「え、マクダウェル今日休みなのか!?」


 朝一番で私は叫んだ。大勢のクラスメイトがこちらを見る。のどかも少し距離を詰めてきていた。
 あの肉体的にも精神的にもつらかった土日の生理痛から解放された月曜日、すなわち今日。さっそくマクダウェルに話を聞きに行こうとしたが、おかしなことに絡繰だけしか来ていなかった。そこで絡繰に聞きに行った(視界の片隅で超とハカセがビクッとなるのが見えた)ところ、なんと当の本人は病欠だとい う。


「ハイ、あのふぬ……マスターは昨日から花粉症が酷く、今朝も朝食を食べたきり寝室にこもってしまいました。」


「オイお前今自分のマスターを腑抜けって言いかけたか。」


「いえ、お気になさらず。」


 何か急に人間じみてきたなコイツ。突っ込むと面倒臭そうなので、スルーさせてもらうが。


「…ところで長谷川さんは、マスターに何か御用でしたか?」


「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな…。でも本人休みじゃどうしようもないか…。」


「エヴァンジェリンさん休みなんですか!?」


 ネギ先生が後ろから会話に割り込んできた。どうやら私と同じくマクダウェルに用があったらしい。引っ張りだこだなアイツ。主にろくでもない事情抱えてる人間に。
 ふと、そのネギ先生の肩に乗るオコジョと目が合った。


「………………………………」


「キュ、キュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!???」


「えええええ!?な、何で長谷川さん、カモ君を雑巾みたいにねじるんですか!?しかもそんな強く!?は、離してくださいーーー!!」


「キュウウウウウ!!(ち、ちぎれるぅぅぅぅぅぅ!!)」


「は、長谷川さんーーー!!やめてくださいーーー!!…って宮崎さん!?それ裁縫セットですか!?何でそんなもの持って来て…って何で長谷川さんに渡すん ですかーーーー!?長谷川さんも受け取らないでください、親指立てないでくださいーーー!!ああああ、カモくーーーん!!」


 その後ネギ先生の必死の抵抗により、オコジョをなめし皮にし損ねてしまった。





「「……チッ。」」





 のどかと舌打ちがシンクロした。

 …何かのどかのキャラが変わってる気がするけど…気のせいか?






#8 ソラニン





 放課後、私は超包子の店先でゲリラライブを行っていた。
 もともと今日の放課後にマクダウェルの家に行こうと考えていたのだが、当の本人が休みなので時間を持て余すことになった。

 なので、土日に出来なかった分 思いっきり演奏することにしようと、四葉に許可をとってサックスを吹かせてもらっていた。とはいっても生理明けなのであまり無理は出来ないが。

 店を訪れた人は皆私の演奏を聴きながら、食事に舌鼓を打っていた。ついでに目の前のケースにもお金を入れていってくれる。一瞬目線をそちらに向けると、千円札が3枚確認できた。今日は太っ腹な客が多いらしい。心情的にも金銭的にも嬉しい限りだ。
 3曲目となる曲を吹き終えると、あちこちから拍手が飛んだ。もちろん一礼して返すのも忘れない。


「いやーーー!!さすがだね長谷川さん!我らが3−Aの誇るアーティスト!」


 そんな歯の浮くようなセリフを言いながら近づいてきたのは、早乙女ハルナ。後ろからのどか、綾瀬、近衛らが着いてきているところを見ると、おそらく図書館に立ち寄る前に超包子に寄り、小腹を満たしていたというところだろう。


「満足してくれたみたいで幸いだ。ついでにそこのケースに小銭入れてくれたら私もうれしいんだが。」


 無論クラスメイトから金を取る気はない。本当にその気ならいつもクラスで演奏するたびに金を取ってる。早乙女たちも冗談だと分かっているはずだ。
 …と思っていたら。早乙女が気味の悪いニヤニヤ笑いを顔に張り付けていた。



