「ウチらの負けやな。」


 ソファに寝転んで煙草の煙を吐き出しながら、千草があっけらかんとした様子で話す。煙は千草の傍らに立つフェイトに流れ、フェイトはそれを鬱陶しげに手で払っていた。


現在千草たちが居るのは、千草が懇意にしている「仕事相手」の「事務所」の一室である。

 千草は万が一の時に自分たちの身柄が拘束されないよう、この事務所内に転移魔法陣と、自分たちが気絶した際の、事務所への自動転送設定を組み込んでいた。千雨の衝撃波で意識を失ったメンバーは直ちにこの事務所内に転送され、ギリギリで一命を取り留めたのだった。


「…まぁ確かに、今の僕たちじゃあ、近衛木乃香の誘拐は非常に難しいね。」


フェイトが灰皿を千草に差し出しながら同意する。灰皿に煙草の灰を落としつつ、千草は言葉を続けた。


「せやろ?ただでさえ向こうは万全やのに、ウチらはほぼ全員怪我人や。しかもあの楽士、アレはアカン。手に負えへん。魔法使い殺しもええとこや。フェイトはんと調はんの存在知っててぶつけてきたんやないかと疑いたくなるわ。」


「…チグサはあの詠唱封じの正体が分かったの?」


「当たり前やろ。あんなん目の前で見せられて、気付かへん方がおかしい。ま、あないな技身に付けるヤツは、もっと理解出来へんけどな。」


後で説明したる、と言って、千草は再度煙草を口に咥えた。その視線が一瞬、扉の向こうを捉えたのを、フェイトは見逃さなかった。


扉の向こうでは、同じく衝撃波をまともに浴びた他のメンバーたちが、未だ眠っている。

 あの衝撃波は完全に即死狙いの攻撃だった。意識を失った直後にこの 事務所に転送され、居合わせた「所員」たちの、電気ショックによる救命措置が無ければ、間違いなく全員死んでいたのだ。それを考えれば、ああして眠っていられるだけでも幸せなことだ、とフェイトは思う。目覚めた瞬間目に入るのが、千草の指示でずっと看病していた怖いお兄さんであることを除けば。


「…で、これからどうするの?ただでさえ依頼主には裏切ったと思われてるのに。近衛木乃香の誘拐がままならないんじゃ、誤解を解くことも出来ないよ?」


「別に誤解やないけどな。先に裏切ったんはウチらやし。」


千草は煙草を吸い終えたのか、新しい煙草を箱から取り出していた。その余裕綽々な態度に、すでに高跳びする準備をしているのか、と考えたが、そんなフェイトの心中を嘲笑うかのように、否、実際に笑いながら、千草は口を開いた。


「安心しぃ。別にアンタ等を置き去りにして逃げようなんて思うてへんよ。まだ手詰まりやない。このくらいやったら、いくらでもやり様がある。」


そう言って吸殻を灰皿に捨て、新しい煙草に火を点けた。美味しそうに煙草を味わう千草を、フェイトは訝しむような目で見ている。


「…何や、言いたいことがあるっちゅう顔してはりますなぁ、フェイトはん?」


千草もその視線に気づいていたらしい。フェイトは肩をすくめながら弁解する。


「別に何も。ただ、電気ショックによる心肺蘇生なんて、そんな救命装置がこの建物にあるなんて、随分不自然だなって思っていただけ。」


それは紛れもないフェイト自身の疑念。千草が懇意にする「仕事相手」の事務所という建物において、あまりにそぐわない代物の存在。それが、千草に対するフェイトの不信を煽っていた。


だが千草は飄々とした様子を崩さず、妖しげな笑みを湛えるだけだった。


「万が一の備え。この答えでは不満どすか?」


そう言って再度煙草を味わい始める。それっきり、扉の向こうから調たちの悲鳴が轟くまで、二人の間に会話は無かった。






#20 ウェザーリポート




side 千雨



旅館に戻ると、警察が旅館を取り囲んでいた。


さすがに旅館内で暴れすぎた。これで警察が来なかったら、その方が異常事態だ。渡月橋の爆破解体に加え、修学旅行生が泊まる旅館内で、銃やら爆弾やらが使用され、にも関わらず誰一人それに気付かなかったという、異常極まりない状況。さぞかし警察の方々は困惑しているだろう。

