「はぁ……」

あれからどのくらい走ったのだろうか。

既に午後七時を廻っていて、心が気が付いたときは海鳴市の埠頭第一倉庫に辿り着いていた。

無我夢中で走ったとはいえ、まさか家から遠く離れた埠頭に辿り着くとは……思わずため息をついてしまう。

「……はぁ」

もう一度ため息をつく。

しかしそれは埠頭に辿り着いたことではなく、自分自身の情けなさに厭きれたことだ。

「なんであんなことを言ったんだろうな」

先ほど桃子に言ってしまった言葉、どうしてポツリとあんなことを言ってしまったのだろうか。

いくら母親の味を食べたからって、久々に家族の暖かさというのに触れたからって、桃子に対して言うべきことではなかったことだ。

「ははっ、俺ってここまで情けなかったかな。 今までは平気だったのに」

心は思わず顔を両掌で覆い、俯かせる。

「あ〜もう、どうしたらいいんだろ……」

ここに来てまだ数日……無くなったはずのショッカーの生き残りと戦うわ、高町家に関わって暖かさを思い出してしまうわ、なんだか色々とめんどくさくなってしまった。

前者のショッカーならばまだ大丈夫だ、ただ戦えばそれでいい。

だが後者の高町家――彼らとどう付き合えばいいのだろうか、別に個人相手ならば普段通りだ。 しかし、ああいう家族ぐるみでの付き合いはどうすればいいのか分からない……。

「……叫んで、少しは気を紛らせようかな」

それで本当に紛れるかどうか分からない、だが以前そうすればいいと教えてくれた先輩――しかし、戦闘面や改造歴は自分のほうが上だが――がそう言っていた。

「ははっ、修一は本当に叫んでやったのかな?」

先輩に教わったことを実行しようと、息を大きく吸い込むと。

「あら、本郷くん?」

「ぶっ!? げほっ、ごほ、がは!」

「だ、大丈夫!?」

突然自分を呼ぶ声に思わず驚いてしまい、心が吸い込んだ空気が変なところに入ってしまい、咳き込んでしまう。

そんな心に驚きながらも彼女は背中を摩りだしてくれた。

ようやく落ち着いて来たので、一体誰が自分に声をかけたのだろうと振り向くと。

「あ……雪奈さん」

「ごめんなさい、タイミングが悪かったわね」

「いや、俺が勝手に驚いちゃっただけだから、気にしないで」

流石に叫ぶ気が無くなってしまい、一息ついた心は海を見つめるが。

「そういえば、どうして雪奈さんはここに? というかどうやってここに?」

「ここに来たのは気分ね、何か海の香りと見たくなった。 それだけかしら。 母さんのスクーター借りてね」

「雪奈さんって、免許持ってたんだ……意外だな」

「ふふっ、わたしは本郷くんがバイクを使っている事に意外だと思ってるけど」

「俺の場合はやむを得なかったから仕方なく……かな。 でも今は好きだよ」

心は過去の経験を思い出し、苦笑いをしながらそう答える。

改造されて戦うため兼足となって必要になったのが、バイク。 ただそれだけ。

しかし、サイクロン号を走らせる度に風を切る音や風の流れを体に感じる度、
バイクを使うことが好きになっていった。

「もしよければ、今度乗ってみる?」

「えぇ、もちろ…………っ!」

「ど、どうしたの!?」

サイクロン号をちらっと見つめた後、突然雪奈の表情が真っ赤に染まったことに驚きを隠せない心。

一体なにがどうしてしまったんだろうか。

「な、なな、なんでもないわっ! 大丈夫だから、えぇ! 本当に!」

「そ、そう? それならいいんだけど……」

(バ、バイクの後頭部座席に座るってことは、体が密着しちゃう……! だ、駄目! む、無理よっ!)

