今日、俺は高校生活始まって以来の緊張を味わっている…。理由はもちろん、岩田さんと隣の席になったことだ。
俺は覚悟を決め、教室に入っていく。
「おはよう。」さすがに緊張しているため、どうしても小さな声になってしまう。
少しして、岩田さんが教室に来た。
「お、おはよう…」
「おはよう、若林くん。一か月間よろしくね。」
さすがに話をしづらいから、適当に相槌を打つ。いや、適当に相槌を打ってはいけないのに。緊張してるからな…
ちなみに、伊東翔は安本綾と隣の席になった。
「伊東君?」
「安本さん…」
「久しぶりだね。二人で話すの」
「ああ、そうだね。」
旧交を暖める伊東と安本。大橋は最前列に移動となり絶望する。一方の柴崎は、かつて俺がいた席に移動となった。
◇
昼休みの学食の時間、テーブルで一人、カレーを食べている大森がいた。
「なあ大森、今日一緒に食おうよ。」
「OK」
勿論最初は何も言わずに食べていたが、食べ終わるとどうしても会話になってしまう。俺は勇気を出して、ここ最近で一番聞きたいことを大森に聞いた。
「なあ大森。」
「どうした?若林」
「『もし』の話だと思って、聞いてくれ。」
「なんだよ、そんな前置きしてよ。」
「お前さ、もし、」
「もし?」
「もし、好きな女の子と隣の席になったら、どうする?」
大森は一瞬動揺した。大森にとってそれはまさしく「自分のこと」であった。まさしく大森は今、隣の席の清原香澄に対して恋愛感情を募らせているからだ。
「好きな女子と隣になったら…?」大森は出来るだけ動揺を隠して、平然としているふりをして言う。
大森は続ける。
「恋愛感情を隠して、笑顔で接するよ。w」
「やっぱりそれがベターだよな。ありがとう大森。」
自分が言ったことに、智也がまさしく当てはまっていることを知らない文也なのであった。
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数日後。うちの高校の毎年の恒例行事、『球技大会』の時期が今年もやってきた。運動部がバレー部ぐらいしかまともに活躍していないうちの高校は、球技大会は事実上「新入生の歓迎会」だ。
うちの高校には体育館はあるが、大人数は入れないため、近所にあるドームを借り切って行う。
そんな球技大会の目玉球技が、各学年有志を募って行う『学年対抗球技』だ。
毎年選ばれる球技は様々で、今年はバレーボールとバドミントン。僕がいる1年A組のBチームは「2年の特進クラスB」と対戦するとなっている。
対戦相手をパンフレットで確認すると、明らかに女子生徒の名前がある。
「こっちは男子ばかりだって言うのによ、羨ましい限りだぜ。俺も岩田さんや安本さんと同じチームになれたら、どんなに幸せだろうか…」
球技大会のメンバーは俺と伊東・大橋・柴崎の親友4人組と染谷、名前がわかるのはそれぐらいだ。
「おう若林、一緒に頑張ろうぜ」そう染谷に言われた。
ふと染谷の方に目をやると、染谷が隣の席の戸塚諒と口論していた。戸塚は授業の時よく眼鏡をかけているから、染谷と喧嘩してる生徒が戸塚だとは気づかなかったが、体操着に名前が書いてあって気づいた。
「染谷、お前の話はいっつもつまらないんだよ、バーカ」「言ったな?この野郎?」
口喧嘩しているが、染谷と戸塚は隣席で、親友のような存在だ。「喧嘩するほど仲がいい」とはよく言ったものだ。実際、この喧嘩もすぐに2人とも笑い飛ばしていた。
まずは各クラス男女分かれての縄跳び。これまでの練習の甲斐があってか、30回ぐらいまでいけた。
次はバレーか。バレーなら何とか行ける気がする。
こんなこと同級生だった春樹に知られたら嫉妬間違いなしだが、実は同じ学校に行った木下先輩と今でも親交があり、時々一緒に帰ったりしている。
木下先輩や、従姉の高崎祐奈に「ハイキュー」を勧められ、時々読んでいる。祐奈はスガさんこと菅原孝支が好きらしい。正直男の俺でもスガさんは可愛いと思うし、女ならなおさらだ。
試合が始まった。試合が白熱している。やっぱり上級生だから強い。勝てないよ。一勝できればそれでいいよ。
そう思っていたけど、辛うじて何とか勝てた。正直勝てるとは思ってなかった。こんな運動できない奴の集まりが上級生のチームに勝ってしまうなんて、申し訳ないという気持ちすらある。ましてやうちのチームにはサーブミスをやらかしたやつまでいた。
