第一節


  トコヨから無事に戻ったユーノは、本局に到着早々リンディ・ハラオウンへ面会を果たしていた。それは、トコヨへの一切の介入を禁止すると同時に、調査行為も今後から禁止するということで、上層部へ説得するうえでリンディの口添えを望んでいたのだ。
何分、ユーノは時空管理局内部でも有数な魔導師、というよりは無限書庫の司書長ではあるが、上層部の考えをひっくり返すだけの権限も発言力も無い。
であればこそ、発言力と影響力のあるリンディに頼み込むのである。

「‥‥‥そう、大体の事情は分かったわ、ユーノ君」

  総務統括官執務室にて、見た目30代にも見えそうな女性―――総務統括官リンディ・ハラオウン提督が、目を付しながら頷いている。
綺麗な緑色のポニーテールと、まだまだ女性としての魅力を放つボディラインを持つリンディは、手元に愛用の湯飲みを抱えており、中の濃緑色の液体を啜った。
彼女が好んで呑む緑茶―――の域を超えた、砂糖とクリームを淹れた甘口な抹茶が、リンディの形の良い唇から身体の中へと染み渡っていく。
そんな光景は日常茶飯事となっており、彼女の前に座る3人の若い面々も見慣れたものだった。ただ1人、ミシェルだけは唖然とした表情を見せていた。

(提督の甘党ぶりも健在ね)

向かい合って座る数人の若者の1人であるティアナは、深刻そうな表情をしながらも、平然とコクのある甘口緑茶を呑むリンディを見て、そう思っていた。
  リンディは湯飲みを一旦受皿へ戻すと、改めてユーノへ視線を向ける。

「トコヨの人々にも、当然ながら静かに暮らす権利はあるわ。それに私達管理局は、これまでにも魔法文明を基準にして各世界へ接触を図っていたけど、今回ばかりは例外ね。まして、過去に虐げられて住処を追われてきた人々を、これ以上に追い詰める訳にはいかないでしょう」
「では、お口添え頂けるのですか?」

彼女の瞳には、揺らぎのない決意が秘められているように思えた。ユーノの問いに対して、彼女は静かに頷いて肯定の意を示したのである。

「上層部には、私から説得するわ。レティも分かってくれるでしょうけど、貴方からも直接、訴えかけてもらうわね」
「わかっています。僕がトコヨの意を受けている以上、説得する責務は当然ながらありますから」

  協力してくれることを承諾してくれたリンディに、ユーノはホッとしつつも気を引き締めた。問題は上層部が動いてくれるかが問題だからだ。
いや、上層部だけではなく、トコヨに色々と調査隊やら開発業者やらを送り込もうとしていた、企業団体をも納得させなければならない。
道理や想いよりも利益に走る企業らが、トコヨ手出しをせぬように管理局がきつく言い渡してもらわねばならなかった。
表面上では頭を下げつつ、裏面では舌を出していた―――とあっては、管理局としての面目が潰れることにもなろう。
  もし、よしんば企業団体や、トコヨに屈することを良しとしない管理局の一部が、強硬手段に出た場有はどうなるであろうか。
その時のことを、マユミは話をしなかったのだが、幾つかの最悪なシナリオが頭の中をよぎった。まず、人質となっている博士達の開放を行わないこと。
彼らが無事に帰らねば、それこそ管理局の対応がまずいものであると、世間に知らしめることにもなろう。
  次に、報復措置として、トコヨが武力に頼る可能性だった。トコヨにはそれらしい武力は無い、と思われがちであるが、それは大きな間違いである。
イチノタニ博士が古文書として見せた、守護獣ナギラの存在があったからだ。他国の軍隊を瞬く間に蹴散らしたナギラは、恐らく夢物語ではあるまい。
当時の軍隊とは言えども魔導師は存在し、砲撃魔法やら強力な攻撃力を有していた筈だ。それをものともせず、ナギラは侵攻してきた敵勢力を蹴散らした。
現在はより魔法の技術力等が向上しており、次元航行艦船という強力な艦艇も有している。守護獣と言えど敵う事は難しい―――と言い切れはしない。
  更にリンディは、ここ最近にて起きた些細な事件のことを持ち出した。

「実は、貴方達が到着する前に、ミッドチルダ地上本部でひと騒動があったの」
「それは、一体なんです?」

やや躊躇いながらも、地上本部で起きた事件を明かす。

「はやてさんと、なのはさんが‥‥‥地上本部で、トコヨの関係者と接触したと言うのよ」
「え!」
「本当ですか、母さん」

まさか管理局のお膝元で、トコヨの人間と遭遇したとは驚きである。いや、世界中に散らばっているトコヨの守護者たちの事を考えれば、これも当然なのだろう。
  だが、クロノや管理局の人間からすれば、ただ事ではなかった。知らぬ間にトコヨの関係者が、管理局内部に潜伏していると知って平然としてはいられない。
何より親友であるなのはと、はやての2人がトコヨの関係者と遭遇したという事にも驚かされる。

「それで、そのトコヨの関係者は見つかったのですか?」
「いえ。上層部も慌てて捜索に乗り出したのだけれど、全く探知できなかったわ。接触した2人曰く、まるで蜃気楼のようだった―――と」
「やっぱり、ティアナの言う様に一筋縄ではいかないようだな、ワダツミとやらは」

直接対戦した経験者たるティアナの報告や、ユーノからトコヨの一族とスクライア一族のことを聞いたクロノも、改めて侮れない存在であると認識する。
全世界でひっそりと監視している、トコヨを護る守護者こと監視者を、管理局が摘発しようとしても無理な事だろう。何せ、完全に溶け込んで生活しているのだ。
  こうもなると、管理局上層部としても考えを改めねばならない、という姿勢も出てこようものだ。当然である。

「自分らが監視されている知れば、気が気ではないからな」
「えぇ。上層部はトコヨの監視者を摘発する事に全力を注いているけど、一級の魔導師であるなのはさん、はやてさんのみならず、ヴォルケンリッターのシグナムさんとヴィータさんをも出し抜いていることを鑑みれば‥‥‥到底、無理でしょうね」
「えぇっ‥‥‥シグナムさんと、ヴィータさんを出し抜いたんですか!?」

かつて指導・教育してもらったことのある諸先輩らをもってして、捕まえることが出来なかったのだと知ったティアナが驚いた。
ティアナ自身が経験した、ワダツミの鋭くも強力な攻撃と強固な防御、そして相手に気取られることも無く瞬時に移動する能力は、二度と相手にしたくないものだ。
  それに、あれだけがワダツジンの全てではなく、なのはとはやてが遭遇した状況から、相手を異空間の類に巻き込むことが出来る。
あの時の一戦は、やはりワダツジンが手加減していたのではないか。だから、ティアナは辛うじて互角に持ち込むような戦いが出来たのだろう。
本気で戦ってきたらどうなっていた事やら―――と、寒い訳でもないのゾクリと悪寒を覚えたティアナであった。

「だから、こう言っては何だけれども、この一件が上層部の考えを方向変換させつつあるのよ」
「腹の内で黒いことを考えようものなら、即座にトコヨの知るところとなる‥‥‥か」
「半ば疑心暗鬼に陥りそうですね‥‥‥私達も他人事ではありませんが」

