高町家の夕食の時間帯はいつもだったら賑やかだ、時折喧嘩も起こりそうになるが、それはすぐさま沈下して仲良くなり、楽しくにぎやかに過ごす。

しかしそんな高町家の夕食は今では静寂しか保っていない……。

ただただカチャカチャという音をたてたり、租借する音しか聞こえない。

全員は息が詰まりそうだった、今でもこの原因を引き起こしている人物に注意を促したいが、それは不可能だ。

それはなぜか……相手が悪いのだ、そう注意を促す相手が――。

「……」

高町家の準最強とも言える相手、高町 雪奈なのだから。

しかも彼女の身体から怒りのオーラのようなものを感じる上に、そのオーラがやけに冷たい……というか寒気を覚える。

(お、おい、カメ。 なんとかしろよ)

(む、無茶言うなや、あの雪奈さんやで、おサル)

二人の少女、城島(じょうじま)(あきら)と、(ふぉん)蓮飛(れんふぇい)――高町家や親しい人らにはレンと呼ばれている――はコソコソと喋る。

普段は些細なことで喧嘩をしてしまうほど仲が悪い二人だが、この状況のまま喧嘩なんかしてしまえば、雪奈に殺されてしまう……。

(ちっ、役にたたねぇな!)

(それはあんたもやろ! 人のせいにすんなや!)

(んだとぉ!?)

(あぁ!?)

二人の小声ながらの口喧嘩はますますヒートアップしていきそうと思いきや。

それを聞き取ったのか、雪奈はギロッと二人を睨みつけて一言。

「うるさい、黙れ」

『ごめんなさい!』

雪奈の言葉でそれはいっきにクールダウンし、二人はすぐさま謝罪とともに頭を下げる。

……反論なんかしたら殺されてしまう。

「よろしい。 恭也(バカ)、醤油とって」

「……あぁ」

謝罪を聞いた雪奈はすぐさま許しの言葉を出すとともに、醤油を取れという促しと共に恭也を罵倒する。

恭也は雪奈の言葉に反論することなく、雪奈の言われたとおりのままに醤油瓶を手渡す。

「お、お姉ちゃん、お兄ちゃんにバカって言っちゃ――」

「いいのよ、なのは。 そいつがバカなのは事実だし、妹の後をつけるような変態なんだから」

「で、でも、それは月村さんの暴走で――」

「美由希、そいつに甘えは無用よ」

恭也を助けようとするなのはと美由希の言葉もむなしく撃沈。

恭也はというと変態扱いされたことで、落ち込む……。

まあ、忍に無理矢理連れられたといえども、勝手に後を追った挙句、雪奈の挙動不審を忍と一緒に覗き見をしていたのだから仕方ないといえば仕方がないのだが……。

そして更に、落ち込んでいる恭也にさらなる口撃が襲い掛かる。

「雪奈の言うとおりだから、二人とも恭也を庇わなくてもいいわよ」

「そうだね、女の子の後をつけるっていう最低行為をしたんだから」

雪奈の言葉に便乗するかのように恭也を攻め立てるのは、高町家最強の母親である高町(たかまち)桃子(ももこ)とフィアッセであった――二人とも口元だけは笑顔でニコニコと、しかし目だけは恭也を睨んでいた――一人は純粋な怒りと若干な軽蔑、もう一人は前者と同じような思いと女としての軽い嫉妬を込めて。

「……」

……最早恭也には味方はいない、あるのはただの純粋な悪意と怒りだけである。

――まぁ、自業自得しか他ならないのだが。








本郷家のリビングにて――。

「うん、おいしい」

心は呑気に、有名な揚げ物店のコロッケとメンチを食べていた。 高町家は今悲惨なことになってるにとは裏腹に、こちらはほんわかとしている。

「皮もサクサクしてていい具合だし、中もちゃんとジャガイモの味が出てるし……文句はないね」

料理評論家のように言いながら、心は最後の一欠けらと一緒に白米とともに口の中に収めると、一転し、笑顔が消えた。

(結局見つからなかったな)

心が思い浮かべたのは自分に『ショッカー、月村家』と言い残したあの男の姿。

スコーピオンを倒した後、心はもう一度あの男を捜し求めたが、結局は見つかることがなかった。

海鳴駅から二つ離れた駅まで歩いていったというのに、無駄足となったことで、男に対して軽い八つ当たり苛立ちを覚えた。

しかし、そのおかげでおいしいコロッケを買うことが出来たことがせめてもの救いだと思おう……。

(いや、コロッケの件は閑話休題(おいといて)

