第9話




―――1991年、帝都

「アメリカ内部のG弾運用派切り崩し工作も一段落したようであるが、そなたは日本の戦略方針をどう定めるつもりなのだ?近々、殿下ご臨席のもとで、帝国新国防方針策定のための御前会議が開催される予定だ。国防、城内、外務、通産、大蔵の大臣及び次官を招集しての大掛かりな会議となるだろう。わしのほうにも、国防省と城内省のほうから、色々と国防原案が回ってきておる。大体が朝鮮半島防衛を国防の最重要方針に掲げて、満洲近くまでBETAが侵出してきた場合、帝国軍を大陸に派遣して、BETAの更なる東進を食い止める、という方針だ。そなたはどう考える?」

 雷電は、悠陽にそう問いかける。斯衛の重鎮として、現役引退後もなお大きな影響力を持つ雷電のもとを、国防方針についての意見を求めて、多くの城内省や国防省の幹部が訪れているのである。

 それに対する悠陽の国防戦略は、雷電の予想をはるかに超えた大局的なものとなった。

「御爺様。帝国本土の対BETA防衛は、直接的な戦闘のみによって達成できるものではありません。ここはまず、長期防衛に何が必要かを改めて考えてみる必要があるでしょう。第一に、長期間の戦争継続に耐えうるだけの資源・燃料補給路を確保しておかねばなりません。米国一国のみにこれ以上依存するのは、国防方針としてはリスクが高すぎます。そこで、天然資源を潤沢に持つ東南アジア地域およびオーストラリアとの通商路を確保しておくことが重要となります。どうも帝国軍幹部は本土防衛に関してやや視野狭窄に陥っているようですが、わたくしとしては、帝国存続に死活的重要性を持つ地域として、東南アジア、特にマレー半島を挙げます。マレー半島が確保できれば、オーストラリアとの通商路も維持できますし、アフリカ大陸からの鉱物資源輸入販路も維持できます。とはいえ、朝鮮半島防衛のための中国戦線、東南アジア防衛のための南方戦線双方に帝国軍を投入するというのは、二正面戦略につながり好ましくはありません」

 そこで、と悠陽は続ける。東南アジアには最優先で技術及び兵器を提供すべきです、と。見返りとしては、彼らが持っている資源を分けてもらえれば十分です。このようにして、東南アジアへの影響力を強化しておけば、たとえアメリカ内部でのG弾運用派切り崩し工作が成功しなくても、国連における日本の地位を今よりもはるかに強化できる。さらに、米国への経済的依存も、かつての日本よりもはるかに低く抑えることができるだろう。これが悠陽の読みであった。

「ただし、東南アジア方面には帝国軍を原則派遣しないとはいっても、スワラージ作戦は別です。いずれ国連主導でボパール・ハイヴへの大規模攻略作戦が計画されることでしょうが、帝国もハイヴ突入部隊として精鋭を派遣すべきです。東南アジア諸国は、この作戦にかなりの規模の戦力を投入することになります。つまり、仮にこの作戦が失敗に終わると、東南アジア諸国軍は相当程度消耗することになり、以後のインド及び東南アジア防衛網が薄くなってしまいます。帝国の長期戦略目標からして、これは好ましいことではありません」

 そう。スワラージ作戦は、G弾反対派強化のためのみならず、帝国の資源輸入地域である東南アジアをできるかぎり長期に渡って維持するためにも必要であった。

「もう少し煮詰めた拡大戦略防衛構想を文書にしてお渡ししますので、これが御前会議で採択されるよう根回しをお願いしますね」
 にこやかに、そう語る悠陽であった。

「第二に、オーストラリアに外交攻勢をかけて、東南アジア防衛に彼らを引き摺りだすよう試みるべきです。あの国はどうも、BETAを対岸の火事として見ているようですが、インドネシアやパプアニューギニアが失陥した場合、オーストラリアは裸同然です。また、オーストラリアにはすでに大量の難民が押し寄せて政治問題化しているようですが、東南アジアが落ちた場合にオーストラリアに押し寄せる難民の量は現在の比ではありません。あの国は、南アフリカに次いで世界で二番目に人種差別が徹底しているところですから、白人国家維持のためには東南アジア防衛への参加が必要だ、と訴えるべきでしょう。オーストラリアも中々に強硬なG弾推進国ですが、G弾投入がいつ正式に決まるかわからない以上、G弾戦略への移行期にとるべき戦略を模索しているはずです。そこで、オーストラリアに、日本と連携してインド及び東南アジアの防衛網強化を支援するよう提案すべきです」