  皮肉な話だった。トコヨの監視者が、知らず知らずのうちに管理局内どころか、全管理世界へ紛れ込んでいると分かったからこそ、上層部は動いているのだ。
もしも、このトコヨを名乗る者の接触が無ければ、今なお管理局上層部はトコヨの要求を拒絶する構えを見せていた事であろう。
クロノもティアナも、そういった危機的状況になければ考えを変える事のが出来ない現状に、いつまたJS事件のような悪夢を呼び込むことになるのか不安になる。
同時に、ティアナが口走ったように、自分の周りにトコヨの監視者がいるとなると、これまで会って来た人達を疑いの眼差しで見てしまいそうになる。
それでは駄目なのだが、一度芽生えた疑心暗鬼は中々に消えることはない。
  まして、時空管理局は多種多様な世界から、能力のある人間を引き込んでいる組織であり、それは一般レベルでの人の行き来でも同じことが言えるのだ。
誰がトコヨの血筋を引いているか等分かる筈もない。分かったとしても、下手に手を出せばトコヨへ知れ渡ってしまう。
そんな時、もしかすればトコヨを荒そうとして葬られた、哀れなトレジャーハンターと同じ末路を辿るのではないか、という不安と恐怖もあった。

「兎に角、貴方達が深刻に思う程、上層部は悪い結果を出さないでしょう。企業関連も、これを受けて軽々しくトコヨに手を伸ばそうとはしないでしょう」

今の兎に角も、自分らに出来ることを全力でやるしかないのだ。

「‥‥‥さて、難しい話はここまでにして‥‥‥」
「?」

  局員としての顔を見せていたリンディだったが、唐突に母親らしい優しい笑みを見せた。ユーノは無論、クロノやティアナ達も戸惑ったが、リンディはニコリと歳暮の様な柔らかい笑みを見せつつも、ユーノに向けてあることを口にした。

「ユーノ君、貴方に会いたがっている人がいるわよ」
「え?」
「‥‥‥ほら」

と言って、彼女は手元の通信端末を操作し、話し相手である人物をユーノに向けた―――無論、画面付きである。

『ユーノ君!』
「ぁ‥‥‥な、なのは」

画面に現れた女性は、ユーノが良く知る親友たる高町なのはだった。久しぶりに見た様な気もするが、それほどに日数が経っている訳でもない。
会っていない日が長く感じるのも、やはりトコヨでの一件の影響であろう。目の前の彼女は、見るからに心配の上に心配を塗り重ねた様な表情である。
滅多に弱音らしい弱音を吐かない性格で、兎に角も真剣で真面目で、周りの心配事は何処へやらな振る舞いだったなのはが、目尻に涙を浮かべてユーノを見ている。

『大丈夫だった? 怪我は無い!?』

あまりの剣幕に気圧されてしまうユーノだったが、それだけ心配を掛けたことは明らかであった。
  まるで画面から飛び出さんとするなのはを宥めようと、ユーノは落ち着いた様子で無事であることを話した。

「大丈夫、大丈夫だよ、なのは。この通り元気だから」
『本当?‥‥‥良かった‥‥‥うぅ‥‥‥良かったよ‥‥‥』
「心配かけて御免、なのは」

涙をぽろぽろと溢しながら安堵するなのはを見たユーノも、多少の罪悪を感じてしまう。別に悪いことをした訳ではないが、特別な思いを抱く女性が涙するのを見ると、想像以上に心に来るものがあったのだ。
それにこれまで、なのはが危険な目に遭って周囲に心配を掛けたケースの方が多いものだった。特に、大怪我をしたあの一件は衝撃的で、ユーノも気が気でなかった。
心配をする側に立っていた彼自身が、今度は心配を掛けられる側に立ったのだ。
  そうなると、初めて、心配を掛けさせることへの一種の罪悪感が沸こうというものであろう。無論、それはなのはにも言えたことである。
彼女もまた、大怪我から回復してからの周囲の注意を押し切って、出来る限りは仕事を継続しているのだ。どれだけ周囲に心配を掛けていたのか、今なら分かる。
周囲に見ている人がいるのも構わず、久々にも思える通信越しでの再会をしばし堪能する姿は、誰がどう見ても恋人同士に思えるが―――いまだ恋人未満である。

『あと‥‥‥ヴィヴィオも心配しているから、こっちへ戻ってきたら必ず会ってね?』
「分かってるよ。あの子にも心配かけたからね」

等と一言、二言、と会話をすると、そこで周囲の視線があったことを今さらながらに思い返した。通信を切るのも惜しいが、これ以上、私情で話をするのも気が引ける。
必ず会うから、と残してからやや恥ずかし気に通信を切った。

「‥‥‥それで恋仲じゃないというだから、不思議なものだな、お前さんは」
「か、からかうなよ、クロノ」

口元をニヤリとさせながら軽口を叩くクロノに、ユーノは赤面したまま反論するが、そこへリンディも混ざり込んできた。

「ふふッ。レディを待たせちゃ駄目よ、ユーノ君」
「リンディ提督まで‥‥‥!」

右手の指で口元を軽く抑えながらも、上品な微笑みでユーノの背中を後押しする。まるで場違いな空気感に、ますます頬を赤く染めるユーノであった。
  この後、ユーノは時空管理局上層部の会議に顔を出し、リンディやレティら有力提督らの援護射撃を受けながら、トコヨへの干渉を取りやめるよう訴えた。
最初こそ渋っていた様子ではあったが、未だに人質として学者たちが捕らわれている事と、密かに紛れ込んでいるやもしれぬトコヨの監視者に警戒を抱いていた上層部は、致し方ないとも言いたげにユーノの主張を受け入れ、そこから各企業関連へと正式に発布する事となる。
ユーノは、辛うじて約束を取り付けられた後に、ミッドチルダへと降り立った。そこで、満を持していたかの如く、高町なのはと、ヴィヴィオの出迎えを受けた。
半泣きな状態でヴィヴィオがユーノに飛び込み、後に続いてなのはもまた、涙目になりながらも無事の帰りを祝ってくれたのである。
気恥ずかしい気持ちではあったが、感謝の気持ちもあったユーノは、仲睦まじい様子で3人ともに抱き合った。
  そんな様子を、また別の目が見ているとも気付かず―――。

「約束は、守って頂きました。流石は、スクライア一族の血を引く者‥‥‥」

他人に聞こえない程度の呟きを残し、その者は颯爽と立ち退いた。


第二節


  トコヨにおける一件は、全世界を揺るがしていたが、それでもなお、漆黒の渓谷をのぞき込もうとする輩は存在した。何時の時代、何処の国でもいるものだ。
時空管理局がユーノの説得を受け、全管理世界へ向けてトコヨを非干渉世界として発表するよりも早く、早々と動き出していた者達である。
静かな自然世界に、無機物が轟音と共に上空から降り立った。地表に降り立ったのは1隻の次元航行艦で、時空管理局ではない、他の艦船だ。
  その艦船から降り立つ数名の男女の姿がある。

「へぇ〜」
「これが、噂のトコヨねぇ。辺鄙な星じゃねぇか」
「本っ当に何もないわね‥‥‥人なんているの?」

  口々に思ったことを言い出す面々は、誰も彼も若々しい年齢層だった。20代から30代ほどの年齢で、若くても10代後半といったところであろう。
4名のメンバーで一際年長と思しき女性が、観光気分な3人に対して背中越しに注意を喚起する。

「こんな辺鄙な星の感想なんて、どうだっていいだろうが」

容姿は美人と言っても差支えないのだが、その乱暴な口調や、人を圧する鋭い視線が、美人という作品には不適合なパーツとして異彩を放っていた。
ベミル・ルヴェンツェン―――それが、彼女の名前であり、年齢は28歳。当メンバーのリーダー格として、束ねている人物である。
加えて彼女の右手には、禍々しささえ覚えさせるような代物が握られている。外見はライフルの様だが、その先端付近からは斧のようなものがくっついていた。
それを、重力を感じさせないと言わんばかりに片手で持ちつつ、肩に担いでいる。

