“麻帆良魔法革命”―――――全世界に魔法の存在が知れ渡って、早四年。

 直後の世界的大混乱は未だ人々の記憶に新しく、世界は未だに落ち着きを取り戻しきれていないが、魔法という神秘の力は、少しずつ人々に受け入れられていき、今や世界中の研究機関で、既存の技術に魔法が積極的に取り入れられ、飛躍的な発展を遂げている。

 

 そしてその震源地たる麻帆良も、『麻帆良魔法研究都市』と名前を変えて、日本どころか世界屈指の先進魔法科学技術を有する一大研究都市となっている。

 一部教育機関などは多少その数を減らしたものの、特に発展している宇宙科学分野では、敷地内に宇宙開発センターが設立され、ロケットやスペースシャトルも盛んに発着しており、かつての麻帆良の賑わいは衰えていない。

 

 その賑わう様子を懐かしげに眺めながら歩く、一人の人物が居た。

 

 

「四年ぶりだけど、全然変わってないなぁ…。人も、図書館島も、世界樹も…。」

 

 

 整った顔立ちが見せる、楽しげで純朴な微笑みは、すれ違う人が一瞬振り返って彼をもう一度視界に納めようとする程で、中には声をかけようかとヒソヒソ声で話し合う女性たちの姿も見受けられた。

 しかし、そんな事には気付かないまま、彼の足はただ一ヶ所を目指して進んでいき、やがて、一見普通の喫茶店の前で立ち止まった。

 

 そして扉を開けようとしたが、それより速く、店の中から扉が開いた。

 一瞬だけ驚いた彼だったが、扉を開けた人物の顔を見て、すぐに花開くような笑顔に変わった。

 そして、扉を開けた人物も、同じくらい綺麗な笑みを浮かべていた。

 

 

「ようこそ、JAZZ喫茶『白き翼(アラ・アルバ)』へ―――店長の、長谷川千雨です。久しぶり、ネギ先生。」

 

「ハイ、こちらこそお久しぶりです千雨さん―――――いえ、“千雨先生”。」

 

「―――やっぱり、その呼称のままなんだな、私は。」

 

 

 苦笑しながらも、千雨はネギを店内に招き入れた。

 

 

 

 

 

#52 the Finale 風は未来に吹く

 

 

 

Side 千雨

 

 

 JAZZ喫茶「白き翼(アラ・アルバ)」。

 高校卒業後、病気で店じまいする事になった楽器屋の親父から店舗を丸ごと譲り受け、改築して開店した物である。

 勿論店長は私。従業員は料理担当のレインが居るだけだ。ちなみにほとんど客は来ない。開店初日にやって来た性質の悪い客を、今思い返すとちょっと洒落にならないレベルで脅しつけてしまったのが原因だと思われる。運悪く昼時だったため、大勢の客に私が殺気剥き出しで静かに恫喝している姿を目撃されてしまったのだ。

 

 …ただ、それが無くとも客足は遠のいていったんじゃないか、というのが、私の淹れる珈琲の毒見役であるレインの見解である。

 

 

「えっと、それじゃあ、ナポリタンスパゲティと…オレンジジュースで。」

 

「…ネギ先生。さては私の珈琲の評判、誰かから聞いてたな?」

 

 

 問い詰めた途端、ネギ先生は露骨に顔を反らした。間違いなく、私の淹れる珈琲が非常に残念な味である事を知っているのだろう。

 

 

「しょうがないでしょ。実際千雨の珈琲は不味いんだから。ホラ、ガン飛ばしてないでさっさとジュース注ぐ。」

 

 

 厨房のレインに窘められ、渋々ネギ先生から視線を外す。私だってあんな不味い珈琲を淹れたくて淹れてる訳じゃないというのに。

 

 

「あ、スパゲティ時間かかるなら、や、やっぱり先生の淹れてくれた珈琲飲みたいなー、なんて…。」

 

「いいよ別に気ぃ使わなくて―――っていうか、その呼称いつまで使い続けるんだ?」

 

 

 ネギ先生が店を訪れて以来、すでに10回以上も「先生」と呼ばれ続けており、さすがにもどかしさが限界値に達した。ネギ先生がそう呼ぶ理由はすでに知ってはいるが、やはりいつまで経っても慣れるものではない。

 

 

「決まってるじゃないですか。いつまでも、ですよ。少なくとも、僕が先生を軽蔑しない限りは、ずっと。」

 

 

 そして、これまたやはりというべきか、ネギ先生は至極真面目な表情で、当然と言わんばかりに言ってのけたのだった。厨房から聞こえてくるレインのクスクス笑いが癪に障る。

 

 思い出すのは、4年前―――中学最後の、そして麻帆良祭直後の、夏休み初日のこと。

 その日ネギ先生は、ウェールズに帰る事になった。元々卒業試験という名目で教師をやっていた身だ。叩けばいくらでも埃が出てきてしまう。それが露呈する前に、私たちや現地のネギ先生の関係者が動き、帰国する運びとなったのだ。夏休みまで待ったのは、直後の世界的大混乱の中では、手続きを取る事すら難しかったからである。

