ここは人々から希望と笑顔を奪い、集めたバッドエナジーで
悪の皇帝ピエーロを蘇らそうと画策する悪の帝国、
バッドエンド王国。
そこに君臨する三幹部の一人である獣人・ウルフルンは
腹に手を添えてフラフラと歩いていた。
言うまでもなく、腹が減っているのである。


「ちっくしょ〜、プリキュアに負けてからこっち、
 もう三日も何も喰ってないぜ。
 そもそもこの王国、食料がなさすぎなんじゃねえか?」


もう自室の食料も底を尽き、同僚の鬼人・アカオーニは
蓄えている米一粒・梅干一個たりとも恵んではくれない。
まあ、「仲間」という概念を嫌うバッドエンド王国幹部
としては、至極当然のことなのではあるのだが。
となると、頼るべきはもう一人の幹部のみ。


「マジョリーナの部屋に行ってみるか。前回は変な材料で
 如何わしい薬を作ってやがったけど、アイツだって
 魔女なんだから、普通のリンゴ一個や二個くらい持ってるだろ」


そんなことを考えながら足は自然とマジョリーナの自室へ。
そこへ近づくにつれて壁は蜘蛛の巣だらけになり、しかも
奥からは変な臭いの煙がもうもうと流れてきていた。


(相変わらず、陰気くさい部屋だぜ………)


正直、ウルフルン自身はこんな気味の悪い雰囲気は好きではない。
しかも自身は狼なので、他の連中よりも何倍も鼻が利く。
なのでいつもマジョリーナの作る薬の臭いには辟易していた。
でも今は食欲の方が勝っているので、吐き気を押さえ込んで、
中に足を踏み入れた。
そこではいつものように、魔女・マジョリーナが大釜で
何かを煮込んでいた。
そこから立ち上る紫色の煙が臭い。


「……ん?ウルフルン?何の用だわさ?」

「いや、腹減ったから何か食いもん持ってねぇかって
 思ってよ。お前、今何を作ってるんだよ?」


前回と同じようにマジョリーナがかき混ぜる大釜の中を
覗き込む。
そこには人間ではない自分さえ身の毛のよだつような物体が
グツグツと煮立っていた。


「人間の骨、内臓、脳みそ、皮を長時間煮込んだものだわさ。
 バッドエナジーを吸い取った残りカスでも、たまには
 役に立つだわさ。
 これをもう少し煮込めば完成だわさ。
 今度こそプリキュアを仕留められる世紀の発明。
 名づけて、『スケテミエナクナール』がぁ!!!」

「……どうでもいいが、旨くはなさそうだな」

「お前、狼のくせに人間食わないだわさ?変わってるだわさ」

「うるせぇ!!俺をそこらの犬っころと一緒にすんなぃ!!」


そこまで叫んで、グゥ〜とウルフルンの腹が鳴る。
ウルフルンがげんなりしたような顔でうずくまった。
流石に限界らしい。


「ぁん?ウルフルン、お前そんなに腹減ってるだわさ?
 でも、生憎私はアンタにやる食べ物なんて持ってないだわさ。
 代わりにこれでもやるだわさ」


そう言ってマジョリーナがウルフルンに投げつけてきたのは、
またしてもグルメ雑誌。
ウルフルンは「またか……」とうんざりしながらも、それを
ペラペラと捲る。
と、その中の一ページでウルフルンの目が止まった。


「ほ、ほう?『お好み焼き屋 あかね』ねぇ。
 そのお好み焼きは、町の市長さんも大絶賛!
 一度賞味されたい、か…………」


お好み焼き。
それはこの前ウルフルンがバッドエナジーを集めるために出撃
したときに食べた、人間の食物だ。
あのソースの香ばしさ、ふっくらとした生地、野菜や肉の旨み。
全てが混合したそれは、まさにパーフェクトフードと呼ぶに
相応しかった。
ウルフルンの口から、唾液が滴り落ちる。


「う、ウルッフフフ……………………。
 これは、何が何でも喰ってやらないといけねぇなぁ。
 人間どもの食物なんて、俺様はこれっぽっちも
 興味はねぇんだけどよぉ………」

「なら食べなきゃいいだわさ」

「黙ってろクソババァ!!!そうと決まったら早速出撃だぁ!!
 そのお好み焼きを食ってやるぜぇ!!」

「あっ、何言ってるだわさウルフルン!
 今回は私が出撃する番だわさ!!
 せっかくもうすぐ『スケテミエナクナール』が完成するって
 いうのに!!
 しかもお前、前回出撃してるだわさ!!」