「そんなにピリピリしなくてもいいじゃん」
「あぁん?」

  視線だけでも人を怯ませるに十分なベミルに、軽口を叩くのは24歳の若い青年―――ボウレット・イレデムだ。陽気なムードメーカーのイレデムは、ベミルの視線を全く受け付けずヘラヘラと喋り出す。

「いつもどおり、こいつぶちまけて、適当に人間を根絶やしにするだけなんだからさぁ‥‥‥簡単でしょ?」
「その人間を探し出さなきゃならねぇんだよ、この馬鹿」
「うはぁ、ベミルはきついねぇ、相変わらず」

殺しださんとする勢いのベミルに、わざとらしく数歩下がるイレデム。
  残る2名は、何時もの通りだとして気にかけもしない。そのうちの1人は男性で、名をエーガノ・サンラと言う。年齢は30歳ほどである。
残る1人は女性で、ヒル・ティパエザと言い、年齢は19歳だ。
  何を目的としてメンバーを構成し、活動しているのかといえば、イレデムの発した言葉が全てだった。住人を見境なく手に掛け、全てを根絶やしにする。
凶悪な殺人事件の一端に、彼らの存在があったのだ。これまでにおける凶悪犯罪に名を轟かせていたが、無論、彼らだけではない。
彼女らメンバーの他にも、まだまだこういった凶悪事件に加担しているケースは多いうえに、管理局も取り締まることが出来ず業を煮やしていた。
そもそも、ベミルらメンバーが何故、こういった凶悪殺人事件に関与しているのか。
  答えは、彼女らのとある体質にあると言って良い。彼女らは、“エクリプスウイルス”と称される病の感染者達であり、それがとてつもない作用をもたらす。
略称“ECウイルス”とも呼ばれるものだが、感染すれば最後、即死するか、破壊衝動に駆られるか、の二者択一が待っているとされている。
高確率で即死する割合が高いとも言われており、ECウイルスに感染して生き延びるもの―――つまりウイルスと適合する者は稀な存在とされていた。
  さらに感染して待っているのが、何かしらを破壊しなければ生きていけない、というとんでもない体質だった。
加えてECウイルスは、身体に馴染めば馴染むほど力を発揮していくものとされ、同時に独特な刺青状の紋様が身体に現れる。
その超人的な能力の一例を取ると、自己再生能力が極めて高く、身体の一部を欠損しようが瞬時に回復する事が可能という、出鱈目にも思える能力だ。
こういった事実を知るのは、とある企業のみで、本来なら人類の未来の為に研究をすべきところを、ECウイルスのばら撒きと殺戮を行っていた。
  ベミルらメンバーは、この某企業の後ろ盾を受ながらも依頼を受け続け、殺戮に加担し続けてきたのである。

「はいはい、そこまでにして頂戴ね。ボウ、あんたも毎回懲りないわねぇ」

ヒルが呆れながらも仲裁に入り、本来の目的に移ろうと促した。ベミルは短気だが話は分かる為、ヒルの仲裁に従って引き下がる。
イレデムは反省の色を見せた様子はないものの、それ以上の軽口を叩こうとはしなかった。こんな事で、時間を掛けている暇はないのである。
まして、時空管理局が一時引揚げを行った今が最大のチャンスであるうえ、これを逃したらスポンサーに何を言われるか知れたものではない。
  トコヨの住民は、きっとカモフラージュされているに違いないが、その目途はまだついていない。となれば、手探りで探すほかないのだが、それも時間が惜しい。
ならば―――とECウイルスを広範囲に散布し、居るであろうトコヨの住民を炙り出してしまえばいいではないか。さすれば、否応なく出てくるに違いないのだ。

「とっとと片付けるぞ」
「あいよ」

気だるそうにイレデムが散布作業に入った。彼らにとって、人の生き死には関係ない。誰が死のうと知った事ではない。己の衝動に従い動くだけである。
  しかし、彼らはこの星の全てを知っている訳ではなかった。裏仕事を任せてくるスポンサー側の話では、トコヨの住民らしき者に魔法攻撃は通じないうえに、転送魔法とは異なる瞬間移動によって、敵を惑わし思わぬところから一撃を加えてくる―――との情報を受けていた。
本来なら恐れるべき相手であろうが、彼女らの様なECウイルス感染者にとって見れば、さしたる脅威でも何でもなかった。理由は言わずもがな、である。
  まずもって、ECウイルス感染者の駆使する武器は、レプリカ・ディバイダ―と称される物で、EC適合者にしか扱えぬ代物だった。
レプリカと命名される通り、これは純然たるディバイダーではない。某企業が、ランダムに行ったECウイルス散布に適合した感染者に与えた、模造兵器である。
模造とは言えど、EC感染者にしか使えぬ代物なのは変わらなかった。
この兵器は魔力とは関係なく、寧ろ魔力を必要とされないこと、並びに魔力に左右されないことから、魔導師にとっては厄介この上ない存在なのである。
  故に、彼女らはトコヨの守護者と称する連中を相手にするにしても、さしたる不安要素は無かった。
あるとすれば、ただ一か所のみ。尤も重要な部位、つまり頭部だ。ここを破壊されてしまうと、如何に再生能力の高いECウイルス感染者でも死に至るのだ。
だが、そうさせる程に彼女らも甘くはなく、伊達に裏仕事をやっている訳でもない。返り討ちにするくらいの自信は持ち合わせている。

「よぉし、後は広範囲に向けて―――」
「何をしているのです?」
「「!!」」

  いざ、ECウイルスをばら撒こうとした途端、突如として咎める様な口調で問いかける女の声が、辺りに響いた。メンバー全員が、その声の方向を振り返る。
白い衣服を身に纏うマユミが、そこにポツリと立っていたのだ。冷たい、そして鋭い視線でベミルらを睨みつけている。
これが噂のトコヨの住民か、とベミルは驚きもせず臆することも無く、堂々たる出で立ちで向き直って睨み返した。

「こんなに速く出しゃばってくるとはな。探す手間が省けたってもんだよ」
「此処は、如何なる者の立ち入りを禁じた地。事によっては荒事になりますよ」
「‥‥‥ケッ、いけ好かねぇな、そのツラ」

まるで上からの目線でこちらを睨むマユミに、ベミルは悪態をつき不機嫌さを増した。

「御託はいいから、他の住民が何処にいるのか、教えてくれないかなぁ〜」

  イレデムも変わらぬヘラヘラとした態度で、トコヨの住民が何処にいるかを教えるよう、表面ではなく裏から放たれる殺気を放って脅す。
残るサンラとヒルも、いつでも攻撃可能な姿勢を見せている。
4対1で、ベミルらが負ける訳がない。まして、魔力ではない、実弾兵器を使う彼らだ。魔導師は遅れをとっただろうが、自分らは圧倒できる筈だと踏んでいた。
  そんな彼女らを見たマユミは、禍々しい連中だと思わざるを得なかった。それも、以前に会ったティアナらとは全く異なる、殺気に満ち溢れた気を纏っている。
一応の警告として声を掛けたが、案の定、彼女らは立ち去る気もなく、平和的に接触する気も無い。ただ、殺意を秘めた眼をギラギラと輝かせているのだ。
交渉の余地などない、と肌身に感じて分かる。トコヨに住まう住民たちを根絶やしにするのも、厭わない連中であろう。
  この様な危険な連中が、干渉禁止世界と指定されたトコヨに堂々と降り立っているのを見て、一瞬だがユーノのことを思い浮かべてしまう。
だが、彼は約束を果たしてくれている。各世界に派遣した同胞達の報告からも、全管理世界に向けて、トコヨへの干渉を禁止することを交付したのだ。
そこまでして、ユーノに非があるとは言えない。もはや、ここからは命知らずな輩を、問答無用で片付けるのみ。