 私たち学生も外出絶対禁止が言い渡されていた。学生たちも、こんな危険な状況で部屋の外に出たいとは思わないだろう。


なので、私たちもおとなしく部屋に戻り、おとなしく部屋で過ごす以外無かった。

 本当は全員で話し合いをするつもりだったのだが、さすがにそろそろ、顔が見えないことを教師陣に気付かれ、怪しまれる恐れがある。龍宮もその結論に達し、こっそり部屋に戻ることにした。桜咲はネギ先生のところへ近衛を届け、つ いでにネギ先生と話をするらしい。

というわけで、部屋に戻った瞬間、チア部3人組が泣きながら抱きついてきた。ずっと心配してくれていたらしい。一応部屋を出る時に、「嵐山のお土産買い忘れたから買ってくる」と伝えておいたのだが、誰かから旅館の惨状を伝えられたらしく、大丈夫なのかとずっと気を揉んでいたらしい。


「ごめん…。心配掛けた。」


「ホントだよバカッ!!」


「私たち、長谷川さんが死んだんじゃないかと思ったんだよ!?」


「せめて携帯に連絡入れてよ!?」


と素直に謝ったら、半泣きのまま責められた。…うん、その死にかねない状況を作ったのも私なわけで…。


と、ここで突然、携帯がメール受信を告げた。件名は『後始末』と書いてあるが、差出人の欄には見覚えの無いアドレスが記されていた。3人を何とかなだめすかして、自然な装いでトイレに入り、メールを読む。ざっとまとめると、こんな感じだった。


破壊痕は隠しようが無かったので、血痕だけ始末した。
仲居の死体は埋めることにしたが、可哀想なので首だけ取っておいた。
トラウマになりそうだったので、ネギ先生と神楽坂から、仲居が殺された時の記憶を消しておいた。
茶々丸の怪我は超が修理中。楓自身の怪我は治癒符である程度回復出来た。
従業員の洗脳は、天ヶ崎の脱出後しばらくして解けた。
そして洗脳が解けた従業員が通報。直後、渡月橋が崩壊。
現在従業員と先生方が聴取を受けている。
学生は部屋に軟禁。学生の間には不安が広がっている。


その他、私が渡月橋に赴いた後の旅館内の顛末が事細かに記されている。さらには、血痕や指紋など、警察に見つかったら一発で重要参考人と判断されるであろう証拠の数々を全てを除去した、という報告も書かれていた。

 普通ならありがたいと思うところなのだろうが、誰がこのメールを送って来ているか分からない 今は、逆に不気味さを煽る。

 だが、文章の最後に添えられていた一文が、私の問いに明確な答えを出していた。


『この後話をしたイ。話しかけてきてくレ。  超鈴音』


「……超、鈴音。」


携帯を睨みつけながら呟く。耳に響いたその名前は、まるで生前からの仇敵のようだった。きっと私の目は今、ぞっとするほど冷たい色を帯びているのだろう。携帯を持つ手にも、自然と力がこもる。話し合いはこちらも望むところだが、軟禁状態で一体どうするというのか。と、考えていると、ドアがコンコンと叩 かれた。


「長谷川ー?何か妙に長いけどどうしたのー?」


「ああ、悪い、今出るよ。」


仕方なく携帯を閉じて、使っても無いトイレの水を流してドアを開けると、柿崎たちがタオルや替えの下着を持って立っていた。


「ホラ長谷川、もうすぐ入浴時間だよ?速く準備しないと、いいんちょに怒られるよ?」


…なるほど、そういうことか。さすが天才児、と褒めるべきところだろうか。
とりあえず、タオルと下着の用意をした。






大浴場は、不安そうな顔の生徒で一杯だった。それもそのはず、入口にも更衣室にも大浴場にも、女性警官が直立不動で見張っているのだ。旅館の内外はどれほど危険なことになっているのかと、生徒たちの不安も自然と駆り立てられるのだろう。安心したまえ生徒諸君。犯人はこの中に居る。

