最初の戦闘演習から凡そ八時間後(休憩或いは食事の二時間を含め)が経過した頃、遠方訓練艦隊は息も絶え絶えな乗組員で艦内が溢れていた。
地球防衛軍(E・D・F)にとって、これ程の長時間演習は初めての経験ではない。単艦での航海訓練でも、これ位の訓練時間はざらにあると言える。
  逆に管理局にとっては、これ程までの長時間に渡る、過酷な艦隊戦の演習は、初めてであると言えるだろう。
局員の乗組員は肉体的疲労よりも精神的疲労が激しく、大半の者達がぐったりとしている有様であった。単独航海は常日頃にあるとはいえ、訓練の中身はまるで違うものだ。
総指揮官であるマルセフは、管理局に対して艦隊運用のノウハウ以外にも、対艦・対空射撃訓練を長時間に渡って続けさせたのである。
  それは管理局艦船の兵装威力不足を少しでも解消させるための処置であった。さらに、ここは小惑星帯が大々的に広がる宙域であり、射撃の的には事欠かない。
それを利用して存分に訓練を行ったのである。度重なるマルセフの駄目押しの下、管理局側も意地で対抗していた様なものだ。ここで折れるよりは遥かに良かったと言えた。
一通りの訓練メニューを終え、マルセフの口からも訓練の終了が言い渡された。射撃訓練を終えた各部隊を呼び戻すため、〈シヴァ〉から全艦に集合命令が下される。

「各宙域に散らばった艦隊を呼び戻すよう、伝えてくれ」
「了解!」

  マルセフの命令を受けてテラーが通信を送る。マルセフの傍で訓練模様を見学していた、フェイトとシャリオも精神的な疲労に襲われたものの、最後まで持ちこたえていた。
これ程までの訓練を味わった経験は今までにないフェイトは、地球防衛軍の日頃の訓練からしても管理局は異なっている事を自覚した。
彼女とて魔導師として、個人戦闘及びチーム戦闘の訓練を長時間続けていた身であるが、果たして六時間ものメニューを続けたことがあろうか?
そもそも訓練内容からして、彼女と地球艦隊とでは違う。多くのクルーとの連携が必須な、戦闘艦での長時間訓練は、余程に神経をすり減らす事になろう。

「司令、次元転移するまでに休憩を取らせては?」
「ふむ……。どの道、後は本局へと向かうだけだが、今は時間が切迫している。残念だが参謀長、航海を続けながらの休憩しか取れん」
「確かにそうですな。では、航行中は必要最低限のスタッフを残しての休憩時間を交代制で入れます」
「うむ、任せるよ」

SUSがいつ来るかもわからないため、ラーダーの休息進言は残念ながら断念せざるを得なかった。そこで航行しながらの交代制の休息時間を与える事で許可され、伝えられる。
  しかし残念な事に、彼らが短い安息の一時を得られるような暇を、時の女神が許さなかった。レベンツァ星域の外延部に、今は絶対に避けておきたい相手の姿がある。
黒を主体とした艦体に赤のクリスタルパーツを付けた様な戦闘艦、まさしくそれはSUS国の戦闘艦隊である。その数、七二隻の艦隊だ。
しかも艦隊の中央には、要塞とも見まごうばかりの巨艦が周囲を圧している。それはつい先日に完成を見て就役し、テスト航海に出たばかりの最新鋭戦闘母艦〈ムルーク〉である。
何故ここにSUS第二艦隊の総旗艦とも言える最新鋭艦がうろついているのか? 理由は至極簡単な事、それは二度目の長期航行テスト及び戦闘データの採取のためでもあった。
引き連れている七〇隻程の戦闘艦も、先日に大損害を被った第二戦隊の兵力を補充するためのものだ。惨敗してから一週間が過ぎようとする中で、多少の無茶をした感じもする。

「……何? このレベンツァ星域で行動している艦隊がいると言うのか」

  〈ムルーク〉艦長及び第二艦隊司令長官を務めるSUS軍人、ディゲルがオペレーターからの報告に、眉をピクリと動かす。
今まで総司令部(ケラベローズ)にいた彼が、遠方から遥々、ここまで来て初めて高揚感が湧いたような気がした。

