「……ほ、本当に、私に憑いている霊というのは……リィンに似てるんですか?」
「えぇ。大きさ、眼の色は違うけど、貴方の式神さん(リィンフォースU)と同様の容貌をしているわ」

  大聖堂の応接室では、先の予言書の話から一転して、まさかのオカルト方面に話が進んでいた。そして目方の言う、はやてを見守る霊の存在を知った時、その場の者は息を呑む。
いよいよ特徴知った時のはやての反応は、特に大きかった。

「……リィンフォースが、私を……?」
「そうよ。貴女が〈ミカサ〉に乗り込んだ時にはっきりと確認したの。ずっと貴女の後ろに憑いて、見守っているのよ。そして、今も……」

それを聞いたはやては、次第に目が潤み始めていた。彼女の視界が徐々に曇っていくのだが、それを拭おうとはせずに彼女は視線を下に下げている。
  リィンフォース……はやての所持する〈闇の書〉の管制プログラムであり、主であるはやてと精神的にもリンクしていた。
凡そ一〇年前にはやてと出会い、彼女を〈闇の書〉の主として尽くそうとした。だが〈闇の書〉とは、時として破滅へと導きかねない代物。これを抹消しようとする者がいた。
その人物の策略の結果、はやては正気を失ってしまったばかりか、全てが夢で終わる事――即ち世界の破滅を望んだのである。
精神リンクしている故にリィンフォースは、彼女の望みを叶えるべく行動を開始した。
  しかしこの行動は、なのは、フェイト、及び正気を取り戻したはやてに止められた。だがリィンフォースとは別に〈闇の書〉自体の自己防衛プログラムが暴走を続けた。
この暴走は、なのは、フェイト、そして魔導師となった、はやて達の活躍で暴走も収められる。それでもなお、自己修復機能で暴走する可能性があるとして、リィンフォースは自身の破壊を進言し、実行された。
  その後は、一一歳の時にリィンフォースの意思を継ぐ新しいユニゾン・デバイス、リィンフォースUを創造。それからは九年間、良きパートナーとして活動している。

「はやて……」
「はやてちゃん……」

隣に座るフェイト、そしてパートナーのリィンフォースUが声を掛ける。カリムも、そんなはやてにどう声を掛けてよいのかは分からない。片やマルセフも同様だった。
彼は事件のあらましを軽い程度にしか見てはいない。まして、はやての奥深い事情を知り得るほどには……。
  だが、事実上消滅したと思われたパートナーが、その消滅した日から――恐らくはずっと見守ってきたのだと知れば、驚かずにはいられないだろう。

「ありがとうな……リィンフォース」

小さい声で、はやては感謝の言葉をかつてのパートナーへ捧げた。彼女はリィンフォースを忘れていた訳ではなかった。
とはいえ、多忙な毎日に加えて、最近のJS事件の解決に全力を注いでいたため、意識が薄れていたのは、事実であったのだ。
  それでも、パートナーは見守り続けてきた……自分自身の手で、主を守れない事を悔やみつつも……。少しの間だけ、はやては涙を流し続けた。
それもしばらくすると、視線を戻す。彼女はまだ潤んだ眼で目方を見ると、今度は目方に対して礼の言葉を述べた。

「目方中佐……リィンフォースの事、教えて頂き、本当にありがとうございます」
「礼を言われるような事でもないわ。けど、忘れないでね? 貴女には、そのリィンフォースが憑いていることを……」

  コクリと頷くはやて。そんな彼女の傍にいるリィンフォースもまた、主の様子に微笑ましい様子で見ているのが目方には分かった。続けてこちらへも、笑みを向けて来る。

(大丈夫ですよ。八神さん達は……私達が護るから)

巫女の血を引く女性、目方恵子はリィンフォースの願いを硬く護ると今一度、心深く誓ったのである。





  マルセフ一行がカリムと会合し、無事に本局へと戻って来てから二日が経過した頃の事。クロノは本局に設置されている高精度を誇るシュミレーター室に居た。
魔導師達が訓練に使用するバーチャル・ルームとは違い、こちらは艦船に関する専門のシミュレーション・ルームだ。そのため、部屋自体は一人分のスペースのみ。
個室には、艦長席を模様した操作席が備え付けられ、正座席面にはメイン・ディスプレイ、さらにサブ・ディスプレイが両端に二つある。
  彼はその席で三時間程の間に、数十回という数のシミュレーションによる艦隊戦を繰り返していた。

