第15話



―――1993年初頭、煌武院家

「悠陽、これを見てみよ。参謀本部作戦部と情報部が共同で元枢府に提出した、『各国の対BETA戦線の現況とBETAの戦術的変化』という報告書だ。BETA戦線の実態を詳しく知るために、そなたの提案を容れて、参謀本部の中堅幹部を各地に派遣して情報収集に当たらせたのだが……。結果は憂慮すべきものがあるな」
 雷電は、分厚い報告書を悠陽に渡しながら、そう語る。

 帝国陸軍内部の主流派と非主流派の対立に気づいた悠陽は、状況改善のための第一歩として、せめて参謀本部のエリート将校にも前線を理解させようと考え、参謀を各方面の対BETA戦線に派遣したのである。彼ら自身、前線のすぐ側で任務に当たることができるように、と中隊規模の部隊とともに。対BETA戦線は、未だに日本本土からは遠く、日本には若干の余裕がある。この間に、戦術シミュレータでの図面演習に明け暮れている理屈倒れの参謀たちに現場を知っておいてもらおう。そう考えてのことであった。

 事実、参謀本部作戦部などで日々行われているシミュレーションは、実際の対BETA戦争ではほとんど役に立たないのではないか、と悠陽は危惧している。言ってしまえば、戦術シミュレーションでのBETAの動きは、あまりにも合理的にすぎるのである。あたかも、BETAの指揮官が人類の軍事学に精通した理性的な軍人であるかのように……。これでは、実際には予測が付かないBETAの行動に対処しきれない。シミュレーション・ルームの優等生しか育たない。こうした参謀本部の実情を正すには、ショック療法として参謀たちを実際の戦場に連れ出すしかない。そう考えた悠陽であった。

 参謀本部内にも、各国からの情報だけに依拠して、対BETA戦略を立案することへの不安があったのであろう。悠陽の提案は、特に反対を受けることもなく、国防省において承認された。
 そして、派遣された参謀たちがもたらした最初の成果が、この報告書であった。

「報告書のタイトルの後半部の『BETAの戦術的変化』というのが不吉ですね……」
 自分が新たな技術を導入したことで、それに対抗すべく、BETAが更に強力になってしまったのではないか。悠陽には、そういう懸念があった。

 唯依が運んできたお茶をすすりながら、雷電が応じる。

「詳しくはその報告書を見ればよいが、一言で言うと、BETAが核兵器に更に順応してきたというところだろう。臨界半透膜を塗布した核ミサイルを、各国とも最終手段として使ってきたのだがな。どういうわけか、BETAは飛行中のミサイル群の中から核搭載ミサイルだけを弁別できるようだ。どれほどデコイを大量にばら撒いても、核ミサイルだけを重レーザーで集中的に撃ち落している。いくら半透膜があるとはいえ、重光線級の集中照射をもらっては、ミサイルは空中で爆散するほかない。それに対応するために、統一中華戦線などは、一度に大量の核ミサイルを投入する方針に切り替えたようだが、今度は中国方面のBETA集団内の重光線級の比率が増加している。更に、どうやらBETAは一箇所に兵力を集中させるのではなく、旅団規模に抑えた分集団で防衛線を多方面から切り崩そうとしている。一発の核で全滅させられることを防ぐためだろう。今のところ、各個撃破の恰好の目標になっているため、前線の負担はむしろ軽減しているとも言うが、相手は底なしの物量を誇るBETAのこと。分集団が師団規模になって軍団規模で防衛線の全面に渡って攻勢を仕掛けられたら、防ぎきれないだろう」

 問題は他にもある、と続ける雷電。

「各国とも核兵器を使っているため、各地域で放射能汚染が広がっている。旧ソ連やヨーロッパ諸国の原子力発電所がBETAに破壊されたせいもあって、ヨーロッパでもかなりひどいらしい。中国に至っては、徹底した核焦土戦術をとっているため、国連軍基地にと予定していた重慶など、防護服なしでは外を歩くことも憚られるほどだと言う。毛沢東はかつて、核戦争で中国人が半分死んだとして、それが何だというのか、核兵器など張子の虎だ、と喝破したらしいが……」

「このままでは、BETAを駆逐したときには、人が住めない惑星になっていそうですね……地球は。……G弾派にとっては恰好の宣伝材料になりそうですし、本当に一難去ってまた一難というところでしょうか……」