もはや頭がお好み焼き一色に染まったウルフルンは
マジョリーナの言葉など気にも止めず、意気揚々と飛び出していった。
その先にある邂逅に、ウルフルンはまだ全く気付いていなかった。
































「毎度、ありがとうございました。またのお越しを〜。
 …………はぁ…………」

「姉ちゃん、何溜息ついてんだよ。今は父ちゃんの代わりに
 また店長してるんだから、しっかりしてくれよ」

「分かってるわ。げんき、アンタこそしっかり仕込み
 手伝いぃや」


ここは件の『お好み焼き屋 あかね』。
香ばしい香りの漂うカウンターでお好み焼きの仕込みを
しているのは、この店の看板娘・日野あかね。
隣では弟の日野げんきがキャベツなどを千切りにしていた。
だが通常はこの場を取り仕切っているのは、この店の
主人である父・大悟のはずなのだが………。


「父ちゃんも間抜けだよね。あれから三日と経たないうちに
 またぎっくり腰になるなんて。
 もう父ちゃんには三キロ以上の物は持たせちゃ駄目だね」

「オトンにはそれ言わんときや。マジで自殺しかねんから」


そう、今この店の店主・大悟は重度のぎっくり腰を患い、
退院して早々、病院にとんぼ返りしていた。
母親の正子はその付き添いで一緒に病院に。
なので本当は店は閉めておかなくてはいけないのだが。
大悟の、


『店を閉める必要はない。あかねはもう俺と同じくらい
 旨いお好み焼きを焼ける。
 あかねなら少しの間俺らがいなくても、店を回せるわ。
 あかね、母ちゃんが戻るまで、店の方、頼むで』


という自信たっぷりの鶴の一声で、あかねが夜までの
客が比較的少ない時間、店を取り仕切ることになったのだが……。


「……なあ、姉ちゃん。さっきからおかしいで。
 何でそんなに落ち込んでるんや?」

「………げんき。さっきのお客さん。ウチのお好み焼きに
 満足してくれたんかなぁ?」

「え?満足してたんちゃう?だってちゃんと残さず
 食べてたやん。ほら、さっきのおっちゃんの皿、
 食い残しなんてないで」


それは、そうだ。
目の前に置かれた皿は、こべりついたソース以外、綺麗に
食べられている。
それはいい。それは、いいんだけど………。


「さっきのお客さん、常連さんやけど……。
 オトンのお好み焼き食べてるときよりも、笑顔が
 少なかった気がするんや。
 その前のお客さんだって、その前だって………」

「え、そうかなぁ。まあ、確かに今のおっちゃんは
 父ちゃんのお好み焼き食ってたときよりかはテンション
 低かった気が………って、いや!
 そんなことないって姉ちゃん!その証拠にこの前
 市長さんは姉ちゃんのお好み焼きを絶賛してくれてたやん!」

「それは、そうなんやけど……………」


でも、前回のあの時から、心の奥底でくすぶってはいたのだ。
確かにあの時、自分は父のお好み焼きの『隠し味』について
答えを得た。
そして自分なりのお好み焼きを作って、市長さんに食べて
もらって、喜んでもらえた。
そのことは、とても嬉しいんだけど。
だけど、それでも考えてしまう。
自分のお好み焼きは、本当に父の味を再現できているのかって。

今のお客さんだって、自分が作ったお好み焼きが父と違うから、
ほんの少しだけ、ガッカリしたような顔をしたのかもしれない。
そう考えると、溜息が止まらない。
もしここに親友の星空みゆきがいたら、


『あかねちゃん、そんなこと全然ないよ!
 あかねちゃんのお好み焼き、すっごく美味しいもん!
 そんな溜息ついてたら、ハッピーが逃げちゃう!
 スマイルスマイルっ!』


って言って、励ましてくれるんだろうけど、生憎今は
みゆきはいない。
それに今励まされても、大して回復しない気もする。
はぁ……ともう一つ大きな溜息を吐いたところで、
ガラッと店の扉が開いた。


「あっ、いらっしゃい………ま………せ…………」


げんきがハキハキした声で挨拶をして、それが途中で勢いを失速させて、
最後は蚊の鳴くようなボリュームになった。
ボ〜ッとしていたあかねも流石に気付き、顔を向ける。
そして、噴き出す。


