〈シヴァ〉が次元空間を往来し続けて、およそ五ヶ月半の月日が流れている。事故で迷い込み、成り行きで管理局と行動し、本格的な次元大戦に参戦した。
彼女(シヴァ)は地球軍、管理局、エトス軍、フリーデ軍、ベルデル軍らが組む一大連合軍の(おさ)となり、SUS軍を撃退し見事に勝利に導いたのである。
その活躍ぶりは、地球世界の神話に登場するインドの神――破壊神(シヴァ)をそのままに、広大な次元空間にて、絶大な力を大いに振る舞ったのだ。
  まず『破壊』の力は、SUSを打ち砕いたばかりではない。質量兵器の束縛や、魔法文化よって縛られた管理局の、ソレをも破壊したのである。
また、破壊した反面に与えた『恵み』。それが全管理世界の平和と安定、そして時空管理局の新たな道への再構築である。
その時空管理局は今、本当に僅かではあるが、若い者を中心にして新たな一歩を踏みつつある。それを直に感じ取っていたのは、最年長者であろうラルゴ・キール元帥だった。

「地球か……。彼らが偶然に迷い込んできたとはいえ、この管理局が、こうも変わる事になろうとは思わなんだ」
「そうだな。だが、絶対に変わることは無い、と思っていたわけではなかったが」

彼の呟きに答えたのは、レオーネ・フィルス元帥だ。キールはそれに頷く。

「あぁ、そうじゃとも。だがな、生きている内に、変わり始めるとは思いもしなかった」
「そうですね。私達が、この世から退場してからの話だと思っていましたから」

苦笑しながら同調したのは、ミゼット・クローベル元帥である。管理局では伝説の三提督と称され、尊敬される彼らだが、今の様子を見ると尊厳や威厳とは程遠い。
のほほんとした、そして何処にでもいそうな、和やかな老人達の集まりである。

「そういえば、明日、じゃったな。彼らが引き揚げるのは」
「えぇ。地上の方も、大半が引き上げを終えたようですからね」

  地球防衛軍(E・D・F)および、三ヶ国軍が完全撤収するのは、明日の午前一〇時だということである。防衛軍ら大半が撤収準備を終えていた。
地上に降り立っていた第六空間機甲旅団も、〈トレーダー〉へと移動を完了したと言う。後は航路と空間座標の微調整や最終確認くらいで、残りの者は休めるだろう。
本来なら感謝を込めた、細やかなれど、壮大な送別会などを模様してしかるべきだった。が、その時間的余裕もなく、簡略化して行われる事となった。
今はただ、彼らを見守ってやるくらいしか出来なかった。援助されっぱなしで、出来た事と言えば、感謝の言葉と時空転移技術の正式な提供くらいだ。
  第二拠点の執務室で、テーブルを囲みながらも、三人は改めて今回の戦争を思い起こした。湯気の立つ紅茶のティーカップを眺めながら、キールが口を開く。

「わしらも若い頃は、随分と無茶をしながら、平和のため、安定のため、と掲げて職務に精励してきたつもりじゃったが……。血を見る争い事など、希でしかなかったかのう」
「我々は魔法と言う代物にしがみ付き、血の流れない戦闘に慣れきってしまったからな。それこそ、管理局が設立されるずっと前は、血をよく見たのだろう」
「これも時代の変化、なのでしょうか」

フィルスは、馴染み過ぎた魔法文明だけの依存に嘆息し、クローベルは流れの変化かと現実を受け止める。体質というものは、内側だけの判断で簡単に変えられるものではない。
そして皮肉な事に、急激に体質を変えさせるのは外側――即ち、時代の流れの変化であった。事実、管理局は体質に捕らわれたが、防衛軍とSUSの来襲によって矯正されたのだ。
  良識派のリンディ親子やレティを含めた高級官僚達や、若い局員である、はやて達の対応も有って、マシな方向へと傾いてくれたが、彼女らがいなければ、今頃は……。
戦争は、そうも都合よく戦死者を選んでくれはしない上に、生き残る者を選んでくれるものでもない。局員達には、今回の戦争で嫌がおうにも分かっただろう。
言葉や知識では分かり得ない事が多くあるが、これも皮肉ながら、実践によって初めて理解できる事も多い。もっとも、理解した時に死が迎えにやって来るかもしれないが。

「……うむ? あの艦は、確か……」

  窓辺に見えた、一隻の艦。遠くからでよくわからなかったが、フィルスが端末を使って、航行中の艦船の映像を入手した。

「あぁ、あれは〈ヤマト〉だな。増援に来た艦隊の旗艦で、古代提督の座乗艦だった筈だが」
「えぇ。ですが、変ですね。明日に撤収するでしょうに、何故、前日になって出航を……」

疑問が浮かぶ三人。考えても仕方がないと思う一方で、気になってしまう。何のために出航したのか、それを知りたいがために、クローベルはリンディに繋げた。
彼女が通信に出たのは三秒後のこと。職務に精励中だったのは一目瞭然であり、クローベルは一言詫びを入れてから、〈ヤマト〉について尋ねた。
  リンディは〈ヤマト〉の事を聞いた後、思い当たる節があったので答える。

『無人管理世界マクラウンの、防衛軍生存者を救助しに向かったのではないでしょうか』
「生存者……それは聞いています。成程、その人の救助のためですか。ありがとう、リンディ」
『いえ、大丈夫です。ただ、聞くところによれば、その生存者は古代提督の奥様のようで……』

それを聞いて、より合点がいったクローベルと、二人。成程、さしずめそれは、姫を迎えに行く騎士(ナイト)と言ったところか?
彼らは生存者の発見の報を聞いた時、名前も耳にしている。もしやとは思ったが、本当に古代の妻であろうとは、驚かされる事実であった。