 そんな訳でネギ先生は一足早く日本を去る事になったのだが、帰る直前、ネギ先生と二人で話をする事になった。

 

 

『“teacher”って、日本語だと“先生”って訳すんですよね。』

 

『…?ああ、そうだけど…それが?』

 

『“先を生きている”と書いて、“先生”。先を生きる者が、後を生きる者を教え導くから、先生。…僕はそこから間違ってたんですよね。年下の先生なんて、教える者として、あっていいはずが無かった。』

 

『…そんなことないぞ。ネギ先生はちゃんと先生らしく出来てた。私が保証する。』

 

『ありがとうございます。でも―――半人前であることに変わりはありません。むしろ僕の方こそ、本当に沢山学びました。特に、千雨さんから。』

 

『………。』

 

『だから僕は―――――今度こそ本当に、先生を目指したいと思っています。千雨さんのように、後に生きる者を教え導けるような、本物の“先生”に。』

 

 

 …要するに、ちょっと度が過ぎたリスペクトを、私に向けているのだ。

 

 

「ネギ先生、今は魔法とは何の関係も無い、普通の全寮制の学校通ってるんだよね。上手くやれてる?」

 

「ハイ。僕を色眼鏡で見る人も居ないし、教授は厳しいけれど良い人ばかりだし。友達も結構出来ましたよ。」

 

 

 ネギとレインの朗らかな会話を耳に入れながら、冷蔵庫から出したオレンジジュースをコップに注ぐ。

 

 

「はいよ、オレンジジュース。市販のやつだから安心して飲みな。」

 

「あ、あははは、すみません…。って、あれ?何で二つ用意してるんですか?」

 

 

 カウンター席のネギ先生が座る横に、無造作にもう一つ、オレンジジュースの入ったグラスを置いたのを見て、ネギ先生が怪訝な声をあげた。

 

 

「いや、ネギ先生が来る直前に上から声がかかったんだよ。後10分ぐらいでお昼にしたい、って。」

 

 

 そういえばネギ先生には、この店の3つの仕事について説明した覚えが無かった。

 なので、説明しようとした所で、カウンター左端の階段を降りてくる、リズミカルな音が響いてきた。

 

 

「ふぅ、やっと終わらせられた…。あ、ネギ先生いらしてたんですか。お久しぶりです。」

 

 

 背伸びしながら現れたのは、我が最愛の親友たる宮崎のどかである。

 ネギ先生が呆気にとられたような表情でのどかを見つめる様子に、思わず苦笑を浮かべながら、レインお手製のナポリタンスパゲティ2人前をオレンジジュースの横に置いた。

 

 

「ネギ先生には言ってなかったけどさ。この店の2階、のどかの事務室になってるんだよ。今ののどかの役職、知ってるだろ?」

 

 

 私がそこまで言うと、ネギ先生は合点がいったという表情に変わった。のどかも微笑みを浮かべながら、ネギ先生の横の席に座る。

 

 のどかは現在、麻帆良統括理事会の理事を務めている。

 力を失った関東を関西が併合して日本魔法魔術協会と名を改め、そこで最高幹部の一人として名を連ねていたのどかだったが、この協会が政府直下の公共法人となると同時に、この麻帆良も特別行政区となり、その行政官の一人として、麻帆良出身ののどかが選ばれたのだ。当然、最年少理事である。

 

 そして何故、私の店の2階に専用オフィスを構えているかといえば、名目上のどかは私の監視役という事になっているからだ。

 今の私の立ち位置は、昔のエヴァとほとんど同じで、緊急時にのどか直属の部下として出動する、言わば非常勤警備員兼のどかの護衛役だ。戦闘能力皆無ののどかにとっても、常に私が傍に居るのは非常に安全と言える。

 

 まぁそんなのは建前で、あんまり離れたくないなぁ、というお互いの気持ちが一致したが故の着地点である。ちなみに、のどかの同僚たる他の理事には、明石教授やシスター・シャークティら理解者が結構居るので、諸々の問題は、よっぽどの事で無い限り黙認されている。

 そして、明石教授たちやのどかの部下が、この店の主な収入源にもなっているので、普通の客があまり入らなくても、この店はやっていけているのである。

 

 

「…えっと、それ、のどかさんのヒモ―――――」

 

「言うな。分かってる。分かってるから…。」

 

「わ、私は気にしてないですよ!?」

 

「のどか。そのフォロー、ますますそれっぽくしてるだけだから。」

 

 

 すなわち、今の私の生活は、のどかが居なければ成り立っていない訳だ。だが、働いてない訳でも金を入れてない訳でもないのだから、ヒモ呼ばわりは勘弁してほしい。一緒に…というかメインとなって働いてくれているレインにまで、とばっちりが行きかねない。

 

 