「どうしたんや、げんき。ちゃんとお客さんに挨拶せないかんやん
 ……………って!!!」


あかねは一瞬絶句したが、持ち前の大阪根性で即座に復活を果たし、
華麗に突っ込む。


「何でアンタがここにいんねん、ウルフルンっ!!?」

「ウルッフフフ……。お好み焼きを一枚いただきに………って、
 お、おお!?お前はプリキュア!!?
 何でここにっ!!!???」

「ね、姉ちゃん………。この狼男、知り合いなんか?」


ハッとして口を塞ぐあかね。
不味い、げんきはあかねがプリキュアであることも、この狼男が
バッドエンド王国の怪物であることも知らないのだ。
というか、こんな狼男と知り合いだと思われるのは心外だ。
とにかく、ここにげんきがいては話がこじれることは必至。
しかももしウルフルンがこの場をバッドエンドにしたら、
またげんきが被害に遭ってしまう。
そうと決まったら、あかねの行動は素早かった。


「い、いや〜。この人、ウチの先輩で演劇部の部長やってる人なんや。
 今度演劇で『三匹の子豚』をやるから、その狼役を……」

「……演劇部の部長のくせして、やけにしょっぱい演目をやるんやな。
 しかもこの狼男、ちょっとスタイリッシュすぎんか?
 どうみても西洋のフェンリルっぽいで」

「あ、アンタいつの間にそんなハイカラな名前を……。
 とにかく、ウチはこのお兄ちゃんと話あるから、アンタは
 扉に『仕込み中』の札かけて、奥に引っ込んどき!」

「え、何?彼氏?」


アホっ!と一喝し、げんきを店の奥に叩き込む。
そして肩をいからせながらもスマイルパクトを構えて、
目の前のバッドエンド王国産の狼男を睨みつける。


「ちょっと取り乱してもうたけど、一体なんの用や?
 もしかして、ここをバッドエンドにする気なんか?
 もしそうなら今すぐここでアンタを………」


それを黙って見ていた狼男・ウルフルンは小さく舌打ちして、
あかねを睨み返した。
そして、あかねに持っていたグルメ雑誌を開いて突きつけた。
突然のことで、あかねは一瞬呆けた表情になる。


「………ここに載ってるお好み焼きを喰いに来たんだ。
 何も今日ここでお前らと勝負しようとは思ってねぇ。
 腹ぁ減ってんだ。お好み焼きだせや」

「は、はぁ?アンタ、お好み焼き食べに来たんか?
 って、そんなこと簡単に信じるわけ………」


そこまで言うと同時に、どこからともなくグゥ〜〜〜〜という
腹の虫が聞こえてくる。
その虫が鳴いている場所は、言うまでもなく………。
目の前で腹をさすってげんなりしている狼男の腹以外には有り得ない。
それを見ながらあかねは目をパチクリさせて、恐る恐る聞いてみる。


「ひょっとしてアンタ、ほんまにお腹減ったからお好み焼き
 食べに来たんか………?」

「だからさっきからそう言ってるだろうが………。
 さっさと喰わせろ。さすがに、もう限界……………ウルフゥン……」

「へ、変な声出しなや!ていうかアンタ、お金持ってるんか?」

「アカオーニのテレビラジオを質に入れてきた。こんだけあれば
 喰えるだろ?さっさと焼けよ。ここ、お好み焼き屋なんだろ?」


カウンターに野口閣下を三人並べたウルフルンは、そのまま突っ伏してしまった。
よっぽどお腹が空いているのか、そのモフモフしたしっぽもダルンと
垂れ下がっている。
それを見て、気を張っていた自分が馬鹿らしくなって、あかねは警戒心は
残しながらも少しだけ噴き出した。
そして、ベラを二枚構えて、言う。


「なんやよう分からんけど、悪させんのやったら一応アンタも客やな。
 お金も持ってるみたいやし。じゃあウチ特製のスペシャルお好み焼き
 焼いたるわ!」


そう言ってすぐさまお好み焼きを焼き始めるあかね。
その手際はプロ顔負けで、あっという間にお好み焼きは完成した。
その食欲をそそる香りに、生ける屍と化していた狼男はすぐさま復活し、
目の前の獲物にかぶりつこうと、臨戦態勢に入る。


「ほら、お肉増量サービスしといたさかい、あったかいうちに食べぇさ」

「うほぉ!!!流石は俺様の見込んだ人間界の食物!食欲中枢を直撃
 してきやがる!!いっただきまぁーーーーす!!!」


そういうと皿に乗っかったボリューム満点のお好み焼きを、目をハートマークに
しながらむさぼりだすウルフルン。
しっぽもブンブンと軽快に振り回され、さながら扇風機のような風が巻き起こる。
それを見ながら、あかねはふと先ほどまで自分が考えていた疑念を、口にする。


