夏の暑さが過ぎ去ってきた9月半ば、俺もようやく学校に戻ってきた。この騒動だから、同級生たちはほぼ全員マスクをしている。
「お前、学校休んでた時何してたんだよ」伊東がそんなようなことを聞くと、大橋が「俺はさ、家でスマホゲームばっかりやってた。モンストとかプロスピとか。」と言う。
「若林は?」
「俺?調子悪くて部屋で寝てたよ。」
「俺もだよ。若林。だるいんだよな。」
「そうそう!俺も体が重かった。」
「あ、そうだ若林。染谷の隣の席の戸塚諒、自宅待機してた時も隣のクラスの相沢さんと連絡取り合ってたらしい。」
大橋「相沢さんと?確かに時々、昼休みに相沢さんが戸塚のところに来るよな。」
相沢千春、セミロングを後ろで結んだ隣のクラスの女子生徒。赤のカーディガンをよく着ている。そのため、周囲から「オシャレ」と評されやすい。
柴崎がこんなことを言った。
「相沢さんと戸塚は出身中学校が同じらしくて、それで2人は仲が良いらしい。」
オタクに優しいギャルというやつか。僕の席からは戸塚や染谷がよく見える。戸塚の席に相沢さんが来て戸塚に絡む。男子の中には戸塚に嫉妬してる奴もいるかも知らん。
まあ何がともあれ、みんな楽しそうで何よりだ。
今日は疲れたな…そんなことを思いつつ、昇降口から出る。2組の大森と出会ったところだ。
「若林。お前もコロナになったんだって?大変だったな。」
「ああ。でも、意外に辛くはなかった。」
「マジか。伊東は辛そうだったが。戻ってきてからも咳してたし。」
ああ、確かに。伊東は辛そうにしてたな。
駐車場の前を通りかかると、美愛と晴樹がいちゃついていた。
「よう晴樹。」「おお、文也。」
「今日も美愛は可愛いか?」
「美愛はいつでも可愛いよ。お前小学校のころからずっと一緒に居るから分かりきってるだろ。」
「お前ら、結婚するのか?」
「もしかしたらな」
正直、美愛と晴樹は俺から見てもとてもお似合いだと思うし、この二人に結婚してほしいという気もなくはない。
学校近くの道を曲がると、右向かいの道で自転車を持った染谷が黒縁眼鏡を掛けたうちの制服を着ている女性と話していた。
「あ、平山先輩、今日も授業大変でしたか?」
「大変だったよ。染谷くんは?」
「こっちも大変ですよ〜」
◇
翌日の昼休み、俺は染谷にあの先輩のことを聞いた。
「なあ染谷」「ん?どうした?」
「昨日お前と話してた先輩って、誰なの?」
「ああ、平山先輩のこと?
平山先輩、俺の中学校の先輩なんだよ。あの頃から世話になってて、好きなんだよ。
平山さんとか、木下さんとかと仲がいい」
俺じゃその言葉を聞き逃さなかった。
「木下先輩か…あの人俺の小学校のころからの知り合いだよ。」
「え?マジ?好きだった?」
「優しかったし、憧れてた。俺じゃなくて、俺の同級生の千葉っていうのが木下先輩のこと好きだった」
「へ〜そうなの。」
「ああ、そういえば千葉で思い出したんだけどさ、18年前に阪神と日本シリーズで対戦したのはロッテなんだよね。」
「334は知ってるけど、対戦相手までは知らなかった。」
「なんでや、阪神関係ないやろ!あ、次の授業の準備しなきゃ。またな。」
そういえば、染谷とも仲がいい伊東によると、染谷は野球が好きらしい。伊東によると「染谷は『中学校の頃に野球部の男子たちとつるんでいたことや、幼馴染で二つ上の姉のような存在が野球部に入っていたこともあるんだろうな』って言ってた」と聞いたことがある。
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放課後、伊藤と柴崎が、ロッカーで雑談する。
「なあ伊東、今日大橋いないじゃん。どうしたんだろう」
「ああ、アイツ今日予定あるみたいで、さっさと帰っちまったぞ。」
「予定?何だろう」
「さあ。俺も知らない。俺は洋介とは長い付き合いだが、こればっかりは分からない。どっかで飯でも食ってんじゃねえのか」
◇
僕・大橋洋介はいわゆる鍵っ子だ。父親は東京に単身赴任していて、母親が返ってこない時は隣の部屋によく上がらせてもらっている。
隣の部屋には東川ミマナさんという美人なお姉さんが住んでいる。俺より5歳上だという彼女は、僕の心の支えの一つだ。
墨汁のように黒い艶やかな髪。髪の毛とは対称的で色白な肌は処女雪のように滑らかな美白。ミマナさんと一緒に居るところを同級生に見られたら嫉妬されてしまうかも。
「あ、洋介君、今日も来たの?」
「ええ。うちの母が今日、ちょっと会社の飲み会があって遅いと聞いたもので…」
「今日学校どうだった?」
「ええ。そこそこ疲れましたよ。でも楽しかったっすよ。明日土曜日だけど、週休二日じゃもちませんよ…」
「もう、怠け者ったら」
昔っから俺は、「ウザいくらいに明るい伊東の親友」「その場を盛り上げるムードメーカー」をやってきているが、それは本当の僕ではない。本当の僕は少し控えめで、陰キャっぽい感じだ。ミマナさんの前では、本当の僕でいられるんだ。
「ミマナさ〜ん、僕も陽キャ男子を演じるのは大変なんだよ〜」
「洋介君、学校ではイケメンキャラなんだ。」
「イケメンキャラっていうか…イケメンキャラは伊東がやってるんです」
「出た伊東。キミ、伊東君と仲いいんだね」
「そりゃ幼馴染ですからね。アイツとはずっと一緒に居ますから。」
ミマナさんと一緒に居るのって幸せだな…。
ふと思ったんだが、俺はミマナさんのことをどう思っているのだろうか。単なる「憧れの存在」としか見ていないのか、それとも…。
その答えは、今でも出ていない。考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
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同じ日の夜、岡野は自室でスマホをいじっていると、染谷からメールが届いていた。
《和樹。お前って好きな先生いるか?恋愛感情とか、そういうのじゃなくて。》
俺はすかさず返信をした。
《やっぱり安西先生だな。あの優しい感じが好きなんだ。》
《やっぱりそうか。俺も。
ああ、そういえば、お前さ。好きな女の子っているか?》
《今のところは、いないな。》俺はそう返信した。
(そういや染谷、美那姉のことが好きだったな…。)
水谷美那。ショートカットが似合う元気いっぱいな女子で、希実さんとは中学1年の頃から卒業まで、ずっと同じクラスに所属していた。姉御肌だったから、俺らは「美那姉」と呼んでいた。まあ、美那姉は可愛いから、狙っている男は多かったと思うが、染谷は美那姉が所属していたバレーボール部のメンバーと親しかったな…。
「もしかして、染谷は今でも美那姉のことが好きなのだろうか…。いや、流石にないか…」岡野は一人ごちる。
「あ、いけね。アニメが始まる」そう言って、テレビを付ける和樹なのであった。