体育館。俺は今、二週間後に控える体育祭の練習をしている…。今練習しているのは大縄跳びだ。大縄跳びは苦手ではないが、引っかかると痛いんだよな。俺は「男子グループA」である。
50回目ぐらいで躓いた人がいて、それで終了。今は少し休憩をしている。
「にしても疲れたな〜」そんな声が飛び交っている。
俺は運動が嫌いだ。ここだけ聞けば「体育祭が嫌なのか」とも思うが、実は断じてそんなことはない。俺は、正直言って体育祭は結構楽しみなのだ。
昔から運動嫌いだった俺は、「運動会」が大嫌いだったが、小学校高学年の頃から、段々と運動会を嫌いではなくなった。中学に入ってからは完全に運動会への悪印象が消えた。
一方の女子の方が騒がしい。何があったのかと思い、俺は体育の宇佐見和浩先生に何があったのか聞いた。
「宇佐見先生、何かあったんですか?」
「岩田が縄跳びで転んで頭ぶつけたらしい。そうだ、Aグループはちょうど今休憩中だろ。お前ちょっと保健室まで連れてけよ。」
マジかよ。ああまったく…宇佐見先生はほんと人使い荒いな…
そう心の中で毒づいた。しかし、俺は少し考えたら解る、大切なことを忘れていたのだ。
そう。今が岩田さんと仲良くなれるチャンスなんだ。これで僕も岩田さんと…いやなんでもない。好きな子の不幸に付け入るなんて、男として最低だ。
「岩田さん、大丈夫?」
「うん…大丈夫…」希実さんは絶え絶えにそう言った。
うちの学校はこの体育館と、部活などで使われるここより少し狭い体育館のような場所がある。こっちは保健室よりは遠い。
保健室にたどり着いた。保健室の小林幸枝先生がいる。
「どうしたの?」
「ちょっとうちのクラスの希実さんが転んで頭ぶつけたみたいなんで…」
「クラスどこ?」
「1-1です。」
「確か、岩田さんの幼馴染だった…」
「染谷と岡野ですか?」
「そうそう染谷くんと岡野くんのクラスね。」
「その2人知ってるんですか?」
「知ってるわよ。染谷くんは放課後、保健室に来てくれる。私と話すのが好きみたい。岡野くんは染谷くんの親友。テニス部の岡野くんは、時々私とテニスの話する。」
「小林先生は、なんの部活に入ってたんです?」
「私は新体操部。だけど大学時代にテニスのサークルに入ってて、テニスもできる。」
「運動神経良いんですね。」
「まあね。ああ、染谷くんは割と非力で、文化祭の時も中学時代の同級生の女の子に腕相撲で負けてたって。
ああ。染谷くんには『他言無用でお願いしますよ』って言われてたんだった。ここだけの話ね。」
◇
一方そのころ、体育館では…
「はっくしょん…なんだか鼻の調子が悪いな。」くしゃみをする染谷。それを見た岡野が「ん?風邪か?染谷」と茶化す。
「そんなんじゃねえよ。ただの花粉だよ」
「体には気を付けろよ。体育祭も近いんだし。」
「ああわかってるよ。出られなくなるのは嫌だからな。」
「おいおい。お前、運動嫌いだろうよ」そう戸塚が突っ込む。
「あのな、俺は運動は好きじゃないだけど、体育祭は好きなんだよ。」
「はあ?何だそれ」
そう言って笑い合う染谷たち。
(まあ俺は、土曜日登校が嫌だから、体育祭好きじゃないけどな。でも、人が多くいるのは大好きだけどな。 by染谷)
(まあ俺は、土曜日登校が嫌だから、体育祭好きじゃないけどな。家でずっとアニメ見たり、自由な時間が好きだ by岡野)
皮肉にも、染谷・岡野の同中コンビは、ほぼ同じことを考えていた。
◇
「希実さん、大丈夫?」
俺は希実さんへの気遣い、そしてほんの少しの下心を込めてそう言った。
