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東京所轄刑事物語 第7話「クルーズ船の殺意 上野〜千葉を進む船内の殺意」
作者:悠一   2024/10/06(日) 11:59公開   ID:4c17BbrfZeo
公判中の事件の重要証人・坂口和樹を護送することになり、クルーズ船「コバルトマリン号」に乗船した今江と豊原。遠藤はホテルのフロントマネージャー。仕事中に千葉県を拠点とする暴力団の密談現場を目撃。その証言をするために千葉県警まで護送されることになったのだった。

【堤無津港】
「僕まだ若手ですよ…なんでこんな重要任務を…それにこれ豊原さんに任せられた仕事ですよね…」
「私に任された仕事はあんたに任された仕事でもあるの。」
船に乗船する3人。

「久しぶりの船だ。最近どこにも外出してないから楽しみですよ。」
「今江くん、仕事よ。」
そう豊原に言われ、恥ずかしそうにする今江。
一方の坂口は事件を目撃した状況を思い出したのか、脅えているようだ。


夕食の時間になっても、一向に自室から出ようとはしない。
「坂口さんも何か食べます?良かったら後で持ってきますよ?」
「いや、何も食う気がしない。」
「そうですよね。無理ありませんよ。」

レストランで、今江と豊原は謎のチャラそうな男に声をかけられた。
黒髪の混じった金髪で、紺のパーカーを着た若い男性。
「あのすいません?姉弟ですか?」
「いや違います。あの失礼ですが、どちら様ですか?」
「僕は津田たかし。フリーライターです。」
そう言って、津田は名刺を差し出した。
(なんだよ…勝手に人のことを姉弟扱いして…)


午後8時ごろ、ハーフコートを着た中年の男性が船の休憩室に一人佇んでいた。

「よう、山田じゃないか。久しぶりだな。」
ガラの悪そうな―ヤクザというよりは金貸しのような雰囲気の―男が現れ、サラリーマン風の男に声をかけていた。
「お前の女房、和美ちゃんだっけか。元気か?」
その様子を端から見ていた中年男が、豊原に話しかけてきた。
「失礼します。仕事ですか?」
「ええ。出張で千葉県に。」
「実は俺も出張なんですよ。」

>わー!!!!

突然叫び声がする。
「どうしたんですか?」
今江と豊原が叫び声の下レストランの裏のデッキにすかさず駆けつける。そこにいたのは船員と遺体。
「乗客がナイフで刺されて死んでます…」
死んでいたのは先ほどの金貸し風の男だった。
身分を明かした今江と豊原は乗客を部屋へと帰らせ現場を確保。
「我々は警察です。皆さんは部屋に帰ってください」

「免許証が残っていました。島崎信雄、45歳です。」
被害者の名前を聞いた瞬間、豊原が反応する。
「ん?この人、新宿にあるクラブ「S」の経営者…?」
「何ですかそれ。」
「麻薬の売買が行われてるって噂があるクラブよ…」
「え?麻薬の売買が…?」
「そうよ。本庁の組対が今捜査してる。そのクラブの経営者がこの船に乗り合わせていたとはね…それに、島崎には未解決事件に関与していた可能性があるのよ。」
「どんな事件ですか?」
「今江くんはまだ子供だったと思うけど、今から23年前に現金輸送車が襲撃された事件があって、その犯人の男に似ているの。私も応援で出た。」
「マジですか?23年前って言うと、豊原さんは…」
「私の年齢はどうでもいい!」
「あ…すいません…」
「当時、東京第一銀行日本橋支店の車庫で行員2人が現金輸送車から現金が入ったジュラルミンケースを下ろそうとしたところ2人組の男が近づき、行員らに短銃を向けてライトバンに押し込んだ。その隙にジュラルミンケース3個に入った現金約2000万円を強奪し、乗り付けてきた車を猛スピードで飛ばして逃走した。
犯人の二人は覆面をしていたけど、事件の数日前、現場近くを島崎がうろついていて、犯人の片割れと体格が似ていたこともあって、島崎を取り調べたの。」
「動機はあったんですか?」
「ええ。島崎の父親の島崎茂樹は工場を経営していた。だけど融資を受けられず、結局父親は自殺。島崎はまだ中学校の頃だった。」
「父親の恨みが、いつしか…」
「結局証拠不十分で釈放。目撃されたのは『サングラスの男』と『タオルで顔を隠している男』だった。島崎はサングラスの男として疑われた。」


