第5話



「いやぁ、父上から、未来の悠陽の魂がそなたに宿っていると聞いたときは、父上が痴呆症にかかったのではないかと真剣に心配したものだが、蓋を開けてみれば、そなたが未来からもたらした知識は素晴らしいものだな。悠陽」

 満面の笑みを浮かべながら、悠陽に語りかけるのは、悠陽の実の叔父、御剣閃電。御剣財閥総帥である。

「何を言うか、閃電。老いたりといえども、この煌武院雷電、未だ耄碌はしておらんぞ」

 同じく笑みを浮かべながら、閃電に切り返す雷電。二人とも既にアルコールがはいっている。しかも、合成ではなく、天然の日本酒。 もし悠陽が歴史を変えるのに失敗したら、やがて呑めなくなってしまう、新潟産である。

 三歳になったばかりの悠陽の前に並んでいる料理も、いずれも天然もの。ご飯は佐渡産コシヒカリ、お刺身は瀬戸内海産。長崎港に水揚げされたハモで出汁をとったお吸い物。デザートのみかんは愛媛産で、食後に出された八女茶は福岡の特産品。こちらも、かつては、BETAのせいで、二度と食べることができなくなったご馳走である。

 ここまで見事に統一されていると、祖父雷電の作為を疑わずにはいられない悠陽であった。もっと頑張らねば、これらの特産品を二度と食すことができなくなるぞ、と。

「超硬スチール合金、マグネット・コーティングの製品化に成功して一年が経つが、御剣金属と御剣化学の今年度の純利益は一挙に倍増した。特に、帝国軍と斯衛は、向こう二年間で全戦術機にマグネット・コーティングによる改造を施す計画で、生産が追いつかぬと御剣化学の社長が泣きついてきおったわ。超硬スチール合金も、帝国海軍の次期主要艦船の装甲に使用されることが決まった。技術廠も、撃震の装甲にこの合金を使用する改造案を検討中のようだ。御剣金属もこのままいくと生産が追いつかなくなるな」

 参った参った、と嬉しそうに笑う閃電。
 マクダエル・ドグラム、ノースアメリカーナ、ボーニングやユーロファイタス社など、世界中の軍事関連企業から打診が相次いでいる。
 そう語る閃電に、悠陽はハマーンに授けられた更なる一手を提案する。

「叔父上、マグネット・コーティングも超硬スチール合金も、御剣単独では、世界中の需用を満たすのに十分な量を供給することは難しいでしょう。であれば、各国の主要企業とライセンス契約を結び、ライセンス収入による利益拡大を目指すべきです。米国のデュポヌやUSAスチールは、かつての世界でG弾開発にも深く関与しておりましたので、米国について申し上げるならば、マグネット・コーティングはダウー・ケミカルと、超硬スチール合金はベトレフム・スチールと契約を結ぶのが宜しいかと」

 これがハマーンの策であった。
 すなわち、米国内でのG弾推進派企業の躍進を抑え込むために、彼らのライヴァル各社と提携して、これらの企業を強化すべきである、と。

 G弾開発は、米軍の研究施設が単独で行っているわけではない。幾つかの大企業がその開発及び製造に関与しているのである。当然のことながら、これらの企業はG弾運用を柱とする戦略ドクトリンに強い利害関係を有する。したがって、G弾戦略推進企業の米議会及び大統領府への影響力を少しでも削ぎ落とすために、彼らのライヴァルで、G弾使用に直接的利害を持たない企業の力を強めることは、日本の長期目標に合致するものであった。

「ふむ。そうすれば、米国内のG弾運用派の暴走を抑え込む一助となる、か。横浜にG弾を落とされては適わぬしな。あいわかった。そのように取り計らおう」

 そう言うや、すでに5合は飲んでいるというのに、まだ呑み足りないのか、女中に酒を頼む閃電。酒が届くのを待ちながら、冗談とも本気ともつかぬ表情で悠陽に語りかける。

「それにしても、そなた、よく米国のことまで考え合わせた上で、謀を巡らすものよな。前世では政威大将軍殿下であった、などと言うだけのことはある」

――前世の深き業を背負っているからこそでございますわ。叔父様。
 声に出さずに悠陽はつぶやく。かつて救いたくとも、救えなかったものたちに想いを馳せながら。今度こそ、皆の笑顔を取り戻して見せる。そう、想いを新たにしながら。特に、二度も辛い思いを味わわせてしまった最愛の妹の顔を思い浮かべながら。


「前世といえば……。お爺様。叔父様。この煌武院悠陽、お願いしたき儀がございます」
 決意を新たに、居ずまいを正して、雷電を正面から見据えながら、悠陽は切り出す。

「何だ。申してみよ」
 悠陽の只ならぬ決意を察してか、お猪口を膳に戻し、悠陽に応じる雷電。脇を見やれば、閃電も箸を置いている。

「されば、申し上げます。冥夜を我が妹として、煌武院家に迎え入れとうございます。我が一度目の生において、彼の者は想い人と別れ、一人地球から飛び去りました。終ぞ、わたくしと顔を会わせることなく。煌武院ゆかりの者と誰にも悟られることなく……。我が二度目の生においては、国粋主義青年将校蹶起の折、ついに冥夜と語り会う機会を得ました。しかしながら、彼の者は、人類の存亡を賭けた桜花作戦の際、『あ号標的』の傀儡となるをよしとせず、想い人によって撃たれることを望み、散りました。わたくしよりも、わずかばかり遅く生まれてきたばかりに、冥き夜などと名づけられた彼の者に。日陰を歩み続けざるを得なかった彼の者に。此度こそ日向を歩ませてやりとうございます。仕合せにしてやりとうございます」

