第4話『法の管理者、時空管理局』


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「艦影1、僚艦に接舷する模様!」
「……なんだ、あの艦は」

  旗艦〈シヴァ〉第二艦橋のメインスクリーンに映し出されたのは、白を基色とした艦艇であった。これまでに見たことも無いフォルムをした艦艇だ。その艦艇を、茫然と見つめる副長コレム大佐、そして各チーフ面々。一瞬だが、心内で敵ではないかと疑ってしまうが、それも無理もない話であったろう。
  何分、目の前に映されている艦船は、先に戦った文鎮または大理石の様な艦隊のものと何処となく似ているのだ。或は、3種類の艦体と同種の勢力と思ってしまったからだ。しかし、よく観察してみれば全然違うもので、謎の敵性戦艦と違って、三角柱を主としたデザインでは無く、曲線と直線の併用された独特のフォルムであった――とはいえ、安心できる要素とは言えないが。

「データベースには該当せず」
「当然だが……先の敵艦と、また異なるようだ」

  技術士官ハッケネン少佐が解析するものの、データベースに無いことは直ぐに明らかとなる。また、新たな未知の艦種が現れたことで、対処に迫られたのはコレムだ。先ほどの艦隊と同じだというならば遠慮はいらないが、目の前に映る白き艦艇は、様子が異なっている。下手に攻撃して、違う国家から攻撃対象にされてしまったのでは、大変で済まされる問題ではなくなるのだ。
  そもそも、友軍の艦に接舷している様子からして、また違う勢力だと考えるのが自然であろう。

「味方艦に接舷していますが、如何なさいます?」

  砲雷長ジェリクソン大尉が対応を訪ねてくる。攻撃するのであれば、〈シヴァ〉の火力はまだまだ健在であるが故に、一撃で仕留める事も可能であった。

「……戦闘態勢を維持する。ただし、攻撃は別命あるまで待機」
「了解」

  直感的ではあるが、何となく、あの艦は悪い存在ではないかもしれないとコレムは感じた。その不安感が和らいだのは、テラーが言う様に、白い艦こと次元航行艦〈アムルタート〉が、地球連邦防衛軍の戦闘艦に接舷していたからであったのだが、外見からは様々な予想が立てられる。
  まず1つ目に、あの艦が実はこの特殊空間内で動く海賊の一種であり、動けない艦に接舷して乗り込み、略奪まがいな行為をしている場合。2つ目に、先に接触した敵勢力の1つであり、この空間に落ちて身動きのできない味方艦に乗り込んで、艦内をくまなく調査している場合。3つ目は、救助を目的とした為に接舷しているという場合であった。
  この3つのパターンを、確実に1つへと絞り込む為には、実際に所属不明の艦隊と接触を果たしてみる他ない。3番目の可能性を、コレムは信じたかったのだが、どのみちアクションを起こさねばならない上に、静観していては状態が悪化する可能性も考えられた。
  しかし、こちらが行動を起こす事で相手に無用な刺激を与え、迎撃態勢を取ってしまう可能性もあった。そのことから、下手に刺激させない程度に行動し、相手に接触する必要があるのだ。
  まずは常等手段として、通信を送る事から始めた。

「テラー大尉、あの艦へ通信は送る事は出来るか?」
「大丈夫ですが……ただ、相手が通信を上手く傍受してくれるかが問題です」

  通信席で発信の準備をしつつも不安の残るテラーに対し、コレムは彼の肩に手を置いて、問題は無いと返答する。

「それは問題なかろう。宇宙空間とは違う空間を航行している艦だ。それなりの通信設備も搭載していて良い筈だ」
「であれば、発光信号と同時にやってみましょう。それなら相手も気づくでしょうから」

  よかろう、とコレムが許可を出すと、テラーは操作中の通信設備のセッティングと同時に、艦外に備え付けられている照明灯を利用した発光信号の準備も始める。



  一方の次元航行艦〈アムルタート〉は、近い艦から接近をしては、艦内を捜索して周り、発見した負傷者を救助していくという作業を、これまでに2回ほど繰り返していた。幸いにして、戦闘沙汰に発展しないで済んでおり、上手い事救助作業は進んでいる。
  ただ、救助した乗組員は、やや殺気立っている所も見受けられた。これはやはり、戦闘の真っただ中にあったに違いない。それがどんな理由で戦闘を交えていたのか、ジャルク達の気になるところではあるが。
  暫くしてから、〈アムルタート〉艦橋に報告が入った。救助隊によれば、艦内部に生存者がおり、救助に当たっているとの報告だ。

