第5話『サイレンの星』


〜CHAPTER・T〜



  宇宙で起きた戦いは、サイレン星の地上からでも良く見えていた。この星に1つしかない居住区の地下シェルターに避難し、望遠カメラから地球の戦艦〈ヤマト〉の戦いぶりを終始見守っていたジュラとメラは、戦闘の終息に安堵していた。

「アベルト……」

  多数のガミラス艦隊を単艦で返り討ちにしてしまった〈ヤマト〉と、硬い意志と決意をまざまざと放つ地球人だが、とりわけて強い意志を感じ得たのは艦長の沖田十三だった。彼は病をその身に負っていながらも、屈強な精神と意志で旅を成し遂げるつもりだったからだ。恐らく、故郷の土を踏むことは出来ないであろうと覚悟を決めている。まさに、彼は鋼ともいうべき心を持った地球人だ。

「お母様。〈ヤマト〉がガミラス艦隊を……」
「えぇ、流石はテロン人ね。ここまで強い意志は、中々にお目に掛かったことは無いわ」

  〈ヤマト〉がガーデス将軍指揮下の艦隊を撃破したのは良いとして、これからどうするかだ。〈ヤマト〉はどの道降下してくる。その時、彼らはどう行動するだろうか。多くの種族が忌避したサイレン人を、彼らもまた忌避して排除するのではないか――ジュラの脳裏に一瞬だけ浮かんだ。
  だが、メラはそれを否定した。〈ヤマト〉に乗っている人間はそうはしないと。

「安心をし、ジュラ。害を加えるような人達ではないわ。それより――」

  ふと、メラは通信機に手を触れると、周波数をセットして相手を呼び出した。

『――どうした、メラ』

  数秒もしない内に通信画面に現れた男は、何食わぬ表情で妻と娘を見やるなりかけて来た第一声がそれであった。

「どうした……ですって? 私とジュラを殺そうとしたくせに!」

  デスラーに負けぬ鋭い表情で睨み付け、切れ味の良い声で批難するメラ。浴びせかけられたデスラーは、怒るメラに謝ろうという素振りは無かったが、その表情からは失望と安堵という複雑な感情が見て取れた。失望は〈ヤマト〉を防げなかったという事実に対するもの。安堵とはメラとジュラが生きていたということであった。

『素直に〈ヤマト〉のデータを渡さないからだ』
「嘘をおっしゃい。〈ヤマト〉に、ガミラスの情報が漏えいすることを恐れたのでしょう。だから消しにかかった」

  既に惑星レプタポーダの反乱事件において、監獄管理施設からガミラスに関するデータは持ち出されてしまっている。本星からレプタポーダと周辺一帯の版図データが入っていた筈だ。これにより、水先案内人ユリーシャの導きが無くともガミラス星まで向かうことが出来るうえに、一部の監獄脱走者からはガミラス政府の大まかな情報も入っている。そこに加えて、帝星内部にて生活していたメラの情報が加わってしまえば、ガミラスは丸裸も同然である。
  あらゆる内部事情を筒抜けにされてしまうことを強く恐れたデスラーは、それ故にガーデスの無断出撃の許可と、場合によってメラとジュラの抹殺を命じたのだ。全てはガミラス臣民の為に思ったことであり、一国を率いる指導者たるものとして、身内の安全の為に国を犠牲にすることは出来なかった。まして、今のガミラスには深刻な問題があることを考えれば、尚更であった。

『分かってくれとは言わん。ただ、私にはガミラス民族の命運が掛かっているのだ』
「……貴方にデータを渡さなかったように、〈ヤマト〉にあなた方のデータは渡しません」

  凛とした眼差しでデスラーを見据えるメラに、彼女の言っていることは嘘ではないことを見抜いていたデスラーは何も口にしない。

「〈ヤマト〉も、そしてあなたも、全てを出し切っておやりなさい。私が関与することではありませんからね」

  冷たく突き放す様に、自分らで決着をつけろと言い放つメラに、デスラーも反論するものはなかった。もとより自分らの痴話喧嘩で別れて、この星に追いやったのだ。それでいて情報をよこせと命じたばかりか消しにかかったのである。

「勝った方が、未来を掴むのです。それとも共存するか……それは、貴方次第でしょうね」
『!』
「もう、そちらに戻ることは無いでしょう……けど、これだけは言わせて。アベルト」
『……』
「アベルト……私は――」

  そこまで言いかけた時であった。彼女らに不幸が舞い降り、一時の平穏を消し飛ばしたのは……。

「お……お母様、あれは!」
「……!? いけない、こっちよ!」

  2人の目に飛び込んできたのは、巨大な鉄の塊――撃破され爆発寸前のガミラス艦であった。後尾から激しい火災と黒煙を吐きながら、螺旋を描くようにして居住区へと落下を始めていたのだ。これは極めて偶然の結果であり、何もガミラス兵が狙って行ったものではなかった。
  全長200m近いスクラップだとしても、それが地上に落下すればどうなるか。隕石でさえ驚異的であるというのに、戦闘艦が墜落した時の衝撃力も凄まじいことは容易に想像できた。居住区など跡形もなくなってしまうであろう。