 一気にそう語る悠陽。

「たしかにな。東南アジアが落ちては、日本は兵糧攻めに遭うも同じだ。じわじわと資源がなくなり、一層米国の言うがままになってしまう……。わかった。各方面に働きかけてみよう」
 悠陽の戦略構想に、雷電は賛同を示す。

「ありがとうございます。恐らくは、通産省がこの提案に近い腹案を持っているかと思います。通産は、資源確保にピリピリしていますから」
 そう、準戦時体制下における経済運営のために、通産省幹部は日々苦闘していた。日本経済にとって重要であったソ連や中近東からの天然資源はすでに輸入できなくなっている。この上、インドと東南アジアが落ちたらジリ貧だというのが、彼らの見解であった。

「次に問題となるのが、中国大陸戦線です。こちらは、重慶と鉄原のハイヴ建設は何としても阻止したいところです。かつては、1998年夏に重慶ハイヴから押し寄せたBETAが西日本を食い荒らしたのですから。重慶までは、長江を利用して大型の貨物船で物資を補給することができますから、補給路という点からしても立地条件は悪くないはずです。恐らく、統一中華戦線も重慶を一大防衛拠点として要塞化するでしょう。統一中華戦線と一緒に国連に働きかけて、極東国連軍第12軍の基地を重慶に置くべきです。もし万一、重慶にハイヴが作られた場合は、フェイズ3の時点で統一中華戦線・極東国連軍・帝国軍合同で攻略作戦を展開する必要があります。本土防衛のためにはこれは絶対条件とお考えください」
 そう。かつてのBETA日本上陸の悪夢を防ぐためには、重慶ハイヴ建設は絶対阻止すべきであり、もし万が一ハイヴが建設されたとしても、早い段階で攻略しなければならない。放置した場合、最低でも九州は戦場になるのだから。

「次に、鉄原ハイヴについてですが、これは旅順基地を拠点にして、BETAの朝鮮半島侵入を防ぎます。これは、かつてもとられた戦略で、戦術核使用によりBETA東進を一時食い止めましたが、結局は朝鮮半島へのBETA侵入を食い止めることができませんでした。今回は新型や新技術導入により、かつてよりもうまく防衛戦を展開したいものです。ですが、仮に鉄原にハイヴを建設された場合、やはりフェイズ3までにハイヴを攻略することを第一目標とすべきでしょう」

 温くなったお茶を飲んで、喉を湿らす悠陽。

「何だ、こちらのほうは案外平凡な案だな。帝国軍が出してきた防衛構想にも近いぞ」
 もっと斬新な提案が飛び出してくるのではないか、と期待していた雷電は、肩透かしを食ったようにそう言う。

「ご期待に添えなくて申し訳ありません……。ですが、正直に申し上げてそれ以外に手立てがないのです。重慶以西には大型貨物船は入れませんから、重慶よりも内陸部に防衛拠点を作るのは難しいのです。あとは……そうですね。重慶か鉄原にハイヴが建設された場合に、早期にハイヴ攻略部隊を組織できるよう、大陸への過度の兵力派遣は慎むべきでしょう。……あ、もう一点。重慶の国連軍司令官には、我々の意を汲んでくれる帝国軍将官を派遣したいところです。統一中華戦線や国連には既に結構な貸しがありますし、それくらい何とかなるでしょう」

 人間相手なら策謀の余地もあるが、対BETA戦線そのものに関しては、戦略レベルで代案などそうそう出せるものではない。何せ、相手が物量による正面突破という王道戦略をとってくるのである。技術力向上によって、殲滅力を底上げするくらいしか打つ手がない悠陽であった。

