文化祭を翌日に控えた今日。安西先生が話をしている。
「明日は待ちに待った文化祭よ。明日はうちのクラスの出し物の小道具やセットが置いてある別館の二階に登校して、そこに荷物置いてね〜。」
ついに文化祭か…楽しみだな。そして何より、明日であの地獄の猛練習から解放されるのか…。
文化祭を楽しみにする気持ちと、そして何より練習から解き放たれる安堵が僕の胸に躍る。
学校からチャリで帰るとき、マジでテンアゲだわ。
「ああああああ…楽しみで眠れねぇ…」
夏休みが終わって少し経った。今日は金曜日だ。そして明日はついに、待ちに待った文化祭だ。
文化祭でのクラスメイトの行動は三人三様である。大橋のようにはしゃぎすぎて転んでしまったもの、柴崎のようにスマホでアニメキャラ(MyGOの椎名立希)を眺めるもの、染谷のようにエアコンの効いた保健室のソファーで寝転がるもの、美愛・晴樹のように「彼氏彼女」しているものなど多数である。
音楽棟の方に屋台が並んでいる。見た感じだとたこ焼き、フランクフルト、焼きそばなど、文化祭やお祭りでよくある屋台だ。
「フランクフルト旨いよな」
伊東がフランクフルトを食べている。今日伊東と一緒に居るのはいつもの大橋・柴崎らではなく、軽運動部の面々だ。
「うちが出してるんだよ。そりゃ旨いだろ。」
2年の木本翔子がそう伊東に話しかける。
「え、ええ…」伊東の返事は半分お世辞、半分本心と言ったところだろうか。
「お前、昔っから線が細くてか弱い印象あるよな」
翔子のそんな言葉に恥ずかしくなる伊東。
俺はこのあたりで焼きそばを食っていたら、同級生で同じ軽音部の阿藤
愛依が俺の目の前に現れた。
「若林、そろそろ発表の時間よ。」
そう言われ、体育館に連れていかれる。もはや拉致や強制連行に近い。
(阿藤…お前、いくら文化祭だからって、わざわざロックシンガーが着るような黒のジャンパー着てよ…まあ似合ってはいるし普通にかっこいいが)
【体育館の舞台へ上がる階段がある部屋】
阿藤に半ば連行されるようにして、体育館まで来た。
体育館アリーナの中に足を踏み入れた時点で軽音楽部の前の部の催しが終わって、幕が下りて準備中の段階になっていた。
「オッス若林!全力疾走しような!」
茶髪のポニーテールにデニムジャケット、如何にもなロック女子が俺に声をかけてきた。彼女は池永亜樹。やはり軽音部の先輩だ。結構かっこよくて、素敵な先輩だ。
「発表楽しみね。」
その場にいた顧問の深田先生が声をかけてきた。
「ええ。僕らの出し物は『可愛くてごめん』と『grace』と『ギターと鼓動と青い惑星』です。」
「一番最後だけわからない。」
そんな深田先生に、僕は曲の詳細を語った。
「ぼっちざろっくっていうアニメの歌です。この曲なかなか難しくて、練習中にずっと聞いてて、この曲も、大好きな喜多ちゃんの声も聞きたくなくなっちゃいましたよ…」
深田先生はただ苦笑いするだけ。
「でも、そんな練習のおかげで、納得のいくものが出来ましたよ。」
隣にいた渡部もそれに頷き、
「こいつ、練習の時ずっと『俺早く帰りたいな』って俺に言ってきてたんですよ。」
と僕が練習中に早く帰りたいと言っていたのを暴露。
「お前、そんなこと言ってたのかw」
小川先輩に突っ込まれ、苦笑いの僕。
僕の出番は三個目の「ギターと鼓動と青い惑星」だ。メンバーは僕、小川先輩、池永先輩、隣のクラスの渡部だ。
「ちゅっ!かわいくてご・め・ん!生まれてきちゃってご・め・ん!」
舞台の方に目をやると、ちょっと乱したワイシャツにジャンパーの男子生徒―三年生の沢井健真先輩が「可愛くてごめん」を熱唱していた。セミロングで割と長身なカーディガンの女子生徒―二年生の金本
真祐さんがベースを弾いている。沢井先輩の歌唱力と金本先輩の正確なベース、かっこいい。同じ部活とは思えない、まるでプロのミュージシャンを見ているかのようだった。
二番目の「grace」は、次が僕の出番だからまともに聞いてなかった。でも結構上手な先輩たちがいるからきっと上手に聞こえるんだろうな。
そしてとうとう俺たちの出番が来た。
小川先輩に「俺たちの練習の成果を見せるぞ。」池永先輩に「頑張ろうぜ」と声をかけられた。