自らノリツッコミをした後は次なる問題――スコーピオンはどうして海鳴にいたのだということを考える。

自分を追ってきたのは分かる、しかしなぜこの海鳴市にいるということまで分かったのだろうか。

ある人物たちが情報を管理してくれてはいる。だが、もし漏れたとしても自分が海鳴にいると言う情報までは可能性は少ないはず。

だったらどうやって自分の居場所を特定できた、どうしてここにいることがわかった。

様々な疑問を浮かべては違うと否定するということを続け、十分経つと――。

「はぁ」

ため息をつくことで考えるのをやめた。 謎は大きいが、情報が少なく、動きたくても動けないこの現状ではなにも出来ない。

悔しい思いはあるが、とりあえずは気分一新させようと思い、心は隣に畳んでいたバスタオルを片手に、風呂場へと向かった。

* * * * *

海鳴市ホテル・ベイシティの客室の一室に、三人の男女が豪勢な食事を取っていた。

互いに何も喋ろうとしないし見ようともしない、そんな状況が長く続いていたが、一人の女性が口を開いた。

「そういえば、坊や曰くスコーピオンの反応がなくなったらしいわよ」

「ほう、一体なぜだ――と聞かなくてもいいか」

「あら気にならないの?」

黒髪のロングヘアーの女性はワイングラスの中身を揺らしながら、無表情で黙々と食べる金髪の男性に尋ねる。

男性はつまらなそうに「ふん」と鼻を鳴らして、素っ気なく答える。

「この町で改造人間の反応を消させる存在などあの男以外ないだろうが。 聞くまでもない」

「ふふっ、そうね。 愚問だったわ、許して」

女性はクィッとワインを飲み干すと、ダンッと大きな音を立てながら荒々しく皿を置いたのはもう一……赤髪の女性だ。

彼女の表情は怒りの表情に染まっていた。

「クソが! 何勝手にやっていやがるんだ、あの野郎め!」

女性は怒りに身を任せるかのように、食べ終えた皿を力強くぎりぎりと握り締めると同時に、ガシャンとあっけない音と共に皿が木っ端微塵に砕けた。

「クソ、クソ! 勝手に抜け駆けしやがって、殺してやる殺してやる!」

女性は何度も砕け散った皿を拳で叩きつける――所々に皿の欠片が突き刺さっていくのだが、そこから血が流れることはない。

机に叩きつけられていく欠片たちは無残に粉々になっていく。

最早粉々となってしまった皿を彼女は見えていない……ただ自分の怒りをぶつけるために叩き続けている。

テーブルからビキッビキッという軋む音に所々に罅が入っていくのを見て、黒髪の女性はおもむろにため息を吐いた。

「あのクソ野郎が、蛆虫が、能無しがっ!」

最早この世にいないスコーピオンに恨み言を募らせながら、テーブルを叩き続ける女性だが。

「やめろ」

拳を掌で受け止める音と男性の声によって、声と音は止まった。

女性の暴走を止めたのは金髪の男性、しかし暴走を止めたのは女性のためではない。

「それ以上やるな。 テーブルが壊れるうえにうるさい」

この女性が別に怪我をするのも、手が使えなくなろうがどうでもいい――寧ろ後者のほうが都合いいが――しかし、ホテルにいる以上は器物損害は勘弁してほしいために、そしてこれ以上声を聞きたくないがために、止めたに過ぎない。

「あぁ!? あたしに命令する気か、こらっ!?」

「命令ではない、ただの注意だ。 貴様の脳みそはそれすら分からんのか?」

男性のはんっと嘲るような笑みと、小ばかにするような態度。

たったそれだけの動作で、

「てめぇ!!」

怒り浸透中の女性の堪忍袋は切れた。

女性は怒りに任せて力強く握り締めた拳で男性に殴りかかろうとするが。

「遅いな」

それよりも早く男性の掌底が女性の顎に入り脳みそを揺らした。
女性の「がぁ……っ!」とうめき声を無視し、男性は女性の腕をつかみ、部屋にあるダブルベットに投げ捨てた。

