空は青く、澄み切っている。


 視界いっぱいに砂漠が広がっている。


 その中心で、私は一人で立ち尽くしていた。


「……………えーと……。」


 そう、確かに私は寝ていたはずだ。のどかとレインを相手に演奏して、11時過ぎたところでのどかが自分の部屋に戻って、私たちも風呂に入ってそのままベッドに横になったはずだ。
 少なくとも――――――私の故郷たる星に、ノーマンズランドにいた覚えは無い。


 誰に言われなくても分かる。ここは間違いなくノーマンズランドだ。この乾燥した空気、一面の砂漠、決して戻ることのない場所のはずだ。安心なことに、麻 帆良での日々はやっぱり夢だった、ということは無いらしい。それだったら、今この地に「長谷川千雨」の姿で立っていること自体がおかしい。


 そこまで考えて気付いた。ああ、何だ。簡単なことじゃないか、全く――――――――






「そういうこった。これはお前が見てる夢に過ぎないんだよ、相棒。」







 突如後ろから声をかけられる。聞き覚えのある、忘れられない声。相変わらず低い位置から聞こえてくるこの声は、やはり考えるまでもない。振り向き、見下ろす。






「――――――そうかい、安心したよ。久しぶりだな、ガントレット。」


「おう、久しぶり。元気そうじゃねぇか、“ホーンフリーク”」


 一度もそんな名前で呼んだことないだろう―――――なんて、無粋なツッコミは無しにして、死別した仲間との再会を喜ぶことにした。








#7 敢然と立ち向かう









「しっかし可愛らしい姿になったなー!とてもあの音界の支配者とは思えねぇ!しかも女子中学生!中身は合計で四十過ぎのオッサンのくせに!」


「うっさい!次に四十過ぎのオッサンとか言ったら殴るぞ!今の私は15歳なんだよ悪いか!」


 今私たちは、砂漠のど真ん中に腰を下ろして喋り合っている。話題は当然今の私の姿について。座ってすぐに、ひとしきり私の体を眺めまわしたと思ったら、思いっきり吹きだしやがった。


「アッハハハハハ!!ハハハハハハハ!!あー腹痛ぇ!あの音界の支配者が!今や花も恥じらう15歳!!思春期!!ヤベぇ、死ぬほど面白ぇ!!アハハハハ!!ホーンフリークが乙女!!アハハハハハハハ!!」


「笑い過ぎだテメェ!!というか女の子舐めんな!!毎月の生理とか体重管理とかかなり大変なんだぞ!?」


 立ち上がって怒りを露わにする。イヤホントに、まさか女性が日常生活でここまで苦労する生き物だとは思いも寄らなかった。女に比べて男がどれだけ気楽か、声を大にして叫んでやりたい。特に目の前で爆笑し続けているこの四つん這い野郎に。


「生理!!体重管理!!アーッハッハッハッハッハ!!何だお前、胸のサイズとかで悩んだりするわけか!?アハハハハハハハハハ!!」


「マジで死ね!!そんで生き返って女になって生理痛に苦しめ!!後胸についてはそんなに悩んでねぇよ!!」


 …何故だろう、今、のどかとレインにジト眼で睨まれた気がする。


「あー笑った笑った。こんな笑ったの初めてだわ。あー面白い。」


 そう言いながら目元の涙をぬぐっていた。いっそ踏みつけてやろうかと思いながら、そいつを見た。


 ホッパード・ザ・ガントレット。GUNG−HO−GUNSの6。屈強な上半身と、それとは対照的な、生まれつきの障害故の醜い下半身を持つ異形の男。殺戮マニアばかりが集まるその中で唯一、標的―――ヴァッシュ・ザ・スタンピードに、個人的な憎しみを持っており、奴を殺すために限界を越えたドーピングを施し、進んでGUNG−HO−GUNSに入ってきた、純粋なる復讐の鬼。そして―――――「俺」の、最後の相棒。