 …私だけどな。


「お、来タ来タ。こっちネ、長谷川さン。」


大浴場に入ると、目当ての人物はすぐに見つかった。周りの生徒たちとは対照的な、胡散臭い明るい笑顔で、こちらに手を振っている。


「千雨さん。」


真横から声がかかった。のどか、龍宮、楓が連れ立って歩いている。こちらは任せておけ、ということだろう。一つ頷きを返して、超の方に向かう。隣に腰掛けると、超は面白い物を見た、という表情で、のどか達を見送っていた。


「ふム。あの2人の間に宮崎さんが挟まれていると、ひどく違和感を感じるネ。主に身長的な意味デ。」


否定出来ないのが辛い。かと言って同意はしたくないので、無理やり話を変えることにした。


「…旅館での戦闘の証拠隠滅をしてくれたらしいな。助かったよ、ありがとう。ところで、何か周りに防音魔法っぽい物張ってるよな?」


「どういたしましテ。にしても…気付いてたカ。確かに防音結界を張ってるヨ。だがこうもあっさり察知されるとはナ…。本当に人間カ?」


これでも20年以上研鑽を積んできた能力(ちから)だ。音や聴覚に関することなら引けを取るつもりは無い。風呂場みたいな、音が反響しやすい場所なら尚更だ。伊達や酔狂で「音界の覇者」なんて名乗ってはいない。


だが、ここはあえてこう返すべきだろう。




「これぐらい出来なきゃ生き残れない世界だったんでな。お前の所は違うのか、超鈴音?」




殺し屋の基本は、「相手より先に引き金を引く」こと。話の主導権を譲ってやる気は無い。超のペースに呑まれる前に、こちらの優位性を確立させておかなければならない。


「…千雨さんの未来(セカイ)を知らないから、比べようが無いけどネ。だが―――少なくとも、この時代とは比べ物にならないほど悲惨な未来だヨ。」


静かに語る超の横顔からは、先ほどまでの笑顔は消え、陰鬱さと暗澹さが浮かんでいた。


「…済まないな、嫌なことを思い出させたか?」


「そうでもないヨ。それがあるからこそ、今の私があル。」


そこで話が途切れ、沈黙が流れる。おそらく超も私と同じく、何を尋ねるべきか迷っているのだろう。


「…長谷川さんは、何処の出身ダ?ちなみに私は火星だガ。」


先に尋ねたのは超だった。火星とは…あの火星だろう。まぁあの砂の星以外の所に住んでいる地球民(テラン)のことなんて知る由も無かったのだから、何処に暮らしていようと不思議は無い。ただ、随分地球に近い所に住んでいたものだ、とは思った。


「私はノーマンズランドって所だ。別の銀河系にある星だけど、知ってるか?」


「ム…。いや、聞いたこともなイ。どの銀河ダ?恒星の名称ハ?銀河座標は?」


「いや、何だよ銀河座標って。専門用語使うな。」


私がそう言うと、超は少し驚いた表情を浮かべる。ひょっとして他の星では基本知識なのだろうか、と考えたが、少し違うようだった。


「…自分の星の座標を、銀河座標自体を知らなイ…?それなのに、他惑星(ちきゅう)に向けた時間遡行が出来るのカ?」


「はぁ?時間遡行って、そりゃ―――――」


言おうとして、自分の勘違いに気付いた。

 私はノーマンズランドで死んでから、この過去(せかい)に転生した。だから超も、私と同じ未来世界からの転生者だと思い込んでいた。

 だが、そうではなくて、ひょっとして超は、「生きてこの時代に来た」人間なのではないか?だとすると納得出来る。私の知らない星でタイムマシンがあったとしても、別段驚くような話ではない。


そしておそらく超は、私が時間遡行者(おなじそんざい)だと考えている。これがアドバンテージになるかは分からないが、超の出方が掴めない以上、わざわざ明かしてやる必要も無い。


「うーん…プラント技術に差があるのかもしれないな。お前たちのところにもあったんだろ?」


誤魔化しつつも、プラントについて探りを入れることにする。自分の見えない部分での認識のずれを確認するためだ。ひょっとして万が一、超の語る「プラント」が私の知らない物だったらヤバいし。


「…ふム。確かに、ひょっとするとお互いの認識に誤りがあるかもしれないからナ。一応確認しておこウ。プラントとは、水、酸素、紫外線、微電力を与えることで、ありとあらゆる物質を“創り出す”生体システム、これで間違いないカ?」