「後悔なさらぬよう」
「何が後悔だ‥‥‥よ!」

  そう言うが早いか、イレデムは手にしていたガトリングにも似たレプリカ・ディバイダ―で、マユミに向けて発砲する。
辺り一面にばら蒔かれる弾丸の嵐は、一瞬にしてマユミの周辺に降り注ぎ、辺り一面を瞬く間に土煙で覆った。加えて背後の木々をも弾丸で喰らい付くし、射撃が止むころには、メキメキと音を立てながら4〜5本は軽く薙ぎ倒していた。
  狙いを定めた訳ではない、ある種の威嚇射撃としてマユミを脅しにかかったイレデムは、ニヤニヤと変わらぬ笑みを絶やさず、撃った方向を見ている。
残りの者も、相手がどんなものかと興味深さと警戒心を持ちながら、土煙が止むのを待った。
やがて視界がクリアになると、そこに佇んでいたのは人ではなく、報告に聴いていた通りの土人形だった。

「それが、あんたの正体か」

  サンラが目を細めると同時に、手にしているレプリカ・ディバイダーを握り締めた。鋭い4本の鉤爪或はブレードの着いたグローブを両手に装着しているが、その手の甲側には物々しくもマシンガンらしき銃口が2つ、鉤爪の爪先に向かって伸びている。
いつでも切り刻めるようにダッシュの準備を整えている。一気に接近して片を付けるつもりなのであろう。
隣に立つヒルも、レイピア型のレプリカ・ディバイダ―を構える。
  これまでの魔導師と比べれば、物々しいを通り越して禍々しい面々だが、マユミはワダツジン形態のまま微動だにしなかった。
何も攻撃しない様子のマユミを見て、先手に出たのはベミルとヒルだ。両人とも近接戦闘は得意分野であり、動かないマユミに俊足で切りかかる。

「粉々に砕いてやらぁ!」

第1撃目はベミルの打撃だった。斧を振り上げて、力任せに振り下ろす。
  それを難なくテレポーテーションで避け、別位置から超速海水弾を撃とうとするが、後方にいたヒルが、待っていたと言わんばかりに切りかかって来た。

「見え透いているのよ、そんな戦術は」

素早い斬撃でマユミを切りつけんとするが、それさえも、素早い判断で回避してしまう。
一端、彼らとは距離を取って様子を伺うマユミは、ただ者ではない、と改めて思った。殺戮の意を明確にした、軽蔑すべき集団である。
  距離を取ったマユミに、今度はイレデムの射撃が再び襲った。今度は狙いを済ませた乱撃で、常人なら肉片と成り果てる程の、濃密な射撃だ。

「土に還してあげるよ」
「‥‥‥っ!」

その弾丸の数発が、ワダツジン化した身体に命中した。これまでは魔力による攻撃で、それを無力化するのは訳でもなかったマユミだった。
だが、彼らの放つのは正真正銘の実弾であり、身体に幾つかの罅が入ってしまっているのだ。無傷では済まされなかったことに、危機感を覚えずにはいられない。
下手をすれば、本当に粉々にされる可能性もあるだろう。
  その多少の動揺が、さらなる追撃を受ける隙を与えていた。巨躯に似合わぬ俊足で一気に接近してきたサンラが、鉤爪を突き出して来たのだ。
人間なら串刺しどころか、真っ二つにされかねない打撃力を有しており、マユミも2〜3mは後方に飛ばされる。
すると、罅が先ほどより広範囲に広がっているのが分かった。これ以上のダメージは、本当に彼女をバラバラにさせかねない、極めて危険な状態だ。

(これは、少々本気を出さねばならない‥‥‥わね)

侮っていた訳ではないが、久々に本気を出さねばならない、と意識を集中した。
  攻撃を仕掛けてこず、動きを止めたマユミを見たベミルは拍子抜けしていた。

「何だよ、魔導師とは違ぇっていうから、ちょっとは出来るかと思ったけど‥‥‥とんだ期待外れだな」
「なら、さっさと土に戻して、片付けちゃいましょうよ、ベミル」
「おうよ、ヒル。てめぇら、チャッチャと片づけっぞ」
「‥‥‥いや、待て」

一気に決めに掛かろうとしたところで、サンラが待ったを掛ける。良いところで水を差しやがる、とベミルは睨み付けるが、彼の視線の先―――マユミへと目を向ける。
  ワダツジンの周囲の空間がオーロラの様に揺らいだ、と思いきや辺りを一瞬強い閃光が覆う。ベミルらは、その眩しさに目を瞑ってしまった。
その閃光も直ぐに収まり、彼女らは同じ場所に目線を戻した。

「‥‥‥なんだ、今度は」
「銀ピカの人形になっちゃったよ、ベミル」

ポカン、とあっけかんらんとした表情のベミルに、思ったことを口にしたヒル。イレデムやサンラも、予想外のマユミの形態変化に戸惑いを隠せなかった。
  閃光の跡に立っていたのは、概ね平均的な人間の身長くらいで、直立不動、という言葉がピッタリな姿勢を維持し続けている、全身銀色に輝く人型の何か(・・・・・)
両手は、掌を指先までピンと伸ばした状態で合わせ、まるで祈る様なポーズである。顔は、日本で言うところの大仏を彷彿させ、身体にも模様が描かれていた。
これが、マユミのもう1つの形態―――ミラーメタルである。

「幾ら形態が変わろうが、俺達が負ける訳ねぇんだよ、木偶の坊!」

  そう言うが早いか、再びベミルが刃を振りかざし、そのままミラーメタル化したマユミの頭部を叩き割る、と意気込んで振り下ろした。
攻撃を避ける様子もなく、刃はミラーメタルの頭部に降ろされた。渾身の一撃、それも最大限の威力を込めたものだった。
この一撃でバラバラになるだろう、と誰もが予測したのだ。
  硬い金属音を響かせるまでは―――。

「―――硬ぇッ!?」
「‥‥‥その程度ですか」

確かに刃は、ミラーメタルの頭部を叩き付けたが、全くもって刃が頭部を叩き割るどころか、凹ませることも出来ていなかったのである。
ミラーメタルの表情は、相変わらず仏頂面そのものだ。まるで「何かしたのか」と言わんばかりの声に、ベミルの闘志を燃やすには十分だった。
ギリッとグリップを握りしめ直したベミルは、もう一度振りかざし、そのままの勢いで身体を反転させてマユミの右首を叩き切ろうとした。
ガキン、と金属音が響く。結果は変わらなかった。微動だにしないマユミの首は切り離すことは叶わなず、傷もついていなかったのだ。
  苛立つベミルに、今度は入れ替わる形でヒロが攻撃に出た。レイピアを額の途真ん中を狙って突き立てる。
素早い動きで狂いなく額を貫くだろう。剣先に力を集中し、どんな鉱物であろうと貫き通す自身はあった。

「う、そ‥‥‥」

しかし、剣先は貫き通せていない。魔法障壁なら簡単に貫き通し、物理的な防御でさえ貫けると自負していただけに、尋常ならざる防御力にヒルは呆然としてしまう。
  さらに、ミラーメタルの冷たい視線が、刃物の如く目前のヒルを睨みつけている。間近で、その言い知れぬ恐怖感を肌身に感じたヒルは立ちすくんでしまい、やがて一歩、二歩、と頼りない足取りで後ずさった。
何かに憑りつかれたかのように恐れ戦慄き、顔を青くしているのがベミルにも分かった。