「ふふふ〜ん。そんなこと親友に言っていいのかな〜?」


「あん?」


「だからぁ、親友ののどかからお金取るの?夜の桜通りとか長谷川さんの部屋とかで、散々のどかのためだけに演奏したくせにさ♡」


「なぁ!?」


 予想外の切り返しが来やがった。


「もーこの土日でどれだけのどかからアンタの話聞いたことか。千雨さんの演奏はすごい、聞いてて幸せになれる、千雨さんの演奏は世界一だ、って。もー同室で延々と惚気話聞かされるこっちの身にもなれってのよねー。」


「付け加えますと、今日長谷川さんがクラスで演奏してた時も、『千雨さんの本当の実力はあんなものじゃないんだよ!』って、興奮しながら言ってたです。」


「土日の図書館のときは、長谷川さん来れへんくなったって落ち込んどったなー。」


 見れば、ここ数日の痴態を暴露されたのどかはすでにリンゴと見紛うほどに真っ赤だ。かくいう私も頬が熱くなる。


「あー…ありがとうなのどか…そこまで評価してくれて…。」


「い…いえ…。」


 俯いたまま消え入りそうな声で返すのどか。うん、可愛い。
 その様子を見ていた早乙女が、さらに笑みを深くしながら続けた。


「いやーもう、ラッブラブだねー!満腹満腹♡いつの間にそんな仲良くなったのさ?数年来の付き合いのユエも顔負けだよ!」


「あーもう、うるせぇっての!別に付き合ってるわけじゃねぇよ!ラブラブとか言うな!」


「いやでもラブ臭かなりするよ?助かるわー、これでしばらくネタには困らないっ!次回作はコレで行こう!」


「のどかー。もしコイツが変なこと書こうとしたら容赦なく頼むわ。」


「了解です。爪の中に刺し込むまち針は常に持ち合わせておきます。」


 親指で首を掻き切る動作をしながらのどかに頼んだら、具体的な手段になって帰ってきた。にっこりといつも通りの笑みを浮かべているのが逆に怖い。現に早乙女は若干退いてるし。


「…長谷川さん、どうもここ2〜3日で、のどかが妙なベクトルに突き抜け始めた気がするのですが…心当たりありませんか?」


 …気のせいじゃなかったかぁ…。















 図書館島。麻帆良学園内にある湖上の図書館で、おおよそ図書館とは思えないほどの巨大さを誇る、麻帆良屈指の観光スポットだ。その大きさは図書館探検部 なる部活が存在するほどで、同時に伝説の司書や秘密の書庫などの数々の伝説を抱えており、いまだに秘密の多い場所として知られている。


「――――――まぁ、間違いなく魔法関係の建物なんだろうけどな。」


「ですよねぇ…なんでもっと速くここの異常さに気付けなかったんだろ…?」


「やっぱり、気付きにくくする魔法とかが掛かってるんじゃないか?一度魔法のことを知ったら解除されるようになってるとか。」


 一般人が聞いたら不味い会話を繰り広げながら、前を行くのどかについて書棚の間を抜けていく。
 お察しの通り、現在私は図書館島にいる。あの後のどかたちに図書館島に誘われ、入口から別々に別れて行動することになった。のどかは「古い音楽雑誌が集 まったセクションがあったから、そこに行きましょう」と言って私を連れてきたが、おそらくそれが理由ではないだろう。先ほどから辺りに人気が無いのがその証拠だ。だからこそ、こんな会話が堂々とできるのだが。


「それで?何か特別な用事があるんだろ?」


「ハイ。実は一昨日探検していた時に、魔法関係者と思われる人に会ったんです。その人が連れて行ってくれた場所なんですけど、魔法関係の本が結構置いて あって…。一応千雨さんにも見せておいた方がいいかな、と思ったんです。それに、そこなら魔法関係のことも気兼ねなく話せますし。」


「…胡散臭いな。親切すぎる辺りが特に胡散臭い。どうしてそいつはのどかが魔法関係に足を踏み入れたばかりの人間だって知ってるんだ?どう考えても良いやつだとは思えないぞ?信用できるのか?」


「…何でも、私とエヴァンジェリンさんの保健室での会話を魔法で盗み聞きしてたらしくて…。エヴァンジェリンさんとは旧知の仲だって言ってました。」



「盗み聞きって、その時点で碌なやつじゃねぇな…。旧知の仲だって言うんならその場に出てくればいいじゃねぇか。丸っきり信用できないぞ?」





 やっぱり一昨日参加しておいた方が良かった。その場でとっ捕まえて尋問出来ただろうに。



「ハイ、私も信用はしてないんですが…。見せてくれた本はどれも偽物とは思えないものばかりでした。その人は信用できないですけど、本の内容だけは信用できると思います。」


