時は少し溯り――

「リィンさん、ダメです。これ以上は近付けません」

 リィンとエマが転位した場所から十セルジュほど先では、シャーリィとシズナの戦闘が繰り広げられていた。
 まだ随分と距離があると言うのに余波が伝わって来る激しい戦闘に、少し焦った様子を見せるエマ。
 シャーリィの実力は理解していたつもりでも、まさかこれほどとは思っていなかったのだろう。
 シャーリィもそうだが、そのシャーリィと互角に渡り合えている相手の実力も尋常ではないからだ。
 ヴィクターやオーレリアと同格。下手をすると、その二人をも凌駕しているかもしれないと、そんな考えが頭を過る。

「シャーリィの奴、あれからまた腕を上げたみたいだな」

 そんななかエマとは対照的に、落ち着いた様子で遠く離れた戦いを観察するリィンの姿があった。
 傍から見れば次元の違う戦いでも、リィンからすれば〝まだ〟対処のできないレベルではないのだろう。
 その姿が頼もしくもあり、どこか呆れた様子を見せるエマ。
 というのも――

「呑気なことを言っていないで戦いを止める手立てを考えないと……」

 このままでは森が一つ消える。下手をすれば麓の郷にまで被害が及ぶかもしれない、とエマはリィンを諭す。
 幸い温泉宿のある郷からは随分と距離が離れているため、直接的な被害はないと考えられる。
 しかし、直接的な被害はなくとも影響が皆無とは行かないだろう。
 森が消えれば周囲の生態系にどのような影響を及ぼすか分からないし、落石や土砂崩れのリスクも高まる。
 安全が確認できるまでは周辺区域を封鎖する必要があるし、宿場町の経営にも少なくない影響を及ぼすだろう。
 これが魔獣や天災が原因であるのなら仕方のないことだと思うが、身内が関わっているとなると話は別だ。
 監視していた敵を撃退しただけと開き直ることも出来るが、それで心が痛まないほどエマは薄情ではなかった。

「分かっているんだが、あれを止めるとなると今のままじゃ無理だな」

 少なくとも〝奥の手〟を使う必要があると、リィンは〝技〟の使用をにおわせる。
 最悪の展開は三つ巴の戦闘に発展することだが、確かに生半可なやり方ではこれだけの戦闘を止めることは不可能だ。
 不意を突き、渾身の一撃で戦闘を中断させる。リィンがやろうとしていることは察することが出来た。
 とはいえ、

「確かに……他に方法はなさそうですが、力はセーブしてくださいね?」

 釘を刺すことは忘れない。
 戦いを止めるには他に方法がないと言っても、それで更に被害を大きくしてしまっては意味がないからだ。
 リィンが全力でレーヴァティンを放てば、森どころか周囲の山すら消滅させることが可能なことをエマは知っていた。
 実際、ノルド高原にはリィンの放った一撃の爪痕が今も残されているのだ。

「わかってるさ。〝加減〟はする」

 リィンもエマが何を心配しているのかは察していた。
 しかしこのレベルの戦いだと、介入する方にもリスクがある。
 シャーリィの実力はリィンに及ばないと言っても、まったく敵わないほど実力が離れている訳ではないのだ。
 総合的な戦闘力ではリィンの方が上回っているが、状況次第では幾らでも勝敗は覆る。
 その程度の差でしかないと、リィンはシャーリィの実力を評価していた。
 となると、生半可な力では戦いを止めるどころか、止めに入った方が怪我を負いかねない。
 だから当てるつもりはなくとも、相応の破壊力を持った技をぶつける必要があると考えたのだ。

「念のため、エマは安全な場所まで離れといてくれ」
「……わかりました。どうか、お気を付けて」

 不安は残るがリィンに任せるしかないと判断したエマは、指示通りに転位を使ってこの場から退避する。
 エマが退避したことを確認して、ユグドラシルの空間倉庫(インベトリ)から武器を取り出して装備するリィン。
 右手には、いつものブレードライフルと違う武器が握られていた。

「やっぱり、この剣は手によく馴染むな」

 オルタが残した――根源たる虚無の剣。またの名を『想念の剣』とも呼ぶ〝概念武装〟だ。
 剣に宿っていたアルティナの魂は解放したと言うのに、どう言う訳か武器は消えずにリィンの手元に残ったのだ。
 理由はよく分かっていない。憶測でいいのであれば、相克によってゾア=ギルスティンを吸収したからではないかとベルは言っていた。
 剣のマスターがオルタからリィンへと継承されたと言う訳だ。
 もう一つ理由があるとすれば、元々剣の素体となった並行世界のアルティナの魂は長い歳月を掛けて剣と同化していった。
 アルティナがもう一人の自分から譲り受けた記憶が一部であることからも、魂の大半は剣に吸収された後だったと考えられる。
 概念武装はその名の通り〝概念〟が物質化した武器のことだ。
 力を失えば消滅するが、逆に言えば力の源たる〝核〟を失わない限りは不滅の武器となる。
 この核というのは、同化したアルティナの魂だろう。
 そこにリィンがマスターとなったことで至宝の力が注がれているのだとすれば、消えずに残った理由にも説明が付く。

