水着なんて持ってないし・・・」
「1日体験入部!」
「いや、あの・・・・・・仮にそうだとしても、水着は?」
「うーん、ハダカ?」
「なれるか!!」

本気でツッコむ勇磨である。

「レンタルでよければ・・・・・・あるけど」
「あるのか!?」

ところが、アキラはこんなことも言う。
どこのレジャー施設だ。

「いや、でも、サイズとか・・・」
「一通りはあるから・・・・・・大丈夫だと思う」
「ソ、ソウデスカ」

驚きのあまり、片言になってしまう。
一般開放でもしているのか、このプールは。

「諦めるでござるよ、勇磨殿。それとも何か?
 先ほどからの様子から推察するに、勇磨殿は泳げないでござるか?」
「泳げるって!」

楓からは挑発的な発現。
もうヤケである。

「わかったよ、泳げばいいんだろ泳げば・・・」

水着へと着替え、いざ入水。

「お、ほんとにあったかい」
「そうでもないと、こんな時期には水に入れないよ」
「ま、そりゃそうか」

アキラも一緒に水に入って、しばし水に慣れることに終始する。
見学者が来たということで、部の正規の練習はフリーになったようだ。

「うーん。久々に水に入ったけど、気持ちいいものなんだな」
「うん。水の中は気持ちいいよ。・・・フフ、御門君、クラゲみたい」

勇磨は上を向いて、顔だけを水面に出している状態なため、そんなふうに言って笑うアキラ。
少しは打ち解けてくれたようだ。

「なんだか良い雰囲気ではござらんか?」
「あのアキラがねー」
「いいことなんじゃないでしょうか」
「・・・・・・・・・」

プールサイドから見守っている面々。
なんとなく退屈そうな雰囲気。環は無表情。

「あー、つまらーん!」

ついに風香が爆発した。

「ゆーま、アキラ! 2人で競争して!」

またもや唐突な発言。
おもしろそうだと楓や史伽も同意して、なし崩し的に、そういうことになってしまう。

スタート位置に着く勇磨とアキラ。

「うぅ、勝てるわけが無い・・・」

始まる前から、スタート台の勇磨は超弱気。
アキラが水泳部のエースで、将来を嘱望されていると聞かされたからだ。

対する自分は、体力には自信があるものの、泳ぎは素人である。

「その・・・・・・やっぱりハンデつけようか? 私は飛び込みしないとか・・・」
「いーや!」

心配そうにアキラが言うも、こればっかりは、と勇磨も断る。

「俺も男なので。意地を貫かせてくれい」
「う、うん」

「では僭越ながら、合図は拙者が」

楓が2人の横に立つ。

「掛け声の後、手を鳴らしたらスタートでござる」
「了解」
「うん」

勝負は1往復の100メートル。

「よーい・・・」

パンッ

楓の合図で、2人は同時に飛び込んだ。

 

 

 

 

「うぅ・・・」

制服に着替えなおした勇磨。
疲れきった声が上がる。

「やっぱり勝てなかったか・・・」

当然の如く、勝負はアキラの勝利で終わった。
しかし、思いのほか勇磨が肉薄したため、周囲に驚きをもたらしたのである。

お遊びの勝負とはいえども、男女差があるといえども、あの大河内と競った相手。
居合わせた水泳部員やコーチ、あろうことかアキラ本人からにさえ、入部しないかと誘われたのだ。

「そりゃそうですよ。素人が勝てるわけが無いじゃないですか」
「そうだよな・・・。ああ、疲れた・・・」
「水泳は全身運動ですからね。というか兄さん、あの程度で情けない」
「無茶言うな・・・」