「敵艦隊密集……中央突破……中央を開けつつ挟撃開始。敵艦隊左翼方向転換……左翼後退しつつ砲撃続行」

メイン・ディスプレイには、クロノが操作している次元航行部隊と、コンピューターに任せたSUS艦隊が陣形を作って映されている。
SUS艦隊の突撃に対して、クロノは艦隊を二つに分割しつつSUS艦隊の両舷を挟撃するという行動に出ていた。
  本来の管理局艦船では、彼の指示するような行動を執るにはしばらくの時間が必要であろう。それでも一応の艦隊の練度設定も調整されているため、現実味は近い方と言えよう。
コンピューターと言えどもSUS艦隊は力加減はしない。分割させた次元航行部隊の左翼にいち早く喰らい付き、各個撃破を狙う。クロノは冷静さを保ちつつ対応する。

「右翼挟撃開始……LS級を中央に進出包囲へ……抑えられず。時期尚早なれど右翼突撃、左翼援護……損害続出。敵艦隊左翼突破……追撃不可能……ふぅ……」

自らのデバイス〈S4U〉が『損害比率 次元航行部隊 七四:SUS艦隊 三五』という冷厳な事実を叩き出す。シミュレーションとはいえ、現実では十分にあり得る話だ。
  何度と繰り返しても、やはり管理局艦船では力の差が出てしまう。それ自体は致し方のない事であろう。それに、この結果はまだ良い方だとも言えた。
彼は良い表情をしてない。それも当然だ。これは現実の戦果ではないが、現実戦闘ともなればあるものが発生する。それが殉職者だ。
今までも否応なく管理局の〈海〉〈陸〉は大量な殉職者を出していたのだ。〈S4U〉の出す結果通りならば、これまた大量の艦船と人員を失う結果となる。
だが、どうしても損害は避けられない。クロノは、これからの戦いでこれ程の殉職者を出してしまうのかと考えると、今まで以上に心の負担は大きくなるのであった。

(冷めたコーヒーがこうも不味いとは……いや僕の戦術こそ不味いか)

操作に夢中になり、ほったらかしにされていたコーヒーを口にしながらに、クロノは自らが演じたシミュレーター結果を眺めながらひとりごちた。
  正直、地球防衛軍(E・D・F)が提供してくれた戦術シミュレーションは有り難いと思っていた。実を言えば、管理局ではこういったものは娯楽の範疇のものしかなく、ここまで複雑な――艦隊戦闘専門に関しての指揮を行えるものはなかったのだ。
艦長としての能力を補佐するためのシミュレーションはあっても、大規模かつ精密な艦隊戦のリアルシミュレーションは存在しなかった。
そこで、地球防衛軍からその手のプログラムを譲り受け、管理局の既存プログラム機構に移植したのである。クロノを始めとする提督クラスの指揮官は、既に活用している。

(それにしても……ん?)

 慣れた、そして久しぶりの気配を感じて振り向く。そこには薄い茶色のショートカットをした女性の姿があった。

「エイミィ……一応、ここは機密区間なんだが?」
「やっほー。元局員で有名人の妻! ですからあっさり入れてくれたよ」

相も変わらず気楽な調子でバスケット片手にして、彼の妻――エイミィ・ハラオウンが彼の前で胸を張る(因みに二児の母でもある)。
そんな陽気な妻に呆れてものも言わないクロノだったが、エイミィは気にせずに彼の隣へと歩み寄った。

「フェイトちゃんがむくれてたよ? 机に反省文放り出して『クロノに苛められた』って」
「当然の結果だ」

  そう、つい2時間ほど前この兄妹は戦術シミュレーションで対戦していたのだ。当のフェイトも、先の〈シヴァ〉艦内での出来事に心を入れ替えて、積極的にシミュレーション訓練に参加したのだが……結果がどうなったかは推して知るべし。

「素人が張り切って結果が出るものではないよ。最後は多少ましだったが一桁まで数を減らしていたからな。反省文付きで揉み潰した」
「ひっどーい!」

笑いながらエイミィは、テキパキとバスケットからサンドイッチ、フルーツ、コーヒーが入ったボトルを並べていく。
バスケットから出る量がやや少ないのはフェイトにおすそわけしてきたからだろう。そういえば八時間、コーヒー以外口にしていなかったな。
  そう思いながらクロノはサンドイッチに齧り付いた。しばらく静かな咀嚼(そしゃく)音が続いた後、彼女が切り出した。