「お見事ね」

「ふん、褒めても何も出んぞ」

「あら、それだけじゃないわ。 女の子を床に叩き付けなかったこともよ、優しいわね」

「いや、別に床でも良かったのだがな」と言葉に出さず、男性は心の中でつぶやく。

しかし、床に叩きつけたりとをすれば下の階にいる客の迷惑にもなるし、これ以上壊したくない――無駄に金もかかるわけだし。

赤髪の女性の無駄な遊びに付き合ってしまったせいで疲労を感じてきた男性は、もう寝ようと思い、先ほど投げ飛ばしたダブルベットの元に歩み寄ろうと足を一歩動かすと、黒髪の女性は男性の腕に巻き付いてきた。

「……なんだ?」

「もう、分かってるくせに」

先ほどの光景――赤髪の女性が投げ飛ばされたり、掌底を食らったりなどを見たせいか、興奮状態に陥っている黒髪の女性に男性は思わず顔を顰める。

そういえば、この黒髪の女性はそういう嗜好の持ち主であったことをすっかりと忘れてた。

はぁっと軽いため息をした後、男は頭を振るわせながらも答える。

「……いいだろう」

先ほどの無駄な運動はゴメンだが、こっちの運動は歓迎だ。

男は溜め息をつきながらも、これから行う宴に頬をにやつかせるのを耐えながら、女性と共にベットへと歩み始めた。

* * * * *

次の日である土曜日の早朝五時半、誰もいない海鳴公園にて、風を切る音が聞こえる。

ビュッ、シュッ、ブォンっと拳や蹴りなどで風を切る音があたりに響く。

「すぅぅ……」

そして息を吸う音が一瞬だけ聞こえると同時に。

「ゃぁ!」

ブォンと大きな風を切る音があたりに響いた。

そして数瞬後にサァアと風が靡くと、正拳突きの構えをしたままの心はゆっくりと右腕を引き戻した。

「ふぅ……」

心は一息ついて、首に巻いていたタオルで垂れ流れる汗を拭く。

身体中にまとわりつく汗をシャワーで今すぐ洗い流したいという欲求が生まれたが、あともう少しとそれを振り払い再び構えようとしたら。

パチパチパチと拍手が聞こえた。

どうやら集中しすぎたせいで、近くに人がいることも、その人気配を感じることが出来なかった心は驚きの色を隠せずに振り向いて見ると。

「お見事」

「赤星くん……いつから?」

タンクトップ姿の、若干汗を掻いている赤星勇吾の姿があった。
心は構えようとした両腕を下ろし、赤星は心の隣に立った。

「いや、ずいぶん前に――二度目のシャドーボクシングを行ったときからかな」

「それはずいぶんと見てくれたね」

二度目の格闘技と言えば、今から二十分前のことだ。

普段なら気配に気づくはずなのにどうやら自分はずいぶんと集中したようだ。

「赤星君はどうしてここに?」

「あぁ、俺はたまたまランニングしていたんだ、そしたら本郷さんがここでシャドーボクシングしていたってわけさ」

成る程と心は納得して、タオルで汗が溜まった頭を拭いていく。

「もうこれで終わりなのか?」

「ううん、もうちょっとやるよ」

心は両手の骨を鳴らし、両腕をそっと前方に構えようとしたとき。

『グー』

空腹を訴える音が鳴った。

自然と鳴り響いた音に視線を向けるのは人間というもので、赤星はつい顔を動かす――無論この誰もいない公園で、かつ鳴り響いていない自分以外の人間、心のほうへと。

「……今日はもうやめるよ」

心は恥ずかしかったのか頬を赤く染め、両手を払いながら、その場を去ろうと一歩踏み出す。

そんな心の姿をなんだか申し訳ないなと思い罰が悪そうな顔をし、頭を掻く赤星

と赤星はなにかを思いついたのか、心を呼び止めた。

「なに、赤星くん?」

心は頬を紅く染めながら赤星を見る――よっぽど恥ずかしかったのか、両手で腹部を隠している心に思わず苦笑しながら、片手をプラプラと振るう。

「いや、もしよければなんですけど、朝食一緒に食べません? 恥ずかしい思いをさせちまった謝罪として」

「え、あ、いや。 君のせいじゃないんだし」

「いいから、いいから。 さっ、案内しますよ」

赤星は戸惑う心の肩を掴み、彼を押し始める。

「あ、赤星くん……っちょ、ちょっと〜」

辺り一面にワタワタと手を動かしながらも戸惑う本郷心の情けない声が響いた。



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