『メラ、ジュラ、どうした?』

  デスラーも、突然の変わりように驚きを隠せていなかったが、メラが気にかける暇はなかった。
  我が子を護る為に通信機から離れたメラは、地下シェルターへとジュラを連れて駆け込んだ。直前に発光信号を出して〈ヤマト〉に存在を知らせていたものの、果たして気付いてくれるかは不透明だ。最悪の場合、地下シェルターへ逃げても落下してくる戦闘艦の破壊力によってシェルターごと押し潰されるやもしれなかった。

「大丈夫、大丈夫よ……貴女は絶対に……!」

  地下シェルターへ逃げ込み、ロックを掛けた。後は〈ヤマト〉が気付いてくれることを願うのみ。
  一方の〈ヤマト〉からも、航行不能になったガミラス艦が大気圏へ降下し、探索目標であろう施設に向かう姿を確認した。

「艦長、敵艦の残骸が施設に向けて落下を始めました。地表まで90秒!」

  森雪が慌てて報告した直後に、沖田は撃墜を命じる。

「古代、敵の残骸を破壊しろ。あの施設に損害を与えてはならん」
「了解。南部、艦尾魚雷で破壊しろ!」

  ショックカノンでは、残骸を貫通して施設に命中する恐れがある。そこで実弾兵器である空間魚雷を命じたのだ。南部も素早く反応して、艦尾から2発あまりの魚雷を発射させた。ガミラス艦の残骸は自然落下であるが故に加速力は左程なく、空間魚雷でも十分に追いつくことは可能であった。
  空間魚雷が見事にガミラス艦の残骸に命中し、見事に粉々に吹き飛ばすことに成功する。

「敵艦破壊――いえ、破片が!」
「細かく砕いたに過ぎないが、これで被害を抑えられれば……」

  当然ではあるが破壊したからといって、その残骸が消える訳ではない。あくまでも粉々になる話だ。空間魚雷によって細かく砕かれた破片群は居住区へ大きな損害をもたらすことは無かったが、地上に降り注ぎ衝突した衝撃までは逃すことはできない。
  居住区の至近を直撃した破片がメラとジュラのいる地下シェルターを襲った。自然ではなく人災による人工地震が、地下シェルターを大きく揺らし、恐怖を与える。

「――ジュラッ!」

  瞬間、娘の名を叫ぶ母メラに抱きかかえられるジュラ。直後に地下シェルターの天井が一部崩落し、凶器となってメラとジュラに降りかかった。その降り掛かる天井の一部から目が離せなかったジュラだったが、抱きしめられた拍子に思わず目を瞑った。
  大きな音を立てる瓦礫の崩壊音は、直ぐに小さくなり、やがて聞こえなくなった。

「……?」

  身体に痛みは感じない。あるのは、昔懐かしい母の温もりだ。
  だが、それを感じたと同時にメラは理解したのだ。母メラが娘を護る為に上に覆い被さっていたことに今更ながら気付いたのだ。

「お……お母様?」
「……ぅ……ジュラ……」

  メラの下から懸命に這いずり出ると、彼女の周囲には崩落した天井が散乱している。そのうちの幾つかが、メラの後頭部、背中を打ち付けて転がっていたのだ。その証拠に、メラの頭部からは赤い血が滲み、滴り落ちているのが否応に見えてしまう。
  身を挺して護った母の姿に、ジュラはショックのあまり声を出すことさえ忘れてしまい、震える手と声で、ようやくメラに声を掛けた。

「お母……様……?」
「ジュ……ラ……大丈……夫ね?」

  弱弱しい声でジュラを心配するメラに、どうして良いのか分からないジュラ。分かることは、メラの命は幾ばくも無いという事実。救助が来るまでに、到底間に合いそうも無かった。

「ごめん……なさい……ね。貴女に……辛い思いをさせて……」
「駄目ですよ……お母様、〈ヤマト〉が助けに来てくれます。辛抱ですよ……ね?」
「ふふ……本当に……優しい娘……私の……アベルトの……自慢の娘……」

  だんだんと声が小さくなる有様に、ジュラの内側から溢れ出る感情は収まりを見せない。これまでに、表立って表情を見せてこなかっただけに、今のジュラは、これまでにない程に感情に溢れている。母親を失うという喪失感に怯えていた。
  涙を溢す娘の表情に、最期の力を振り絞り手を伸ばして綺麗な顔立ちに触れる。ジュラは、その手に自らの手を重ね、失われつつ温もりを感じ取っていく。

「いつまでも……見守っているわ……どんな形であれ……」
「……」
「可愛い……娘……ジュ……ラ……ッ」
「ぅ……ぅッ……ッ……」

  力尽きた手を握りしめるジュラは、〈ヤマト〉が降り立ち、救助されるその時まで、ずっとメラの亡骸を前に佇んでいた。



  遠く離れたガミラス帝星総統府では、総統執務室で個別回線を前にメラと話していたデスラーの姿があった。

「メラ、ジュラ、返事をしないか!」

  突然の変わりように、さしものデスラーもよもやと感じていたが、案の定、通信画面は不吉な瓦礫音と共に砂嵐となったのである。
  生き残っていた部隊が、命令を果たすべくメラとジュラを抹殺したのであろう。命令通りにやった訳であり、それを咎める理由はないのだが何とも間の悪い時にやってくれたものか。通信越しに話している最中に、愛人と娘を失う様を目の当たりにせねばならないとは……。
  副総統ヒスが、通信画面の前で動かないデスラーに対して報告する。