「……大丈夫?」

その意味は自分に対してだけではないだろう。次元航行部隊、本局、そして管理局そのもの。しかし、彼は公人たる提督であり彼女は其の妻とはいえ私人である。
クロノは注意深く言葉を選んで切り出した。エイミィは頭が良いしすぐに察するだろうと思いつつ。

「正直厳しいな。艦隊指揮における優秀な指揮官と、訓練された局員を、最低でも倍の数が必要だ。現状、優秀な指揮官はいないし、局員の士気も敗北続きで芳しくない……」

  彼が言う事は現実だ。今までの体質であれば優秀な指揮官は眼に付くであろう。が、“変質を余儀なくされた”体質ではそれに当て嵌まる指揮官は見つからない。
ましてや、艦隊戦の基本概念を根本的に叩き込まれていない自分達。飲み込みの早い者であれば、変われるだろうが、その下に働く者達もついて来れるかどうか……。
エイミィから目線を外して、苦い表情をしているクロノ。そんな夫に、妻はこんな事を言った。

「ここにいるじゃない? 優秀な指揮官が」

  ぴっ、と額を指で突かれながらクロノは驚く。

「よしてくれ。僕は……」

彼は自分が大層な人間ではない、と否定する。が、それよりも早く、エイミィが機先を制した。

「私は知ってるよ。クロノが優秀な指揮官だってこと。P・T事件、闇の書事件、J・S事件、もっと沢山。手を下したのは、なのはちゃん達だけど、クロノは全てをフォローして全てを導いた……より良い方向へ」

長年……クロノが幸多くない少年時代から彼女は部下として数少ない友人として共にあったのだ。その事実に彼は黙り込む。胸が熱いとはこのことか。
  だがその胸も即座に急停止しかかる台詞が妻の口からから飛び出した。

「あ……私“達”、局の嘱託受けるから口利きおねがいネ!」
「ちょっとまて! なんでそうなる!! カレルとリエラをほったらかす気か!?」
「大丈夫! 嘱託っても自宅勤務だし、子供達はいつまでも甘えさせるわけにもいかないしね。頑固者はソンするぞー」

暴風のような勢いで食器を片付け部屋から退散する妻に呆れながら彼女の言葉を反芻する。

「頑固者か……」

彼の魔法の師であった双子の猫達(彼の尊敬する上司の使い魔)の口癖。そうか、今必要なのは“圧倒的に勝つ指揮官”じゃない。“頑固なまでに負けない指揮官”だ。
それに……エイミィの話の裏も読めた。馬鹿な連中だ! 局を辞めてもまだ管理世界の平和に殉じようとする奴らがいる。ここで弱音を吐いて奴らに笑われるなど御免だ!
クロノは残りのコーヒーを飲み干すと再び戦術シミュレーションに向かう。今度は旨いと思いながら。彼の思索と研究は今日中には終わりそうもない。





「よもや、ここまでして作戦行動に遅れが出るとはな……」

  〈ケラベローズ〉要塞の指令室にて、いつにもまして不機嫌そうなベルガーは呟いていた。
彼の言うとおり、地球防衛軍という存在さえなければ、今頃は管理局を全面的に降服せしめていたに違いない。
しかし現実は違った。地球防衛軍の妨害に遭った影響で、当初よりも作戦予定日は一週間以上も遅れていたのだ。これでは本国から何と言われるのもか……。
SUSの最大限の目標は、資源を確保する事である。友人世界の確保よりもまずは、豊富な資源惑星の確保が最優先される。
  現在の所、第二艦隊は幾つかの世界から資源を確保しており、随時それらを輸送し、本国へと送っていた。それが出来ているだけでも、いい方だろう。
だが、本国もそろそろ痺れを切らす頃に違いない。次元空間内における邪魔な勢力を片づけるべし、との任務も引き受けているのだ。
いつまでも管理局らを野放しにしてはいられない。かといっても、地球防衛軍までもが入り込んだこの現状。何としても排除せねばならない!