 なるほど、この図書館島で数々の本を見続けてきて、本に対して並々ならぬ愛情を持つのどかが太鼓判を押すのだから、その本だけは信用していいだろう。



「そいつ、名前とか言ってなかったか?偽名でも構わない。」


「あ、教えてくれました。本名も偽名も。本名は『アルビレオ・イマ』さんとおっしゃるらしくて、人前で話題に出すときは『クウネル・サンダース』と呼んでくれ、って。」


「…天性の詐欺師だな。しかも分かってて人をおちょくるのが好きなタイプだ。二度と関わり合いになるなよ?間違いなく、人の不幸を喜ぶような、人間の屑みたいなやつだ。」


「もちろんです。もう顔も見たくありません。」


 心得ているようで何よりだ。向こうから接触してくる可能性はあるだろうが、その時は完璧に無視したほうがいいだろうな。








 しばらくすると、古い書棚に囲まれた古ぼけた机と椅子が目に入った。どうやらここらしい。書棚に目を移せば、よく分からない言語で書かれた本がいくつも見えた。
 のどかは荷物を置くと、さっそく雑巾を取り出して掃除をし始めた。


「手伝うよ。雑巾の余りあるか?」


「あ、大丈夫ですよ、そんなに大きい机じゃないですし。それよりも、ええと――――」


 ふと周りを見回した後、近くの書棚を指差した。


「あっちの本棚に、日本語で書かれた本をまとめ置きしておいたので、取ってきてもらえますか?ハイ、そこの右側の棚の、中段のスペースです。」


 なるほど、日本語で書かれた本が十数冊置いてあった。さすが図書委員。
 言われたとおりにそれらの本をのどかが拭いた後の机に持っていく。運び終わったところで、二人して読み始めた。


 しばらく経っただろうか。結構魔法関係のことが色々分かっていた。精霊だのマギステル・マギだの、挙句の果てには魔法世界ときた。まさかこんな身近に異世界があるとは、日常とか常識とかが結構な速さで崩れていく。いや、自分も充分すぎるくらい非常識な存在だけどさ。


「あっ!」


 と、のどかから素っ頓狂な声が上がった。席を立ってのどかの後ろに寄り、のどかの指差す項目を見た。そこには、「従者契約の種類A 仮契約(パクティオー)」と書かれていた


『仮契約とは、通常の従者契約の試験用のもので、こちらは本契約とは違い、何人とでも契約することが可能である。ただし、本契約成立後に行使することは出 来ない。仮契約をした従者にはアーティファクト(後述)と呼ばれる固有の魔法具を得ることができる。ただしこの仮契約は、マスターとなる人物の魔力総量が 少ない場合は契約が不成立になる場合が存在する他、契約対象に魂が無ければならないという制限がある。この仮契約を行う術式は数多く存在しているが、最も 手軽な方法として、魔法陣上での接吻行為によるものが知られている。』




 なるほど、この前あの糞オコジョがのどかにキスを強要していたのは、この仮契約が目当てだったわけだな。とすると、あの時書かれていた魔法陣は仮契約用の物か。




「………どう思います?」


 のどかが私の顔を見上げながら問いかける。ただ、どうと言われてもな。


「…正直、この情報だけじゃ何とも言えないな…。何であのオコジョが仮契約を強引に推し進めようとしたかが分からない。間違いなく、仮契約することによるメリットがあったんだろうが、それがこのアーティファクトってやつを得ることとは思えない。」


 アーティファクトに関する項目も見てみる。どうやらアーティファクトとは、使用者の潜在能力を引き出す固有の魔法具であるそうだ。しかしそれなら、なおさらあのオコジョやネギ先生にとってのメリットが見られない。売りさばくつもりなのか?
 そういえばあの桜通りの一件の時、マクダウェルは絡繰のことを従者と呼んでいた。ということは、マクダウェルと絡繰は従者契約をしているのだろうか。しかし、ロボットに魂があるのか?
 …絡繰に限ってはありそうだな。今日はよくガン付けてきてたし。


