高町 なのはの目の前に広がる光景、それは地獄と言うに充分たるものだった。全次元世界の守護者として頂点に立ち、平和を保ち続けてきた時空管理局(A・B)の本拠地である本局。
それが、あのSUSによって無残にも破壊され、廃墟としか言いようのない様へと変わり果てている。守りの要であった次元航行部隊も、尽く撃破されてしまい、残骸が浮かぶ。

(なん……なの? これは、いったい……)

彼女は唖然とした。敵襲など聞いていないのに、何故、既に管理局本局は落ちているのか? 有り得ない、幾らなんでも、攻撃を受けたならその報が入る筈なのに……。
  それに、親友のはやては? フェイトは? クロノ、ユーノ、リンディ、レティ、シャリオ、ティアナ、シャマルら達もあそこにいるのだ。
彼女は、廃墟と化した本局を前に果てしのない負の感情が湧きあがり、そして身体中に悪寒が走る。死んだ……まさか、彼らが? 嫌だ、そんなの……。
次第になのはの思考は恐怖で支配されいていく。しかし、何故だろうか。何故、自分はこの様な光景が見えているのか?そう思った瞬間だった。
  今度は自分のいた場所、ミッドチルダ郊外の光景が広がった。自分の身体も動かせているのだが、そこでもまた、彼女は愕然としてしまった。

(そんな! これが、ミッド……チルダなの……?)

彼女の目の前に広がったミッドチルダは、街として呼べるものではない。自分の住んでいた住宅街は、見える範囲では尽くが倒壊し、一軒たりとも無事なものはなったのだ。
そして火災が発生したのであろう紅蓮(ぐれん)の炎が、瓦礫と化した住宅街の大半を焼き尽くそうとしている。ここでもまた、何があったというのだろう。
彼女は突然の展開に思考が付いて行けず、その場に立ち尽くしているような状況だった。
  だがそのままではいられない。彼女は愛する娘、ヴィヴィオを思い出すと、一目散に自宅へとバリアジャケット姿で飛んで行く。

(一体何が……どうなっているの?)

飛びながらも彼女は混乱した思考を整理しようとする。その瞬く間に今度は我が家だ。幸いに倒壊している様子はない。
彼女は直ぐに中へ駆け込み、娘を探し出そうと躍起になるが、どこにもいない。リビング、寝室、浴室と、くまなく探すのだが、見当たらない。
  まさか、外へ出たのか? そこまで考えた時、今度は外へ飛び出した。身体は自然に地上部隊本部のあるビルへと向かう。
上空を飛んで行く中で、周りの変わり果てた風景は嫌がおうにも目に入る。街全体がまるで炎の壁に囲まれている様に見えた。
これもまさか、SUSの仕業であるのか、だとしたこれもいつの間に攻めて来たのか。自分が戦う事も無く街を破壊され、多くの住民が被害にあったというのに……。
やがて彼女は地上本部へと到着し、降り立った。そこには本部のシンボルたる高層ビルは目の当てようもない程に破壊され、三分の一の高さしか残されていなかったのだ。

「……ぅッ」

  そして次に大きなショックを与えたのは、周辺の瓦礫と共に多くの局員の無残な亡骸が横たわっている光景。この光景に、なのはは嘔吐しそうになるも、辛うじて堪えた。
彼女がそうなりそうなのも無理はない。魔法戦ではありえないような惨状なのだ。手足を失ったような者、或いは瓦礫の下敷きになり、血を噴出している者もいる。
次に映った信じ難い光景、それは機動六課時の仲間であったシグナムとヴィータの倒れ伏した姿だった。
両者とも、最後まで諦めなかった、とでも言う様にデバイスを握りしめている。

「う、嘘……嘘だよ、こんなの……」

  その時だ、彼女の耳に聞き覚えのある声が入る。それは先程までに探し求めていた、愛する幼い娘の姿がそのこあったのだ。
涙目ながらにも、愛用のヌイグルミを抱きしめて母親を求めるその姿に、彼女は駆け出した。

「ヴィヴィオ!」

そう叫び近づこうとした刹那……

「っ!?」

娘の背後から迫る黒く大きな影。キュラキュラという音を立てながら接近する物体は殆ど箱状に近く、地球で言う戦車に近いものであろう。
だがそんな事を考えている場合でない。なのはは全力で駆け出そうとしたのだが……ヴィヴィオに近づけない。

(どうして、なんで辿り着けないの!)

