「提督、10時方向に資源衛星ヤキン・ドゥーエを補足しました」

  地球連合宇宙軍 プラント制圧艦隊本隊は、囮部隊が迎撃に遭っていることなどつゆ知らず、予定通りにヤキン・ドゥーエ宙域を侵攻しつつあった。
正面から見ればY字型とT字型の中間点の様な、実に歪な形状をしたプラントの資源衛星ヤキン・ドゥーエ。その歪な形状をした衛星が、何かと不気味な沈黙を以て側面を通過しつつある地球連合軍艦隊を、黙認して通す門番のような存在に感じてしまう。
  第5艦隊旗艦 改マゼラン級〈タイタン〉の艦橋からも辛うじて目視できるが、チャールズ・ティアンム少将は、その様子を一瞥しつつも確認を急がせた。

「ヘボン少将から何も連絡は無いか」
「ありません」
「ふむ‥‥‥」

何もないという事は、問題なく侵攻中という事であろうか。通信は封鎖していることに変わりは無いのだが、緊急性の必要性がないところを見ると心配はなさそうだ。
もしかすれば、既に囮部隊は敗退しているのではないか―――そんな不安も、彼の脳裏を僅かに掠めていた。

(杞憂に過ぎなければよいがな)

ティアンム少将は、出撃前に話していたハルバートン少将との会話を思い返していた。
 ザフトは無論、手強い。だが自分と共に本隊を構成する第6艦隊も、また違った意味で手強かったのだ。同行する友軍の第6艦隊は、暴将と名高きシャーク・ムーア少将が指揮しており、艦隊指揮能力は平均値以上であるものの、信頼度という点では平均値を遥かに下回る。
彼の脳内は、軍事ロマンチシズムの成分で構成されていると言っても過言ではない程の、軍国主義に傾倒する危険人物であった。
それでも、艦隊指揮官を任されるのは能力があるからであり、軍部としてもなりふり構ってはおられず、打倒コーディネイターの為なら寧ろこんな指揮官の方が、圧倒できるだろうと踏んでいる節もあると言われる。
加えて、この様な後先考えない様な粗暴の指揮官は戦死する可能性も高いもので、寧ろ戦死してくれればえてして始末が良い、と思う高官もいるのだった。
  とはいえ、押し付けられるティアンムからすれば迷惑千万である。まして血の気の多すぎるムーアが、プラントを目前にして降伏勧告だけで我慢できるだろうか。
一応の作戦内容としては、丸腰になるであろうプラント本国に対して直接の艦隊攻撃を仄めかしつつ、圧力を持って降伏勧告を出す。
同時に戦車を主力とした陸上部隊を乗り込ませて、コロニー内部を制圧するのだ。その為の輸送艦部隊を後方に配置しており、第5・第6艦隊がプラント宙域の武力を排除次第、合流する手筈になっていた。

(あいつは殊更、平地に乱を起こす気質があるからな。俺の命令を無視して攻撃しかねん‥‥‥まいったな、全く)

  作戦指揮官はティアンムだが、ムーアは理由を付けてプラントを攻撃するだろう。そうなれば、プラント市民は勿論のこと地球上でも反感を買うのは目に見える。
特に中立連盟が知れば抗議の声を上げるだろう事は簡単に予測できる。
それに対して地球連合は、どんな理由を以て退けると言うのか―――また無理なこじ付けをする気だろうことも、何となく想像できるが。
一軍人に過ぎないティアンムが、その様な世界情勢を深刻に考えても浅無き事であろうが、それで戦うのは結局自分ら軍人なのだ。
戦うのは軍人の本分だが考えなしに戦わされるのは嫌なものだ。
  地球連合軍艦隊が前進を続けてヤキン・ドゥーエの側面を通過しようとした時だった。突然として周囲の索敵機能が大幅に低下したのである。

「レーダー索敵機能低下。Nジャマーが散布された模様!」
「速いな‥‥‥全軍、第一級臨戦態勢を執れ。敵が来るぞっ!」

そう叫んだが早いか、3時方向より多数の火砲が地球連合軍の右側面へ降り注いできたのである。レーダーがホワイトアウトとなった直後と相まって発見が遅れる。
  その洗礼を受けたのは、右舷にて警戒態勢に当たっていた護衛艦〈フラッサー〉だ。艦体右舷に1発の対艦弾頭を撃ち込まれ、派手な爆発を起こしていた。
如何に防御の改装を受けたとはいえども、直撃したのが三連装魚雷発射管だったのは不運であった。魚雷弾頭が誘爆し、一撃で戦闘不能に陥ったのだ。

「〈フラッサー〉に直撃弾!」
「何処からの攻撃だ!」

ホワイトアウトと共に発生した攻撃に対して、ティアンムは思わず奥歯を噛みしめた。極秘裏の遂行されていた作戦が読まれ、既に失敗していたと瞬時に悟った。
  オペレーターが解析を終えるまでに、さらに巡洋艦〈カウペンス〉も右舷ミサイル発射機に被弾し、装填済みだった8発分のミサイルが大爆発を引き越した。
同時に戦艦〈デラウェア〉に1発、空母〈トライアンフ〉に1発、といきなり2隻が戦闘不能、2隻が小破に追いやられる開幕戦となってしまった。
沈まなかっただけでも良しとすべきか、と思えるほどに余裕の態度はとっていられない。

「全艦回避行動。直進するな、艦隊間の距離を取りつつランダムに回避!」

相手は予め遠方から測的しており、速度と方向を計算して撃ち込んでいるに違いない。なればこそ、直進運動は避けて上下左右へ回避運動を行うのが適切な対処だ。
  このティアンムの咄嗟の回避命令は、被害低減に功を奏することとなり、直進運動しなくなった地球連合軍艦隊への着弾は皆無となったのである。
そして弾道解析の結果が出たのは、その数秒の後であった。

「着弾からの逆算からして、ヤキン・ドゥーエ方面よりの攻撃です」
「光学センサーに反応。熱量反応の規模から推定しナスカ級3、ローラシア級6、さらに多数のMSが同方向に多数展開中!」
「奴ら、我らが来ることを予測し、予めヤキン・ドゥーエに部隊を!」
「提督、第6艦隊が針路を転進。ヤキン・ドゥーエへ向かいます」
「馬鹿な、あいつは何を考えている!?」

  一方的な攻撃を目の当たりにして容易く激発したのは、言うまでもない暴将ムーアの第6艦隊である。艦隊を迅速に動かしてヤキン・ドゥーエへと向かわせる手際は見事なものであったが、作戦司令長官でもあるティアンムの許可を受けた訳でもない独自の行動だったのだ。
第6艦隊旗艦 改マゼラン級〈ペルガモン〉で、ムーアは暴風を纏ったような勢いで艦隊に指示を下していた。