「総統。サイレン星までの通信回線が切れました。恐らく、通信設備を破壊されたのでしょう」
「……わかりきったことを言わんでくれるかね」
「ハッ……し……失礼を致しました」

  冷や汗を浮かべて頭を下げるヒスを一瞥すると、デスラーは新たに命じる。

「対ヤマト迎撃戦を進めねばなるまい。至急、幹部を集めたまえ」
「ハッ!」

  ガミラス式の敬礼をすると、ヒスは急ぎ身体を翻して軍部の責任者達を呼びつける為に離れていった。
  司令官達が招集されるまでの間、デスラーはサイレン星で生じた戦闘の記録を眺めやり、〈ヤマト〉の戦闘能力の高さを否応に認めざるを得なくなっていた。以前にも、ドメル指揮下の第6空間機甲師団との戦闘でも果敢に反撃して多大な損害を与えている。もっとも、あそこでデスラー自身がクーデター騒動に巻き込まれていなかったら、〈ヤマト〉は存在していなかったかもしれない。
  それを考えると、粛清された元中央軍総監ゼーリックの叛乱行為には、ほとほと嫌気がさすものだ。あの時は暇つぶし様な感覚で、ゼーリックの狼狽ぶりを眺めていたものだったが、此処まで来ると腹立たしくもなる。
  そして、ドメル機動部隊との決戦でも、不慣れな筈の七色星団宙域では航空決戦で五分以上の戦闘を繰り広げたばかりか、乱流の流れを読んだかの如き回避運動でドメルの座乗艦を追い込んでいるのだ。火力と防御のみを頼りにせず、知略にも長けた指揮官が乗っていることを証明していた。
  今回のサイレン星もそうだった。数は微々たるものだったが、機動戦術を得意とするガーデスの奇抜な戦術に対し、最初は翻弄されたものの直ぐに態勢を整えて反撃に移り、逆にガーデスに大打撃を与えたのだ。曲がりなりにも名将と言っても過言ではないガーデスをも退けた結果に、デスラーの心内に安心という言葉が出よう筈も無い。ドメルとガーデスという名将に勝ったのが、まぐれでは無い証拠だ。

「……本腰を入れねばなるまい」

  ふと席を立ち、ガラス張りの執務室の天井を仰ぎ見る。そこには愛しきスターシャの居るイスカンダルが、大空の中に浮かんでいる。長年の浸食によって地下に大空洞が生まれたガミラスとは違い、蒼き海に囲まれる自然溢れた星だ。その青さは、ガミラス人が高貴な色として崇める蒼き色と同じである。

「――総統、準備が整いましてございます」
「わかった」

  それから30分しない内に、軍幹部が集合した旨をヒスが報せに来た。
  執務室から最高幹部の使用する会議室へ足を運んだデスラー。円形状のテーブルを囲む様に各高官らが座っていたが、デスラーが入室して来た途端に直立して待機する。この国の主が来ると、皆が敬礼をして迎えた。
  集まったのは、副総統レドフ・ヒス、軍需国防相ヴェルテ・タラン大将、国防次官ドラム・ボシュレム中将、航宙艦隊総司令官ガル・ディッツ提督、参謀総長アーチ・ボルチン大将、参謀次長ガデル・タラン中将、作戦部長アンドラス・ダークナス、そして親衛隊長官ハイドム・ギムレー中将待遇ら面々だった。

「御苦労、諸君」

  マントを翻して玉座に座るデスラーは、急きょ集まった幹部に労いの言葉を掛けつつも、早急に本題に移った。

「諸君も知っているだろうが、〈ヤマト〉がユークレシア星系にて、我が艦隊と対峙し打ち破った」

  ユークレシア星系がどんな星系かは、この場にいる幹部達は知っているが、口には敢えて出さない。あまり下手に詮索をすればデスラーの不興を買って粛清されることは目に見えるからだ。
 
「〈ヤマト〉は、間もなく此処へ来る。イスカンダルへ降り立つ為……その前に我らガミラスを通過することになる」
「存じております。至急、兵力を配置するように手配をしております」

  ヴェルテ・タランが対策を練り、防衛対策を構築中であることを報せるが、現実には兵力と呼べるものが極端に少なかったのを、デスラーが忘れている訳がない。ヴェルテも忘れる訳がなく、ガミラス帝星の防衛部隊らしい部隊が無い中、どうやって兵力を確保するのかが問題となっている。
  艦隊総司令官ガル・ディッツは、ガミラス帝星が置かれている状況を報告し、危うい状況であることを示す。

「基幹艦隊はゼーリックの指示によってバラン星に置き去りにされ、全力で帰還中ではありますが、間に合うのは不可能です。近隣の星系に配備されているパトロール艦隊、警務艦隊を集結させることで、対抗を――」
「ディッツ提督、御心配には及びません。ガミラス帝星の防衛には、私の虎の子の艦隊が下ります故、お任せいただきたく……」