「はい。先行部隊の報告によれば、管理局の艦船凡そ一二〇隻、さらに地球艦隊二一隻が、確認されております」

なんという巡り会わせであろうか! まさか二度目のテスト航海に出て敵と遭遇するとは、稀にないチャンスが到来したと言える。
今、自分らは戦闘データを手に入れるためにもここまで足を延ばして来たのだから、これを利用せぬ手は無いのではないか?
  ディゲルはそこまで思ったが、ふと懸念も同時に抱いていた。管理局はこちらを上回る一二〇隻もの規模であるが、性能面ではそれほど恐れる必要はない。
広範囲破壊兵器(アルカンシェル)を撃たれなければ、まずもって負ける要素は何処にもないのである。五〇隻上回る程度で、恐れる必要はない。
問題はそれに同行している地球艦隊! 二〇数隻とはいえ、こちらの兵力ではやや力不足である事は明白だ。これでは遠方から長距離殲滅砲撃(タキオン・キャノン)を喰らって全滅に終わるだろう。
  彼の幕僚達も、彼と同じ意見を挙げる。

「司令、管理局は兎も角、地球艦隊がいるとなると、こちらは不利です!」
「……焦るな。我らはこの〈ムルーク〉の本格的な運用データを得るために来たのだ。次いで、あの新兵器も試す事が出来ようとはな」
「アレを……早速ご使用になるので?」

  部下が言う“アレ”とは、波動砲という兵器が確認されてからというもの、SUS科学者ザイエンが苦心の末に考案し再試行を繰り返された代物だ。
現用中の兵器を改修しただけではあるのだが、これの結果によっては今後のため貴重なデータとなる。以前の管理局の拠点襲撃時に活躍した、空間歪曲波発生装置搭載艦である。
これを一隻だけ手を加えて、対波動砲用防御艦として試験航海に随伴していたのであった。部下の予想を肯定し、直ぐさま全艦隊の戦闘配置を命じる。
慣熟航海の目標宙域で、よもや地球艦隊と管理局に出くわすとは……。ディゲルは口元を少し吊り上げてニヤリとした。
  予想もしなかった接敵に心躍らせると、艦隊をそのまま前進させる。小惑星帯や暗黒物質などを利用しながらも、気づかれぬように接近する。
その先に居たのは、地球艦隊 一〇隻、次元航行部隊 六〇隻からなる艦隊であった。それは砲撃訓練で別行動していた部隊の一部で、本体へと合流中であった。

「第二分隊、先行して目前の管理局艦隊へ向かい、こちらへ引きずり出すのだ」
「良ろしいのですか? あの集団は七〇隻そこそこではありますが、地球艦隊の艦も含まれています」
「構わん。管理局の奴らだけを引きずり出せればよい。地球艦隊とはそれ程折り合い良く行動出来ているとも思えんし、プライドの高い管理局の事だ。直ぐに釣れるだろう」

小馬鹿にしたようにディゲルは管理局への批難をぶつける。そして彼の言う事には事実が含まれており、先行したSUS第二小隊の姿を発見した管理局の行動予想は的中する。





  次元航行部隊所属の〈XV〉級次元航行艦〈ウィラーズ〉艦橋にて、レーダー手が突然声を上げた。

「かっ艦長! レーダーに敵影を補足しました!!」
「何だと!?」

彼は先程の戦闘演習で独断専行に走った青年提督(一佐相当)のゲヴェンスだ。彼は、思わぬ敵発見の報に身を震わせた。まさか、この宙域でSUSと出くわすとは!
この敵発見は、同時に他艦にも伝わり、同行していた地球艦隊の一部にも知るところなった。これは直ぐに別ポイントにいる旗艦〈ラティノイア〉と〈シヴァ〉にも届けられる。
  最初は焦りを感じたゲヴェンスであったが、レーダー内に映る艦数を知って突然余裕の表情が戻る。

「照合完了。SUS艦と認む。数は一二!」
「内訳は、戦艦級 五、巡洋艦級 七――以上!」
「はッ! 何だ、たかが一二隻ではないか、驚かせやがって!」

その様に口走る。こちらは性能不足と言われるものの、数は六〇隻の艦隊だ。地球艦隊相手には不足を取ったが、それは地球艦隊が破格的なものであったに過ぎない。
彼はそうとしか考えていなかった。そして、あろうことか、彼は戦闘準備を命じたのである。