 いずれにせよ、使えるものは何でも使うが猟兵の信条だ。
 それにこの武器、リィンの能力との相性も良かった。
 基本的なカタチは普通の片手剣だが、概念武装と言うだけあって使用者のイメージで形状を自在に変化させられる。
 オーバーロードと同じ要領で、様々な武器に変化させられることにリィンは気付いたのだ。
 これまでに目にした数多の宝剣を凌ぐ武器が手に入ったのなら、それを使わないという選択肢はなかった。
 故に――

「エマにはああ言ったが、こういうことでもないと試す機会もないからな」

 リィン自身、新しく手に入った武器を使ってみたいという衝動が少なからずあったのだ。

王者の法(アルス・マグナ)――黄金の剣(レーヴァティン)

 王者の方を発動させ、剣に炎を纏わせるリィン。
 これまで二つの武器を重ね合わせないと出来なかった〝黄金の剣〟が、一本の武器で容易く維持できることにリィンは驚く。
 リィンの戦闘スタイルは二刀流が基本だが、集束砲や黄金の剣と言った技を使う時には二本の武器を一本に束ねて使っていた。
 過去にリィンがゼムリアストーンの武器に目を付けたのは、普通の武器ではオーバーロードの変化に耐えられなかったからだ。
 しかし現在のリィンの力には、そのゼムリアストーンの武器でも対応できなくなってきていた。その結果、ゼムリアストーンの性質が変化し、外の理に近い武器へと進化した訳だが、それでも二つの武器を重ねて使っていたのは単純に一本の武器では技の威力に耐えられなかったためだ。
 だと言うのに――

「力を注げば注ぐほど、剣自体が強化されていくみたいだ。これなら――」

 全力を注いでも耐えられるかもしれないと、リィンは炎を纏った想念の剣を眺めながら考える。
 これまで手を抜いていた訳ではないが、すべての力を出し切っていたかと言われるとリィンも自分の力の底を知らなかった。
 武器が壊れない程度の力に、無意識にリミッターを掛けていたからだ。
 ヴァリマールは進化することによってリィンの力に対応できるようになったが、生身で使う武器は違う。リィンの力の影響を受けて性質が変化したと言っても、ゼムリアストーンの武器に変わりはない。元となる素材が変わらない以上、武器の強度自体は大きく変わらないからだ。

 ヒイロカネの武器も試してみたが、結果は同じであった。
 いや、むしろゼムリアストーンの武器の方がリィンの能力との相性は良かったと言える。
 強度はヒイロカネの方が高いが、錬金術の触媒として使う場合はゼムリアストーンの方が親和性が優れていたためだ。
 マナの伝導率と言う部分では、ゼムリアストーンの方がヒイロカネよりも優れているのだろう。
 だからと言ってヒイロカネ並の強度を持ちながら、錬金術の触媒としても優れた性質を持つ金属など簡単に見つかるものではない。
 半ば諦めていたところで出会ったのが、この概念武装――想念の剣と言う訳だった。
 概念によって生まれた剣だけに、物質的な強度の限界は存在しないのだろう。

「シャーリィには悪いが、少し試させてもらうか」

 そう言ってリィンは剣に力を注ぎ込みながら、二人の人外が激突する戦場へと向かうのであった。


  ◆


 雷のような轟音が響き渡る山間で、目にも留まらない速度で激突する二つの影があった。
 鬼神の異名を持つ猟兵シャーリィ・オルランドと、白銀の剣聖の異名を持つシズナ・レム・ミスルギの二人だ。
 シズナが持つ白銀の剣聖の異名は伊達ではない。
 剣聖の二つ名からも分かる通り、彼女の使う剣技は〝八葉〟と深い関係がある。
 八葉一刀流はユン・カーファイが編み出した剣技。東方武術の集大成とでも呼ぶべきものだ。
 一方で黒神一刀流の歴史は古く、記録として残っているだけでも千年以上、暗黒時代から継承されている。
 こう言えば分かり易いと思うが、八葉一刀流は他の流派の武術や剣技を取り入れることで黒神一刀流から派生した流派であった。