雪奈の心の中では乙女感情爆発のようで、真っ赤になった顔元に戻そうとしているのか両手で押さえる。

そんな雪奈の姿に心は心配そうに見つめるだけだった……。




「あ、もう大丈夫?」

「えぇ、心配かけてごめんなさい」

五分後ようやく熱が引いたのか、雪奈の頬は通常に戻った。

さっきまで真っ赤になっていた人間がどこにいったのやら……。

「それでどうしたの?」

「え……」

「さっきのことよ。 海を見つめながら、なんだか悩んでいた様子だったから」

どうやら先ほどの姿を見られていたようだ……心は困ったように口元を緩む。

「ちょっと、ね。 自分の情けなさに嫌気をさしただけさ」

「嫌気? どうして……」

「今まで耐えられていた物がさ、ちょっとしたことで揺るいじゃって。 慣れてない環境だからかな、揺らいでしまった自分が情けない」

心は自分に対する愚痴る。
ああ云う家族ぐるみの対応が本当に解らない……今までずっと一人ぼっちで戦ってきたようなものだから。

もし彼等と触れあっていくたびに自分は……弱くなってしまうのではないか。
彼等の前で『仮面ライダー』になれなくなってしまうのではないか。

「別にいいじゃない。人っていつまでも硬い殻を持っているわけじゃないわ。 何れその殻を壊さなきゃならない、いつかは人に見せなきゃいけない」

「……」

彼女の言うとおりだ、いずれは殻を破り、本当の姿を見せなければならない。

それはわかっている、心は何度その殻を破り、人々に見せてきた――しかし結果はわかりきっていたことだ、彼らは心に対して『怯え』を覚えていた。

「それじゃあ、その殻を見せたあとは?」

「え」

心は雪奈の答えに反論する、その答えに納得がいかないかのように。
また心は雪奈の言葉に苛立ちを覚えた。

その答えが正しいかのように言い放った雪奈に。

「その殻の中身を見て! もし中身が人では解決できないものだったらどうするんだよ!? 自分で殻を壊して、見せられた人には無理ですと答えられたら、それで終了か!?」

先ほどの自分に対する情けなさや弱さを彼女にぶつけている、彼女に関係ないはずなのに、心は雪奈の答えにイラついた。

八つ当たり……それは心にだって分かっていることだ。

「……っ!」

雪奈の舌打ちが聞こえたと同時に、心の頬に強烈な痛みが奔った。

「落ち着きなさい、まだ答えは終わってないわ」

「っ答えなら分かってる! どうせ皆で力を合わせてなんとかしよう」

「聞きなさい!」

心が怒鳴るような叫びを、雪奈がまるで母親が叱咤するかのように掻き消した。

「……もしあなたのいうように無理だっていう状況になったら」

「……」

「わたしは諦めずに頑固までに付き纏うわ」

「は?」

雪奈の答えに思わず心は茫然とした声でそう答えてしまった。

心の今の心境でいうならこうだろう……『なんだそりゃ』だ。

「わたしはね、『無理』というのが大嫌いなの。わたしにとって『無理』ということは逃げ出すということと同じなのよ。 その人がどんな嫌がったとしても、頑固までに付き纏って、解決するまでは絶対にやめない――たとえ他人がどんなにわたしを罵倒しようが、説得しようがね」

「…………」

空いた口が塞がらないというのはこのことだろうか――彼女の言葉は、目は、身体はしっかりと心自身に向けられていない。

目の光には己の欲や闇に汚れていない――間違いなくこれは真実だと、心はしっかりと感じられた。

「えぇっと、つまり、君はストーカーの如くしつこく付き纏ってでもその人を助け出すっていうこと?」

「嫌な例だけど、まぁそれと同じね。 その行為を実は何度もやってみたの、そしたらお人好しどころか、『納豆の雪ちゃん』っていう異名を付けられたわ。」

「ぶっ」

中々の渾名に心は思わず吹きかけてしまった。

『納豆の雪ちゃん』、目の前にいる美少女に対して失礼かもしれないが、先ほどの彼女のセリフでは『納豆』と言われてもどこかしっくり来てしまう。

『雪の女王』とは一体誰がつけたのだろうか、寧ろ『納豆の雪ちゃん』のほうが愛嬌があって可愛らしいものだ。

「……なによ?」

「ふふっ、ごめんごめん。 いやそうか、そうなのか」

「? どうしたのよ、本当に」

「ううん、君のおかげですっきりしたよ――それじゃあ期待しようかな」

本当に彼女が自分という存在を見て、ほかの人間のように怯えたりしないか――もしかしたらそうなってしまう可能性のほうが高いかもしれない、今までの経験上もそうだったから。