「なぁ、アンタ………。ウチのお好み焼き、美味しいか?」

「あぁ?……まあ、人間の食いもんにしては、イケてる方だと思うぜ」

「そ、そうか?ならいいんやけど………」

「ああん?何だよその歯切れの悪い言い回しはよぉ?」


はっきりしない態度が嫌いな狼男は、ガルルルルと唸り声を上げながら、
あかねを睨みつける。
あかねはそれに少しビクつきながらも、自然と口が開いていた。


「……ウチのお好み焼き、まだオトンのお好み焼きには
 なれてへんねん」

「……あぁ?」

「ウチ、この前アンタと戦った時、オトンのお好み焼きの隠し味について
 気付けたんやけど………。それでもオトンのお好み焼きの味には
 近づけてへんと思うねん。
 自分でも食べてみたし、分かる。
 ウチのお好み焼きは、オトンのお好み焼きの味とは違うんや。
 ウチはまだ、オトンの代わりに店を仕切るのは無理や。
 そう思うと、辛くてな………」

「…………………………………」


途中からそれを黙って聞いていたウルフルンは、突如プッと
噴出して、大声で笑い出した。
それは明らかな嘲笑を含んでいて、あかねも顔を真っ赤にして睨みつける。


「ハァーハハハハハ!!!お前ぇ、そんな、くっだらんことで
 悩んでんのかよ!!
 だせぇ、ちょうだせぇぜぇ!!
 ガァーーーーハハハハハハハァァァ!!!!!」

「なっ、ウ、ウチが真剣に悩んでんのにそんな笑うこと
 ないやないの!
 や、やっぱりアンタなんかに話すんやなかったわ!
 そもそもウチ、何でアンタなんかに………」

「だってよぉ、そもそも手前ぇのオヤジとお前ぇは違う人間
 だろうがよ。
 違う人間なのに、どうして他人と同じ味が出せるってんだ!?
 意味が分からなくて、腹がよじれそうだぜぇ!」

「え……………………」


あかねはウルフルンの台詞を聞いて、雷に打たれたように固まる。
そんなあかねを見ながら、ウルフルンは尚も続けた。


「俺はお前ぇのオヤジのお好み焼きを喰ったこたぁねぇがよ。
 それでも別の人間が作った料理が自分と同じなわけねぇって
 ことくらいわかるぜぇ!
 一人ひとり違うことくらい当たり前なのに、他人と全く
 同じ味にこだわるなんざ、人間てのは、本当に面倒くせぇ
 生き物だなぁ!」


それを聞きながら、あかねは自分の体が徐々に弛緩していくのを
感じていた。
張り詰めていた緊張が、少しずつほぐれていく。
雁字搦めだった心が、少しずつ解けていくのを感じていた。
それを見ながら、ウルフルンは颯爽と席を立つ。
扉を開けて出て行く直前、前を向いたままで、彼はこう呟いた。


「……ま、お前ぇのお好み焼きは、中々の旨さだったぜ。
 他の奴のは知らねぇが、俺はこの味が好きだな」


そして振り向きもせず、そのまま店を後にしたのだった。
































「あれ、姉ちゃん。部長さん、もう帰ったんか?」

「え、あ、ああげんき?アンタ奥に引っ込んどきって言ったのに……」

「何か話し声が聞こえなくなったと思ったから出てきたんや。
 つかあの狼男、お好み焼き食べに来ただけやったんか。
 ……………………?
 姉ちゃん、どうしたんや?顔、真っ赤やで?」

「へっ!?あ、アンタ何言うてんねん!!?
 姉ちゃんからかうもんちゃうわ!!」

「いや、本当にトマトみたい……って、姉ちゃん勘弁してや!
 ベラはそんな風に使うもんちゃうで!!」


そうして、『お好み焼き屋 あかね』のある一日は過ぎていく………。































所変わって、ここはバッドエンド王国。


「………ケッ、俺もヤキが回ったもんだぜ」


クールに呟きながら廊下を歩いていると、後ろからドシドシと
聞きなれた足音が。
でも、それはいつもよりも早く、そして力強く踏みしめられていて……。


「………?どうしたんだよアカオーニ。そんな不景気な顔して……って!!
 ちょ、待て!何で金槌を振り上げる!?
 何でそんな怒りのオーラを噴出させてやがるんだ!!?」

「うるさいオニ!!お前が俺のテレビラジオを質に入れちまったせいで、
 今日のピースたんの勇姿が見れなかったオニよ!!
 しかもピカリンジャンケンまで逃すし………。
 こうなったら貴様の毛皮を剥いで、質に入れてラジオを取り戻すオニ!!
 覚悟するオニ、狼野郎っ!!!!!」

「ぐわっ、ちょ、待て待て待て!!!
 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「………………何やってるだわさ」


こうして、バッドエンド王国の夜も更けていく………。



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