「ああ、やっぱり思いを伝えられないなぁ…」
そう思いつつ、俺は悶々としていた。
ここ最近、授業にも集中できていない。休み時間には岩田さんの席を眺め、体育の時間には岩田さんたち女子の着替え姿を思い浮かべてしまう。
食事中にも無意識に岩田さんの箸の動きを追ってしまうし、入浴時には岩田さんの裸体を想像して興奮してしまいそうになる。
当然、そんな状態で勉強などできるはずも無く、最近はまともに勉強できていない。
「いや、俺はあの子を好きになってはいけないんだ。俺があの子を好きになるなんて、おこがましいにも程がある。」
そう自分に言い聞かせ、俺は彼女のことをすっぱりとあきらめようと思った。
イライラが周りにも伝わっているのだろう、隣の席の安本さんや親友の伊東・大橋たち親友、担任の安西先生からも嫌というほど心配の言葉を掛けられている。
安西愛美。情報教師である彼女も、元はと言えば目に毒なタイプだ。豊満な肢体、近すぎる距離感、甘えれば何でもしてくれるであろう優しさ。
正直に言えば、何度と無くオナニーのオカズにしたことがある。抱きしめられた時に、思い切って胸に吸い付いたら受け入れてくれるだろうか、なんて考えたこともある。それを考えているのはきっと俺だけじゃないだろう。
なのに今では、彼女を見ても勃起すらしない。同じ女でも、岩田さんじゃないとダメだ。あの顔、天使のような雰囲気、自分では釣り合わないという絶対的な劣等感。
それらが組み合わさって、より一層俺を狂わせるのだ。
「あーもう……最悪……ほんっと、最悪……」
結局今日も、俺は一日中悶々とした気分で過ごすことになった。
家に帰ってきても、やはり岩田さんの事ばかり考えてしまい、まともに眠れない。
いっそ無理やり襲ってしまおうかとも思うのだが、それが出来れば苦労は無い。頭の中で凌辱することも頭をよぎったが、かろうじて保っている自分のプライドがそれを許さなかった。
「……はぁ」
俺はベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見上げる。
岩田さんは今頃、何をしているんだろうか。
悩んだ末俺は、学校帰りに先輩に相談することにした。近所に住む山上和音さんだ。彼女は俺の幼馴染で、美人でスタイル良くて、かっこよくて好きだった。彼女といつも一緒にいる木下彬世さんは顔は怖かったけど優しくて好きだった。確か僕とよく一緒に下校していた千葉春樹は、木下さんに憧れて彼女がいる剣道部に入ったと聞いたことがある。
「すいません山上さん。ちょっと話ししたいんですけど…」
「で、文也はその子のこと好きなのね。」
「はい…
俺はあきらめようと思ってるんだけどさ…どうしても諦められないんだ…」
山上さんとは昔から一緒にいるから、ついタメ口になってしまう。「姉のことが好きな弟」みたいなものか。
「思い切って告白したらどう?」
そう言われた。そんな告白なんて俺には無理だよ…。誰に言うでもないしなぁ。
翌日、俺はいつものように伊東や大橋たちと話をしていた。
「俺が入ってる軽運動部にさ、めっちゃ可愛い先輩がいるんだよ。向こうも俺のこと弟みたいに思ってて、その先輩と一緒に居られる時間、正直言ってめっちゃ幸せだわ。部活適当に選んだけど、俺の選択は間違ってなかったんだ」
伊東のその話に、大橋がすぐさま反応した。
「あのさ、俺が好きな2組の紺野さんってさ、神でしょ。あの人の青みがかったショートカット、もう最高だね。あんなに可愛い女の子と付き合えたらな〜、人生楽しいだろうなぁ…」
大橋は紺野さんが好きなのか。まぁ、確かに俺も紺野さん好きだな。俺はすかさず「ああいう子が好みなのか?」と言った。
でさ、オレ、紺野さんが好きすぎてさ、あの人の帰りを尾行しちまったよ」
大橋のその言葉に、柴崎と伊東がすかさず「オイ、それ一歩間違えたらストーカーだぞ」「それ、本人に知られたら、近づくどころか気持ち悪いと思われるぞ」と突っ込む。「もちろん冗談だよ」と話をはぐらかす大橋。
そんな中、僕は前に話をした「怖い先輩」(安本さん的には「優しい先輩」)の話を振った。
「なあ伊東、この間の怖い先輩の話してよ」
「木本先輩か…あの先輩怖くて苦手だったんだよ。黙ってりゃ可愛くて美人なのに、ちょっと練習サボると鬼のように怒鳴られるしさ…マジで恐怖政治だよありゃ。そのくせ美人だからどうしても話したくなる。どうしたらよかったか今でもわからない」
その話に、みんな苦笑いしていた。
昼休み、いつものように安本さんと一緒に食べることになった。
「安本さんってなんで俺と一緒にいてくれるんですか?」
そう聞くと、安本さんは自分の過去を語り出した。
「実は私独りぼっちだったんだ。当時親が離婚して大変で、誰にもかまってもらえなかった。
だけど木本さんだけが私に優しくしてくれた。そんなこともあって、私は木本さんのことを慕ってるんだ。さしずめ恩人だよ。」
安本さんにそんな過去があったとは思わなかった。確かにちょっと儚げな感じだけど、驚きだ。
「あ、あの…
僕のことをいつも気にかけてくれてありがとう。」
そう言うと、安本さんは「ありがとう」といつもの優しい笑顔で僕に微笑んでくれた。
岩田さんは諦めて、安本さんに恋愛感情を抱こうと思う、なんて考えている。そんなこと言える立場ではないのに。
いつも僕は自己嫌悪に陥ってしまう。
僕は伊東にその悩みを打ち明けた。だが伊東の言葉はという…
「大丈夫だよ。みんな同じこと思ってるから。お前だけじゃないよ。安心しろ。」
そうか、そうだよな。恋の悩みを抱えてるのは俺だけじゃない。みんな言えないだけで恋愛感情っていうものは持ってるんだよな。