機動戦艦ナデシコ

〜The alternative of dark prince〜








第二十話 「やきもち」の向かう先


















見るのはいつも、同じ夢だ。















薄暗い廊下。


淡い緑色の光。


研究所。


足音。


走る銀髪の少年。


金色の左眼。


逃げる。


逃げる。


逃げる。


右へ。


左へ。


真っ直ぐ。


右へ。


左へ。


真っ直ぐ。


逃げる、逃げる、逃げる。


求めるものは自由。


迫る影。


男たち。


少年を追いかける。


少しずつ差は縮まる。


幾度目かの角を曲がる。


遠くに差す光。


出口。


希望。


六十歩。


五十歩。


四十歩。


三十歩。


二十八……二十五……二十三、二十二、二十一……。


少年の背後。


編み笠の男。


刀。


口元が醜く歪む。


愉悦。


狂気。


振り下ろされる刀。


血。


血。


血。


血。


血。


追いつく男たち。


取り押さえられる少年。


男が何か言っている。


恐怖。


怒り。


憎悪。


殺意。


男たちを振りほどく。


走る。


奔る。


光へ。


手を伸ばす。


光を掴むために。


希望を。


願いを。


夢を。


そして――――未来を。


しかし、


それは断ち切られる。


飛び散る鮮血。


背中の痛み。


薄れる意識。


蒼銀の光。


包み込む。


暖かい。


そして、懐かしい。










断絶。















…………。

これは俺の記憶。

あの少年は俺自身だ。

だけど――――違う。

俺の記憶であって俺の記憶ではない。

俺であって俺じゃない。

わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。

それでも、

見るのはいつも、同じ夢。
















その夢には続きがあった。
















俺は道を歩く。


屍で出来た道を。


大人も。


子供も。


男も。


女も。


区別なく。


隙間なく。


それらはすべて物言わぬ骸。


俺は道を歩く。


屍で出来た道を。


だが、


その道を歩く俺も、また死人。


死人が死人を踏みしめて。


足の裏の感触が妙に生々しい。


俺は歩く。


ふらふらと。


ゆらゆらと。


さながら幽鬼のように。


振り返ることはしない。


振り返れば、折れてしまうから。


歩みをやめることもない。


やめればそれが、自己の破滅になってしまうから。


そして、既に戻る道はないのだから。


そして、止まることなど出来はしないのだから。


俺の脚に何かが絡む。


それは骸たちの腕。


縋りつくように。


阻むかのように。


顔のない骸たち。


彼等は。


彼女等は。


俺が殺してきたヒトたちだ。


俺が踏みつけ、踏み躙ってきたモノたちだ。


音が聞こえる。


否。


それは声だ。


聴こえないはずの声が聴こえる。


もうやめて、と。


もう沢山だ、と。


そして、


もう良い。


もう良いのだ、と。


死人が喋るはずはない。


死人が何を求めると言うのか。


錯覚でしか、有り得ない。


だから、俺は止まらない。


止まれるはずもない。


心は既に朽ち果てたのだから。


俺は道を歩き続ける。


だけど、


どこへ行くのだろう?


いつまで歩けば終わるのだろう?


これが、


これが俺の罪。


これが俺の罰だと、そう言うのだろうか?


俺は歩き続ける。


どれだけ歩いたのか。


何のために進むのか。


もう思考さえ麻痺してきた時だった。


道が――――途切れた。


そして、


俺は立ち止まった。


そこにあったのは箱だった。


金色の大きな箱。


タイセツナモノが入った宝箱。


手を伸ばす。


と、


箱が動き出す。


生きているかの如く、脈動する。


まるで、花弁のように。


一枚一枚。


開いてゆく。


ゆっくりと。


一枚。


また一枚。


その中から。


影が。


人影が。


二つ。


■■と。


■■の姿を。


模って。


その間、


二人に挟まれるように。


包まれるように。


俺の、


俺自身の、










――――骸骨が。




















「……ん。……くん。アキくんっ!」

「っ!?」


あ、あれ?


「はぁ〜。やっと起きたぁ」

「ひ、ヒカルさん!?」


間近にあったのは、ヒカルさんの顔面だった。


「そうよんっ♪ アマノ・ヒカル推定十八歳で〜すっ♪ ヨロシクぅ♪」


ビシッと決めポーズ。


「……」

「あれ? 外しちゃった? ま、いいや。とりあえず、おはよう」

「……ああ、えっと、おはようございます」


……おはよう? 