  嫌味たらしく聞こえる声に、ディッツやタラン兄弟はじろりと睨み付けるが、ギムレーは意に介しない。
  彼が指揮下に置く武装組織を親衛隊と呼ぶ。デスラーを護る為に設立された特殊部隊で、常に相当の身を護る為に警護に励んでいる。それだけではなく、反乱分子の摘発や粛清にも暗躍しており、別枠の組織に秘密警察があった。証拠などありはしなくとも、犯罪の疑いを見つければ即座に逮捕するという乱暴なやりようは、タラン兄弟もディッツも知るところだ。
  そんな親衛隊は、何処から道を踏み間違え始めたのか、見違えるほどに潤沢な武装によって潤うこととなる。しかも、非人道的と批難されるクローニング技術によって生み出された親衛隊員専門のガミラス人によって、親衛隊は構成されているのだ。驚きはそれだけにとどまらず、支給された装備品は軍隊そのものあり、加えて航宙艦隊までもを保有するなど、デスラーの身辺を護衛する以上の能力を有していたのである。
  ギムレーの発言権の強さに比例して、親衛隊は準軍事組織に成りあがり、反乱分子を地上のみならず宇宙からも駆逐を始めたのだ。

「ギムレー……君の親衛艦隊かね」
「左様。我が艦隊を持ってして、〈ヤマト〉を葬って御覧に入れましょう」

  自信を並々に注ぎ満たしたギムレーの自尊心に、ディッツが待ったをかける。

「しかし、親衛隊は艦隊戦の経験はない。やっているのは、地上に対する制圧行為ばかりではないか。如何に数を揃えようとも、親衛隊だけでは〈ヤマト〉を沈めることは叶わんぞ」
「出来ないかどうかは、是非その目に御覧に入れましょう、ディッツ提督」
「ディッツ提督……ギムレーに本星防衛を担ってもらおうじゃないか」
「総統……」

  デスラーがディッツを窘めると、ディッツもそれ以上に反論をする余地は無かった。兎に角はある戦力で対抗せねばならない今、親衛隊だろうとなんだろうと、使わねばならない。ディッツの言う通り、手も足も出せない反乱分子を相手に粛清もとい虐殺を繰り返し行って来た経験しかない親衛艦隊では、修羅場を潜り抜けて来た〈ヤマト〉を食い止められるか不当目な所があったが。
  そこで、デスラーとしても保険を掛けておくべきとして、ヴェルテに対してかねてから開発を指示していた代物について、使えるかどうかを尋ねた。かの〈ヤマト〉が使った超兵器“波動砲”と同じ兵器を搭載した初のガミラス艦艇である。
  聞かれたヴェルテは進捗状況について直ぐに返答する。

「ハッ。第2バレラスにて完成を果たしましたが、アレを実戦に投入するには時期尚早かと考えますが……」
「タラン。使えるか使えないか、教えてくれたまえ」
「ッ……失礼いたしました。使用は可能ですが、一撃で仕留めきれなかった場合は大きな隙が生じます」
「そこは親衛艦隊の出番ではないかね……ギムレー」
「勿論ですとも」

  果たして、どこまでやれるだろうか。大半の高官らは不審に思わざるを得なかった。
  それでもデスラーは親衛隊に全てを任せる訳ではなかったようで、ディッツとガデル・タランに対し、別の任務を直々に下した。

「ディッツ、ガデル、君らは直ちに出立し、周辺宙域の戦力を統合したまえ」
「「ザー・ベルク!」」

  艦隊総司令官という立場であるディッツであったが、肝心の機動戦力は皆無であり、残されているのは親衛艦隊のみ。親衛艦隊はディッツの管轄外の組織である為に指揮権を持つことはできないのだ。またガデル・タランにしても、参謀次長とはいえ直接戦闘で指揮を執ることは無く、もし意見具申などするならば上司である参謀総長の仕事であろう。故に、ガデルにも戦力を掻き集めてくるように指示したのであった。
  もう1人にヴェルテ・タランを指名し、彼には開発に携わっている新兵器の運用を任せるべく、移動を指示した。

「ヴェルテ、君は第2バレラスへ上がり、〈ヤマト〉迎撃に備えて待機だ。アレに直接関わっているのは君しかいない。いざという時に備えてくれ」
「承知致しました」

  此処まで〈ヤマト〉の侵入を許したことは、デスラー自身にも認識の甘さがあったことは否めない。いや、それどころか、ガミラスの誰しもが〈ヤマト〉の到着など夢にも思わぬことであったろう。それを認める訳にもいかないデスラーは、何が何でも食い止めるつもりであった。まして彼自身が背負う大きな使命を果たすには、天の川銀河の地球を手に入れなければならない。
  逆に言えば、〈ヤマト〉さえ潰してしまえば地球はガミラスの支配下に置かれたも同然だ。

「諸君、ガミラスの威信にかけて、〈ヤマト〉を全力で仕留めるのだ」
「「ザー・ベルグ!!」」

  デスラーの激励に幹部達が敬礼で応える。



〜CHAPTER・U〜



  その日の内に、デスラーの意を受けて本星を離れたディッツとガデル・タランは、それぞれ戦力の招集の為に方面を分けた。本星に駐留していた中央軍が空になっている今、どれだけの戦力を掻き集めうるかは不透明であった。
  何せこの時期になって、ガミラス軍の動きの鈍さを嗅ぎ付けた敵対勢力が、ここぞとばかりに攻勢をかけてきているのだ。それが局地的なものであれば前線の指揮官達に任せて問題ないのだが、前線部隊だけでは対処しきれない状況に陥りつつあったのは、大ガミラス帝星にいる幹部達も頭を悩ませられていた。
  大ガミラス帝星は、大マゼラン銀河の6割を完全に支配下に治める大帝国であったが、残り4割程度の宙域で思わぬ逆境に立たされた。これまでに押されていた敵対勢力が嘘の様に息を吹き返しており、無視しえない損害も出始めている。徹底したゲリラ戦術で、最前線と本星の間を遮断して心理的な圧力を仕掛けてきたばかりか、補給線を徹底して狙うことでガミラス軍の衰弱を狙うなど、実に手を焼かれる思いだった。更に一部戦線では停滞は無論、逆に押し返される始末だった。
  デスラーとしても如何ともし難い現状に人知れず苦悩を抱え込んでいた程だ。