こんな会話を交わす御門兄妹の横で。

「負けちゃったけど、ゆーま、すごかったね!」
「そうですね。大健闘です」

いい勝負だったことで、鳴滝姉妹も興奮気味。

「それに、すごい身体だったし」
「腹筋、割れてましたよ」

鍛えていることは鍛えているので、と話が聞こえた勇磨は、心中で考える。

「さて次は、どこへ参ろうかな?」

そんな中で、楓は1人でう〜んと、次の見学先を考えているようだ。
相変わらずの糸目だが、なにやら楽しそうである。

そんなとき・・・

「あっ、いたいた!」

不意に、聞き覚えのある声が。
彼女たちは一行の姿を認めると、一目散に走ってくる。

人数は3人。
ここまでは、知り合いを見つけたとしても、なんら不自然な点は無い。

しかし、彼女たちの格好が問題だった。

「御門君たち、見つけた〜!」

「いっ?」
「な、なんですかあなたたち、その格好は!」

「なにって、チアガールだよ。まほらチアリーディング出動!」

「はあ?」

彼女たちはそう答えた。
見覚えのある顔。クラスメイトの、美砂、まどか、桜子の3人である。

いずれも、ひと目でわかるチアガールの衣装を着込み、両手にはポンポンを持つ。

「そ、それで、俺たちに何か用?」
「あ、そうそう。これは応援しなきゃ、って思ってさ!」
「は?」

呆気に取られながら尋ねると、そんな答えが返ってきた。

オウエン?
何か、励まされなければいけないような状況、だったろうか?

「いや、御門君たちがさ」

中央に陣取る美砂、彼女の言い分はこうだ。

「各部活を回って、道場破りを繰り返してるって聞いたものだから〜」
「はい?」

ドウジョウヤブリ?
なんだそれはいったい。

「サッカー部では、部員たちの目の前で、挑発的に華麗なリフティングを決め・・・」
「バスケ部では、フリースロー対決に勝って、ただでさえ少ない自信をさらに喪失させ・・・」
「水泳部では、絶対的なエースを同条件で打ち負かしたんだよね!」

「ど、どこからそんな話に・・・」
「ただ、見学して回っているだけなのですが・・・」

一部、事実も混じってはいるが、圧倒的にウソのほうが多い。
そもそも、なぜ道場破りだなどという話になったのだろうか。

「私たち、まほらチアリーディングとしては、これは応援せずにはいられない!」
「クラスメイトのよしみだしね!」
「応援しちゃうよ〜!」

「いや、だから・・・」

「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー御門!」
「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー勇磨!」
「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー環!」

「・・・・・・・・・」

誤解もロクに解けぬまま、彼女たちは、往来のど真ん中でポンポンを振り回し。
息の合ったダンスを披露。

「それじゃ、がんばってね〜!」

それで満足したのか、続けてポンポンと振りながら、走り去っていった。
残された一同はポカ〜ン。唖然とするしかない。

「な、なんだったんだ・・・」
「一陣の嵐・・・」

 

 

 

 

チアガール3人の襲撃の後、やってきたのは馬苑。

「あら、御門さんがたじゃありませんか」

乗馬服を優雅に着こなした、いいんちょことあやか。
颯爽と出迎えてくれる。

「こんなところに参られるとは、どうかしましたか?」
「実は、長瀬さんたちに連れられてね。部活を見学して回ってるんだ」
「まあ、そうでしたか。それで我が馬術部にも?」
「うん、そういうこと」
「見せていただけます?」
「もちろんですわ」

快く受け入れてくれた。
しばらく、人馬が一体になって障害を飛び越える様子などを、柵の外から観察する。

「いかがでした?」
「いや、すごかったよ」

やがて、騎乗を終えたあやかがやってくる。

「雪広さんは本当に何でも出来るんだな。頭も良いし、運動も出来る」
「ま、まあ」
「おまけにクラスの委員長で、責任感の強いしっかりもの。すごいなあ」
「そ、そこまで仰られると、さすがにテレてしまいますわ♪」

いやん、と身体をくねらせるあやか。
テレながらも、うれしそうにしているのは言うまでも無い。

「そうだ。御門さんもやってみますか?」
「え? 俺も?」
「はい。体験乗馬という形で。いかがでしょう?」
「気持ちはうれしいけど、乗馬なんてしたことないし」

傍から見れば優雅に見える乗馬も、かなりの危険を伴う競技だ。
ひとたび落馬でもすれば、人の背丈あまりの高さから、地面に叩きつけられることになる。

少し腰が引けてしまうことも確かだった。

「大丈夫ですわ。何も、障害を飛べということではありませんし、私が先導しますから」
「うーん。じゃあ、ちょっとやってみようかな」
「はい。では、こちらですわ♪」

あやかに連れられて、馬場の中へと入る。
用意されたのは鹿毛の馬だった。

「おお、間近で見ると、やっぱり大きいな」
「そんなにビクビクしないでくださいませ。
 馬は賢く繊細な生き物ですから、乗り手の精神状態もよくわかってしまいます。
 かえってよくありませんわ」
「そ、そうなのか。よし・・・」

