外伝『シージャックの悲劇』


(面倒な事を引き受けたもんだな‥‥‥まったく)

  顰めた表情をするのは、30代半ば程の局員男性だった。何やら呟いているが、それは今の境遇にあると言ってもあながち間違いではない。
彼のいる場所は、時空管理局第2拠点の特別区画とされるもので、例の新型艦建造の為に立ち上げられた『D計画』を行っている所である。
警備は厳重で兎に角固く、計画関係者以外は立ち入ることが禁止されていた。禁止する理由は情報漏れを防ぐ為にあるのは容易に想像できよう。
  何せ管理局の各拠点には一応の民間人がおり、彼らは第2拠点所属の局員達の親族関係に当たる。親族関係とはいえども、出入りが出来る区画は限られるのだ。
それでも念は入れておくべきだった。『D計画』は最終兵器とはいかずとも、秘密兵器に属する代物だ。そう簡単に世間に知られる訳にはいかないのである。
もっとも第2拠点は隔離された巨大施設だ。容易く情報が民間へと漏れる可能性は極めて少ない。はやても、層のように考えてはいるものの油断はしなかった。
  今こうして歩いている彼は無論のこと関係者だ。ただし、艦艇や武装の開発関係の部署に属している訳ではなかった。
彼は警備員としてこの区画に配属されている。とりわけ、この区画は特に警備の層が厚くされており、武装局員だけで全員で12名、ドックに3名、開発区画に6名、出入り口区画に3名、という厳重ぶりであったのは、それを裏付けるものであろう。
彼もその一員であり開発区画に属している。彼は開発区画に配置されている。同チームの2人は離れた場所にて、警備、監視を行っていた。
  時折、彼は時計を確認する。時間に厳格である事を伺わせるが、その表面上とは反対に心内ではやや焦りがあった。

(俺がここ――管理局に馴染めているとはいえ、あんな命令があるか!)

彼は通常の局員ではない、あくまでそれは表向きであり副業というべきものだ。彼の裏の顔として持っている本業は、正義とは全く事なっているものだ。
彼はとある組織の潜入工作員(スリーパー)――所謂スパイだ。そのスリーパーとしての経歴は長いもので、15年以上はやっているものだった。
管理局員として動き続けてきた年数はまだ5年ほどに過ぎなかったが。
  彼は今一度、自分が新たな命令および仕事を受けた時の様子を思い起した。依頼を受けたのは凡そ3週間前のことである‥‥‥。

「新型艦を‥‥‥?」
『そうだ。完成を見たら、即座にそれを運び出せ。予定区域には、迎えの船を待機させる』

自室の個人用通信端末で会話をしているスリーパー。その相手は雇い主‥‥‥ではなく、その下で命令を言い渡すだけの、中間管理職の人間であった。
だから、こちらが何を言おうが受け入れてくれる筈もなく、淡々と命令を下していくだけの存在であった。今までも無茶な、と思えるようなことは幾つかあった。
だが、今回は飛び抜けて困難な注文を突き付けられた。1人で戦闘艦を盗めとは大胆かつ分かり易い命令である。これは成功するとは到底思えない。
  今までは情報を収集することが任務だった。自分の裏が明かされぬよう、慎重に活動しては必要と思われるものを抽出してきたのだ。

「‥‥‥たった1人で盗めと?」
『そうだ』

機械的に返ってくる返事。これには拒否権などない。やれと言われたらやるしかないのだ。長い通信も無用だとして、通信相手の男は言う事を言って切ってしまった。
無茶を言ってくれるものだ。本物を盗むのではなく、設計資料の方が余程良いのではいか。と、考えたものの、それは無理だという結論に至る。
『D計画』の資料は全てが纏まって保管されていないのだ。各部署ごとに別々にして管理されており、これでは全てを短い内に盗み出すのは不可能である。
ということは結果として、完成される実物を盗むほか手段はない。
  とはいえ、それもまた簡単な事ではなかった。問題は2つほどある。まずは『D計画』の新造艦がアクセスキー無しには動かないという事だ。
次に、ドックを警備している魔導師の対応を速やかに行わなくてはならない事だ。事前調査により、アクセスキーが何処にあるのか特定できている。
それが情報管理室だ。試験データを纏め、記録する部屋で、同時にデバイス級のアクセスキーも管理していた。
それにドッグまでの距離は遠くなく、彼の飛行速度なら直ぐに飛んで行けるものだ。
  綿密にシュミレートを重ねながら、再び時計を眺める。

(‥‥‥時間だ)

向かうは情報管理室、内部にいる人間は無論排除しておく必要があるだろう。

(さて、さっさと盗んでここをおさらばするとしようかね)