超もすぐに私の意図を悟ったようだった。私はとりあえず頷きを一つ返し、超に先を言うよう促す。すると、超は深々と溜め息を吐いた。


「…間違いであってくれればと思っていたんだがネ…。やはりそう上手くはいかない、ということカ…。」


湯船に鼻まで浸かり、憂いを帯びた目で水面を見つめている。超の気持ちはよく分かる。私自身、前世も現世も人生が上手くいってないのだ。何より超は、私とは違い明確な目的があってこの時代に来たようだし、一入暗くなるのも当然だろう。


「やっぱりそっちもプラントに依存した生活だったのか?」


話が進まないので、こちらから話題を振ることにする。超も水面から顔を出し、私の方を見て頷いた。


「そもそもこの時代に来るためにも、プラントの力を利用したからネ。私たちの生活は、プラント無しでは成り立たなかっタ。とある事情から、魔法も使えなくなってしまったしナ。長谷川さんの所では、魔法の存在は知られていたカ?」


「いや、全く。こっちも同じさ。見渡す限り不毛の砂漠で、生存も生産も生活も、プラントに完全依存してた。…ただまぁ、依存が搾取にすり替わったせいで、とんでもないしっぺ返しが来たけどな。」


「しっぺ返しだト?どういう意味ダ?」


…しまった、口が滑った。恐る恐る超に視線をやると、真剣な眼差しでこちらを見ていた。黙秘を貫くのは無理そうだった。せめて反応が薄く終わることを期待しよう。




「…自律型プラントによる、全人類の殲滅行軍。早い話が、プラントによる人間への復讐だ。」




「何だト!?自律型プラントだト!!?」




――――しまった、特大級の地雷だったか――――!




「自律型プラント!?プラントに意志が、魂が宿ったというのカ!?人類への復讐!?反乱!?どういうことダ、貴方たちの世界で、何が起こったというのダ!?」


超が凄まじい形相で私に掴みかかって来た。防音結界のおかげで超の怒声は漏れなかったようだが、勢いよく湯船から飛び出し凄んできたため、入口付近で直立不動で見張っていた女性警官がこちらに視線を向けたのを感じた。


「長谷川さん!超さん!何をしてらっしゃいますの!」


騒ぎに勘付いたいいんちょが駆け寄ってきた。そのことでさらに多くの視線が私たちに注がれることになる。超もさすがに頭が冷えたらしく、私の両肩を掴んでいた手を離す。


「…別になんでもないヨ。ちょっとした意見の相違ネ。ヒートアップし過ぎただけだヨ。」


超が平静を装いつつ、いいんちょに弁解する。私も顔の前で手をヒラヒラと動かし、潔白をアピールした。いいんちょは少し不審気な目で見ていたが、一応納得したらしく、「気を付けてくださいね」と言って去っていった。去る一瞬前に、入口近くで私たちの動向を見ている女性警官に視線をやったのは、おそらく気のせいではないだろう。


「…いいんちょもああ言ってることだし、落ちつけよ超。お前らしくもない。」


「…分かってル。もう頭は冷えたヨ。」


超が少し不貞腐れたように湯船に腰掛けるのを見て、私も元の体勢に戻った。そして、本題を切り出す。


「さっきの話の続きだが…聞きたいのなら、条件が二つある。ネギ先生を関西呪術協会の本山に連れていく約束を守ること。そして、お前の知ってることと、お前の企みの全てについて聞かせてもらう。嘘が通じると思うなよ?それくらいすぐに分かるからな。」


脅しを付け加えつつ、超の心音に耳を傾ける。超が何を企んでいるのかは知らないが、私のような極端な武闘派人間を誘おうとするような計画だ。どう巻き込まれるか分かったもんじゃない。もし多大な余波被害が出るような計画なら、ここで何らかの処置を取らねばならない。