(死んでもなお、迷惑をかけてくれるものだな……ゼーリック君)

  また、前線での援軍要請も重なって送られてくるが、本星では中央軍はおろか予備兵力までもが丸きり消えてしまい、援軍など出せる状況にはない。1万隻余りの基幹戦力を引き抜かれ、7000隻が消滅あるいは航行不能に陥り、3000隻しか残されていないのだ。しかも、それら3000隻の大半が各戦線に急ぎ戻るものの、元から配備されていた戦力が元に戻るだけの話で、戦力強化にはつながってはいない。つまり現有戦力で対応する他なく、前線の指揮官達は全面攻勢に出て来た敵対勢力を押し返すのに必死にならざるをえないのだった。
  そして、これからガミラス帝星で行われる〈ヤマト〉迎撃は、場合によってはガミラス帝国の崩壊を導きかねない結果を生む。
  今思い起こしても、ゼーリックが1万隻もの艦隊を引っ張り出したどころか、7000隻もの艦隊を失ったのは痛撃極まる失態だ。ゼーリックの貴族社会への強い執着が生んだ結果は、死してなおデスラーの足を引っ張っていた。

「果たして、どれだけ集められるかな」

  ガミラス帝星を離れたディッツは、座乗艦〈ディルノーツ〉艦橋で重苦しい胸の内を明かせないでいる。残存の基幹艦隊3000隻の内で、直接本星に向かっているのは僅かに180余隻。バラン星の爆縮で大損害を負った艦隊ばかりであるが、戦力は戦力である。とはいうものの、それら艦隊が決戦に間に合うかは不透明であり、どちらかといえば間に合わない可能性が圧倒的に濃厚だった。
  それにしても、とディッツは思う。

「こうも間の悪いタイミングに反攻に出てくるとは……帝都内に潜り込んでいたスパイが、情報を漏えいさせてでもいたか?」

  否定できない可能性であった。ガミラスは勢力を押し広げる反面、多くの敵を作って来た。それは内外共に存在し、親衛隊や秘密警察も血眼になって探し出しては見せしめと処刑していったのだ。当然、反発も生まれるが、それ以上にガミラスの屈強な軍事力がものを言っていたからこそ敵対勢力もガミラスを切り崩せないでいたのだ。
  だが、今回の一件を通じて敵対勢力らも自信を付けていたようだった。何故なら、〈ヤマト〉がガミラスの包囲網を尽く切り抜けたという情報が版図内に存在する反ガミラス派の面々に知れ渡っていただけではなく、版図外――つまり外部勢力にも情報が流れてしまっており、これを受けた幾つかの外部勢力が水面下で結託することで、より確実な情報を得て各戦局を優位に傾けさせたのだ。
  こうも情報が筒抜けになれば、如何に屈強極まるガミラス軍とて隙を突かれてしまえば痛撃を被るのは当然であった。巧妙に狙われた弱点から切り崩され、本星からの増援や補給の見込みもガミラス軍に余裕など存在しない。
  今頃の敵対勢力勢は前線の勝利に意気揚々としているに違いない。
  兎も角は、如何に速く戦力を掻き集めて帰還できるかであった。

「出来得る限りのことはやらねばな……タランも、頼んだぞ」

  友人であるタラン兄弟の健闘を祈りつつ、ディッツは艦隊の招集の為に先を急ぎその場を離れて行った。



  サイレン星での戦闘を制した〈ヤマト〉は、ガミラス艦の残骸が施設に落下するという事態を回避すべく残骸を破壊してみせたが、それでも幾つかの金属の塊が付近に落下し、一体に激しい揺れと衝撃波をもたらした。隕石もサイズが小さくとも破壊力は侮れず、直撃でもすれば大損害を与えること必至だ。
  大地に降り注いだ破片群にやられはしないかと、乗組員達はヒヤリとさせられた。もし、あの施設に命中でもすれば此処まで来た意味がなくなってしまう。あそこに何があるのか……乗組員達を襲った幻覚症状と強く結びつきのある何かがある筈なのだ。それでも是が非でも知りたかった。まして、わざわざ此処まで出張って来たというガーデス少将の口ぶりからも、何か重要なものがあるに違いない。

「艦長、目標の施設より発光信号を確認」
「うむ。古代、直ちに捜索隊を編成し、施設を捜索せよ」
「了解!」

  沖田の命を受けた古代は、直ぐに各科からメンバーを選抜して捜索隊を編制した。この謎の施設においてはガミラスの攻撃も考えられたが、一方で救助の可能性も含まれていることから、捜索隊の中に〈ヤマト〉自律式サブ・コンピューター“AU09”ことアナライザーを組み込んだ。アナライザーは、土木建築等で活用されていた外骨格ユニットに接続され、瓦礫の撤去作業などに効果を発揮する。また情報の解析を担う身として、真田も随伴していた。
  また、この捜索隊には意外な人物も同行することになった。