「広大な次元空間で、よく、辿り付けたものじゃ。古代夫人は、相当に運の強い女性なのじゃろうて」
『同感です。それに、アルピーノ一家の方々が住んでいる惑星であった事も、驚かされました』

  もしも他の管理外世界、無人管理世界、等に辿りつこうものなら、こうも簡単に知らせは入ってこなかったであろう。
元管理局の人間であるメガーヌ・アルピーノと、その娘、および召喚虫の三名の住んでいる惑星に辿りついたのは、不幸中の幸いだ。

『取り敢えずは、局全体に対して、〈ヤマト〉の行動を伝えてありますから、不審に思われることはありません。また、アルピーノさんに迎えが行くとの旨は伝えております』
「ご苦労様、リンディ。忙しいのに、ごめんなさいね」
『いえ。御気になさらず』

そう言うと、クローベルは通信を切った。彼女には、現在も総務統括官の職と、本部長代理の職を兼任してもらっている状態だ。
次元航行部隊の全般的な業務に目を通す他、武装隊と艦船部隊の全般的な運用にも目を配らなければならない立場にある。
早いところ正式な本部長を探し出すか、総務統括官の後任を探してリンディを本部長へ抜擢するか。そういった人事異動もレティの業務に含まれるもの故、難しくはないだろう。
  やがて〈ヤマト〉は速度を上げ、その宙域から完全に姿を消す。〈ヤマト〉の足の速さなら、マクラウンへ到着するのに一週間も掛らないだろう。
それを見送ったキールら三人は、マクラウンで救助された古代の妻――古代 雪が、一刻も早く、〈ヤマト〉に救助されることを願った。





「五ヶ月半か……長いようで、短かったな」
「援軍として来た将兵から見れば、二ヶ月半程でしょう。三ヶ月の差があるにせよ、私は長く思えましたね」

  出航が明日と迫る中で、〈シヴァ〉の艦長室ではマルセフとコレムが、デスクを挟んで向き合い、これまでの出来事を思い返していた。
思い返せば、思い返すほど、有り得ない体験をしたと思える。これまでに地球人類の誰しもが、成し得なかった体験だ。
異次元空間への遭難ならいざしらず、多次元世界へ通ずる次元空間へと落ち込み、そこで多次元世界を管轄する組織と出会った。
  しかも彼らの想像の範疇を超えた、魔法文化を持った世界との接触は、絶句の一言に尽きると言ってよかった。

「今思い返しますと、魔法文化に慣れてきてしまった自分が恐ろしいです」
「同感だな。私も、お伽話(メルヘン)の世界だとばかり、思っていたものだよ。まさか、本当に魔法を使用する世界があったとは。今だからこそ、実感せざるを得ない」

そして、慣れきった自分に驚いているよ。マルセフは苦笑しながらも、湯気の立つ紅茶を一口だけ啜る。コレムも(なら)って、紅茶を口に含んだ。
今ではすっかり、魔法は架空の力とされている。実は彼らの地球、あるいは第97管理外世界でも、遙か過去の歴史において、魔法が信じられてきた時代もあった。
科学では解明できない事を、魔法や魔術の力であると公言したり、あるいは人には限界を超えた不思議な力があると信じてた者も大勢いた。
  それが黒魔術として広まり、さらには黒魔術を扱う者を魔術師(一般的には魔女)として、ヨーロッパを中心に知れ渡ったとも言われている。
そう、地球でも黒魔術と言った類の力が信じられていた時期があったのだ。しかも“魔女狩り”と呼ばれる、大量の死者を生み出す事もあった。
これは一二世紀から一八世紀(一五世紀からとも言われるが)の間で、魔女は人を誘惑する危険な存在であるとし、約四万が処刑されたと言うのだから、笑いごとではない筈だ。

「昔の人々は宗教や信仰の他に、魔術を信じていたと聞きます。だったらなおのこと、我々の世界でも本物の魔導師が居たのかも、しれませんね」
「否定は出来んな。今の境遇を考えれば……それに、実例があるからな」
「……八神二佐と、高町一尉ですね」
「その通り。住む地球は年代が違うために確証はもてない。だが、年代が違えども、我々が進んできた時代の中の事かも知らん」

  もしもマルセフらの地球と、はやて達の地球が繋がっているとすれば、それは自分らの地球にも魔導師の素質を持った人間が居てもおかしくはない、という事になる。
いや、繋がっていなくとも、彼らの世界にだって本人が自覚しないまま、魔力を有している者がいても不思議ではないのだ。

「何にせよ、我々の祖国で魔導師がいたとしても、それをどうこうすべきではないな」
「そうかもしれませんが、管理局がそれに目をつけたら、どうします?」

これは、やや意地の悪い質問であったろう。質問した当人は悪意を込めて尋ねた訳ではないだけに、マルセフも即答はしなかった。

「そうだな……人材の枯渇が問題なのは、地球も同じだ。そうそうと人を引き抜かれたりしては困る。かといって、あからさまに管理局を罵倒する気にもなれん」

何せ、彼らには恩義がある。ケース・バイ・ケースで片づけられるような事ではないのだ。かといって、管理局の言う事を唯々諾々と従う訳に行かぬ。
地球市民の安全は、彼ら防衛軍や警察機構が守らねばならないのだ。今まではSUSとの決戦に頭を使っていたがために、こういった事は考えないようにしてきてはいた。
  いざ考えてみると、難しい話である。当人が管理局の誘いを承諾したと言うのであれば、地球連邦も口を差し挟む事はできない。
個人の意見と尊重を、政府が踏み躙る事になるからだ。結局は、地球市民の個人による選択、決意、または意志によって決められることになる。

