アーロンが最上階のスイートルームで騒ぎを起こしていた頃、同じホテルの地下駐車場に数人の男女の姿があった。

「本日は貴重な時間を取って頂き、ありがとうございました――〝閣下〟」

 護衛と思しき黒服にエスコートされ、高級車の後部座席に乗り込む恰幅の良い初老の男性に頭を下げる女性。
 上品な物腰にプラチナブロンドの長い髪。紫を基調としたドレスに身を包んだ彼女の名はエリィ・マクダエル。
 代々政治家を排出してきたマクダエル家の令嬢にして、クロスベルの政務官だ。
 いま大陸中で話題になっている〈暁の旅団〉の団長、リィン・クラウゼルの恋人の一人でもあった。
 そして――

「いや、こちらこそ貴重な話を聞く機会が得られて有意義な時間だったよ」

 エリィに『閣下』と呼ばれた初老の男性。
 歳は六十五歳。親しみやすく優しげな人物に見えるが、彼こそカルバード共和国の第二十二代大統領、サミュエル・ロックスミス本人であった。
 先の大統領選挙で対立候補に敗れ、今年一杯の任期とはいえ、少しも衰えた様子は見せない。
 それもそのはずで、選挙で敗れたと言っても彼は十年以上もの間、共和国の大統領を務めてきたのだ。
 その政治手腕は魑魅魍魎が跋扈する政治の世界で、古狸と呼称されるほどであった。
 実際エリィも祖父と同じく政治の世界で生きてきた人物特有の油断のならない空気をロックスミスから感じ取っていた。

「しかし、想定外のトラブルがあったようだね?」
「ご心配なく。ここは九龍グループのホテルですから、対応はファン大人にお任せしているので。それに……」
「アリサ・ラインフォルト。新進気鋭の企業エイオスの若き社長。彼女とも、もう少しゆっくり話せればよかったのだが……」

 やはり油断のならない人だと、アリサは苦笑を漏らす。
 この程度のトラブルは、彼にとって想定内と言うことなのだろう。
 昨夜から姿を見せないカエラとアリオスの顔が頭に浮かび、大統領の訪問に合わせてロックスミス機関が動いている可能性にエリィは思い至る。
 だとすれば、ある程度はこの街で起きている問題を把握している可能性が高い。
 黒月も自分の縄張りで起きている出来事とはいえ、相手が大統領ともなれば相応の対応をせざるを得ないからだ。

「そこは〝彼〟と相談してください。あくまでクロスベル政府(わたしたち)は契約を結んでいるだけで、彼等のすることに〝関知〟できないので」
「なるほど……それがクロスベル(キミたち)のスタンスだと言うのなら、そうさせてもらうとしよう。仮に私が〝彼〟と個人的に友誼を結んだとしても、それも彼の自由なのだろう?」
「……ええ」

 さすがに一筋縄では行かない相手だと、改めて痛感するエリィ。
 勿論、戦争を生業とする猟兵の世界にもルールはある。クロスベルと契約を結んでいるからには、敵となるかも知れない仮想敵国と契約を結ぶような不義理な真似はしないだろう。
 しかし個人的な付き合いまで制限する権限は、クロスベル政府にはない。契約で縛ることも可能ではあるが、暁の旅団の協力なしで自治州の独立を保てない現状において制限を課すことで、リィンの不興を買いたくないというのがクロスベル政府の考えにあるからだ。
 猟兵を下に見ている一部の政治家たちが〈暁の旅団〉を非難するような真似をしているが、多くの政治家たちは自治州の独立と安全を引き換えにするのであれば〈暁の旅団〉の存在は必要不可欠。その上で、まだ彼等に十分な対価を支払っているとは言えない状況だと考えている政治家が大半であった。
 以前は〈暁の旅団〉に支払っている契約金の数十倍とも言える巨額の予算を、帝国と共和国に吸い上げられていたからだ。
 しかし警備隊の再編や街の復興には多額の予算を必要とするため、同じだけの額を〈暁の旅団〉に支払うことは現状では難しい。
 無い袖は振れない状況である以上、リィンの〝気まぐれ〟に縋るしかない。
 だからこそ、暁の旅団の行動を強く縛ることが出来ない。
 エリィが頼りにされ、政府内で強い権限を与えられてるのも、そうした事情が深く関係していた。
 サミュエル・ロックスミスもそのことを理解している。
 だから国家としてではなく、リィンと個人的な友誼を結ぶ可能性を示唆したのだろう。
 それに彼の大統領の任期は今年一杯だ。退任した後のことを考えているのかもしれないと、エリィは推察する。