「あ。そういえば千雨さん?今日エヴァンジェリンさんに何か聞きたいことがあったんですよね?何を聞きたかったんですか?」


 のどかが本から目を離して問いかけてきた。その件に関しては説明が必要なので、仮契約に関する考察を止めて席に戻り、のどかと向かい合った。


「いや、聞きたいことと言うか、ちょっと今回のこの事件に違和感を感じててな…。私が教室で倒れた日、覚えてるだろ?」


 もちろん、とのどかが返す。


「その直前なんだけど、桜咲と龍宮から警戒するような視線で見られてたんだ。あ、桜咲と龍宮も麻帆良所属の魔法関係者だったんだけど…それは知らなかったみたいだな。」


 ちょっと驚いたような顔をしていたが、とりあえず話を続けることにする。


「で、その時にちょっと違和感感じたんだ。その時はすぐには分からなかったし、直後にあんなことになっちまったけど、家帰って落ち着いて考えたら、分かったんだ。」


「…何がですか?特に変な感じはしなかったですけど…。」


「いやさ、桜咲と龍宮に警戒されてるってことは、私がマクダウェルと絡繰を返り討ちにしたことが知られてるってことだろ?」


「……?ハイ、そうなりますよね…?それが?」


「何で知ってるんだ?あいつらは麻帆良学園所属の魔法使いなんだぞ?」


「えっと…それは……………って、あれ?」


 のどかも気付いたようだ。この矛盾点に。


「そうだ、あの二人が事情を知っているのはおかしい。もしあいつらが事情を知っているとして、2通り考えられる。マクダウェル本人から聞いたか、その現場を目撃したか。
 マクダウェル本人から話を聞くのは有り得ない。マクダウェルにとってデメリットしかないからな。なぜわざわざ麻帆良の魔法関係者に、自分が疑われるようなことを教えなければならない?
 だが、現場を目撃しているという考えはもっと有り得ない――――それならあの夜、どうしてだれも助けようとしなかった?」


 例えば私が茶々丸と闘っていた時から見ていたというなら、その後の私の凶行を止めに入っていたはずだし、マクダウェルとの戦闘からだったなら、私にだけ敵意のこもった視線を向けるのはおかしい。
 …というか、もっと言えば、あの時私の耳の聞こえる範囲内にあいつらは居なかった。


「つまり、マクダウェルが話したって考える方が自然なんだけど、そうなれば多分あいつらは、マクダウェルや私が吸血鬼事件に関わっていると気付くだろうな。で、学校側にそのことを報告するのも当然だ。そうすると早晩私やマクダウェルは学校に呼び出されているはずだが…。今日まで私に監視の目が付いている 気配はしなかった。マクダウェルの方は分からんが、少なくとも絡繰は、何事もなく学校に来ている。だからおかしいんだ。何で学園側は、この事態に関して何のアクションも起さない?」


 仮にも生徒数人が殺し合いを演じたのだ。なのに学園は静観を貫いたままだ。何より、半年前から生徒の噂になっていた通り魔に対して、何の対策も為されていなかったというのもおかしい。
 だからこそ―――――想像が、次の段階へとシフトする。








「まさかとは思うが――――学園側はもともと犯人を知っていて、そのうえでその犯行を黙認しているんじゃないだろうな?って考えたんだ。」






 …正直これは荒唐無稽な考えだ。誰も何も得しない。マクダウェルは得をするだろうが、学園側にデメリットしかないことが分からないわけではないはずだ。そうなれば、学園側に隠蔽されていることを確実に怪しむだろう。


 しかし、私の話をずっと聞いていたのどかは、しばらくして重い口を開いた。


「…多分、千雨さんの考えてる通りだと思います…。学園側が黙認してる可能性が高いです…。」


 断定的に、しかしショックは隠しきれない口調であった。


「先日千雨さんの枕元でエヴァンジェリンさんと会話した時に、言ってたんです。エヴァンジェリンさんは、本当に本物の吸血鬼だそうで、魔法関係者なら知らない者はいないくらい有名な存在だそうです。」