(これはまた、難しい問題だな)

声には出さず、マルセフは遠くないであろう、そんな未来を想像した。ともかく、管理局との争い事は勘弁願いたいものである、と彼は切に思う。
コレムもこれ以上に質問は出さなかった。彼もマルセフと同じような考えと想像を持ったのだ。偶発的な出来事であったといえ、防衛軍と管理局双方の関係は壊したくはない。
  数秒の間を置いて、今度はマルセフが話題を切り出した。それも、先ほどまでの真剣な話とは反対方向の路線を突っ走る類いのものである。

「……ところで副長」
「なんでしょうか?」
「ハラオウン提督の御令嬢(フェイト)とは、どうなのかね」

飲み干した紅茶を吐き出さずに済んだが、思わずティーカップは口元へ運んだままの状態で、彼はフリーズを余儀なくされた。
そのような質問は、以前にも北野や戦死したチリアクスからも尋ねられたものだ。同じ事を繰り返されるようだが、彼は投げられたボールを、辛うじてエラーする事なく受け取る。
まさか、総司令までもが、私と彼女との間に特別な関係が出来上がっているとでも、信じているのだろうか。いや、断固として反論する材料が、実はなかったりもする。
  ティーカップをそっと受け皿へと戻すと、務めて冷静に返答した。

「閣下、何処からそのようなお噂を、御耳に入れたかは存じませんが、フェイト一尉とは別に……」

ここで、彼は墓穴を掘った。いや、そのつもりはなかったのだろうが、彼には自覚がなかったと言えようか。
以前までなら彼は、フェイトの事を“ハラオウン一尉”と呼んできた筈だ。他の者も同じ筈である。それが、今、コレムはファーストネームで呼んだのである。
無論、名前だけでなく階級も添えたものであったが、ファーストネームで呼ぶ者など、早々にいなかった。

「隠さずともいいだろう。君は、御令嬢と親しくしているそうじゃないか」
「ですから……」

  冷静に務めていた仮面が、ここで赤みを差した。食い下がろうとはしない態度とも相まって、マルセフに確信させるだけの理由に十分事足りるものだった。

「自分から否定する事はあるまい? どうやら噂通り、彼女とは距離を近づけているそうで、なによりではないか」
「……」

そこで、コレムは反論と言う選択肢を永遠に放棄した。ここまで言われてしまうと、反論するのが馬鹿馬鹿しくなってくると言うものである。
とはいえ、どういったルーツで、自分とフェイトが、そういった(・・・・・)関係に発展している、との噂が流れ込んできているのか。
それに運が良いと言えるのは、上司がマルセフであったという事だろうか。ガチガチ(・・・・)の軍人が上司ならば、怒鳴り声と鉄拳が飛んでくるに違いない。
  コレムは諦めたと言わんばかりの表情を出して、マルセフに噂のルーツを訪ねた。

「なに、私は東郷少将からでな。大元は良く分からんが……」
(なぜ東郷司令が……いや、それ以前に、東郷司令まで、この事を知っていると言うのか!?)

瞬間、彼は青ざめた。命に別状があるわけではないが、まさか、老練な東郷の下へも、この噂が飛び込んでいると知って、驚かない方が無理と言うものである。
気になるのは、東郷は誰から、この噂を入手したのかだ。コレムの額に、要らぬ汗が流れ出る。確かに、自分はフェイトと接する事がそれとなくあった。
数日前も、彼女と偶然に鉢合わせし、そこから〈アースラU〉の艦内見学をしたり、短い時間だが、二人で世間話の類をしたものだ。
  他人から見れば、それをデートであると言い切るのは、まず当然だろう。また、それをデートと完全に言ってよいかは別として、である。

「まぁ、私の推測だが……出元は管理局の方からだろう。東郷少将は、クロノ・ハラオウン提督の訓練相手をされているし、目方中佐も八神二佐と交流がある」

確かに、言われてみると、出元は管理局の誰かに違いない。東郷はクロノから、艦隊運用の指導を要請されているのは知っている。
さらには、副長の目方も、はやてへレクチャーしている経緯があるのだ。そこで、噂のルートが憶測ながら二つ構成された。
  一つ目は、クロノ・ハラオウンの可能性。彼はフェイトの義兄であり、しかも〈アースラU〉の艦長なのだ。
この可能性は嫌がおうにでも上昇するかと思われたが、彼はそう言った類の噂話をするような性格ではない筈だ。
何度か話を交えた経験があるが、その短い経験から言わせてもえば、そう言った類の噂話をするとは思えなかったからだ。
  二つ目は、八神 はやての可能性。彼女は頭がよく、状況判断の的確さも、良く指摘される。だが、彼女もやはり、女性なのだ。
女性とは、男性以上に、こういった類の噂話を多くするらしい(あくまで、コレムの個人的な見解でしかないが)。
確かに、はやては真面目で良い女性だが、友人同士との会話の様子を見ると、お茶目と言うべきか、軽いところが見受けられるのだ。

(……クロ(・・)か)

彼は表情を変えることなく、心奥底で確信した。





「ックシュン!!」


  管理局のチビ狸こと、八神 はやての背筋に、何やら悪寒が走ると同時にクシャミがでる。傍にいたリィンフォースUは、どうしたのかと彼女に尋ねる。

「何でもあらへんよ」

そう答えるはやてだったが、直感的に、自分の噂をされたか、または標的にされたような気がしてならなかった。
もっとも、彼女自身、コレムが想像するように、彼女は目方に対して、ポロッと口に出して言ってしまったのは事実である。
だが、大元の出所が彼女であるかと言うと、それは訂正しなければならない。本当の出所は、彼女の家族であるシャマルなのだ。