心内で叫びつつも、彼女は娘を助けようとする。
  一方の娘は竦んで動けないでいた。その間にも戦車の様な物体が接近してくる。それだけではない、その物体と共に、やけに背の高い人間らしき者が数十人、歩いて接近する。

「た……助けて……いや……」

ヴィヴィオは相も変わらず動けない。そして、なのはも近づくことが出来ない。そして遂に、謎の集団の方が先に娘に辿り着いた。

「止めて、ヴィヴィオに手を出さないで!」

懸命に叫びつつも駆け寄ろうとするなのは。それでもやはり、娘に触れる事さえ叶わない。その様子を見ていた謎の集団の一人が、憐れむような口調で言い放った。

「哀れだな、人間よ……素直に降服すればよいものを。下手なプライドを持ち、降服を拒んだ事が、自らを貶めたのだ。そしてまた、お前達も……」
「っ!?」

  なのはは戦慄した。その背の高い者が拳銃らしきものを取り出して、なんと娘に向けたではないか! やめて、殺さないで、と彼女は懸命に止めさせようと叫ぶ。
そのゾクリとさせるような鋭い眼光は、叫ぶ彼女を哀れに見返しつつ、狙いをヴィヴィオへと定める。そして、トリガーに掛けた指に力を込めた……。

「己の無力さを、呪うがいい」

トリガーが遂に引かれ、銃口の先端に光が走った。それと同時に、なのは今までにない声量で叫んだ。

「駄目ッ! お願い……やめてええええぇぇぇぇぇ!!!!」


――銃口が閃光して視界が遮られると同時に、彼女は意識を失った。

「っ!? ……ハァ……ハァ……。い、今のは……夢……?」

  彼女が次に意識を取り戻した時、そこは自分の見慣れた場所だった。つまり、自分の住む家の寝室である。
そして彼女のすぐ傍には静かな寝息を立てながら、お気に入りの兎のヌイグルミを抱き抱えているヴィヴィオの可愛らしい寝姿があった。

「夢、か」

  それを確認してから、彼女は先程までの光景が夢であると分かると、思わず安堵した。あれが夢であるにしても、何とも息苦しく恐怖感のある悪夢だろう……。
特に目に焼き付いたのは、娘を撃とうとしたあの謎の集団だ。彼らの目線は普通の人間が持ち得るようなものではなく、戦闘機人達とも、聖王のヴィヴィオともまた違った。
あの鋭い眼光は忘れらない威容を放っていた。直接にSUS人を見た事が無いとはいえ、まさか、あれがSUSの姿なのだろうか。
  だとすればとんでもない異星人を相手にしている。彼女は深呼吸をして乱れた呼吸を整えようとする。随分と自分は魘されていたのが分かる。
その証拠に、先の悪夢による寝汗が酷い。背中は汗で寝間着が張り付いている。さらには首回り、そして額にも汗が浮出ていた。
呼吸を整えつつ、噴き出た汗を腕で拭う。やがて呼吸が整うと、もう一度先の悪夢を思い返した。

(なんだろう、今の夢は……なんだか、酷く現実味があった。まさか、あれが管理局の……未来?)

今までにこれ程までに悲惨な夢を見た事が無かった。あのJ・S事件でさえ、悪夢に思えたのに……。SUSの攻撃を受けた結果が、あれだと言うのだろか?
これまで管理局が治安を保ち得てきたその形が、無残にも破壊されていた。これが、自らの力に己惚れた管理局の結末である、と訴えているかのうようにも捉える事が出来た。
  やはり、今のままではいけない……と、彼女はこの時に思い知らされた。今までも否定的な思考を持っていた訳でもなく、寧ろ地球防衛軍とは一線を張って教導すべき思考だ。
ただ地球防衛軍との協調というのは、質量兵器を使わない魔導師達との軋轢がさらに生じてしまうだけではなく、魔導師という立場が危うまれるのではないかと考えていたのだ。
なのはもエースとして名を轟かせ、立派な魔導師として活動している故に、そう考えてしまうのも致し方が無いと言えた。しかし、その危惧も、今や吹き飛んだ。