「提督、救助隊より連絡が入りました。艦内にいた者の内、4名の死亡を確認。残る46名の生存を確認しました」
「そうか……で、その艦の責任者はいるのか?」
「いえ、残念ながら艦長らしき人物は死亡したとの報告が……」

  彼らが救助作業していたのは、最上級巡洋艦〈プリンツ・オイゲン〉という名の艦であった。外見から艦を見ると、損傷具合からして中破程度に思える。そう思いつつも、ジャルクは〈プリンツ・オイゲン〉を眺めながら最初に救助した艦の様子を思い起こしていた。
  その艦は、外観からして損傷具合が激しいものだった。これでは、生存者の見込みは高く望めるものではないのではないか、と彼はやや諦めていたものだったが、予想していたよりも内部の隔壁は破られていなかったのだ。破損した数ブロックの区画は、安全確保の為に隔壁が下ろされていたり、自動消火システムのお蔭で艦内火災が早々に収まっていた。
  それもあって、時空管理局の救助隊らは行動し易くなり、次々と生存者を発見したのだった。その中には無傷な者も存在した事は、彼らに驚きを与えたものである。
  ただ、発見された防衛軍兵士は、救助に来た時空管理局の人間を見るや戦慄し、銃を手に取り構えた。

「敵!? 乗り込んできたのか!」
「ち、違う、我々は救助しに来たんだ!」

  銃をいきなり向けられた管理局の人間から見れば、なんとも物騒なものだと思った。まして、魔法以外の重火器類を取り締まる時空管理局の性格からして、彼らの武器は非常に危険極まりないものである。本来なら拘束し、事情聴取するなりしなければならないが、この怪我人が多数いる中でいざこざを起こす起こしている場合ではない。

「きゅ、救助……ぅうッ」
「そうだ、救助に来たんだ。急ぎ手当を行う」

  安堵した防衛軍兵士はその場に崩れ落ちた。地球防衛軍の人間から見れば、彼ら時空管理局の人間が、外見は人間であろうも先の艦隊の仲間かもしれない、と思ってしまうのも無理のない話であった。その場は何とか大事にならず落ち着き、防衛軍兵士は安堵感から倒れてしまった。それを急いで応急手当てを施していったのである。それから、発見された防衛軍兵士で重傷者等を中心に手当てを施していった。
  この防衛軍兵士の反応の様子を知ったジャルクは、確信を持った様に頷いたのである。彼らは何処かで戦闘を行っていて、何らかの理由で、この空間へ飛んで来たのだ。そうすれば、彼らの異様な対応の様子にも多少の納得が行く。
  また、この艦艇の関係者の簡単な説明によれば、未知の艦隊に襲われたところで、突如として大規模なエネルギー暴発事故に巻き込まれてしまったのだという。宇宙空間を舞台にして、大規模な戦闘を繰り広げる事が出来るだけの技術力を、彼らは持っているのだ。まして、その所属名を聞いた時、思わず耳を疑ったものである。

『提督、この艦の軍医と話が付きました。何とか、自力で治療が出来るそうです』
「わかった」
『それと、この艦の副長の話では、航行自体に支障はない、との事です』
「大したもんだな、この艦も。話は分かった。直ぐにその艦から撤収してくれ」

  その副長は、救助活動に感謝の意を表すと共に、自分達も他艦への呼びかけを行ってみると言ってくれていた。これで、こちらの負担も減り幾らか楽になるだろう。
  〈プリンツ・オイゲン〉の救助活動が終わって撤収も完了すると、接舷状態を解いて離れ始めた。

「僚艦はまだ到着しないか?」
「後20分程で、〈フォロツ〉〈クーヴァー〉〈ノルヤル〉が到着します」

  これら3隻はジャルクの指揮下にある艦艇で、中型クラスに相当するL級次元航行艦及び、小型クラスのLS級次元航行艦で構成されている。まだ他の増援が到着するのには更に10分程要するようで、一刻も早い到着を待ち望んでいた。あるいは、この艦隊が全て目を覚ましてくれるかもしれない。
  だが、そんな場合、自分達の存在に警戒して攻撃してこないとも限らない。そこは、先に救助した艦に説得をしてもらえば、何とかなるかもしれないと思いたかったが。
  救助を続行する中で、救助している目の前の艦艇群について、新たな疑問が沸き起こっていた。

「地球連邦……地球連邦防衛軍……。あの第97管理外世界の地球ではないのか」
「いえ。第97管理外世界には、あのような戦闘艦を持つ技術力は確認されておりません。ましてや、宇宙へ出るにも苦労してます」