「………すまなかったな。」




「ん?何がだ?」


「あの日、お前の援護に失敗したことだ…。俺が、あそこで吹くのを止めていなければ、お前はヴァッシュ・ザ・スタンピードを確実に殺せたはずだ。お前の復讐を遂げれたはずだった。それなのに…。」


「違ぇよ。お前のせいじゃねぇ。後、一人称が俺に戻ってるぞ。」


 断言された。そして一人称のこともそこで初めて気がついた。


「あれはお前のせいじゃねぇ。何があったのかよく知らんが、チャペル辺りの妨害に遭ったんだろ?じゃあしょうがねぇよ。それにな――――」


 ガントレットは青空を見上げながら、すっきりとした表情で続けた。


「ちゃんと『復讐』は遂げれたよ。お前が逝った後でな。殺すことは叶わなかったが―――もう、悔いは残ってない。だからお前も気にするな。お前は今、平和に幸せに生きてりゃいいんだよ。」


 …驚いた。あれだけ復讐心に囚われていたコイツが、殺してもいないのに思いを遂げきったと、そう言ったのだ。私が死んだ後、よっぽどのことがあったんだろうな。知る由もないけど。


 ……………ん?あれ?おかしくないか?


「なあガントレット?これは私が見ている夢なんだろう?それなのに、何で私の知らない情報が分かるんだ?普通、私が死んだところまでしか分からないはずだろう?」


 ここが私の夢の中だというのなら、私が知り得ない事実が分かるのはおかしい。今ガントレットが言っていることが、私が心の奥底で考えていた妄想だとも思えない。質問に対してガントレットは、ちょっと難しそうな顔を浮かべながら、続けた。


「んー…。実は俺も不思議だったんだよな。確かに俺はあの後あそこで死んだはずなのにな。しかも今お前が生きている時代って、俺たちが生きていた時代よりずっと過去だろ?何せ地球にいるわけだからな。つまり、俺は霊魂で、それもタイムスリップを経験してる…ってことになるのか?そんなこと有り得るのか?」


「有り得るも何も、実際お前はここに居るわけだし、私なんて転生してるからな…。まぁ、そういう不思議なことも起こりうるとしか言えないな。」


「実際魔法とかがあるんだろ?だったら、お前の身近に幽霊とか未来人とか、他にも居たりしないのか?」


 …確かに魔法があったんだから居るのかもしれないな。それが原因で呼ばれやすくなったとか。オカルト一色な論理だけど、本当にファンタジーな世界が存在してるんだから、一概に否定も出来ない。………あーでも未来人は居てほしくないけどなー。


「いや、心当たりは無い。ま、別にいいだろ。実際こうして話せてるんだし、今はたっぷり話しとこうぜ。次にまた会えるかどうか分からないしな。結局あの後どうなったんだ?」


「おう、それが、レガートがお前の死体を操ってだな。」


「あーやっぱやめようか。物凄く胸糞悪くなりそうだ。」


「まあそう言わず聞いてけ。それでな―――――」


 その後はしばらくガントレットの話を聞いていた。ビーストが生きてただの、レガートが私の死体を操ってガントレットを殺そうとしただの、ヴァッシュ・ザ・スタンピードに庇われただの、挙句とんでもなくヤバげなオカマが現れて、レガートを串刺しにして帰って行っただの。
 そしてガントレットが、自身の復讐心に決着をつけたことも。ついでに復讐に走ったきっかけについても話してくれた。最期の瞬間、失った『半身』にもう一度出会えたことも。


「………そうか。一応、良かったな、というべきなのかな。」


「まああれで良かったんだろうよ。悔いは残ってないしな。あの甘ったれ、どうなったかね。くたばってるようだったら、また会えるかもな。」


 そう語るガントレットに、もう昔のような憎しみに凝り固まっていた姿など欠片も見当たらなかった。穏やかな笑みを浮かべ、空を見上げている。
 すると、突然こちらに視線を向け、聞いてきた。