(このままじゃ駄目。もう、魔導師に捕らわれていては、みんなを守る事さえ、出来ない……きっと)

  決意の露わにさせた悪夢。これが単なる夢にしろ、いずれこうなるであろう事は否定できない。全世界の平和を維持するためには下手なプライドを捨てなければならないのだ。
彼女はそう考えつつも、隣に寝ている娘の頭を優しく撫でる。ここの所、親友のフェイトやはやても、意識を変えようと動いている様子だ。
ならば、ここは自分も固定概念に縛られず、何かを変えられるよう行動しよう。何ができるかは、まだ分からないが……。
彼女がこの悪夢を見たのは丁度、次元震の発生した当日頃であったと、後に親友のフェイト、はやての二人に語っている。





  ここで時間軸は次元航行艦〈クラウディア〉と〈メンフィス〉の、戦場離脱後に戻る事となる。時空管理局本局の中央指令室では再度、騒々しい様子になっていた。

「何!?」

指令室内部に響き渡るキンガーの声。彼の声を荒げさせたのは、オペレーターからの報告によるものだった。
その報告によれば、民間船救助に向かった三つの部隊の内、クロノ率いる艦隊がSUSの小規模艦隊と遭遇したというのである。
  これはキンガーだけではない、母親であるリンディにも衝撃を与えた。まさか、救助作業中にSUSと遭遇するなんて……彼女は息子の安否が気になると共に、息苦しくなる。
彼女には愛する(クライド・ハラオウン)がいた。今から凡そ二一年前に、『闇の書事件』関連の事故により失っているのだ。
そして今度は、最愛の息子まで失うのか?不安に駆られてしまうリンディであったが、その感情は直ぐに修正された。
  襲撃報告の凡そ七分後に再度、〈クラウディア〉からの無事の報告が入ったのだ。

「〈クラウディア〉より入電! 『我が艦隊は離脱に成功し、民間人も救出に成功。なお、〈クラウディア〉は損傷するも航行に影響せず。これより民間人を送り届け次第、帰還する』以上です!」

その報告に、指令室にいた全員が安堵した。まさか撃沈されたのかと思っていたのだが、そう考えてしまうのも致し方がない。
無事に離脱出来たあたり、クロノの判断が良かったのだろう、そう評したのは幕僚長のレーニッツだった。日頃の訓練に対する意識の強さと経験が役に立ったようだ、と彼は思う。
  しかし、無事だったとはいえ、このSUSとの遭遇は極めて深刻な状況を作り上げつつあった。救助ポイントにSUSが出回って来ているという事は、彼らの艦隊がこちらへ迫っているという意味を示しているに違いない。
ならば、もう二日後にも到達する筈だ。次元航行艦の足ならば三日を要する距離だったが、地球防衛軍やSUSの足の速さは管理局の次元航行艦船の比ではない。
  これは直ぐに行動を起こさねばならない! レーニッツは立ち上がり、命令を下す。

「次元航行部隊、全部隊は直ちに発進態勢に入れ。それと本局は臨戦態勢に移行、命令あるまで待機」
「!? 閣下、一体何を……」

突然の臨戦態勢命令にキンガーは戸惑った。さらには駐留している次元航行部隊の出撃命令まで下されるのだ。だが、レーニッツは端然としてキンガーの戸惑いを叱咤する。

「本部長、動揺するような暇はないぞ。SUSの小規模艦隊がいたという事は、偵察目的に違いない。そしてその後方に、おそらく本命の大艦隊が存在する」
「ですが……」
「分からんかね? 奴らの足ならば、二、三日にはやって来るのかもしれないのだぞ。手を拱いていては、先手を取られる」
「……了解しました。全部隊を直ちに発進させ、周辺の警備を強化させます」