「なっ!?それ本当か!?」


 私は弾けるように立ちあがった。椅子が倒れるが気にしている余裕は無かった。
 もしその話が本当なら、間違いなくマクダウェルが疑われる。『桜通りの吸血鬼』なんて分かりやすい名称で呼ばれているのだから、本物の吸血鬼に疑いの目が向くのは当然だ。そして、本当にマクダウェルが有名人だというのなら、学園側がその存在を認知していないはずがない。同時に、最大の容疑者に、自由な行動を許すとも思えない。



 にも関わらず―――――彼女は長らく犯行を続けている。続けることが出来ている。麻帆良学園は生徒に被害が出ているにも関わらず、捜査しようとしていない。それはすなわち。










「学園がエヴァンジェリンさんの犯行を知っているのはほぼ間違いないと思います。そしてそれを黙認している。―――――一般の生徒を、犠牲にして。」


 のどかの唇が強く噛みしめられる。私も拳を握りしめた。くそったれが。生徒が通り魔に襲われるのを黙認しておいて何が学園だ。正義の魔法使いだ。ふざけるな。


 しばらくの間、わたしたちの間を重い沈黙が支配していた。ややあって、のどかがまた口を開いた。


「でも…なんで学園側はエヴァンジェリンさんの犯行を許しているんでしょう?何のメリットもないはずなんですが…。」


「メリットがあるからそういう行動を取ってるんだろ。その辺は何か政治的な問題になってきそうだけどな。深入りするとヤバそうだし、この際無視しておこう。学園の魔法使い共が下種の集まりだってことが分かっただけでも充分だ。」


 今後は桜咲や龍宮にも極力関わらないようにしよう。あいつらも通り魔の仲間にしか思えなくなってきた。

 だが、この学園内にはどれだけの魔法使いがいるんだろうか?向こうから仕掛けてこない限り、こっちには一般人と魔法使いの区別がつかないのだ。普通に歩いてたら後ろからズドンなど、真っ平御免だ。


「それにエヴァンジェリンさんも…何でいきなり通り魔なんて始めたんでしょうか?それまではおとなしくしてたのに…。それにやってることもなんだかせせこましいというか…。」


「…確か保健室でしゃべった時に、何か目的があるようなことを言ってたな。その目的のために一般人を襲っているんだろうけど…。」


 私ものどかもうーんと唸る。私たちが考えていることは同じのはずだ。すなわち、「マクダウェルが好んでそんなことをするか?」という疑問。
 この数日間マクダウェルと関わってきたが、最初こそ通り魔の印象しか持っていなかったが、どうにもあいつがただの下種な悪党のようには思えないし、暴力や権力に屈するやつとも思えない。言うなれば、プライドの高いダークヒーローのような、強者を求める戦闘狂のような、そんな感じ。
 だからこそ、今回のあいつの犯行は腑に落ちない。魔法も何も知らない一般人を襲うことが、あいつの信条に反しないのか?生徒を襲うことを容認するような学園と手を組んでまで?だが…。
 …考えるのめんどくさくなってきた。


「あーもう!人の事情なんて知らん!とにかく、学園がろくでもない連中だっていうのが分かっただけで充分だろ。これから先魔法使いには気をつけなきゃな。具体的には桜咲と龍宮。」


 動機を調べるのなんて警察にでも任せておけばいい。こっちは別に人の事情に頓着する気はないのだ。ただ、自分たちに火の粉が降りかかるのが嫌なだけ。今回の一件で私の異常性は学園側に知られたとみて間違いないだろう。後はどうやり過ごすかだ。


「桜咲さん、ですか…。」


 ふと、のどかがそんな言葉を漏らした。


「桜咲がどうかしたのか?」


「えっと、実は木乃香と桜咲さんって幼馴染らしいんです。ただ、しばらく疎遠だったらしくて、中学になって再会したそうなんですけど、なんだか桜咲さんが木乃香に対して妙によそよそしくなってたそうで…。」