「…そういうお前は、結構悩んでたみたいじゃねぇか。もう大丈夫なのか?」


「………そうだな。」


 つい昨日までは苦しくて苦しくてしょうがなかった、過去の重責。苛烈な拷問そのものであった、あの幻視。今の自分を苛む、レガートの声。全てが今の私を―――――長谷川千雨を、否定するものだった。
 でも、今は。


「でも、今はもう大丈夫だ。私は―――――長谷川千雨として、やっていける。」


 迷いなく、清々しい気持ちで、そう言い切ることが出来た。ガントレットは何も言わず、こちらを見ている。


「ずっと、怖かった。私が麻帆良で過ごしているこの人生が、本当に正しい物なのかって。人を喜ばせるために音楽を奏でている私は、ただ過去から逃げてるだけなんじゃないかって。実際、私はまだ『殺人鬼』のままだ。クラスメイト二人を殺しかけた。何も変わってないのかもしれない。単なる偽善者なのかもしれない。ついさっきまで、もうサックスは吹けない、吹かないようにしようと、そう思ってた。でもさ―――――」


 そこで一旦言葉を切る。ガントレットはやはり何も言わず、聞き役に徹している。


「友達に言われたんだ。私は何も間違ってなんかない、人を幸せにする人が不幸せになっていい道理なんてない―――――ってさ。私の音楽が、人を幸せにしているんだって、私は幸せになっていいんだって、そう言ってくれたんだ。」


「まぁ結局のところ、私が殺人鬼だったことに変わりはないし、殺してきた人間たちの恨み憎しみを振り捨てて生きていけるとは思えない。これからもずっとずっと、私を苛んでいくんだと思う。
 でも―――だからこそ、今まで人の命を奪ってきた分、誰かを幸せにする、誰かを守る、そういう風に生きていきたいと思うんだ。こんな私でも、誰かを幸せに出来るって分かったんだ―――――調子の良い話だけどさ。それって、私たちみたいな殺人者にとっては、最高の希望じゃないか?」


 そういって笑いかけた。ガントレットも笑っている…しかし、何となく笑っている理由が違う気がする。


「…何かおかしかったか?いや、私がこういうことを言うってのがおかしいのか?」


「いや、そうじゃねぇよ。もちろんその想いを馬鹿にするつもりはさらさら無ぇ。立派だと思うぜ。でもさ―――――」


 そういうとガントレットは、隠すことなくケラケラと笑い始めて、






「それって、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの生き方とそっくりじゃないか?ラブアンドピース、ってさ。それが可笑しくて。」






 一瞬呆気にとられ、呆けた顔のまま笑い続けるガントレットを見ていた。そして数秒経って、私も大笑いした。


「ハハハハハ!気付かなかった、そうだそうだ、あの化物の弟と同じだな!こりゃ傑作だ!アハハハハハハハ!!」


 ああ、なんてことだろう。苦しんで苦しんで、最終的に行きついた私自身の想いが、ヴァッシュ・ザ・スタンピードと同じとは。あの、人智を遥かに超えた力 を持ちながら、ラブアンドピースを掲げてあの砂の星を生きていた男と、同じ思考に至るとは。悪くない、全くもって悪くない。むしろ気持ちがいい。
 見れば、ガントレットはすでに腹がよじれるほど笑っていた。よじれても体勢はほとんど変わっていないが。


「まさかお前がこんなところでアイツの意志を継ぐことになるとはなぁ。ククク。とてもピースなやり方になるとは思えんが。どう考えても手荒くなるだろ、お前の場合。」


「確かにな。やっぱり似合わないか?」


「いや、いいと思うぜ。むしろこの世界に転生したのがお前だけだって言うんなら、お前しか受け継げる奴はいないだろ。それに、お前がたった今口にした言葉に偽りはないんだろ?」