「馬ッ鹿野郎、ぼさっとせずに離れ―――」

  離れろ、と忠告しようとした刹那、ミラーメタルの口から白色の槍が飛び出した。それは、ワダツジンの時と同じ武器である超速海水弾だった。
超至近距離で放たれた超速海水弾は、真正面にいたヒルの喉を寸分違わぬ精度で貫く。何が起きたのか、呆然としていたヒルには分かろう筈も無い。
ただし、自らの喉を、貫通されたという痛みが彼女の神経を支配した。

「ぁが‥‥‥かひゅ‥‥‥ひゅ‥‥‥!?」

不死身に近い存在のECウィルス適合者とはいえ、その能力には個人差はある。適合が進めばそれだけ桁違いな肉体が手に入るが、全員がそうとも限らないのだ。
ヒルも常人からすれば有り得ない再生能力を有するが、はやり呼吸の要である喉と、首の骨をも纏め風穴を空けられた痛みは尋常ではなかった。
風穴の開いた喉から、とめどなく溢れ出るドス黒い血液。呼吸をしようとする度に血逆流し噴き出る様は、いっそのこと即死した方が如何に幸せか、と思わせる。
しかも神経の中心である首の骨をも砕かれた為、身体を動かす事さえ適わなかった。再生するまで待つしかない、僅かだが永遠にも思える地獄の苦しみだ。
  ミラーメタルの攻撃で、もがき苦しむヒルを目の当たりにしたベミルは、これまでにない怒りに身を染めた。

「ふ‥‥‥ふざけやがってええええ!!」

猛ダッシュで切りつける彼女の攻撃に、ミラーメタルは予備動作もなく、その場を飛び立って回避する。まるで空に吸い上げられるかのような、自然な動きだった。
飛び立つとは予想だにしていなかったベミルは、振り下ろした刃の勢いを殺せずに地面に突き立てるにとどまる。思わず「チッ」と舌打ちをした。
  祈り続けるポーズはそのままという、一見すると滑稽な風景であるが、それでも笑えるような状況下ではない。飛び立ったミラーメタルは、高速で飛翔しつつ、対地に脚を付けているベミルらへ目掛けて、超速海水弾を撃ち込んでいった。
ドスン、ドスン、と重々しい音を立てて地面を抉り掘り返す威力を、彼女らにまざまざと見せつける。
  次々と打ち出される超速海水弾によって、辺りは水飛沫と土埃、そして薄い霧の様なものが覆い尽くす。完全にミラーメタルの独壇場であった。
コケにされてたまるか、超速海水弾を避けつつ、今度はサンラが脚力をフルに使って飛び上がり、接近してくるミラーメタルに自分から急接近する。
再び超速海水弾が放たれるが、それを鉤爪で力づくで打ち消したか思いきや、そのまま叩き落してやると言わんばかりに腕を振りかざした。

「砕け散れ」

  だが、それを瞬間移動によって回避され、虚しく空を切ってしまう。飛翔する上に素早い瞬間移動の合わせ技に、サンラも苛立ちを募らせた。
瞬く間にサンラの後背に現れたミラーメタルが、その巨躯に超速海水弾を放出する。行きつく間もない攻撃に、サンラは対応が僅かながら遅れてしまう。
超速海水弾は、彼の背中側から心臓部目掛けて命中し、常人に比べれば強化或は硬化された肉体に穴を穿ったのだ。

「ッ!」

魔法攻撃ではない、まさに物理的攻撃はてき面とも言える。
心臓部を穿たれたサンラは急降下し、そのまま地面に叩き付けられて動かなくなった。完全に死んだ訳ではないが、急所を狙われては回復にも手間取る。
  あっという間に2人ものメンバーが戦闘不能に追い込まれたことに、ベミルは内心、衝撃を隠せなかった。

「くそったれ‥‥‥!」
「どうすんだよぉ、ベミル」

何時もの生意気な口調は変わらないが、イレデムも焦りを見せている。想定以上の戦闘力を持ったトコヨの人間に、これほど手間取るとは思わなかったのだ。
まして4人の内、2人がやられてしまったとなれば、これ以上の戦闘の継続は不可能だった。回復するといはいえ、それまでにこのミラーメタルを抑え込むのは至難の業とも言え、いずれ回復を待っても各個撃破でやられて全滅するのは目に見えている。
  今もなお、ミラーメタルは瞬間移動と超速海水弾によるコンビネーションで、ベミルとイレデムに襲い掛かっているのだ。
こうなれば作戦を変更するしかない。自分達の乗る次元航行艦で、広範囲にECウイルスを散布するしかないだろう。

「作戦変更だ。ボウレット、てめぇはサンラを連れて船に乗れ!」
「何でだよ、あんな図体のデカい―――」
「つべこべいうんじゃねぇ!」

反論は許さん、と必死の剣幕に気圧されたイレデムは、渋々と言った呈でサンラの元へ駆け寄り、その巨躯を引きづって駆け出した。
ベミルは盛んに攻撃を仕掛けてミラーメタルを破壊しようとするが、超硬度な防御力の前に傷を付けるどころか、命中させることすら難しい。
  四苦八苦している中、ようやく、ヒルは喉の損壊を癒し終えていた。それでも、彼女の顔には絶望の色が濃く残されてはいたが。

「おぃ、ヒル、お前もさっさと船に乗れ!」
「ひッ‥‥‥う、ぅん‥‥‥」

もはや彼女の戦う意思が削がれているのは、誰の目に見えて明らかだった。
  そんな彼女の回復した様子を見て、訝し気になったのはミラーメタルことマユミだった。即死して当然の傷を与えたのに、もう回復しているのは驚きだ。

(この回復力‥‥‥いえ、あの体の紋様からして‥‥‥もしや)

彼女の記憶の中に、これに類似したものがある。何千年どころか、何万年以上と生き続けて来た彼女と、そのワダツミ一族だ。色んな世界から得た知識も豊富にある。
その中でも、とある病原によって異常な戦闘力を得るものがあることを、記憶の棚の中から探り当てた。そうだ、感染者に殺戮衝動を与える恐ろしき不治の病―――ECウイルスしか当てはまらない筈だ。

(なんと哀れな者達‥‥‥)

  ECウイルスに晒され、破壊や殺戮によってのみ生き永らえることが出来る、という不遇の体質を有した彼女らに、マユミは怒りよりも憐れみを感じていた。
だが、ここで逃せば彼女らは、引き続き殺戮を繰り返すのは目に見えていた。彼女らの永遠の破壊衝動を潰えさせる為に、彼女にできる事はただ1つである。

「不治の病に晒された哀れな者。その苦痛と呪縛から、解放させましょう」

攻撃の手を止めたミラーメタルを前に、ベミルは警戒を続けつつ、時折無駄とはわかりつつも遠距離攻撃で牽制しながら、母艦へと引き上げていく。
ハッチに飛び乗るベミルは、直ぐに艦を運行する他メンバーに怒鳴り散らすようにして、発進を促す。

「おい、さっさと出せ!」

彼女の突然の命令に、航海士は何やら不平不満を口にしていたが、酷い目に遭いたくないとして発進させる。
  無論、マユミには逃すつもりは毛頭ないのだが、呪われた彼女らを、この世の苦痛から解放する意味合いも含めて、完全に抹消しなければならない。
ミラーメタル化を解き、飛び上がろうとする彼らの次元航行艦船を眺めやりつつ、彼女は祈りを捧げ、そして彼らの守護神の名をテレパシーに乗せて飛ばした。