(なんやろ、筋違いな悪寒やな……)

  筋違いかは別として、彼女は先日のコレムとフェイトに関する恋バナの話を想い替えす。はやてが、第六戦術教導団専用の執務室にて、報告書類を制作中の事だった。
シャマルが、病み上がりであろう主の健康状態を確認しに来たのだが、その際にフェイトとコレムの、ちょっとした出来事を言ったのである。
さらに、その場には、はやて他、リィンフォースU、なのは、ティアナ、マリエル、シャリオらがいた。
  フェイトがコレムを慰めんとして、寄り添っていたと聞いた時の反応は様々だが、羨ましく思ったり、驚いたり、面白そうにしてみたり。
フェイトの大の親友の一人、なのはにしてみれば、彼女の行動に感心する一方で、コレムはどう思っているのか気になった。
方や、はやてにしてみれば、茶化しがいのある情報が入った、と言わんばかりの意味深な笑みを作り、両肩を笑みに震わせている。

(……はやてちゃん、また何か企んでる)

  彼女とてエリート局員であっても、やはり色々と夢見る女性なのだ。それに、はやての同性に対するワイセツ行為は、甚だしい一面がある。
彼女曰くスキンシップなのだが、どうみてもセクラハラであり、異性がやろうものなら即決で有罪判決を受けるだろう。
最近はそんな事は無くなってきてはいるが、その代わりと言って、相手を茶化す事は変わらないものであった。

「はやて、色々と想像するのはいいけれど、書類の作成は進めてよね?」

溜め息を吐き出したマリエルから、忠告の釘を刺される。しかし、はやては反省する色も見せず、何かを含みんだまま作業を続行した。
  儚い恋を描く、という類の小説が出回るものだが、フェイトとコレムの両名もこれに属するかは、人それぞれの判断に任せるしかない。
第97管理外世界の元住人である、なのはも少しはそう言った小説を読んだ事はある。この二人は、まさに絵に書いたようなシチュエーションなのだろうか。

(どの道、防衛軍は元の世界へ帰るけど……そしたら、それっきりになるのかな)

自分の恋路ではないにせよ、親友の恋路ともなれば、応援したくなるものである。だが相手は別世界の人間であり、会えない確率の方が遙かに高い。
無論、フェイトが心奥底からコレムを好いている、という場合であるが。
  防衛軍は次元空間を退去するが、今後、絶対に次元空間へ戻る事は無い、という確証は何処にもない。寧ろ、再度やってくる可能性が十分にある。
例のSUSが再侵攻を(ほの)めかしていた以上、管理局は地球連邦(E・F)政府へ救援を求めるであろう。
また、交流が途絶えるどころか、他管理世界が地球へ交流を求める可能性も大いにあった。これは、大きなチャンスでもあり、危機でもある。

「企業連中は、これを境に技術の提供を求めるやろうね。あるいは、次元犯罪者などから見れば、新しい逃走先としてみるかも知らんわ」

  恋バナから一転して、はやてはそう言った。有名企業であるヴァンデイン、そしてカレドヴルフを始めとした企業は、波動エンジンを中心とした技術を欲しがるに違いない。
管理局としてはそれを避けたい方針であり、まかり間違えば、違法企業や犯罪者集団にも流れてしまいかねない事態を、警戒しているからである。
出来れば、管理局の独占物として、提供してもらった波動エンジン技術を手元に残しておきたいのが、本音であった。
  その反対に、ティアナがある程度のメリットらしい考えを、先輩達に公言する。

「ですが、そう悪い事ばかりでもないのでは? 兵器技術の交流は制限を加えなければならないとしても、文化交流とか、貿易の余地は大いにあると思います」
「そうね。すぐには難しいけど、そういった交流があるのは、むしろ歓迎すべき事かもしれないわ。地球連邦にとっても、決して悪い話ではないと思う」

マリエルが同調する。歓迎すべき最もな理由として挙げたのは、地球連邦住民達の、避難先を確保できる可能性があるという事であった。
地球は幾度も戦争の渦中に放り込まれて来た星だ。特に、今回の様なブラックホールによる、消滅の危機に遭遇した時、時空管理世界の存在は重要な役割を持つ。
ましてや、ミッドチルダは過疎化の進む事もあり、ある程度の避難民の受け入れも可能となる。そういった、将来の不足の事態に応じて、手を打っておく必要があるのだ。
  その時である。様々な未来図を想い描く彼女らの所へ、噂の対象とされたフェイトが入って来たのは……。

「今、戻ったよ……て、ぇ? 何んな、の」

執務室に入るなり、フェイトは後ずさった。ニヤニヤと笑顔を作り、待っとったんよ、と言わんばかりのはやて。さらに発見者のシャマルも意味深な笑顔を放つ。
他の、なのは達は苦笑いをしている。何だと言うのか、とフェイトは表情を引き攣らせながらも、尋ねてみた。

「いやぁ、フェイトちゃん。何かとコレム大佐との関係を否定していた割には、随分と大胆だったんやなぁ」
「え、ちょっと。何を言ってるのか……」
「隠さなくてもいいじゃないですか。〈アースラU〉で、熱烈なアタックしてたじゃない? フェイトちゃん」

  何が大胆なのか、と問い返そうとして、シャマルの言葉にハッとした。

「違うの! あれは、そういう事じゃ……っ!?」
「ほほぅ、アレは?」
「だから、その……そういう、事じゃなく……て」

否定するつもりが、彼女は墓穴を掘った。後日、コレムがマルセフの問いに窮したした様に、彼女もまた、同じように墓穴を掘ってしまったのだ。
はやても、獲物が落とし穴にはまった、とでも言いたげな様子で、意地悪く聞き返す。フェイトは赤面し、反論する戦意を損失してしまう。
それに後ろめたい事がない、と言えば嘘になる。観られたのは艦内通路での行動だけなのだが……。
  これに区切りを付けさせたのは、なのはであった。これ以上、質問攻めをしてしまうと、逆にフェイトがキレる(・・・)であろう事を想像したためである。