  一方、まさかスパイが潜入しているとは知らず、情報管理室では数名の局員――非魔導師が作業にあたっていた。その中には局員ではない者が1人混ざっている。

「アテンザ主任、どうですか?」
「‥‥‥大丈夫です。〈バルディッシュ〉の稼働状態は極めて良好。間もなく全力運転に移行するようです」

防衛軍士官レーグだ。彼もこの計画を噛んでいる身だ。完成したデバイス級を是非ともこの目で確かめ、同時に問題点を洗おうという事になった。
そして今、稼働中の試験コードネーム〈デバイス02〉こと〈バルディッシュ〉の内部には、パイロット候補者に上がったフェイト・T・ハラオウンが搭乗している。
その機体の動きからして、馴れない艦体を操ろうと必死になっているのが分かった。
  レーグは、目の前で飛び回るデバイス級が概ね管理局製であるにしても、ここまで完成させている事には正直言って感心させられていた。
波動エンジンならではの機動力と加速力の数値が、この管理室にあるディスプレイに順次算出される。

(さすがは名魔導師と言ったところか。これならば数日もしない内に乗りこなせるに違いない)

隣にいるマリエルも、レーグ同様に興味津々な様子だ。
  彼はふと、内線通信用の端末を動かした。ディスプレイに出たのは、こことは別の場所で試験航海を見守る、八神 はやてであった。彼女は今、管制室にいる。
はやてはレーグからの通信を受け、満足した表情で出てきた。あれ程苦労しているのだから、成功してくれねば泣くに泣けないものだ。

「如何ですか、八神二佐」
『ホンマにすごいですわ、レーグ少佐! 今までの管理局が作った船とは大違いや!』

嬉しさのあまり、本来の関西弁口調になっているが、レーグは取り分け気にしなかった。ここまで気に入ってくれるとは、手助けした甲斐があるというものだろう。
今もなお軽快な運動を続ける〈デバイス02〉。もう少し飛んでもらい、さらなるデータを詳しく得る必要があった。肝心のあるデータを集めねばならないのだ。
それこそ、彼女らパイロットの生死に関わる問題である為だ。

「そういえば、防衛軍も今頃は無人艦隊のテスト航海を始めている頃ですかね」
『そうみたいですよ。レーダーが複数の艦隊を〈トレーダー〉近海で捉えました』

  ふとしたレーグの問いに、通信画面のはやては答えた。どうやら防衛軍側もテスト航海を実地しているようだ。防衛軍は、管理局が新型艦を建造して戦力の増強を図ろうとしているのと同じく、苦肉の策として無人艦を建造し戦力の増強を図っていた。
その事に関して耳にしたマリエルは、案の定と言うべきか飛びついた。女性であっても、やはりエンジニアとしての血が騒ぐのであろう。彼はそう思った。

『丁度、映像が入りました。そちらにも映しますね』

そう言ったのは、はやてと共に管制室にいたシャーリーだ。彼女の操作で、映像が管理室へも共有された。気遣いに感謝しつつ、彼は問題の無人艦隊を眺めやる。
転送された航海中の無人艦隊は、整然として艦列を整えてゆっくりと次元空間を進んでいた。

「‥‥‥ふむ、問題は無さそうだな」
「レーグ少佐の腕なら、心配はないのでは?」
「そんなことはないですよ。どのような兵器にだって、何処かしら欠点があるものです」

  機械化の進んだ母国に居たからこそ、言える言葉ではないだろうか。マリエルは彼の有する技術的・科学的知識には、大いに感心していたものだ。
豊富な知識力に伴い、レーグの用心深さもまた一品だった。彼は自分の有する知識から作り出す物を絶対的と過信せず、何事も試して実績を出すことが全てである。
このような事を、マリエルに説いたのだ。まさに“石橋を叩いて渡る”である。

「それにしても、無人艦と聞いた時は思わず耳を疑いました。ガジェットは兎も角、戦闘艦を無人にするのは例がありませんから」

  確かにそうだ。この世界では、次元航行艦をオートメーション化することはあっても、完全なる無人化を目指したことはない。あってもガジェットくらいだ。

「決して無人が便利であることは無いですがね。機械化を進めていた母国の私が言うのもなんですが‥‥‥」

何もかもが機械的な日常のデザリアム帝国。軍人はおろか国内人口の増加すら望めず、無人駆逐艦を大量生産したは良いが、それを維持させるのも簡単な話ではない。
それは地球でも同じだ。無人化を推し進めるものの、それらの管理維持はかなり高く付く。メンテナンスはロボットがするが、最終的には人間の手による。
何をおいても、人間が必要不可欠。生活においても、仕事においても、そして‥‥‥戦争においても。そんなことを思いつつも、彼は一端はやてとの通信を切った。
引き続き〈デバイス02〉の様子を見ようとした為だった。