 問題ばかりの現状に、頭が痛いと顔をしかめる悠陽。
 隣に控える唯依は、そんな悠陽を不安そうに見つめる。まるで、御主人様の表情に一喜一憂する忠犬そのもの。煌武院に来てから、まだ半年にもならないというのに、すっかり飼いならされてしまった唯依であった。

「この際、仕方ありません。スワラージ作戦を今年の秋に実行しましょう。本来は、米国でYF-23の量産機がある程度揃ってから、と考えていたのですが……。これ以上引き延ばしても、状況は悪くなるばかりです。幸い、ボパール・ハイヴが建設されたのは、予想よりも遥かに遅い1991年暮。インド軍が頑張ってくれたおかげでしょう。BETAもハイヴ構築に忙しいでしょうから、インド戦線はしばらく平穏に済みそうです」

 そこで、と悠陽は続ける。
「初の対BETA戦闘がハイヴ攻略というのでは、いくら斯衛の精鋭といえども苦しいでしょう。ですから、今年春から三ヶ月程度、欧州国連軍ストックホルム基地に第25特別大隊を引き連れて赴くつもりです。城内省から、殿下の斯衛を国外に派遣するなどけしからん、という声が噴出するでしょうから、なんとか抑えてください、お爺さま。国連内部における欧州諸国の発言力は今尚侮れないものがあります。ここら辺で、彼らにわたくしどもの力を見せて、連携を強固にしておけば、アメリカとの交渉もしやすくなるでしょう」

「ふむ……。確かに、ハイヴ突入前に実戦をこなしておく必要があろうが……。当初派遣先として予定していた中国戦線は放射能汚染がひどすぎて、厳しいとなると、北欧戦線か……。だが知っておるか、悠陽。そなたの代理人として、各方面に盛んに働きかけてきたせいで、わしが最近何と呼ばれておるのか」
 渋い顔で、そう付け足す雷電。

 それに対する悠陽の返答は、あまりといえばあまりなものであった。
「殿下の信任をよいことに、国政を私物化している奸物、でしたか……。ですが、お爺さま。可愛い孫娘を護るために、敢えて汚名を甘受するのです。爺冥利につきるというものでしょう。大体、お爺さまご自身の行いにも問題があります。聞けば、分家の馬鹿どもを不必要に煽り立てて潰しているそうではありませんか」
 飄々として、雷電の苦情をかわす悠陽。自分のために祖父が尽力してくれていると知ってなお、図太くも人をくったような物言いをしているあたり、流石である。

「それは、わしが自分で言う台詞だろうが……。そなたに言われとうないわ。……まったく……」
 ぶつぶつと不平を言いながらも、結局孫の言い分は全て受け入れてしまう雷電であった。

 そんな雷電の嬉しそうな不平をきっぱりと無視して、悠陽は切り出す。
「北欧戦線へ出向する前に、低コスト量産機国際共同開発の大枠の方針を決めておくつもりです。量産タイプの国産機「彗星」をベースにしたいと思います。もともと、脚部ジェット推進のために、フレームが頑丈にできていますし、姿勢制御用アポジモーターのおかげで、近接格闘戦に優れています。80mm機関砲を標準でも装備していますから、遠距離砲撃も問題ありません。低コスト化のため、スラスターは腰部のみとして、その分フレームを軽量化します。脚部推進に耐えうるフレームを作ろうとした結果、低コスト化が難航したのですから、脚部推進をやめればそれだけでコストが下がります。それでも、簡易ムーバブル・フレームによって、従来機よりもフレーム剛性は格段に優れていることでしょう。これをベースにして、遠距離砲撃タイプと近接格闘タイプの2タイプを設計しようと思います」

「2タイプ?アメリカやアフリカ連合用と、それ以外の前線国家や日本用ということか?」
 雷電が口を挟む。

「はい。もともと近接戦闘能力が優れている彗星のこと、これをベースに小型化、軽量化してコストを切り詰めていくだけで、近接タイプが仕上がるかと思います。そこらへんの低コスト化技術については、アメリカの参加企業に期待しましょう。G弾派の躍進を防ぐためにも、御剣との技術提携の実績から言っても、ノースロック社が積極的に参加してくるよう働きかけるつもりです。問題は、遠距離砲撃タイプですが、姿勢制御用モーター数を減らしてコストを削減すると同時に、肩部に誘導弾を装備可能にすべきでしょう。さらに、ノースロックからYF-23の技術を流用する形で、同時に6門の突撃砲を使用可能なようにラック等の調整ができるよう、交渉すべきかと。もともとの機体が、80mmの反動に耐えられるように設計されていますから、重武装砲撃仕様にしても、反動や重量は問題ないと計算しております。御剣主導で、アメリカの低コスト量産化ノウハウに基づいて量産機を作り上げることができれば、それなりのライセンス収入が見込めますし、量産化技術を獲得でき、今後の日本の戦術機開発にとってもプラスです。収入の一部を、更なる食品生産プラント増設向けの資本とすることもできるでしょう。問題は、アメリカがベースとして電子機器をオミットしたYF-22ラプターあたりを捻じ込んできそうですが……。近接戦闘での彗星の優位を武器に、前線諸国を説得して、アメリカに対しても御剣の技術に触れる機会だと交渉すべきでしょう」