堅物と言われるキンガーであっても、状況の判断が出来ない訳ではない。彼も優秀とは言わないまでも、艦隊運用に高い手腕を持っている指揮官だ。でなければこの地位はない。
  そして傍らにいたリンディも本局の指揮を執る身でもあるため、キンガー共々に臨戦態勢命令を各部署へと伝達させた。これを受けて、本局内部は慌ただしくなる。
次元航行部隊所属の局員達は、突然の出撃命令を受けて駆け足で自らの乗艦へと向かい、発進態勢に付こうと作業を推し進めていく。
  片や本局所属の局員達も皆が臨戦態勢に移行し、どの様な事態にも対抗できるような状態につく。
この慌ただしい事態に、作業するために執務室に集っていたフェイト、はやて、リィンフォースU、シャリオ、ティアナらは何事かと動揺していた。
リンディから直接に事の事態を知ると彼女らの表情――特にフェイトはクロノの安否に大きく動揺し、他の者も緊張と恐怖のようなものが混ざり合った形で表された。

「遂に、来るんですね……」
「そうや。奴ら(SUS)が来るんや」

  ポツリと言葉を出すティアナに、はやては否定もせずそうだと頷く。このような事態が無くなるという保証はどこにもなかった。
いづれは来るであろうことは、誰しもが予測しえていたのだが、いざ本当に来るとなると心の状態は不安定になってしまう。
だがこの事態で、自分らには何が出来るであろうかとフェイトは考えた。自分らは次元航行艦船の乗組員ではない。それに、今回は地球艦隊へ乗り込む事も無かった。
あくまで観察官あるいは観戦武官として乗艦したのは、訓練だったからだ。今回は訓練ではない。最初から本当の敵、SUS艦隊と戦う事が前提である。

「大丈夫……なんでしょうか? マルセフ提督の話では、SUS内部には味方がいると言う事ですが……」
「シャーリー、それは分からないよ。けど、マルセフ提督が話した相手は、SUSではないって言うし……」
「……恐らくはその味方になるっちゅう相手が、今回のキーやね。でなければ……ウチらに明日はあらへん」

  はやての明日は無い、という言葉にシャリオとティアナはより一層、悲壮感な表情になった。対するフェイトは彼女の言う事を十分に理解していると同時にある事を思い返す。
J・S事件の時も、こういった絶望を味わっただろうか? あれは所詮ひとつの事件にすぎない。今度は自らの生存をかけた戦争。地上施設が破壊されるだけでは済まされない。
下手をすれば本局が陥ちる可能性もあるのだ。そうなった時、全世界はどう反応するだろうか? やはり旗の色を変えるか? 十分にあり得る話だろう。
管理局が今まで中心となって活動してきたのは、周知の事実。全管理世界が管理局に任せっきりだった、という悪い見方も出来る。
  中には否応なしに質量兵器の全廃をされた世界もあるだろうが、ここで管理局が陥落したとなれば、管理世界は守る術もない故にSUSへ同調せざるをえない。

(全てを管理局が担うのは、ちと重すぎたんやな……。いや、それに気づくのが遅すぎたんや)

やはり管理世界自体にも、独自の防衛を担う戦力は必要であったのだろう。かといっても、所詮は魔法重視だ。独自の防衛戦力を有していた所で、返り討ちに遭うのがオチだ。
しかし、管理局が陥落した時というのは本局が堕ちた時を言うのだろうか? 普通ならばそうであろう。本拠地が壊滅したとなれば、それは組織の崩壊を意味するのだ。
  その様な事態を見越して既に、管理局内部ではある行動が起こされていた。それは管理局本局内部にある重要機能、資料、ロストロギアの移送だ。
局員の中には、この行動がさらなる不信を招くのではないかと反対の声が上がった。疎開を開始するという事は、本局の陥落があり得ると言う意味に取れられたのであろう。
その様な疎開まがいな行動を止めさせるため、今更SUS相手に絶対に勝てる自信がある、等とは口が裂けても言えない。その様な言葉は単なる大言壮語で終わるだけだ。
  伝説の三提督は、この疎開行動に関して否定しなかった。だが重要なのは本局が堕ちないようにする事ではない。各管理世界の市民達を守り通す事である。
本局を失おうとも、それは別にまた設置すればよい。要は指揮を執れれば良い訳で、本局の様な巨大な施設でなくとも、大げさに言ってしまえば〈ラティノイア〉の様な大型艦に総司令部を移設し、他の部隊との連絡を取り合えれば構わないのだ。
重要なのは機能と頭脳であって、巨大な施設や建造物ではない。寧ろ移動出来る次元航行艦の方が良かったりもする。元々が司令部代わりに使われるなのだから、最適だろう。