俺って寝てたんだっけ。ううん、どうも頭がうまく働いてないみたいだ。

ええと、確か昨日プロスさんに会って……それから……そうだ、ヒカルさんをナデシコクルーとして誘いに来て、漫画を手伝わされて、激辛……超辛カレーを 作って……ああ、あれは俺の生涯最凶の出来だったなぁ……で、ベタ塗りを終えて……力尽きて寝ちゃったのか。


「お〜い。まだ寝てるのかな?」

「あ、もう起きました。問題ないっす」

「そう? すんごくうなされてたけど、大丈夫?」

「うなされて?」

「うん。何か怖い夢でも見たんじゃない? しつこい担当編集者に追いかけ回されたとか、24時間耐久でイズミのギャグを聞かされ続けたとか。わっ! 自分 で言って鳥肌立っちゃったよ〜」

「はぁ」


良く分からないけど、多分そんな夢を見るのはヒカルさんだけじゃないか。


「だからこうやって起こしたんだよ。みんな心配してたんだから」

「え?」


気が付くと、ハーリーくん、サブロウタさんが心配そうな顔で俺を見ていた――そして、ルリちゃんも。


「っ!」


反射的に顔を逸らす。

何故だろう? ルリちゃんの顔を正視出来ない。いや、したくない。そこにいるのを確認したいのに……。

いや、何考えてるんだ俺は。

頭を二、三回強めに振る。

頭が冷え、覚醒していくのを感じる。

よし。


「おはよう」


自然に言えた、はずだ。


「アキさん、大丈夫なんですか?」


ハーリーくんが深刻そうな顔で言う。


「ああ」

「よしよし! それにしても、みんなぁ、ありがとねぇ〜。ほんっっっと、助かったわぁ〜」

「な〜に言ってんですか。困ったときはお互い様。それに、貴重な体験させてもらいましたよ。なぁ、ハーリー」

「……僕は嫌でした」

「そうつれないこと言うなよハーリー。可愛かったぞ?」

「な、何言ってるんですか!? サブロウタさん、あなたは変態ですかっ!」

「……ふふ」


いつものようにハーリーくんをからかうサブロウタさん。

いいように遊ばれるハーリーくん。

それを見て、ほんの少しだけ可笑しそうにしているルリちゃん。

いつも通りだ。

そう、何も変わっちゃいない。

ただ、

二人の漫才を見ながらヒカルさんが何やら凄い勢いでメモしているのが、若干気になるだけだ。

……ヒカルさん、危険なこと考えてないよな?


「ところでルリルリ」

「はい?」

「わたしはどうすればいいの?」

「そうですね、プロスさんに参加と伝えておきますから、連絡が入るまで待機していて下さい」

「ん、わかった。ルリルリたちは?」

「これから何件か廻って、それからセイヤさんのところへ」


セイヤさん。

ウリバタケ・セイヤ。ナデシコ整備班の班長だった人だ。

話によると、少々アブナイ趣向の持ち主なのだそうで。


「あ〜」

「どうしました?」

「ウリぴー、多分いないと思うよ」

「え!?」


声を上げたのは、意外なことにハーリーくん。

……何でハーリーくんが驚くんだ?


「いない、ですか? 赤ちゃん、もうすぐなんですよね?」

「うん、そうなんだけど。なんかね、ちょっと出掛けてくるって言ったまま帰って来ないんだって」

「そうなんですか。でも、一応は行ってみます」

「そう? じゃあ、頑張ってね。は〜、わたしもリョーコたちに会うの久しぶりだな〜」


そして、みんなで朝ごはん(勿論作らされた。カレーとは別)を食べて、俺たちはヒカルさんの家をあとにした。

ちなみに、ナデシコ食堂の裏メニューに超辛カレーが加えられることが決定したのはこの時だった。















「これで二十人目。歴戦の勇者、また一人脱落っと」


ハーリーくんはノート型のコンピューターを何やら嬉しそうに動かしている。

覗いてみると、旧ナデシコクルーの顔写真が並んでいて、不参加者には赤く×印がしてあった。

仕事熱心だなぁ。


「まぁ、この人がいないのは残念ですけど、不幸中の幸いと言うか……」


新たにウリバタケさんのところに×印が追加される。

……今の。ハーリーくん、ウリバタケさんと知り合いなのか?