  ジャルクの疑問に、オペレーターがデータを抽出しメインパネルに出しながら答える。最初に救助した艦の乗り組員から、その所属を名乗ってもらった時に、彼ら管理局は大きな違和感と驚きを感じた原因が、地球と言う名であったのだ。地球は、時空管理局によって、第97管理外世界という名前でデータ登録されていた。西暦にして2000年に入ったばかりの世界だった。宇宙へ出る技術はあっても、まだロケットによる打ち上げが主流な筈である。
  また第97管理外世界というと、管理局“エース・オブ・エース”こと高町なのは一等空尉、機動六課の創設者である八神はやて二等陸佐等の出身地としても、その名は知られていた。
  だがこれは、明らかに矛盾が生じる。地球連邦という組織、地球防衛軍等と称する軍事組織もまだ無い筈だ。
  ならば考えられる可能性としては――。

平行世界(パラレル・ワールド)の様なものかもしれんな」
「パラレル……ワールド?」
「そうだ。この次元空間とて、中には同じ星でありながら、別々の道を歩んでいる場合だってある可能性は、否定出来ないのではないか?」
「言われてみれば、そうかもしれませんが……」

  今更ながら、ジャルクは次元空間の恐ろしい所に気づかされていた。時空管理局は、事態が収まって再び管理世界の幅を広げる狙いを持っている。その大半は、ロストロギア回収時に接触したり、稀な高ランクの魔導師を招き入れたりする際に、その世界と接触する事も多い。未だに、管理世界との間で大規模な戦闘は行われてはいない。
  だが、もしも今目の前にしている戦闘の様な惨状が、時空管理局のみならず、ミッドチルダに起きるとすればどうなるであろうか――おぞましい話だ。
  そう深く考え込むジャルクであったが、そこで思考を中断をせざるをえなかった。レーダーに新たな反応を捉えた為である。

「3時方向、地球連邦の大型艦1隻、機関始動を確認!」
「まさか、攻撃するつもりではな……無かろうな」

  だが、彼らの危惧するような動きではなかった。その艦――旗艦〈シヴァ〉は、一応の艦制御を整えると同時に、艦の至る所にある発光灯を照らし出したのだ。
  この様子を見たジャルクは、直ぐに相手の意図を見抜いた。自分らに対して、通信を行う意思を示しているのではないのか。

「あの艦から、何か通信波らしきもの受信していないか?」
「……はい、電波を受信しました。防衛軍の周波数に合わせます」

  先の〈プリンツ・オイゲン〉より教えて貰った、防衛軍の周波数に合わせると、通信士は〈シヴァ〉との接続を試みる。程なくして、互いの周波数は同調され、通信回線も支障なく接続されるに至った。

「通信画面に出ます!」
『……こち……は、地球連……の護衛艦隊……艦〈シヴァ〉……。応答、願います』
「貴艦の通信を受信しました。こちら、時空管理局、次元航行部隊第九拠点所属の〈アムルタート〉です、どうぞ」

  最初は雑音混じりでメインスクリーンも砂嵐状態であったが、それもものの数秒で終わり完全にクリーンな状態へとなった。
  まず、画面に映ったのは地球連邦防衛軍の制服を纏うコレムの姿だ。画面越しから見ても、コレムの背後に見える艦橋と思しき所は、些か損傷しているのが分かった。その影響であろうか、コレムの服装も幾分か汚れていたが、現時点で服装の乱れや汚れを気にしているような場合ではない。
  通信が繋がるや否や、コレムは初めて見る相手に多少の驚きを持っていたが、直ぐに姿勢を正して名乗りを上げた。

『こちらは地球連邦防衛軍所属、第四艦隊旗艦〈シヴァ〉副長リキ・コレム大佐です』
「時空管理局次元航行部隊所属、第九管区第二十七戦隊司令及び〈アムルタート〉艦長ジェリク・ジャルク准将です」

  双方ともに敬礼を行い、互いの所属と名を明らかにした。ここでコレムは意外に思った。ジャルクの若さに比して、将官クラスに出世しているとは、これ如何に。年齢までは明かしてはいないのだが、見た限りジャルクと言う人物はコレムと大して変わら無さそうである。コレム自身が27歳で大佐といえば、彼もそれなりに出世しているのだが、やはり同年代で佐官と将官の隔たりは大きく感じるものであった。
  だが、今は階級云々よりも重要な事は山ほどある。その話はそっちのけにして、まずは彼らについて問いかけた。