「そそ、そんな事より、皆さん来るの遅いですね!僕も麻帆良に戻ってくるの4年ぶりだから、久しぶりに皆さんの顔を見たいんだけどなー!」

 

 

 少し気まずくなった雰囲気を打破しようと、ネギ先生が少し慌て気味に声をあげた。

 

 

「…確かに遅いね。綾瀬夕映や雪広あやかは仕方ないとはいえ、常連の明石さんや那波さんは、もう来ててもおかしくなさそうなのに。」

 

 

 厨房から出てきたレインも、エプロンを外しながら不思議そうに首を傾げる。

 

 今日は中学卒業以来、久しぶりに元3−Aクラスメイトが全員揃う日。

 

 今日からちょうど4年前、世界に魔法の存在を明かしたその夜に、一人この地を去ったクラスメイトが戻ってくる、記念すべき日だ。

 

 

 

 

 

 

 半年前、何の前触れもなく、一通のメールが届いた。

 

 

『帰る準備が整っタ。4年目を迎えたその日に戻ル。』

 

 

 それだけで十分だった。すぐさまメールを元クラスメイト全員に転送し、半年後の予定を空けておくよう頼んだ。当然、応じない人間は居らず、半年後―――つまり今日の再会が決定したのだった。

 超が戻ると言っていた時刻は、作戦開始時と同じ16時であったが、それまでに歓迎の準備を済ませておこうと話し合っていたのだ。

 現在時刻は13時少し前。どれだけの準備が要るのか聞いていないが、盛大なパーティーにするなら、それなりに時間をかけてやらねばならないのではないだろうか。

 

 

「そういえば、調さんたちも来るんですか?」

 

「ああ、来るって言ってたよ。調のヤツ、『師匠、強くなった私を見て下さい!』って、手合わせする気満々でさ。」

 

 

 私がそう教えると、ネギ先生も楽しみが増えた、という感じの表情に変わった。

 

 調を始めとするアーウェルンクスの従者たち5人は、魔法開示後、麻帆良学園の3−Aに転入してきたのだ。

 主な理由としては、“完全なる世界”の当分の活動が、メガロメセンブリア元老院の体制崩壊を狙った暗闘であり、調たちの出番がそこまで無かったため、しばらくの間私に就き従い、戦力の質の向上を図りに来たのだ。そこで、とりあえず中学卒業までは麻帆良に居てやる、と語るエヴァと共に、楓に施したのと同じ特訓を課し、極限までしごいたのだった。

 中でも調は、私と戦闘スタイルが似ている事もあって、マンツーマンで指導してやったため、かなり慕われていたりする。少なくとも100回位は殺しかけたんだけどなぁ。

 

 

「楓さんも昨日の電話で、千雨さんと戦いたいって言ってましたよね。ふふっ、モテモテですね。」

 

「嬉しかねえっての。というか、今の楓と調にまとめてかかって来られたら、いくら私でも無傷じゃいられないぞ?」

 

「拙者としては本望でござるな♡」

 

 

 突如真後ろからかけられた声で、椅子から転げ落ちる程驚いたのは、ネギ先生だけだった。ついでに机から落ちそうになったナポリタンスパゲティを、私と楓の手が同時に受け止めた。

 

 

「お帰り楓。ますます隠形に磨きがかかってるじゃねえか。どんな修行してたんだよ。」

 

「秘密でござる。けれど結局気付かれるようでは、まだまだ拙者は未熟でござるよ。」

 

 

 そんな謙遜を口にしながら、楓はネギ先生の横の席に座った。ちょうどのどかと楓で、ネギ先生を挟む形だ。

 ちなみに楓は現在、警視庁特殊部隊の隊員として活躍している。魔法が明かされたばかりのこの時代に、この年と出自で入隊するというのは、色々と大変だったろうとは思うが、楓自身はそれを口にしようとはしないし、何より生き生きとしているので、まぁ問題はあるまい。

 

 一方のネギ先生は、椅子から転げ落ちたまままだ立ち上がれないでいた。

 

 

「え、え、えっと、長瀬さん、お久しぶりです…というか、いつから居たんですか!?」

 

「うむ、お久しぶりでござるな、ネギ先生。いつからかと言えば、のどか殿が降りてきたのとほぼ同時でござるよ。」

 

 

 ネギ先生がますます驚く一方私は、楓に次ぐ新たな来客の存在を感じ取り、人数分のグラスを用意していく。常連ならば、聴力範囲内に入りさえすれば、来る事が事前予知出来るので、来店と同時にお決まりのメニューを出せる。

 そして、新たに二人分のグラスをカウンターに置くと同時に、扉が開いた。

 

 

「こんにちわっ!師匠、それに楓さんも、お久しぶりです!」

 

「こんにちわー!あ、ネギ先生いらしてたんですか!?」

 

 

 元気よく挨拶してきたのは、愛弟子と友人―――調とさよだ。

 ネギ先生も、さよの顔を見た途端、楓が現れて以来ずっと続いていた茫然自失からようやく立ち直り、嬉しそうに駆け寄っていった。

 