――その時であった





「なんだ!」

  突然の出来事にレーグとマリエル、数名の作業員達は目を丸くした。管理室の扉が開いた、ここまでは良い。問題は入って来た男である。
その男は入るなりいきなりガン・タイプのデバイスを突き付け、問答無用で撃ちはなったのだ。撃たれる筋合いはない、と文句を垂れる暇もなかった。
殺傷設定ではないとはいえ、撃たれた側は非魔導師だ。局員は派手に後ろへ吹き飛び、床に叩きつけれてしまった。

「君、いったい何の真似だ!?」

咄嗟に出た言葉がそれだった。
  しかし男の返事は言葉ではない。デバイスの弾丸で返されたのだ。同時にここで、レーグはホルスターに収めていたコスモガンに手を伸ばす。
普段は事務や艦の指揮が中心だった彼は、こういった陸上戦の類は苦手だ。18年前の地球侵攻時と同じで、自分には単身で反抗する技量を持ち合わせていないのだ。
案の定と言うべきか、彼の僅かな反撃の努力は功を成さなかった。男の素早い反応が、それを挫いたのだ。
  瞬間、レーグの身体は3m程後ろに吹き飛び、壁と衝突する。

「少佐!」

マリエルも突然の出来事に狼狽した様子だ。吹き飛ばされたレーグの方に気を取られ、目線をそちらへ逸らす‥‥‥が、それがいけなかった。
どうやら男性には“情け”という言葉は無いようである。問答無用で彼女目がけて、魔力をぶつけたのだ。

「ぅぐっ!!」

突然に襲う腹部への強烈な一撃により、激しく内蔵を圧迫される痛みと胃袋から込み上げる嘔吐感が混じり合い、呻き声を上げてしまう。
と同時に、彼女の身体はくの字に折れつつ派手に吹き飛ばされてしまった。直撃したのが実弾ではないとはいえ、痛いでは済まされないものであろう。
  全員が伸されるまであっという間であった。スパイであるこの男が入って来てから、たったの3秒たらずである。

「邪魔な者は排除した、次はアクセスキーのみだ」

そう言って、男はキーを保管しているケースに近寄り、中身を空ける。見つけた、これが〈デバイス01〉のアクセスキーなのだ。
素早くそれを掴むと、男は管理室を足早に後にした。あまりの手際の良さ、速さには舌を巻くほどであろう。だが男の方は安堵できない。
  当然だ。まだ主んでいた訳ではないのだ。あくまでアクセスキーを手に入れただけのこと。一刻も早く、ドックへと向かわねばならない!
台風のように過ぎ去った緊急事態に、まず目を覚ましたのはレーグだ。普通の人間ではない、サイボーグなればこそであろう。

「くっ、まさか、局内にスパイがいたとは‥‥‥不甲斐ないな」

痛みの感覚はあるが、あくまでそれも人工的に作ったもの。機械化した身体は、スパイの放った魔力を辛うじて防ぎ切り、見事耐えきった。
  とはいえ、左胸部に攻撃された影響で左腕が機能しにくくなった。もう少しズレていたら、生命維持装置を破損していたに違いない。
加えて吹き飛ばされた際に後頭部も打った。脳指令で人工痛覚を遮断すると、彼は再び通信端末を繋げて、はやてを再び呼び出した。

『はい‥‥‥っ! 少佐、いったいどうしたんです!?』

はやては驚いた。つい先ほどまで話していた彼が、今度は怪我をした状態で通信を繋げてきたからだ。それに、どうしたことであろうか、この情報管理室の内情は?
殆どの局員がデスクに倒れ付し、或は地面に突っ伏し、仰向けに倒れているではないか!
  しかし、レーグは無駄に時間を掛けてはスパイを取り逃がすことになりかねないとして、簡潔に事態を伝えた。

『す、スリーパー‥‥‥やて!』
「そうだ、八神二佐。直ちに警報を発してくれ! それと、ゲートの閉鎖を‥‥‥!」

驚かれるもの無理はないだろう。だが驚くよりも先に、第2拠点からスパイを逃さないようにしなければならない。果たして間に合うかどうか‥‥‥。
もしもゲートから逃れられたとなったら、外にいる艦隊がどうにかするしかない。防衛軍側も動いてくれれば良いが、今は倒れた局員の安否を確認するのが必要だ。
  壁際に寄りかかるようにして、横向けに倒れているマリエルに駆け寄った。そして、軽く肩を叩いて意識の有無を確認する。