『准将、僭越ながらお尋ね致します』
「構いません」
『それでは……。准将の仰った次元航行部隊というものですが、貴方々はこの空間を往来しているのですか?』

  コレムは、内心で動揺していたのだ。今までに聞いたことのない組織の名前、そして艦影、中に乗る恐らくは人間の着る制服――全く見た事もないデザインであった。そして、時空管理局と次元航行部隊という組織名だ。これは、明らかに次元空間を往来している事を現している。これまでに類を見ない、新しい部隊の筈だ。かのガルマン・ガミラス帝国と同等レベルの技術を有しているのであろうか。
  様々な考えによる予測を立てていたコレムは、彼らがこの空間の支配者ではないのかと危惧し、恐れていたのだが、それを表面に出す訳にはいかない。もしも、付け込まれるような事がれば、自分達は彼らに利用されてしまい、ここから脱出が出来なくなるのではないか……とまで考えていたのだ。

「大佐。貴官の言う通り、我々はこの次元空間を往来しております。そこへ偶然、貴官らが現れたのです」
『……ジャルク准将、もし我らが時空管理局の領内へ無断侵入したとあれば、お詫びします。ですが――』

  故意に進入しようとした訳ではない。事故で入り込んでしまったのであり、大問題に発展する前に離脱したいところではあった。懸命に釈明をしようとするコレムに対し、ジャルクは片手を上げてコレムの発言を抑えた。彼は別に怒りを示している訳もなく、何かを察している様子であったのを、コレムは感じた。

「分かっております、大佐。貴官らは戦闘の事故で、ここへ来られたのでしょう?」
『何故、それを?』
「先程救助した、巡洋艦〈プリンツ・オイゲン〉の者から事情は聞きしました」

  ジャルクの口から出て来た友軍艦の名を聞いた時、コレムは安堵をしたが不安もした。どうやら、彼らは友軍の救助をしてくれている様だ。海賊、あるいは先の敵勢力の一角ではないか、との懸念を抱いたがそうでもない。逆に心配したのは、自分らの情報が不必要に漏れているのではないか、という事だ。
  だが、彼の心配は杞憂に過ぎない。それは、今まで救助した艦には大半の生存者がおり、無用にそういった情報に手を付けられなかった為だ。

『救助の件につきましては、司令官に代わり感謝を致します』
「ふむ。それはそうと、そちらの司令官はどうなさっているのです? 直接にお話を頂きたいのですが……」

  ジャルクにそう問われると、コレムはやや躊躇いながらも事情を話しす。

『実は、先程の戦闘中に負傷されました。参謀長も同様に重傷を負われ、現在、応急手当ての最中です』
「ふむ……気の毒に。話は後にする事にして、兎に角今は、他の艦の救助を行います。貴官からも、僚艦へ確認をとってはくれませんか? 我が方からも増援が来るのだが、時間が掛かりすぎるもので」
『了解しました。取り敢えずは、現状の回復を図りますので、その後に……』

  そう言い終えて、お互いに通信を終了する。
  通信を終えたと同時に、時空管理局の増援部隊が到着する。それは先の報告にあった、次元航行艦船3隻の反応である。この3隻は、新鋭艦であるXV級よりも小さかった。因みに、L級が中型クラス、LS級が小型クラスに分類された。デザインも全く違い、曲線を多用したデザインになっている。
  L級と呼ばれる艦船は、円盤型艦体を縦に真っ二つに割り、その間に艦橋や機関部ロックなどを挟み込んだような構造となっている。加えて、巨大なブレード状の艦首が半円状となった艦体左右に一対備え付けられていた。このL級艦船は、時空管理局を支える名艦とされており、大量のL級艦船が建造され、広大な次元空間を往来している。今もなお主力艦として活躍している。
  次にLS級と呼ばれる小型艦艇は、比較的新しい時期に建造され始めた艦艇である。大気圏内での長期行動を想定した艦艇だ。外観は、先のXV級に酷似しているが、大幅にダウンサイジングしたのがLS級とも言える。

「〈フォロツ〉〈クーヴァー〉〈ノルヤル〉の3艦、到着しました」
「よし。早速、救助作業に移ってもらう。ただし、無用な戦闘を起こさぬよう、注意を払ってくれ」

  到着早々、ジェリクは僚艦に指示を出して救助活動を再開させた。4隻になったとは言え、まだ救助すべき艦は30隻以上おり、早く終えなければならない。加えて彼は、現状の報告と今に得た情報を纏めて、本局へと送らせる。これで本局、時空管理局はさらに頭を悩めてしまうに違いない。現在に管理下で置いている筈の地球とは、また別の地球の存在が確認された今、彼らへの対応は慎重にならざるを得ないのだ。