「当然だ。」


「じゃあ適役だろ。殺人鬼ミッドバレイ・ザ・ホーンフリークはノーマンズランドで死んだんだ。こっからは、麻帆良学園に通う一人の女、長谷川千雨としての人生の幕開けだ。―――――近々、また闘わなきゃならない時が来るんだろう?」


「…ああ、おそらくだがな。分かんないけど、とんでもない厄介事が待ち構えている気がするんだ。」


 そう、エヴァンジェリンの件に関する、どう考えてもおかしな事。それに、のどかから聞いた『仮契約』、オコジョの企み、そしてネギ先生の事。これらから感じる不吉な関係性。きっと、近いうちに厄ネタがやってくる。長年の経験がそう訴えていた。


「そうか、負けんじゃねぇぞ。」


「当たり前だ。『魔人』の本領を見せてやるさ。」


 そう答えながら立ち上がる。そろそろ、別れの時が近づいてきたようだ。ガントレットがこちらに向けて拳を突き出していた。もちろんこちらも拳を突き出す。
 こつん、と音がして、拳が合わさった。それだけのことなのに、不思議と体に力が湧いてきた。


「―――――また、会えるかな。」


 知らず、口からこぼれ出ていた言葉。これが、寂寞の念というやつだろう。夢の中とは言え、もう会えないと思っていたやつに会えたことはとても嬉し かった。あの超異常殺人集団の中で誰よりも人間らしく、そして話が合うやつだった。何より、ずっと会って謝りたいと思っていたのだ。これで一つ、心残りが消えた。それ故に、寂しさを感じたのかもしれない。
 そんな私の寂寥を感じ取ったのか、ガントレットが努めて明るい声で言う。


「んー…どうだろうな。案外近いうちにまた会えるかもしれないし、しばらく会えないかもしれないな。個人的にはまた会いたいとは思うんだが――――」


 そこで言葉を切ったガントレットは、自分の後ろを振り返った。私もガントレットの視線の動く方に目を向ける。


「―――――お前とばっかり会ってると、嫉妬されそうなんでな。」


 そこには一人の女性が居た。車椅子に座り、目には包帯を巻いている。彼女はガントレットに静かに、ちょっと呆れたように微笑みかけていた。多分、ガントレットの阿呆な発言に対してだろう。


「…彼女がお前の『半身』か?ガントレット?」


「ああ、世界で一番大切なものだ。良い『体』だろ?」


 そうおどけて言うガントレットは、とても清々しい表情をしていた。傍らにたたずむ彼女も、優しげな微笑みを浮かべたまま、ガントレットに寄り添っている。そして、私の方に顔を向け、頭を下げた。私もそれに合わせて頭を下げる。


「―――――ああ、お前にゃもったいないぐらいだと思うぜ。末永く幸せにな。」


「末永くも何ももう死んでるんだけどな、俺たち。」


 そうして最後に大いに笑う。傍らの彼女も笑っていた。楽しかった。きっと、この一夜の夢を、一生忘れることはないだろう。


「じゃ、またいつか会おうぜ、“ガントレット”」


「おう、負けんじゃねぇぞ、“千雨”!」


 そうして私たちは再び別れた。きっとまた会える、そう確信しながら。














 目が覚めた。夢の内容を忘れてなくてホッとする。今日は土曜日だ。もちろん学校は無いので、とりあえず路上演奏に行って、昼飯食べてから図書館島に行くとするか。昨日のどかに誘われたし。本当はマクダウェルと話がしたいんだが、よく考えたらアイツの住んでるところが分からない。仕方ないから月曜日まで待 つか。