「うん。若林君、ありがとう。君は優しいね。」
「あ、ありがとう…」
「うん?これは恋の予感かもよ?」と小林先生がからかう。「ちょっと、やめてくださいよ〜w」と苦笑いする僕。
「そろそろ落ち着いてきたかも。」希実さんがそう言った。
「じゃあ、一緒に教室に戻ろうか。」
そして俺と希実さんは教室に戻った。
当然伊東や大橋には「お前、希実ちゃんと二人きり、どんな気分だった?聞かせろよ」とかイジられたが、「別に普通だったよ」と、あくまで平然と。
◇
ショートホームルームが終わり、教室から出ようとしたとき、希実さんから話しかけられた。
「ねえ若林くん。私とあなたって結構接点あったでしょ?ほら、前に隣の席だったり。でも、私あなたの頃知らないんだよね。ちょっと、お互いに話しましょう?」
「わかった。校門で待ってる。」
◇
校門前。希実さんが待っている。
「あ、若林君。」
「ああ、岩田さん…」二人っきりになると、少しよそよそしくなってしまう。保健室では「希実さん」と呼べたかどうか…緊張して覚えていない…。
「若林くんって、携帯の連絡先持ってる人、どれくらいいる?」
「俺…?俺は…伊東大橋柴崎と、小学校の頃から知っている木下さんって先輩を除けば、いませんね…」
「私も、クラスではあんまりいない。お互い似てるね。私とあなたで、連絡先交換しようよ。」
僕と希実さんは連絡先を交換することとなった。
(まさか、希実さんと連絡先交換できるなんて、入学したころは思わなかったな…)
複雑な感情が交錯しているが、お互いの連絡先を交換する時、希実の方の携帯の連絡先に「北一光」という文字を見つけた。
北、キタ…喜多…郁代…どうしてもいつぞやの文化祭の練習がチラついてしまう…。
「あの…この『北』って言う人、誰なんですか…?」
「4つ上の従兄で、大学生。イケメンでかっこいいよ。」
「そうですか…字は違いますけど、キタって苗字聞くとどうしても『ぼっち・ざ・ろっく』と、文化祭でぼざろの曲を練習したのを思い出してしまって…まあ、喜多ちゃん好きなんだけどね。」
「ああ、それ見てたよ。みんなカッコ良かったよね、軽音部。若林くんもよく頑張ってたよ。」
「そういわれると嬉しいですけど…でも、練習のことをどうしても思い出すんだよ…
暑い中登校して、何時間も練習して…あれ以来、ぼざろ聞きたくなくなっちまったよ…。」
ちなみに連絡先には染谷や岡野の名前もあった。
「染谷とか岡野とかとは、今でも連絡とってるんです?」
「岡野くんとは時々。染谷くんとは…ほとんど連絡とってない。」
「ああ、染谷、前に言ってた水谷さんって人、どんな人なんですか?」
「水谷さんとは1年生の頃から一緒だったよ。染谷くんは1年生の頃、違うクラスだったけど、染谷くんの女友達が、水谷さんと同じバレー部で、その関係で仲良くなったんだ。
まあ、水谷さんって優しそうだったからね。染谷くんが惹かれるのもよくわかるよ。」
「へえ、そうなんですね。」口ではそう言いつつ、なんか俺は人のプライベートをのぞき見している気分になってしまった…。
「希実さん、バスケ部ですよね。」
「うん。」
「バスケやってる女子って、かっこいいですよね。」
「いやいや、そんなことないよ〜」
「それだけ岩田さんが素敵ってことですよ。」
「ありがとう、嬉しい」
この時間がずっと続いていればいいのだが…やはり時間がなく、家に帰らなければならない。
「じゃあ、今日はありがとう。お互いのことが知れたよ。」
「色々ありがとう若林くん。」
今日は濃い一日だった。一言では言い表せない一日だ。