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  ここ時空管理局本局の会議室では、先の漂流艦船群の対策会議に付け加えて、〈アムルタート〉から送られて来た定時報告書に関しての議論が行われていた。その会議の席に顔を並べているのは、“海”こと次元航行部隊、及び“陸”こと地上部隊の高官達である。彼らの年齢層は様々で、経験を積んだ古強者を思わせるような50代を過ぎた者もいれば、まだまだ経験の足りない駆け出しの若者を思わせる様な20代の者もいた。それでも、階級からして准将から元帥といった高官クラスであり、徹底した実力・能力主義による結果だ。
  若くても実力ある者、能力ある者であれば、20代でも佐官クラスどころか将官クラスになる事も可能だ。加えて人材確保の為には、犯罪経歴を持つ者でも編入することもしばしば見受けられる――無論、矯正可能な人材に限るが。
  会議室に集まった高官達は、現場から挙げられた報告文を3Dスクリーン上で眺めやりつつ、ある者は唸り、ある者は感心し、ある者は警戒する。

「第97管理外世界の地球ではない、との報告であるが……」

  陸高官の1人が、報告書に目を通しながら呟いた。

「実に興味深いですな。次元航行能力もなく宇宙空間へ飛び出すのが精一杯だった地球が、どうしたらそんな艦を造れるのか」

  早くも地球の技術力に着目し、興味をそそられている一方で、強い警戒心を露わにした者が反論する。
  それは次元航行部隊の面々だ。艦船を主力とする彼からすれば、地球の技術力は非常に興味深いものであることは間違いないが、それ以上に危険な存在として認識し、対処すべき方法を模索していた。

「そんな事は問題ではない! 今は迷い込んで来た彼らをどうすべきか、それが問題であろう」
「見るからに物騒な代物を山積みにしておりますな。こんなものが次元世界を揺るがすのは目に見えている。その艦の所属している世界を見つけ出すのが第一だと考えるが」

  地球連邦防衛軍と名乗る艦艇群は、見るからに武器の塊だった。それも、時空管理局では禁止されている質量兵器のオンパレードと思われた。実弾ならとんでもない大口径砲であり、仮にビーム兵器だとしても、それはそれで危険度は極めて高いと考えられる。特になんなのだろうか、あの艦首に存在する砲門のような穴は? あからさまに危険な武装を積んでいるではないか。こんな動く武器庫を放置しておける筈もない。
  従来通りに対処すべきであり、地球防衛軍と名乗る艦船は接収し、次いで彼らの母星を突き止めて接触を図るべきではないか。

「ならば、彼らを丸め込み、水先人としてもらいましょう」
「馬鹿な。そんな事をして抵抗でもされてみろ、反撃を受けるかもしれんのだぞ!」

  魔力に殆どを頼っている彼らにしても、実弾兵器類は危険極まりない存在だった。無論、魔法の力で対処できない訳ではないが、危険も大きく付きまとうのが常である。魔法文明を歩んできた彼らは、魔法の力によってのみ、世界の平安を意地せんとしているのだ。
  そして、漂流する艦艇に対して殆どの者が抱く印象は、間違いなく“軍艦”であると認識している……が、外世界の科学文明を過大評価はしないにしろ、過小評価されている節が多い。彼ら管理局高官のみならず、魔法文明を絶対とする者達の共通認識であった。故に、反撃を受けるかもしれない可能性について、自分ら時空管理局が負ける訳がないと踏んでいたのである。広大な空間を実質的に支配管理していると言われても過言ではない、巨大組織ならではの油断であろう。

「反撃? それこそ笑止だ。報告によれば、彼らは事故によって偶然迷い込んできただけだというではないか。どうやら、転移技術を知り得ていないようだ……そんな艦で、我らを渡りあえる筈もなかろう?」

  自分らの技術は最高位だと自負しているからこそ、出て来る言葉である。確かに時空管理局の艦艇は、地球連邦の有していない技術を多く持っている。広範囲の殲滅兵器として開発され、大型艦艇XV級に標準装備されている“反応消滅砲(アルカンシェル)”ならば、反撃を受けようとも容易く地球艦隊を撃滅出来ると固く信じていたのだ。
  だが、その逆もあるということを忘れてはならない。彼ら時空管理局や、全次元世界が、地球連邦並びに防衛軍航宙艦隊の戦闘能力を知った時、大半の者が考えを変えざるを得ないだろう。
  様々な論議が交わされるも、この会議に纏まる気配は全くなかった。寧ろ別世界の地球と聞いたら悪化してしまったようだ。主な意見としては、次の様な意見に分かれていた。海幹部からは、速い内に捜索を行い、地球連邦の存在する次元世界を探し当て、新たな管理世界として認定するべきだと主張する。無論、その世界の地球の武装を完全に解除することも目的である。
  一方の陸幹部からは、この際は下手に手を出すことなく、あくまで彼らを返すべきだと主張した。
  これらが互いにぶつかり合う場となったが、海メンバーで必ずしも全員が同じ訳ではない。今でも広すぎると言える管理世界の数に悲鳴を上げているのだ。その数は、管理世界と管理外世界を合わせて数百に上り、この他にも無人世界も混ざるとさらに上を行ってしまい、天井知らずという状態であった。