 

「お久しぶりです相坂さん!教職の勉強の方はどうですか!?」

 

「ハイ、お久しぶりですネギ先生!勉強は順調ですよー!目指せ教員免許一直線です!」

 

 

 先ほどの私との再会時と同じくらい、ネギ先生は生き生きと、嬉しそうにさよと話し始めている。さよは今大学に通い、教員免許を取得するための勉強を積んでいる。同じ夢を目指す者同士、積もる話があるのだろう。

 

 

「…ていうか、さよ。まだ私たち以外誰も来てないんだけど、準備とか大丈夫なのか?ていうか、今日の準備担当が誰かすら聞いてないんだけど…。」

 

「あ、大丈夫です!ちゃんと担当の人も催しも、全部決まってるんで!千雨さんには演奏だけお願いする形になるかと!」

 

 

 私の質問はさよの元気の良い返答に圧倒されてしまい、それ以上問い質せそうになかった。聞くな、という雰囲気も少しは感じるが、それ以上に何故か自分がお門違いな文句を口にしているような気分になってしまうのだ。

 

 

「…ああ、そういえば拙者も千雨殿に聞きたい事が。」

 

「あ、私もです。」

 

 

 楽しそうに話すネギとさよから視線を外した楓と調が、徐にカウンター席に深く腰を掛けた。浮かべる微笑みが何やら怖い。しかもよく見ると、何だか目が据わっているような。

 

 

「この前都内某所にある事務所で、突然爆発事故が起こって、中に居た十数名が瀕死の重傷で病院に運ばれた。しかし詳しく調べてみると、この輩共、麻帆良から兵器転用出来そうな極秘技術を密輸しようとしていたらしくてな?」

 

「ちなみにそいつらの輸出先は、メガロメセンブリア元老院だったんですよね。実は『完全なる世界』でもその情報を掴んでまして。先回りして、元老院の不正の証拠を押さえて攻撃の材料にしようかと思ってたんですよ…天ヶ崎さんが。」

 

 

 二人の視線と口調は次第にキツイ物になっていく。私は視線を逸らそうと無駄な足掻きを続ける他ない。

 

 

「ちなみに負傷者は皆、爆発前にすでに何者かに倒されていたらしいでござるなぁ。脳震盪、内臓破裂等、衝撃波のような攻撃を、身体の内側から喰らっていたと報告を受けている。」

 

「私もさっき、明石教授にお話伺ったんですけどね?その技術漏洩の件で無実の罪を着せられかけていた研究員が居て、その娘さんがすごーく悲しんでたそうで。それを見かねた裕奈ちゃんが、誰か頼りになる人を紹介したらしいですよ?」

 

 

 のどかとレインの方に視線を向け、助けを求めるも、二人して無視された。畜生、お前らも共犯じゃないか。

 

 

「…さて、これだけネタは挙がっているが…。まだしらばっくれるでござるか?」

 

「ちなみにもし白状しなかったら、天ヶ崎さん、本気で師匠の事バラすつもりですよ?」

 

「…それ最終脅迫手段じゃねえか。どんだけ怒ってんだ…。あーもう分かった分かった。私がやったよ。その冤罪受けてた男の娘に頼まれてな。しょうがないだろ?『白き翼(ウチ)』の仕事の一つなんだから。」

 

 

 私の店の3つ目の役割―――それが、研究都市圏内における駆け込み寺である。

 いくら魔法の存在が世界に明かされたからといって、世の中の厄介事の総数が減る訳では無く、むしろ新たな手法を得て、より面倒な形で蔓延るようになっただけである。そうした面倒事の多くは、少なくとも麻帆良管内では、そこらの警察か警備員に知らせれば解決する話であるが、中には先日の技術漏洩に関する冤罪など、二進も三進も行かない問題も存在している。

 

 そうした事態に困り果てた人にとっての最後の拠り所として、都市伝説的に語られているのが、私の喫茶店である。

 一応設定されている―――本当は私自身が見極め、ならぬ聞き極めて判断しているのだが―――秘密の合図を受け取り、依頼者の話を聞く。実働は私とレイン、裏付けと裏工作はのどかだ。依頼料は依頼者の支払える額だけ、としている。儲けのためではなく、常に世界中からの注目を浴びざるを得ないこの街の治安の維持と清浄化のために設けられているためだ。

 知っているのは信頼出来る限られた人物のみである。…というか、麻帆良で最も権力のある人物の一人の事務室に駆けこんで直談判しているような物だ。秘密にしておかねばマズイ。

 

 そもそも私の存在が麻帆良より外にバレることも拙い。

 何せ私は未だに賞金首のままなのだ。

 

 

「注意するまでも無いが、あまり庇い切れない真似は困るでござるよ?いくら拙者でも、一度バレたらどうにも誤魔化し様が無い。…力不足で面目ないでござるが…。」

 

「わ、私も…。師匠にはあれだけ世話になってるのに、いざという時に庇い立てし切れないっていうのが、悔しいですけれど…。」

 

