機動戦艦ナデシコ

〜The alternative of dark prince〜








第十話 『姉』、襲来










「……覚悟しい」


その人は……両手に包丁を逆手に持ち、両腕を交差して構えている。

その包丁は良く手入れされているようだ。自分が料理に関わっているので分かってしまう。きっと良く切れるのだろう。一料理人として、それが振るわれるのは 今後のためにも見てみたいものだ。

ただ……それが向けられるのが、様々な食材たちだったならの話だ。

何の因果か、その人は間違いなく俺の前に立ち塞がっているのである。





俺は、また命の危険に晒されていた。





ハーリーくんとの死闘の末、男の友情を築き上げることができ、一件落着したと思っていたのに。

何故? 何故だ? 何故なんだ? 俺はそんなに悪いことばかりしてきたのか?

これはもう、記憶を失う以前の俺が宇宙規模の極悪非道で冷血でひとかけらの慈悲もない暴君にして救いようのない大量殺人犯でもなければ納得出来そうにない ぞ。

……案外その通りかもしれない。

だが、もしもそうでないとしたら一体全体これはどういうことなのだろう?

俺はこの理不尽をなんとか解明するため、今まで何があったのか思い出すことにした。

それまで待ってくれれば良いのだけれど。










トンテン


「……なぁ」

「……」


トンテンカン


「なぁ、アッキー」

「……」


トンテントンテン


「なぁってば! なぁ! アッキー、聞こえとるんか? 何で僕まで手伝わされなきゃならんのや」

「……」


トンテ……


「煩いっ! 黙って手を動かせ! 誰のせいでこんなことになったと思ってんだ!?」

「あ〜。僕の、せい?」


こいつはぁ〜。

現在、先の戦闘で半壊どころか七割がた崩れてしまった道場を修復中。

だからコンクリート製にした方が良いって言ったのに。ソウさん、「お前さんは何も分かっちゃいねえ。道場ったら木なんだよ。それ以外は邪道だ」とか良く分 からないことを言ってとりあってくれないし。ほとんど俺に修理させるくせに。

いや、コンクリートだったところで道場の崩壊は避けられなかっただろう。いったいどこのどいつだ? ハーリーくんにあんな物騒な兵器を与えたのは。死人が 出なかったのはまさに奇跡だ。

そうか。ようやく分かった。その分俺が不幸になっているんだ。俺は皆のために、世界のために自分の命を削っているということか。畜生め。


「アキさん。アキさんも手止まってますよ」

「あ、ああ。ごめん」


勿論、打っ壊した張本人であるところのハリ・ガン……ハーリーくんも修理をしている。

あの時の態度と口調はどこへやら、ハーリーくんはいつの間にか元に戻っていた。もしかして二重人格?


トンテン


「ところで、ハーリーくん?」

「何です?」


トンテンカン


「引き分けの場合はどうするの?」

「負けるつもりがなかったので考えてませんでした。でも、もういいんです」


おおう。たいした自身だ。

うん。でも、あの状態のハーリーくんは……強かった。きっと一対多では無敵だったろう。


トンテントンテン


「そう。それなら痛み分けってとこかな」

「そうですね。アキさん、これからもよろしくお願いします」


ハーリーくんは律儀に頭を下げてきた。

だが、俺たちは熱い友情で結ばれた仲。そいつは今更だ。


トンテンカンカン


「ハーリーくん、俺たちにもうそんな言葉は無用だ」

「あ、そうでしたね。ですが……艦長に何かあったら許しませんよ? ……その時は確実に葬ってあげます……」


トンテン……ガンッ!


……痛い。

もうあんなのはごめんこうむる。


「ああ。覚えとくよ。おい、ジン。いつまで休んでるつもりだ? 今日中に終わらないだろ。……ん?」


ジンの方を見ると、ジンは何やら俯いて肩をガクガク震わせていた。

持病の発作か? って、そんなもんあったっけ?