「止めようよ、はやてちゃん。シャマルさんも……」
「くくくっ、そやね。悪ぅな、フェイトちゃん。別に、疾しい意味じゃない事は知っとるで」
「ごめんなさいね、フェイトちゃん。コレム大佐を励まそうとして、そういう行動をとっただけだもんね?」

茶化した二人は素直に中断し、フェイトの立場を理解していると説明する。そう言われた当人は、赤面したまま、分が悪そうに大人しく下がったのである。





  防衛軍らの退去当日。防衛軍の移動式拠点〈トレーダー〉を中心に、各艦隊が出航を間近に控えているのが、第二拠点側からでも良く分かる。
これから簡易ながらも式典が催される予定だ。連合軍の総司令を務めたマルセフを始めとして、ガーウィック、ゴルック、ズイーデルの各艦隊司令官が出席する事になっている。
そして、大勢の局員達は、フロアの大型ディスプレイを前にたたずみ、その様子を見守っている状態だ。また、多くの報道局の人間は会場の場所を確保して待機中である。
出航までの間、人々は次元空間に浮かぶ連合軍艦隊を眺めやりながら、様々な感想をもらしていく。

「いよいよ、防衛軍の退去か……」
「なぁ、管理局だけで、護りきれるのか?」
「知るか。防衛軍はあくまで、別世界の軍隊なんだろ。いつまでも祖国をほったらかしにできるかよ」
「聞けば、その別の地球ってところでは、また戦争があるらしいじゃないか」
「らしいな。SUSと戦争を終えたばかりだと言うのに、ご苦労な事だ」

  それは、他人事ではないんだぞ。会話を耳にしていた記者――ルーディは呟いた。管理局も戦争を終えたばかりであり、その戦力再編には、途方もない時間を掛けねばならない。
失った艦船と、人員を今まで以上に取り揃えなければならないという話なのだ。ましてや、SUSは幾多の世界を支配すると言う、超大国である。
数万隻と言う艦隊を保有していると考えても、決して大げさではない筈だ。それに対抗する術が、今の管理局にあると言うのだろうか。

(あるまいな)

ルーディの回答は、あまりに現実を見たものだ。大抵の局員が聞いたのなら、痛くプライドを傷つけられる事であろう。
  だが、それが現実であり、管理局が連合軍の一員として決戦に参加したとはいっても、やはりメインは防衛軍ら外世界の艦隊だった。
SUSに一矢報いたものと言えば、防衛軍の技術を導入して造られたと言う、戦闘艇の存在ぐらいなものであろうか。
あるいは、押収した質量兵器を多量に使用した事だ。どれもこれも、管理局のみの力ではない。他者の技術を使ったに過ぎないのだ。

「チーフ、どうしました」
「ん? いや、なんでもない」

  後輩のシュリス・ツェンバーが、気に掛けた様子で訪ねてきたものの、気にするなと返される。最年少のスタッフは、それ以上に聞こうとはせず、機材のチェックを再開した。
それを横目で一瞥すると、再び会場に設置された大型ディスプレイを見やった。魔法戦闘を圧倒的に引き離す、圧倒的な戦闘能力を持った世界の戦艦群。
この戦争で管理局も思考転換を進めていると言うが、果たして、どこまで転換出来る事やら。それこそ、防衛軍のような戦闘艦を造る必要があるだろう。
  思考の海に潜っていたルーディ―であったが、そこで特設会場全体に向けてアナウンスが入る。

『これより、式典を行います。皆様、静粛に願います』

式典は、そう長ったらしく行う事は無い。先の連合軍の指揮官達が代表で出席し、彼らに別れの言葉を告げる程度のものである。
メディア関連の者は、カメラを廻し始め、映像を配信する。局員達も静まり返り、会場へと視線を集めた。
  そこには、連合軍各司令官の四人と、管理局の三提督と称されるキール、クローベル、フィルスの三人。さらに次元航行部隊側からは、レーニッツ、リンディ、レティが出席。
陸上部隊側からは、マッカーシー、フーバーらが出席している。大勢を前に、連合軍側の一人、ゴルックは小さくため息を付く。
自分が出るのは場違いではないのか、と出席前に戦友のガーウィック、ズイーデルの二人に漏らした事がある。

「何も、俺達が出るこたぁなかったんじゃないか?」
「私もそう思わんでもないが、マルセフ提督が出席せよと言うのだから、良いではないか。それに、共同戦線を張ったのは紛れもない事実」
「ズイーデル提督の言うとおりだ。民間人を殺めた事実は消えぬが、マルセフ提督はそれを咎めずに共同戦線を敷いてくれた。我等はそれに全力で応え、SUSと戦い抜いた」

自分達の事を功労者というのは烏滸(おこ)がましいが、少なくとも、マルセフ提督らはそれを認めてくれたのだ。
ならば、それはそれで、堂々と胸を張って出席しようではないか。それに、これは管理局側からも、求められたとの事である。
  開会の言葉が放たれると、次にマイクの前へ立ったのはラルゴ・キールであった。彼が管理局を代表して挨拶の言葉を並べる予定となっている。