「アテンザ技師、しっかり! アテンザ技師!」
「ぅう‥‥‥げほ、ごほ!」

声に反応した。同時に小さく呻く様な声も上げ、腹部を両手で抑えながら強くせき込む。よほど撃たれどころが悪かったのか、或は衝撃が強すぎたのだろう。
嘔吐感に苦しむマリエルは背中を丸めて再びせき込むが、どうやら内蔵の破裂とまではいってはいない様である。
無用に動かすのは危険だと察した彼は、自分の来ていた士官コート脱いだ。それを適当に丸め、取りあえず横になって動けない彼女の頭の下に置いた。
  少しでも呼吸の負担を和らげようという処置だ。痛みに耐えきれず咳き込み、そして目尻からも涙が流れ落ちる彼女の姿は痛々しいものだとレーグは感じた。
それだけすると、今度は別の局員を見に行く。こちらはマリエルほどの傷は追っていない様子だ。撃たれた部分と、倒れ付したときの打撲等のみだ。
後は救急班の到着を待つのみだが、同時にスパイが拘束されることを願うばかりである。
  管制室のはやては、レーグからの緊急連絡を受けてゲートの閉鎖を命じた。同時にこの事をリンディに緊急報告を入れようとした時である。
ドック内部で騒ぎが起きた。そう、例のスリーパーの男が入ったのだ。だが恐ろしいことに、その男はドック内部の魔導師3人を容易く蹴散らしてしまった。
いや、容易くというよりも、電撃的な奇襲攻撃によるものだ。驚異的なスピードと打撃力、そして相手を拘束するバインドと呼ばれる、リング状の拘束魔法の併用。

「なんちゅーやっちゃ! 3人を軽々と撃退しよる!?」

  その鮮やか、かつ見事な手際の良さ。これは余程の高ランクを持つ、違法魔導師に違いあらへん。このままでは、奴に逃げられてしまう!
管制室から遠隔操作でドッグのゲートを閉じようとするスタッフ達。だが、男はそれよりも早く〈デバイス01〉に飛び乗り、起動させてしまう。
初めての筈なのだが、その男は馴れた様子で操艦している。ゲートが閉じる前に、スレスレの幅で飛んで行ってしまったのだ。

「急いでリンディ提督に報告せな!」





  一方で、ドック内部でのスパイ騒ぎを知らずして、〈デバイス02〉を操るフェイトは淡々と操艦して感覚を掴もうとしていた。
今までこれ程大がかりな物は扱った例がない。あったとしても、それは自動車が精々である。それが段階を飛び越えて、50mの小型戦闘艦ときた。
親友のはやてからの強い推薦であるらしい。それはそれで、フェイト自身も気合に堪えられるように頑張ろう、と意気込んでいたものだ。
  実際にこうして操艦してみると、思ったよりは扱いやすいものだった。まずは低速での航行、反転、等を行う。そこから今度は、加速とそれに伴う重圧の算出だ。
正直な話、これが一番の目玉でもある、とマリエルやレーグは言っていた。

「メイン・スラスター安定‥‥‥。波動エンジンの出力上昇、第1戦速から第2戦速へ」

機体が徐々に加速を始める。加速度が体に重圧を与える筈だが。全くその気配はない。さらに加速を上げ、慣性中和装置の限界点を超える。
  しかし、それでも重圧は感じられない。第2戦速から第3戦速へ、加速はさらに強まっていく。それでも、身体への負担は全くと言って良いほどなかった。
本当に重圧があるのか、と逆に疑わしくなる。

「40域突破‥‥‥50域突破‥‥‥規定加速点に到達。加速停止、慣性航行へ切り替え」

圧力または重圧をGという記号で表すが、今の状態がどれ程のものか? 外見ではなんの変化も見受けられないが、現在のフェイトにはトラックの重量並、重さにして3トンもの圧力が掛かる計算になるのだ。
さすがと言うべきなのだろうが、それも素直に言えない心境だった。その理由は彼女の現在の外見にあると言っても過言ではない。操艦しながらも、また1つ溜息を吐いた。
  それにしても変な格好‥‥‥フェイトは体をもぞもぞと動かす。バリアジャケットが自らのソニックフォームに似ているのは解る、それは良いのだ。
だが問題は、その手足に大型のプロテクターのようなものを付けており甚だ動きにくい事である。このプロテクターと頭の上に浮かんでいるリングの様なものが、脳波と筋肉をトレースし、自らのデバイスが行動を判断してこの機体を自在に動かす仕組みだという。
そして、この操縦席のディスプレイは全周をカバーした球形型の方式である。やもすると、次元空間で独りぼっちで浮かんでいるような不安な気分になってしまう。
ついでに言うなら操縦する座席すら、この空間中央に操縦者を固定しておくおざなりな物に見え実際マリエルが言うにはおまけ(・・・)程度の代物らしい。
  不安を振り払うように自らのデバイス〈バルディッシュ〉に、問題はないか尋ねてみる。