「〈アムルタート〉の報告では、彼らは既に秩序を回復しつつあるという。ならば、ここは一度話し合う為に、来てもらうべきでは?」
「同感です。まずは彼らと話してからでないと、進展はないでしょう」

  そう答えたのは、まだ25歳で蒼い髪をした青年であった。XV級次元航行艦〈クラウディア〉艦長クロノ・ハラオウン准将である。1個艦隊を指揮する提督であり、かつ執務官と呼ばれる資格を有する高ランク魔導師だ。海幹部の中では良識派に属しており、または彼自身も魔導師としての手腕もさることながら、艦長としての腕も高く、大半の者から信頼を得ている良将であった。

「そうだな。結果がまだ見えんのに、決裂を決め立てるのは……如何なものかな」

  クロノの同意発言を援護射撃したのは、70代に入るものの、背筋は伸び、やや脱色した黄色の髪をした老人――法務顧問相談役レオーネ・フィルス提督であった。時空管理局を支え続けた“伝説の三提督”の1人として名を広く、深く知られている御仁であり、後の2名もフィルスの隣にそれぞれ身を置いていた。

「別世界の地球から来たという方々は、皆負傷していると聞いております。まずは彼らに治療を行い、不安を与えないようにする事も、必要と思いますよ?」

  次に発言したのがフィルスと同じく高齢であり、薄紫色の長い髪を三つ編みにした優しい頬笑みをする女性――本局統幕議長ミゼット・クローベル提督。彼女もまた、フィルスと同じくして伝説と言わしめる提督である。
  そして、3人の中でも最年長者と思わせる、長い顎鬚と後頭部の髪を残したスキンヘッドの老人。彼が、武装隊栄誉元帥ラルゴ・キール提督その人である。人相は、クローベル同様に比較的温和な印象を与えているが、時空管理局を支えた腕は並大抵のものではない。
  それぞれが司法、武装、法務の最高位としているが、今日まで隠居生活に近い日々を送っていた。
  だが、先のJS事件による最高評議会抹殺の事態を受け、緊急処置として彼ら3人はこの議会の取り締まり役を受けている。

「その方が良さそうじゃな。まずは話し合い……全てはそれからじゃろうて。無益な犠牲は出すものではない」

  今一迫力に欠けるというか、落ち着きすぎの様な、と思う者も少なくはないかもしれない。しかし、先程まで荒れていた議会は平穏を取り戻している。この3人はずっと席に座り、議会を見守っていた身である。自分らよりも若い面々に任せるべきと、線引きしていたものの、危険な行動をする気配を見せたことから、介入を始めたのだ。

「私ら地上部隊にしても、閣下らと同意見です。まずは直接対話を行い、その結果により、また論議すべきでしょう」

  そう発言したのは、中肉中背の体躯、知的を思わせる眼鏡に灰色の髪をした48歳の男性である。ミッドチルダ地上部隊本部司令長官カムネス・フーバー中将だ。JS事件で不慮の死を遂げた、前責任者レジアス・ゲイズ中将の後任として身を置いた人物で、レジアス並みの迫力には欠ける印象がある。迫力に欠けてしまうが、フーバーはレジアスと違って魔導師を毛嫌いする様子は全く無い。彼は魔力を持つ者であろうと持たない者であろうと関係なく、多くの者に対して対等に話す事で、より多くの管理局の人間が支持しており、信頼も厚くなりつつあった。