2人は捜査を開始する。
豊原は監察医の久美子に電話をかける。
「あ、もしもし久美子ちゃん?私。ちょっと仕事中に殺人事件に巻き込まれてさ〜、死亡推定時刻の算出方法って知ってるよね?」
[ちょっと待って。それに使うのは直腸の温度よ。]
死亡推定時刻の算出方法を教えてもらい、犯行時刻を午後8時半から9時と特定。
犯人は船内にいることになる。次の停車は朝6時。6時間弱の間に犯人を特定すれば、逮捕も可能だ。船という密室だけに犯人にも逃げ場はない。
手帳に書かれていた「コバルトマリン9.23 Y」と書かれているのを見た今江。すると彼は犯人に気づいたようだ。

今江から事情を聴いた豊原はある人物を呼び出し、自らの推理を説明する。
島崎が切手と呼ばれるLSDをしみ込ませたペーパーアシッドを売っていた疑惑があることを説明する。犯人は島崎を以前から知っていた人間が怪しい。
呼び出されたのは例のサラリーマン風の男性―山田哲之であった。食堂車で島崎は山田の妻を和美と名指ししていた。苗字の山田が手帳に書かれていた「Y」と繋がったのである。
実は山田は20年前、島崎とともに現金輸送車強盗事件を起こしていた。山田の父親は友人の連帯保証人になっており、それが原因で借金が膨れ上がっていった。
「捕まるわけにはいかない、そう思って、絶対に証拠が残らないようにした。それが功を奏したのか、俺のもとに警察は来なかった。」
だが、今になって島崎が現れた。
数日前、島崎から突然電話がかかってきた。
[おい山田、俺、ある男を殺すから、俺のアリバイ証人になってくれよ。]
「殺すって、誰をだよ」
[折井守っていう刑事だ。俺が店でヤクを売ってるのをアイツが気づいてると思うんだよ。だから先手を打って殺すんだ。協力してくれないか]
「だが…お前、バレたらヤバいぞ…」
[何言ってんだよ。強盗の犯行に見せかけるために工作するから、心配するなって]

「こいつを生かしておけない、そう思った。だから2日後にこの船の上で会おうと言った。
最初はデッキから突き落とそうと思った。だけど…
『約束は守ってくれるよな。さもないと、あんたの嫁さんを…』
その言葉に我を忘れ、あの男につかみかかった。だけど奴がナイフを持ち出して抵抗してきた。もみ合ううちに、気が付くと奴が血を流して倒れていた。そして、俺は血の付いたナイフを持っていた…」
こうして船内で起きた殺人事件は解決した。

「なんだか疲れたわね…」
「殺人事件が起きちゃいましたからね。仕方ないですよ。」

朝が来た。目を覚ました豊原と今江は坂口がいないことに気づく。
「一体どうして…」
今江は客室のごみ箱に捨てられた紙を発見する。紙には「逃げろ さもないとお前を殺すぞ」と書かれていた。
これらは全て「船内に脅迫者がいた」ことを示していた…。

「『逃げろ、さもないとお前を殺すぞ』…船内に脅迫者がいるわけね…」
「ええ。でも、いったい誰が…」
「船の乗客から絞り込むのは難しそうね…。」
そうこうしているうちに、船が千葉港に到着した。
当然、山田は駆け付けた千葉県警に逮捕された。
無言で俯きながら連行されようとする山田を、豊原が呼び止めた。
「山田さん。貴方がやったのは殺人です。決して許されることではありません。しかし貴方は決して悪人ではない。罪を償って、ご家族とやり直してください」
「ありがとう…ございます…」山田は涙をこらえながら、連行されていく。