深呼吸して、気持ちを落ち着ける。

「それに、この子はここで1番の、おとなしい性格の子ですわ。大丈夫です」
「そう? じゃ・・・」
「鐙に足をかけて・・・・・・そう、そうです」
「よいしょ、っと」

あやかに手伝ってもらって、馬の背へ。
普段よりも、だいぶ高い場所から見下ろす景色は、爽快だった。

「おー、見晴らしがいい」
「でしょう? それでは、ゆっくり歩きますわね。
 手綱は持っていても構いませんが、私がこちらで引きますから、動かさないでくださいませ」
「うん、わかった」

馬の口に入れたハミから延ばした紐を持って、脇を歩くあやかが馬を先導。
ゆっくりと馬場の縁を歩く。

「どうですか?」
「なんだか心地いい震動だね。でも、おしりがちょっと痛い」
「それは、慣れていただくしかありませんわ」

苦笑するあやか。
馬に乗る以上は、避けては通れない道。

「なんだか悪いね。召使いに馬を引かせてるみたいで」
「いえいえ、構いませんわ」

馬場を1周。
もう少しで、スタート地点に戻ろうかというとき。

シュンッ!

「あ・・・」

あやかのすぐ目の前。
馬にとっても、鼻先すぐになるところを、1羽の鳥が横切っていった。

――これはまずい!

あやかはそう思って、鼻先を撫で、即座に馬をなだめようとする。

彼女が言ったとおり、馬はものすごく繊細な生き物だ。
なんでもない、ほんの些細な衝撃や音、刺激によって、とんでもなく興奮してしまうことがある。

不幸にも、今回も例外とはならなかった。

「大丈夫だから、落ち着い――きゃあっ!」

「ブルルルゥー!!」

馬はあやかを振り払い、あやかは弾き飛ばされてしまう。

「うおおっ!?」

馬上にいる勇磨も、暴れだした馬に翻弄される。
走り回って、後ろ足を蹴り上げたり、逆に立ち上がったり。

「そんな・・・」

上体を起こしたあやか。
呆然と、一瞬で暴れ馬となった様子を見つめる。

「驚いたにせよ、おとなしいあの子が、こんなに暴れるなんて・・・」

「あわわ、か、かえで姉ー!」
「たたた大変ですー!」
「兄さん!」
「これは一大事。しかし・・・」

外で見ていた4人も驚くが、手立てが無い。

「くっ! このっ・・・」

馬上の勇磨は、手綱を必死に握りながら、どうにか馬を御そうとしていた。
ドッタンバッタン衝撃の中で手綱を引き、停止させようと奮闘する。

「止まれ! 止まってくれよ!」

が、そう簡単に止められれば苦労しない。
馬を操る術などまったく知らないし、本当に打つ手無しか。

「・・・・・・げ!」

止まらないまま、馬は猛然と走り続け。
勇磨から悲鳴が上がったように、このまま真っ直ぐ進むと、柵に一直線だ。

柵にぶつかるとなると、馬も、もちろん勇磨も、ただでは済まないだろう。

「危ない!」
「御門さん!」

当事者以外からも、悲鳴が轟く中。

「ふんぬぅっ!!」

もはや激突寸前となるが。
勇磨は最後の力を振り絞って、思い切り手綱を引く。

「ヒヒーンッ!!」

「うわっ・・・」

その甲斐があったのか。
馬は柵の手前で急ブレーキ。

止まることには止まったが、大きく嘶いた馬は、前足を高々と上げて立ち上がった。

「うわ、うわ・・・」

後方へ投げ出されるような格好になった勇磨は。

「わーーーー!!」

さすがに支えきれず、そのまま、背中から落下した。

「御門さん!」
「兄さん!」

すぐさま駆け寄る一同。
皆が見守る中、勇磨は身体を起こす。

どうやら無事のようだ。

「イテテ・・・」
「だ、大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」
「だ、大丈夫・・・・・・痛いけど」