その言葉を受けて、俺は必死に演奏した。小川先輩のボーカルと、渡部のベース、池永先輩のドラム、そして俺のギター。観客席が見えなくなり、無我夢中に演奏した。観客席には先生方から配られたペンライトを振る者がたくさんいたが、今はそんなこと気にしていている余裕はない。
部員全員が出てきて、
「これにて、軽音楽部の練習を終わりにします。ご清聴ありがとうございました。」
と。正直感動したね。俺たちの演奏を聴いてくれたの、正直嬉しいな。
観客席を見回すと、見覚えのある顔も何人かいた。染谷彰輝は三年生の女の先輩と一緒に居た。前に染谷は「俺、仲良くなった先輩いるんだ。結構面白くて、時々話ししてる。」と言っていたな。よく見ると木下先輩がいる。染谷は、木下先輩のクラスの女子と仲がいいのか。
◇
大森は清原に告白することを夢見て、今日も清原の隣の席で軽音部の発表を聞いていた。
(不純な気持ちで聞いていたが、軽音部は結構歌うまいな…。聞いてよかったな。)
そんなことを考えていると、清原が話しかけてきた。
「大森くん、大森くん」
「…あっ…!あ…ごめん…清原さん…どうしたの?」
「軽音部歌上手だね。かっこいいよ。」
「ほんとそうだよね。」
ちょっと無視するような形になっちゃった…嫌われちゃったかな…
「大森くんも、ぼっちざろっくとか好きなの?」
「うん。清原さんは誰が好きなの?」
「私は山田が好き。かっこいいじゃん。」
「あ〜山田ね。俺も。」
実は「山田リョウが好き」というのは好きな子に話を合わせたものではなく、全くの本心だ。俺はああいう「イケメン女子」も結構タイプなんだよ。
「意外と気が合いそうじゃん。」
「僕も。隣の席なのに、好きなものの話とかしないから、全然わかんなかったよ。」
「私も。お互い、知らないことだらけだね。」
「そうだな…。」
【別館1階の理科室】
それから少し経ち、別館では、一階の理科室で生物部の面々―染谷と顧問の飯塚真由美、3年生の高橋みゆきと川島理名の4人が紹介していた。見学しに来た中学生。どうやらみゆきの後輩のようだ。
「うわ〜…ピタゴラスイッチ思い出しますね。」
「そうでしょそうでしょ。ピタゴラスイッチなんか何年ぶりに見たんだろう…10本アニメとか懐かしいよな…また見ようかな…。」
飯塚「じゃ染谷、あとで一緒に後片付けしような。」
染谷「わかりました。」
◇
二階から降りてくる染谷。
「弁当美味しかったぁ…どっか行こうかな…」
そう言って向かったのは音楽棟の方向。喫茶店の出し物が行われているんだった。
喫茶店に行くと、そこに滝沢美涼がいた。
「お、染谷じゃん。久しぶり」
「ミスズか。久しぶりだな」
二人は話し合った。
「お前、どこの高校通ってるの?」
「隣町の方の高校。電車で通ってる。」
「電車か。俺、電車なんかほとんど乗らないから、お前が少し羨ましいよ。」
「そう?私は満員電車好きじゃないけど。」
「お互い、自分が持ってないものを欲しがるもんなんだよな」
染谷の脳裏に浮かんだのは、小学校の修学旅行の時に美涼が女の先生と腕相撲したことだった。結果は一勝一敗だった。
「あ〜、そんなこともあったね。佐藤宏美先生だったよね。右で負けたのビックリしたよ。ひょろひょろな宏美先生になら勝てると思ってたのに…」少し悔しがる美涼。
「佐藤宏美って、確か剣道部だったらしいぞ。」
「確かにそんな感じする。防具似合いそうだし。」
何を思ったか染谷は、美涼に腕相撲を申し込んだ。
「美涼、俺と腕相撲しようよ」
「いいよ。私腕相撲強いんだよね。」
「確かにそんな感じするわ。」
「じゃあ行くよ。えいっ!」
(染谷の腕を倒す)
結局染谷は一秒足らずで美涼に負けてしまったのだった…。
【屋台近く】
「ね〜晴樹。このたこ焼き美味しいね。」
「ほんとだよな。」
江原晴樹と矢島美愛がたこ焼きを食べながらイチャついていた。この2人は周囲からカップル扱いされている。美愛と小学校のころからの同級生で、晴樹と親しい文也も2人の関係を応援している。
隣の机では、隣のクラスの紺野怜が、同級生の黒木徹と話していた。
「紺野さんってほんと美人だよね。紺野さんのクールな感じとか、あのネクタイが似合うかっこいい感じとか、好き。」
「ありがとう。」