 

 楓と調の顔が、責めるような表情から申し訳なさと自身の力量不足への不満を湛えた表情に変わった。

 逃亡直前のアルや明石教授らの尽力によって、顔写真と手配内容の一部は差し替えられたものの、指名手配である事実に変わりは無い。

 何より、“音階の覇者”の悪名が、近衛近右衛門を一騎打ちで破ったという事実が、麻帆良を去った元関東所属の魔法使いたちの口から語られてしまったのだ。

 そのため、減ったはずの罪状に新たに“関東魔法協会転覆への関与”“麻帆良魔法革命における主戦力”“近衛近右衛門の討伐”等が加わり、賞金額は減るどころか500万$にまで増額してしまったのだ。

 

 

「どんな場合であろうとお前たちの責任は一切存在しないし、お前たちの仕事の邪魔だけは絶対にしないよ。だからそんな思い詰めるなって。」

 

 

 まぁ、力ずくで捕えられる事は無いだろうし、政治的な面でも、のどかを始めとして、麻帆良全体が味方と言って良いため、よっぽど私がヘマをしない限り、拿捕される危険は少ない。

 なので、その本心を口にしたのだが、何故か愛弟子二人は不満の表情を崩さなかった。しかもその不満が、今度は私に向いている。

 

 

「千雨殿が拙者たちの事を慮ってくれるのは嬉しいが…。拙者たちとて、千雨殿のためならどこだろうと何時だろうと、全てを投げ出し駆け付けるでござるよ?だから、目一杯頼りにしてほしいでござるなぁ。」

 

「そ、そうですよ!天ヶ崎さんはともかく、“完全なる世界”のメンバーは半数以上千雨さんの味方ですから!いざとなったら全員で助けに来ます!フェイト様にだって文句は言わせません!」

 

「…ははっ、ありがと。珈琲サービスだ。」

 

「「それはいらない。」」

 

 

 愛弟子二人の慕う心の強さを感じ、ジーンとしていた心が、一言で落胆に変わった。上げて落とされるのって心に来るなぁ。視界の端でのどかとレインがクスクス笑ってやがるし。

 

 

「あ、ネギ先生!カウンターの方何か楽しそうに話してますよ!」

 

「あ、本当だ!何の話してるんですか?」

 

 

 日英教職談義に花を咲かせていた二人が、私たちの楽しそうな様子―――正確には、私がからかわれている様子に気付き、近寄って来た。

 時刻は13時を少し過ぎた所だ。集合までまだ時間がある。

 さよとネギ先生を呼び寄せ、しばらくの間昔話と近況報告をし合う事にした。

 

 

 

 

 

 

「…で、誰も来ねえし。」

 

 

 現在時刻15時55分。店内に居るのは私、のどか、レイン、楓の4名。調とさよはネギ先生を連れてどこかに行ってしまった。楓も何も聞いていないようなので、どうやら私たちには完全に秘密であるらしい。

 

 

「つまり、長谷川・エヴァンジェリン同盟の初期メンバーには知らされていない、と…。てことは―――」

 

「ハイそこまで。あんまり予想し過ぎると楽しみが無くなっちゃいますよ?他の皆も、千雨さんを驚かせるつもりで準備を進めてるんですから。」

 

 

 のどかの窘めに納得し、思考を途中で打ち切った。

 しばし、沈黙が流れた。大概盛り上がれそうな話題は語り尽くしてしまったためか、4人が4人共どう切り出したらよいか考えあぐねてしまっていた。

 

 

「…千雨殿は何故、麻帆良に残っているのでござるか?」

 

 

 最初に口を開いたのは楓だった。

 

 

「言わずもがなだが、千雨殿の懸賞金は解除されていない。クラスメイトを護るという誓いも無事果たした事だし、今度は己の平穏のために、麻帆良を離れても良いと思うのでござるよ。京都か、それこそネギ先生の居られるイギリス辺りとか。そうしないのは、何故でござるか?」

 

 

 そう尋ねる楓の口許には、薄らと微笑みが浮かんでいる。おそらく察しはついているのだろう。どうも今日の私は、からかわれ続ける立ち位置らしい。不服だ。

 

 

「…まぁ、色々あったけど、結局ここが私の生まれ故郷だ。悪い思い出以上に良い思い出が沢山ある。のどかの庇護下に入ってる方が安全度も高いしな。それに、何より―――」

 

 

 私の視線が壁上の額縁に向くと同時に、残る3人の視線も自然とそちらに向いた。

 額縁の中には、4年前の学園祭後、超包子前で撮った集合写真が入っている。31人全員揃うのがこれが最後になるかもしれないと考え、撮影された一枚だ。ネギ先生も、超も、当時の3−A全員が揃って映っている写真は、これ一枚だけしかない。まぁ、今日新たに一枚撮るだろうとは思うが。

 

 