「この度は、次元世界の平和を護らんがために戦い、そして多くが命を落としました。遺族の方々には、心より、お悔やみ申し上げます」

キールの言葉を、会場に集まる局員、メディア関係者が聞き入れる。未曾有の戦争で殉職または戦死した兵士達は、過去の記録を大きく塗り替えた。
人の命を奪い合う戦争に、衝撃を受けた者は多い。また、魔法だけでは生き残れないのではないか、と先のルーディの様な疑問を持つ者も多くいる。

「我々は、この経験をもとに、変わらなければならない。市民諸君を護りぬくためにも、平和と安定を守り続けるためにも」

  この様子は、第二拠点のドックに停泊中の〈シヴァ〉にも、中継されていた。コレムを始めとして、各セクションのチーフ達が、静かに聞き入っている。
防衛軍を始めとした連合軍は、これから元の世界へ帰る事になるのだが、自分達が居なくなった後で、この世界が再び危機に陥ることがないか不安にもなった。
ジェリクソン戦術長などもそう思う一人だ。悪気はないが、今の管理局では、SUSに再侵攻されて防ぎ切れるとは到底思えなかったのだ。

「俺達が引き揚げた後で、本当に変化できるのか」
「さぁ、そればかりはわからないね。変化できない、とは思わないが」

レノルド航海長は、一概に言えないと語る。どの道、変化なくして平和と安定はない、という結果は同じであるが。
  コレムは口を開くこともない。ただ、キールの言葉を耳へ入れていくだけだ。彼としては、思うところは別にある。
管理局の変化は、直ぐにできないだろう。しかし、変化を可能とするのは、はやてを筆頭とした、若い局員達ではないか。
以前にも、負傷して床にあった時、彼はそう思っていた。そして、フェイトもその一人として入っている、と本人に向けて語った事があった。

(我々に出来る事は、信じる事のみだ。そして、我々は目の前の危機に備えなくてはならない)

帰還しても戦闘は終わるわけではない。コレムは地球の置かれた状況を思い返して、小さなため息を吐いた。
  ガトランティス軍の戦局規模は、未だ不明である。かといって、過去のガトランティス軍と比較するのは、流石に見当違いと言うものだ。
天の川銀河に存在する、全勢力――ガルマン・ガミラス帝国、ボラー連邦、地球、アマール、エトス、フリーデ、ベルデル等を糾合した場合、概算で約二万三〇〇〇隻と推定される。
八割がたは、大国であるガルマン帝国とボラー連邦であり、残る二割がたは地球などの惑星国家群であった。

(ガルマン帝国は、ボラー連邦と共同戦線を張ろうと、外交が動き始めていると聞いている。だが、急ぎ(つくろ)った連合軍を、どう動かす?)

  そうだ。この連合軍を、どうやって動かすのか。大国が二つも参加している中で、まず、惑星国家群が先頭に立つ可能は限りなく低い。
となれば、ガルマン帝国か、ボラー連邦が先頭に立つのが妥当である。しかし、今まで小競り合いを繰り返してきた敵国同士なのだ。

(……デスラー総統にしても、マルチェンコフ首相にしても、全軍の指揮権を相手に委ねようとは、思うまいな)

およそ、二ヶ月半後に差し迫ったガトランティスの侵攻を、どう対処するべきか。天の川銀河に住まう者達全員が、思うところであろうな、とコレムは予想した。





  キールの挨拶が済むと、続いて立ち上がったのはマルセフだ。連合軍の総代表として、彼はマイクの前に立ち、何回目かわからない挨拶を口にした。

「まずは、戦争で命を散らせた多くの兵士、局員に対して、哀悼の意を表します。そして、皆さん、これを忘れないで頂きたい。未来への道を切り開いたのは、共に戦った勇士諸君と、命を落とした勇士諸君の御かげであるという事を!」

平和を得るために戦い、散って逝った兵士達の事を、忘れてはならない。彼は、強く訴えた。平和は貴重であり、同時に、平和は人を緩慢にさせるものなのだ。
俗に言う、“平和ボケ”いうものである。その前例を持つ地球の出身者、マルセフと防衛軍一同。管理局がそういった事にならないよう、切に願うものであった。
いずれSUSも再度攻めてくる、そう公言している手前、管理局には気を抜かず、管理世界を守護していってもらいたい。
  マルセフは短い時間だが、濃くも熱い言葉を視聴者たちに振りまいた。迷い人となった自分ら防衛軍に援助をしてもらった事、この戦争においても力添えしてもらった事など。
そして、生き残る為に、自分の下で共に戦ってくれた、局員全員と、エトスら将兵。彼らにも、感謝の意を重ねて述べた。

「貴方がたから受けた御恩を、忘れる事はありません。最後になりますが、時空世界の全ての人々へ、永遠の平和と祝福があらんことを……」

そこで、彼は敬礼し、マイク前から下がった。この後、司会から二言、三言ほど締めの言葉を告げられた。今一度、三人に向けて拍手が送られると、それに敬礼で応える。
拍手に送られる中、マルセフら一同が式場から降りると、そのままドックに係留されている自分の艦へ乗艦した。
  艦橋に入るなり、オペレーター一同が敬礼して迎え入れる。ラーダーとコレムも敬礼し、労いの言葉を掛けた。

「お疲れ様です。司令」
「お疲れ様でした」
「うむ。待たせたようだ。発進準備は、整っているかね?」

はい、コレムは答える。同時に、〈シヴァ〉に隣接している〈リーガル〉〈フリデリック〉〈ベルステル〉各旗艦からも、発進準備が終わった事を告げられた。
それを確認すると、マルセフは発進命令を発した。

「全艦、発進!」
「〈シヴァ〉発進します!」

レノルドが復唱と同時に、レバーを引くと〈シヴァ〉は巨体を動かす。固定アームから身を離し行く巨艦に、フロア越しにいる局員やメディア陣が食い入るように見送る。
  各国を代表する艦船が、やがては次元空間へと飛び出すのを、外で待機中の友軍が確認する。