「閣下、私からも最後に一つよろしいでしょうか?」
「……何かね?」
「今回、煌都への訪問を決められたのは、ミシュラムでの会談の続きと解釈してもよろしいですか?」

 キリカから報告を受けているものとして、エリィはロックスミスに尋ねる。
 そう、リィンがキリカとの会談で見せた〝世界の真実〟についての報告をだ。
 本来であれば、各国が協力して対処しなければならない問題。しかし公表したところで、信用して貰える可能性は限りなく低いとエリィは考えていた。
 この世界が〝幻〟で近いうちに滅びるかもしれないという話を聞いて、証拠もなしに信じられる人間などいない。
 それにヴァリマールが大気圏外から撮影した映像を公開したところで、捏造だと言われてしまえばそれまでだ。
 人は信じたいものしか信じない生き物だ。だからと言って、彼等に自分の目で確認する手段は今のところない。
 現状、女神の結界を越えて大気圏外へと脱出できるのは、ヴァリマール以外に存在しないからだ。

「ふむ……」

 だと言うのにサミュエル・ロックスミスはリィンの誘いに乗った。
 それは即ち、完全に信じた訳ではなくとも、話を聞く価値はあると判断したと言うことだ。
 今年一杯で大統領の任期を終えるとは言っても、彼が共和国の重鎮であることに変わりは無い。
 新大統領と言えど、その影響力は無視できないほどの存在。そんな彼の協力を得られれば、大きな助けとなる。

「キリカくんが見たもの。そして、彼の話に興味を持ったから誘いに乗ったと言うのは否定せんよ。しかし、その前に彼には〝借り〟があるからね」
「……借りですか?」

 思い当たる節がなく、エリィは戸惑う様子を見せる。
 リィンはクロスベルへ侵攻してきた共和国軍を撃退し、その後もクロスベルの独立に大きな貢献をした人物だ。
 共和国にとっては頭の痛い存在であり、敵意を抱きこそすれ感謝するような相手ではない。
 実際、先の侵攻作戦で命を落とした兵士やその家族は、リィンに恐怖と憎しみを抱いているはずだ。
 だからこそ今回の旅行も実現に至るまで、共和国政府との交渉に時間を要したのだ。
 ロックスミスの言う〝借り〟と言うのが何のことなのか、エリィが分からないのも無理はなかった。

「我が国の軍人を救い、約束通り無事に国へと返してくれた。それは〝借り〟とは言えないかね?」

 それはカエラの弟コーディのことを言っているのだと、エリィにも察することが出来た。
 しかし、あれはリィンとカエラの間で結ばれた契約で、キリカとの会談を設けたことで既に約束は果たされている。
 それに一国の大統領が一人の軍人のために感謝を口にし、借りを返しに来たなどとおかしな話だ。
 これが民衆に向けたパフォーマンスであるのなら、ありえない話ではないだろう。
 しかし選挙前ならまだしも、既に新たな大統領を決める選挙は幕を閉じた後だ。
 ましてやリィンは猟兵だ。大統領が猟兵に感謝を述べるなど前例がない上、暁の旅団に憎しみを抱いている一部の国民からは理解を得られないだろう。
 共和国の政治家である彼にとって感謝を口にするどころか、リィンと交流を持つこと自体がリスクとなりかねいと言うことだ。
 だから、エリィは疑問を持ったのだ。大統領がリスクを冒してまで、リィンの誘いに乗ったことに――
 非公式とはいえ、この場にいること自体、彼にとっては大きなリスクを孕んでいるからだ。