だけど、彼女の視線や言葉を信じていいかもしれない。

「! っ、それじゃあ、頑張らせていただくわ」

「……ほら早く帰ったほうがいいよ? 家族のみんな、心配しているから」

「えぇ、またね」

彼女はそう言うと、自分が置いたスクーターを取りに第一倉庫の裏側へ行くためか、第一倉庫の横の通路を通ろうとすると。

「! 雪奈さん!」

「きゃっ!」

突如、第一倉庫の屋根から紐状の鞭が彼女の首に巻きついてきた。

心は彼女のもとへ走りだし、手刀ですぐさま鞭を切り落とした。

「っ、来て!」

サイクロン号まで雪奈を引き連れ、彼女を後頭部座席に乗せると自分も乗り、すぐさま発進させた。

「っえぇい! 何何だ今日は!」

発進直後、三本の鞭が自分たちに襲いかかってきた!

サイクロン号のハンドルを左右に回し、左へ右へと三本の鞭を避ける。

鞭が再び雪奈に襲い掛かってきたが、心はその鞭の紐を掴み、屋根から引き摺り落とす。

だが、鞭の持ち主は空中で態勢を整えたあと、サイクロン号前に立ちふさがった。

その鞭の持ち主はメイド服を着た真っ白い短髪の女性、しかしその目に宿るべき光が見えずただ虚ろに、否、虚ろどころではなかった。

「ノエル!?」

雪奈が驚いたのか大声で彼女の名前らしきものを叫ぶが、目の前にいる彼女は全く反応しない。

何の感情もない、冷徹な目。
まるで水晶のように輝き、それゆえに人間味を全く感じさせない、人形のようだった。

「(改造人間か、いや違う!)」

そんな生易しいものじゃない。

彼らは洗脳されてたとはいえしっかりとした意思を、感情を持っていた。

しかし今目の前にいる彼女は違う!
人間としての何もかもが彼女からには感じられないのだ。

だが人間ではないことが分かった以上、心のやるべきことが決まった。

「でやぁ!」

ハンドルから右手を放し、思いっきり女性の顔面に拳を叩きつける。

サイクロン号のスピードと心の体重によって威力が倍増し、普通の人間ならば顔が潰れるくらいの威力が発揮される。

「づぅ……!」

瞬間、顔が潰れる音と何かが割れた音が聞こえた。
彼女は心の打撃を受けそのまま吹っ飛んでいったが、予想以上に彼女の顔が硬かった為、右手から血が流れる。

そしてサイクロン号を走らせて通り過ぎようとしたとき、倒れ伏した女性の顔が目に入った。

彼女の顔は剥がれおちて現したのは肉に覆われたものでなく、機械そのものだった。

「! 自動人形!?」

雪奈が驚きの声を上げ、また心は聞いたこともない言葉にまゆを顰める。

自動人形とは一体何か、だがそれよりもまずここから逃げるのが先決だ。






心と雪奈を乗せたサイクロン号は闇の中に潜っていき、屋根の上にいた二人――両方ともノエルという女性と同じ顔――はすぐさま後を追うため降りてきた。

「よせ、劣化品ども。 今はそんなことよりも倉庫の中身を片付けてトンズラするほうが先決だ」

しかし、そんな彼女らを留まるように命令を下した。

二人の背後からゆっくり現れたのはダークブラウンのスーツを着衣した――以前心が出会った男に命令を下した青年だった。

「さっさと行け」

二人は青年に頭を下げると、すぐさま倉庫へと向かった。

「やれやれ、あの男は運が良いのか悪いのか分からないな」

青年は苦笑しながら呟くと、ゆっくりと顔面が壊れてしまった自動人形へと歩み。

「まあ逃げられてしまった事はおれ達にとっては運が良いほうか。 計画が行われる前に潰れちゃ、劣化品の実験台にもならんし」

自動人形の首元に思い切り足で踏み壊した。

改造人間である心が痛みを感じるほど硬さを持った自動人形がである。

首がコロコロと転がるのを確認した彼は倉庫へと向かっていった。