「よし……全艦戦闘配置に着け!」
「えぇっ? ですが、地球艦隊は退避行動を……っ!」

副官の言う通り、彼らに同行していた地球艦隊は退避命令を発したばかりであった。しかし、ゲヴェンスには退避命令など意味無きに等しい。
  この小艦隊を撃滅すべきと考えており、少しでも自分ら管理局が誇る次元航行部隊の力を再び見せつけてやろうではないか、と一人ごちていたのだ。
副官からの助言と地球艦隊からの退避命令を突っぱね、彼は攻撃命令を発して撃滅に向かい始めてしまったのである。
数の錯覚に陥った若き指揮官は、己の実力を示すために転身を開始するが、彼の命令に全てが従ったわけではなかった。
一応の指揮下にある、彼直属の二九隻あまりの艦隊の他、それに同調した七隻もが、それにつられてしまったのである。
  これには、同行していた地球艦隊も驚かずにいられない。ゲヴェンス艦隊の同行役を買っていたのは、〈ヘルゴラント〉以下九隻(戦艦一隻、巡洋艦二、装甲巡洋艦一、駆逐艦五)の計一〇隻である。
そして第二部隊を指揮していたのは〈ヘルゴラント〉艦長のヴィルヘルム・フォン・チリアクス大佐だ。

「馬鹿な!」

と彼は口走った。いくらSUS相手で少数とはいえ、性能では遙かに相手が勝っているという事を、もう忘れたというのか? その前例を、忘れたとでも言うのか?
やや垂れ目に黒髪をした四七歳の軍人は、ゲヴェンスを呼び戻そうと通信士に急ぎ伝達させる。
  しかし予想通りというべきか、ゲヴェンスはチリアクスの反転命令を無視してSUS艦隊へとまっしぐらに進んで行く。気づけばかなりの距離をおいてしまっている。
これでは彼らが危ない! 苦心する暇もないままに、彼は苦い表情をして艦隊に再反転命令を送ると共に、本隊へとこの緊急事態を送った。

「全艦、反転して急ぎゲヴェンス提督を連れ戻します。他の次元航行部隊は、速やかに後退し、合流してください!」
「艦長! ゲヴェンス司令の艦隊が交戦距離に入ります!!」

焦る。兎に角、彼は先走るゲヴェンスらを引き返させねばならないと焦っている。指揮官だけなら兎も角、その下に働いている部下達を危険にさらすなど、何を考えているのか。
〈ヘルゴラント〉の反転に続き、各艦も反転を行い後に続いた。

「話の分からない坊やがいる事ね」

  御しとやかなスタッカートでさえ、苦々しい表情でゲヴェンスを批難していた。傍に身を置くティアナとマリエルは、心底申し訳ない気分である。
同じ局員として恥ずかしい。目先の利益に眼を奪われるようにして進む次元航行部隊を、もの悲しげな表情で見やっているの二人。
そんな二人を、さらに非難するつもりはスタッカートにないものの、声を掛ける暇はない。全力で救援しなければならないのだ。

「艦長、SUSは徐々にですが、後退を始めています」
「そうね、これはいよいよ不安が現実となるわ。急いで、SUSには別働隊がいるわよ!」

だが、彼女の努力も空しくしてゲヴェンスは己の不幸を、身を以て知る事となってしまったのである。

「どうだ! 奴ら(SUS)め、徐々に逃げ腰になっているではないか!!」
「敵艦隊、さらに後退します」
「我が艦隊、脱落無し。他の艦も脱落なし。戦闘の続行は可能です」

  ゲヴェンスは有頂天になっていた。それも当然だ。先程は地球艦隊に身も蓋も無いような事を言われ、酷くプライドを傷つけられたのだ。
その忌まわしい鬱憤を晴らしているのであろう。ゲヴェンスは調子に乗って、目の前のSUS艦隊を追撃し始める。損害らしい損害もないのだから、その気にもなれる。
これはSUSが、まだ新参兵である事に助けられていると言っても、過言ではない。SUS艦も対艦魔導砲(アウグスト)の集中砲火を浴びる事で、遂に一隻が戦闘不能に陥いる。
  さらに〈F・ガジェット〉を動員してSUS艦隊を蹂躙し始めている。先の訓練が余程身に染みている結果でもあろう。
しかし、やはり威力は不足し撃沈には至らないままであった。以前とは違うのだ。彼はこの戦闘で管理局もやる時はやるのだと言わんばかりである。
地球艦隊が何やら言ってきているが、それを悉く無視し、後退するSUS第二分隊を追っていく。
  その様子を愚か者として見下していたのが、言うまでもないディゲルである。彼は釣りに掛かった管理局の艦船群を、完全に馬鹿にしたような表情で眺めやり、合図を出す。