――――最悪の場合は、超鈴音の殺害も視野に入れて。

 …まぁ、無いとは思うけどな。私も級友を殺そうだなんて気は実のところない。よっぽどのっぴきならないことになれば別だが。


だが、なかなか超からの返事が返ってこない。数分経過し、何を考えているのかと少し不安になり始めたところで、ようやく口を開いた。


「…いや、もういイ。話す必要は、なイ。」


予想外の言葉に面食らった。少し呆然とした表情を浮かべていると、超が私の方に向き直った。


「長谷川さン…。あなたは、私と同時代の人間ではないナ?自律型プラントなど、私の居た時代では、お伽噺の産物だったからナ。

 おそらく、私の居た時代より 遥か未来―――そして、あなたは時間遡行術すら使っていなイ。この時代に流れ着いたのは、本当に偶然だナ?その女子中学生としての姿も、意図せずに成ったもノ。記憶と技術だけを引き継いだ姿。違うかナ?」


私の拙い嘘はあっさりと見破られた。動揺が表情に出ないよう取り繕うのが精一杯だった。そんな私の内心に構うことなく、超は言葉を続ける。


「長谷川さんの語る自律型プラントの話は興味深イ。だが、それだけダ。そもそも未来を変えようとしている私にとって、さらに未来の話など必要なイ。」


「未来を…変えるだと?」


聞き捨てならない台詞を聞き、超に向ける私の視線は自然と剣呑な物へと変わった。

 そして超も、普段の温厚な彼女とはかけ離れた、感情を切り離したような鋭い目付きをしていた。




「―――――私は、魔法の存在を全世界に知らしめるつもりダ。」


「なっ――――――!?」




今度は私が大声を出す番だった。掴みかかりそうになるのを何とかこらえる。魔法の公開だと?一体どういうつもり―――――


(―――食糧危機も、自然保護も、エネルギー不足も、魔法があれば事足りル。魔法があれば―――世界は救えル)


つい先刻の、旅館の屋根上での超との会話を思い出し、湯船に浸かっているはずの足元まで冷え切る感触がした。超の目は相変わらず鋭利なままだ。


「ああそうダ。私は世界を救ウ。未来を変えル。それが私の目的であり、過去(いま)を生きる意味ダ。そのためなら、どんな汚いことにも手を染める覚悟があル。世界の全てを敵に回しても、私は私の未来(せかい)を変えてみせル。」


超の静かな言葉を形作る、その覚悟。近寄ることも口を挟むことも躊躇われる、その気迫。それに呑み込まれないよう、拳を握りしめ、一言一言に耳をしっかり傾ける。


「長谷川さんの力は凄まじイ。もし長谷川さんの力を借りることが出来れば、私の計画は九分九厘成功するだろウ。事実、私は長谷川さんをスカウトするつもりだっタ。どんな恐ろしい人物だろうと、御してみせる、とナ。

 ―――だが、止めタ。」


そこで私を見る超の視線が変わった。無感情な目から、怒りを含んだ厳しい物へと。


「長谷川さんが3−Aの皆を魔法に巻き込ませないために戦っているから、ではなイ。長谷川さんが未来を諦めているからだヨ。さっきの話で分かっタ。長谷川さんは―――現在(いま)しか見ていなイ。」


そんなことは、と言いかけた私の口を、超の人差し指が止める。超の視線は変わらず厳しい物だった。


「別に長谷川さんがどう生きようが構わなイ。級友を巻き込ませないために戦うことは、立派だと思ウ。己に対する後悔も贖罪もしているとは思ウ。だが、それとこれとは話が別ダ。―――未来を諦めている人間に、未来を変える計画を手伝ってもらいたいとは思わなイ。」


超の言葉が、私の胸にズシンとのしかかる。10倍も20倍も、体が重くなった気がした。超は立ち上がり、出入り口に顔を向け、歩き始めた。私に背を向けながら、超は続ける。


「私の計画に、3−Aの皆は極力巻き込まなイ。それは約束しよウ。だから長谷川さン―――私の計画に、関わらないでくレ。言いたいことはそれだけダ。」


私は何も言えず、去っていく超の背中を見送るだけだった。



―――現在(いま)しか見ていない。
―――未来を諦めている。



超の言葉が頭の中で無限に再生され、絡みつく茨のように私の身に見えない傷を刻んで行く。


そうだ。私は自分の人生を、未来の世界を、過去の物としか見ていない。過ぎ去った物としてしか見ていない。摘み取った命も、背負うべき咎も、全ては私の過去だ。

 だがそれは、他の全ての人間にとっての未来だ。今を生きる人々が植えた苗を、私は引っこ抜いて生きてきたようなものだ。確かにそれは、この上ない傲慢だろう。あの悲惨な未来を変えようと思ったことが一度も無いのも、また事実だ。