どうもサーブミスしたのは染谷で、観戦中、染谷が戸塚に物凄く怒られていた。
「染谷な、お前のせいで危うく負けるかと思ったよ。」
「ごめん…」
染谷は恐縮しきりだった。
試合が終わって、軽音部の先輩の小川祐介が俺のところにやってきた。彼は対戦したチームのメンバーだった。
「よう若林、よく頑張ってたな」
「小川先輩。嬉しいですけど、俺はそんなにチームに貢献出来てませんよ」
小川先輩に褒められても、俺はただただ苦笑い。気が付くと俺と小川先輩の話は部活の話に。
「今年も文化祭楽しみだよな。文也は歌いたい曲あるか?」
「歌いたい曲ですか…まだ先のことですよ?文化祭は9月ですし。そう言う先輩はなんか歌いたい曲あるんですか?」
「盛り上がる曲がいいな…なんだったらアニソンでもいい。ちょうど今軽音楽部のアニメやってるだろ?」
「ああぼざろですか。それでも良いですね。」
休憩時間が終わり、俺たちは次の試合が。
何と対戦チームは憧れの木下先輩がいるチーム。わざと負けて木下先輩たちのクラスに花を持たせたいなとも思うが、それは心の中に抑える。
前の試合での染谷のようにサーブミスをして木下先輩たちのチームを勝たせられたらいい。「お前のせいで負けた」と怒られるかもしれないが、俺は「自己犠牲」という言葉が好きだ。今こそ自分(たち)の勝利を犠牲にして、木下先輩たちのチームを勝たせよう。
なんて黒いことを考えていたが、結局僕らのチームは負けてしまった。
昼飯の時間。弁当は今日もおいしい。今日はたくさん動くからと、そんなにたくさんは作ってないが、おにぎらずが美味しいな。
その間、染谷がいない。サーブミスしたのを気に病んで、トイレにでもいるのだろうか。
客席の廊下を歩いていると、安本さんが歩いてきた。
「安本さん、どこ行ってたんですか?」
「2年B組の木本さんのところに。安本さんほんと優しくて、何でも話せるわ」
中学校時代に(自業自得だが)木本さんにしごかれて、木本先輩のことを苦手になってしまった伊東、何をしたんだ…
「怖くないの?」と聞くと、「木本さんは確かに怖いけど、実際に接してみると全然そんなことはないよ。今度話してみたら?」と。
午後からはバドミントン。木下先輩が出るけど、疲れすぎてて眠たい。憧れの先輩のバドミントン姿、考えただけで興奮するけど、それ以上に疲弊が勝っている。それでも俺は、何とか眠気と戦っていた。一部の生徒には、球技大会で闘うのは他のチームではない、観戦時に襲ってくる眠気とだ、なんて思っている人もいるかもな。
俺は試合に興味がないふりをして、木下先輩たちのチームを応援する。ドームの観客席だから顔も名前もよく見えないが、それでも俺は必死に木下先輩を応援する。
(がんばれ!木下さん!がんばれ!負けないでくださいね!)
しかし、黙っていると眠くなるもんだ。俺は眠りこけてしまった。僕に近しい者たち―つまりオタク系のクラスメイトも大体寝ている。
結果発表。木下さんのクラスが銀賞を取っていた。正直嬉しかった。
ショートホームルームも各クラスが陣取っている席で行われる。
ショートホームルームが終わった後、安西先生に声をかけられた。
「若林大丈夫?そりゃ疲れたよね。でもよく頑張ったよ。」
姉御ムーブキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!安西先生、可愛いしカッコいいよ。
まあ、何がともあれ球技大会は無事に終わり、長い一日も終わった。
最後の力を振り絞り、俺はチャリで家に帰った後、俺は自分の部屋のベッドで爆睡していた。
目が覚めると、伊東からメールが送られてきていた。
メールには「おい、うちのクラスの染谷、2年の先輩に告白したらしいぞ。」と書かれていた。
相手は石川孝彩という人で、バスケ部に所属しているらしい。
《孝彩って何て読むの?》
《たかや》
《で、結果はどうなったの?》
《もちろん断られたって。初対面ではそりゃそうなるよ。
でも石川さんは美人だからな、惚れるのもよくわかるよ。》
美人なのか。一度顔を見てみたいな、なんて思ったりもする。
「文也〜ご飯よ〜。今日のご飯は文也の球技大会での頑張りを祝してカレーよ。」
母の声が聞こえる。夕飯の時間だ。
幸い明日は土曜日だ。たっぷり休むぞ。