「ナギラ」


第三節



  ベミルらの乗る次元航行艦〈ブレット・ブラッド〉は、某企業が裏仕事を任せるベミルらに対して、裏で手を回して手配した特別性の艦船である。
発見されにくいように、次元空間や宇宙空間に馴染みやすいであろう紺色。形状もステルス性を重視したもので、全体的に面で覆われたのっぺりとしたものだった。
無論、装備は破壊集団に与えられたにしては贅沢で、時空管理局の次元航行艦をも遣り込めるくらいの兵装を備えている。
  〈ブレット・ブラッド〉は、地表から離れ上昇を開始した。幸いなことに、あの全身銀メッキの人形が追いかけてくる気配はなかった。
ベミルはブリッジに上がると、メンバーの1人であり航海士でもある30代の男性が操縦席にいた。イグァル・ショー、腕の立つ操縦士である。
そんなショーに、苛立ちを隠さず命令を飛ばす。

「ありったけ、ECウイルスをぶちまけるぞ!」
「何だよそれ。星全体にやるってのか、ベミ―――」

悪態を突こうとした途端、彼の喉元をベミルは握りつぶさんとする勢いで鷲掴みにし、今までに無いほどの剣幕で目と鼻の先に、ズイッと迫られた。

「つべこべ言うんじゃねぇ、屑が。こんなクソッタレな星、とっとと終わらせて引き上げるんだよ、あぁ?」
「わ、わかった、わかったから‥‥‥!」

そう言われると、ベミルは乱暴にショーを操縦席へと押し返した。文句を言ってやろうとは思うが、そうするともっと暴力を振るわれるだろうと思い、そそくさとECウイルスの散布作業に入った。
  ところが、その矢先にレーダーが不吉な事象を捉えたことに、ショーは警戒音によって嫌がおう無く知らされる。

「何だ、こんな時に」

と、ベミルにどやされたくないと思いつつも、一応の事象の中心へと索敵機能を集中させた。ベミルも傍らに居り、それをメインスクリーンで見やる。
  トコヨの惑星表面は、地球型環境に類似したもので、海7割と陸3割というもので、森林や山々が広がる自然豊かな星である。
レーダーが異常を報せたのは、彼らのいる地点から3時方向、距離は約900mと極めて至近距離のポイントだった。それも、湖があるということだ。
その湖も最大直径が5qほどの規模で、湖の中心部には丁度良い具合に500m前後の孤島がポツリと浮かんでいた。そこに、何があるというのか。
しかも、レーダー機器のあらゆる数値が急激に上昇し続け、巨大な熱量もが観測されている。明らかに、巨大な何か(・・)が潜んでいるのだ。

「どうしたんだよぉ、ベミル」
「‥‥‥」

  イレデムがブリッジに入り込み、早々にECウイルス散布を行わないベミルらに尋ねてくる。ベミルは一瞥しただけで、再びスクリーンを見やる。
答えてくれない彼女に諦め、イレデムも思わずスクリーンに目を移した。彼にも分かるくらい、異常な何かが観測されているのが理解できた。
青空だった上空も、いつの間にか不気味に揺れ動き輝くオーロラが、自然のカーテンとなって地上と上空の間に仕切りを作っている様である。

「おいおい、何だよこりゃ」

ショーは声を震わせているが、イレデムもその異常さに気付いて、不吉な予感に駆られた。

「なぁ、ベミル。言いづらいんだけどよぉ。にげ―――ッ!?」

逃げた方がよさそうだ、と言いかけた途端、その異常を示す孤島が目映い光を放ったのと同時だった。ベミルらも思わず目を瞑ってしまう。
一瞬の眩しさから逃れた彼女らは、再びその方向を見やったと同時に、計器類が異常をアラームとして最大限に警告した刹那―――。

「島が、吹き飛んだ‥‥‥?」

  湖の中心にあった孤島が強い閃光を放ったかと思いきや、膨大な土煙と大量の岩石群を周囲に、広範囲にばら蒔いたのだ。まるで噴火のような有様だった。
高く巻き上がる土煙の中から、飛び出してしてくる岩石群。さながら火山弾のように地面へ叩き付けれられ、〈ブレット・ブラッド〉の周囲にも届いていた。
空中にいる為、地面の地鳴りや地響きは伝わりはしなかったが、その異常な光景は嫌でも目に入る。特に、その粉塵の中から現れた何か(・・)もだ。
レーダー機器が土煙の中から現れた何かを測定し、メインパネルに表記するが、それを見るまでもない程の光景に皆が唖然とした。

「うそ、だろ‥‥‥」

  ショーは目をひん剥かんばかりに見つめる先に、膨大な土煙に浮かび上がる巨大な影があった。明らかに、巨大な生物としか思えぬものだ。

「何なんだ、アレは」
「俺が‥‥‥知る訳‥‥‥ねぇだろ」

イレデムの問いに、ベミルが答えられる訳も無かった。
  土煙も風に流されていくことで、次第に巨大な影の本性を晒しだしていく。まず見えたのは、山の様な物体の周りに生えて見える、巨大な板の様なものだ。
それが、規則的な二列となって並んでいる。さらに土煙が薄まると、その巨大な生物らしき物体の一部から、巨大な塔状の物が2つ聳え立っているのが見えた。
いや、それは塔ではなかった。風が吹いて露わになり分かったのは、板状の列は巨大な生物らしき存在の背中であったこと、つまりは背びれであった。
2本の塔らしきものは、背中を丸めた姿勢をとっていた生物の頭部らしき部分から生えている巨大な角で、しかもしめ縄の様に螺旋状に捻じれていた。
  加えて、地面近くで収まりきらない土煙の中から、まるでヨルムンガンド或はレヴィアタンとも思える巨大な大蛇が、鎌首をもたげていく。
細くなっている先端部には、巨大な一対の鋏が生えている。蛇ではない、巨大な尻尾なのだと、ベミルにも分かった。
  ある程度の全貌が明らかになり、その巨大な生物も屈みこんでいた姿勢を起こしていく。ズズズ、とゆっくりと巨体を起こし、やがて頭部が頭上に持ち上がる。
全身がやや青みががった皮膚、というより鱗のようだった。ドラゴンの様にも見える巨大な生物だが、翼は無い。
代わりに、後ろ向きに聳え立つ2本の角、二列に並んだ背びれ、長大な尻尾、その先端にある鋏が印象的である。

「化け物」

誰に聞こえる訳でもなく、ベミルは呟く。
  測定されたデータでは、体高300m(角含まず)となっており、これまでにない巨大生物だった。尻尾も同程度の長さを誇っている。
これこそが、トコヨの民を長年に渡って守り抜いて来た、守護神薙羅である。かつて地球にナギラと同種だが、このナギラはその原点であり母体でもあった。
つまりトコヨのナギラから生れ出たナギラが、他の星へ派遣されたワダツミ一族と共に同行し、その星における有事に備えていたのだ。
地球から戻った別個体のナギラは、また新たな新天地への守護神として派遣されるべく封印されている。
  眠りから覚めたナギラの眼は、何処か人間的でもあり、なおかつ人の温もりを与えているように思える、不思議なものだった。
しかし、この星に手を下そうとした者達にとって、それは悪魔の眼差しに等しい。
  予想もしなかったナギラの登場に、ベミルは無論、他のメンバーも抗う気持ちなど既に消え失せていた。彼女らの次元航行艦で、あれに勝てるか?
戦ってもいない時点で、明確な答えは出る筈もない。実際に戦ってみないことには―――その対価が、自分らの命ともなり得るが。