「化け物め、遠巻きに攻撃して我らの足を止めようとしても無駄だわ! 全艦、最大戦速で―――」
「閣下。第5艦隊より緊急通信!」
『ムーア少将。独断で行動するのは止めたまえ』
(チッ、水を差しおって)

忌々しいと言わんばかりの不機嫌さを隠すことも無く、表情一杯に不満を押し出してティアンムを睨み返した。もはや上官だろうと関係のない態度であった。

「そんな事では、敵に後退の時間を作らせることになるぞ。機動力を以て敵の隠れ蓑となっているヤキン・ドゥーエごと、吹き飛ばしてやるのだ!」
『敵が博打を打ってまで、ヤキン・ドゥーエに配備されているのが不自然だというのが、貴官には分からんのか』
「それは百も承知だ。敵はこちらの作戦を看破したのだろうが、だから何だというのだ。奴らが衛星にこそこそと隠れているのなら、衛星ごと叩き潰してやるまでだ」
『敵の全体像も分からずに無暗に突撃してどうする! 我らは孤立する可能性があるのだぞ、ここは後退して―――』
「我らは孤立の危機にあるのではない、敵を各個撃破する好機を掴んだのだ。今の機会を逃してどうする!」

話の分らん奴だ、と言わんばかりの気迫に満ちたムーアの様子に、〈タイタン〉クルーは通信越しとは言えど気圧されてしまった。
  ティアンムは微動だにしなかったが、ティアンムの方こそ、分からず屋なムーアに対して怒り心頭であったといえる。
各個撃破とは聞こえが良いが、あくまでも敵の全体像が把握できればこそであり、未だにザフトの全貌が判明しない現状で下手に攻撃を仕掛けるべきではない。
各個撃破に夢中になっていては、相手の戦略に飲み込まれて消化されてしまいかねない。
  ここは罵声を浴びせられようと後退すべきなのだ、とティアンムは自分に言い聞かせる。

『それこそ奴らの思う壺だ。いいか、ザフトはこうなることを見越しているのだぞ! 包囲殲滅されたくなければ、速やかに―――』
「その前に片を付けてやる。貴官は後方で退路の安全を確保すればいい。いや、寧ろ戦う気のない艦隊は下がって結構だ!」
(こいつ、言わせておけば!)

余りの無礼なものの言い様にこめかみを引くつかせるティアンム。暴将という暴力的な指揮官であるムーアに対し、寧ろティアンムこそが猛将という言葉が合っていた。
それに戦況を広く見渡せる点でも、ただ破壊するだけの手腕しか持たないムーアに比べれば、めっぽうティアンムの方が優れていると断言できよう。
  ムーアはこれ以上の論戦は無用だとして、強制的に通信をシャットアウトしてしまった。あまりの凄まじいやり取りに、クルー一同も口出しできない。

「ふん、臆病者が。俺の手でコーディネイターを抹殺してくれる。全艦突撃ッ!」

五月蠅い外野との通信を遮断したムーアは、気を取り直して艦橋正面に浮かぶヤキン・ドゥーエを見据えた。その鋭い視線は完全なる狩人の眼であった。
そして号令と共に第6艦隊は針路をヤキン・ドゥーエに向けて全速力で突撃を開始し、衛星を背後に陣取るザフトMS部隊を蹴散らそうと襲い掛かる。
  その間にもザフトMS部隊から遠距離攻撃が継続されるが、Nジャマーの効力で殆ど被害は無かった。策士策が溺れた結果だ、とムーアは豪語した。
加速する第6艦隊に対して、遠距離攻撃を続けていたザフトMS部隊の斥候部隊は、接近を察知するや否や踵を返して後退を始めていく。

「奴らは喰いついた。全機、第2防衛ラインまで後退だ」

α別働部隊旗艦 ナスカ級〈ビンフォード〉にて、30代後半程の男性コーディネイターの指揮官―――チェメル・ヤコーシュが指示を下した。
α部隊指揮官 ユン・ロー隊長に代わり、別働隊を指揮する人物だ。彼は汎用型人型兵器ジンの改良機である、長距離強行偵察複座型を纏めて斥候部隊へと編成し、その部隊の持つスナイパー攻撃による長距離攻撃を実施することで、素通りしようとする地球連合軍艦隊本隊を衛星まで引きつける役目を担っていた。
囮役として編入された強行偵察複座型は、名前通りの偵察任務に特化した機体である。索敵機能の為に増設されたレドームや、精密測定器などが積み込まれている為、通常のジンより高価な機体となってしまったが、それでも索敵・通信能力は十分なものを有している。
  強行偵察タイプのジンで構成された斥候部隊は、速やかに反転し、第6艦隊から早々に距離を放しに掛かっていくが、全てが計算尽くしであった訳ではない。
光学レーダーにより、表示された戦術パネルを見ていた彼の姿勢が凝固した―――かと思いきや、事態の変化を知り静寂でいられなくなった。

「っ! 奴らの加速力は並以上だな」

そう、第6艦隊と第5艦隊は緊急の改装を受けている。先の旗艦〈タイタン〉や〈ペルガモン〉等の改型マゼラン級戦艦を始め、改型アガメムノン級空母、改型ネルソン級戦艦、改型サラミス級巡洋艦、改型ドレイク級護衛艦ら改装型艦艇を揃えており、ザフトの宇宙艦艇よりも性能は向上していた。
  安全性を取って長距離からの狙撃を加えたまでは良かったものの、地球連合軍艦隊の進撃速度は予想を超えていたのだ。
思わずヤコーシュも焦りを見せる。

「第2防衛ラインの各隊に通達、速やかに長距離攻撃を開始せよ」
『しかし隊長、まだ斥候隊の安全が―――!』

  追撃してくることを予期して、第2防衛部隊のジンからミサイル兵装を中心に遠距離射撃を予定していたが、予想外の追撃速度に予定を繰り上げざるを得なかった。
ヤコーシュの攻撃命令に戸惑った第2防衛部隊のザフト兵は攻撃を躊躇うが、それでは真面に遅滞戦も出来ぬままにヤキン・ドゥーエに取りつかれてしまう。
味方に誤射されぬように射界から予め退避を指示していたヤコーシュは、怒鳴り気味に前衛部隊の部隊長へ命令を送った。

「心配するな、彼らは射界から退避している。躊躇うな、撃て!」
『りょ、了解。各機、攻撃を開始します!』
「本艦隊も実弾兵装による遠距離射撃を開始。兎に角、奴らの足を止めろ!」