「…つまり、近衛も魔法関係者の可能性があるってことか?」


「うーん…その可能性は低いと思います。木乃香、桜咲さんの話になるたびに寂しそうな表情浮かべてますし…。あの夜も全然状況分かってなかったみたいですし。」


 まあ普段の雰囲気からして、暴力的手段を学んでいるっていう印象は無いしな。それほど気にしなくていいだろう。


 窓の外を見ると、薄暗くなっていた。時計を見ると、17時45分。


「そろそろ帰るか。続きはまた明日以降にして。」


「あ、もうこんな時間…。そうですね、そろそろ帰りましょう。ユエ達はもう帰っちゃったかな?」


 本を片付けて帰り支度を始める。そういえば牛乳切らしてたっけ。帰りに買ってくか。


「あ、ユエからメール来てた。『先に帰ってるです。パルが二人の蜜月を邪魔しちゃいけないよ〜とか言ってたので。』だそうです。」


「じゃあ帰りにコンビニ寄ってくか。牛乳買いたいんだ。後早乙女はシメとけ。」


「分かりました。制服の袖口縫い付けておきます。」


「実践的かつ効果的な嫌がらせだ!?何かそういうイジメ聞いたことあるぞ!?」


 どうしよう、のどかがどんどん悪い方向に成長してる。














 図書館から出ると、結構暗くなっていた。春になり、寒さもだいぶ薄らいできたとはいえ、まだまだ日が暮れるのは速い。


「そういえば明日の数学の宿題終わってますか?」


「ああ、土日はずっと引きこもってたからな。もう終わらせてある。」





 …しかしまぁ、そんなことより、何というか。


「あの問3、結構難しくなかったですか?私もハルナもすごく悩んだんですけど…。」


「確かにな。でもあれテストに出そうだぞ?明日の授業で答え合わせするはずだから、ちゃんと聞いておいたほうがいいかもな。」


 そこで私は後ろの茂みを振り向く。何時間ここで粘ってたんだろ。


「分かったか長瀬?というかそもそも宿題終わってるんだろうな?」


 え!?と驚く声がのどかから上がる。ややあって、茂みがガサゴソと動き、見慣れた長身の女子が姿を現した。
 長瀬楓。3−Aでも有数の色物生徒で、忍者モドキ。モドキでもないかもしれんが。街灯に照らされたその表情は、驚きとばつの悪さを半々に秘めたものであった。


「…いやはや、まさかばれているとは思わなかったでござるよ。長谷川殿。拙者、隠形には自信があったのでござるが…。」


 ポリポリと頭を掻き、恥ずかしそうに笑いながら長瀬は言う。

 隠形していようが透明になっていようが、完全な無音とは程遠い。それをこの私が分からいでか。


「でも何でまた、こんなストーカー紛いのことをしたんですか?」


「いや、先ほど図書館から出てくる二人を見かけたのでござるが、最近長谷川殿と宮崎殿が急に仲良くなったように感じられたので、ちょっと気になってたのでござるよ。それで、少し離れた場所から様子を見てみようと思ったのでござる。」


 魔が差しただけでござるよー、と言ってにこやかに話す長瀬と、納得したような雰囲気の宮崎。しかし、マクダウェルといいこいつといい、どうも自分たちのクラスメイトに犯罪者が増えてる気がするな。
















 ――――だが、いい加減そろそろ、怒ってもいいだろう。
 ―――――適当な嘘並べやがって。とうに気付いてたんだよこっちは。












「さらっと嘘ついてんじゃねぇぞ長瀬。お前、私たちが超包子にいた時からつけまわしてただろ。」






 長瀬がこちらを見る。表情に変化はない。が、この距離なら長瀬の心拍数、脈拍が手に取るように分かる。心拍数が急に跳ね上がったのが聞こえた。私はたたみかけるように言葉をつづけた。


「のどか達が私の演奏が終わって近づいてきた時には、もう店の屋根上にいただろう?全く、最近は盗み聞きするやつが多くて困る。おまけにどいつもこいつも礼儀がなってない。良い演奏だったとか言う割には襲ってきたりな。
 ―――――だから、後ろで組んだ手に持ってる苦無をさっさとしまえ。」


 長瀬が小さくビクリと動いた。クナイを出したのは、私の言葉に乗せた殺気に反応したんだろうけどな。すでに長瀬の笑顔は強張っている。まぁそれぐらい怖がってくれた方がありがたい。のどかは私の態度に怪訝な顔を浮かべているが、説明は後だ。