「……本当に大丈夫なのか、ユリーシャ」

  古代がふと尋ねる人物――イスカンダル第3皇女ユリーシャに尋ねた。透き通った金髪のベリーロングに、アメジストの様な曇り無き瞳は、人を吸い込ませるような不思議な魅力を放っていた。身に纏うのは、〈ヤマト〉乗組員の女性用スーツにも似たもので、身体のラインを浮き彫りにさせる代物であった。
  ユリーシャは、自分の髪の毛先を人差し指でクルクルと弄る癖があり、今も弄りながら古代の問いに答えた。

「私は大丈夫。心配をすることは無い」
「心配するなって言っても……」

  彼女は曲がりなりにもイスカンダルの使者であり王族だ。下手に怪我でもされたら大変ではないか、という心配もあったが、当の本人は危機感が欠如でもしているのか、まったく危機的な意識は見受けられなかった。

「一先ずは、あの施設の探索に向かう。ユリーシャは、安全が確認できるまで救助隊と一緒にいてくれ」

  そう言うと、古代は捜索隊とユリーシャを率いて空間輸送機に乗り込むと、直ぐに地上へ降り立って調査を開始した。当初は、謎の幻覚作用が襲うのではないかと心配の声もあったが、ユリーシャの言う様に、その心配も杞憂に過ぎなかった。幻覚作用は現れず、捜索隊は緊張感に包まれた中で捜索にあたる。

「思ったよりも被害は大きいな」

  地上から見た古代が思わず口に出す程、施設の様子は予想以上にダメージが大きかった。外壁はひび割れ、窓ガラスも殆どが衝撃波の影響で割れている。窓辺に居たら大怪我で済むか疑わしい光景であったのだ。

「戦術長、入り口を確保しました」
「よし、武装隊が先行し、中の状況を確認する。安全が確認でき次第、調査隊と救助隊は続け」
「「了解!」」

  入口らしき部分から施設内に進入した捜索隊は、手始めに武装した部隊を先頭にして侵入させ、施設内部の状況をいち早く確認に掛かった。マシンガンを携帯した武装隊員達が、各部屋の中を慎重かつ迅速に調べ上げ、危険性がないことを確認する。

「第1分隊、クリア」
「第2分隊、クリア」
「……オール・クリア。奥に進むぞ」

  各部隊の報告を受けた古代は、さらに奥の方を調べ上げ始める。

「本当に重要施設ですかね」
「まるで、こじんまりとした住居だ」
「通信機らしきものがあるが、これも破損している」

  中の状況は軍事施設とは程遠いようなもので、どちらかと言えば住居の造りに近い様に思えた。その中には、やや大掛かりな通信機器もあったが、衝撃によって大きく破損し、使用できない状態になっていた。それでも肝心の人の姿がまだ見つからない。いったい、何処へ行ってしまったのかと、捜索隊は崩れた各部屋を探した。

「戦術長、こちらに瓦礫で塞がれた扉があります!」
「分かった。アナライザー、頼む」
「了解シマシタ」

  機動外骨格と一体化したアナライザーが、マニュピレーターを使って瓦礫を次々と撤去すると、次に強力なレーザーバーナーで扉を切断し、入口を確保した。
  空いた扉の中を念のためスキャナーに掛けると、そこに1人分の生体反応が感知され、生存者であろうことが伺えた。
  他に危険性がない事も確認したうえで、切断された扉から地下シェルターへと脚を踏み入れた古代。彼の目線の先にあったのは、天井の崩落によって、瓦礫が散乱した地下室であったが、その中にポツリと独り肩を落として蹲る人の姿を捉えた。見るからに女性の様であり、長い金髪が目を引いたが、古代は翻訳機を使ってその女性――ジュラに声を掛ける。

「君、大丈夫か?」
「……!」

  声を掛けられたジュラは思わずビクリとしてしまうが、直ぐに警戒心を解いた。扉を破って入って来た人達が誰だかを理解した。

「宇宙戦艦〈ヤマト〉戦術長の古代進だ。救助に来た」
「……私は、ジュラ」
「わかった。ジュラ、君の他には――ッ!」

  古代は、ジュラ以外に誰かいないのかを確認しようとしたが、それをするまでもなく理解させられてしまう。ジュラの前に、瓦礫の下敷きになり横たわる女性らしき人物が、血を流していたからだ。

「おい、直ぐに彼女を――」
「もう、いいのです」
「ッ! しかしそれでは……」

  全てを悟り切ったように、古代の申し出をやんわりと断るジュラ。その表情からして、倒れている女性が息を引き取ったことを意味していたが、それでも古代は引き下がること無く、母メラの上に圧し掛かる瓦礫を排除しにかかった。
  おおかた瓦礫を取り除き、メラの亡骸を前にした古代は、聞きにくそうにジュラに尋ねた。