「ふむ。迅雷そのものをベースにしているわけではないし、国産技術の流出だなんだと騒ぎたてる輩も抑え込める……か」
主に、国内問題を考えて、悠陽の案を吟味する雷電。この案なら、国内でも左程問題にはならないであろう、という見解だ。

「既に御剣と技術廠で、この方針のもと、いくつかの案を準備してもらっています。仮に、各国との折衝で難航したとしても、スワラージ作戦を成功させることができれば、ハイヴ攻略を達成した迅雷をそもそものベースとする機体ということで、支持を取り付けることができるかと」

「……本当に多くの策の成否が、スワラージ作戦にかかっておるな……」

「本当は、一つの作戦の成否に命運を賭けるというのは、正しい戦略のあり方ではないのですが……。この際仕方ありません。ついでに申し上げておきますが、スワラージ作戦を成功させた後、わたくしは国内で圧倒的な支持を集めることでしょう。そこで、一芝居打って、冥夜との感動的な再会を演出するつもりでおります。世界を救った英雄が、武家の古い因習のゆえに離れ離れに育てられた妹と、ついに出会う。分家も、お爺さまのおかげでちょっかいを出すほどの力はないでしょうし、大々的に報道させてしまえば、冥夜を煌武院に戻すことを阻む者もいないでしょう。これで、やっと冥夜と一緒に暮らすことができます」

 その日が待ち遠しい、と嬉しそうに語る悠陽。

 よくもまあ、そこまで色々と考え付く、と雷電はやや脱帽気味だ。
「お爺さま、異論はございませんね?」
 と念を押す悠陽に対して、雷電は、分家が暴走しないよう、それまでに一層手綱を引き締めておく、と返す。彼としても、冥夜を煌武院に連れ戻すまでは、死んでも死に切れない、という思いであったのだ。反対するはずもなかった。






 雷電の部屋から退出する悠陽に続く唯依であったが、冥夜とは誰なのか、という疑問以上に切実な問題があった。廊下を中ほどまで歩いたところで、彼女は決意を胸に秘めて悠陽に語りかけた。
「悠陽様。北欧戦線への出兵ということになりましたら、是非とも私にお供させてください。決して足手まといにはなりません」

 その声を聞いて、悠陽は足を止める。しかし、後ろを振り返ることはなく、唯依に告げた。
「唯依、そなたの気持ちは嬉しいのですが、そなたは未だあまりに未熟。まずは、この春より衛士訓練校に行き、学びなさい。あせることはありません。いずれ、そなたにはたっぷりと私の役に立ってもらいますから」

 やはり自分では駄目か、と肩を落とす唯依。
 その彼女の落胆を察したのか、悠陽は後ろを振り向き、言葉を続ける。下を向いて髪の毛を弄り回す唯依の右手をそっと握りながら。

「慌てなくても大丈夫です。今回はそなたは他にすべきことがあるというだけのこと。いずれは、私の側仕えとして、昼夜を問わず働いてもらいますから。……それに、そなた、訓練校を見下しているようですが、そなたの不名誉は主たる私の不名誉につながります。一度足りとて、戦術機演習で同期生に負けることは許しませんよ、唯依。せいぜい、精進なさい」
 優しく、しかし突き放すように言う悠陽。

 その話を聞いて、唯依は返す言葉を持たない。悠陽の側仕えとして認められたことが嬉しくもあるが、同時に、主の顔に泥を塗るようなことをしてしまったらどうしよう、という危惧もある。嬉しさと不安に挟まれて、しばらく立ったまま考え込んでしまう唯依であった。



 帝国内でやり残した諸事を片付けた悠陽が、斯衛軍第25特別大隊の面々とともにストックホルム行きの再突入駆逐艦に乗り込んだのは、それから二ヶ月後のことであった。



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