「どうした? ジン」

「ああああああっ! もうっ! やっとれるかい! こんなもん!」


金鎚を床に叩きつけて突然奇声を上げた。

突っ込みというわけではない、か。


「何言ってんだよ。今日中に終わらせろって言われただろ」

「せやかて終わるわけないやろ? 大体何のための科学や。僕らの手で全部直す必要どこにもないやないの。ちゅうか逆に時間かかるし意味ないやん」

「壊した罰ですよ」

「それやったら、アッキーとハリくん二人でやったらええやろ。何で僕までこないな労働に従事せにゃならんのや?」


知れたことを。


「そういえば、ジン。俺とハーリーくん引き分けだったんだけど、あのトトカルチョの掛け金は一体どこへ行ったのかなぁ?」

「うっ。……な、なんのことぉ? 僕ぜ〜んぜん分からへんなぁ。なんのことやらさ〜っぱり。アッキーちょっとおかしいのとちゃう?」


急に挙動が不審になるヤソガミ・ジン。

わざとらしすぎるぞ。あまつさえ口笛なんか吹き始めやがった。

こいつ本当は頭悪いんじゃないのか?


「眼を逸らすな。おかしいのはお前だ」

「そ、それよりっ。もうやめや。やめやめ。あとは業者さんに頼んだらええて」

「話を逸らすな」

「それになぁ、もう飯時やで。続けるにしたって飯食わんと力出ぇへんやろ」

「そんなこと言って、そのまま逃げるつもりじゃないだろうな?」

「そんなことせんて。アッキー、少しは僕を信用したらどうなん?」

「出来るか」

「あはは……。それはそうと、アッキーまた飯作ってぇ。ハリくんも食べたいよな?」

「はい! それは勿論!」


ハーリーくんを味方につけやがった。卑怯な奴め。

だが……今日中に終わるわけがないというのは確かだな。


「分かったよ。飯にしよう」

「「やたーーーーーー!!」」


現金な奴らだ。でも、そこが良いとこでもある。

そして、俺たちは道場を出ようとした。

……と、開けようとした扉が勝手に横にスライドした。

はて、この道場の扉は果たして自動ドアだったろうか? いや、あのソウさんがそんなことを許すはずがない。

だとすれば、考えられるのは誰かが開けようとしているということだけだ。


「……あ」


俺が固まっている間にその人物は音も立てずに扉を開け……音も立てずに閉めた。

……あれ?


「どないしたんや? アッキー。そんなとこに突っ立っとったら出られへんやん」

「ああ。今な……」


すると、また音もせず扉が開いた。そして、先ほどの人物が入ってきた。女性だ。

それらの動作は、何て言うか。そう、とても雅やかだった。

動作だけではない。その女性は和服を身に着けていた。足には勿論足袋と草履。髪型は、耳の横で二束長めに垂らし、後ろは短めに切りそろえている。前髪は眼 を隠している。一挙一動からその格好、雰囲気まで完璧な和風美人といった感じだった。

ただ、ひとつ問題があった。……その女性は。いや、女性と言って良いのだろうか? ……もの凄く小柄だった。おそらくハーリーくんくらいの身長しかないだ ろう。はっきり言って小さい。


「姉ちゃん!?」

「え?」


ジンが俺を押し退けて言った。

ん? ジンがお姉さんと呼ぶということは、この子供みたいな人が……。

そういえば、どことなく似ているような気がする。眼が隠れているあたりが。


「あ、ジンくん。こんなとこにおったんやね。部屋に行ってもいいひんから、お姉ちゃんえろう探したんよ?」

「姉ちゃん、何しに来たんや? 用事があるんやったら連絡してくれっていつも言っとるやろ」

「かんにんなぁ。これ渡しに来ただけやから」


そう言って、小柄な和風美人さんはジンにでっかい包みを差し出した。


「はい。お弁当」

「げ、また作って来たんかいな。しかも十五段。こんなにいらんって言っとるのに」


なるほど。重箱なのか。って、十五段!? あいつ、いつもあんなの食べてたのか?