「MK社と言うのを聞いたことがないかね?」

 勿論そんな話でエリィを誤魔化せるとは、ロックスミスも思ってはいなかった。
 そこで話題を変えるように、別の話をエリィに持ち掛ける。

「オレド自治州に本社を構える民間軍事会社ですね。高い技術力を持ち、高位の猟兵団を超える戦力を保有しているという噂の……」
「そのMK社だが、最近になって頻繁にある人物と接触をしている。この国で今最も注目を集めているマクダエル嬢もよく知る人物にね」

 ロックスミスの言う人物が誰のことかを、エリィはすぐに察する。
 カルバード共和国の次期大統領ロイ・グラムハートが、MK社――マルドゥックと呼ばれる組織と繋がりを持っているという情報は、アリサを経由してエリィの耳にも入ってきていたからだ。
 人形兵器を扱う高い技術力を持ち、高位の猟兵団に匹敵もしくは凌駕する戦力を保有すると言うことから最初は結社との関係を疑ったが、少なくともシャロンやレンが知らなかったことからマルドゥックと結社の繋がりは証明することが出来なかった。
 そのため、マルドゥックに関する調査は難航しているというのが現状であった。

「その様子だと、この話は知っていたようだね。なら竣工したばかりの彼等の船が、噂の警備部門と共に共和国へ入国しているという話は?」
「な……それは本当なのですか?」
「事実だ。とはいえ、手続きは正式なものでね。目的もヴェルヌ社と共同開発した新造船の試験飛行だと聞いている」

 ヴェルヌ社は帝国のラインフォルトに匹敵する資本力と、リベールのZCFに並ぶ技術力を持つ共和国を代表する巨大技術メーカーだ。
 政府にも強いパイプを持ち、あのエプスタイン博士の三高弟の一人ラトーヤ・ハミルトン博士が顧問を務めていることから、大統領と言えど軽視できない大企業だ。MK社がどれほど怪しい外国の企業であろうと、ヴェルヌ社が関わっている試験飛行となると許可をださない訳には行かなかったのだろう。
 そして恐らく背後には、次期大統領のロイ・グラムハートの後押しがあったのだと推察できる。

「そして、彼等のテスト飛行のルートに煌都が含まれている」
「……まさか、MK社の狙いは私たちにあると?」
「何とも言えないのが正直なところだ。しかし、CIAも警戒している人物が搭乗者リストに含まれていることから、何かあるとキリカくんは考えているようだ」

 ロックスミスの話が本当なら、確かに何も起きないと考える方が難しい。
 しかし、そうすると一つ疑問が頭に浮かぶ。
 情報はありがたいが、それは即ち煌都に危険が迫っていると言うことに他ならないからだ。
 危険と分かっている場所に大統領が自ら足を運ぶなど、普通に考えればありえない話だ。
 だとすれば、やはり別に理由があるのだとエリィは考える。

「悪いが、これ以上は話せない。しかし、一つだけ忠告しておこう。〝彼〟のことを信じているのなら、これから何が起きようと冷静に取り乱すことなく自分の使命を全うしたまえ」

 そう言ってロックスミスは車のドアを閉じると、そのまま護衛の男たちと共にエリィの前から姿を消すのだった。


  ◆


 ホテルで騒ぎが起きている頃、新市街にある病院にエレイン・オークレールの姿があった。
 煌都に到着後、まずはジンと共にギルドの支部に顔をだそうとしたところで〝とある人物〟に声を掛けられて、ここまで案内されたためだ。
 最初は警戒していたものの案内された病室で、エレインの態度は一変する。