  命令を受けた直後、第2防衛ラインの防衛部隊は所定のポイントへ向けて、対艦ミサイルと対艦ライフルをありったけ撃ち込み続けた。
ヤコーシュ指揮下の艦艇部隊9隻も、対艦ミサイルとレールガンを発射し、突撃してくる第6艦隊の鼻先に叩き込もうと試みる。
ただし狙いの欠けた射撃であるが為に効果は薄く、まして改装を受けた地球連合艦にとっては左程手痛いダメージには繋がることはなかった。
  突拍子的に始まった無照準の砲撃に対して、ムーアは動じる形を見せない。それどころか無力な抵抗だと嘲笑う余裕さえ見せているほどである。

「化け物め、臆病者に成り下がったらしいな。この程度の攻撃で止められると思うなよ!」
「敵の攻撃による損害は僅か。戦闘継続可能」

旗艦〈ペルガモン〉でムーアが仁王立ちする様は、確かに兵士達を鼓舞するのに相応たる威容であった。

「さぁて、華々しくお礼をさせてもらうじゃないか。全艦、V1一斉発射始め!」

第6艦隊の各艦艇から放たれたミサイル群―――それは『世界樹攻防戦』で地球連合軍が初使用した新兵器である。日本宇宙艦隊が使用したミサイルをモデルとした兵器だが、ザフトMS部隊に一定の効果をもたらしたことから宇宙軍では標準装備と成されているのだった。
束となって発射すれば、それだけ爆発した際の爆炎範囲が広がり、巻き込む効率も上がる。しかも拠点防衛で碌に動けないザフトにとっては恐れる兵器であった。
  一定の距離に達した途端にV1は爆発した。防衛ラインを守っている第2防衛部隊の宙域全体に広がる火球は、瞬く間にMS隊を混乱に叩き込んだ。

「V1、戦果を上げている模様」
「まだまだだぞ。主砲斉射、混乱する化け物どもにビームの雨を降らせてやれ!」

幾つもの光球によって混乱に陥れられたザフトMS部隊に向けて、第6艦隊から新換装のゴットフリートが火を噴き襲い掛かった。

『こちら第2防衛隊、敵の攻撃が―――あぁ!』
『隊長を、後退命令を願いま―――!』
「クッ‥‥‥奴らの、例の兵器か」

  ヤコーシュは、戦況パネルにリアルタイムに移される友軍と敵軍の配置と損害比率、そして友軍からの損害報告を耳にして舌打ちする。
敵が誘いに乗ってくることは重々承知していたが、地球連合軍は連携を取ることなく半数の部隊のみが猛撃を加えてきており、その圧力が予想を上回っていた。
新機関による加速力を得た地球連合軍艦隊の追撃と火力は、並ならぬものがある。機動戦術を得意分野とするMSも耐えきれるものではない。
照準が正確でない事だけが、せめてもの救いであったろう。これで標準までもが正確であれば、ザフトは文字通り全滅していたのは間違いないからだ。

「全部隊は最終防衛ラインまで即座に後退! 極地防衛に固執するな、各個に撃破されるのがオチだぞ!」

  次々とシグナルがロストする様を見ながら、ヤコーシュは出来る限りの損害減少に努めた。予定が一気に狂い、後退を重ねざるを得ない別働隊は危機的状況にある。
このまま一気に突撃してMSによる攪乱・各個撃破に移行する必要性があるのではないか。そもそも彼自身としても拠点防衛に向いていないと自覚しつつあった。

(このままでは持たん。ユン・ロー司令は何をしている!)

苛立ちを募らせるヤコーシュ。
  とはいえども元々の予定を大幅に上回る地球連合軍艦隊の猛進撃に気圧されて後退を重ねた為、予定通り迎え撃てなかった自分にも責任はある。
そんなことを気にするほどの余裕は、今の彼には無かったのだが。
  後退を重ねるザフトに対して追撃する第6艦隊。その後方で第5艦隊は追従する形で足を進めていたが、速力は一定の為に互いの距離は一段と離されていた。
第5艦隊旗艦〈タイタン〉の艦橋で、単独突撃する第6艦隊を見つめるブリッジクルーと、艦隊司令席に座るティアンム少将の心中は複雑なものだ。

「閣下、友軍さらに前進。MAも随時発進」
「徒名通りの暴将だな。勢いに乗っているからといって、深追いは禁物だろうに」
「ですが、閣下‥‥‥」

呆れんばかりのティアンムに対して第5艦隊参謀 アレク・コナリー大佐が見解を示す。口周りを囲うように生えた黒髭が特徴のコナリー参謀は41歳、幕僚として猛将ティアンムを支えること2〜3年の付き合いであるからして、上官の癖や性格は概ね把握していた。

「ザフトの後退は、本当にムーア提督の攻撃に辟易しているのではありますまいか?」
「本気‥‥‥か。その根拠は?」

  後方に控えて座るコナリーに視線を向けるティアンム。彼は自分ほどの勢いがないものの参謀として広い目を持っていることは、ティアンムも良く理解していた。

「まず、ザフトがヤキン・ドゥーエを拠点として、こちらを迎撃する腹なのは間違いないでしょう。我らを衛星に誘い込んで時間を稼ぐ間に、別働隊が大きく迂回して要撃すると考えられます」
「‥‥‥続けたまえ」
「はい。敵は明らかにこちらの行動を知ったうえで待ち伏せてきました。後は時間稼ぎで要撃するのを待つはずでしょうが‥‥‥」
「ムーアの暴挙によって、裏目に出た訳か」
「閣下の仰る通りです」

ティアンムも要撃される可能性は十分考えていた。
  ところがムーアの出鱈目な突進の影響で、ザフトは乱れ気味になりながらも早々と後退を重ねていたのだ。こればかりはムーアに感服するばかりだが、果たしてそれで事態が好転するかと思うとそうもいかないだろう。
もしかすれば、これ自体がザフトの大掛かりな芝居かもしれない。逆に言えば脆すぎる、とティアンムは思っていた。本気で後退している可能性もあるのだ。

「このまま押して各個撃破すべきか」
「ッ! 10時方向に機影多数補足、ザフトMS部隊です!!」
「来たか」





  ザフトα部隊本隊は予定通り行動していたが、光学レーダー等により戦場にて早々と火球が確認されたことから、要撃定時間を大幅に繰り上げて来たのだった。
ただし、艦船の加速力ではやや時間が掛かるとして、MSを戦場へ向けて射出し先に向かわせたのだ。
艦船の加速力とリニアカタパルトの射出速度を加えれば、かなりの速さになる。それによって予定時間よりも早い到着を可能としたのであった。