The error of 0.04 has arisen at the time of the change of acceleration.(加速の切り替え時に0.04の誤差が生じています) Moreover, Bure has arisen in armaments at the time of acceleration.(また加速時、兵装にブレが生じています) It is diagnosed as the candidate for a report required.(要報告対象と診断します)

自らの前に浮かんでいる握り拳大の球体から慣れた声が聞こえてくる。魔導師用デバイスは、この機体では自らの武器に組み込まれるのではなく、この球体に接続されてしまう。
自らも含めて何もかもが、この機体の部品になってしまったような感覚。あのカプセルに入っていた姉さんも、こんな気分だったのかな?
オリジナルである、今は亡きもう1人の自分、即ちクローンの基となった少女――アリシア・テスタロッサの事を思い浮かべ、ブルーな気分になってしまう。
  そんな自分を叱咤し、試験を継続しようとした途端だ。私の心と体に、この機体の未来が掛かっている! 自らを奮い立たせるようにして、声を発した。

「次! 旋回機動試験はじ‥‥‥」
『待った!フェイトちゃん』

奮い立たせたと思いきや、唐突にやる気の腰を折られてしまった。バッドタイミングに声を掛けられるなんて‥‥‥と、大いに不機嫌になりかけるフェイト。
だがそんな事に構っている暇ない、と第2拠点でオペレートと担当している筈のシャーリィに代わって、はやてが捲し立てたのだ。
そして、彼女が入れてきた情報に思わず耳を疑った。

『状況7357発生! 繰り返す、フェイトちゃん7357やで。シージャックや!』

シージャック? まさか、第2拠点の警備は厳重であった筈なのに‥‥‥と、何故そんなことになったのかは置いて、彼女ははやてに聞き返す。

「なんてこと‥‥‥でも、それなら近隣にいる艦隊が‥‥‥」
『やられたのは01や! 武装局員6人を伸されて奪われたがな‥‥‥恐らく、Aランク以上の違法魔導師、どっかのスリーパーや!!』

よほど慌てているのか、はやてが喚く。
  〈デバイス01〉は完成したものの、本格的なテストを終えていない機体の筈だ。それを易々と奪い、ましてや容易く操ってしまう。
とは言え性能はほぼ同じの筈だ。モタモタしていては、取り逃してしまう! 彼女は思考を切り替えて、逃走したスパイの追跡を開始する。

「バルディッシュ!」
Urgent authority is exercised.(緊急権限を発動) Wave motion engine limiter release.(波動エンジンリミッター解除) All the armed use recognition.(全兵装使用承認) The best action by present condition 18 hours is possible.(現状18時間までの全力行動が可能)

変わらない。どんな時でも素っ気なく、でも信頼感のある声が聞こえてくる。どんなに繋がり方が変わっても私たちは変わらない証拠だ。

「そうだ、データ取っといてね。貴重な実戦記録になる筈だから」

了解、と相棒は答える。これもまた、何かのチャンスには違いないかもしれない。実戦とほぼ変わりないだろう。
相棒の返事に安心したフェイトは、歌うように言葉を紡ぐ。やすらかに、そして誇らしげに‥‥‥。

「OFDS-02〈バルディッシュ〉行きます!!」






「全艦、最大戦速で追跡!」

  第2拠点近隣を警備していたクロノは、突然に受けた母親からの緊急対処命令に従い、逃走を図っている新型艦の追跡を開始した。
だが、相手は波動エンジンを積んだ小型快速艦だ。対する自分らは波動エンジンを持たない、従来の次元航行艦しかない。到底、追い付けるわけがなかった。
駄目もとで加速を始める艦隊。その傍らで、義妹のフェイトが乗っているという新型艦がレーダーに映される。
やはり、速度が違う。自分らをおいて、彼女は加速を始めた。ぐんぐんと差を付けられていくのだ。これは、艦隊の出番はないかな‥‥‥と心内で呟くクロノだった。

「‥‥‥しつこいな」

  そう言葉を漏らしたのは、〈デバイス01〉に乗り込んでいるスパイの男である。まんまとドックから脱出できたものの、後方から別の機が追いかけてくるのだ。
逃げ切れないことは無いのだが、この機体はまだ試験運用も済まされていないものだ。下手に動かして壊したのでは、盗んだ意味がない。
それにだ、この機体は加速性が予想以上に強い。発進する時も、普段なら体験しえない圧力を受けたのだ。