「ヴァン! どうして、こんな……」

 ――ヴァン・アークライド。嘗ての幼馴染みが病院のベッドで横たわる姿を見せられたためだ。
 生命維持装置に繋がれ、意識のないヴァンに駆け寄ろうとするエレインをジンは慌てて制止する。

「気持ちが分かるが、冷静になれ。様子を見るからに重傷なんだろ?」

 ジンに腕を掴まれ、ハッと我に返った様子で落ち着きを取り戻すエレイン。
 ヴァンが危険な状態だと言うことは、容易に察することが出来たからだ。
 本来であれば、面会謝絶の状況。
 それを家族でもないのに面会が許されたのは、ここまで二人を案内してきた人物の力なのだろう。
 いや、正確には〝彼〟の所属する組織の力なのだと察することが出来た。

「で、お前さんは何がしたいんだ? 善意って訳でもあるまい――白蘭竜」

 エレインを落ち着かせると、ジンは探るような鋭い視線を案内人の男に向ける。
 白蘭竜の異名を持つ男など、この街に一人しかいない。
 その案内人とは、ルウ家に仕える黒月の幹部の一人、ツァオ・リーだった。

「ええ、このようなことになった経緯なのですが、実はヴァンさんにはある依頼をしておりまして――」

 ヒュッと風を切る音と共に、ツァオの喉元に剣が突きつけられる。
 目にも留まらぬ速度で抜剣し、ツァオの喉元に剣を突きつけたのはエレインだった。
 冷たい殺気が病室を支配する中、エレインはツァオに確認を取るように尋ねる。

「ヴァンがこうなったのは、あなたの依頼が原因ってこと?」
「そうとも言えますし、違うとも言えます。この剣、下げてもらえませんかね?」
「おい、エレイン。落ち着けと言っただろう。気持ちは分かるが、いまは冷静になれ」

 ジンに宥められ、怒りを抑えながらエレインは剣を鞘に収める。
 ジンが止めなければ、ツァオに斬り掛かっていても不思議ではないほどの殺気をエレインは纏っていた。
 こんなエレインを見るのは初めてなだけに、ジンも困った様子で溜め息を漏らす。

「ここまで案内したってことは、依頼の内容について教えてもらえるんだろうな? というか、言わないと命の保証はできないぞ……」
「遊撃士の言葉とは思えませんが、まあいいでしょう。元からそのつもりで案内した訳ですし」

 エレインに殺されてはかなわないと言った様子で、ツァオはヴァンの身に起きたことを説明する。
 暁の旅団を狙って各地のマフィアや半グレなど、裏に関わる組織が煌都に集まってきていること。
 そして、そうした連中を確実に排除するために〈銀〉が囮となって、網を張ったこと。
 その協力者にヴァンが選ばれ、依頼を引き受けたという事実。
 そして――

「銀を庇って怪我を……なんで、そんなにバカなのよ。あなたは……!」

 潜んでいた敵の不意打ちから〈銀〉を庇ってヴァンが重傷を負ったと聞き、エレインは怒りを顕わにする。
 それは〈銀〉に対する怒りと言うよりは、自らの命を顧みないヴァンの行為に対する呆れと怒りが大きかった。
 誰よりもヴァン・アークライドという人物を、彼女はよく知っているからだ。
 だからこそ、ツァオの言葉がその場凌ぎの嘘ではなく真実だと分かったのだろう。

「やった連中は分かっているのか?」
「目下調査中と言いたいところですが、大凡の見当はついています。ダガー使いの男はともかく、ニードルガンなんて特殊な武器の使い手は限られていますから」

 犯人について尋ねてくるジンに対して、含みを持たせる言い方で答えるツァオ。
 しかしエレインに再び殺気を向けられ、先程のことを思い出しながらやれやれと言った様子で――

「メッセルダムを拠点に活動するマフィア――アルマータ。その幹部に最近加わったというニードルガン使いの女。ヴィオーラ――それが容疑者の名です」

 ヴァンに傷を負わせた、容疑者の名を口にするのであった。



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