だが、それでも。


「…現在(いま)だけを見て生きることの、何が悪いって言うんだ。」


私はそれしか知らないのだ。今を生き抜くことしか、ずっと頭に無かった。過去や未来など、振り返っている暇は無かった。過去を受け止めることが出来たのは、ほんの1ヶ月前だ。未来など、考えたことも無かった。

 諦めている―――そうかもしれない。自分に関係あるのは自分が摘み取って来た物だけだと、そう考えていた。未来そのものを考えたことは、一度も無かった。

 けれど、だったらどうしていればよかったというんだ?私一人の力でどうにかなったというのか?そんなこと不可能だ。所詮私は一人の人間に過ぎない。超の計画が成功すれば、未来は変わるのかもしれない。だがそれで変わるのは、最早戻ることのない未来(せかい)だけだ。私の歩んできた歴史が変わるわけではない。


私は、現在(いま)のために今を捧げる生き方しか知らない。


「…お前に、何が分かるんだ。」


すでに視界から姿を消した超に向けて、精一杯の抵抗の言葉を放つ。
それは自分でも驚くほどに、空虚な響きだった。






次の日の朝。警察に見張られながらの物々しく重々しい雰囲気の朝食を終え、旅館前に出ると、すでにバスが控えていた。


この日は班別行動で、近隣のターミナル駅までバスで移動した後、各自解散となる。そのせいか、朝食の時とは打って変わって、明るく楽しそうな雰囲気に満ち満ちていた。おそらく、この旅館から離れられるという嬉しさもあるのだろう。私としても、一刻も早くこの地を離れたい。


ふとのどかと話している近衛が目に入った。どうやら昨晩の記憶は無いようで、少し安心した。今日はネギ先生と神楽坂が近衛と一緒に行動するし、桜咲も陰から護衛するそうだ。

 とはいえ、3人だけじゃ心許無いのも事実だが、他のクラスメイトに疑われるような真似もなるべく避けたい。


「…千雨さん、大丈夫ですか?」


と、近衛との話を途中で打ち切ったのどかが私に近寄り、声をかけてきた。やはり昨日の夜、あまり眠れなかったのが丸分かりだったようだ。朝起きた時、釘宮たちにも同じこと言われたしな。


だが好都合でもあった。ちょうど私ものどかに用事があるところだったし。周りにみえないよう、ハンカチで包んだそれを、のどかに手渡す。

 その感触でそれが何であるか分かったらしいのどかは、ぐっと顔を強張らせた。

 小型のハンドガン。人の命を奪うには充分な代物だ。

 天ヶ崎千草は強い。暴力も、策略も、悪逆も、あらゆる手を繰り出してくる。そうなれば、一番危険なのは、間違いなくのどかだ。だからこそ、せめてもの抵抗力を。最悪の事態だけは防げるように。


「…昨日大浴場で、龍宮から話は聞いているな?…これは、人殺しの道具だ。のどかに使ってもらいたくはない。だけど―――」


「大丈夫です。」


私の言葉を遮り、ハンカチに包まれた拳銃(それ)を、バッグの中にしまう。そして、私の目を真っ直ぐに見つめる。


「…千雨さん、昨日、大浴場で超さんに何か言われたんですね?」


のどかの言葉が、私の心の奥にグサリと刺さるのを感じた。のどかは私の両手を包みこむように握り、微笑んだ。


「…千雨さんが言えないのなら、無理して言わなくてもいいです。けれど、言ったはずですよ?一人で悩まないでって。私はどんな時でも千雨さんの味方です。だから、胸を張ってください。強くてかっこよくて誰よりも優しい千雨さんの姿が、私の自慢なんですから!」


ギュッと私の両手を握りながら、天使のような笑顔を浮かべて励ましてくれる。両手から感じる、のどかの体温が心地良い。昨日から抱えていた暗い気分が嘘のように晴れていった。