「―――麻帆良(ココ)は、本当の意味で私を生まれ変わらせてくれた場所で、私を生まれ変わらせてくれた人たちが居た場所だ。だから私は、この地で皆と会いたい。一緒に戦った皆が、気兼ねなくまたこの地に帰って来れるように、私は皆を待っていたい。」

 

 

 子供じみた感慨かもしれないが、これが私の辿り着いた結論。

 同じ場所で、同じ仲間にまた会えるための場所。喜びも悲しみも分け合った、この上なく色濃い時を過ごした友人たちと、“再会”するための、私の待ち位置。

 

 私はこの店で、これまでと変わらずサックスを奏で続けながら、これまでの仲間を、新しい友人を、出会いを紡いでいく。

 かつての私が、私の音楽が、死という別れしか紡がなかったのと、丸っきり逆になるように。

 

 

「まるで、子離れ出来ない母親みたいでござるなぁ。」

 

「あ、それ言い得て妙ですね。今度から使おっと。」

 

 

 ひっでえ、と私が零した途端、笑い声が弾けた。同時に、壁の掛け時計が午後4時を知らせるメロディを鳴らした。

 

 

 

 

 そして、やはり同時に――――店の扉が開いた。

 

 

 

 

「…あーお客さん、スミマセン。今日はもう店閉めるんですよ。」

 

 

 扉が開いた瞬間に、私たちの笑い声はピタリと止んでいる。

 扉を開けて入ってきたのは、全身をボロ布のような外套で覆った、のどかより若干背が高めな人間だった。

 私の刺々しい第一声にも応じることなく、外套の奥からじっと、ねっとりとした視線で私を見つめている。

 

 …いい加減、イライラしてきた。

 私の聴力範囲内に侵入するや否や、虚を衝くように全速力で店の扉の前まで翔けてきて、私が接近に気付くと同時に、何食わぬ顔で扉を開ける。そんな離れ業が出来る奴など、私が知る限り一人…ではなく、一組しか居ない。

 何が腹立つかって、アイツらがこの店にカチコミかけてくる理由なんて一つきりしか無いのに、勿体付けたように扉の前に陣取って動かず、気味の悪い視線を向けてくるだけという事だ。そもそも扉を開けた時点で、息遣いやら足音やらで一瞬で人物特定出来る事を知らぬはずもあるまいし、何で私を見つめてばかりなのか―――――

 

 

 

「―――――千雨っ!!」

 

 

 

 レインの鋭い声で、正気に返った。

 

 しかし、レインの声が飛んだ時にはすでに、外套を纏った人影は、カウンターの奥の私に向かって駆け出して来ており、その距離は4分の1にまで縮まっていた。

 

 

(あの粘つく視線は暗示魔法か―――――!)

 

 

 瞳を覗きこんだ相手を、自身の思考に没入させる暗示。外套で全身を覆ったのは、その状態を作りやすくするためのブラフか。

 そこまで考えた時には、すでに人影は最後の一歩を踏み切り、私に向かって飛びかかって来た。

 

 楓が苦無を取り出したが、それを横目で視認するや否や、纏っていた外套を楓に向かって投げつけた。しわくちゃの外套は、アイロンでもかけられたかのように張りの効いた形に一瞬で変わり、堅固な壁のように楓の視界と進行を塞いだ。

 

 そして、人影はその正体を露わにしながら、カウンターを跳び越えて私に襲いかかって来た。

 

 拳銃を持った私の手と、槍のように鋭く突き出された手が交差する。

 

 私の銃口は、襲撃者の眉間に。

 襲撃者の手は、私の顎の下に、それぞれ突き付けられる。

 

 

「…ふっ。喫茶店のマスターなど、不似合いな仕事を始めて腑抜けてしまったかと危惧していたが…杞憂だったようだな、千雨。」

 

「それ以前に人の店で暴れんじゃねえよ。店の備品壊れなきゃ良いってモンじゃねえぞ、エヴァ。」

 

「少しぐらい構わんだろ。貴様の不味い珈琲で、席が足らなくなるほど客が来る訳でもあるまいし。」

 

「何でお前まで知ってんだ…。」

 

 

 この軽口皮肉の交わし合いも数年ぶりだ。別に懐かしいとか楽しいとか感じるわけではないけれども。

 すると、力一杯踏みしめたエヴァの影の中から、何か固い物が突っついてきた。突っつく、というよりは、足の裏に頭突きを喰らわせている、と表現した方が正しいのだろうが。

 

 

「…いい加減出してやってくれないか。機嫌悪くなる一方だ。後で宥めるの大変なんだからな?」

 

「狡い真似したテメエらが悪いんだろ―――ほれ。」

 

 

 足をエヴァの影から退けた途端、鯨が潮を吹くかのような勢いで、潜んでいた二人が飛び出してきた。影の中では息が出来ないのか、と一瞬訝しんだが、二人の体勢を見てすぐにそうではないことに気付き、苦笑してしまった。

 

 