 そしてベッドから起き上がろうと、床に足をのばした瞬間―――――――










 下腹部に鈍痛を感じた。






 「ぐっ………!!」






 頭がふらつき、なおも痛みは増すばかり。自然と息が荒くなる。


「何で……っ!!」


 思わずうめいた。あまりにも想定外の事態に、私はそのまま―――――

















『………生理痛ですかぁ。』


「ああ、予定だと来週の水曜辺りのはずだったんだけどな…。どうもここんとこの心労とかそんなんで周期が早まったっぽい…。しかもいつもより遥かに重いんだ…。」


 まあ、何のことはない、月のものである。いつもはそれほど重くないのだが、今回に限っては滅茶苦茶重い。正直今こうしてのどかと電話してるだけでも結構だるい。

 しかし昨晩図書館に顔を出すと言った手前、断りの電話を入れておくのは当然だろう。ベッドから起き上がった直後に来たので、すぐに生理用品を持っ てトイレに駆け込み、気持ち悪さを引きづったままベッドの上に戻って、のどかに電話している今に至るわけである。…ここんとこベッドで寝てばっかりだな 私。
 ちなみにレインはいない。トイレから部屋に戻る時、机の上に『サーカスに戻ります』という置き手紙と朝食があった。まぁこれ以上迷惑をかけるのはさすがに気が引けるし、しょうがないだろう。


『でも千雨さん、お昼と夜のご飯はどうするんですか?』


「あー…正直食欲も湧かないし、パス…。そんなことより路上ライブやりたかったな…。この様子じゃ明日も無理っぽいし。…あーくそ、そういや今日音楽雑誌の発売日じゃねえか…。」


 昨晩立ち直ってからずっと、今日の路上ライブを心待ちにしていたのだ。昨日の夜中に曲目を書き、サックスをしっかり手入れしておいたのに、全部無駄になった。ついでに言うと路上ライブは結構な小遣い稼ぎになるので、その意味でも損した。


『あ、じゃあ私が買ってきましょうか?私もちょうど欲しい本があったところだったんです。』


「お、ホントか?悪いなのどか。」


『いえいえ、お気になさらず♡それより、寝てばかりだと暇でしょうし、本でも読みませんか?ジャンルさえ言ってくれれば、図書館島でおススメの一冊を借りて来ますよ?』


「重ね重ね悪いなぁ…。じゃあハーレクインの小説頼めるか?」


『うわぁ、似合わない…。』


「ほっとけ!」


 まあそんなこんなで、昨日まで抱えていた暗い想いが嘘のような明るい会話を繰り広げた。残念ながら次の日も生理痛は続き、結局私は土日のほとんどを部屋の中で過ごすことになり、のどかの持ってきた本を読み続けていた。
 …本の中に時々ホラーだったりサスペンスだったりが入っている辺り、いい根性してるよな…のどかめ…。





side out













 ―――――絡繰茶々丸は今、窮地に立たされていた。


 午前中に超、ハカセ、エヴァンジェリン立ち会いの下で無事に再起動を果たし、ハカセに泣いて喜ばれた。

 その後エヴァンジェリンと超たちは話があったらし く、茶々丸は起動試験を兼ねた散歩に出かけることにした。土曜日ということもあって人が多く、猫が川に流されているというハプニングにも出くわしたが、無事に救助した。その後エヴァンジェリンから直接家に帰るようにという連絡を受け、晩御飯の支度をする前に、野良猫にエサをやりに行こうとして―――――






 そこで、ネギ・スプリングフィールド、神楽坂明日菜の2名に追い詰められた。






 ネギ先生の肩にオコジョが乗っているのが見えた。おそらくあのオコジョの入れ知恵なのだろう。おそらくマスターを相手取るにあたって、2人いる敵が別行動を取っている隙に各個撃破。作戦としては100点満点だ。何一つ間違ってはいない。


 本来なら抵抗してしかるべきなのだろうが、自分の後ろには野良猫たちがいる。下手なことをすれば、彼らを傷つけてしまう。心根の優しい茶々丸には、とてもそれは容認できることではなかった。


 それ故に―――――目の前に迫る12本の光の矢を、避けようとはしなかった。自分が避ければ、野良猫たちに当たるから。


 またハカセと超さんに迷惑をかけてしまいますね―――――心の中で生みの親二人に謝りながら、そしてまたも壊されることをマスターに詫びながら、茶々丸は覚悟を決め、光の矢の前に仁王立ちし、眼前を見据えた。