 謂わば、八葉の元となった剣技。
 シズナはその使い手の中でも、歴代最強の〝素質〟を持つと噂される剣士。
 斑鳩が主戦場としている東方の地で、彼女と互角に渡り合える者は数えるほどしかいない。
 実際いまの彼女であれば、剣仙の異名を持つ八葉の開祖ユン・カーファイにも届くかもしれない。
 それほどの実力を持つ彼女が――

(よもや、これほどとはね……)

 少しずつではあるが追い込まれていた。
 技ではシズナの方が上回っている。しかし、スピードとパワーではシャーリィに分があった。
 これだけなら五分に思えるが、二人の間には勝敗を左右する明確な差があった。
 それは――戦闘経験の差だ。

 シズナは強い。強すぎるが故に、自分よりも強い敵と戦った経験がほとんどない。
 一方でシャーリィはリィンに勝つことを目標に自身の限界に挑み続けきた。
 そしてアリアンロードという絶対的な強者を前にも一歩も退かず、遂には勝利を収めるという快挙を成し遂げた。
 自分よりも強い相手に挑み続けてきた経験。それが、勝敗を分ける差となって現れたと言う訳だ。

「ここまでとは思わなかったよ。暁の旅団で一番強いのは団長だって聞いていたけど……」
「リィンの方が強いよ。まだ一度も勝ててないしね」
「へえ……」

 驚嘆に値するほどシャーリィは強い。
 間違いなく今の自分よりも彼女の方が強いと、シズナはシャーリィの実力を認めていた。
 そのシャーリィが一度も勝てないという相手に驚きを覚えつつも、興味を抱かずにはいられないのがシズナという女性であった。
 それに、もう一つ付け加えるのであれば――

「なら、噂の彼とも是非手合わせを願いたいな。そうすれば、まだ見ぬ境地の先に手が届きそうだから――」
「いいね……でも、リィンに挑むならシャーリィに勝ってからにしなよ!」
「言われなくとも、そうさせてもらうよ!」

 大の負けず嫌いであった。
 シャーリィの方が今の自分よりも強いと認めつつも勝負の結果は別だ。
 生半可な技ではシャーリィに通用しないとシズナは考え、自身が持つ技の中でも最速且つ最強の技で決着をつけること決める。
 これが通用しなければ勝ち目はないが、シズナには絶対の自身があった。
 確かにシャーリィは強い。しかし、まったく届かないと言うほど大きな差ではない。
 なら、勝敗を分けるのは――

「皇技――零月一閃」

 一瞬にして神速の域へと達し、シャーリィですら捉えきれない動きで刀を振るうシズナ。
 まだ〝未完〟の奥義ではあるが、間違いなく今のシズナが撃てる最強の技。
 防ぐことも回避することも叶わない〝最速にして最強〟の一太刀がシャーリィに迫る。
 捉えた――自身の勝利をシズナが確信しかけた、その時だった。

(反応された!?)

 シズナの放った一撃に初見で武器を合わせてきたのだ。
 これにはシズナも驚きを隠せない様子を見せる。
 しかし――甲高い金属音が響いたかと思うと、地面を転がっていたのはシャーリィの方だった。

「やっぱり〝得物〟の差が勝敗を分けたね」

 そう口にするシズナの視線の先には、半ばから両断された〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉の残骸が転がっていた。
 ――武器破壊。これがシズナが自身の勝利に絶対の自信を持っていた理由であった。
 確かにシャーリィは強い。しかし実力に大きな開きがないのであれば、勝敗を分けるのは装備の差だ。
 シャーリィの持つ〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉も強力な武器に間違いないが、シズナの愛刀はそんなゼムリアストーンで作られた武器すらも凌駕する。
 どれだけの名剣・名刀であったとしても、この漆黒の大太刀――〝暁烏〟には届かない。
 数多の宝剣を凌ぎ、概念武装の域にまで達した妖刀。それこそが、シズナが絶対の自信を持つ最強の得物だった。

 勝負は決した。
 武器がなければもう戦えないだろうとシズナが刀を鞘に収めようとした、その時だった。
 武器を折られ、その衝撃で地面を転がっていたはずのシャーリィの姿がないことにシズナが気付いたのは――

「遁甲術――そんな技まで!?」

 一瞬にして背後に回られたことに驚きつつも素早く刀を振るい、反応するシズナ。
 移動した気配はなかった。だとすれば〝転位〟を使ったと言うことになる。
 裏の者が使うと噂される転位の術。最近は新たな移動手段の一つとして、クロスベルに拠点を置く新興企業エイオスが発表した技術。
 しかし、それを戦いの中で用いた者は多くない。
 短距離の転位であったとしても、発動にはアーツと同様に相応の駆動(タメ)が必要となるからだ。
 その僅かなタメが、戦いの中では致命的な隙となる。