恐るべし、ヤソガミ・ジン。……と、その姉。


「ああぁ。ジンくんがやさぐれて……。お姉ちゃん、そんな子に育てた覚えはありませんよぉ」

「ああっ! すまんすまん。ありがたく食べさせてもらいます」


ジンは必死だった。

小柄な和服美人さん、見た目と性格はイコールでは繋がらないみたいだ。


「ホンマにぃ?」

「ああ。ホンマや。姉ちゃんの料理は世界一やから」

「もう、ジンくんてば。こそばゆいやないの。分かればええんよ」


凄い変わり身の早さだ。

ジンは高く積み上げられた重箱を受け取り、俺たちの方を向いた。


「そういうわけやから。すまんけど二人で行って来てな」


そして、ハーリーくんは言ってはならないことを……口にした。


「ええぇ〜。一緒にアキさんの料理食べるんじゃなかったんですか?」

「あああぁぁぁっ! 馬鹿っ! ハリくん、それはあかんって!」


……。

あ、この感覚は。

あの時のような、その時のような。

兎に角、ヤバイ。きっと何か……来る。俺の防衛本能が泣き喚いている。咆哮している。慟哭している。


「…………」

「ね、姉ちゃん? 何でもない何でもないよ〜」

「……ジンくん」

「な、何やろなぁ?」

「アンタぁ。また、やの? まだ分かってへんの?」

「あ、うううぅ」


小柄な和風美人の纏う空気が変わった。

それは、とても静かだが、もの凄く危険だと思った。


「それと、そこの僕ぅ?」

「ひ、ひいいいいぃぃぃ!」


今度はハーリーくんに視線を向けた。眼見えないけど。

ハーリーくんは泣きそうだった。


「アンタ今、何て言わはったん? お姉さんに教えてくれるぅ?」

「あ、あのっ。だから、いっ、しょに……アキさん、の……その、料理を……」


ハーリーくんはいっぱいいっぱいだった。ルリちゃんで鍛えられているはずのあのハーリーくんが、だ。

この人、ルリちゃんと同格。もしくは……それ以上?


「アキ?……アキ……アキアキアキアキアキアキアキアキ……」

「はいっ! テンガ・アキさんですぅ!」


ちょっと待て、ハーリーくん。そいつは拙いって。なんとなく。

あ。いつの間にか小柄な和風美人さんの両手には……包丁が握られている。

どこから!?


「うふふ。うふふふふふふ」


小柄な和風美人さんは笑い出してしまった。その笑いの名は……狂気……。

ジンよ、お前の恐怖良く理解した。


「そうどすかぁ。アンタが、アンタがうちのジンくんを……」

「ええっ!?」


狙った獲物はハーリーくん。

ふぅ、助かった。


「ち、違います違いますっ! アキさんはあの人です!」


ハーリーくんは俺を指差した。

助かってなかった。

な、何てことを……。


「そうかぁ。こっちの方どすかぁ」


ゆらり、と今度は俺の方を向いた。

キュピーン! と漫画みたいに眼が光ったような気がした。

ま、拙い。足がすくんでしまって逃げられない。ここは助けを……。

ジンを見る。

なに? 「すまん。バレたっぽい。諦めて」じゃあるか! 助けろよ!

ハーリーくんを見る。

俺たちの間に言葉は不要。瞳で語る。「ごめんなさい。成仏してください。お線香は上げに行きます」って、そんな殺生な!

男の友情はかくて崩れ逝く。


「……アンタが、アンタがうちのジンくんを誘惑する泥棒猫……」

「誘惑って、誤解です誤解っ! それに泥棒猫ってそれ男に言う台詞じゃないですよ! お願いですからその物騒なモノを収めて下さい!」

「三枚にオロシテやるさかい、動きはったら痛いどすえ?」

「殿中でござるっ! 殿中でござるよおっ! お願いですから話をっ!」


パニックのあまり変なキャラになってしまった。

そんな俺に、彼女は冷めきった視線を送る。眼見えないけど。


「……覚悟しい」











回想終了。

はっ!

そうか、そういうことだったのか。ここに前に聞いたジンの話を組み込むと、導き出される結論はただひとつ。犯人は……じゃなくて。

……腹いせだ。

俺がジンに飯を作ってやったのがバレたということだ。今なら分かる。あの時のジンの醜態。きっと俺もそうなることだろう。……生きていれば。


「うふふ、うふふふふ。あはははは」


笑いながら小柄な和風美人さんは俺との距離を少しずつ詰めて来る。

拙い、拙いぞ。この人アブナイ人だ。


「ひひひ。ケケケケケ」


そんなに動いているわけじゃないのに巧妙な足捌きで俺はじりじりと壁際に追い詰められてゆく。この人、出来る。

ジンとハーリーくんは、反対側の壁に非難していた。

貴様らあとで覚えとけ。


トン……


それは、俺の背中が道場の壁に当たる音だった。

うわ、前回に引き続き絶体絶命。


ヒュ、ヒュッ

タンッタンッ


俺は道場の壁に包丁で縫い付けられてしまった。


「さあ、大人しゅうしとうおくれやす? 狙いが外れたら痛いだけどすえ」

「うあ、あ、あ」


もう逃げ場は、ない。

あと出きることと言ったら……。

そうだ、命乞いしかない!