「この人は、君の……」
「母です。メラといいます」
「……そうか」
「あなた方の責任ではありません。これは、致し方なかったのです」
「……すまない」

  そんな古代を見つめていたジュラは、彼を真面目で、誠実で、心優しい地球人だと分かった。また彼には両親も兄弟も失い、本来ならガミラスへの憎しみを一杯に抱え込んでいても不思議では無かった筈だ。それでも古代という地球人は、憎しみという感情に縛られることなく生き続けている。
  母メラの亡骸は、ジュラの頼みでサイレン星に埋葬されることとなった。サイレン星はメラの生まれ故郷であり、一時はガミラス星に住んでいたとはいえど、最期は故郷の土で眠らせたいとの希望でもあった。
  ジュラの希望に沿ってメラを埋葬した古代達だったが、生き残りのジュラをこのままにする訳にもいかない。救助も任務に含まれている以上は、ジュラを〈ヤマト〉に保護する必要があったのだ。それだけではなく、色々と聞きたいこともある。もしかすれば、ガミラスに関する情報を入手できるやもしれないと思ったからだ。

「ジュラ、少し話を聞かせてもらえないか?」
「構いません。ただし、ご希望に添えることは話せないでしょうが……」

  ジュラにしても彼らが考えていることを察していたが、今は大人しく着いて行くこととした。
  〈ヤマト〉に足を踏み入れる前に、捜索隊に同行していたユリーシャと相まみえることとなるが、相も変わらず毒気の無い笑顔と態度で、ジュラに接した。

「ジュラ、久しぶり」
「ユリーシャさん……ガミラス星でお会いした日以来ですね」

  ふとジュラの手を握り再会を喜ぶユリーシャに、ジュラも自然と笑みをこぼした。母メラが言っていたように、不思議なイスカンダル人だった。彼女のジュラを見る眼は、それこそ聖母の様な安心感を与えるものに感じた。

「メラのことは、残念でした」
「お気遣い、有難うございます。母も喜ぶでしょう」
「……ジュラ」
「っ!」

  何かを悟った様に、ジュラをそっと抱き締めるユリーシャにドキリとする。抱きしめられるだけなのに、不思議と安心感に溢れたジュラは、少しの間だけユリーシャの抱擁を受けた。

「……頑張ってね、ジュラ」
「はい」

  それだけ言うと、ユリーシャはジュラを離した。

「それでは、こっちへ来てくれるかい?」

  傍にいた古代が改めて促し、ジュラもそれに応じて着いていった。
  初めて足を踏み入れる地球の戦闘艦に対して、特別な感情は抱かないにしても、〈ヤマト〉に乗る地球人達の必死の思いは伝わる。古代もそうであるように、この艦の責任者たる沖田十三と会った時も強く感じたものであった。彼の心は鋼の如き硬さを持ち、この旅を何としても完遂せんとする強い意思を感じる。
  対する沖田は、ジュラを見て思った。この大宇宙にはヒューマノイド型の生命体が多くいるのだろうか――本来なら進みたかった宇宙の謎を解き明かす科学者への道を一瞬だけ想いを馳せつつも、ジュラに手短に挨拶を交わして本題へと入った。

「ジュラさん、我々が此処に来た理由ですが……」
「わかっております。旅の途中で生じた、幻覚症状についてでしょう」
「……そうです。この星から発せられる幻覚症状を突き止めるべく、我々は来ました。ガミラスも艦隊を差し向ける程に、重要な情報があるものなのかと考えておりました」

  重要な情報は確かにあった。それは、メラの記憶の中に蓄積されていたものであり、ジュラの感知するところではなかった。メラの記憶を探るような真似を、ジュラはしなかったことも関係はあるが、少なくとも、母がどの様な思いでいるかという程度のレベルのみ、肌身だけではなくサイレン人としての特有の能力によって感知はしていた。
  沖田や古代を始めとした地球人達が、ガミラスの重要な情報を得られるという目的で、最初から来た訳ではないにしろ、ジュラはきちんと言っておかねばならなかった。

「あなた方に幻覚症状を送り込んだのは、私の母でした」
「貴女の母親が……ですか。それにしても、どうして、あそこまで個別に幻覚を見せることができたのですか? 差し支えなければ、教えて頂けませんか」

  母親メラ個人によるものだと知って驚く沖田の問いかけにジュラは目を伏せてから、自分らの素性を明かした。

「ご存知ないでしょうが、私と母は、サイレン人という種族です。この種族は、他人の思考を読み取ることが出来る能力を持って生まれてきました。同時に、あなた方が体験したように、相手の特性を読み取ったうえで、それに合わせて幻覚を送り込むことが出来るのです」
「ふむ」
「にわかに信じては頂けませんでしょう」
「いえ、信じます。我々はそれを体験したのです。我々の特性を読み取られた上で、全乗組員に幻覚を送り込まれたのは分かりましたが、腑に落ちない点があります。これは、ガミラスの作戦なのですか? それとも、ジュラさんの母君が独断で行ったことですか?」

  これが、沖田の中で渦巻く疑問だった。
  ガミラスの作戦であるならば、あのまま幻覚症状を送り続けて乗組員らを発狂させることも出来た筈だ。それが、乗組員らが一度の厳格に苛まれて以降は、不思議と幻覚は発生しなかったのである。加えて、サイレン星を破壊するとまで脅したガーデス将軍の発言からも、沖田の疑問は深みを増しつつ、徐々に回答も見え始めていたのだった。
  彼の中では、概ねの回答の方向性は見えていたものの、いまいちハッキリとは出来ない。ジュラの返答次第という所である。
  ジュラは沖田を見つめた。青い綺麗な瞳で、まるで他の者ならば吸い込まれて誘われてしまいそうなほど、汚れなき瞳だったのだ。