「まぁ、ここが陥ちるからと言って、管理局が完全敗北する訳やあらへん。それを考慮して移動の準備が進んでいるんやから……」

  そう話すはやてだが、フェイトには何か、彼女に対して妙に引っかかる節があった。何処か暗い表情をしているように思えるのだが、一体どうしたのだろうか。
フェイトは聞いてみようかと思ったが、敢えてそれを中断した。今はあまりマイナス方向へ向かうような思考よりも、プラスに向かえるよう思考に重視しようと切り替える。
心配されているはやては、フェイトが危惧するように、心境にあるもやもやとしたものが混じり込んでいた。何故そのような感情になっているかは、それは別の時に語れるだろう。





  警戒態勢が敷かれてから二日後。本局のドック内部は慌ただしかった。作業員が最後の点検を行い局員達も続々と乗艦する。
出撃するのは状態が完全な艦ばかりではなく、『レベンツァ星域会戦』にて損傷した艦艇も大まかな修理を完了させ、次々と機関を始動させる。
その姿は地球艦隊からでも十分に確認出来でおり、そして彼ら防衛軍兵士とて例外ではない。彼らにも中央指令室のリンディより、通信にて出動要請が言い渡されたのだ。
マルセフは〈シヴァ〉の艦橋にいながらも、この慌ただしさの裏にSUSの接近が間近であろう事を、薄々感づいてはいたが……。

「出撃……か」
「えぇ。そうでもしないと、SUSの奇襲を受けかねませんから。上層部の判断も妥当なものではないですか?」

  艦橋の指揮官席に座るマルセフは事の展開の速さに表情をしかめる。ラーダーは応えつつも副官用の作業席に座り、この場にいないコレムや、現場指揮に出ているハッケネン技術長の代わりに艦の修理具合などを統括しているようであった。
SUSの航行速度は、自分ら防衛軍とそれ程に変わらないとして、やはり今日中――厳密には半日か明日かという具合だろう。
  それまでに地球艦隊も万全な体制を整えなくてはならない。加えて、いざエトス艦隊らとの共闘に備えた策を講じてもおかねばならないのだ。

「ふむ……参謀長、本艦の修理状況は?」
「ハッ。本艦の修復率は全体の九割方に達しています。航行には全く支障はありませんが、戦闘能力は本来の八割強が発揮できます」
「良くやっていると言うべきか。少ない資材でそこまで出来たのだからな」
「はい。しかし、深刻なのは本艦よりも……」
「〈イェロギオフ・アヴェロフ〉か」

答えを察したかのようにマルセフが言うと、ラーダーは無言で頷いた。〈イェロギオフ・アヴェロフ〉は以前の戦いで大破しており、艦隊内部で最も酷い傷を負っている艦だ。
全壊した砲塔は撤去されたままで、今使用出来る武器はといえば、拡散波動砲(ディフュージョン・タキオン・キャノン)一門に、ミサイル発射管四門程度だという。艦体の装甲は今だに七割方しか完全修復していない。
主砲塔の修理が間に合わない分、艦橋周辺はそれとなく修復を完了しつつあった。レーダー機器や通信機器などの、目と見となるものは優先的に進められていたのだ。
  そして航行可能な分だけまだ良しとするべきだろうが、戦闘能力は依然として心もとないままだ。せめて主砲塔が一基でもあれば大分変るのであろうが、とマルセフは思う。
戦闘になったら、この艦は前面に出す事は出来ない。波動砲による撹乱戦を任せるしか方法はないであろう。