船から降りてきた山田は、豊原に話しかける。
「ああ、豊原さん。これから、どうすればいいんでしょう…」
「まずは坂口さんの事件の担当刑事に話をすることが先決ね。」
豊原は事件を担当する千葉中央警察署の刑事・山川智也に連絡する。
「あ、もしもし?山川さん?少し話があるんですけど」
「ん?警視庁ですか。ひょっとして、例の事件のことですか?」
豊原は山川と数回一緒に仕事したことがあった。
山川によれば、坂口が目撃した人物はある大物だった。だから護送に2人も刑事をつけたのだが、何やら脅えていたのも大物と関係する人物から脅されていたかららしい。
今江は船内に関係者の手先がおり、その人物は事件とかかわりがあったと考え、吉本に連絡をする。
吉本は同期で刑事第二課所属の藤本伸介巡査部長に連絡する。藤本はすぐさま、相勤で係長の遠藤達也とともに、部屋から出ていく。
遠藤はごつい身体、ヤクザまがいのファッションセンス、迫力ある"ダミ声"で二係一筋で、池内とは旧知の間柄。思いの外の人情家で、部下思いの優しい一面ももつ。
二人は刑事第二課の課長・江夏孝の元に。やはり江夏も所謂「マル暴」のご多分に漏れない迫力あるスキンヘッドに、派手なストライプの黒スーツ、色付きのメガネ。一見すると“その筋の人”かと思われてしまうような容貌だ。
「おう、藤本か。どうした?」
「このあたりを拠点にしている暴力団を調べてほしいんですけど、お願いします」
「おうわかった。」

一方、豊原は山川から電話を受ける。山川によると船から取り寄せた防犯カメラの映像から、船に暴力団員が乗船していることが浮かび上がった。
(こ、こいつ…)
送られてきた画像には、休憩室で豊原に話しかけてきた男が写っていた。
男の名前は松元崇史。地元の暴力団・袴田一家の幹部で、松元興業という消費者金融を経営している。この松元という男が遠藤を拉致していたのである。袴田一家は日本最大の暴力団・京極会の二次団体である。
一方の今江と、千葉県警の刑事・金石亘は遠藤の自宅を訪ね、連れ去られたことを確認する。
「連れ去られたんですね…」そう悔しがる今江を、金石はなだめる。

ある倉庫。袴田組のフロント企業が借りている場所である。松本ともう一人のフードのついたジャンパーの男が椅子に縛り付けた遠藤を監禁していた。
怯える遠藤を横目に、松元は言い放つ。
「遠藤さんと言いましたっけ。あんたにはしばらくここにいてもらうことになる。
安心しろよ。危害を加えたりはしない。だがな、逃げようとしたら…わかるな?」
だが、今江たちが突入する。
「悪いけど、普段あんたらよりも遥かにヤバいの相手にしてるから」
そういい放つと豊原は逃走しようとする松元を確保する。
「逃がしはしねぇ…若手とはいえ俺は刑事だ…あんたを逃がしはしないよ!」
そう叫ぶと、今江はフードの男に手錠をかける。
2人は駆け付けた瀬戸と吉本に連行された。


第1取調室で、吉本と松元が対峙している。
「俺は組長の命令に従っただけだよ。」
「お宅の組長、袴田英輔に命令されたわけか。でも、どうして。」
「うちの組長、地元の大物から資金提供されててな。今回その大物がうちらへの資金提供がバレて、捜査の手が迫る前にあの証言者を消そうって」
「地元の大物っていうのは。」
「知らねえよ。組長から聞いただけだから。」
「千葉で大物って言ったら…ひょっとして…」
「誰なんですか?」
「新城昌洋。参議院議員で元財務省の官僚。与党追及の急先鋭とされる若手議員。当選2回。」
「え?新城議員って名前聞きますよね。そんな有名人が…」瀬戸は絶句する。


新城議員の疑惑はすぐに豊原らに伝わった。
「これ、どうするんですか?」
「証拠がないからどうしようもないわよ。いくら警察でも、証拠がなければ何もできない。ましてや相手は国会議員なんだから…」
そこに森岡がやってくる。
「長いものには、巻かれるに限るぜ」そう言って、課長室に入っていく。
「まったく…なんだよ。あの課長の態度。」そうイライラする瀬戸だが、それを池内が宥める。
「まあ、あの人も昔、色々あってな。」
「そうだったんですね。今度、聞かせてくださいよ」
「ああ。もちろんだ。」
「池内さん」
ドアの向こうから、池内を呼ぶ声が。

第2取調室。出頭してきた袴田が、池内と対峙している。
「私はね、クライアントの言葉、伝えただけですよ」
「ああ分かってるよ。それは、参議院議員の新城昌洋ですかな?」
「どうだろうな。黙秘権ってもんがあるだろ?使わせてもらいますよ。」
「ああそうか。」淡々と、しかし怒りを込めて。
「なあ、刑事さん。聞いてくれないか。」
「どうした?」
「もうヤクザなんて流行らない。俺は刑務所にいた方が良い。具合が悪くなったら診てくれるし、飯も出てくる。シャバよりも、よっぽど楽かもな」