「作戦行動の見直しは全て終わっておるのか?」
「はい。動員させる兵力規模の見直しも完了しております。後は整備の最終チェックを終えれば……」

  先日の戦いから帰還したディゲルは、作戦会議で決定された動員兵力の最終整備に追われていた。前回とは違い、SUSが変更した計画案は綿密に練られていた。
管理局本局の攻略のために動員される規模は、SUSで五個戦隊(艦隊)一〇六三隻、三ヶ国連合艦隊で九個艦隊――合計 五四三隻。
合計一六〇六隻という大艦隊を動員させようとしていた。SUS側にしても、全戦力の凡そ六割がたを動員させることになる。
この艦隊を統率するのは、ディゲル本人であり、彼自身も前線へと出る事になっている。

「しかし、エトスの連中はどうするのだ? 奴らは素直に動くとも限らぬ。先日の第七艦隊の件もあるしな」
「その事は考慮しております。我が方は今回の出撃に合わせ、〈ガズナ〉級一〇隻に、時空歪曲波搭載艦も動員させます」

  ディゲルなりに考えはあった。本局を襲撃する際は問答無用で三ヶ国連合艦隊を前面に出すつもりでおり、これならば後背を襲われる心配もなく、逆に自分らが優位に立てる。
反逆の意思を見せた瞬間に背後を撃ち、果ては〈ガズナ〉級の長距離支援砲撃でもって大打撃を与える。そして優先的に叩くべきは、エトス艦隊ではなくベルデル艦隊だ。
エトス艦隊は確かに強い。艦の能力も僅かながらエトス艦が上である。総合的な攻撃力ではSUS戦艦が上であろうが、防御力では断然にエトス戦艦が勝っていた。
  だがそれでもベルデル艦隊を優先する理由、それは艦載機の搭載能力を見ていたからだ。ベルデル艦隊は全ての艦隊に艦載機を一〇〇機規模で搭載しているというのだ。
もしもこれに地球の艦載機、加えて管理局が使用していた無人機も加われば、SUSの〈ガズナ〉級と〈ムルーク〉の艦載能力では到底、補えるものではないと分かった。
SUS艦隊にとって、初撃でどれだけベルデル艦隊を叩けるかが、その後の戦闘に大きく影響すると言っても過言ではない。
  もしベルデル艦隊の撃滅に失敗すれば、SUS艦隊は多量の艦載機による反復攻撃を受けかねないのだ。

「ベルデル艦隊は対艦戦闘能力もさることながら、艦載機は無視出来ぬからな。それでも一〇〇〇隻以上の砲撃受けては、さすがのベルデルも耐えられまい」
「左様です。しかし、空間歪曲波の影響もありましょうから、命中率も低下するでしょう。とは言っても、それ程に悪影響を及ぼす訳でもないありません」

べルガーに続いて、幕僚が発言する。彼らからの視線で見れた場合の、相手のランク付けは大凡決まっていた。
危険視する順に並べるならば、地球艦隊、ベルデル艦隊、エトス艦隊、フリーデ艦隊、管理局艦隊、という具合になるが、ベルデルの場合は艦載機があるからこそすれ。
艦載機が無ければエトスが二番目に入るであろう。際だってフリーデはあまり危険視する程の認識はしていなかった。しいて言うなら、実弾攻撃のミサイルが厄介である事だ。

「今出ている艦隊を呼び戻し、全軍の態勢を完璧なものとしてから、攻略に向かうが……どれ程、時間がかかるか?」
「ハッ、万全の態勢を整えのを考慮すると、出撃は三週間後、本拠地への到着は……九日前後になるでしょう」
「よかろう。それまでは十分に策を練り、訓練を絶やすな。管理局、そして地球艦隊を徹底的に叩き潰すのだ」
「了解しました」

  ベルガーらの話し合いの後、ガーウィックの旗艦〈リーガル〉のもとへ連絡が入った。

「提督、SUS司令部より入電!」
「聞こう」

内容は作戦行動の開始決定についてであった。一応、予定通りの様である。
到着は四週間後……我々、三ヶ国軍が動く時だ。厳密に言えば、時空管理局本局に到着してからだが、彼は待ち焦がれたという様子で正面を見つめ直した。