「沖田艦長は、心内では既にお答えが出ているかと思います」
「……では、母君が独断で行ったものだと?」
「はい」
「そうでしたか。しかし何故ですか。独断にしても、何故ガミラスからも命を狙われていたのです?」
「それは――」

  全てを隠すことは意味のないことだと、ジュラはある部分のみを残して話した。
  自分らの素性が原因でガミラス星から離れたサイレン星へ隔離されていたこと、滞在していたガミラス星の情報を持っていたこと、同時に〈ヤマト〉の乗組員の情報も持っていたこと、〈ヤマト〉がサイレン星を探ることで情報漏えいを恐れたガミラスが艦隊を派遣したこと……また〈ヤマト〉に幻覚を送り込んだ理由が、単なる自己防衛の為であったことも。
  なお、デスラーが父親であったことは話さなかった。それは、自分がデスラーの血を引く者だとしても、ガミラスの誰がジュラを連れ戻そうとするであろうか。忌避される種族を好んで連れ戻すものなどいないのだ。そんな自分がデスラーの娘だと話す必要は無いと考えた結果であった。
  母メラが取った行動――2人しかいないサイレン星に、危険な輩を近づけまいとした行動が、寧ろ〈ヤマト〉を引きつける結果を生んだことに対してメラは驚くことが無かったばかりか、それはさも当然の結果だと知っていたことも話した。普通ならばサイレン星から離れていくのに、地球人はそうはしなかったのだ。それが〈ヤマト〉なのだと。

「最期に、母は言っていました。ガミラスにも〈ヤマト〉にも情報は流さない。全力を尽くして戦うのだと……」
「……分かりました。もとより、我々は地球の未来の為に、この航海を成功させるのが使命です。その為に、全力を尽くす……ただ、それだけであります」

  普通ならば情報を否応にでも引き出させようとするのが軍人であろうが、沖田はそれをしなかった。母メラが言い遺した通り、今できることを最大限にやり遂げるのみだと戒めたのである。
  ふと沖田の心に垣間見えた決意に、ジュラは差し出されたコーヒーを口にしてからポツリと呟いた。

「本当に、不思議です」
「何がですか」
「私達の能力を知って、忌避しない人間はごく稀です。それに、この星から遠ざける為とはいえ、幻覚症状を送り込んだのに……あなた方が私に向ける視線に、悪意や忌避、嫌悪感というものをあまり感じないのです」

  その言葉に、沖田を始め、同席していた古代も、ジュラを始めとしたサイレン人が、どれ程に虐げられてきたものかを悟らざるを得なかった。心を読む力を持つというものは、邪な心を持つ者達からすれば恐るべき能力であり、徹底して排除に掛かっていったのだ。今この宇宙で、サイレン人がどれ程に生き残っているかなど分かったものではない。何処かで細々と生きているかもしれないが、ジュラでさえ分かることではなかった。
  〈ヤマト〉がサイレン星で得られた情報は、殆ど無いに等しい結果に終わった訳であるが、残された問題はジュラをどうすべきかである。彼女を連れて旅の航海を続けるか、違う星で降ろすか、この星に留まるか……非常に悩ましいところではあった。
  だが、ジュラの心は決まっていた。

「沖田艦長。一つ、我侭を聞いていただいてもよろしいですか」
「どうぞ」
「この施設には、長距離航行が可能な宇宙艇が格納されているのですが、今の戦闘の影響で出すことが出来ないのです。そこで――」
「修理をお願いしたいと?」
「……はい。大変に厚かましい限りではありますが……」

  ジュラは、このサイレン星に留まり続ける意思はあったが、今後のこともある。万が一の時に備え、宇宙艇を動かせるようにしておきたかったのだ。幸いにして使っている機関は波動エンジンで、〈ヤマト〉の技術者達でも十分に対処できる。
  彼女の願いに対して沖田は断りはしなかった。

「良いでしょう。やや日数的に余裕があります。どのみち、貴女の住まいのこともある。出来ることはやらせて頂きましょう」
「有難うございます、沖田艦長」

  “ゲシュ=タムの門”のお蔭で3ヶ月分の日数を稼いだ今、〈ヤマト〉には多少の余裕があったのは事実だった。また惑星レプタポーダで得た資材もある。これを使って、損壊した住まいの修繕と船の修理に全力を注いだのであった。
  日数的に言えば、2日程度であったろう。それでも、技術班の迅速な行動のお蔭で住まいは概ね元に戻ることが出来た。宇宙艇の修理も完了し、沖田はジュラの要請を果たしたことになる。
  ほんの僅かな日数ではあったが、ジュラは沖田やクルーに礼を述べ、その後に旅立つ〈ヤマト〉を見送ることとなった。

「……お母様、本当にこれで良かったのでしょうか」

  小さくなっていく〈ヤマト〉の後姿を、見えなくなるまで見続けるジュラの胸の内には、言いようのない不安感が湧きつつあった。



※主要登場人物


名前:ユリーシャ・イスカンダル
年齢:19歳(地球換算)
肩書:イスカンダル第三皇女
詳細――
  イスカンダルの皇族の生き残りで、スターシャ・イスカンダルの妹。姉にサーシャ・イスカンダルがいたが、既に故人となる。
  〈ヤマト〉に同乗し、地球人を観察する。



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