「成程、この性能ならば、雇い主の連中が欲しがる理由も分かる」

上手くいけば管理局だけではなく、SUSにだって負けることは無いだろう。是が非でも、帰還しなくてはならない。報酬も待っていることだ、と思う矢先だった。
  機体と一体化したデバイスが緊急報告を上げる。スクリーンには、既に展開を終えて待ち伏せしている、防衛軍の艦隊がいたのである。
彼は舌打ちした。防衛軍の介入もあると予想はしていたが、こうも早く出てくるとは想定外だった。本来なら、出てくるまでに20分近くは掛かるであろうに‥‥‥。
尤も彼は、防衛軍の無人艦隊が試験航海に出てくる、とまでは把握しきれていなかっただけだ。
  どうすべきかと思う束の間、今度は一斉に青白い閃光がコクピットを照らした。直ぐにデバイスが明度の入光量を調整し、男への視覚への負担を軽減させる。
だが次の瞬間には、〈デバイス01〉の周囲を幾つもの陽電子ビームが通過する。

「警告か‥‥‥小賢しい真似を」

  とは言うものの、次には間違いなく撃墜行動に出てくるだろう。それに、周囲には既に防衛軍の艦載機隊が徘徊しており、逃げいる隙を当てえてはくれないのだ。
仕方なく、彼は停船命令に応じた。とはいえ次のチャンスは必ずある。この艦を止めたのは良いだろうが、どの道は臨検作業に入り、自分を引きずり出すに違いない。
逃げるとすれば、その時だ。後方から追い付いて来た別の機と、管理局の艦隊を見据えながら、男はじっと堪える。まだだ、まだ動くには早い。
  一方で追いかけて来た管理局の警備艦隊と〈バルディッシュ〉。逃げ出したスパイが素直に停船したことに、安堵すると同時に油断せぬように注意した。
特に〈バルディッシュ〉に乗るフェイトは、直ぐに動けるようにスタンバイしている。

(このまま大人しくしているのかな?)

艦隊の上方に位置している彼女は、潔く諦めたのかわからないスパイに疑惑の目を向けている。
  やがて、追い付いたクロノ率いる艦隊の1隻が、接舷しようと接近した――まさにその時である。

「‥‥‥諦めていない!?」

案の定と言うべきだろう。〈バルディッシュ〉は接舷しようとした瞬間に加速したのだ。往生際の悪い! と罵りながらも、彼女は再び前進を始めた。
艦隊は双方が射線に入ってしまう状態のために、発砲が出来ない。さすがはスパイ、〈デバイス01〉を盗み出した腕は確かなものだろう。
スパイは初めてとは思えぬ操艦技術を見せつけており、防衛軍の艦が発砲できない様に上手く各艦の陰に入り射界の死角を取った。
  そして防衛軍の艦隊さえやり過ごそうとしたが、ここで嫌味ともいえる置き土産を防衛軍戦艦〈ヘルゴラント〉へ放った。

Master, battleship〈 Helgoland 〉damage.(マスター、戦艦〈ヘルゴラント〉損傷) Signs that a communication facility and control apparatus were damaged.(通信機器及び、コントロール機器を破損した模様)
「コントロール機器って‥‥‥まさか、無人艦の?」
Yes.(はい)

何てことだ! スパイは巧妙にも〈ヘルゴラント〉の急所を撃ち抜いたらしい。そこまで知ってスパイは発砲したのだろうか。兎も角、これでは防衛軍も動けない。
加速していく〈デバイス01〉を慌てて追いかけるフェイト。それよりも先に、〈コスモパルサー〉の編隊が行動を起こして追跡に入った。
  だが、追い付けるだろうか? デバイス級は管理局の技術で波動エンジンを模造し、搭載した小型戦闘艦艇である。曲がりなりにも地球製波動エンジンに迫る代物。
そして管理局でしか出来ない、ある特殊技術が存在した。それは今彼女が身に着けている特殊スーツが鍵だ。これがあって初めて防衛軍の艦艇速度に勝る事ができる。
 しかし、それも限定的な人間に限られる話でもあり、今ここで、スパイがそのことを実証して見せる事になるのだ。
男は、限りない急加速を始める‥‥‥が。

(‥‥‥っ? な、なんだ!? か、から、身体が‥‥‥っぅぁあああっ!? あっがああぁああああああああああ!!!!!!)