「ナチュラルに押されるとは予想外だな」

先陣を切って到着したのはオレンジ色に塗装されたジン。そのジンに乗る18歳のザフト兵 ミゲル・アイマンは、苦戦する友軍を見て苦々しく呟く。
  緑服のパイロットスーツに身を包むミゲルは、ナチュラルに対する激しい怒りを灯らせながらも敵陣の真っただ中へと突っ込んで行った。
加速力をなるべく落とさないまま突っ込むミゲル機は、護衛艦〈ヤーホント〉艦橋の目前をスレスレにすれ違う瞬間を見計らい、重斬刀で艦橋を横から抜刀した。

「劣等人種めっ!」

ジンのみの加速力ではなく、艦外へ射出される速度と艦の速度も加算されていたことから、容易に〈ヤーホント〉艦橋を真横から文字通りに一刀両断してみせたのだ。
これによりコントロールを失った〈ヤーホント〉は律儀に敷かれた回避航路を進み続け、そのまま友軍艦艇の艦列へ割り込みを図る形となった。
コントロール不能に陥った友軍艦が針路を妨害してきたことに驚愕した他艦艇は、急ぎ回避行動を取って衝突を避けようとするが、その最中にMSの攻撃を受ける。
  ミゲル機の戦果を皮切りにして、次々と襲い掛かるα部隊本隊のMS部隊に、ムーアは横やりを入れられたと言わんばかりに憤慨した。

「奇襲のつもりか。奴らめ、苦し紛れになったか!」
「か、閣下! 〈ヤーホント〉が本艦針路前方に―――!」

狼狽するオペレーターから〈ヤーホント〉が悪意無き進路妨害をしてきたことに驚愕し、ムーアも敵来襲の報告で頭が手一杯で判断に遅れが出てしまう。
  そこで〈ペルガモン〉艦長 フィリップ・ユマシェフ大佐が反応した。

「艦首スラスター逆噴射一杯! 主砲を〈ヤーホント〉に固定、撃沈しろ!」
「しかし友軍艦で―――」
「死ぬぞッ!?」

怒鳴り返すユマシェフに、反論の口を閉ざされた砲術士官は汗を垂らしながらもコンソールを叩き、主砲と副砲の砲身を暴走する〈ヤーホント〉に向けた。

「射ッ!」

艦首姿勢御用スラスターから、バーニアが吹かされて艦の速度が落ちかかると同時に、主砲2門と副砲2門が至近距離で発砲し〈ヤーホント〉を一撃で仕留めた。
至近距離から直撃を受けた僚艦が、被弾の影響で進行方向が上を向き、同時に旗艦も急速減速していた事が功を奏して辛うじて僚艦同士の衝突コースは避けられた。
黒煙を噴きながらクルクルと回転する友軍艦は、数秒も経たない内に爆沈し、〈ペルガモン〉艦橋内部を明るく照らしている。
  〈ヤーホント〉の艦橋要員以外は、まだ生きていたであろう友軍艦を、自らの手で撃沈した事に砲術士官の手は震えていた。
防衛の為とはいえ、友軍に引き金を引いたのだ。そんな彼の罪悪感を誰もが慰めようとはしない―――いや、慰める暇などない。
  MSに潜り込まれた第6艦隊は、瞬く間に勝利の雄たけびから苦痛の叫びに変わったのだ。本来はこの状況こそがMSの真価を発揮するものであり、改めて有視界戦闘での優位性を知らしめたのである。
  もっとも、それで喜べるムーアではない。

「MA隊迎撃だ、五月蠅いハエを追っ払え!」
「敵MSの攻撃により、既にMA隊2割が失われております!」

この事を一応は予期していたムーアは、空母〈クズネツォフ〉よりMAを展開していたものの、MS隊の襲撃によって左翼方面の部隊は多大なる損害を負っていた。
改良型メビウスUはメビウスよりも性能を向上しているこそすれ、奇襲攻撃によって真価を発揮せぬうちに撃墜されていったのである。
  しかし、地球連合軍兵士もやられるのを見過ごしている訳ではない。体勢を崩されながらも各機は反撃に転じ、ジンとの間で壮絶なドッグ・ファイトを展開した。
ミゲル・アイマンも改良機を相手に、多少の戦いずらさを感じ取っていた。

「チッ、中立連盟とかいう奴らの手助けを借りたにしては、中々粘るじゃないか。だが、その程度だよ!」

個人プレーの範疇ではいまだにザフト兵が上回り、地球連合軍兵士達も果敢に挑むものの押され気味な展開へ傾いていった。

「畜生、ザフトのMSはまだ多くいるぞ!」

地球連合軍MAパイロットを務めるカイ・ルーク少尉は、悪態を付きながらも奮戦している兵士だ。既にチームはバラバラで連携は望めない状況だ。
コックピットで必死に戦う―――いや、既に生き残る為に動き回るのが精々である。ましてMS隊80機余りに対して、MA隊140機余りだ。
規模からすればMAが上であるものの、性能的には依然としてMSが上回っている為、数的優勢はあくまで補助的な側面でしかなかった。

『ルーク、こっちはズタズタだ!』
「あぁ、そうだなゲイル。こっちも似たようなもんだよ!」

戦友であるカーリィ・ゲイル少尉も、ルークと似たり寄ったりの状況に陥っていた。
  彼らの言う通り、第6艦隊は先ほどまでの優位性が嘘の様であった。側面からものの見事に要撃された第6艦隊は阿鼻叫喚に陥り、進撃の脚は当に止まっている。
1個艦隊に対して80機規模のMSは、明らかにオーバーキルともいえる過剰投入だ。それでも、即効性を以て決着を付けんとしたユン・ローの指示でもある。
そのα部隊旗艦 ナスカ級〈ダランベール〉にて、白服の制服と軍帽を被る40代半ばの男性――ユン・ローは、苦悶する第6艦隊を物静かに見据えていた。

「敵艦隊の損耗率26%を超えました」
「このまま行けそうですな、司令」

黒服と軍帽を被った50代半ば程の男性が勝利を確信し始めている。〈ダランベール〉副長 アレクセイ・ゼルマンと言い、経験豊富な艦艇指揮官の1人である。
  彼の言葉に対してユン・ローは高揚することなく返した。

「今のところはな。まずは前方の艦隊を集中的に叩き、別働隊の再編を援護す‥‥‥」
「隊長、2時方向より敵艦隊急速接近中!」
「もう来たか‥‥‥。なるほどな、別働隊が早々に開戦を余儀なくされるわけだ」