「っ! おい、別の船が下りてきているみたいだぜ」
「管理局‥‥‥いや、これは」

  突然、レーダーがトコヨの衛星軌道上から降下してくる艦影を補足した。数は2隻で、規模から言えば250mあまりの中型艦規模の次元航行艦だった。
所属は管理局ではなく、別の組織の運営する艦船のようだが、それが何処の艦艇であるか直ぐに判明する。
彼女らの物とへ暗号文が送られて来たのだが、それを読むなりベミルの表情がやや険しいものになる。

「‥‥‥雇い主か」

  それは、これまでにベミルへ指示を送って来た、某企業の保有する艦船群だった。ECウイルスの散布作業によって、万が一にも出てくるであろう適合者を捕獲し、早期に処置を施すという名目で活動していた某企業の非公式艦船である。
雇い主がわざわざ出張って来たという事は、この怪物を駆除する事が目的であろう。何分、色々と口止めする為に強力な兵器も積んでいるのだ。
その禁止とされる武器を持って、ナギラを駆逐せんと言うのだが、果たして倒せるだろうかとい疑問が沸き上がる。
  兎にも角にも、こちらは引き下がるべきだろう。ベミルは急ぎ後退を命じ、攻撃に巻き込まれぬよう退避する。
彼女らが後退する傍ら、雇い主ら艦船は早々に攻撃を開始していた。搭載されている実弾兵器の1つ、レールガンがナギラへ向けて発射されていた。
高速で打ち出された弾丸が、ナギラの体表へと次々と撃ち込まれていく。次元航行艦船には効果てきめんの実弾兵器が、ナギラに命中する度に派手な火花を散らす。

「これはすげぇな。あのバケモン、全身ボコボコになるんじゃねか?」
「いや、よく見ろ。大して動揺もしてねぇみてぇだ」

  ベミルの言う通りだった。2隻から打ち出されるレールガンの砲弾は、確実にナギラに命中しているこそすれ、決定的ダメージとは程遠い様に思われた。
次元航行艦船なら撃沈することも可能なものだが、それが巨大なものとはいえ生物に利かない筈はない―――と、彼らは思っていたのだろう。
躍起になり接近しつつ猛撃を加える2隻の次元航行艦。それを何とも思わないナギラは、ゆっくりとそちらへ身体を向けていく。
ギロリ、と攻撃している次元航行艦2隻を睨めつけるナギラは、トコヨへ害を成すものとして認識し、ベミルらよりもそれを排除の優先事項とする。
  そして、変化が訪れたのはナギラの背びれからだった。青白い光が、帯電する電気の様にパリパリ、と青白く発行を始めているではないか。
加えてエネルギー計測機器も、ナギラの体内から沸き上がるエネルギー流が検知され、それを見た一同が驚愕する。生物にしては桁違いなエネルギーだ。
最終的には危険値を超えたことで、警告音もビンビンとブリッジ内に鳴り響く。
さらに頭部の角までもが、放電現象の様にエネルギーをまき散らしている。そして、その角が後ろ向きから、グルリと前方方向へと半回転したではない。
気付けば巨大な口も、半開きになった隙間から光が溢れていた。
  こいつは不味い、とベミルが思ったのも束の間だった。充填されたエネルギーが飽和したとでも言わんばかりに一気に破裂し、その濁流が口から放たれたのだ。

「!? い、一撃‥‥‥かよ」

  目の前で起きた事態に、ショーは愕然とする。
ナギラの口から放たれた強力なエネルギー流が、2隻の内の片割れを狙撃した。しかも、障壁など最初から存在していなかった、とでも言いたげな貫通力を示した。
対艦戦闘も考慮した装甲が、まるで熱せられたチーズの様に溶けて穴を穿たれ、戦闘力も航行力も奪われているのが、誰の目から見ても明らかだった。
黒煙を噴き上げて一気に降下する次元航行艦は、降下スピードを抑えることもままならず、大地との感動の再会を果たす―――木っ端微塵という結末であるが。
黒煙と爆炎が森林に上がると同時に、地震にも似た激し揺れが起きた。
  もう1隻の次元航行艦は、先ほどまで人類は万物の霊長であるが如き尊大さを持っていたが、僚艦が落とされるや否や、その尊大をかなぐり捨てていた。

「転移だ、急げ!」

一時の支配者から逃亡者となった彼らは、急ぎ時空転移の準備に入っていた。
ところが、ナギラの眼はそれを黙って見過ごさせない、と追加の制裁を放っていた。2発目のエネルギー流が、2隻目の次元航行艦船の艦底部を直撃する。
そして、1隻目と同じ運命を背負った彼らは、脱出する暇もなく船諸共粉々になった。
  不逞の輩を排除したナギラは、黒煙の上がる艦の残骸に目もくれなかった。その目線がと目標が、ベミルらに向けられていたからである。

「馬鹿野郎、何ボサッとしてんだ! 速く離れろ」
「分かってる、イチイチ喚かないでくれ!」

  怒鳴り散らすベミルに非難の声をぶつけつつ、ショーは〈ブレット・ブラッド〉を緊急旋回並びに急上昇させる。同時に時空転移の準備も進めさせていった。
急激な旋回と上昇に脚を取られそうになるベミルとイレデムは、遠心力に振りほどかれない様に掴まっていたが、それも無駄な事である。
〈ブレット・ブラッド〉が翻って逃れようとしている様を、ナギラは、まるで憐れむかのような瞳で見つめているが、ベミル達の知るところではない。
  そして、時空転移間近だった〈ブレット・ブラッド〉の艦尾から中央部に掛けて、エネルギー流が叩き込まれた。薙ぎ払うかのような狙い方だ。
激しい衝撃に突き上げられ、ベミルらは転倒してしまう。ショーは座席にしがみ付きながらも、被害状況の把握に努めた。

「艦尾大破、居住区も完全破壊された。機関出力も低下‥‥‥転移不能!」
「!!」

逃げるすべはない。ショーの報告に、ベミルの脳裏は絶望一色に染まった。
  しかも、艦中央部には居住区があり、そこに負傷したヒルとサンラを休ませていたのだ。スクリーンには、自艦のダメージ状況を簡易的に知らせる簡易図があり、艦尾区画から中央区画に掛けて、壊滅を知らせる赤色で真っ赤に染まっていた。
彼らは現状を知りようも無かっただろうが、このエネルギー流の直撃により、機関部は半分が消し飛んでいただけではなく、居住区もごっそり焼き尽くされていた。
つまりは、ヒルとサンラは、訳も分からずエネルギー流の閃光に包まれ、一瞬にして消滅してしまったという事である。
如何にECウイルス保持者とは言え、全身纏めて焼き尽くされたとあっては死を免れ得なかった。 

「駄目だ、墜落するぞ!」
「嘘だろ‥‥‥嘘だろおィ!?」

  上昇しかけた〈ブレット・ブラッド〉が推力を失い、艦首を上に向けたまま落下を開始した。ボウレットも冷静さを失っており、喚くばかりである。
ベミルも、この事態にどうしようもない、と落下する感覚を身体で感じながらも絶望から脱しえずにいた。こんな所で、俺は死ぬのか。
遠のいていく空模様を呆然と見つめていたベミルだが、それも僅かな事だった。