時を同じくして、新城議員が上野中央署の管轄内のホールで講演会を開いていた。警備には今江と豊原も駆り出されていた。
「どうしてこの時期に講演会を?」
「そんなの例の疑惑を払拭するために決まってるでしょ。」
壇上では、新城が聴衆に向かって演説していた。
「この日本を変えなければならない。そのために私は今日まで、頑張ってきました。
政治家の仕事は国民に対する奉仕です。今の日本はそれがわかっていない議員が多すぎる。私はその使命を忘れずに、これからも国民のために働かせていただく所存です」

「国民のため?ふざけんな!」
講演が終わってすぐ、野球帽を被った若い男が新城に対して突進してきた。
「近づくな!こいつを殺す!殺させてくれ…!」
「あ、あなたは…」
男はクルーズ船に乗っていた記者の津田尊である。
「あなたは津田さん…どうしてこんなことを…」今江がそう言った。
「どうして…この男が親父を殺したからだ!」
津田は続ける。
「俺の親父は官僚だった。だが10年前、汚職の罪を被せられて自殺した。」
「知らない…私は何も知らない…」
「10年前…?」
豊原は、そしておそらくその場にいたもの全員が、10年前という言葉に心当たりがあった。
10年前、当時の内田洋一郎内閣総理大臣の後援会長と親交のある人物が経営する会社に国有地が払い下げられ、それに内田総理の口利きがあったのではないか、という疑惑を大日新聞がスクープした。
当時、改竄にかかわったとされた財務省職員が自殺し、全てが闇に葬られていた。

「10年前にホテルで首つり自殺したの赤松真也は俺の父親だ。あの文章は親父が改竄したと言われている。だが、本当に改ざんしたのはお前だ!」
「いい加減なこと言うな…」そう言う新城だったが顔は青ざめていた。
「お前の罪はそれだけじゃない。1か月前に上原健二という新聞記者がマンションの屋上から落下して死んだ。あれもあんたがやったんじゃないのか?」
「知らない…俺は何も…」

「やめてください!」
豊原が叫ぶ。豊原は「もしこの男が殺人犯だったとして、この男を殺せば、あなたもこの男と同じ殺人者になります。貴方のお父さんはそんなことを望んでいますか?」と津田に語りかける。
「津田さん、今、新城議員と暴力団の関係について、千葉地検が捜査しています。貴方が新城議員を殺したら、それこそ事件が闇に葬られます」
その言葉を受けて、津田は投降したのであった…。


2週間後、坂口が「自分が目撃した袴田組の人間と密会していたのは新城氏だ」と証言したのが新聞記事に載っていた。

「坂口さん、ちゃんと証言できたんだ…」
「良かったですね、これも豊原先輩のおかげですよ」
「いや、坂口さんの勇気がすべてを解決させたのよ。」
「それにしても、新城議員はどうしてヤクザとかかわりがあるんです?」
「新城の父親が昔ヤクザで、足を洗った後は不動産会社を経営していたんだけど、その会社が京極会に資金提供していたらしい。
「親の代からの繋がりがあったんですね。」
「父親の会社、今は生え抜き社員だった前の専務が社長をしていてるみたいだけど、役員に警察官僚がいて、新城の悪事の隠蔽に加担していた可能性がある。」


今江と豊原の話に、吉本と瀬戸が割り込んでくる。
「新城議員、議員辞職するらしいですよ。今はヤクザとの関係が厳しく糾弾される世の中ですしね。」
瀬戸はスマホでYahoo!リアルタイムを見せながら
「ネットでは擁護されてますけどね。暴対法は厳しすぎる。議員辞職までする必要ないんじゃないか、なんて意見がありますけどね〜。」
そこに池内が口をはさむ。
「殺人の疑いをかけられていた新城の議員辞職は当然だ。
一か月前に上原記者がマンションの屋上から落下して死んだ。あれもひょっとしたら新城が殺し屋を雇ったものかもしれない。
津田は「新城が指示した」と言っているが、新城の指示とは言い切れねぇんだ。」
瀬戸「どういうことですか?」
「こっから先は、俺の推測だと思って聞いてくれ。
上原は大日新聞の敏腕記者で、いずれ大日の社説執筆候補とも目されていた。新城は野党議員だが、次の選挙で現与党は下野する可能性があり、どちらの政党が政権を握っても、上原のような記者は邪魔な存在だ。
つまり、上原を消したいと願っていたのは与野党どちらにもいるってことだ。だから警察も検察も上原殺害は新城の指示とは言い切れないしている。新城は殺人教唆で捜査されているが、おそらく不起訴だ」
今江「それじゃあ、新城議員の政治生命は絶たれていないということですね。」
吉本「いや、新城は殺人教唆が不起訴とされても、世間には「殺人教唆の疑惑があった男」とみなされる。新城はもう表舞台には出られないだろうな。」