…そうだ。私はのどかを、他の皆を守りたい。それだけは絶対に間違っていないはずだ。ようやく私も笑顔を浮かべることが出来た。





「友情に浸ってるところ悪いけど、邪魔させてもらいますえ?」





そんな幸せな気分を、一瞬で粉砕する声が、耳に届いた。


「―――――――っっっ!!」


のどかを突き放し、ホルスターに手をかける。が、公衆の面前で銃を構えるわけにはいかない。いつでも発砲できる体勢だけ整えておき、目の前の女に惜しみなく殺意を注ぐ。

 さらに、本人の真後ろに音も無く楓と茶々丸が忍び寄った。おそらくすでに背中に銃と苦無を突き付けていることだろう。龍宮も、少し離れた ところから狙っている。

 だが、当の本人はどこ吹く風とばかりに、人を小馬鹿にした笑みを浮かべるばかりだ。


「おぉ怖怖♡ウチも割に合わん仕事引き受けてもうたなぁ。小娘攫うだけやって聞いてたのに、こないな怖い弁天様付いとるなんて聞いてへんわ。それと、そっちの嬢ちゃんは久しぶりやなぁ?何や、今日はお師匠様の人形連れてへんの?」


のどかが私の背中に隠れながら、キッと天ヶ崎を睨みつける。

 コイツが口を開く度、私の中の殺意がより洗練されていくのを感じる。私たちが手を出せないのも、のどかが魔法使いじゃないことも、全て知っててこんな台詞を吐いているのだ。


「安心しておくれやす。アンタ等が何もせぇへん限り、ウチも何にもせぇへん。伝えたいことだけ伝えて、それで帰らせてもらいます。」


私と楓の歯ぎしりが重なる。断った時点で、もしくはこの女に手を出した時点で、間違いなく何らかの危害が生徒たちに及ぶ。人質を取られているも同然だ。最初からこの女の話を聞く以外に道は無い。
背後の楓の歯ぎしりが聞こえたのか、天ヶ崎千草は一層笑みを濃くして、言い放った。





「―――話し合いの場を、設けたい。」













≪警察に取り囲まれる旅館を見つめる3人の舞台裏≫


「…取り囲まれてるな。」

「…取り囲まれてますね。」

「…取り囲まれているな。」

「………」

「………」

「………」

「…私、爆弾と拳銃と改造サックス。あと返り血。」

「…刀が。」

「…拳銃その他、銃刀法に喧嘩を売るラインナップだ。」

「………」

「………」

「………」

「…警察がロン、リーチ一発、旅館と渡月橋でドラ2…。」

緑一色(リューイーソー)ならぬ黒一色(ヘイイーソー)ってところだな。どちらかというとツモじゃないか?」

「お、龍宮麻雀出来るのか。今度やろうぜ。」

「ふっ、“平和主義者”と呼ばれた私の実力を見せてやろう。」

「二人とも現実逃避するな!?速く逃げるぞ!?」

 


(後書き)

 第20話。殺されたリポーターは神宮司ま○もという(嘘)回。別に池袋在住の某Sさんでも見滝原市の女子中学生Mさんでも可。

 さて、今話をにじファンで投稿した際に超に批判が集中していました。確かに超が嫌なヤツに感じたかもしれませんが、別に間違ったことを言わせてる気はないです。どちらが間違っているとか、そういう話でもないんですが。所謂「正義の反対はまた別の正義」というやつです。超には超なりの、千雨には千雨なりの正義が心に根付いており、互いに互いの危機的状況をよく知らないからこそ、いざ話し合って対立した、ということです。だから皆さん、超をあんまり責めないであげてくださいね?というか私は、「このキャラが嫌い!」とかそういった思考は持ち合わせておりません。

 …話の展開上、不当に扱われてしまうキャラは出てきてしまいますが…。ホントゴメンナサイ。

 サブタイはBUMP OF CHICKENのアルバム「COSMONAUT」より、「ウェザーリポート」です。私は歌を歌詞とメロディで評価するので、BUMPはドツボです。あの詩的な歌詞と現実と幻想を織り交ぜたようなメロディが最高です。

 次回は雨草会談。にじファンでは2つに分割しましたが、明日更新出来ないので、こっちでは一つにまとめようかなぁと思ってます。それではまた明後日!

 

 

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