 もっとも、ハマーンはもう少し辛辣な構想を練っていた。すなわち、敢えて鉄原と重慶にハイヴを建設させ、初期段階のハイヴを即座に攻略する、というものである。そう、ハイヴ建設予定地を帝国防衛のための緩衝地帯として設定するのである。そして、これらの地域にハイヴを建設するようBETAを誘導し、攻略が容易な初期段階でハイヴをその都度攻略する。これを繰り返すことによって、BETAの更なる東進を食い止める。一度ハイヴを攻略してしまえば、次に同じ場所にハイヴが建設されるまでには相当の時間的猶予があるはずであり、時間稼ぎにはもってこいだ、というのが彼女の考えである。少数によるハイヴ攻略に絶対的な自信を持つハマーンだからこそ立案しうる構想であった。

 当然ながら、こんな方針を大々的に発表できるはずはない。それゆえ、結果的にそうなるように誘導すればよい、というのがハマーンの考えであった。

 いずれにせよ、と悠陽は続ける。
「BETAの物量を見ればわかりますように、永遠に維持しうる防衛網というものは構築できません。したがって、これらの防衛構想は、オリジナル・ハイヴ攻略に必要なオルタネイティヴ4、新技術や新兵器開発のための時間稼ぎをすることを究極的な目標とするものです。ただ防衛しているだけでは、いずれ人類は死滅するしかないでしょう」

「ふむ……。帝国防衛、そなたの言を借りれば時間稼ぎということになるが、これについてのそなたの構想については了承した。御前会議で提案してみよう」
だが、と雷電は続ける。

「肝心のオリジナル・ハイヴ攻略の鍵を握るというオルタネイティヴ4が相変わらず曖昧なままだ。オリジナル・ハイヴ攻略のための決戦兵器開発については、何か具体案はあるのか?それなしでは、結局のところ、G弾投下阻止は困難だぞ」

「まずは、香月博士に賭けてみようと思います。かつてと比べて、彼女はかなり時間的に余裕があるはずです。何より、彼女は一度成功しているのです。今回も成功すると期待しております」

 それに、と悠陽は続ける。
「理化学研究所の報告によれば、BETAの皮膚表面に付着していた鉱石から、ヘリウム3が検出されました。恐らくは、ハイヴ壁面の鉱物がBETAの皮膚に付着したのだと思います。まだ確信は持てませんが、ハイヴを構成する鉱石にはヘリウム3が含まれていると推測されます。今までは、皮膚への付着物ではなく、皮膚そのものを分析しようとしていたため、見過ごされていたようですね」
 これがあれば、ミノフスキー粒子を精製できます、と嬉しそうに語る悠陽。勿論、MSの量産化など夢の夢であるが、うまくすれば、オリジナル・ハイヴ攻略のための少数精鋭部隊には、MSを配備することができるかもしれない。

「そのためにも、まずはスワラージ作戦成功です。結局、この作戦の成否が全ての鍵を握っているのです」
 そう述べて、深呼吸する悠陽。



 それから、決然と彼女は雷電に向かって宣言した。
「ですから、わたくしが日本のハイヴ突入部隊の指揮をとります」


 室温が一気に低下したように、悠陽には感じられた。


「……そなた、今なんと申した?」

 能面のような面持ちで、雷電は問いかける。まるで信じられないものでも見るかのように、悠陽を見つめながら。

「いやですわ、お爺さま。呆けるにはまだ早いですよ。わたくしが日本のハイヴ突入部隊の指揮をとる、と申し上げたのです」
清々しいくらいにこやかな笑みを浮かべながら、悠陽は言う。
 だって、わたくし以上の操縦技能を持った衛士はおりませんもの、と。そして、わたくし以上の部隊指揮能力を持った指揮官は帝国にはおりませんもの、と。

「うぬぼれるなよ、この小娘が!」
 大喝。あまりの声量に障子がカタカタと震える。

 しかし。悠陽は全く動揺することなく、言い返す。
「シミュレータでも、模擬戦でも構いません。はっきりとした証拠をお見せしますわ。……そうですね、今度斯衛の最精鋭一個中隊とわたくしとでやってみましょう。戦術機戦闘の何たるかを、お爺さまにお見せいたしますわ」

 そして、彼女は一礼して退出する。
 待て、まだ話は終わってない、と怒鳴る祖父を無視して。


 後に、多くの衛士に、幼女に対する激烈な恐怖心を植え付けることになった、伝説の模擬戦開始は、すぐそこまで迫っていた。



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