「お久しぶりです千雨さんそしてさようなら。足蹴にした上踏み躙るとは随分酔狂なご挨拶ですねお返しに手足捥いで無理矢理這い蹲らせてあげましょうそうしましょう全砲門解放、『死天使(ミカエル)』召か―――」

 

「ストップストップストップ、茶々丸さんストップ!ミカエルは洒落にならないって!店どころかここら一帯消滅しちゃうから!狙うんなら千雨さんだけにしなさいよ!エヴァちゃんも千雨さんも笑ってないで止めるの手伝えー!!」

 

 

 一目見て憤怒と分かる感情をありありと浮かべた機械的無表情という、矛盾を超越する謎の技術を身に付けた茶々丸を、明日菜が必死で羽交い締めにしていた。おそらくエヴァが私に止められる事を想定し、影の中から私を急襲する手筈になっていたのだろうが、いくら影の中に籠ろうが、私の耳から逃れられる訳ではない。

 もし今明日菜が少しでも茶々丸を抑える力を緩めれば、優に二百を超える実弾と茶々丸の豪拳が嬉々として私に襲いかかって来るだろう。だが、何故だかそっちは懐かしく感じられた。

 

 エヴァたちの事情を掻い摘んで話しておくと、エヴァは念願叶って麻帆良から出られる事になり、中学卒業と同時に茶々丸と、メンテナンス役の葉加瀬を伴って旅立っていった。去り際に私に、首を洗って待っていろ、と挑戦状を残して。

 その際エヴァは明日菜も連れて行った。それがエヴァ自身の考えによるものなのか、それとも他の誰かの意志が介在しているのかは知る由も無いが、少なくとも明日菜自身が望んでエヴァに着いていった事、そして魔法を正しく習おうとしていた事だけは確かだ。

 

 

「…けど、見た感じ、お前ら専用のツッコミ役にしかなってない気がするんだけど。」

 

「…まぁ、あれだけ見ると否定し切れないな。一応かなり強くなってるんだぞ?現に今、茶々丸を抑えていられるわけだしな。」

 

「それは強さの範疇に含めて良いのでござるか…?」

 

 

 楓の呟きは正しく的のど真ん中を射ており、エヴァはそれ以上反論する事が出来なくなった。その間茶々丸はずっとヒステリックに怒ったままだった。コイツもある意味成長したと言えなくもない。

 

 

「…で、何か食べる?それとも飲む?」

 

 

 いつの間にか厨房に戻っていたレインが、顔だけ覗かせてエヴァに尋ねた。ちなみにのどかもカウンター端の安全な席に陣取っている。

 

 

「いや、要らん。というか私は、お前たちを迎えに来ただけだ―――オイ茶々丸、そこまでにしておけ。久しぶりに戦友たち(クラスメイト)と会うんだ、無闇に血を流し合うな。」

 

 

 エヴァがそう言うと、茶々丸は少し戸惑いを見せ、やがて怒りを鎮めた。未だ憤懣やる方ないという顔だが、元クラスメイト達への配慮の方が勝ったらしい。

 

 

「…失礼しました、マスター。それに明日菜さんにも、ご迷惑をおかけしました。」

 

「私も悪かったな。ちと意地悪し過ぎた。」

 

「貴方は許しません。後で覚えていてください。」

 

 

 やっぱり私だけは例外だったようだ。へいへい、と肩を竦めて返事をすると、ますます機嫌を悪くしたようだった。傍らに立つ明日菜と、そしてエヴァと目が合い、お互い苦笑し合った。

 

 

「それでエヴァ、迎えに来たってことは、パーティの準備出来たってことか?」

 

「ああ。お前には当日まで秘密にしておこう、ってことになっていてな。最後の仕上げも終わったので、こうして迎えに来たんだ。」

 

 

 エヴァが自慢げに語りながら、空中でパチンと指を弾くと、空中に妖しく光る魔法陣が描かれた。どうやら瞬間移動でパーティ会場まで連れていくらしい。私の耳が現場に着く前に状況を把握するのを避けよう、という事だろう。秘密性がかなり徹底している。

 

 

「さて、すでに皆会場で待っている。行くぞ?」

 

「あ、ちょい待ち。レイン、買っておいた酒持ったか?」

 

「うん。楓はおつまみ持って行ってくれる?」

 

「お安い御用でござるよ。」

 

「じゃあ私、戸締りしてから向かいますね。」

 

 

 事前に買っておいた美味しい酒と、レインお手製のおつまみの数々を持ち、魔法陣に向かう。もちろんサックスケースを持って行くのも忘れない。

 

 そして、空中に浮かぶ魔法陣に向かって、一歩踏み出した途端、景色と空気が一変した。

 

 どこかの建物の中ではなく、外だ。鮮やかな夕焼けの空が、いきなり外に出たばかりの私の目に眩しく、目の前に広がる光景から、一瞬目を逸らしてしまった。

 とりあえず、転移してきた場所だけはすぐに分かった。桜通りだ。

 

 そして、眩んだ視界が落ち着きを取り戻した途端―――――

 そこに広がる、この世の物とは思えないような景色に、完全に心を奪われてしまった。

 