  それは第5艦隊の来襲であり、予定より早く戦闘が始まった理由を悟ったのだ。このままではα部隊本隊は右側面を第5艦隊に突かれてしまう。
横腹を晒しながら戦えると思うほどにユン・ローは無能ではなく、すかさず右舷へ回頭しつつ第5艦隊に向けてMSを向かわせるべく発艦命令を下した。
α部隊本隊は、艦艇23隻MS隊70機余りを有しており、第5艦隊は艦艇32隻余りMA隊140機余りに十分対抗しえるものだ。
その場回頭ではなく針路を変えながら第5艦隊と対峙するのは、先のV1を警戒しての事だった。その場回頭すれば、敵に蜂の巣にされかねないと判断した故である。
  しかし、第5艦隊もまた猛撃という言葉が似合う程の圧力をα部隊本隊へ浴びせた。艦隊火力にものを言わせた集中射撃はα部隊本隊に警戒心をより強く促す。

「ローラシア級〈ドルトン〉に直撃、轟沈!」
「狙いが欠けているとはいえ、まぐれ当たりでも洒落にならん。MSは敵艦隊を出来る限り削りつつ後退する」
「後退でありますか、司令」
「そうだ。今の火力と砲術を見ただけでも分かる。敵艦隊の指揮官は‥‥‥ティアンムだろう。真面に艦隊戦をやったら、こちらの損害も馬鹿にならんぞ」

ティアンム少将指揮下の第5艦隊は、ユン・ロー率いるα部隊本隊を蹴散らしにかかるが、MS隊が第5艦隊を牽制に掛かり進撃の脚を鈍らせた。
それでも第5艦隊は奇襲されたのと訳が違い、MSに対する備えを万全とした状態での接敵であるからして、最初から不利に働くことは無い。
とはいえ長く持つ保証は何処にもないことから、ティアンムもまた撤退の準備を始めつつあった。
  旗艦〈タイタン〉で艦隊指揮を執るティアンムは、第6艦隊にも気を配っており、直ぐに撤退できるような体制を整えようと奮発していた。

「弾幕を密にしろ。MA隊は無理せず、艦隊防空と連携して対抗しろ。参謀、第6艦隊は?」
「ハッ。報告を纏めますと、既に4割が撃沈または大破、4割が中破判定、1割が小破判定、無傷は1割に過ぎないと‥‥‥」
「ムーアは?」
「旗艦〈ペルガモン〉は健在ですが、ムーア提督は旗艦被弾の際重傷を負われ、代理にイスマール・バジルール准将が指揮を執っています」

ムーア少将はMSの攻撃を受けた際に重傷を負った。〈ペルガモン〉は沈まなかったものの、艦橋付近に被弾したことも相まって戦闘能力は大幅に低下していた。
まして艦隊指揮官が指揮継続不能と陥った今、次席指揮官であるバジルール准将の手腕に全ては掛かっている。
  そのイスマール・バジルール准将は58歳。暴将ムーアとは違って物事を冷静に見分ける戦術眼の持ち主で、家系も代々軍人を勤め上げる名のある一家だ。
バジルールの名はティアンムも知っており、こうなれば寧ろ連携を取りやすくなるだろう。辛い状態からの指揮権委譲だが、彼なら任せられるとティアンムも確信する。

「バジルール准将。こちら第5艦隊のティアンム少将だ」
『こち‥‥‥次席指揮‥‥‥スマール・バジルー‥‥‥す』

返答は雑音混じりだ。Nジャマーの影響だろうが、ティアンムは新たな指示を彼に言い渡した。

「准将、これより撤退する。第5艦隊が全面攻撃を仕掛けた後、第6艦隊は牽制しつつ後退してくれ」
『了‥‥‥ました。いつで‥‥‥どうぞ』

どうやら趣旨は伝わっているようだ。
  ティアンムはバジルールの手腕を信じて速やかに行動に移った。

「全艦主砲斉射三連。しかる後にミサイル、魚雷、V1を一斉発射。敵艦隊にありったけ撃ち込み、一時的にでも突き放せ!」

途端に第5艦隊は、タイミングを合わせた見事な一斉砲撃を展開し、目前のザフトα部隊を一気に突き放しにかかった。
凄まじいまでの集中射撃は、ザフトに次々と被害を生み出した。ナスカ級1隻、ローラシア級1隻を葬り去った他、MSも7機あまりを撃ち落すことに成功したのだ。
ユン・ローも一時気圧される程の火力投入だった。
  これを機に第6艦隊臨時旗艦 改ネルソン級〈ヤルカンド〉で指揮を執るバジルール准将は、MSの脅威に晒されながら必至の撤退行動を遂行せんとする。

「全艦正面のヤキン・ドゥーエ周辺の敵部隊へ攻撃しつつ急速後退。然る後に月基地へ向けて撤退する!」

第6艦隊残存艦隊の攻撃によってザフトα部隊別働隊への被害が一時的に増した。この第5艦隊と息を合わせた火力投入によって艦艇部隊を後退させたのだ。
MSを撃墜することは難しいが兎も角、時間を稼げればいいのだ。バジルール准将は隊形を崩した隙に艦隊を反転させ、月に向かって全速後退を開始した。
  それを見守るティアンムもまた、今度は自分が撤退する番だと確認して後退に移ったのである。

「よし、今度は我らの番だ。我が艦隊も砲撃しつつ全速で後退。然る後に反転し、急速離脱!」
「正面により敵MS、再び追撃してきます!」
「V1続けて発射、兎に角近づけるな!」

まばらだが追撃してくるザフトのMSの姿があった。
  これに対して、再びV1を発射して追撃を妨害すると同時に砲火力を叩き込み、さらにMS部隊を攪乱させる。最後の最後にジン2機が火球の呑まれてしまう結果となり、それを見た他のザフト兵士は追撃するのを自粛せざるを得なかった。
追撃を自主的に断念したザフトを確認した第5艦隊は急速反転すると、即座にヤキン・ドゥーエ近海から撤退を開始した。
これ以上の戦闘は何ら意味をもたらさないのだ。
  撤退していく様子を見つめるザフトの英雄ことラウ・ル・クルーゼは、乗艦〈カルバーニ〉の艦橋にて仮面の下に表情を押し隠している。

(地球連合の一方的な敗退で幕を閉じるとは思っていたが、案外簡単にはいかんか)

もっとも、彼にとってどちらが勝とうが関係ない―――が、もう少し地球連合軍が損害を受けても良かっただろうと思う。過ぎたことを気にしても致し方がない。
また彼自身は、艦長という役職であるが為に艦を下手に離れることは出来ず、艦艇指揮官として部下達の戦いぶりを見守る側に徹していたのだ。
MSの方が性に合っているとは思うものの、指揮官としての経験も必要である。部隊指揮に対して今の内から慣れておかねばならなかった。