「それは良いのですが、この様な事態が起きる事によって、管理世界に余計な不安を与える心配があります」

  フーバーに続いて意見を述べたのは、薄紫色の長い髪を首の後ろで束ねており、アンダーフレームの眼鏡を掛けた女性士官だった。彼女は運用部統括官レティ・ロウラン提督で、年齢は40歳前後であるものの、見た目は30代でも通用する女性提督である。
  その彼女が述べるとおり、今後、この様な事件が起きない可能性は全く否定出来ない。市民に対しても、要らぬ不安を持たせる結果にもなりかねなかった。この漂流者に加えて、別世界の地球が存在するという情報は、今のところは漏れておらず、何とか情報統制を行っている。
  だが、遅かれ早かれ、彼ら地球連邦防衛軍の情報は開示せねばならない時が来る筈だ。次元管理世界が、新たな地球の存在と軍事力を知った時、どう反応するだろうか。大騒ぎになることは間違いはない。時空管理局に不満を持つ面々からすれば、きっと喉から手が出るほどに欲するに違いない……。無論、彼ら地球連邦防衛軍とやらが、そう言った面々に協力を受諾すればの話である。現実となったら、それはそれで時空管理局にとって恐ろしい話ではあった。
  その後も、何点か言葉が飛び交ったが、長時間に渡る会議は疲れを見せ始めた。相変わらず、強硬的に取り込もうとする者と、様子を見てそのまま返すべきだとする者とで意見が分かれたものの、最後は伝説の三提督らが提言した通り、直接話し合う方向で一致した。

「――では、地球の艦隊については、一先ず本局へ誘導し、艦隊責任者との会合の場を設けましょう」

  それを合図に陸幹部らが早々と退室して行く。それに続いて海幹部達が退室して行くのだが、会議室には数人が残っていた。残ったメンバーは、先の三提督の面々の他、クロノ、レティ、フーバー。
  加えてもう1人おり、レティと同年代の女性で、外見的に30代前半でも通用しそうな、うら若い女性士官だった。腰まで伸びた薄い緑色のポニーテールが靡いていた。クロノの母であり、かつてはL級次元航行艦〈アースラ〉の艦長を務めあげ、今は本局の総務部に務める総務統括官リンディ・ハラオウン少将である。彼女もまた提督として、海幹部に名を連ねている1人だ。
  先程とは違い、三提督の温和そうだった表情は、今では険しく不安を抱えている様子だ。
  そして、先に発言したのはフーバーだった。

「先程は、あぁも言いましたが、本当は危険が漂う気がしてならいのです。キール閣下らはどうです?」
「そうじゃな……フーバー中将の感は、恐らく当たっとるよ。なぁ、ミゼット」
「えぇ。彼らがこの次元世界に転移してしまった事は、単なる転移事件として、終わるものではないよう気がします」

  クローベルに続いて、その隣にいるフィルスも頷いて同調する。それに対して、一体どのような危険があるのだろうかと、レティは尋ねた。

「ウム。前例のないものだけに、何かの前触れな様に思えるのじゃよ。そう、何か別のものが……」

  長年の経験と勘が、名魔導師ラルゴ・キールの脳内に、警鈴を鳴り響かせていた。無論、クローベルとフィルスも同様だった。
  彼らの懸念に対して、具体的な形を持って来たのがリンディである。

「実は、それに関して、たった今、教会の方から連絡がありました」

  リンディが言う教会とは、“聖王教会”の事を指している。聖王教会は歴史の深い組織であり、次元世界では多大な影響力を持つ事でも知られている。また、ロストロギアの確保を行う時空管理局こと次元航行部隊との縁も深く、確保されたものを預かって管理するのが聖王教会であった。故に、何かと協力し合う面も少なからず存在していたのだ。また、その聖王教会には、教会特有の武装隊こと教会騎士団が置かれている。騎士団とは言うが、実質的には魔導師で構成された武装隊と同じものである。
  聖王教会には、各支部が設置されているが、次元世界の中心的存在の第1管理世界ミッドチルダの聖王協会が、概ねの本部と言っても過言ではない。
  そして、ミッドチルダ首都クラナガンの郊外にある聖王教会には、カリム・グラシアという名の若い女性騎士がいる。騎士というのは、教会内の称号の一つであるが、ほぼ通常の教会で言うシスターの様な印象であった。そんな彼女は、教会のリーダー的存在であり、時空管理局内部では少将としての階級を与えられていたのだ。
  彼女の一番の特徴は、魔導師としての手腕以上に、“予言の著書(プロフェーティン・シュリフテン)”という、予言能力を有していることにある。カリム・グラシア曰く“占い程度”とされるが、その占い程度の予言は的中する事の方が多かったのだ。
  リンディは、関係者から入って来た情報――カリムの予言に関しての内容を伝えようというのである。