 瞬間、3日前の夜の、あの忌まわしい記憶が甦る。






 笑いながら右手を切られた。目を抉られた。口を引き裂かれた。怖い、怖い、怖い、怖い。嗤っている。嘲っている。見下されている。殺される、怖い。最期に見た光景。私の首を断ち切ろうとする、街灯を反射して煌めくスコップの刃。









 今、目の前に迫る光の矢が、あの日最期に見た禍々しい煌めきと、重なって見えた。






(――――――――――――――――!!!)






 一瞬で茶々丸の全身を恐怖が支配した。あの時感じた、死の恐怖が。






(死にたくない――――――)






 脳裏にあの悪鬼(おんな)の姿が浮かぶ。






(死にたくない――――――――!)






 その記憶は、彼女が決めたはずの覚悟を易々と打ち砕き、作り変え、










(死んで、たまるか―――――――――!!)







 彼女に、新たな「感情」を芽生えさせた。






 そして、茶々丸は一歩前に踏み出し――――――――






「え!?」


 それは誰の声であったのだろう。しかし驚愕一色に染められたその声が、目の前で繰り広げられた光景の凄まじさを物語っていた。





 ネギ・スプリングフィールドも神楽坂明日菜も、高い戦闘力を有しているとはいえ、戦闘経験そのものはほとんどなく、素人同然と言っていい。故に、彼女の 行動全てを見切れたわけではない。だが、結果だけは眼前にある。それが分からないほど間抜けでもない。ただ、理解が追い付いていないのだ。彼女の行った、 その絶技に。
 見えたのは直前まで。ネギが光の矢を戻そうとした、次の瞬間。



 茶々丸が両手に格納されていた手甲ブレードを展開し、目にもとまらぬ速度で茶々丸の両腕が動き、気付けば光の矢は一本残らず消え去っていた。


 「魔法の射手」は魔法使いにとって基本の技であるが、その割には使い勝手が良く、特にスピードに関しては中々のものである。無論ネギの放ったそれも、それ相応の速度と威力を持っており、それ故にネギは良心の呵責に耐えかね、当たる直前で魔法を戻そうとしたのだが、


 それよりも速く、茶々丸が叩き落としたのである。
 連続で着弾する12本の光の矢を、両腕のブレードだけで、ことごとく。 


 彼女の足もとの地面は、叩き落とされた光の矢で大きく抉られていた。しかしそれらの着弾痕の一つとして、彼女の足より後ろの地面を傷つけてはいなかった。


 時が止まったかのように、誰も、何も動かなかった。茶々丸本人も、最後の1本を叩き落とした姿勢のまま静止していた。その後ろで、茶々丸に庇われていた野良猫たちが怯えて逃げて行った。


 瞬間、茶々丸が動いた。ネギとアスナに向けて。あまりにも突然だったので、二人は身動き一つ取れない。一瞬で二人の目の前まで接近した茶々丸は、ネギの頬とアスナの首筋にそれぞれブレードを当てた。
 そして、静かに語りかける。


「…申し訳ありません、ネギ先生、神楽坂さん。私は―――――まだ、壊されるわけには参りません。」


 脳裏に3日前の夜の屈辱が甦り、茶々丸は歯を軋らせた。

 そしてその目をさらに鋭くし、真正面からネギを見据える。ネギはただビクッと体を震わせ、何も言えないでいる。


「ここでおとなしく退いてくださるのならば、こちらも刃を引きましょう。しかし、戦闘を続行されるというのであれば―――――」






「―――――容赦なく、お二方を斬り捨てます。」






「う、うわあぁぁぁぁぁぁん!!」


「あ、ちょ、ちょっと、ネギィッ!!」


 悲鳴を上げながら逃げていくネギと、それを追うアスナ。振り落とされるオコジョ。それを見ながら茶々丸は、回転数を上げ続ける自身のモーターを何とか鎮めようと、荒い息をついていた。
 しかし、一向にモーターは鎮まる気配がない。ロボットにあるまじき無茶な動作をしたせいで、両腕の関節にはかなりのダメージが蓄積されている。先ほどの、防衛本能に基づく反射的な行動。