「提督……上手くいくでしょうか?」
「艦長の心配はもっともだ。だが、今更引き返す事など有り得ぬ。それに、やっとSUSに噛みつくチャンスが到来したのだ。ゴルック、ズィーデルも同じ気持ちだろう」
「そうでしょうな。特にゴルック提督は、真っ先に喰らいかかるでしょう」
「あ奴はまだ若いからな。だが、SUSの戦力は我らの倍だ。立ち位置も奴らが優位だろう」

ガーウィックはSUSの考えている事を予期していた。先日の不審な行動が、彼らに警戒心を植え付けるには十分であると感じていたからだ。ならば、奴らは隙を伺っている筈。
以前は自分らの配置位置を、退路を防ぐために別行動を要請した。だが今回はそれが許されてはいない。何故なら、管理局らだけでなく地球艦隊も逃げ場は無くなったからである。
あの忌々しい妨害艦――空間歪曲波発生装置の存在が、その証拠であった。この艦がいさえすれば、相手は次元転移する事も叶わないのだ。

「我らが反旗を翻すのを狙っている可能性は大いにある。これは、回避する事は出来ないであろうよ」
「という事は、無防備な状態で被害を被る事を、覚悟せねばならないという事ですね?」
「……あぁ。背後からの不意打ち、というのも我ら武士道精神に反する行為だ。と言っても戦争で通じる筈もない。奇襲や不意打ちも兵法の一つであるからな」

  苦笑交じりにガーウィックは言うが、それが戦争というものである。どの国家も正々堂々と戦う事を良しとする軍隊ばかりではない。
戦争は美学ではないのだ。
兵士に無駄死にを出させるのは、指揮官としては失格な行為である。効率よく艦隊を運用出来る様に作戦を練り、効率よく敵艦隊を撃破なお且つ、味方には最小の犠牲で済ませる。
これこそが指揮官に求められるものであろう。彼は反旗を翻す際に、わざと管理局艦隊や地球艦隊と混戦状態を作り出す、という案を考えた事がある。
無論、この混戦は擬態だ。普通ならば、自軍が敵と入り乱れてしまっては手出しのしようがなく、下手をすれば見方を巻き添えに砲撃しかねないのだ。
  だがSUSはそれを配慮しないだろう。寧ろそれを好機と見て、纏めて包囲殲滅なりする筈だ。それを考えて、ガーウィックは頭の中からその作戦を却下せざるを得なかった。
下手な動きをすれば地球艦隊と合流する前に不意打ちを食らいかねない。やはりここは、耐えるしかないのだろう。そして、素早い反転攻勢が必要とされるのだ。

(反転攻勢も、危険な行動に違いないがな)

敵前回頭は危険極まりない行動だ。およそは艦艇の形状にもよるかもしれないが、大抵の場合だと横っ腹を晒す事になりかねない。回頭を終えるまでに相当の被害は覚悟すべきだ。
何よりも回頭するだけが危険なわけではない。一八〇度反転するという事は、艦隊内部に隊列の大きな乱れを呼び起こす原因にもなりかねないという事だ。
これは避けなければならない。ここは未然に回頭する事を考慮しておかねばならないだろう。しかも、後衛の艦隊にはいらぬ犠牲を払う事にもなりかねないだろうが……。





  ここで、時系列は数週間進む。地球の衛星――月の周囲に停泊している巨大建造物、〈トレーダー〉はいよいよ待ちに待った行動に出ようとしていた。
搭載予定の〈アムルタート〉も無事に組み込むことが叶い、〈トレーダー〉は遂に次元をも飛ぶ事が可能なステーションへと進化したのである。
その次元空間へのジャンプテストは既に行われており、〈アムルタート〉の通信ステーション、防衛軍の無人偵察ユニット等が次元空間に送り込まれている。
流石に〈トレーダー〉本体の転移は行われていないものの、真田長官の発案による破天荒なプランが用いられることになった。
  その際、管理局員であるオペレーターのアネッド・スティールも乗艦したのだが、彼女の席は〈アムルタート〉がそのまま組み込まれた区画であり、操作席も当時のままであったのは彼女を安堵させたという。
次元転移する際には〈トレーダー〉の艦橋で指示を送り、〈アムルタート〉の区画で準備が行われる。最後にそのデータが艦橋へと戻り、システムが発動するという仕掛けだ。
テストを完了させた地球防衛軍は月基地へ集結させていた、各宙域の艦隊及び、主力残存艦を〈アムルタート〉のドックへ格納させていた。殆どは主力艦隊の残存と言ってもよい。
最終的な決定として、七二隻(内、戦艦一三、巡洋艦二五、駆逐艦三三、空母一)で編成される事となり、この中には〈ヤマト〉も含まれる事となった。
  人事配置も決定されている。