「艦長、敵艦隊は完全に撤退。β部隊も地球連合軍を撃退しました」
「そうか」

  ザファリ率いるβ部隊も防衛戦に勝利した。ザフトは両面作戦で地球連合軍に苦杯を舐めさせたのだ。今頃上層部もコーディネイターの勝利と謳っているだろう。

(まあいいさ。全て壊れるまで戦い続ければいい)

世界の破滅を望むクルーゼはもっと多くの犠牲を欲していた。全てを憎む復讐者は勝利に沸くザフト兵を他所に、滅亡の道を辿る人類の将来図を描くのであった。
  地球連合軍が多大な犠牲を払ってなお、戦果らしい戦果をもたらすことなく撤退に追い込まれた。それでもザフト側も何ら損害のない訳ではない。
ヤキン・ドゥーエ防衛戦において出た損害は次の通りだ。地球連合軍第6艦隊は31隻中21隻(戦艦5隻、巡洋艦7隻、護衛艦9隻)を失い、第5艦隊は31隻中3隻(巡洋艦1隻、護衛艦2隻)を失った他、MAも全体で112機中56機を失うに至った。
片やザフトα部隊の損害は、34隻中5隻(ナスカ級2隻、ローラシア級3隻)を失っており、MSも214機中18機余りを失う結果に終わっていた。
  また、別の戦闘宙域において生じた損害も合わせると、地球連合軍の総合的損失は艦艇124隻中54隻MA隊224機中121機に上る。
ザフトの総合的損害は、艦艇64隻中9隻MS隊374機中42機に上る。今回の戦闘もまたザフトの勝利に幕を閉じたのである。
ただしザフトとしてはもう少し戦果を上げられると踏んでいたことから、地球連合軍艦隊の被害が艦艇4割と艦載機5割というのは不満の残る結果であった。
さらにザフトの損害も案外馬鹿にならないもので、もっと少ない数値で済むと考えられていたことから満足できるはずもなかったのである。

「地球連合軍の装備も馬鹿には出来んか。我らも強化せねば煮汁を飲まされる事になるやもしれん」

  ユン・ローは、地球連合軍が進める装備換装が予想を上回るものだと肌で感じ取った。今はこの程度で損害は済んだが、日本軍並の装備を整えた暁にはどうなるか。
まして日本を始めとする中立連盟は、プラントに対して不信感を募らせており、これまでの貿易計画やら交流計画やらが無に帰した記憶は新しい。
下手をすれば、中立連盟がプラントに報復を実施する可能性すらある。ともなれば本当にプラント本国を護り切れる保証はなく、ユン・ローも自信を持てないでいた。
彼にできるのは、そうならぬようにひたすら祈り続ける事だけであった。
  後日、国防委員会は今回の戦闘におけるヤキン・ドゥーエを拠点とした防衛戦闘の有効性を提示、それを中心とした防衛ライン構築と資源衛星の要塞案を提出。
ヤキン・ドゥーエを本格的な防衛拠点の要塞化することで、長期に渡る防衛ライン維持する為である。また常に防衛部隊の駐在を可能とする為でもあった。
プラント最高評議会へと挙げられた防衛拠点構築案は可決され、早々とヤキン・ドゥーエの要塞化と軍事拡大が推し進めれる。
同時に新造艦計画も本格的に進むと同時に新たなMS研究と実戦配備も加速されていった。





「そう、地球連合軍の壊滅‥‥‥とまではいかなかったのね」
「はい。勝敗そのものは地球連合の敗退ですが、意外にも踏ん張りを効かした指揮官がいたようです」

  地球のとある場所にて、地球連合軍とザフトの戦闘経緯レポートに目を通している女性と、彼女の眼に前に立っている部下らしき男。
どちらも地球連合軍の制服を着るが、立ち位置からして女性の方が地位的に高いことが伺える。しかも、その雰囲気からして地球連合軍のものとは逸するものだ。
まして地球連合軍の敗北に危機を覚えるまでもない様子だ。寧ろその言葉からは地球連合軍の大敗を望んでいるようにすら思える。

「ティアンムとアンドロポフ‥‥‥良識派は時として邪魔になる。まぁ、今はいいわ。それよりも‥‥‥」
「ザフトが思いのほか苦戦しました。地球連合軍の装備を甘く見た結果でしょう」
「そうね。己が優秀だと思い込み、周りの変化を受け入れなければ孤立し、追い抜かれるのは当然だわ。まぁ、今回の一件よりも前から対抗措置を取る方針なのは聞いてるけど」

  まるで自分達が戦況をコントロールしているかのような発言だが、それを咎める者は周りに1人としていなかった。全員が彼女らと同じ立場にあるからだ。

「同志からの連絡では、ザフトも新造艦の建造に着手しております。やはり日本宇宙軍の影響が地球連合軍に波及し、それを見たザフトが慌てて追従しているのでしょう」
「でしょうね。如何にコーディネイターとは言え、所詮は人間の造りだした存在。いつまでもコーディネイターが頂点に立てると思ったら大間違いなのよ」
「仰る通りです。して、如何なさいますか。地球連合軍は惨敗とは言え中途半端な損害です。ザフトも無傷とは言えないまでも多少なりの損害がありますが‥‥‥」

彼が言う通りザフトの損害が軽微とは言えぬまでも、新たな作戦行動に出てくる可能性は十分にあった。ともなれば彼女らの方針も決めておかねばならない。
地球連合軍とは名ばかりの『地球連合軍特殊情報部隊』に属する彼女らは、地球連合軍に利益をもたらす訳ではなく必要とあらばプラントにも情報を流すのだ。
全ては世界をより良き道へ進める為―――そのような大義名分を胸にした彼女らは、今またこの戦争をコントロールしようとしている。

「地球連合軍は旧式化した装備とはいえ、宇宙軍の規模はザフトを遥かに上回るわ。もし見境なく全戦力を叩き付ければ、ザフト言えどもひとたまりもないでしょう」

  そうだ、地球連合宇宙軍の保有する宇宙艦隊は総数610余隻程であり、先の損害を差し引いてもまだまだ余力があるのだった。
これでは、MSを有するザフトも押し潰されるのは目に見えており、物量戦で押され続ければプラントは、防衛戦力を擦り減らされて戦う術を失うであろう。
そうなれば地球の人類は万々歳であろうが、彼女らから見ればあまりよろしくない展開である。増えすぎた人口を減らすのならば、徹底して減らしておくべきだろう。
であればすることは決まっている。ザフトに自然と肩入れして地球連合軍が不利に傾くように差し向ければいいのだ。あくまで手助け程度の情報を流すだけでいい。
それもプラントに流すと決まった話ではなく、それ以外の第三勢力に流すことさえある。
  そして地球連合軍の手を煩わせる良い方法があった。