「…というか、私を尾けてたんじゃないだろ?お前がつけてたのは、のどかだ。現に、のどか達が来るまでお前の気配は一切しなかったしな。

 まぁ大体誰の差し金かは想像がつく。私ならともかくな、のどかは無関係だろうが。それが分からないアイツでもあるまいし。私が一番怒ってるのはそれだ。下らねぇ真似してんじゃねぇよ。表裏の区別も付かねぇのか?」


「…そこまで分かっておられたとは、お見それいたした。嘘をついたこともそうでござるが、確かに拙者のしたことは、いち級友として正しくないことだったでござるな…。本当に申し訳なかった。宮崎殿、そして長谷川殿。この通りでござる。」


 そう言って長瀬はその場で靴を脱いで、土下座した。さすがにそこまで反省されるとはな。かといって、冷やかな視線を崩しはしないが。逆に、尾けられてたのどかが慌てた。


「いっ、いや、いいですよ長瀬さん!長瀬さんが悪いわけじゃないですし!」


「のどかの言うとおりだな。つけ回されて嘘つかれたことは腹立たしいが、お前が反省することじゃない。お前はあくまで依頼をこなしただけだからな。私のは単なる事実確認だ。」


 あんまり土下座されると、万が一誰かに見つかった時に困るし、さっさと止めさせるに限る。


「…では、また後日、このお詫びをさせてくだされ。本当に申し訳なかったでござる。」


 沈んだ雰囲気を出しながら帰ろうとする長瀬。充分反省してるのは分かるが、これだけは言っておかなきゃな。


「オイ、長瀬。この後依頼主に会うんだったら、伝えておいてくれ。」



 長瀬が一旦止まり、私の方を振り返る。


「私はあくまで、私にかかる火の粉を振り払うだけだ。こっちから何かする気は一切無い。平穏無事が私の信条だ。
 ―――――もし、それを土足で踏みにじるような真似をするっていうんなら―――――」








「―――――一切、容赦しねぇ。確実に息の根止めてやるから、覚悟しとけ。」






「―――――――――――――――!!!」








 それだけ聞いて、長瀬は風のように去って行った。のどかが不安げな目で私を見つめていた。


「…千雨さん、あんな脅し方して大丈夫だったんですか?余計に学園側が危険視するだけなんじゃ…。」


「大丈夫だよ。長瀬は別に学園から頼まれたわけじゃない。長瀬に依頼したのは十中八九龍宮だが、学園側に指示されたわけじゃないと思う。龍宮が、週明けで急に仲良くなった私たち見て不審に思ったんだろうな。」


「で、でも龍宮さんが依頼したっていうんなら、なおさら…。」


「だからこそ、ああいうキツイ脅し方をしたんだ。」


「…どういうことですか?」


 不思議そうに首をかしげるのどか。いい加減ここで止まり続けているのもアレなので、歩きながら説明することにする。


「今回脅したことで、長瀬は間違いなく私の危険性を知らせるだろうな。特に最後の伝言は、一言一句間違えずに伝えてくれるはずだ。龍宮は私がマクダウェル と絡繰を撃退していることを知ってるから、その伝言を聞けば、私に手を出す気は無くなるはずだ。同室の桜咲も同様に。龍宮は普段の言動とかから考えるに、 自分にメリットが無い行動はしないはずだから、私に手を出すデメリットが大きいことを感じてくれる。そうすれば、ちょうどいい抑止力になるだろ?」


「なるほど…。『核の傘』みたいなことですね。」


「…そう言われると印象悪いが、まぁそういうことだ。これでちょっかい掛けてこなきゃいいけど。」


 すでに空には星が輝き始めている。無駄に神経を使った。さっさと牛乳買って帰ろう。



side out










 龍宮真名が自室のベランダの窓を開けると、長瀬楓が荒い息をつきながら部屋に倒れ込むように入ってきた。


「ハァッ、ハァッ、…とりあえず、ハァッ…み、水を、もらえるで、ござるか…?」


 その様子に驚いた真名と刹那は、急いで冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、楓に差し出した。楓は半分近くを一気に飲み干した後、ふぅ、と大きく息をついた。