突如遅い掛かる、見えぬ出来事に男は声にならない悲鳴を上げた。ここで初めて、自分の過ちに気づいたのだ。このデバイス級に乗る上でやってはならない事を!
減速を掛けようにも、時既に遅し。男の精神はほんの2秒で途切れた。永遠に目覚めぬ事もない、深い、深い闇の中へ堕ちて行った。





  追跡から数分後、突然〈デバイス01〉が速度を落とした。フェイトは再び疑った。また、これは油断させるための罠ではないのか?
しかし、通信の応答はなく、遂には完全に停船してしまった。どうしたものか、と〈デバイス01〉の側に近づける。すると今度は、その場で方向を転換し始めた。
その方角は先ほどまで来た方向、即ち第2拠点へ向けてである。周辺を飛んでいる〈コスモパルサー〉からは、このまま周囲を固めて追尾するという通信が入った。
  今はそれが最善であろう。だが念の為だ、後方に位置して対応しよう。最悪の場合は撃沈命令も出ている。いざとなれば、艦首の砲塔で落とすことになるだろう。
しかし、彼女の心配は杞憂に過ぎなかった。〈デバイス01〉は途中で次元航行艦らの包囲下に置かれ、そのまま第2拠点へ向かって行ったのだ。

「武装隊、スタンバイや!」

  帰還先である第2拠点特別ドックのフロアには、はやてが指揮を執る警備隊員達が有事に備えて待ち構えていた。そして戻ってくる〈デバイス01〉のスパイを考慮しての事であるが、実は別に応援を頼んでいた者がいたのだ。
武装した警備隊だけではなく、何故か救護班と救助班も動員されているのだ。これに関してはレーグからの助言であった。何故かは問わなかったが。
その救助班として動員を受けた、スバル・ナカジマも緊張した表情で待ち受けていた。彼女は、はやてに呼び出しを受けて来ていたのだが、偶然に鉢合わせたようだ。
  彼女自身も、まさかスパイ騒動に巻き込まれるとは予想だにしなかった。スパイを助けるというのも、なんだか複雑な気分だ、と思ってしまう。

(何でスパイを助けるんだろう?)

助ける理由を考える。無論、死んでしまえばいいとか思っている訳ではない。怪我をする理由がイマイチ把握できなかったのだ。

「来たで!」

  はやての声に、入港してきた〈デバイス01〉へ皆の視線が一斉に集中する。ここまで素直にドック入りするとなると、逆に不気味で仕方がない。
管制室によれば、自動操縦で戻って来たと言うのだ。何故、自動操縦に切り替わっているのか? まさか、眠いから後は全部任せる、というノリではあるまいに。
しかし1番険しい表情をしたのはレーグである。どうも嫌な予感がする。それは自分達への危機ではない、スパイ自身に対しての危機感だった。
到着するなり、やはりスパイは降りてくる様子もない。
  そこで武装隊の1人がハッチに手を掛けるが、全くもってびくともしない。やはり、内部からロックされているようだ。
そこで、スバルの出番と言うわけだ。

「スバル、頼むで。ハッチは壊してもかまわへんから」
「はい!」

ハッチを壊してもいいから早く救助しろ、との命令に対してやや戸惑っていたのだが、開発関係者であるレーグも許可を出している。
彼女は素早く〈デバイス01〉へと飛び乗り、レーグも後に続いた。救護班もすぐ側で待機させている。後は、中でどうなっているのかだが‥‥‥。
ハッチに到着したスバルと、やや遅れて昇って来たレーグ。上空には警備隊が待機している。スバルは右手に装着しているグローブ型のデバイス――リボルバーナックルで、〈デバイス01〉のハッチを思い切り殴り、その攻撃は見事にハッチを破壊した。
  開平可能な事をスバルが確認すると、側にいたレーグが真っ先に前に出て中を見た。だが、そこに人影はない。代わりにとてつもなく血生臭い空気と、人の代わりにあるモノ――それを見た瞬間彼は全てを理解した。
そうだ、危惧していたことが‥‥‥! 思わず口元を抑え込んだ。
  だが、それよりも重要な事があった。傍にいた救助隊員のスバルである。彼女は内部がどの様な惨状になっているのかさえ想像できていないのだ。

「少佐、どうしたんです?」
「っ!? 如何、見るなッ!!」

突然の怒号に周囲にいた人間は驚いた。だが、それも遅かった。スバルは、見てしまったのだ。人影ではない不気味な、グロテスクな物体を‥‥‥。
  不幸な事は、それが“何であったか”を理解してしまったことだ。瞬間、彼女は目を見開くと同時に、今までにない悲鳴を発した。

「い‥‥‥いやああああああああああああああああっ!!!!!!」


スバルは悲鳴を上げながら、あまりの惨劇にパニックとなって後ずさろうとしたが、それに失敗して足を滑らせて尻餅をつく格好となる。
それでも必死に逃れようと手足をジタバタさせているが、元気溌剌な彼女とは思えぬ絶叫と発狂に騒然となる周囲の者達。
  パニックに陥り、戦闘艇から滑落するのを防ごうと、レーグは慌ててスバルを抱き寄せるようにして抑え、遅まきながらも彼女の顔を自分の胸へ押し付けた。
もとより戦闘機人としての力の強さがあって抱き抑えるのが容易ではなく、常人だったら振りほどかれてしまう程だ。