 涙ながらに訴える悠陽を前に、雷電はしばし黙する。溢れ出んとする自らの激情を押さえ込もうとするかのように。閃電は唇を噛んで頭を垂れる。冥夜と顔を合わせる機会を持つ叔父にして養父でありながら、激務に追われるあまり、冥夜に十分に接してこなかった自分の行いを恥じるかのように。

「のう、悠陽」

 敢えて感情を消したかのような、奇妙に平坦な声で雷電は言葉を紡ぐ。

「わしが、今は亡きそなたの父が、そなたの母が。冥夜の処遇に反対しなかったと思うか。特に、そなたの母なぞ、胎の子が双子と知っても、自分の手元で育てると言ってきかなかったわ。だがのう。あのときは煌武院の分家どもが、隠居した老人どもが、因習にとらわれた愚か者どもが、騒ぎ立ておってな。あのまま双子と認知してしまっては、旧弊にしがみ付く他家の馬鹿者どもと一緒になって如何な狼藉を働くか見当もつかなかった。だから、はじめから娘一人しか生まれなかったことにせざるをえなかったのよ。おかげで、そなたら姉妹には辛い思いをさせてしまったなあ」

 一呼吸置いてから、自嘲気味に彼は続ける。

「栄えある殿下の斯衛だ、忠義に厚い侍だなんだと言っても、今の武家なぞ所詮その程度のものよ。そして……紅蓮と並ぶ戦術機戦闘の鬼才だなんだと煽てられておったが、わしの力ではあの愚物どもを黙らせることはできなかったのよ。五摂家が筆頭と言っても、実態はこのザマだ」

 酒で喉を湿らせて、雷電はなおも続ける。知っておるか、悠陽、息子をそなたの婿にしようと画策する分家の馬鹿者どもがどれほど暗躍しておるのかを、と。

 悠陽は応える。
 存じております。かつて政威大将軍として、帝都城におりましたゆえ、と。

 それでも、と彼女は続ける。

「それでも。必ずや冥夜を、我が妹として、煌武院冥夜として、世に知らしめてご覧に入れましょう。わたくしの行く手を遮ろうとする俗物どもは、必ずや黙らせてご覧に入れましょう。圧倒的な力によって、ひそやかな謀によって」

 そのために、御剣財閥をつよくしているのですから、と悠陽は語る。涙を拭い、鮮血滴る人喰い花のように艶やかに微笑みながら。 謳うように、呪うように。

「それは苦難の道ぞ」
 それでも往くのか、と念を押す雷電。

「ええ。その程度の苦難、乗り越えてみせなくて、どうして日本が救えましょうか。どうして政威大将軍の任を全うできましょうか」
 悠陽は毅然として応える。

「ならば、最早何も言わん」
 それに、と雷電は続ける。

「わしが冥夜のために何もしていないとでも思ったか。分家の馬鹿どもを一人づつ潰して、少しづつ風通しをよくしておるところよ。殿下も、斑鳩の隠居も、旧態依然とした愚物どもには心底うんざりしておるようでな。まぁ、見ておれ。そなたが将軍に就任するまでには、相当マシになっておるはずだ」

 重苦しい雰囲気を吹き飛ばそうとするかのように、わざと陽気な声を上げる雷電であった。

 夜も遅くなったということで、この会話を最後に、宴はお開きとなった。



――御爺様は、わたくしに知られぬよう、背後から手を回してくださっていたのですね。
 布団にもぐりこみながら、そう呟く悠陽。

 それに対して、言うべきかどうか一瞬迷った後、自らの疑念をハマーンは語る。
――おかしいとは思わないか、悠陽。あの雷電殿の語り方……。肝心の部分ははぐらかしているが、お前たちが生まれる前後に一騒動あったとしか思えない。特に、お前が生まれた直後に、お前の両親は交通事故で亡くなったというが、今日の話を聞いた上で改めて考えてみると、不審な点が多すぎる。

――ええ……。以前の生においても、薄々は感づいておりました。風通しをよくしたい、と御爺様はおっしゃっておりましたが、あるいはあれは……。
 頭まですっぽりと布団を被りながら、悠陽は静かに目を閉じる。

 実の両親が何らかの事件に巻き込まれて亡くなったのではないか、と示唆されてもなお、衝撃を受けつつも、どこか他人事のように彼女には感じられた。三度の生において一度も会ったことのない両親に対して、どのような感情を抱けばよいのか、彼女自身よくわかっていなかったのかもしれない。あるいは、今の彼女は、妹のことで一杯一杯で、それ以外のことを慮る余裕がなかったのかもしれない。

 祖父との対決で消耗したのか、三歳児に夜更かしは厳しすぎたのか。急速に意識が薄れ行くなか、兎も角今日はゆっくり休むがよい、というハマーンの声を悠陽は聞いた気がした。

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