「…生きておるな。拙者。」


「あ、ああ…生きてるよ、ちゃんと…。宮崎の件はどうだったんだ?」


 真名がそう口に出した瞬間、楓の顔が苦々しいものに変わった。


「…こんな依頼はもう二度と勘弁してほしいでござるよ、真名。少なくとも、背後関係くらいは前もって説明してもらわないと。確実に十年は寿命が縮まったでござるよ…。」


 そして楓は説明し始めた。千雨に全てばれていたこと、そして、伝言のことも。伝えた瞬間、さすがの真名も顔が強張った。その様子を見て、溜め息をつきながら楓が続けた。


「…長谷川殿は、並の御仁ではござらん…。『伝言』の瞬間のあの尋常ならざる殺気、心臓を握りつぶされるようでござった…。手出しされない限り何もしない と言っていたのだから、真名、お主も何を警戒しているのか知らんが、長谷川殿の周囲に無闇にちょっかいを掛けるのは止めた方がいいでござるよ?」


 さすがの真名も口を閉ざした。確かに千雨の指摘通り、週明けで急に仲良くなっていた千雨とのどかをいぶかしみ、楓に様子を見るよう頼んだのである。

 万が一千雨にばれる可能性も考えてのどかの方を尾けさせたのだが、まさかそれが裏目に出るとは思っていなかった。自分がつけられているならまだしも、自分に注がれてもいない視線を感知するなど、並大抵のことではない。しかも依頼した自分自身のことまで気付かれるとは。真名は自分の見通しが甘すぎたことを痛感する。

 場に沈黙が流れる。










「―――――いや、やはり一度、手合わせする必要があるだろう。」







 それまで押し黙って楓の話を聞いていた刹那が口を開いた。真名と楓が刹那に視点を合わせる。


「茶々丸を破壊したばかりか、あのエヴァンジェリンさんを追い詰め、そして長瀬の隠形に易々と気付く―――――はっきり言って、危険すぎる。このまま野放しにしておくのはどうかと思う。真名、お前は学園に雇われている身だろう?学園側から長谷川の動向に注意しておけと言われてるじゃないか。ならば、一度接触してみるべきだろう。」


 この刹那の発言に顔をしかめたのは長瀬だった。


「―――――刹那殿。拙者の話を聞いていたでござるか?彼女は自分からは何もしないと明言していた。この上こちらから手を出せば、藪蛇では済まないでござるよ?」


「分かっている。しかし万が一、お嬢様にもしものことがあってからでは遅いのだ。」


 刹那は頑として聞き入れなかった。彼女の頭にあるのは、たった一つ。敬愛するお嬢様のことのみ。
 彼女は刀の鯉口を切り、刃に自らの顔を映しながら、つぶやく。






「長谷川千雨―――――私が、見極めさせてもらう。」






























 ≪今日の舞台裏≫


「マスター。お薬をお持ちしました。」


「あ、ああ…済まないな…。」


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「………あー、茶々丸?」


「ハイ、何でしょうか。」


「………怒ってる、よな?」


「何のことでしょうか。」


「いや、私がお前に稽古つける約束してたのに、次の日からダウンして約束守れなくなったことについて…。」


「マスター。」


「な、何だ!?」


「そう思うのならさっさと…速く良くなってください。」


「…………………ゴメン。」


「ケケケ、威厳ガタ落チダナゴ主人…テイウカ違ウ意味デ強クナッタナ妹ヨ。」














(後書き)

 第8話。刹那死亡フラグとか言っちゃいけない回。ですが誰よりも悲惨なのは、命がけで情報を持ちかえったのにそれを無視された長瀬さんです。



 刹那短絡思考過ぎないかと思われるかもしれませんが、現在の千雨はエヴァ&茶々丸を追い詰めた、危険すぎる謎の少女という位置づけですので、刹那の危惧は別に間違ったものではありません。手ぇ出さなきゃ何もしないなんて、信じられるわけないですし。



 サブタイはASIAN KUNG-FU GENERATIONのシングル「ソラニン」。ジャガイモの新芽に含まれてる毒素です。



 それではまた次回〜。

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