「同志の報告には、近頃のコロニー群で独立意識が高まりつつあるわね」
「はい。或はプラントと協力体制を結ぼうとしているコロニーもありますし、はたまた国際中立連盟の一員になって保護を受けるべきだとの話もあります」

  最近におけるコロニー群の動きは慌ただしいもので、中には独立運動を推進するコロニーまで出てくる始末である。地球連合にとってゆゆしき事態の1つだ。
プラントの独立宣言を真に受けたコロニー群が次々と独立すべきだと考えを主張しており、はては中立連盟の傘下に入って安全を図ろうとしているコロニーの自治体もあった。
こうもなると地球連合としては黙っている訳にもいかなくなりつつある。中立連盟の傘下に入ろうとするならいざ知らず、プラントの様に反地球連合派に属されてしまっては面倒極まる問題であり、それの鎮圧或は処置の為に軍を回す必要性さえ出てきてしまうのだ。

「月面の地球連合軍の兵力が手薄になれば、後は何もせずともプラントでやるでしょう」
「そうですな。プラントには意外にも扇動の巧みな男がおりますからな」
「ラウドルップ国防委員。もしかすればザラ以上に使えるかもしれないわね」

  エゴルト・ラウドルップのカリスマ的扇動能力、そして軍事的能力はパトリック・ザラを凌駕するといっても過言ではない。
もし彼が、コロニーの事件で命を落としていれば、間違いなくザラが台頭して対地球連合の急進派として、プラントの国民を率いていったに違いなかった。
ところが最近のザラはといえば、いまだ強硬的な姿勢を取っていることは間違いないものの、時折迷いを生じさせている節があるとの報告を受けている。
勢いを衰えさせつつあるザラに変わって、台頭し始めているのがラウドルップだ。手駒にするなら最適な存在かもしれない。
  それは兎も角として、今後もしばらくは地球連合の劣勢をコントロールする必要性がある。そして同時に危険視するべきは、国際中立連盟の日本だった。
この国は異次元から転移してきてユーラシア連邦、東アジア共和国との一方的な戦闘に勝利した以降、急速にその影響を広めつつある。
中立連盟なる組織も最たる例だ。未だ彼女達からしても不明確な点が多すぎる日本に対して、下手な情報収集は出来ない。
  だが巻き込むことは出来る。彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「日本は何よりも人道と中立を遵守すると言うけど、それが仇になるという事を教える必要性もあるわね」
「コロニーの独立運動らが役に立ちそうですな」
「えぇ。彼らの理想が、自分で苦境に追い込むことになるでしょうね」

これからの地球の行く末を自分らがコントロールする。それを胸に秘め、彼女らは今日もまた暗躍し続けるのである。
  それとは別にして地球連合軍宇宙艦隊がプラント制圧に失敗し、あまつさえ艦隊が4割近い損害を受けたことによって国民から失望と批判が相次いだ。
秘匿であった筈の作戦が相手に看破されたのは否定できず、地球連合軍に内通者がいるのではないかとの騒ぎにまで発展する始末であった。
  日本軍中央司令部で今回の戦闘結果を纏めた報告書に目を通していた芹沢軍務局長は、ふとページをめくる手を止めて目の前の男に視線を向けた。

「成程な。我が軍の技術が一部流出していたとは‥‥‥」
「はい。どこで手に入れたのやら、核融合炉機関と電磁防壁を有していたそうです」

目前に立つ男―――伊東二尉が答えた。
  日本宇宙軍はひっそりと百式偵察機を派遣し、地球連合軍とザフトの戦闘を望遠カメラや光学観測システムを使って監視していたのだ。
それだけではなく日本本土からも観測台やらを使って動向を注視していた。その結果として衝撃を受けたのが地球連合軍の艦隊移動速度と電磁防壁の存在である。
日本は慣性制御技術とフェーザー砲の技術提携を地球連合にしたこそすれ、機関技術や電磁防壁までの技術を提携した覚えなどなかったのだから当然の疑問であった。

「何処かで漏えいしたとでも?」
「可能性として、先日のハッカーが挙げられますが、あれ以降は我が方もファイアウォールを強化し、システム侵入を監視しています。現在は痕跡を確認できませんから省かれるでしょう。あるとすれば、他の連盟加盟国が勝手に情報を流したと、との考えです」
「ふむ‥‥‥有り得ん話ではないか」

  芹沢には心当たりがあった。いや、それは証拠ともいえる代物がないものの、断言できるだけの存在が彼の中で蠢いていたのである。
漏えいするであろう大本はただ一つ。

「例の才色兼備とやらが絡んでいると見て間違いないか」
「はい。ですが確証のある物的証拠はありませんから、抗議することもできません。理由なき講義をすれば我が国の名声が落ち、支持も下がってしまうでしょう」
「わしとしても孤立化は避けたいところだ。まぁ、あの女はまだ隠しているだろうからな‥‥‥それが明るみになった時でも遅くはあるまいて」

この時、彼はロンド・ミナ・サハクが裏で何かをしているであろうことを直感的に感じ取っていたが、何をしているかまでは情報部共々に掴み切ってはいなかった。
それでもオーブ五大氏族会議においてMSへの執着が強い発言をすることを考えるに、彼女がMS開発のために動いているのではないかと憶測することは出来た。
  無論それは憶測に過ぎない話であり事実も根拠もないが、それよりも気にすべきことは多々ある。

「して、地球に降り立ったザフトはどうしている」
「サンゴ・トレス海峡海戦の後、ザフトは大洋州連合の支援を受けて着々と橋頭堡を築き上げています。既に基地として機能しているようですから、地球連合が攻略するのにはますます難しくなったと謂わざるを得ないでしょう。これを機に、地球本土に対し支配権を広げるのは時間の問題かと‥‥‥」
「地球連合とプラントが相争うのは勝手だが、我々にまで飛び火しては賜ったものではない‥‥‥既に巻き込まれてはいるがな」
「ですね。それに新たな戦場はアフリカ大陸が中心となると見ています」

アフリカ大陸には2つの勢力―――アフリカ共同体と南アフリカ統一機構が、大陸の覇権を争い長く小競り合いを続けているのは日本も知っていることである。
またアフリカ共同体は反地球連合を掲げていると同時にプラントに肩入れする姿勢を日に日に強めているのだ。対する南アフリカ統一機構は地球連合派を掲げてはいるこそすれ、本格的な支援を連合から受けられてはおらず不満を募らせているため、内部では派閥が動き回り首脳部も揺れ動いているとの話であった。
  この南アフリカ統一機構に存在するビクトリア湖のマスドライバーを巡る攻防で大敗を喫したザフトは、またマスドライバー施設を攻撃してくる可能性はある。
ただし地球連合は日本から提携を受けた慣性制御技術によって、艦船をそのまま宇宙へ飛ばすことを可能としている以上はマスドライバーの意味が半減したも同然である。
だが世界中が標準で慣性制御技術を供与されたわけではない。地球連合全体でそれを標準化するには今しばらくの時間が必要となるであろう。