「今度相手する二人と劣化品どもは少々キツイぜ、先輩」

せいぜい頑張ってくれよと青年はニヤリと笑って、第一倉庫に戻る。

*****

豪邸。

今目の前に建っているのは間違いなくそれだ。

日本で豪邸と呼べるような洋館を見せられ、心はポカーンという表情を形容している。

「えっと、雪奈さん。 どうしてここを案内してくれたの?」

「……さっき、あなたが殴ったロボットのことをここの住人は知っているの。 それはあなたも先日会った人よ」

西洋風の大きな閉ざされた正門の門柱につけられたインターフォンを雪奈は押した。

『はい、雪奈様。 今そちらに伺います』

インターフォンから聞こえてきたのは女性の声だった。 なぜ雪奈だと分かったのは、門にはインターフォントは別に小型のカメラがついているので、それで見抜いたのだろう。

待つこと数十秒、大きな西洋風の左右両方の門が開く。
扉の片方をあけて出てきたのは、メイドを体現したような姿をした女性だった。

「!?」

その顔はあのとき自分達を襲い掛かってきた自動人形とやらと同じ顔だった。

だが先ほどの自動人形との違いがあった。
それは瞳の中には光と意思が強く輝いていることだ。

「雪奈様、ご無事で何よりです」

「えぇ、本郷くんのお陰でね」

二人の会話を他所に心は考え始める、これからどうするべきかを。

(さてどうしようかな……)

恐らくあの第一倉庫はもう空になっているだろう、自分達を取り逃がしたことであのままにしておくことなど有り得ないのだから。

しかしだからと言って、家に戻るわけにもいかない、今は情報が欲しい。

となると……情報があるのはこの豪邸だけ。

しかし雪奈と違って、心はこの豪邸の住人とは関わりのない人間。
だがあのロボット――自動人形について知りたい。

改造人間とは違う、自動人形とは一体何なのか……もしかしたらこの豪邸に住まう住人は知っている可能性がある。

(だけど、どうやってそれを手にいれるかだ)

さてここで問題が起こる、どうやってこの豪邸に入るかどうか。

まさか侵入して情報を探すなんていう映画さながらのことなんてできるわけがない……どうするべきかと考えていると。

「それではご案内致します、雪奈様、本郷様」

「そうね、それでいい?」

「へっ? な、なにが?」

「もう聞いてなかったの? 当分の間、この月村家にお世話になるってことを」

…………考えている間、どうやら二人は心の悩みの種を一足早く解決していたようだ。

しかし、雪奈のお蔭でこの豪邸に入ることができたのだから、まぁよしとしようか。










――と思っていた時間がひどく懐かしく感じている心であった。

やはり、あの時無理にでも第一倉庫へと向かうべきだった。

たとえ情報がなくとも、もしかしたら何かしらの軽い情報があったかもしれない……。

さてここいらで現実逃避をやめよう……。

現在、心は豪邸――月村家の家におり、現在はリビングにいる。

そこには先日であった月村忍とメイドであるノエル、そして忍の叔母というさくら、そして雪奈もこのリビングにおり、無論自分もそこにいる――別にこれはいいだろう。

しかし、いったいどう転んだら、こんな状況になるのだろうか。




雪奈は忍の手で眠らされ、そしてその忍とさくらに睨まれ、ノエルという女性に首筋にブレードを添えられ挙句の果てにはそのノエルに手錠をかけられるだなんて……。

「……厄介なことになったなぁ」

そしてこうも思う――今日は厄日だと。




後書き

仮面ライダーとは厄日ばかりである(笑)



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