「……っ、艦長!」
「何だ!」

ややぶっきら棒に返事を返すと、レーダー担当官は表情を真っ青にして報告した。

「一二時方向に敵影っ……いえ、一〇時方向と二時方向にも新たなる艦影を補足! 数……六一隻!!」
「その中の一隻は、かなりの大型と判定!!」

「なんだと!?」


それが彼の発した声であった。彼は今更ながらに自分らが罠の中へ誘い込まれたことを自覚せねばならない。
無人世界であるが故、少数部隊であっと認識したのがそもそもの間違えであり、地球艦隊の命令を背いたこと自体も大きな誤りであった。
  釣られて出て来た次元航行部隊を待ち受けていたのは、SUSの第一、二、三小隊の計六一隻である。
さらにその後方には、ディゲル座乗の〈ムルーク〉までもが直営艦隊を率いて、ゲヴェンス率いる次元航行部隊に殺到して来たのだ。

「た、退避をっ……!」
「敵艦隊、砲撃来ます!!」

あっという間であった。今までが手加減でもしていたかのように、SUS艦隊の砲火が苛烈化した。半包囲に近い陣形の中で、ゲヴェンスの艦隊は一気に九隻を失う。
地球艦隊からもこの瞬間は確認出来ている。手が届かずしてSUSの反撃が始まり、マルセフはもとより追いつかんとしていたチリアクスやスタッカートは体を震わせている。
  このままでは間に合わないと踏み、地球艦隊も有効射程距離に入りきらずに、砲撃を開始した。遠距離からの牽制であったが、SUSはそれを気にする事なく詰め寄った。
詰め寄られた側は、完全な恐慌状態に陥っていた。殉職していく局員達の多くは、自分らがどの様な状況下にあるのかを把握せぬ内に帰らぬ人となる。
損害を増やすだけの戦闘に変わり果てた次元航行部隊に、地球艦隊の援護が入る前に崩壊を告げられた。

「敵、大型艦より高エネルギー反応がっ!」
「次元転移だ、ランダムで次元転移を……!」

  それを言うが早いか、〈ムルーク〉が放った大口径ビーム砲は〈ウィラーズ〉を消し去った。〈ムルーク〉のビーム砲群の威力を、他者にまざまざと見せつけたのである。
三五門もの赤いビームが再び一斉発射される。その光景はまさに赤い壁、或いは深紅に染まった巨大な斧であるが如く。
次元航行部隊を真正面から文字通り“引き裂いた”のである。管理局の艦船ではこの攻撃を凌ぎえる事は不可能に近かった。
消費したエネルギーに余計な負荷をかけ、展開していた障壁は簡単に破られて艦体そのものを串刺しにされていく。





「〈ウィラーズ〉……轟沈しました」
「くっ……」

  オペレーターの報告を聞いて悔しさの声を漏らしたのはティアナだ。気に食わない様な局員提督であっても、やはり局員の死には心を打ちひしがれる様な気持ちになる。
いつまでもそう思っている場合ではない。スタッカートは残る管理局の艦船を救出を行うべく、SUS艦隊の一部に砲撃の集中を命じた。
その命令基はチリアクスのものであったが、数で劣り劣勢な状況に出来る事と言えばそれくらいしかない。

「味方残存艦を収容しつつ、後退するわよ!」
「了解!」

  だがスタッカートも無茶は出来なかった。本艦には観戦武官という形で二人の局員を乗艦させているからだ。責任を持って命を預かっている以上、それを散らす事は許されない。
次元航行部隊の残存艦艇数が一二隻へと減少する頃には、地球艦隊の第二部隊も本格的な砲撃をSUS艦隊へ開始している。
集中砲火の命令を実行しつつ、地球艦隊第二部隊は残存艦を救出に掛かる。だが第二部隊だけでは、その役目を追うには重すぎる。波動砲(タキオン・キャノン)充填も不可能だ。
最も近い距離にて対当するSUSの左翼部隊に砲撃を集中させて足止めし、それを見計らって残存の管理局艦船を後方へと退避させる。
安全が確認され次第、彼らは一旦次元空間へ退避させるべきかどうか悩んだ。
  しかし、それを許さない状況が彼らを襲った。それは先ず、オペレーターの一人から発せられた。