「―――ッ!!」

背中から叩き付けられる様な衝撃に、呼吸が一瞬だけ止まった。艦尾側から大地に接触した証拠である。加えて、ベミルらはミキサーに掛けられたかのように、数人が操縦するくらいの狭いブリッジ内を跳ね回り、やがてベミルはブリッジのひび割れた硬質ガラスを突き破って外へと投げ出された。
その際、破片が彼女の身体を何か所も引き裂いていき、血飛沫を空中にまき散らした。散らばる硬質ガラスの破片が、夕日に照らされて宝石の様に輝き、その中をどす黒い血の反転が不気味に輝いて、夕暮れの空にコントラストを与えていた。

「あがっ‥‥‥ぃづぁ‥‥‥!?」

  地面に叩きつけられたベミルは苦悶にのたうつ。右腕は有らぬ方向へ圧し折られており、左脚も同様に、使い物にならないことを示す様にねじ曲がっていた。
さらにはガラスを突き破った際に、ガラスの破片がナイフの様にして腹部へ深く食い込んでいたのだ。常人なら気を狂わしているだろう。
忌々し気に、苦痛に耐えながら左腕でガラスの破片を掴み、引き抜いた。

「ぅぐっ‥‥‥ぅああああああああぁ!!」

それもまた想像を絶する痛みであり、掴んだ手にも傷を作っていた。引き抜き終わると、ガラスの破片を力なく捨てる。カシャン、と音がした。
思いの他、身体に負ったダメージが深く、近くの大木に身を座りながら背中を預ける。どの道、ECウイルスの力で回復するのだが、精神は極限にまで磨り減っていた。
  目前には爆炎を上げて地に沈んだ元〈ブレット・ブラッド〉の残骸がある。今なお、炎が周囲を熱と光で照らしだしていた。

「ぐぅ‥‥‥ボウ、レット‥‥‥ショー‥‥‥」

  2人はどうしたか、念話を使ってみるが、反応はない。彼らも、ベミルの知らない内に即死していた。
ショーは掻き回されたブリッジ内で、頭部からモロに打ち付けてしまった。脳の損傷は、ECウイルス感染者にとっても死を意味することだった。
彼は衝撃で頭からモニターに突っ込んだ挙句、感電と破片で頭部を破壊さていったのだ。
イレデムに至っては、神の仕組んだ悪戯であったのか、ベミルと同じく外へ投げ出されようとしたのだが、ブリッジの窓を幾つかに区切っていた窓枠に首を引っ掛けた。
窓枠に残っていた硬質ガラスが処刑台のギロチン代わりとなり、そのまま胴と首が生き別れたのである。ブリッジ内に身体が取り残され、頭が外へ落ちている。
  誰も生き残っていない。視線の奥には、あの巨大生物ことナギラがいるのだが、こちらに向かってくる気配はない。やるべきことをやり終えたと言うのか?
ナギラは背を向けて元居た場所へと率い挙げていくのが分かる。歩く度に、地響きと揺れが、ベミルの基にまで届いていた。
  案外、あっけないものだな、とベミルは自分らの境遇を自嘲する。

「へ、ザマない―――」
「哀れな籠の鳥よ」
「!?」

  いつの間にか、マユミが人間化した姿でベミルの目前に現れていた。その立ち位置は、完全に勝者と敗者の関係を表してもいたでの、ベミルも悔しがった。

「哀れ‥‥‥か」

確かに哀れなのだろう。ECウイルスに感染し、死ぬような苦しみを味わってきた。しかも、破壊や殺しをしないと自我を保てない、というまさに呪いを持っている。
だが、そんな自分でも、やはり死にたくはないのだ。自分が生きる為ならなんだってやる。殺しも、破壊も、全ては生きる為なのだ―――彼女は、そう考えて来た。
  故に、ここで死ぬつもりはなかった。目の前にいる人間体のマユミを見上げていたベミルは、余裕の呈でいる彼女を仕留めるチャンスを見出していたのだ。
互いの距離は1mくらいで、ベミルの脚力をもってすれば、生身の彼女を殺すことも出来る筈だ。幸いなことに、手元に硬質ガラスの破片が残っている。
これをマユミの心臓に突き立ててやる。
  丁度、背後で〈ブレット・ブラッド〉に新たな爆発が生じた。その隙に、ベミルは全身全霊を掛けて、マユミに飛び掛かる。
全身が回復していないが、ここであの水鉄砲如きにやられる訳にはいかない。彼女は、そう思い行動を起こした。

「死ねえええぇ!」
「甘い」
(避けやがった!?)

マユミは、飛び掛かってきたベミルの左手のガラスの破片を、自身の右腕で外向きへ払う様に逸らす。これによって、飛び出したベミルは空を切るようにつんのめる。

「ぅぶっ!」

同時に、マユミは身体を左に移動しつつも、左手をベミルの腹部に突き立てたのである。傷の治りかけた部分への突きであるからして、ダメージも濃かった。
身体をくの字に折る程の強烈な突きに、ベミルの脚は思わず止まってしまう。

「ぁが‥‥‥!!」

さらに駄目だしと言わんばかりに、掌を素早く返して手刀をベミルの首筋に打ち込んだのだ。全身の感覚機能を麻痺させるには十分な打撃である。
人間体だからと甘く見た報いとして、ベミルは地面に再び倒れ伏した。駄目だ、此奴に勝てる訳がない。何時もの強気は何処へやら、闘争心さえ折られた。
  上から見下ろすマユミは、再びミラーメタルと化し、うずくまり、這いつくばりながらも逃げようとするベミルを目で追いかける。
その彼女の口から、呪文のように繰り返して呟いている。嗚咽の混じる声で、これまでの冷酷さが嘘のように消えていた。

「ぇぐッ‥‥‥死にたくない‥‥‥ヒック。死にたく、ねぇんだよぉ‥‥‥ぃぐッ。わた、し、は‥‥‥ぇぐッ。こんな、ところでぇ‥‥‥!」

“俺”から“私”になっている事に、ベミルは気づいていない。死の恐怖から、彼女の素が出ているのだろう。
好きで感染者になった訳でもない彼女にとって、こうした境遇を招いた世界に、或は神に憎しみ、怒りを抱いてきた。それが、彼女の動力源でもあった。
  そんなベミルを、マユミは哀れさを向け続けている。ワダツミ一族とはいえ、ECウイルスの治療法は分かっていない。故に、出来ることは1つだけ。
残酷かもしれない。だが、この世から解放されない限り、ベミルは永遠に殺しを止めることはできない。罪を重ね続けるに違いない。
マユミは意を決して、這いつくばるベミルの頭部に狙いを定め、そして―――。

「彼女に光あらんことを‥‥‥」

  ―――この日、トコヨに手を伸ばして来た輩は、誰1人として帰る事は無かった。この事件は、時空管理局や次元管理世界を揺るがすことになるが、それ以上に、衝撃的な事が起きようとは誰一人として予測しえる者はいなかったである。




〜〜〜あとがき〜〜〜
お待たせいたしました。ようやく第5章です。これで終わらそうと思いきや、書けば書くほど収まれず、結局、次章に持ち越してしまう羽目になりました。
ナギラは全高50m程の怪獣でしたが、本作では勝手な妄想を挟み込んで、母体としてのナギラ、という訳の分からない設定を作っています。
所以として、マユミを始めとしたワダツジン達が、各惑星に同様の守護神を連れ込んでいたとしたら? と考えた結果によるものでもあります。
また300mという参考は、アニメ版ゴジラからです。あとマユミがかなり強いイメージで書かれていますが、これも私の妄想です。
何とか次章で完結させられるよう、頑張ります。



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