結局、ヒカルさんの言ったとおりウリバタケさんはいなかった。奥さんの話だと町内会の寄り合いに出掛けたそうだが、それはヒカルさんの話と食い違ってい た。

しかし、ルリちゃんは挨拶もそこそこに退散してしまったので、俺は何も言うことが出来なかった。

で、午前中はキリをつけて只今『日々平穏』にて昼ごはん中なのだ。


「火星丼お待たせ!」


ホウメイさんが威勢の良い声と共に火星丼を運んできた。


「あ、すいませ〜ん」

「ハーリー。しつこいぞ、お前」

「だって」

「だって、何だよ?」

「そんなに昔の仲間が必要なんですか?」

「必要」


黙々とラーメンを啜っていたルリちゃんが短く答える。


「別にいいじゃないですか! 僕たちだけでも。まぁ、エステバリスのパイロットの補充は良しとしましょう」


俺を見ながらハーリーくんは言う。

何だよハーリーくん。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなんだい?

……畜生。わかってるよ。俺が頼りないってことくらい。


「艦の操縦は僕だって出来るし、戦闘指揮はサブロウタさんだっているんだし。僕たちは連合宇宙軍の最強チームなんですよ!? ……ひとりを除いて」


くぅう。い、言い返せねぇ。


「リタイヤした人たちだって今の生活があります! 何が何でも懐かしのオールスター勢ぞろいする意味があるんですか?」

「でもさ、ハーリーくん。このままじゃ、やっぱり厳しいんじゃないかな?」


自分のことを棚にあげて、意見してみた。


「あ・な・たのせいでね」


ぐあっ!