「艦長! 駆逐艦〈(カスミ)〉が!!」
「何ですって!?」

クルーの声にスタッカートは声を上げた。見れば駆逐艦〈カスミ〉が、SUS戦艦の砲火に耐える事が出来ずに爆炎を上げているではないか!
如何に強固な素材を使った装甲でも、やはり駆逐艦という艦種である以上、戦闘艦の中では最も小型であると同時に装甲も薄くなるものである。
被弾した時の爆炎に包まれた〈カスミ〉は、無残にも艦体をのた打ち回らせて真っ二つに折れてしまった。この世界に来てからの、初めての地球艦隊損失の瞬間でもあった。
  数少ない同胞を失った時のクルーの表情は怒りと悔しさに染まりつつあったのを、ティアナは感じた。同胞を失う気持ちは彼女も理解しているつもりである。
兄を失っているのだ。最愛の兄を亡くした気持ちに比べ、地球艦隊クルーはそれに倍する悲しみになっていたと言える。だが、これが戦争という世界の現実であるのだ。

「〈シヴァ〉の艦載機隊が到着! さらに第一部隊が合流します!」

部下の報告に彼女は小さく頷く。〈シヴァ〉から放たれていたコスモパルサー隊が、第二部隊と対当しているSUS左翼部隊に対して、攻撃を集中させる。
その間に、何とか後退が出来ればと思うのだが、果たして艦載機隊でどこまで出来るでだろうか……。

「そうか、〈カスミ〉が……」
「残念ながら……」

  スタッカートらと同様に、この世界で初めての戦没艦を出してしまった事に、数秒だけマルセフは黙祷した。フェイトらも、その様子に心が痛くなる思いだ。
次元航行部隊を救うために態々引き返したがために、被害を受ける事になった。責任はゲヴェンスにあるだろうが、当人も亡き人だ。それに責任がどうだという話ではない。
この絶体絶命とも言える状況から抜け出さぬくてはならない。それが先決だった。

「……っ! 艦長、大変です!!」

  本隊の到着に合わせて、ここで二度目の凶報が入った。何と途端に計器類に狂いが生じ始めたというのだ。これは一体どういう事なのか……。
狂いを生じ始めという事は、レーダーによる正確な砲撃が不可能になったという事も同然である。これで地球艦隊の命中率は必然的に落ちたと言っても過言ではない。
以前よりも低い命中精度でSUSを叩かなくてはならないのだ。これには、マルセフも焦る心を強めた。さらに深刻な事も発見される。
  次元転移による正確な座標が出せないと言うのだ。この現象は管理局の各拠点で起きたものと全く同じであり、傍にいたフェイトもハッとなった。

(次元転移が出来ないのでは……私達に、この場を逃れる方法はあるの……?)

フェイトも今の絶望に思える報告を耳にして、地球艦隊と次元航行部隊に退路が無いと悟った様だった。ここで、私達は倒れてしまうのか、と考えたくもない事を思ってしまう。
  次元転移が出来ないとなれば、選択は限られてしまう。マルセフの脳裏には、セオリー通りの波動砲による敵艦隊殲滅か、このレベンツァ星系にある小惑星帯を利用して離脱を計るか、それとも全滅覚悟で徹底抗戦を計るか、という選択技を考え出した。
波動砲による殲滅を行うならば、ここは全艦ではなく二隻程に絞るべきであろう。それに相手も同じ手に引っかかるとは到底思えない。
こちらが波動砲発射のために動きを鈍らせたと知れば、それに付け込んで乱戦に持ち込んで来るか、或いは集中砲火を浴びせて来るに違いないと予測したのだ。
  二つ目の選択は良いとして、三番目は論外だ。自分らがここで全滅してしまっては、管理局並びに残る東郷に大いなる不利をもたらす結果となり得るからだ。
それに、今の自分の手元にはリンディから預かったフェイト、ティアナ、シャーリー、マリエルらがいるのである。約束したのだ。彼女らの命は責任を持って預かると!
  そこまで考えた時、マルセフは全艦に後退命令を出した。