(ここまで読んで、攻撃を食らう前から遁甲術を発動していた? だけど――)

 シャーリィの戦闘センスの高さに驚きつつも、次の一撃で勝負を決めるつもりでシズナは技を放つ。
 転位を使ったことには驚かされたが、シャーリィが武器を失っていることに変わりは無い。
 仮に代わりの武器を隠し持っていたとしても、暁烏の一太刀を受け止められるような武器が存在するはずがない。
 そんな武器が存在するとすれば、それは神話で語られるような伝説の武器だけだ。
 暁烏と同じ――概念武装の領域に達した〝理〟の外にある武器。〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉もその領域に半分踏み込んでいたが、それでもシズナの一太刀を防ぐことは出来なかった。

「零の型――双影」

 奥義を連続で放つ体力は残っていないが、それでも自身が持つ〝最速〟の技で追撃を仕掛ける。
 スピードだけなら先に放った奥義に匹敵する黒神一刀流の技。
 刹那の中で二つの斬撃を放つ――八葉の〝疾風〟に相当する剣技だ。

「な――」

 絶対の自信を持って放った一撃。
 しかし、そんなシズナの一撃は先程と同じ金属音を響かせつつも、しっかりとシャーリィの抜き放った一撃に止められていた。

「漆黒の大剣……」

 シャーリィが手にしている漆黒の大剣。
 それが、暁烏と同じ魔剣や妖刀と言った〝理〟の外にある武器だとシズナは察する。

「まさか、そんな奥の手を隠し持っていたなんてね……」

 地力ではシャーリィの方が上。
 その上、武器も互角とあっては自分の方が不利であることをシズナは悟る。
 しかし、だからと言って退くつもりはなかった。
 勝算は低いがゼロではない。それに、これほどの強者とまみえるのは戦場であっても稀だ。

「いいね。愉しくなってきた」
「気が合うね。リィン以外だと、こんなに楽しめたのは〝鋼のお姉さん〟以来かな?」

 少なくともアリアンロードに近い実力を持っていると、シャーリィもシズナの力を認めていた。
 互いに体力を消耗しているが戦いを止めるどころか、更に闘志を漲らせる。
 本能で悟っているのだろう。この戦いが更なる高みへと自分を成長させてくれると――
 命を落とす可能性がない訳ではないが、そんなことを恐れる二人ではない。
 望むのは強者との戦い。まだ見ぬ境地へと辿り着くこと――
 それは修羅の道を行き、強さを追い求める者であれば誰もが等しく望むことだからだ。

「今日は様子見のつもりだったけど、こうなったらとことん付き合ってもらうよ」
「味見のつもりだったのは、こっちも同じなんだけど……いいよ。そっちがその気なら〝本気〟で相手してあげる」

 まるで、これまでは本気でなかったかのような言葉で挑発してくるシャーリィに、シズナは笑みを浮かべる。
 心の底から、シャーリィとの戦いを楽しんでいるのだろう。
 全力を賭しても勝てないかもしれない強者との戦いなど、シズナほどの達人になると滅多に巡り会えるものではないからだ。

「いざ、尋常に――」

 だからこそ、彼女は求めていた。自身を超える強者との戦いを――
 そうすることでしか、辿り着けない頂きがあると分かっていたからだ。
 この戦いで生き残ることが出来たら、その時は更なる境地が見えるかもしれない。
 そんな希望と覚悟を胸に大太刀を構え、シズナが踏み込もうとした、その時だった。
 頭上に〝太陽〟の光が射したのは――

「な――」

 まだ夜が明けるには数刻の時間がある。
 あるはずもない日の光。
 しかし、空を見上げるとシズナの視線の先には確かに〝太陽〟が存在した。

「リィン!?」

 そんななかシャーリィの驚きに満ちた声が響く。
 そこではじめて、日の光の中に人影があることにシズナは気付く。
 黒衣を纏い、黄金に輝く剣を手にした灰色の髪の男。

「あれが〝暁〟の団長――」

 リィンの名をシズナが口にした直後、頭上から降り注いだ光が周囲を白く染め上げていく。
 ずっと追い求めてきた強さの極致。人の身では決して敵わない存在。
 シャーリィが自分よりもリィンの方が強いと言った理由を悟りながら、シズナの意識は闇の中へと沈んでいくのだった。



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