「これが、その予言の一文になります」
「……!」
「これは……」

  皆がその文に注目し、同時に唸ってしまった。そのカリムの予言したという文が以下の物だった。


幾多の世界を治むる邪悪な意思動きたり、世界を業火に呑み込まん


世界を救済せんとして降臨するは、異国の破壊神が統べたる下部たち


法の防人と異国の神々、破滅の道を閉ざすべく、邪悪なる意志に立ち向かわん




「“破壊神が統べる下部たち”と“異国の神々”とは、別世界の地球から来た艦の事じゃろうな」

  憶測ながらも、現状に当てはめてキールは言う。クロノはその続きの文を考察する。

「“幾多の世界を治むる”とは……管理局……ではないですね」
「そうだな、クロノ提督。後の“法の防人”というのが、恐らく管理局だろう」

  クロノの推察に対して、フィルスが同意するが、そうなると邪悪な意思に関してはどうなるのか。
  今度はフーバーが尋ねる。

「では、フィルス提督。この“幾多の世界を治める邪悪な意思”というのは?」
「はっきりとは、言えんが……」
「新たな敵と見て、良いのではないでしょうか」

  “新たな敵”……これを当てはめた時、背筋に何か冷たいものが走った様な気がした。幾多の世界を治めるという事は、かなりの大規模な国家である事が予想出来るからだ。それも、時空管理局が治める規模と同等か、或はそれ以上の勢力圏を持った、巨大な勢力とも取れる。そして、一番に恐れるフレーズが、世界が業火に巻き込まれるというもの。
  時空管理局の内外を揺るがした一大事件ことJS事件から、半年程の時間しか経過していない。時空管理局としても傷は癒えてはいない上に、各管理世界の向ける目線も、疑いや不信感がまぶされていた。そこで、また新たな動乱に巻き込まれるというのか。
  重い空気になった会議室に残る7人であったが、再び口を開いたのはキールであった。

「これは、相当な覚悟をせねばなるまいて」
「えぇ、今までにない戦いを強いられる事を、意味しているでしょうよ」

  かつて、時空管理局で名を馳せた実力者であるキールが、眉間に皺を寄せながら緊迫した表情で警戒を示す。

「ですが、この騎士カリムの予言をどうします? JS事件から1年未満の時期、新たな火種として不安をかき立ててしまうのは容易に想像できますが……」
「クロノ提督の心配も分かるが、それを内密にするのはよろしくない。一先ずは、管理局の上層部メンバーには知らせておくべきだろう」

  土壇場になってから、そんな予言があった等と公表しては、周りの者から厳しい反発を招く確率は極めて高い。JS事件で、時空管理局の隠された裏の部分が判明したことからも、世間における管理局への風当たりはやや強さを増していたのだ。そこで、預言とはいえ公表せずに、かつ対策も執らないともなると、さらに評判が地に落ちてゆくだろう。
  しかし、最初から知らせておけば、まだ反応は違う。それでなおかつ、危機に対して身構えておくに越したことは無い筈だ。予言で外れたのなら、まだ良いのだが、当たった時に対応がなおざりになっていては元も子もないのだ。
  一同は、ひとまず公表するという方向で意見を一致させると、遅まきながら会議室を退室して行ったのである。
  だが、この数時間後の事だった。状況は一変し、三度に渡って時空管理局を震撼させる報告が飛び込んで来たのは――即ち、敵襲の報告である。





〜〜あとがき〜〜
どうも、みなさん。第4話を読んで頂き、誠にありがとうございます。
今回は主に時空管理局の面々を中心にした話となりましたが、如何でしたでしょうか?
名前や役職を知るのみで、性格は把握出来ていない伝説の3提督を出した訳ですが……口調とかが分かりません(駄目だコリャ)。
しかし、それはレティやクロノらも同様です。どういった性格の人物か、他の資料を探ったりして書いています。
次回からはやっと、戦闘に関する話に入れると思いますので、みなさん、どうか生温かい目で読んでいただければ幸いです。

〜拍手リンクより〜
[3]投稿日:2010年12月24日3:22:53 [拍手元リンク]
まさに異色と言っていい作品ですね。ただバランスをとるのが難しそうです。
交渉が主になるとして、STS後の話ということは最高評議会もいないわけですから、現在の管理局のトップは三提督になるのかな?
個人的には6課の面々にも多少出番が欲しいところです。ただ管理局側からすると、ヤマト側って質量兵器の塊ですからね。どう交渉をしても話を上手くまとめるのは難しいような・・・。
管理世界にくわえようにも、その場合は質量兵器の撤廃を管理局は求めてくるでしょうし、それに応じられるとは思えませんからね。
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>>毎度コメント書いて頂き恐縮です。
伝説の三提督ですが、このコメントを見て急遽付け加えました(オイw)。
こちらの方々も、どんな容貌なのか、どんな役所にあるのか等、片手に説明書見て機械をいじる様な想いです。
管理世界に置くにおいて、ミサイル兵器はそれに当たりますが、その他の兵器は地球連邦(イスカンダル)ならではの技術ですから、当てはまらないかもしれないですが……そこはどうなるやら、解決策を見つけて行きます。
では、これからも、本小説をよろしくお願いします!



・2020年1月24日改訂



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