「旗艦がゲートを通過」
「速度そのまま。味方艦隊へ合流します」

〈ミカサ〉のオペレーターが報告する。

「旗艦が合流次第、発進する」
「了解」

艦長席に座る東郷が命じると、副長席に座る目方が復唱する。東郷も、目方も、これまでの経験を振り返り、長いような、短いような、何とも言えぬものだと思っていた。
東郷は、半ば教え子となっていたクロノや、彼の周りにいた若い者達の熱意を思い出す。世界を救いたいと言う意気込みは、彼に心打たせたものである。

(彼らなら、大丈夫だろう。若いもんが、これからを引っ張るのだ。防衛軍がいなくとも、立派にやっていけるだろうて)

どこの誰だったかは覚えてはいない。兵士は戦場で育つ、と言った者がいるらしいのだが、今回の戦争でも、それを証明して見せていた。
局員の大半は“実戦”を経験した事のない者ばかりであったが、それが数度の戦闘を通じて、幾分か戦士のそれへと成長しているのは、確かである。
 また、目方はといえば、こちらも半ば教え子となった、八神 はやての事で、思い返した。優秀な若手局員であり、指揮官としての質も確かなもの。
何よりも、自らの法律に縛られないという、ある種の反骨精神のような物がある。その反骨的な行動が、彼女の計画を進めることが出来たと言っても過言ではない。
決して己の能力を(おご)る事もない、素直な性格。そして同じ日本人という事もあり、プライベートとしての交流も進んでいた。
  だが、気がかりになる事が一つだけあった。在る時、はやての持つデバイス〈シュベルトクロイツ〉を見たことがあったのだが、その形である。
それは実家の家紋――十字剣にソックリなのだ。いや、ソックリと言うよりも、同じものと言えるかもしれない。

「あの()のデバイスと、実家の家紋……まさか、ね」

と、当時は呟いたものである。だが、冷静に考えていくにつれて、彼女の脳裏に嫌な予感がした。推測の範疇でしかないが、同じ時系列の地球ではないか、と言う事。
これは即ち、はやての血筋か何かが、目方家もとい光蓮寺に繋がっているのではないか。そう推測したと同時に、背筋に冷たいものが走った。
つまり、はやての世界が、自分らの世界に繋がっている、という事をそれとなくチラつかせていたのだ。
  かといって、本当にその可能性があるという訳でもない。それに実を言えば、はやてとも、この事に関して、会話を交えた事がある。
聞かれた当人は酷く動揺し、それが目方の危惧していた事と、全く同じことを感じていたという事を証明した。
もっとも、そのことをどうするも、こうするも、証明する事も出来ない話である。先も述べたように、決して繋がっているとも限らない。
目方はそう言って彼女を宥めたものである。

(ふふっ……。けど、繋がりがあるとしたら、それは奇蹟かもしれないわね。この私が、はやてさんの子孫に当たるかもしれないんですから)

  そう思うと、不思議と笑みが零れてくる。二〇〇年も前のご先祖様にあっているようなものなのだ。他の人では、中々にない体験ではないか。

(さようなら、はやてさん。また機会があれば、お会いしましょう)

何時になく笑みを零している副長の姿に、東郷は何事かあったのかと尋ねると、彼女は表情を崩すことなく答えた。

「はい、その様なところです」
「そうかね? 悪い事でなければ、別にいいのだが……」

  方や、戦艦〈リットリオ〉ではカンピオーネが、さぞ残念そうな表情で見ている。傍にいるエミーは、彼の心情がどこにあるか、考えずとも察せる。
どうせ、美女集団とお別れしなければならんとは、等と考えているに違いない。まったく、とこまでこの男はこんな調子なのだ。

(あぁ……さらば、美しき花よ、ハーレムよ!)

案の定である。声に出さない辺り、配慮しているとは思うが、エミーとしては何故か気に入らなかったりするのである。





  帰還の途に着き始めた防衛軍他、連合艦隊を見送る為に、管理局製波動エンジンを搭載した次元航行部隊が随伴する。
さらに、次元転移ポイントには予め次元航行部隊が待機していた。それは、クロノ率いる第一機動部隊である。
足の遅い次元航行艦では時間がかかる事を見越して、先発していたのだ。旗艦〈アースラU〉には、指揮官のクロノは勿論、参謀のはやてもいる。
  また、式典にいたリンディは随伴部隊に便乗し、〈フェリウス〉へ乗艦を果たしていた。最後まで見届けるつもりであったのだ。

「波乱の五ヶ月半、やったね」
「そうだな。それを考えると、防衛軍や、他惑星の力添えがなかったら、こうして生きていられなかった」

艦橋で防衛軍艦隊を眺めやりながら、クロノは嘆息する。これからは自分らの手で護りきらねばならないのである。
そのためにも、彼らが帰還した後には、様々な課題を片づける必要があった。法律の改正、部隊編成、他世界との関係の見直しなど、様々だ。
  技術部の連中も、新型艦の開発や、防衛軍の使用していた携帯式エネルギー拳銃の開発等、忙しさを増すに違いない。
マリエルも技術者の一員として、張り切ることだろう。〈デバイス〉級も五〇機分の資材が確保されたままになっていると聞く。
今、彼の後ろに座るはやてが、何をどうしたのかわからない方法で、確保した資材だ。これを有効に活用せねばなるまい。

「〈トレーダー〉他、あと一〇分後に所定位置に着きます」
「わかった。さぁ……最後の最後に、我々からも感謝の意を述べようじゃないか、はやて」
「うん。なのはちゃん達に、連絡してな」
「了解」