その場にいた大橋洋介は、勇気を出して口を開いた。
「実は…オレも、紺野さんのこと好きなんですよ。憧れです。」
「大橋〜、お前も紺野さん好きなのか…w」
「ああ。なんか都会的な感じがするよな。かっこよくて、美人で。俺たちみたいなやつとは釣り合わんだろ」
「黒木くんも大橋くんも顔は悪くないじゃん」
「いやいやそれでも紺野さんにはかなわないよ」「全くだよな黒木。俺ら男だけじゃなくて、女にもモテそうな感じが」
「そんなに褒めないでよ、恥ずかしい」怜は照れくささを隠しながらイライラする素振りをみせる。
黒木・大橋「ごめん…」
「でも、嬉しいな。私、昔から男っぽいって言われてて、男の子にはモテなかったんだ。別にモテたいわけじゃない。だけど、少し寂しかった。
私のことが好きな男の子がいて、少し嬉しい」
そんな中、文也の元同級生・千葉春樹が来た。
「こんにちは。」
「あの…あなたは?」
「僕千葉です。東部高校の千葉春樹と言います。」
「誰か探してるの?」
「あの…3年の特進クラスの、木下彬世さんって、います?」
「木下か。おーい木下。ちょっとお前と話したいやつがいるぞ」
木下彬世が来る。
「春樹か。久しぶり。」
「木下先輩。久しぶりですね。相変わらず剣道やってるんですか?」
「やってるよ。」
「了解です。トレーニングとか、なんかしてるんですか?」
「トレーニング…?パンチングボール叩いてる。ストレス解消にもなって、気持ちいいのよ。」そう言って、彬世はパンチングボールを叩く真似をした。
「パンチングボールですか〜良いですね〜。木下先輩がパンチングボールを叩いてるところ、想像するだけでキュンってなりますよ〜」
「キュンってなるの?」
「はい。オレ、昔っから木下先輩に憧れてるんですよ。先輩が素振りしてるところ、かっこよくて可愛くて、もう憧れです。」
「そう?ありがとう。」
憧れの先輩との久々の再会を果たし、旧交を温める晴樹なのであった。
【別館の2階、1年1組の荷物が置いてある部屋】
安西先生「じゃ、帰るよ〜」
文化祭の出し物を片付けているとき、岩田さんが僕に話しかけてくれた。
「あの…若林君…だっけ…」
「い、岩田さん…どうかしたんですか?」
「演奏してる若林くんたち軽音楽部、かっこよかったな…音楽に熱心な感じがして、かっこよかった。」
俺はもちろんそれを否定した。「いやいや、少なくとも岩田さんの言う『かっこいい軽音楽部』に俺は含まれてないと思うよ…小川先輩や隣のクラスの渡部、うちのクラスの阿藤なんかは入ると思うが…」
「そんなに自分を卑下しなくてもいいよ。若林くん。」
岩田さんは見た目通り優しい。こんな優しい子が身近にいたら、ずっと一緒に居る染谷・岡野の二人でなくてもファンになってしまうよ。
そんな岩田さんに褒められて、正直めっちゃ嬉しい。あの練習を経験してよかったと改めて思わされた。
「い、岩田さん…」
「ん?何?」
「僕、岩田さんのこと、好きなんです…」
ついに好きって言ってしまった…。
「あ、ありがとう。」
そういうと岩田さんは少し黙ってしまった。
「…若林君、私に話しかけられるって、結構勇気あるね。」
その言葉に、俺は思わず「え?」と言ってしまった。
「実は私、中学校の頃から男子に好かれてたの。私は周りからクラスのマドンナみたいに思われてて、男子は誰も私に話しかけられなかったの。例外は…小学校の頃から一緒に居る岡くんともう一人の男子ぐらいかな。」
「染谷はどうなんですか?」
「染谷くん?あの人は隣だったこともあるけど、私とはそんなに話したことないなぁ…
どっちかっていうと私と隣だった時、私の後ろの席の水谷さんっていう女子のことが好きで、その子にやたら話しかけてたよ。」
「へ〜そうなんですね。」
そうして、僕と岩田さんは一緒に片づけを行った。ついでにこの時、お互いの連絡先を交換した。メールを送るつもりは今のところないけどね。
さよならの挨拶をし終えて、帰宅するとき、玄関で安本さんが僕に話しかけてきた。
「文化祭楽しめた?」
その質問に俺は「もちろんだよ」と答えた。
「それは何より。私も結構楽しめたよ。」
こうして、一日目の一般公開の文化祭は終わった。月曜日は振り替え休日だから、たっぷり休むぞ〜!