「後方の小惑星帯まで後退する、急げ!」
「了解!」

味方が潰走せぬように士気を維持させつつ、地球艦隊と次元航行部隊は後退を徐々に始めた。砲撃が中々当たらぬ状態は、正直きついものである。だが相手も少しおかしい。
電波妨害の様な行為を行っているのは、間違いなくSUS艦隊側からである。普通ならば相手側に大きく優位に立てる筈なのだろうが、そうでもないらしいのだ。
  どうやら相手側も少しながら、射撃に不具合を生じさせているらしい。これが幸いしてか、地球艦隊も予想よりも少ない被害で済みつつあり、次元航行部隊も無事であった。
次元転移装置を狂わす程の妨害電波だからこそ、この被害で済んでいるのだろうか。かのデザリアム帝国にも似たような妨害兵器があったのを思い浮かべた、その時である。

「戦艦〈ブルターニュ〉通信途絶!」 
「何っ!」
「撃沈されたのか!?」

テラーの報告にマルセフとラーダーは驚き、詳細報告を知らせる様に言う。先に戦闘を行っていた第二部隊側の損害が増えてる。
まさか二隻目の損失となるのだろうか……と心配したものの、それは杞憂に終わる。どうやら艦橋頂上部左右にあるレーダー部に命中打を受けたようだ。
艦橋が吹き飛ばない代わりにレーダー機能の六割を喪失し、通信機能も一時的であるが喪失したようだ。撃沈には至らなかった事に、マルセフ達のみならずフェイトも安堵した。
  安堵したの良いが、管理局側の被害もじわじわと出始めている様子だ。地球艦隊はなるべく自身を前に出して、次元航行部隊への損害を抑えようとする。
それは当然、地球艦隊に砲火が集中する事を意味する。じわじわと浸み込む様にして被害を増大させる地球艦隊も、必死になってSUS艦隊への砲撃を集中させていた。
小惑星帯へ潜り込むまで、二隻目の犠牲を出す事になった。駆逐艦〈エルム〉も満身創痍な状態で戦闘を続けていたものの、遂に力尽きてしまったのだ。
地球艦隊クルーの悔やみは勿論のことであるが、SUSも被害を蓄積させつつあった。





  戦端を開いて一〇分、SUSは五隻を喪失した。ディゲルも、地球艦隊の装甲の硬さや武装の威力をその身を以て確認した。やはり、地球艦は侮れぬ性能を有しているのだ。

「ディゲル長官、地球艦隊と管理局は小惑星帯へと潜り込みました」
「幾ら地球艦隊が少数とはいえ、我が方が八隻もの損害を被るとはな。妨害が無ければ、これ以上の損害を被っているという事か」
「如何致しますか? 奴らは小惑星帯へ紛れて逃亡を計るつもりではないかと」

逃がす気など、彼には毛頭無かった。部下の進言を肯定すると共に、艦隊をそのまま前進させて小惑星帯内部へと追い込むような態勢に入る。
  しかし、これは面倒な事になった。小惑星帯に紛れ込まれてしまっては、奴らを逃す事になる。そうも思ったが、別の推測も出来た。
この小惑星帯へ自分らを誘い込み、動きの鈍ったところを狙うのではないか。電波妨害を続けているとはいえ、あの超兵器を地球艦隊並びに管理局からも放たれればどうなる?
こちらは壊滅的打撃を被る事となる。そこで彼は相手の動きに厳重注意を言い渡した。

「奴らはあの超兵器で我らを殲滅する可能性がある。全艦、奴らの動きに変化を見つけ次第報告しろ! 特に、砲撃の手を緩めているような奴をな!」

  地球の戦闘艦であろうと、管理局の艦であろうと、超兵器を放つ前にはその兆候があるのをディゲルは知っていた。もし撃ってくるのであれば、こちらもあれを使うのみ。
メイン・スクリーンには地球・管理局艦隊が小惑星帯へ完全に紛れ込み、応戦を続けているのが映され続けている。誠にしつこく粘りのある相手ではないか、と彼は思った。
やがてSUS艦隊も小惑星帯へと突入する。お互いにまだ致命的な損害を被ってはおらず、戦闘の継続にはまだまだ耐えられるように思えたが、実際はそうもいかったのである。