ひ、ひどい。

俺だって、俺だって……エステバリスの操縦、最近はさ、ちょっとうまくなってきた気がするんだよ? ……ちょっとだけ。つい最近だけど。


「ハーリー。いい加減にしろ」

「ねぇ、艦長! 答えて下さいよ!」


ハーリーくんの声が段々と大きくなる。

だが、ルリちゃんは答えない。

ただ黙々とラーメンを啜り、スープを飲み干した。

経験上、この先の展開は何となく予想できてしまう。


「ハーリー!」

「僕はそんなに頼りないですか!? 艦長!!」


そして、ルリちゃんは止めの一撃を、放った。


「……ホウメイさん、おかわり」





「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」





……やっぱり。


「ハーリーくんっ!」

「ハーリー! おいっ! 金払えよおいっ!」


って、そこかよあんた。


「いいのかい? 追いかけなくて」

「いいんです」

「本当に?」

「私たちだけでは敵には勝てない。それはあの子だってわかっているはずです」

「わかっていても、割り切れないものだってあるよ?」

「……」

「そう、人間だから。あの子はやきもち焼いてるねぇ。昔のあんたの仲間に、昔のナデシコってやつにさ」

「やきもちか」

「やきもちっすか」


ハーリーくん……そんなこと考えてたのか。


「――あんたも、ね」


ホウメイさんは――多分俺に向けていったのだろう――そんなことを呟いた。


「え? それってどういう……」

「おい坊主。手分けして探しに行くぞ」

「え? あ、ああ。はい」


はぁ、どこから探したらいいんだよ。










果たして、

ハーリーくんは直ぐに見つかった。

それは何も問題がなかった。

問題なのは、見つけたその状況だった。

ハーリーくんは、…………天国に、旅立っていた。

そう、マシュマロ天国というやつに。

……べ、別に羨ましくなんか、ないぞ。断じて。うん。

後になって知ったことだが、ハーリーくんが衝突した谷間……女性は、偶然にもナデシコの元操舵師――ハルカ・ミナトさんだった。










帰りの電車の中、俺はただ無言で揺られていた。

思い出すのは、ホウメイさんの言葉。

「――あんたも、ね」……話の流れからすると、俺も昔のナデシコってやつにやきもちを焼いているということなのだろう。

やきもち。

やきもち、か。

確かに、ルリちゃんとルリちゃんの昔の仲間が話しているところを見ると、何だかもどかしいような苛々したような気分になるような気がする。

だけど、

それは、何か違う気がする。

いや、わかっている。

この気持ちは。

そう、俺のやきもちは昔の仲間にではなく――――


「アキさん」

「うわ、むぐ……」


突然声を掛けられ、大きな声を上げかけた俺の口をルリちゃんの手が塞いだ。


「二人が起きてしまいます」

「あ、ごめん」


ハーリーくんとサブロウタさんは一日中歩き回って疲れたのだろう、気持ちよさそうに眠っていた。

ハーリーくんはサブロウタさんの肩に寄り掛かって、「かんちょお〜」などと寝言を言っている。微笑ましい。

…………。

乗客は俺たちだけだし、二人は眠ってしまっているので、今はルリちゃんと二人きりということになる。

久しぶりだから、何だか緊張しちゃうな。


「どうしたの?」

「以前、あなたとアキトさんの関係について調べてみると言ったのを覚えていますか?」

「……うん」


それは、

それは、ずっと、気になっていたことだ。

俺とテンカワ・アキトとの関係性。

ずっと、ずっと、訊きたくて訊けなかったことだ。

今、それを訊いてもいいと言うのか?

…………。

いい、はずだ。

俺は、恐る恐る言葉を紡いだ。


「俺は――――誰なの?」


その言葉を訊いて、ルリちゃんは――何故だろう?――少し悲しそうな顔をしたあと、決心したように口を開いた。


「――――」


が、

その言葉は、すれ違ってゆく電車の音に、掻き消された。


ずきん!


そして、

不思議と、

視線が、

俺の視線が、

引っ張られるように、

導かれるように、

すれ違う電車の方へ――――










鏡の向こう側――――黒ずくめの男が、そこにいた。




















<あとがき……か? これ>

こんにちは、時量師です。

自惚れかも知れませんが、待っていてくれた方々へ。

本当に申し訳ありませんでした。謝ることしか出来ないことがとてももどかしいです。言い訳は致しません。存分に呆れてやって下さい。勢いが良かったのは最 初だけか、と。

そして、クイック二式さんへ。

掲示板に感想を下さっていたにも関わらず、無視したような形になってしまい、すみませんでした。

呆れてください。怒ってください。罵ってください。

本当にダメダメな作家ですね。

……。

見棄てられていないことを願いつつ、あとがきをば……。

クルー集めが終わりました。

前回で出番の少なかったヒカルちゃん。出番を増やしてみたのですけれど、ヒカルちゃんっぽい台詞が書けたかどうか不安で一杯です。

ミナトさんは台詞なし。ファンの方がいたらすみません。

そして、アキくんとアキトくんの関係はいまだ明かされず。予定としては次の次くらいにアノ人が説明してくれるはずです。

次回は勿論あのシーン。北辰さんも月臣さんも出てきます。そして、何より、初めて本当の意味でアキトくんとアキくんが出逢います。

モチベーションが上がってきました。頑張ります。

最後に、こんな駄目作家の文章を読んで下さった全ての方々へ、心からの感謝を。

ではでは。







感想

時量師さんお久しぶりです♪ まあ誰でもモチベーションの低下する時期と言うのはあります。

それ程御気になさる事無いですよ。むしろ、良くぞご復帰なされた! そお祝いいたします♪ 

そうですね、時量師さんがいない間に、この
駄作家ときたら、

新連載なんか始めてしまって…お陰で〜光と闇に祝福を〜は進まないわ、時量師さんとの約束のナデライドは書けなくなるわで無茶苦茶です!


そうはいっても、人間できる事に限界があるって(汗)

まあ脳みそ3ビットな貴方には当然 でしょうけど。感想書かなくていいんですか?

そうだったね、復帰されたのが嬉しくてつい遅れてしまった。

先ず、今回はアキ君の中にある悲しみ、アキト君とシンクロする部分、精神的な繋がりを示す部分だね。

どうにも、ココまで来てしまうと最後までアキ君が居るのかどうか微妙な気もしてくるね。

以前言っていなかっ た2つの内の一つですねそれは、

なるほど、そういう考えもあるね。でも、時量師さんがそんな単純な手でくるか疑問だけど…

それは兎も角、その後、ギャグシーンに続いてアキトとの邂逅だね〜色々起こりそうなところだけど…

この後は、銭湯とフルーツ牛乳、ハーリーの旅立ちのあとお墓のシーンですね。

さて、どうなりますか期待しております♪

ふ〜ん、無難に纏めましたね。ですが
どんでん返しが必要な部分です。山場ですから、気が抜けま せんよ。

そうだね、手に汗握って次のお話を待つとしよう。


押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

時 量師さんへの感 想はこちらの方に。

掲示板で 下さるのも大歓迎です♪


次の頁に進む    前の頁に戻 る

戻 る

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.