  ルキノが復唱すると、フェイト、なのは、他数十名へ向けて通信回線を繋ぎ、指示を送る。すると、彼女達からも、了解の返事が入った。
第一機動部隊に搭載されている、一九機の〈デバイス〉が一斉に飛び立つ。そして、地球艦隊らへ接近していく。
ささやかでしかないが、〈デバイス〉部隊によるパフォーマンスを披露する事になっていたのだ。

「パフォーマンス、開始!」

クロノの号令が発せられると、〈デバイス〉隊は一斉に動き始めた。綺麗な弧を描き、時にローリングし、華麗な機体運動を魅せる。
  このパフォーマンスに、地球艦隊らは歓声を挙げた。時間に余裕があるのならば、〈コスモパルサー〉隊がでて、共演したいところである。

「素晴らしいな。彼女達も、立派に成長した証拠でもあるな、副長」
「はい。フェイト一尉達は、素晴らしきパイロットかと存じます」
「おや、スモークが……」

〈デバイス〉隊は、スモーク噴出させながら飛行を続ける。すると、次第にそのスモークが形となって現れていくではないか。
何が浮かび上がるのだろうかと、興味津々になる一同。やがて最後の一機が一筆を入れるが如く、文字を完成させた。

DANKE!(ありがとう)


それはシンプルな感謝の言葉だったが、気持ちは十分に伝わるものだった。これを見たジェリクソンは、味な真似をしてくれるじゃないか、と呟く。
レノルドは、いいねぇ、との一言。多くの者が、その気持ちを素直に受け止めた。
  さらには、一機の〈デバイス〉が〈シヴァ〉へと急接近を果たす。何だろうと怪訝に思う一同ではあったが、その〈デバイス〉は〈シヴァ〉の周辺――艦橋の前方に並ぶ。
すると、バンクした。これは主に、通信回線が使えないような状況下で、敵ではない、あるいは感謝などの意を示すための行動である。

「最後の最後まで、味な真似をしてくれるな」
「……ん、あの機体は」

コレムは、艦橋のスクリーンに映される機体に、〈バルディッシュ〉と名が刻まれているのを確認した。知ったと同時に、彼は心を(くすぐ)られる様な気分になる。
〈バルディッシュ〉とは、つまりフェイトの機体である事を、コレムは知っていたのだ。こんな事をされては、別れづらいではないか、心中で苦笑しながらも呟く。

(ありがとう)

  バンクした後に飛び去る彼女の機体に敬礼する。パフォーマンスが終わると、次に次元転移に移ろうとする。〈トレーダー〉他艦隊はポイントを合わせた。

「座標、固定完了」
「全艦、座標の固定を完了」

テラーの報告に、マルセフは一度頷いた。それから、スクリーンに投影されている、次元航行部隊を眺めやる。転移する前に、一言だけ、言っておこう。
こうして、見送りに随伴してくれているのだ。その礼も言わねばならない。彼はそう思うと、次元航行部隊のリンディへと回線を繋がせた。
  数秒してから、リンディがスクリーンに現れる。

「リンディ・ハラオウン提督。これまで、本当にお世話になりました。代表して、礼を述べさせて頂きます」
『礼だなんて、とんでもありません。むしろ、こちらが感謝しているくらいです。……私も、全管理世界を代表して、お礼を申し上げます』

深々と頭を下げるリンディに、マルセフも合わせて頭を下げた。

「それでは、ハラオウン提督」
『はい……。防衛軍の皆さん、そしてエトス、フリーデ、ベルデルの皆さん。ありがとうございました。そして、ご健闘をお祈り申し上げます……』

それに対して、皆が敬礼で応える。リンディも敬礼で応えると、通信はそこで終わった。次は、転移行動に移るのだ。
消えたスクリーンを数秒だけ眺め、一呼吸を置く。それから、マルセフは全艦に通達した。

「これより、祖国へ帰還する。全艦、次元転移、開始!」


  同時に、艦隊は〈トレーダー〉共々、その場から姿を消した。後に残るものはなく、何もなくなった空間には、次元航行部隊が佇んでいるのみである。
彼らはその場を後にし、第二拠点へと艦首を翻す。クロノが思っている通り、やる事は山ほど積まれているのだ。
  一方、破壊神が率いる地球艦隊は、事故に巻き込まれる事もなく、無事に転移を果たした。それは、行方不明になってから、実に五ヶ月以上の事であった。
祖国は彼らの帰還を歓迎し、迎え入れた。だが、彼ら安心することは出来ない。ガトランティスが迫る以上、彼らに安息の時を得る事は許されないのだから。




〜〜あとがき〜〜
どうも、大変に御無沙汰しております! 皆様、大変お待たせいたしました。
前回の本編投稿から、実に三ヶ月もの日数を開ける事になってしまい、申し訳ないです。
その間に、見直しによる再投稿や、外伝の投稿等をさせて頂きましたが、ようやく本編の完結がなされました!
いやはや……ネタがうまく思い浮かばないうえに、先日には私用パソコンが御臨終と言う事態に見舞われました。
代理パソコンを使用していますが、いろいろと私用データが吹き飛んで、さらにやる気が低下……。
そんなこんながありまして、第七七話で完結いたしました。
とはいえ、何故かオリキャラのコレムと、フェイトの組み合わせが……。望んでいたわけではないのですが、知らず知らずのうちに、こんな事に(汗)。
それと、外伝はまだ終わってはおりませぬ(H25年7月時において)。本編では出来なかったことを、随時追加していく方針です。

ここまで作成できましたのも、読者様からのお声や、意見があってこそ。
改めて、厚く御礼を申し上げます。本当にありがとうございました!



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.