その日の夜、豊原は久美子とボクシングのスパーリングをしていた。
試合の結果は有子がその体躯を駆使した強烈なボディーブローを久美子に打ち込みノックアウトというものだった。
「久美ちゃん、事件が解決してからの久美ちゃんとするボクシングは最高よ。日頃のストレスを打ち砕ける。」
「ついでに私も打ち砕くってか?

…冗談よ。有ちゃんと今組んでる人ってどんなんなの?」
「今江くん?割と可愛い系の男子よ。私のことが憧れみたいでさ、私と久美ちゃんのボクシングを『かっこいいですね!憧れます!』なんて言ってくれたんだよ。」
「いいじゃんいいじゃん。でも、絶対それ有ちゃんに恋愛感情あるわよ?
うちの息子もバスケ部のかっこいい先輩に憧れてて、あの子多分恋心も持ってるよ」
同年代の仕事仲間というものは仲良くなるものである。
「有ちゃんも罪な女ね〜。若い男をその気にさせて。やっぱり男の子には尊敬だけじゃなくて、恋愛感情も持たれたいわけ?」
「まあね。」
「でも、今まで彼氏とかいたの?いなさそうだけど」
「昔はね。」
「居たの?どんな人?」
「内緒。」
人には「触れてはいけない領域」というものがある。久美子も引いた。



時を同じくしてある居酒屋で、池内と白髪頭の恰幅のいい初老の男が飲んでいる。
「池ちゃん、本当に新城議員には失望したよ。奴こそ日本を変えてくれる、憂国の志士のように思っていたのによ」
「ええ、俺もですよ。」
男の名前は浪川和博。元警視庁警務部長で、引退し隠居の身でありながらも影響力は今も絶大。池内とはキャリア・ノンキャリアの垣根を超えて親しかった。
「ああ、そういえば浪川さん。今回の事件で、命がけで犯人を逮捕した若い刑事がいるんですよ。」
「ほう、そんな気概のある若者がいるとは。それは興味深い。名前を教えてくれ。」
「それが…」
苗字を告げたとたん、浪川の顔色が変わる。
実は浪川は今江の亡き父・弘樹が勤務していた警察署の署長であり、15年前に弘樹が殉職した際は方面本部長として弘樹の自宅に線香をあげに来ていた。幼少期の倫哉ともニアミスしているが、倫哉本人は気づいていない。
「今江の息子か…俺が今江の葬式に行ったときは、悲しみに満ちた表情だったよ。今にも泣きだしそうでよ…見ていてこっちも胸が痛んだよ。」
「彼は弘樹の気持ちを受け継ぎ、立派な警官になりました。弘樹もあの世で誇らしげに思っているでしょうね。」
「ああ、きっとそうだろうな。
けど、そういう警官は残念ながら珍しい。」
浪川がそう言うと、池内が残念がる表情をする。
浪川はさらに続ける。
「警察に"正義"などありはしないよ。裏金、隠蔽、女性問題、保身、ハラスメント…警察組織は正義を体現すべき組織だ。そんな警察が堕落した姿を、俺は見続けてきた。今江や、彼の息子のような警察官は、どちらかというと珍しい部類なんだよ。」
正義を体現すべき警察組織が堕落した姿を見続けてきた浪川の言葉。池内も彼の並べ立てた事実には反論出来ず、口を噤むしか無かった。浪川はそんな池内を残念がるような目で見ていた…。



その翌日の夕方、今江は自宅に帰ろうと署を出ると、玄関に長身の一本結びの美人―豊原が待っていた。
「今江くん。」
「と、豊原さん…」
「今日一緒に夕飯食べる?」
「え?…まあ、今日は予定空いてるんで、別にいいですけど…」
「この近くにラーメン屋さんあるの知ってるよね。そこ行かない?」
こうして、今やバディとなった二人はラーメン屋に行くことになった。
(今江の心の声「傍から見たら完全に姉貴と弟分だな…」)


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■作者からのメッセージ
最初前後編にするつもりだったんですけど、結局1話にしました。
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