「ぐっ‥‥‥大丈夫、大丈夫だ、落ち着いて!」
「いや、放して、いやあああ!!」」

恐怖がスバルから平常心を取り上げてしまい、レーグの制止の声を聞き受けてくれない。そこでレーグは自身の身体機能を常人レベルから引き揚げた。
機械の人間だからこそできる芸当の1つであるが、それでも収まらないと悟るや、彼は乱暴ではあるが片手でコスモガンを素早く腰ベルトから取り出し、暴れるスバルを抑えつつも機能を麻酔レベルに設定すると、銃口を彼女の脇腹に宛がってトリガーを絞った。

「すまん、我慢してくれ!」
「あぁっ!?‥‥‥ぁぅ‥‥‥」

ビクリと一瞬だけ軽く仰け反ると、直ぐに彼女は声を出さなくなってグッタリとレーグの腕の中で静かになった。
  それからゆっくりとハッチから離れる。

「ど、どないしたんですか、少佐! スバルはいったい‥‥‥」

下にいるはやては、何があったのかと声を上げているが、彼自身の耳にはあまり入っていない。目の前の惨状に、情けないことながら身を僅かに震わせていた。
  そう、2人が見たのは、“人間だった”もの。球形状のコクピット内にある固定シート、その後方と下方には、どす黒くも赤い色をした肉塊があったのだ。
何も映していないスクリーンを、綺麗とは言えない乱雑な模様に染め上げている。さらには、ぐちゃぐちゃとした肉塊が、スクリーン後方を中心に飛び散っているのだ。
形を形成していた筈の骨も、残すところなく破壊されている。掻き回された――なんてものではない、押し潰されたと言ってよいだろう。
人とは呼べない、あまりにも無残な死体だ。

「八神二佐、誰も操縦席に入れないでください。それと凶悪犯専門の鑑識と処理班を‥‥‥」
「‥‥‥まさか、死んどるん‥‥‥ですか?」

  レーグは額に汗を流しながら頷いて答えた。はやては息を呑む。そして同時に背筋に冷たいものが走った。
スバルがあれ程の悲鳴を上げるまでの、惨状があるという事だ。そのスバルは、コスモガンの威力調整のお蔭で麻酔のかかった状態となって眠っている。
後は、医療班のシャマルに託すしかないだろう。これほどショックな光景を見てしまっては、当分の間は落着けないに違いない。

(マリエル技師、我々の予想した事になりましたよ。これでも猶、先に進む覚悟がありますか?)

レーグ少佐の独白とともに、スパイ騒動事件は本人の自滅と言う形で幕を降ろすに至った。だが、中身を見たスバル、そしてその除去作業に当たった者達。
彼らは数日の間、これをトラウマとして引きずることになってしまったのである。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です!
今回は前に上げた本編の裏側視点という事で、外伝編を上げました。
如何でしたか? これまでにない、グロテスクな様子になってしまいましたが‥‥‥(汗)
そしてスバル嬢がトラウマに‥‥‥非常に拙い。
実はこれを書いていた私自身、それを想像して思わず背筋が震えました。
小説だかよいものを、映像で見たら確実にモザイク処理か、禁止処分を受けますよね。

さて、ここでまた私事になります。
遂先日、好評上映中の『バトルシップ』を見てまいりました。
いやぁ、すごいですね! こう言っては何ですが、日本が作るCG映像処理とは比較にならん出来栄えです。
アメリカと日本を中心に魅せる、世界海軍合同演習。とは言っても、実際出るのはアメリカ軍と自衛隊だけですが(笑)
この映画は、戦闘艦の時代という変わり目を表しているようですね。
第2次大戦終結後、アメリカ最強のアイオワ級戦艦4隻は湾岸戦争等でも活躍したそうですが、戦艦は維持費が馬鹿にならないという理由と、今はもうイージスシステムの時代だ、という背景もあって、『ミズーリ』号を記念艦に残して後は退役しました。
確かに、高度な広範囲レーダーと長距離ミサイルさえあれば、戦える時代ですからね。より機動性と攻撃性が高い巡洋艦〜駆逐艦の方が安上がりなのでしょう。
堅牢な戦闘艦たる『バトルシップ』という称号が、現代ではイージス・システムを有する巡洋艦や駆逐艦を示しています。
因みに、CMでは退役した筈の『ミズーリ』がエイリアンの宇宙船相手にガチバトルしているシーンがありますが、ここは映画で見ると、本当に鳥肌が立ちます!
記念艦となった『ミズーリ』を、撮影のために再整備士して、短い期間ながら動かしたという話です。
ミリタリー(特に海軍)好きの私としては明利に尽きるというものです。

と、長々となりましたが、ここで失礼させていただきます。
次回をお待ちください!



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