「幸い、〈ヘルゴラント〉は戦闘が可能なようですが……前面には出せません」
「無理もなかろう。〈ヘルゴラント〉もまた、〈イェロギオフ・アヴェロフ〉と同じく後方にて遊撃に当たってもらう方がよいうだろうか……」
「〈ヘルゴラント〉の波動砲は〈ドレッドノート〉級の二隻分ですから、幾らか違うでしょう」

だが他に使い方は無いのか問われれば、ない事も無い。マルセフは本局のデータ移しや資料移設による疎開の事を、リンディから聞いていた。
  そこで考えられたのは、いざ、本局が陥落寸前になって脱出するための収容艦として使えるかもしれないということだ。
いくら戦うため、人命を守るためとはいえ、輸送船が如く人を運ぶだけというのは戦闘艦にとっては甚だ不名誉な行動であろう。
しかし、そうも言ってはいられないのだ。以前の管理局拠点の戦闘時、及び『レヴェンツァ星域会戦』に確認された例の妨害電波の事もある。
これで時空転移による離脱を妨げられたとなれば、本局の人間は逃げようがない。そういった事態に、脱出用の艦艇があると大きく違うのだが……。
  実際に本局を棄てる場合、選択は二つに限られる。言うまでもないだろうが、SUSが攻めて来る前に棄てるか、あるいは攻撃を受けている戦場の中での撤退か、の二つだ。
だが今の状態を考えると、後者の色が強いとマルセフは感じつつあった。本局の中で行動する人数は聞いた事が無いが、本拠地と言われるくらいだ。
憶測で一〇〇から二〇〇万は下るまい。もしそうだとすればとんでもない時間を必要とする。ただでさえ転送ポートに頼る傾向が強いのだ。
急ぎ次元航行艦に乗せて離脱するにせよ、三〇分は軽く見積もらねばらないだろう。ただし局員のにも徐々に撤収を始めており、非局員の移動は特に優先的に行われていた。
  しかし、それでも果たして間に合うものか、と考えていた所でテラーから報告が入る

「司令、次元航行部隊が出撃していきます」
「そうか……我が艦隊も直ぐに出るぞ。作業員を撤収させ次第、発進する」
「了解」

発進のプロセスを順次に行うラーダーであるが、これは本来コレムが行う事だ。参謀である彼にはあまり不慣れな作業だったが、そうも言ってはいられない。
そのコレムは、いまだにベッドから離れられるような状況にはなかった。シャマルの話によれば、あと二日か三日は待つべきだと言う事だ。
この大事な時に限って、マルセフは優秀な副官を欠いている事には甚だ残念としか言いようがなかった。かと言ってコレムを攻めている訳でもない。
戦闘の負傷は致し方ないものであるし、何よりも侵攻速度の速すぎるSUSの方に文句をぶちまけてやりたい心境であった。
  マルセフの命令からラーダーをバイパスして各部署へ伝えられると、艦外作業していた整備班達は直ぐに作業を中断して艦内へと撤収していく。
撤収完了までには一〇分を要した。

「艦外作業員の撤収を確認しました」
「よし、機関始動せよ」
「了解。機関、始動!」

ラーダーの撤収報告を受けて、マルセフは機関指導命令を機関長のパーヴィスへと命じる。エンジンが起動してシリンダー内部の圧力を上昇させる間に、各部署からも報告が入る。
他の艦も順調に出撃の準備を整えつつある中で、出撃はかなり重いものがあると改めて感じた。大半の艦は修理を完全にさせるか、或いは八割か九割近くを終わらせていた。
態勢が万全であれば、また幾らか違ったのだろうが……。やがて、発進態勢を万全に整えると、地球艦隊は次元航行部隊の後に続いて管理ドックを発進して行った。

「そういえば司令、クロノ・ハラオウン提督は大丈夫でしょうか?」
「通信では航行に支障は無いと報告していたから、大丈夫だとは思うが……」

  だが、ラーダーの心配はそこにあるのではない。離脱後のクロノ率いる艦隊が、帰還途中にSUSに遭遇する可能性はないのであろうか。それを一番に心配していたのである。
それを指摘されるとマルセフも不安になった。今は民間船のクルーを乗せて避難させている様だが、もしも帰還する際にSUS艦隊と鉢合わせしてしまったら、とんでもない話だ。
だがクロノもそこまで考えられない人物でもあるまい、とマルセフは感じた。先の民間船救出時にも遭遇したらしいが、なんとかそれを切り抜けて通常空間――宇宙空間へと転移する事が出来たのだから、今後の行動でも厳重に警戒している筈だ。