 ―――――いや、違う。あれは、防衛本能なんかじゃない。ただ、そう、私は―――


 気付けば、走り出していた。超のラボに、修理してもらいに、ではない。モーターはますます唸りを上げる。両腕を振る度に関節部から悲鳴が上がる。でも、 今は気にしない。ただ、全力で、無我夢中で、走っていた。速く、速く、速く。この思いが、途切れてしまわぬうちに。この胸を占める感情が、消えて無くなら ないうちに。


 目的地―――エヴァンジェリンの自宅のドアを勢いよく開ける。エヴァンジェリンはリビングで電話をしていた。


「…ああそうだ。青い髪に、肩に拷問具を付けた男だ。もし何か分かったら知らせろ。ただし絶対に関わり合いになるな。分かったな、ジジイ。」


 どうやら電話の相手は学園長らしい。しかし1分と待たないうちに通話は終わったようだ。エヴァンジェリンが茶々丸の方を見る。


「…お帰り、茶々丸。どうした?随分と息を切らせているな。両腕のブレードも出しっ放しだ。何かあったのか?」


 言われて初めて、自分がブレードを格納し忘れていたことに気付く。しかし、そんなことは当の本人にはどうでもよかった。


「マスター…お願いがあります。」


 息を切らせたまま、茶々丸は己の主に生まれて初めての頼みごとをした。























「私を……強くしてください。このまま負けっぱなしなんて…悔しいです。」













 エヴァンジェリンは、最高の喜悦を秘めた笑顔を浮かべた。






 この後は超鈴音の知る歴史通りの道筋をたどった。ネギ・スプリングフィールドは森の中で長瀬楓と出会い、己のすべきことを自覚する。エヴァンジェリン・ A・K・マクダウェルは、次の日から花粉症を発症し、学校を休むことになる。そしてそのエヴァンジェリンをネギが訪れ、彼女の過去を覗き見ることになる。 そこまでは全く同じだ。


 違うのは、絡繰茶々丸がネギ・スプリングフィールドに恋心を抱かなくなったこと。そして、彼女が自身の主であるエヴァンジェリンに闘いの教えを乞うようになったこと。そこにあったのは唯一つ、絡繰茶々丸に生まれた一つの思い。






 それは、絡繰茶々丸という一人の『少女』が、長谷川千雨という同じ少女に対して抱いた、吸血鬼をも魅了するほどの強い感情―――――純粋なる恋慕(てきい)だった。













(後書き)

 第7話。ガントレットさんリア充化回。あーなんか甘々な恋愛物読みてー。某図書館みたいな、口から砂糖吐きそうな恋愛物読みてー。何か最近自分の中でそういうのが不足してる。



 それはともかく、茶々丸強化フラグ回です。当作の茶々丸は超強くなります。なお彼女が千雨に対して抱いているのは、超えるべき目標としての敵対心(尊敬は微塵も無い)と、完膚なきまでに破壊されたことへの屈辱感です。「もう二度とあんな無様を晒してたまるか」ってな感じの、負けず嫌いの意地みたいなモンです。ちなみに最大の見せ場は2章。



 あと、TRIGUNキャラと千雨バレイとの対話はまた入れます。次はガントレット以外のキャラで。



 最後に、今回のサブタイはドラゴンクエスト6より、ムドー戦のテーマ曲「敢然と立ち向かう」。炎の爪からメラミ出ること知らず、ゲントの杖でベホイミ出来ることも知らず、チャモロもミレーユも死んで、ハッサンのせいけんづきだけで生き残った思い出が…。



 それではまた次回…とはいっても、2話同時投稿ですが。

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