「我ら(次元航行部隊)ながら、良く此処まで粘っているものだ。だが……」

  旗艦〈ラティノイア〉の艦長席で、オズヴェルトはボソリと呟く。彼の言う通り以前の次元航行部隊と比べれば、確かに粘り強さは見られた。
組織的な抵抗も不完全ながら続けられており、それ程までの粘り強さを継続させるのに影響が大きかったのは、何と言っても地球艦隊の存在であろう。
彼らが傍にいてくれるからこそ、局員達は何とか不安に押し潰されずにいたのだと言っても、大げさな事ではない。それ程に地球艦隊の存在は強大化しているのであった。
  しかし、彼の心配は別の事で大きくなりつつあった。それは、乗組員達の疲労だ。六時間以上も訓練を続けて来た彼らにして見てば、連続して続く本番は行動の限界である。
砲撃は主にコンピューター任せではあるとして、それを管理する側の疲労度は過酷なものであったのだ。後どれくらいの戦闘を継続しえるだろうか、彼は部下達を見やる。
各艦の砲撃の手は緩められてはいないが、艦自体の動きにやや鈍さが目立ち始めていた。これでは、SUSに気づかれるのも時間の問題だ。打開策を練らねばならない。
指揮下で生存している艦は八三隻。先のゲヴェンス艦隊の生き残りを合わせて八七隻。ゲヴェンスが無茶をしなければ、一〇〇隻は残っていただろうに……。

「間もなく第一小惑星帯を抜け出します」
「艦長、我が艦隊と次元航行部隊は疲労が重なっております。このままでは……」
「……ここで、決めるしかあるまい」

  コレムの主張に、ここで意を決したと言わんばかりのマルセフは、波動砲の発射準備を命じた。小惑星帯内部で早々に撃っていても良かったのではないか。
フェイトは恐る恐るといったように進言してみる。するとマルセフではなく、ラーダーが代わりにその答えを出した。
今は敵を殲滅するのではなく、逃げる事が最重要だ。敵を混乱させかつ足止めを図るには、この小惑星帯内部へと誘い込みつつ自分らは先に小惑星帯外へと出る事が肝心である。
その方が波動砲を撃った後に素早い退避行動に移せる上に、次元転移するための時間も十分に稼げる筈である……と言うのであった。
  そこまで説明する頃、艦内アナウンスを通じて艦橋へエネルギー充填の完了報告が入る。波動砲を放つのは旗艦〈シヴァ〉のみだ。
他艦まで発射に参加してしまっては、発射後の対応に後れを取ってしまうからだ。マルセフは秒読みを開始させた。
SUSは相変わらずに小惑星帯を避けつつ前進してくる様子であり、散発的な砲撃を加えて来る。秒読みが迫る中で、コレムの心の中には不穏な何かを感じつつあった。
  果たして、SUSが二度目の手に引っかかってくれるだろうか? 波動砲は強力な抑止力の意味もあるのだが、相手は波動砲の存在を無視するかのごとく突っ込んで来る。
その光景が、何処か怪しく感じられてしょうがない。そして、カウントが遂に〇を指す。用意された対閃光用ゴーグルをしたクルー一同。
そしてフェイト、シャリオは、生まれて初めて波動砲の強力な閃光を目撃したのである……。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
近頃は暑くなる日が続きますが、皆様はどうお過ごしでしょうか? 体調にはくれぐれも気を付けましょう。
さて、今回は遭遇戦となりました(しかも完結しきれない(汗))が、いかがでしたでしょうか?
ここで初の地球艦損失が出ましたが、今後も恐らく損失を出すでしょう……自分で書いておいてなんですが、沈めるのは気が引けますね(オイ)。
次回も戦闘の続きとなりますが、視界更新まで、どうかお待ちください。

拍手リンク〜
[四〇]投稿日:二〇一一年〇六月〇四日一八:二三:三九 EF一二 一
クロノの戦術は間違っていないものの、火力の集中と迅速な機動に問題ありでしたね。
そして頑固なキンガー提督も、現実を受け入れざるをえなくなりましたか。
まあ、彼も伊達に提督まで昇格したわけじゃないということですが、この結果から何を得るのでしょう。
なのはが感じた懸念、私もどこかで書くつもりですが、管理局としては先々を考えると頭が痛いでしょう。
特に管理局への反発が強い管理世界にすれば、魔法に頼らず強力な戦力を持つ地球防衛軍・地球連邦の存在は魅力的に移るでしょうね。(エトス等もいずれそうなるのでしょうが)
それは物語が進んでからでしょうが……。

>>毎回の書き込みに感謝です!
クロノも艦隊を率いていましたが、複雑な艦隊運動を命じた訳ではないですからね。判断は出来ても味方がそれに追いつけるかというのは、予測しがたいでしょう。
上層部もこれで考えを変えてくれる筈……だと思います、恐らくは。
そろそろ、古代たちの様子も描かなくては(汗)。



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