「アフリカ大陸に隣接する汎ムスリム会議への影響が心配だな」
「かの国に重要な拠点がある訳でもありませんから、戦渦に巻き込まれる心配は少ないと見ますが」
「かもしれん。だがプラントがナチュラルへの偏見を持つ限り、中立を守る我らも狙われる可能性は否定できん」

  故に中立国各国に対して共通の装備を急がせている。試験運用が始まっている日本の多脚戦車こと雷神、並びに多目的機能を目指した風神の配備を急いでいる。
MSとどれだけやり合えるかは未知数でしかなく、良くて互角か、悪くて劣勢に立たされるかもしれない。
一応はMSの戦闘記録も反映しているが実戦で役立つかが問題だ。兎に角は従来の戦車である92式主力戦車よりは活躍の幅が広がる事は間違いなく、複雑な地形での運用は92式よりもし易いと期待されている。
  だが不安の種は尽きることは無く、プラントは無論のこと地球連合でさえ今後の動向が読めないのだ。

「それだけではなく、プラントに決定打を与えきれず自棄になった地球連合が何をしでかすか分かりません。核兵器を上層部の知らぬところで使うような奴らです。最悪の場合、プラントと地球連合の板挟みになってしまう可能性も否定できません。そうなったら我が日本としても無視しえぬ損害を負う事になりましょう」
「わかっとる。我が国と同盟国の安全を守るためにも、防衛力を高めているのだ」

日本の保有する軍事技術と兵器を参加国に行き渡らせることに必死になっている。特に宇宙戦力の普及は急を要する課題であり、金剛型宇宙戦艦、村雨型宇宙巡洋艦、磯風型宇宙駆逐艦らの受注生産並びに他国への現地生産を可能とすべく全力を注いでいる真っ最中であった。
現時点において中立連盟各国は日本の造船企業と軍事工廠とフル稼働したお陰もあって、各国に巡洋艦1隻、駆逐艦2隻づつを回すことができている。
  これにより各国は小規模ながらも10隻(巡洋艦1、駆逐艦4、砲艇2、宙雷艇3)の宇宙艦隊を揃えており、もう1ヶ月ほども待てば戦艦も編入することが可能となる。
ただし目指すところは各国1個艦隊(30隻規模)でまだまだ完全には程遠いものであった。

「ですが、肝心の我が日本の戦力が強化できないのではないか、と不安や不満を漏らす者も少なくありません」
「無理もなかろうな。だが、既に我が宇宙艦隊も大和型を就役させておるし、次世代型のプロトタイプ‥‥‥吾妻型、天龍型、天津風型らを同時に就役させておる。2個軌道防衛艦隊を解隊したとはいえ、それを補って余りある第3宇宙艦隊は十分な戦力となる」
「それに、艦政本部でも次期主力戦艦の計画は着手されているのでしょう? 噂では大和型を凌駕するものまで検討中だとか‥‥‥」
「ふん。いずれにしろ造るのは間違いない。今はそれで十分だと思うが?

敢えて否定しないところからして伊東の想像した通り、日本宇宙軍は長門型や金剛型に代わる正式な戦闘艦を検討中なのは間違いない。
大和型で試作された新型の艦載主砲であるショックフェーザー砲や、太陽炉という莫大なエネルギー機関によって可能とした新型のショックカノン。
加えて、新型空間魚雷や新型装甲であるTP装甲の存在もある。これらを纏めて、より量産に向いた戦闘艦に造り上げるのだ。
  そして地球での戦火を気にする芹沢に対して、危惧すべき情報がまだ存在する。それは以前から危惧していた頭痛の種とも言うべきものである。

「ここの所、コロニー各宙域で独立や中立連盟に加盟しようという動きが表面化している模様です」
「おおかた地球連合のやり口に恐れをなし、我が日本の軍事力に擁護してもらおうというのであろうな」
「そう見るのが妥当でしょう。真面な武力を持たないポイントL3やL4のコロニー群は、今さら独自戦力など持てようはずがありません。下手をすれば、地球連合の駐留艦隊の圧力を受けてしまうのがオチだと‥‥‥。まして、既に我々はマーズコロニー群との関係も築いておりますから、我が宇宙軍は飽和状態になってしまいます」
「中にはプラントとの同盟関係を結ぶコロニーも出るだろう。プラントとしても、コーディネイターだのナチュラルだのと好き嫌いしている訳にもいくまいて」

確かにプラントは、コーディネイターによる台頭を目指しているが、実際のところはナチュラルに頼らざるを得ないのが実情であって、単独で地球侵攻は不可能だ。
勝ち進む内は良いだろうが、物資生産にも限界があるプラントの生産力が追い付かなくなれば、力尽きるのは明白なのだ。
  よって地球上での支援も必要不可欠となる。事実として、大洋州連合からの支援を受けていることからも、支援が必要不可欠なのは明白であろう。

「今後とも例の女は警戒を続けろ。それに他の中立コロニーの動向は無論の事、地球連合とプラントもな」
「承知しております」

  これからしばらくは、宇宙空間での大きな戦闘もないだろう。地球連合も少なくない損害を負い、プラントも地球侵攻に熱意を注ぐであろうからだ。
これで余計に戦線を拡大し得るとは考えにくく、あるとすれば小競り合い程度の小さな戦闘だろう―――と、芹沢は考えていた。
彼の推測は当たらずも遠からずであり、地球上ので戦線拡大は現実のもとなる一方で宇宙空間もまた呼応するように戦線を拡大するからである。




〜〜〜あとがき〜〜〜
第3惑星人でございます。また時間が掛かりましたが、ようやく24話を書き上げました。残るヤキン・ドゥーエ海戦の後半になりますが、如何でしたでしょうか。
元々は年表上での戦いの出来事を、個人的な妄想で練り上げて書いてみた次第ではありますが、前話で申し上げたように無理が祟った感じであります。
ただし、一応はザフトの都合ばかりが良かったわけではなく、色々と裏で動いていた結果のザフト勝利となります。
今後もSEEDの年表にあった戦闘をできる限り挿入する予定ですが、ヤマト世界の日本が介入した影響もまた大きく、同時並行だったり前倒したりする予定です。
近いうちに日本こと中立連盟も巻き込まれることになると思いますが、はてさて‥‥‥。



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