背中から落ちたが、馬場のウッドチップがクッションとなり、幸い大事には至らなかった。
しかし、責任を感じたあやかは、土下座をする勢いで頭を下げる。

「もも、申し訳ありません! 私がついていながら、こんなことに!」
「いや、今のは不測の事態・・・・・・イテテ。大丈夫、怒ってなんかいないから」
「で、ですが! そ、そうですわ。急いで救急車を・・・!」
「ああっ、大丈夫だから!」

携帯を取り出して、119番しようとするあやかを押し留めて。
本当に背中を打っただけだし、いざとなれば、環にヒーリングしてもらえばいいだけだ。

「で、ではせめて、保健室に・・・」
「大丈夫大丈夫。俺、身体は丈夫だからさ。ほら」
「ああ・・・・・本当に申し訳ありません・・・・・・」

出来れば、大事にはしたくない。
責任問題になれば、勝手に素人を乗せた、あやかの責任も追求されるのだろう。

それだけは避けたかった。

「雪広さんこそ怪我は無い? 飛ばされてたでしょ?」
「あ、はい。私はなんとも・・・」
「そっか、良かった。はい、この件はこれでおしまい。
 俺は楽しく乗馬を体験して、無事に終えました。以上、OK?」
「わ、わかりました」

なおも、あやかは何か言いたそうだったが。
強引に話を終わらせる。

「まあ、楽しかったよ。ありがとう」
「いえ、そんな・・・」

勇磨から笑いかけられて、パッと目を逸らすあやか。
が、直後、視線を戻すと、こんなことを言い出した。

「御門さん。乗馬、本当に始めてみる気はありません?」
「へ?」

彼女の言う限りでは、素質があるらしい。

「最後には落馬したとはいえ、馬を停止させ、それまででも周囲に被害を出していません。
 お見事な手綱捌きでしたわ」
「そ、そう」

確かにあやかの言うとおり、勇磨が必死にがんばったおかげで、馬場にも各施設にも、
もちろん馬や勇磨自身にも、なんら被害は出なかった。

あやか曰く、それはすべて、勇磨の才能なのだという。

「本格的にやり始めれば、御門さんなら、オリンピックも夢ではありませんわ!」
「うそーん」

 

 

かくして、本日の運動系の部活見学では。
行く先々で、本気で本当に勧誘されるという、奇妙な現象を巻き起こしたのだった。

 

 

 

 

30時間目へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

<あとがき>

バトル展開になるとお呼びのかからない、出番の怪しいクラスメイトたちとの交流、
イン部活見学。

今回は運動系へ行ってきました。何気に、今までで最大容量更新・・・
というか、無駄に好感度を上げただけのような気がする。ハーレム化へ邁進か?(爆)

次回は、文科系編かな?

 

以下、Web拍手返信です。
拍手していただいている皆様、本当にありがとうございます!

>楽しく読ませていただきました。続きを楽しみにしています。

楽しく読んでいただけることが何よりなので、うれしい限り。
今後も、行けるところまで突っ走ろうと思います♪

 



感想


今回は部活編だそうだ。

そうですか、楽しそうですね。

でも、今回も出番はありませんでしたね。

私は次回出番がほぼ確定していますが、マスターはどこか部活に入っていましたか?

……ちっ。

まぁ、私はどこの部活にも入ってはいないが囲碁部と茶道部には入り浸っているぞ。

はぁ……枯れた趣味ですね、外見は若いのですから もう少し何とかならないのですか?

ぐは!?

いつも思うが、お前本当にロボットか!?


はい、正真正銘ロボットですが?

皮肉が日に日に上手くなっていくような気がするのは気のせいか?

それは、私の性能が優秀であると受け取っていただ ければ。

学習機能は完備されておりますので。


一緒に皮肉機能でもついているんじゃないか?

そうでしょうか?

しかし、次回は囲碁部や茶道部にも来るのでしょうかね?

……。

うぅ、マイナー部だという自覚はあるが……どうなのだろう?

正直パスされそうで怖いな(汗)

この調子で出番がなくなると、このか様がヒロイン になる確率が高くなりそうです。

もちろん、環様は邪魔をするでしょうが。

うぅ……本当に出番が無い事ばかり嘆いている気がする(汗)



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