「諸君、最終チェックは終わりそうか?」
「ハッ! 〈トレーダー〉への物資搭載、及び艦艇の収容完了、システム最終チェック等を全て終えるまで、あと半日は要するかと……」

広々とした艦橋にいる男性が、〈トレーダー〉の現状を聞き出す。その男こそ、今回の遠征部隊司令官となった古代 進である。
艦隊を指揮してきた彼は、今度は要塞とも言える〈トレーダー〉へ身を置く事となっており、指示もここから出す事になる。
  当初の古代であれば、〈ヤマト〉に乗って前線で指揮を取って来たであろうが、今回はそうもいかない。派遣軍総司令ともなる男が拠点をおろそかには出来ないのだ。

(艦隊の指揮官まで良かったが、まさか後方エリアで指揮を執るとは……。いや、俺が今まで前線に居すぎただけだろうな)

彼の性格上、前線にて戦うのが通常のスタイルだ。それが急に拠点からの指示を行うともなれば、戸惑うのも致し方のないことだろう。
山南の言うところでは古代自身にも指揮官として、より実践を積んでもらいたいとの強い申し入れがあったのだ。
かの上司からの意見ともなれば、無理に退けるのも忍び難い。そこで古代は渋々といった形で承諾したのだ。
  だが、肝心の〈ヤマト〉はどうするのだろうか? 実は今だに完全修理を終えていない状況であり、今しばらくはドックで修理を続ける必要があった。
それなのに何故、連れて行く必要があったのだろうか、と言えば理由も単純だ。〈ヤマト〉は地球のみならず銀河系の中で大きく名を轟かせている。
一七年前から衰えることなく、現在も強く刻み込まれた〈ヤマト〉の名は、地球にとって心強い味方。敵にすれば恐れるべき存在として映る筈だ。
  この心理的作用を利用して、派遣軍の士気を鼓舞しようという狙いがあった。しかし、逆に言えば残った地球にとってはマイナス効果だ。
〈ヤマト〉という最強の戦艦がいない状況では、市民のみならず将兵にも少なからずの動揺を与える可能性もあったのだ。だがこのまま地球に残すのもどうしたものだろうか。
あれこれと考えた挙句、〈ヤマト〉は動員させる事に決まった。完全な状態になるまでの時間は必要ではあったが……。

「二四時間内には行動に入りたい。なるべく早く済ませてくれ」
「ハッ!」

  復唱したのは、〈トレーダー〉司令官のグレン・アダムス准将だ。薄い黄色の髪をオールバックにした三八歳のアメリカ人で、後方支援に関する専門家でもあった。
彼の役目は〈トレーダー〉そのものの管理運用であるが、古代の指揮下にも入る。古代が艦隊で遠出する時は、彼が司令官代理として〈トレーダー〉や残存艦の指揮を執る。
古代は艦橋内部の艦内用マイクを手に取り、連絡先を〈アムルタート〉区間へ繋げた。そこには、既にジャルクを始めとして、スティール、ヨハンネも位置についていたのだ。

「ジャルク提督、こちら古代です」
『……はい、聞こえます』
「提督、そちらのチェックはどうですか?」
『昨日に行われた次元転移のテストが成功しましたから、システム上の問題はありません。後は本番のみ、というところです』
「そうですか。分かりました。引き続き、次元転移システムのチェックと、次元空間内での航路計算の確認をお願いします」
『了解しました』

連邦の大病院から少し無理を通した形で退院を果たした局員達は、今の自分らの役目を果たそうと必死だ。何せ次元空間は、地球防衛軍から見れば未知の空間なのだ。
マルセフらの様に、次元空間内を行き来している局員のサポートがなければ、次元転移しても動けない。下手に動いては、危険空間へと迷いかねないのだ。
  今回の随員する主な指揮官は次の通りだ。派遣艦隊司令官:古代 進中将、副艦隊司令官:南部 康雄少将、分艦隊司令官:劉 葉蓮(りゅう ようれん)准将の三名だ。
南部は先日の決戦での功績によって昇進すると同時に、古代の副司令として配属が決定された。分艦隊司令官の劉准将は、先日昇進したての司令官であり、年齢も三二歳。
彼の特徴として、攻めの古代、南部と打って変わり、防御面に関しての定評が高い。相手の気迫に押される事無く、我慢強く留まりつつ敵戦力を削り取るのが主な戦法である。