「ま、待って下さい! 俺はジンのっ、いえ、ジンくんの親友なんですっ!」


だ、駄目か?

しかし、小柄な和風美人さんはその手を止めてくれた。


「なんやってぇ?」

「だ、だから、俺とジンくんは親友なんです!」

「え? ジンくん、それホンマやの?」


ジンはぶんぶんと頷いた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「かんにんなぁ」


それだけか!?

いや、でも、どうやら助かったみたいだ。

よくやった、ジン。お前は親友だぜ。


「始めまして、になりますなぁ。うちはヤソガミ・シノ。ジンくんの姉どす。よろしゅう頼んます」

「あ、俺テンガ・アキです」


貼り付けられた状態でなければ、普通の挨拶だった。


「あら? あらあらあら」


シノさんはその身長のため、つま先立ちをして俺の顔を覗き込んできた。

うあ、近い。近過ぎですよ。シノさん。

眼が隠れていて表情が伺えないので、余計に困る。

今度は違った意味でピンチだった。


「ん〜、んん? んんん〜?」

「な、何ですか?」

「テンガはん、よう見たらかいらしい顔してはるなぁ」

「は、はぁ」

「…………」

「…………」


見詰め合う男女。

こんな状況でなければさぞかし絵になることだろう。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………。好き」

「は?」

「愛してる」


そう言ってシノさんは俺の腰のあたりに抱きついてきた。

はい? 何を……。


「テンガはん、ウチに嫁に来ぉへん?」

「え? え?」


な、何なんだこの人。何のつもりだ? ていうか、嫁?

ジンに視線で説明を求めた。


「これにて一件落着、や」

「ちょっと待てえええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」


今日も絶叫。絶好調。















<あとがき……か? これ>

こんにちは、時量師です。

前回、黒い鳩さんに「コンボマスター」なる称号を賜りましたが、正直なところ時量師には不相応かと思います。

まだまだまだまだ、です。

さて、第十話。小さいお姉さん。ヤソガミ・シノ。満を持しての登場です。

京都弁……難しいです。最近では関西弁も混ざってきているようですし。調べながらの執筆だったのですが、思うようにはいかないものですね。

でも、京都弁良いですよねぇ。時量師は響きが大好きです。

しかし、アキくん。本当に不幸な人です。彼の明日はどっちだ!?

では、また次回。




感想

時量師さん京都弁をマスターしてくるとは恐るべし… 

努力が違います! どっかのホエホエ作家と比べ物になる筈もありません! コンボマス ター改め方言マスターですね!

ぐは!? いつもどうやってそんなグサッとくるネタを…って、方言マスターは今一しまらんぞ…(汗)

そうですか? 結構良いネーミングだと思うんですけど。

センスゼロっすね…

何か言いましたか?

…そっ、それより感想の方に行くことにします。

今回は、ジン君の姉シノさん、です ね…京都弁、難しかったでしょうに…貴方がへんな事言った所為ですからね!!

でも、頑張ってマスターしてくるあたり頑張り屋さんです。そのお陰でソノさんもキャラが上手く立ってますね♪

単にトゥインクル☆スターシップの柊・真秀(ひいらぎ・まほろ)さんが好きなだけでしょう?


うっ、否定できない…あれは庄司卓先生の作品の中でも結構思い切った作品だからね〜

単にハーレム物が好きなだけでしょ う? 4999人の少女(一部女性)と男一人なんて無茶な設定ですしね。

でも、その割には男性キャラも結構多く出てきたりするんだけどね。

トゥインクル☆スターシップに乗り込んでいるのは主人公以外女性でしょう…

ま…まあね…

そんな事より感想の続きはどうなり ました?

今回は結構ボリュームあったから、色々ネタが入ってるね。ハーリー君とアキ君の友情とか、シノさんの嫁に来ないか発言とか(爆)

嫁に来ないか発言はかなりインパク トありましたからね、それはそれとして、今回は私の出番なしですか?

いいじゃないか、たまには。

そうは行きません、私がヒロインである以上出ずっぱりでなければいけません!

誰もヒロインだとは言ってないと思うけど?

ええ!? ヒロインじゃなかったんですか!?

ははは…
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