「心配する事でもあるまい。それに彼は東郷少将からの教えが効いているのだろう。民間人の救出中に遭遇という、難儀な事態を切り抜けた辺り、早速成長している様だ」
「ははっ、そうでしょうな。ですが、そう仰る司令の教え子も、さぞかし優秀なのではありませんか?」
「そうだな……実戦向きなレクチャーを伝授しておらんが、ハラオウン一尉の飲み込みぶりも尋常ではないな。無論、良い意味だがね」

  いつの間にかフェイトの教官的な立場になったマルセフは、最初は申し出を受けた時には戸惑いを覚えはした。
それでも自分の意識を変えようとする彼女の意気込みに飲まれた形で、彼は変革の可能性信じて了解したのだ。
教えた内容の飲み込みぶりは見事なもので、これなら近いうちに彼女を中心とした管理局の改革も不可能ではないだろう。ただし……将来があれば、の話であるが。
  指揮官席に座りながらマルセフは苦笑した。将来を考えるのも一興だ。だが、将来へ夢を馳せるよりも、今は目の前に展開されるだろう地獄の光景と向き合わねばなるまい。
次元航行部隊、ならびに地球艦隊が本局周辺の厳重警戒を開始してからおよそ六時間後。艦内にオペレーターの声が響き渡った。

「第三監視衛星ならびに次元航行部隊より連絡! SUS艦隊を発見!」
「来たな……全艦、第一級戦闘配備! 目標、SUS艦隊!!」

本局の警戒網に姿を現したSUS艦隊との、激闘の火ぶたが切って落とされるのである。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です。
台風が過ぎてからというもの、急に冷え込みましたが、皆様も隊長には気を付けましょう。
さて、今回は戦闘に突入も出来ず、その一歩手前で終わってしまいました……しかも冒頭のシーンを入れるべきか非常に悩みました(汗)
次回こそはお待ちかねの戦闘編へ突入出来るかと思いますので、それまでしばしお待ちください。

〜拍手リンク〜
[七九]投稿日:二〇一一年〇九月一七日一七:五一:五九 ヤマシロ
40話読みました。
色々な意味で秒読みに入りましたね。
このタイミングだと、SUS艦隊と戦端開いた後にトレーダが来るんでしょうか?
だとしたらなんと燃える展開に……!
続き(というよりトレーダがやって来るの)が楽しみです!

>>書き込みありがとうございます!
そうですねぇ〜いろいろな意味でカウント入りましたね。
この先に待ち受ける結果を考えると、非常に悩ましげになりますw
戦闘は燃え上がるようなものにできるよう、頑張りますので、しばらくお待ちを!

[八〇]投稿日:二〇一一年〇九月一九日一:四:四七 EF一二 一
――かつて土方司令は、ヤマトが敵の偵察機を踏み潰しながら帰還したことに
『相変わらず荒っぽい連中だ』
と苦笑しましたか、管理局の魔王様も真っ青な力技と無茶ぶりはヤマトと古代の為せる技です。
そういえば、一つ重大な事を思い出しました。
地球防衛艦隊では、司令官クラスに対して『司令』と呼ぶことがほとんどで、“提督”は地球以外の勢力では頻繁に使っていますが、原作内では、地球防衛軍では使ってはいけます

>>毎回のコメント、ありがとうございます!
あの時の偵察機は不運としか言いようがないですねw
まさに大海原にある小型ボートに、潜水艦が緊急浮上する過程でぶつけてしまうようなものです。
管理局のエースも、ヤマトらのしてきたことには真っ青にならざるをえねいでしょうね。
それと、地球防衛軍内部での指揮官への呼称の件、ご指摘感謝します。
話を進めるうちにてっきり『司令』から『提督』に代わってしまいましたw(←オイ)
今回からまて気を付けます。



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