 

「うわぁ…!」

 

「これは…!」

 

 

 続いて魔法陣を潜り抜けてきたレインと楓が、口々に感嘆の声をあげる。少し離れた場所から、元クラスメイトたちの呼び掛ける声が響いてくるが、私もレインたちも、その場から一歩も動けなくなってしまっていた。

 

 私たちを出迎えたのは、満開の桜だった。

 

 今は6月だ。桜の季節はとうに終わっている。おそらく魔法を使って咲かせたのだろうが、そんな理屈を軽く吹き飛ばしてしまう程美しかった。

 花びらの一枚一枚が、散り吹雪き地に堕ちてなお、咲き誇る輝きも気高さもまるで失っておらず、燃えるような夕焼けと相まって、まるで一枚の絵画のような絶景を作り出していた。

 

 

「そこまで感動してくれると、こちらも骨を折った甲斐があったというものだな。」

 

 

 いつの間にかエヴァが、くつくつと笑い声を漏らしながら、私の背後に立っていた。

 

 

「…ああ、最高だよ。こんな綺麗な景色、今まで見た事ない。お前がやったのか?」

 

 

 軽口で応じようかと思ったが、思わず本音がこぼれ出てしまった。

 ふと目線を下に移すと、園芸部の花壇にも、真紅の花が一面に咲いている。決して桜より目立つ大輪の花、という訳ではないが、不思議な力強さと逞しさを感じさせる花だった。

 

 

「いや、花を咲かせたのは私と、坊やたちの助力だが…。このパーティの計画自体は、別の奴が立てた物だ。何となく心当たりあるだろう?こういう味な真似を考えつける上に、桜通り一つ貸切に出来る権力を持つ奴。」

 

 

 即座にその顔が思い浮かんだ。そして、それを口にする間もなく、その張本人が魔法陣から、得意満面の顔で出てきやがった。

 

 

「…ったく、のどかテメー、最初っから全部計画通りかよ。」

 

「えへへへ…。スミマセン。どうしても千雨さんを驚かせたくて。」

 

 

 のどかがずっと店に居たのは、私を店の外に出さないためだったのだ。

 あの日、戦いの日々の始まりを彩った桜を、新たな意味で上書きするための演出だ。成程、こんな粋な真似を考え付けるのは、あの日の始まりを共に踏み出したのどかにしか出来ない。

 

 

「なぁのどか。あの花壇、何て花なんだ?」

 

 

 尋ねると、のどかはよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの笑顔を浮かべた。

 

 

「ゼラニウム、ですよ。花言葉、ご存知ですか?」

 

「ああ―――――『決意』、だろ?」

 

 

 にっこりと微笑んだのどかと、ハイタッチを交わし、そのまま手を繋いだ。

 

 

「…千雨。私も。」

 

 

 のどかとは逆側に回り込んだレインが、おずおずと手を差し出してきたので、のどかと同じように握り返した。レインが嬉しそうな横顔が、私の目に映った。

 

 

「では拙者は背中を頂くでござるよー。」

 

「サックスケースあるから勘弁してくれ。ていうか、傷一つでも付けたら即衝撃波な。」

 

「拙者だけ酷くないでござるか!?」

 

 

 調子に乗っている(バカ)には、これぐらいの扱いで十分だろう。

 

 

「ククク、随分と慕われてるじゃないか。茶々丸、お前も混ざって来たらどうだ?」

 

「それはナイフを構えて突っ込めという命令でしょうか?」

 

「誰も刺し殺せなんて言ってないわよ…。」

 

 

 悪乗りするエヴァ、本気なのか冗談なのか判別し辛い茶々丸、ツッコミ疲れを露わにする明日菜。そして遠くから、速く来いと呼びかけ続ける元クラスメイトたち。その中には、すでに未来から帰って来た少女の変わりない姿も見受けられる。

 

 

「…千雨さん、今、幸せですか?」

 

 

 のどかが確かめるように尋ねた。まぁ、本来尋ねるまでもない、分かり切った問いだ。

 だからこそ、この景色を前に、万感の思いを込めて伝えた。

 

 

 

「―――――ああ。幸せだとも。」

 

 

 

 支えてくれる人が居て。

 慕ってくれる人が居て。

 競い合える人が居て。

 笑いあえる人が居る。

 

 私の平穏は、安らぎは、ここにあった。

 求めてやまなかった物を、ようやく私は手に入れた。

 

 その感慨が涙になって溢れ出しそうになる。

それを堪えながら、私は駆け出していく。遠回りして、血も時間も浪費して、ようやく辿り着いた、光の中へ。

 

 

 

 

「待たせたな皆―――――さあ、どんな曲が聞きたい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥か時空(とき)の彼方。

 小さな勇気が紡ぐ世界で。

 

 唄い続けられる。

 同じ人類の歌。

 

 

 

 

Thousandrain The Horn-Freak

                                                                  The END

 

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