(一刻も早く、友軍を救わねば……いや、それだけでは済まされないだろうか? 管理局も今はSUS相手の劣勢に追い込まれている筈だ)

古代は増援に向かってもなお、戦いからは絶対に抜け出せない事を承知していた。管理局も、自分達に何らかの要請を出す場合が高い。
  しかし、おいそれと応じる訳にも行かない。マルセフ達の場合は、本国への連絡手段が取れない故に独断的な判断を下したのだ。
古代達の場合は、ある程度の通信手段が行える事になっているだけ、独断行動を執る選択は無くなるであろう。
次元空間と通常宇宙空間を多数の特殊通信ステーションで繋ぎ、〈トレーダー〉から地球までのネットワークを構築する事になっている。
地球連邦政府としては、管理局の要請に応じるつもりはない。地球連邦事態も弱体化している事が最もな理由だ。これ以上の疲弊はそれこそ国防に重大な支障を来すのだから。
  が、SUSが相手となっては地球連邦もだんまりを決め込むのは難しい。長時間の話し合いの結果、連邦大統領の元、管理局からの要請は内容によるだろう、との事になった。
もっとも、混乱の最中で無茶な要請を出すことは無いだろうが……。古代は不安な気持ちを抱えつつ、引き続き〈トレーダー〉の調整を確認していったのである。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
夏の日差しにしては、少し異様な日が続きますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
さて、今回は主に四つの視点によるものでしたが、いかがでしたでしょうか。今回は中々にネタをひねり出す事が出来ず、定番ともいえるグダグダとした感じになりました。
特にリリカル〜側の二期目ですかね(はやてが中心のやつだと思いますが)? 初めて知る方に簡単かつ手短に描くのは骨が折れますね(汗)
しかし難しいですね、ストーリーを作り出すと言うのは(←今更かよ)。毎回に話を作る脚本家とかもこんな感じなのでしょうかね?
もうすぐ戦闘シーンへ再突入すると思いますが……いましばらくお待ちください。
では、ここにて失礼いたします!

〜拍手リンクより〜
[六〇]投稿日:二〇一一年〇七月三一日二〇:一三:一 EF一二 一
更新お疲れ様です。
今回は管理局側のインターミッション話ですね。
―\―\どうやら増援が来るらしいということですが、実際に増援部隊が来た時には管理局はもとより、地球艦隊も呆然とすることになるのでしょうね。
一方で、地球も色々のっぴきならぬことになっているんでしょうが。
では、次回も楽しみにしております 

>>毎回の書き込みに感謝です!
増援部隊が出現した暁には、確かに皆して驚愕するかもしれませんね。
なんせ、あんな巨大なものが来るんですから……。地球側も銀河系の様子に気を付けなければなりませんから、大変な状態には変わりありませんね。

[六一]投稿日:二〇一一年〇八月〇一日八:〇:五 グレートヤマト
はやてに憑いている霊……初代リインフォースか?
はやてに憑りつくのは初代リインしかいない。
そして次回は、地球の要塞出撃ですか?

>>書き込みありがとうございます、グレートヤマトさん!
はやてに取り憑く霊は、今回で明らかになりました。
次回こそは……恐らくは〈トレーダー〉出撃になるかと……。

[六二]投稿日:二〇一一年〇八月〇五日二〇:四八:五四 F二二Jラプター
毎週の更新お疲れさまです。いよいよ増援艦隊(要塞)の出撃も真近なってきましたね。しかし、考えましたね。トレーダーを貿易者とは。感服しました。それとふと思ったのですが、管理局はトレーダー自体にはそんなに驚かないかもしれませんね。なんせ彼らは本局を建造してますから。

>>感想の書き込み、ありがとうございます!
〈トレーダー〉の貿易者という設定は、元々は他の読者様から頂いた者です。いつもながらお世話になりっぱなしな私ですが(←オイ)
〈トレーダー〉は確かに巨大ですが、管理局の本局の方が巨大ですからね。それ自体は驚かないかもしれませんが、増援として送り込むこと自体に驚くでしょうw



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.